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****3部21話***
ジレンのアジトの一つ。
マンション建築の為に、数ヵ月後には取り壊される予定のボロアパート。
他に住人はなく、流はここを気に入って、一人になりたい時によく利用していた。
小さなアパートを遮る大きな建物ものがなく、ここからは空がよく見えたのだ。


告白から、まだ僅かしか経っていない。
この苦しみは当分続くかと思ったのに、その日はすぐにやってきた。
色々聞きたいことが、あった。
なぜ?どうして?
どうして、俺に抱かれる気になった、連!?
アパートに辿りつくまでの時間、ずっと激しい感情が流の胸をざわめかせていた。
でも。目の前の存在を抱きしめた瞬間から、それらが全て消えた。
おまえと、体を重ねたい。そんな淫らな欲望に簡単に呑み込まれた。
「連。目を開け」
「開いている」
「俺を見ろ」
「見ている」
「俺だけを見ていろ」
「・・・」
薄茶の瞳が、ジッと見つめてくる。
体がゾッと震えた。悲しいぐらい、流には、小田島の気持ちがよくわかった。
そして、城田の気持ちが・・・。
連橋の持つ、この、瞳の色はなんなのだろうと、こんな時にふと真面目に分析したくなってしまった。
己にはないと思っていた、凶暴な感情がふつふつと沸きあがってくる。
まるで魔力を秘めたような美しい連橋の瞳を、流は、一瞬憎悪した。
俺はあいつらとは、違う!
そう思いながら、その感情を跳ね返すように、連橋の体を流はゆっくりと抱きしめた。
それが、合図だった。ギシッとベッドを軋ませて、二人の体がシーツに沈み込んだ。


唇以外の体中にキスの雨を降らせても、連橋は鳴かなかった。
「・・・」
流は、舌で唇を舐めながら、組み敷いた連橋を見下ろした。
望まぬとはいえあれだけ男に抱かれている体だから、感じているのは手に取るようにわかる。無理やり開かせた右膝がカクリと一度揺れたのを見て、流は苦笑した。
目を閉じ、唇を噛み締め、眉を寄せて、快感を耐えている連橋の顔はあまりにも扇情的だ。
小田島が、コロリとなってしまうのもわかる。
「なにがおかしい・・・」
流の動きが止まったのを不審に思ったのか、連橋が目を開いて、流を睨みあげてくる。
「小田島がおまえに骨抜きにされたのが、今更ながらに、よくわかる。アイツに同情したくなってきたぜ」
「殺されてぇのか?」
「どうせならば、ココで殺してくれ」
流は右手で前髪をかきあげながら、ニッと笑い、左手で連橋のアナルをまさぐった。
「うっ!」
ヒクッと連橋の体が跳ね上がる。
「俺を殺してくれ。もう二度と生き返れねぇように」
二度とないこの夜を、もう一度、と望んでしまわないように。今、殺されてしまいたい。
流は、心からそう思った。


「うっ、くぅっ」
体の中に進入してくる長い指に、連橋は息を詰めた。いつもの、嫌悪しか感じない指とは、違う。明らかに、違うのだ。
クルリクルリと巧みに円を描くその指から、不思議な媚薬が襞に染み込んでゆくように、ゾクゾクと体が震えて、簡単に快感のスイッチがカチリと入ってしまった。
丁寧に、敏感な部分を撫でられて、連橋は上半身を捻った。枕に顔を埋め、促されてしまう声を抑えるつもりだった。
「連っ」
腕を掴まれて、引き戻される。連橋はカッと目を見開いた。
「俺だけを見ていろ、と言ったはずだ」
流が連橋の額に、ソッとキスをした。
「今日だけは、おまえのすべては、俺のものだ・・・」
額から、胸に、腹にゆるやかに流はキスをしていく。そして、立たせた膝の間に、ゆるゆると勃ちかけている連橋のペニスに、流は唇を寄せた。
ピチャッと湿った音を響かせながら、流は連橋のペニスに愛撫を加えていく。
「・・・っつ」
連橋の左手がシーツをきつく掴みあげた。
唇と指によって、強弱をつけた巧みな流の愛撫が、連橋のペニスを追い詰めていく。
「ふっ・・・。う、ううっ。あっ」
ビクビクと連橋の両膝が震えだす。
「だ、め、だ。なが、れっ!」
ピクンッと一際激しく連橋の体が跳ねた。
「!」
爆発の瞬間、流の体が退くことはなかった。
連橋が吐き出したものを、流は飲み込んだ。
「てめえっ・・・」
見る見る間に連橋の顔が赤くなっていった。
「し、信じられねえ。・・・・正気かよ」
ついっと連橋はうつむき、小さく呟いた。
「なに言ってんだよ。とっくに狂気だよ」
流は連橋の顎をグイッと持ち上げた。
「おまえと寝て、正気でいられる筈がない」
フッと流は笑い、そして、この夜に初めて、連橋の唇にキスをした。
軽く触れ合うキスではない。舌と舌を合わせて、深く、深く・・・。
「連。俺のも、舐めて・・・」
甘えるように流が、連橋の耳元に囁いた。
「!」
連橋の頬が、カアッと紅潮した。
「・・・」
こういう場面で、初めてみる連橋のそういう顔に、流はギョッとした。ヤバイ、と思う。今ので、股間がきつく疼いた。
ホントに、正気じゃねえぜ、と流は前髪をかきあげては、そっと息を吐いた。


「あ、ふ」
連橋の唇から、苦しげな声が漏れる。
股間に顔を埋める連橋のそのサラサラと柔らかい金色の髪に指を絡ませていた流だったが、
「無理するな」
と声をかけた。
「してねぇよ」
強気な返事に、流は苦笑した。悲しいことに、連橋の舌は滑らかによく動き、ペニスを刺激してくる。男のツボを知っている動きだった。
流は、やってくる刺激の波を幾度かやり過ごしたが、長くはもたないことを知っていた。
静かな部屋に、ぴちゃりと、淫猥な音が何度も響く。
「くっ・・・。連、い、く・・・」
ブルリと流の体が揺れて、絡ませていた指が、きつく金色の髪を引いた。
「・・・っ」
緩やかに指が解けていくと同時に、金色の髪がゆっくりと動いた。
連橋が流の股間から顔を上げた。その赤い唇からは、飲み込めなかった白濁したものが、スーッと落ちていく。それを見た瞬間、流の胸がズキンッとひどく痛んだ。
たかがフェラチオだ。この行為に快感以外のなにかを見出すことは無意味だ。
流はそう思おうとした。しかし・・・。
さきほど、喉の奥に受け止めた快感の証の液体が、まだ体中を駆け巡っているかのようだ。だとしても、やがて液体は、体の中で溶けてしまう筈だ。それを望んでいた。
しかし、まるでそれが、体の外へと出てしまったかのような錯覚を受けるほどのタイミングで、熱い涙が流の瞳から零れ落ちた。
「入れていいか?」
空気を震わせて、流は連橋に問う。
「おまえの中に、入れていいか?」
大切に守ってきたものを、自らの手で壊してしまうのだ。流はそう思った。
どこかで引き返さねばと思っていた。ずっとずっと、この行為の間中、思っていたのだ。
本当は、ずっと思っていたのだ。引き返さねば、と。
『俺は汚ねえヤツだ』
小田島と一緒。おまえを犯した男どもと一緒。過去にあれほど苦しんだ自責の念が再び、流を襲い始める。
すると、月明かりの下で、連橋が小さく笑った。
「・・・」
流は、連橋の笑みが、理解出来なかった。どうして笑うのか?そんな流に気づいたのか、連橋は口を開いた。
「おまえはいつも、そうやって泣くんだ。なあ、流。俺が、おまえを誘ったんだぜ」
流は、ハッと目を見開いた。
「俺が持っているのは、この体一つだ」
連橋は流の耳元に囁いた。
「あの日、おまえは言った。無理にでも、抱くと。そんなのいやだ。俺は、おまえを小田島になんかしたくない。なってほしくねぇ。だから。・・・欲しいならば、くれてやるよ。おまえになら、いいよ。素直にそう思えたんだ」
そう言って連橋は、ゆっくりと流の肩に顔を埋めた。
その連橋の自然な行為に、流の胸の中で、今まで長いこと感じ続けてきた苦しみが、ものすごい勢いで解けていった。
「連、連、連・・・っ」
流は、連橋が窒息してしまうのではないかと思うぐらい強い力で、連橋の体を抱きしめた。
「連」
愛しい、愛しい、おまえ。
こんな風に自分の体を削ってでも、俺の愛に応えてくれようとした。
充分だ。
もうこれ以上は望まないし、望めない。
男に抱かれることが、どれほどおまえにとって屈辱的かを一番知っていたのは、この俺だ。
自ら進んで、傷ついた体に男である俺を受け入れることが、どれほどそのプライドを傷つけることか。
意地っ張りなおまえは、決して素直になることはないが、俺にはわかる。俺が一番わかるんだ・・・。
「愛してるよ。俺がおまえを愛してるんだ」
初めて出会った時の黒髪のおまえ。悲しい過去を背負った金髪のおまえ。
どちらのおまえもこの心に刻み、俺はおまえを愛し続けようと思う。
壊そうと。壊してもいい、と覚悟して、挑んでも、俺達の関係はどうしても崩れない。
それが悲しいか嬉しいか。もはや、それを越えたところに。俺達は今夜、行き着くのだ。
たぶんそこには、あの城田ですら、来ることが出来ない・・・。
流の閉じた瞳から、最後の涙が、落ちた。


壊れてガタつき、角が割れたガラス窓。そこから差し込む月明かり。
まるで神聖な場所のように、月明かりがシーツを照らし出す。
流は連橋の体を支えシーツに横たえ、自らの体を重ねた。
トクン、と連橋の心臓の音を耳で確かめた。規則正しく聞こえる音。
命の音だ、と流は耳を澄ました。いつまでも聞いていたい気分になる。
「うっ・・・」
連橋の、のけぞった喉からくぐもった声がもれる。流はハッと我に返った。
「あ、ああっ」
ギリギリと連橋の爪が流の背に食い込む。
大きく開いた連橋の足の間に己の体を割り込ませ、流は体をきつく進めた。
その度に連橋は何度も呻いた。が、流は怯まなかった。
濡れて擦れた部分が、ぬちゅぬちゅと卑猥な音を立てまくる。
「んんっ。・・・ああっ!」
流のペニスが連橋のアナルに深く入り込んだ瞬間、連橋が明らかにいつもと違う声を出した。
「!」
流の股間がきつく痛んだ。あまりの深い快感に射精してしまいそうになった。
しかし、堪えた。
重なりあった部分に、流は手を添えた。濡れそぼったソコに容赦なくグイグイとペニスを進めた。
「あ、あ、あ、あ」
普段見ることがない、連橋の色香に満ちた表情に、流は見入った。
『女とは違う。いや、女では、ダメだ。この顔は、おまえにしか、出来ない・・・』
きゅうきゅうと締め付けてくる連橋のアナルに、流は眉を寄せて耐えた。
想像以上に、連橋の体は良過ぎた。この体は、確かに危険だ、と流は思った。くせになる。
「れ、連。それ以上、もうっ」
こちらが音を上げてしまいそうになる。
もっと味わっていたい。この体を。俺を追い立てるな。頼む。流はそう言いたかった。
だが、連橋の体も、本人の意思とは無関係になっていた。
与えられた流のペニスにアナルをかき回され、連橋は襲い来る快感と戦っていた。
「んん、流っ。ううっ。あ・・・」
恐怖・羞恥・喪失・・・色々な感情が、体を重ねる二人に次々と覆いかぶさってくる。
肯定・否定を繰り返し、どちらも悩み苦しみながら、それでも。
二人は抱き合い、唇を重ね、体を重ね・・・。
お互いに与え合う快感に酔いしれた。
今日というたった一つの夜に、確かに二人はなにもかもを一つに溶け合わせたのだ・・・。


埃舞う空中で、互いの吐き出した紫煙が合流し、ゆらゆらとひとつの筋になって、天井に昇ってゆく。
連橋は放心状態のまま、タバコを片手に、破れたガラス窓から覗く月を見ていた。
流は、そんな連橋を見つめていた。
連橋の金色の髪が、月の光を受けて、キラキラと光る。
あちこちに愛撫の跡を残した体を惜しげもなく晒したまま、月を仰ぐ連橋はどこか神々しかった。
「連」
「ああ?」
「覚えているか。あの日の夜。月が綺麗だったことを」
「・・・覚えてるさ・・・」
互いに、あの日の夜が、いつだったかを言わずともわかる。
そういうつきあいをしてきたのだ。連橋がスッと目を細めた。
「俺には行きたい場所がある。前に言ったよな」
連橋はボソリと呟いた。視線はまだ上空の月に留まったままだ。
「ああ。俺も一緒に行くといったからな」
「そうだ。だから、俺を一人にするなよ・・・」
「なんだよ、どうした」
「・・・どうしてだろうな。おまえが遠くに行っちまう気がしてさ」
連橋が流を振り返って、言った。流はブハッとタバコの煙を吹き出した。
「行くわきゃねーだろ。おまえにあっち行けって言われたって、ひっついていてやるよ。それこそ背後霊みてーにな」
「アホか」
連橋は肩を竦めた。
「ふんっ。一緒にいてやるよ。まったくてめえはしようがねぇなって顔してサ」
「・・・サンキュー」
そう言ってから連橋は、照れたのか、流から視線を逸らして、また月を見上げる。
『俺の人生の節目の時、おまえはそうやって、いつも俺を見ているな・・・』
連橋は心の中で呟いた。
『おまえは、いつも冷静に、俺の人生を見下ろしている・・・』
月を睨みあげる。
『俺は、いつか来るその時に、すべてをかける。もし、それが夜ならば。きっと、おまえは、また見ているのだろうな・・・』
金色の月は、連橋の運命を見つめている。過去も、そして、この先の未来も。


続く
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