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****3部19話***
「連」
名前を呼ばれて、連橋はハッとした。振り返ると、流の険しい顔があった。
「城田。いつまでも連に付き纏っているンじゃねえよ」
「・・・悔しいか?」
城田が、連橋から視線を逸らし、流に視線を向けてはニヤリと笑う。
「るっせえ!」
ビュッ、と流が城田に向かって拳を突きつけた。
「おっと。今、てめえに殴られて体力を消耗するつもりはねえぜ!これから、俺は、義政に殴られるんだからな。お姫様を逃がしてしまった罪でな」
ヒラリ、と城田は流の拳を軽く避けた。
「ざまあみろ。殺されちまいなっ!」
そう言って流は、グッ、と連橋の手首を掴んだ。
「行くぞ、連」
「ああ」
うなづくと連橋は、踵を返した。睦美が、久人が、亜沙子が。そして、ジレンの皆が待っている。
連橋の金色の髪は、僅かな風に揺れながら、その人々の群れに混じっていく。
城田は、それをジッと見つめて、見送った。
「連。その袋はなんだよ?小田島からなんて、爆弾でも入ってるんじゃねえか?」
肩を並べて歩いていた流は、連の腕の紙袋をチラリと見ては眉を顰めた。
「・・・忘れてた・・・」
連橋は、ハッとして、紙袋に視線を落とす。
「流。ちょっとつきあってくれねえか?睦美と亜沙子達は、やつらに任せて」
「なんだ?マジ爆弾かよ?」
「ある意味な」
そう言って、連橋は苦笑した。
「よっしゃ。ちょい声かけてくらぁ。おまえはここで待ってろ。バイク持ってくる」
「頼む」
流の命令が瞬時に行き届いたのか、おのおのの車やバイクが走り出して行く。窓からは、久人が手を振っていた。それに気づいた連橋は、手を振り返してやった。流が、走って戻ってくる。
「睦美ちゃんと亜沙子ちゃんからの忠告。ムチャするなってさ」
「あの女どもは、口うるせーンだよ。誰がムチャするかよ。んな元気ねえっつーの」
クッ、と連橋は笑いながら、皆を見送った。
「どこ行く?」
流が、バイクのキーをチャラッと揺らしてみせながら、連橋に訊いた。
「静かなところ」
「サテン?」
「外」
「そっか。じゃあ、近場だけど、海行くか。汚ねえけど、東京湾」
「いいな。そこらで頼む」
「OK。なら、行こうか」
流が後部シートを指差した。連橋はうなづいた。
バイクを止めて、二人は砂浜を歩いた。
「思い出した。前にも4人で海行ったよな。おまえは足を怪我してて」
「ああ。そうだったな」
連橋は、紙袋をブラブラさせながら、砂浜をサクサクと歩いていく。
「懐かしいな。もう結構前だよな」
「時が経つのは早いよな・・・」
「あっと言う間だ」
連橋が立ち止まる。後ろを歩いていた流も止まる。
「あの時も、俺は確か、小田島に犯されていたっけな」
ボソリと連橋が言った。
「連」
流が、連橋の背を見つめた。連橋は振り返らなかった。
「おまえ、なんでも話せって言ったろ・・・」
「ああ」
「うん。で、今回も犯された。この中に入ってるのは、そん時のビデオ」
連橋が紙袋をヒョイッ、と持ち上げた。
「ビデオ?」
ふっ、と流の眉が険しく寄った。
「その時の一部始終を撮ったものだと思う。ずっと撮られていた」
「小田島のヤロウ!きちがいだ」
吐き捨てるかのように、流が言った。
「マスターは小田島が持ってるだろう。これは、俺への警告だな。この存在を忘れるな、って」
スルッ、と連橋の手から、紙袋が落ちた。バサッ、とそれは砂浜に落ちる。
「こんなもんが出回ったら。それを考えたら、おまえには話しておかなきゃ、と思って。流」
「俺は大丈夫だ、連」
流の言葉に、連橋は振り返った。
「おまえは大丈夫でも。俺は大丈夫でも!周りのやつらはどう思うか?とくにジレンのやつらに知られたら。やつらは俺を軽蔑するだろうさ。だって俺。犯されてるのに、感じてるンだぜ?自分でもわかったよ。ああ、俺は、感じてる、って」
連橋は流を真正面から見つめながら、言葉を続ける。
「嫌なのに。心から嫌なのに。小田島なんかに抱かれるのは、嫌なのに!!でも、感じてしまう。それが絶対にわかるように映ってる筈だ。だって、事実だからな。俺は悦んでいた」
「それで?連」
流も連橋を見つめたまま、先を促す。その流の口調は、いたって落ち着いていた。
「体が変わっていく。いや、変わった。俺は。オンナになっていくのが、わかる。犯される度に・・・。オンナになっていく自分がわかるンだよっ」
連橋自身、自分を軽蔑するかのように、叫んだ。
「だから。こんな俺を援護してるなんて、ジレンの奴らに知れたら、おまえの存在自体が疑われる。奴らは、おまえから離れていってしまうかもしれない。おまえは、それでも、いいのか?」
連橋の問いに、流は目を伏せた。ゆっくりと首を振る。
「勘違いするな、連。優先順位が、違う。俺はおまえの為にジレンに加入した。そこでたまたま出世したけど、おまえを捨ててまで、ジレンと関わろうとは思っていない」
「流」
「ジレンは志摩さんが作った志摩さんのものだ。いずれ俺が継ぐにしても、志摩さんを崇拝していたやつらは、俺が頭になれば抜けていくかもしれない。ジレンにいるやつらの目的は様々だ。走りたいヤツ、喧嘩してえヤツ。その他いろいろ。だから。ジレンがおまえを見捨てるならば、俺もジレンを見限る。それまでさ」
「おまえはそれでいいのか?」
流はうなづいた。
「俺は、ジレンに戦い方を教えてもらった。数による圧力が、どれだけの力を持つかもな。後ろ盾があればあるに越したこたぁねえが、もしそのビデオによって、皆がおまえを見限ったならば、それもいい。そうしたら、連。また、二人に戻ろう。あの時みたく。あの夜のように。おまえと、俺。二人に・・・」
連橋が目を見開いた。ジッと流を見つめた。流は、連橋の強い視線から、決して目を逸らしたりはしなかった。
「もう一度訊く。それでおまえはいいのか?」
「仕方ねえだろ。おまえは、なにをどう言っても。小田島を諦めてはくれねえんだから・・・」
ふっ、と流は苦笑した。
「おまえの強情さとバカさは、あの時の海で、理解した。もう、説得しようとは思わない」
「・・・」
「おまえは、自分が幸せになれる人生を選ばなかった。誰からも褒められるような生き方を望まなかった。憎しみだけがすべてという愚かな道を目標にした。それが、おまえ。俺はわかってる」
連橋は勿論、言い返しはせずに沈黙していた。沈黙は、肯定の証なのだ。
「おまえ、少しは大人になったな。俺は、てっきり、だから俺のことを見限れ、と言われるかと思ったよ、連」
流は、紙袋を拾いあげると、その中のビデオを取り出した。片手で持ち、ピッ、とテープを引っ張った。もう片方の手でライターを取り出す。
「小田島がこれをばらまくならば、何度でも燃やせばいい。こうやってな」
テープが、ジッと音を立てて、ライターの火に包まれた。
「これを見た誰かがおまえを不快に思っても、思わせておけば、いい」
メラメラと薄いテープは、燃えていく。
「俺は平気だ。なにが起こっても、平気だ、連。おまえさえ平気ならば、俺は平気だ。問題はそんなことじゃねえ」
「流」
「問題は、こっちのが深刻かもしれねえぜ、連。俺は嫉妬している。おまえを。おまえを独り占めした小田島に嫉妬している。連、気づいているとは思うけど。俺がおまえに惚れているって、そういう意味なんだ。俺は、おまえを抱きたいと思うぐらいに惚れてる。好きなんだ。愛して、いるんだ。おまえを」
告白。長い、長い間、隠していた、赤裸々な欲望を突きつけての流の連橋への告白。
「知ってただろ?」
流はテープが燃えていくのを見つめながら、連橋に訊いた。
「・・・ああ」
連橋はうなづいた。流はその言葉を聞いて、やっと、心の中が晴れた気がした。いつでも後ろめたい気持ちを隠して接し続けてきた。その後ろめたさが、やっと払拭された、そんな気分だった。
流は、テープをグシャッと足で潰した。
「あとで、バイクで轢いてやる。二度と再生出来ねえようにな」
連橋が、うつむく。流はテープから視線を離し、顔を上げた。そして、うつむく連橋を見た。
「返事はいらねえ。今は、いらねえ。でも。抱きしめていい?連」
流の言葉に、連橋は頭を振った。
「嫌だ」
「抱きしめたいんだ、おまえを」
サクッ、と流が砂を踏みしめて一歩前に進む。
「嫌だ」
金色の髪が揺れる。また、連橋が頭を振った証拠だ。
「傷ついているおまえを抱きしめたい」
「嫌だ、いい。こんなのは、自業自得だ、と笑い飛ばせば癒える傷だ」
「一人じゃないんだ、おまえは。それをわかってもらいたい」
流が連橋に向かって、歩いていく。その度に、砂が鳴った。
「嫌だ」
連橋はまだ否定する。
でも。
「おまえの嫌だは、YESの嫌だ、だ」
進む流に対して、連橋は退かなかった。以前ならば、連橋は本気で逃げに入っていた筈だ。
ガッ、と流は連橋を抱きしめた。
「愚かなおまえを愛してる」
ギュッと連橋を抱きしめて、流は囁いた。連橋は、流の腕の中でジッとしていた。
そして。
「誤解するなよ。俺の嫌だのYESは、誰にでもって訳じゃねえ」
そんな風に連橋は小さく呟いた。
「そうだな。でも、俺だけにならば、それもいいな、と思う」
流はそう言っては、連橋を抱きしめる腕に力を込めた。
「おまえが傍にいると、安心するんだ・・・」
おとなしく流に抱かれたまま、連橋は相変わらず小さな声で言った。
流は苦笑する。
「嬉しいけど、いいヤツ!で、終わるつもりはねえんだ、俺。連。ごめん。俺は、この関係を崩す。おまえが拒むならば、無理にでも抱く。・・・抱いてしまうだろう、いつか、きっと」
「小田島のように、俺を犯すのか?おまえも・・・」
連橋は、僅かに自分より背の高い流を見上げて、言った。
「おまえも小田島になってしまうのか?流」
瞬きすらせずに、連橋は流を見つめている。連橋は、的確に、流の弱点を突いてきた。小田島=自分。それが、流にとって一番怖いことだった。連橋にそう思われることが、一番、怖かったのだ。
「おまえが拒まなければ、俺は、小田島にならないで済む。俺を小田島にしないでくれ、連」
しばしの沈黙のあと、連橋の腕が、流の背にゆるりと回った。
「今は、本当に。今は、これしか、出来ない。おまえを小田島にはしたくないけれど・・・」
連橋が流の背に腕を回すことにより、二人は互いを抱きしめあう形になった。
「うん。今はもう。本当にこれで充分だ。数年前ならば、殴り倒されていただろうからな」
流は、連橋の柔らかい髪に頬を寄せた。抱き合うことが気持ちいい。流は、心から満たされた気がした。想いを隠して抱き合うのと、告白して抱き合うのとは、全然違う。
ぴったりとは重なってはいないが、それでも少しずつ重なってきている、自分と連橋の心。
「安心する。おまえの心臓の音」
そう言って、連橋は流の腕の中で、まるで眠るかのように目を閉じた。流も目を閉じる。
足元近くに打ち寄せる波の音だけが、二人の耳に響いていた。
再生不可とばかりに滅茶苦茶にビデオをぶっ潰した後、バイクで二人は地元に戻ってきていた。流は連橋を家まで送ってくれようとしたが、「佐田にバイクを返せ」と連橋が言い、二人はコンビニの前で別れた。流のバイクを見送ってから、連橋はコンビニで、おにぎりとお茶買い、それを店を出たところにある灰皿の脇で一気に平らげた。ついでとばかりにタバコとライターを買って、また外に出て、灰皿の脇でタバコを吸った。
やっと現実に戻ってこれた気がする、と連橋は一息ついた。店内に入ろうとしている人々が、チラリチラリと連橋に視線を送ってきた。あんまりジロジロと見られるので、連橋は、ガラスに映る自分の顔を見た。変わってしまったような自分を感じている今、それとわかるような変わり方をしてしまったのかと慌てたが、見た目は別段変わりはない。単に、店の横を陣取ってる邪魔者の強面ヤローがいるから見てくだけ、と連橋は無理やり自分を納得させた。
がしがしと頭をかきながら、連橋は一服を終えると、コンビニを後にした。
もうすっかり辺りは夕暮れ色になっていた。早く帰らないと睦美や亜沙子達が心配しているだろう、と思った。だが、連橋は、今はなんとなく、素直に睦美達と顔を合わせるのが億劫だった。何故そう感じたのかはわからない。けれど、家に戻る気にはなれなかった。まだ一人でいたい、と思った。そうなると、連橋の足が向かうのは、一つしかなかった。
途中酒屋でビールを一本買い、連橋は、公園の大木の下に向かった。
ここは忌まわしい地であり、同時に神聖な場所。命日以外に来ることは滅多にないが、それでも今の連橋は、どうしてもここに向わずにはいられなかった。
町田先生が眠る場所。墓はちゃんと別のところにあるのに、今でも町田はここにいる。そんな気がしてならない連橋だった。
プルトップを引っ張ると、プシュッと音がして、ビールの泡が零れた。それらを木の根元にふりまいて、連橋は缶を握り潰した。ビールに濡れていない場所に、連橋は腰をおろして、胡坐をかいた。そして、生い茂る大木を眺め上げた。夕暮れの風が、小さく枝の葉を揺らしていた。
「完全無防備だな。茫然自失といったところか。気配に気づかないなんてな」
「!」
その声は、大木の幹の裏側から聞こえてきた。連橋は、ギョッとして、胡坐をかいたまま、体を捻って向こう側を覗きこんだ。
「城田・・・」
「随分待ったぜ。でも、おまえはここに来るだろうと絶対に思っていた」
城田は、反対側の木の幹に、背を預けるようにして座っていた。連橋は、思わず立ち上がろうとして、しかし、止めた。城田が依然として動く気配がないのと同時に、殺気を感じなかったからだ。
「誕生日でもねえのに、なんでここにいる?」
連橋が言った。
「たった今言ったろ。待っていたんだ。おまえをな」
「約束した覚えはねえ」
「なんてゆーか。恋心っていうの?会いたいって一心で、ずっと待ってた」
うっすらと笑いを含んだように城田は言った。
「豆腐の角に頭ぶつけて死ねつっつーの」
連橋は言い返した。
「一途な男に、そんな言い方ってあるかよ。つれねーな」
「帰れよ。ここは俺の場所だ!」
「やだね」
即座に言い返してきた城田に、連橋はムッとした。よっぽど立ち上がろうとしたが、何故か、体が動かなかった。城田も動く気配はない。
サラサラとただ、風が木の葉を揺らしていく時間だけが過ぎてゆく。それは、いつも対峙しあう互いへの緊張感がない穏やかな時間だった。二人の間を、ゆっくりと夕暮れの風が通り過ぎていく。
「連橋」
名前を呼ばれて、連橋はハッとした。一瞬、町田に思いを馳せていて、状況を忘れていた。
「なんだよ」
「一つ訊きたく、一つ言いたい。まず訊く方だ。おまえ、あの時、亜沙子ちゃんが立ちはだからなかったら、引き金を引いていたか?俺ごと、義政を撃ったか?」
「当たり前だろう」
ククク、と城田の笑い声が向こう側から響いた。
「亜沙子ちゃんに感謝するんだな。おまえは、逃げ場を作ってもらったんだ」
「なにこいてんだ?てめーは」
「おまえが隠すならば、俺は暴くと以前言った筈だ。暴かせてもらうぜ。おまえ、義政に言った台詞覚えてるか?挿れて、だ。あの後、義政は動揺して、階段から落ちてたぜ。よっぽど嬉しかったんだろうな。おまえがぶっ倒れてくれたおかげで、うやむやになったが、ヤツの心にはしっかりと刻まれてしまった。相変わらず罪な子猫ちゃんって感じだな」
「子猫って止めろ。いい加減、気色わりーンだよ!!何年言ってやがる」
「そうだな。おまえとも、もう長いよな」
「うんざりするほど、なげーよッ!とっとと終わらせたいッ!」
ブンッ、と連橋は握っていた缶ビールの空き缶を城田の方に向って投げた。
「誤魔化されねーぜ。あの言葉、義政に言ったンじゃねえよな。おまえは、俺に言ったんだ」
空き缶は、虚しくも城田を反れて、草むらに消えていった。
「刺された腹から、あん時脳みそ落ちたンだな。あったまおかしーんじゃねえの?誰がてめえなんかに言うもんか!小田島にだって言ったことなんか覚えてねーよッ」
「俺の脳みそチンポについてるって噂だぜ。てめえだけが流してる噂だけどな」
「うるせえ!」
短気な連橋は、とうとう立ち上がった。
「おまえと話していると、脳みそ沸騰すらぁ」
「興奮しすぎて?いいね。大歓迎だぜ、それ」
城田も立ち上がった気配がして、連橋はギクリと竦んだ。
「逃げるなよ、連橋。もう一つ。今度は言いたいことだ。聞け」
「義務はねえな。アバヨ」
タッ、と連橋は駆け出そうとした。
「逃がさない」
ヒョイッと身のこなし軽く、城田は幹の向こう側から飛び出してきて、連橋の腕を掴んだ。
「離せっ!」
「どんな時でも警戒してろよ。自分にレンアイ感情抱いてる男の傍でまったりなんかするな」
「まったりなんかしてねえよ。俺は、町田先生のことを考えていただけだ。てめえの存在なんか無視してな」
「俺の存在を無視して、町田を考えられる筈はねえだろ?」
その言葉に、連橋は、目を剥いた。
「どういう意味だ」
「ここがそういう場所だから、だ」
城田の言葉には、なにか別の含みがある気がした。連橋は思う。気づいて、目を逸らしていた部分がある。そんなまさか、と思うことがある。それだけはありえない、と思うことがある。それを口にしてしまったら、根本から崩れてしまう、なにかがある。連橋は城田を睨んだ。
「・・・って。なんだ、そのツラ・・・」
連橋は拍子抜けした。城田の顔が痣だらけのテーピングだらけだったからだ。
「気の毒だと思うならば、舐めてくれ。子猫ちゃん」
ビンタッ、と平手打ちする為に振り上げた手を城田に掴まれて、連橋はもがいた。
「義政に散々殴られたさ。俺の女好きのせいで、あの女に銃を取られて、計画が滅茶苦茶になった、ってな」
「ハッ。ざまあみろ!離せっ」
「取られたンじゃねえのにな。あの銃は、亜沙子ちゃんにくれてやったのさ」
ふふん、と城田は鼻を鳴らした。連橋は眉を寄せた。
「おまえを義政から引き剥がす為に、俺が亜沙子ちゃんにあの銃を渡したのさ。わかるか?俺がどんな思いでいたかを」
「知るかよっ。知らねーよっ。知りたくもねえ」
「知れよ。俺はな。女は好き。大好きだ。でもそれ以上に、今はおまえに惚れてる」
「ほれたはれたと騒げる立場かよッ!手を離せ、犬ころっ!」
ドンッ、と連橋の背が幹に押し付けられる。城田は連橋の両腕を捕らえていた。
「義政に流。もっといるかもしれねえな。おまえは、男をたらす術を本能で知ってるんだ。小田島がおまえを変えたんじゃねえ。おまえには元々素質があったんだよ。町田が生きていれば、おまえは町田に惚れていたんだろうさ」
「!」
城田の台詞に、連橋の顔色がサアッと青褪めた。
「先生を汚すことを言うな!あの人は違う」
「なにが違う。アイツは男だったんだ。おまえの好きなチンポ持ってた男だったんだ。生きていれば、おまえは必ずアイツに惚れていた。おまえの生き方自身が証明してるんだよ」
「俺はチンポなんか好きじゃねえ。男になんか惚れない。先生は違う。あの人は違う。てめえの薄汚い口で、先生を語るなッッ」
連橋の膝が、城田の股間を蹴り上げようと動いたが、城田は体を捻ってそれを避けた。そのせいで、連橋の捕らえていた片手が、城田の腕から抜けた。逃さず、連橋は、城田の頬をその掌で打っていた。
「おまえなんかに、先生を語る資格なんかねえっ!」
「いってえな・・・。これだけボコボコな俺を叩くなんて、鬼のようなオンナだぜ、おまえ」
「俺は、オンナじゃないっ!俺がオンナに見えるならば、てめえ、もう老眼だ!庭で茶飲みながら、盆栽でも育ててろ、クソマヌケ」
「舐めてよ。今、叩いたところ。ジンジン痛いンだけど。責任取ってよ。なあ、連橋」
まったく連橋を無視して、城田はのほほんと言った。
「日本語通じてねえみたいだな・・・」
ハッ、と連橋は笑って、城田を押しのけた。
「笑い事じゃねえんだよ、連橋優」
ダンッ、と城田は両手を幹に押し付けて、連橋の顔を挟んだ。
「!」
逃れえぬ状況を城田が作りあげる。連橋は舌打ちした。間近に迫る城田の顔に、連橋は目を背けた。
だが、連橋は、すぐに顔を元に戻して、城田を見上げた。
「つっ」
連橋は、グイッと城田の襟元を両手で掴むと、つま先を伸ばした。
「?!」
城田が一瞬、ギクリとしたかのように、片目を瞑った。殴られる!と思った瞬間だった。連橋の舌が、城田の赤くなった頬を、舐めた。
何度か城田の頬を連橋の舌が行き来して、そして連橋は城田の襟元から手を離した。
「これで満足か?嬉しいか、城田?いつもてめえのペースで進むと思ったら大間違いだぜ!」
グイッと連橋は自分の口元を掌で拭った。城田は、ぽかん、とした顔で連橋を見つめていた。
「ざまあみろ」
連橋は、ニヤリと笑った。その笑いを受けて、城田もニッと笑い返したが。しかし。
「うっ」
城田が連橋の顎を掴んだ。連橋は咄嗟にその手を振り払い、城田の体を押しのけた。逃げ出そうとしたところを城田に背中から抱きしめられた。
ドクンッ、と城田の心臓の音が背中に響いた。重なりあう体が熱い。呼応して連橋の心臓もドクンッと音を立てた。
同じ抱き合うにしても。同じ心臓の音を聞くにしても。流と城田では違う。
その違いは。その違いは?連橋は自分自身に問いかけた。問いかけながら、連橋は足を踏ん張り、そのまま背中で城田の体を押した。
ドンッ、と城田の体が幹にぶつかる。バッ、と連橋は体を反転させて、さっき自分がされたように、両手を幹に押し付け、城田の顔を挟みこむ。
「ねえ、もう一回」
城田が、連橋を見つめて、そう言った。まるで、子供が親に玩具をねだるかのようなあどけない口調だった。
「もう一回、くれよ」
そう言って、城田は、微笑んだ。いつもの皮肉を込めた笑みではなく、からかったような笑みでもなく、なにかを秘めたような笑みでもなく。ただ、純粋に微笑んだ。
連橋は、自分の唇を城田の唇に重ねた。城田はそれを静かに受け入れた。城田の体に覆い被さるかのように連橋は城田の唇に自分の唇を押し当てた。やがて城田の腕が連橋の背に回り、グイッと連橋の体を引き寄せた。城田が舌を差し出す。連橋は、その舌に自分の舌を絡めた。互いの舌を絡めあい、唇を重ねる。
「っ。うっ」
一旦は離れても、どちらともなく、再び求め合い、また唇が重なる。途方もない長い時間のような、それでいて一瞬のような。
キスに、全神経を使い果たしたのか、唇が離れると連橋はクタリと城田の胸にもたれかかった。無意識に、城田の首筋に顔を埋めようとして、連橋はハッとした。慌てて、腕で城田の体を引き離した。
「ち、違ッ」
言ってから、連橋の顔が、バッと見る間に赤くなった。城田は、一瞬呆けた表情をしてから、すぐにニヤリと笑った。
「なにが違うってんだ?俺はなんも言ってねえぜ」
そう言いながら、城田は連橋を抱きしめようと腕を伸ばしたが、連橋は、その腕をバシッと払った。
「違うッ!」
叫んで、連橋は踵を返して走り出した。
「待て、連橋」
だが、城田の体は前に進まなかった。かくん、と膝の力が抜けて、慌ててその場に屈んだ。
「まずっ。膝に、きやがったぜ」
キスが終わった後に脱力した連橋に遅れ、余韻が今頃膝に来た城田だった。
「ちっ」
城田は舌打ちした。辺りは既にもう日が落ちて夜の色をしている。そんな中、連橋の金色の髪が、チカッと光って遠ざかっていくのを城田は見送ることしか出来なかった。唇と膝が同時に震えていた。まるで、初めてキスを経験した時のようだった・・・。
連橋は、全力で疾走していた。途中、カップルにぶつかり、男の方に「どこ見て走ってんだ、バカ」と怒鳴られた。とりあえず謝り、それでも連橋は走っていた。周囲が見えていない訳ではない。だが、どこか、別の世界を走ってるような気がした。
「ハア、ハア」
さすがに疲れて、連橋は、走るのを止めて、歩道を歩いた。息が切れる。
「俺は、一体なにを・・・」
思い出した瞬間に、体が火照った。
「犯されすぎて、狂ったか。自分・・・」
はっ、と笑いかけて、笑えずに顔が歪んだ。ガチガチと唇が震えた。
「ちきしょう!」
ガアンッ、と連橋は近くのガードレールを蹴飛ばした。
『その違いは?』
頭の中に、先刻の自分自身への問いが再度降りてくる。
「・・・」
その違いは、この体が、知っている。
求められて。応えずにはいられなかった。
その違いは、この心が、知っている。
パァンッと音がして、歩道の脇を大型のトラックが通り過ぎてゆく。連橋は振り返った。続いて二台目の大型トラックの車のライトが、連橋の瞳に飛び込んできた。あまりに眩しくて、連橋は目を閉じた。
「・・・」
トラックが脇を行き過ぎたのを感じ、目を開いたと同時に、涙が零れた。何故の涙なのかは、連橋は自分でもわからなかった。
ただ、涙が込み上げてくる。掌でそれを拭いながら、連橋はとぼとぼと歩道を歩き出した。
続く
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