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****3部17話***

腕の中の連橋の体は、ただ熱いだけだった。決して貧相な体格と言えない連橋であったが、重いとは感じなかった。城田は、咄嗟の癖で義政の寝室に連橋の体を横たえようと部屋に向かったが、そのベッドの上の乱れように、思わず目を見開いた。ここで行われた陵辱が簡単に想像出来る。
「ちっ」
城田はたまらずに舌打ちして、体の向きを変え、別の部屋に向かった。無駄に長い廊下を歩いている時だった。
「う」
腕の中の、軽かった筈の連橋の体が、急に重くなり、城田はドンッと壁に背を寄せた。
『しまった』
自分の腕の負傷を忘れていた。右腕がジンと鈍く痛んだ。それでも城田は、連橋の体を腕に抱え、その体を決して床に落とさなかった。たまらず城田は片膝を床につき、息を吐いた。
そこへ小田島がやってきた。
「城田」
腕にはバスタオルとバスロープをひっかけていた。蹲る城田に、小田島が不審の声を掛けた。
「どうしたんだ、てめえ。・・・腕が。ああ、そうか。緑川が、おまえは骨折したとかぬかしてたな」
そう言いながら、小田島は城田の腕から連橋を譲り受けようと手を伸ばしたが、左手で弾かれた。
「触るなよ」
「なんだと?」
城田が、ゆっくりと小田島を見上げて、目を細めた。
「触るな、って言ったンだよ。聞こえなかったか?」
「んだと?なんで、てめえが俺に命令すんだよッ」
小田島が眉を寄せた。
「また盛られたら困るっつーのよ。こんな熱い体抱いてサ」
フッ、と城田は笑った。
「腕ぐれえはなんともねえ。バスローブよこせ」
城田はさっさと小田島からバスローブとバスタオルを奪うと、連橋に着せ、更にその体をバスタオルで包んだ。
「無理すんじゃねえ、城田。幾ら俺だって、熱のあるヤツを襲ったりなんかするかよ」
「つい今さっきまで、熱のあることも知らないで襲ってたヤツが言ったって説得力ねえよ」
腕の痛みを堪えて、城田は再び立ち上がった。
「そこの部屋のドア、開けてくれ。おまえのベッドは使いモンになりゃしねえよ」
「いいから、連橋を俺によこせ。てめえは腕が痛むんだろ」
小田島が、グイッと城田の左腕の袖を引っ張った。
「義政」
城田は小田島の名を呼んだ。
「なんだよ」
「おまえは本当に俺の腕を心配しているのか?それとも、俺が連橋を抱っこしているのが気になるのか?」
「なんだと?」
城田はニヤリと笑っていた。一瞬、ピクリ、と小田島の指が震えた。それから、城田の袖を掴んでいた指がゆっくりと離れていく。小田島は、城田が薄ら笑いを浮かべているのを見つめつつ、フンと鼻を鳴らした。
「おまえの腕は、俺の為にある。だから、おまえの腕は大事だ。おまえは、俺を守らなきゃいけねえ運命なんだよ。おまえへの心配は、俺自身の為でもあるからな」
「知ってるよ。そして、それが答えならば、俺の腕には構うな。腕の一本折れようが、俺は誰からもおまえを守る。ガタガタぬかしてねえで、ドアを開けろ!」
小田島は、渋々とドアを開けた。だが、その横顔は、いつになく真剣だった。城田は、そんな小田島の横顔をジッと見つめていた。
疑われぬ為に、焦点をすりかえる。咄嗟に小田島に投げつけた質問は、そういう意図が裏にあった。だが、してやったり、と城田は思った。思わぬ成果を得られた。やはり、小田島自身も迷っているのだ。俺と、そして、連橋の間で。震えた指と、いつになく真剣な横顔が、彼の心中を明確に表していた。
「・・・」
城田は、言いかけた言葉を飲み込み、小田島から目を逸らし、誰も使っていなかったので、綺麗に整ったベッドの上に連橋を横たえた。
「さっきからピクリとも動きやしねえ」
城田の言葉に、小田島が
「ま、まさか・・・!こ、コイツ、死なねえよな・・・」
「さあな。おまえがどれだけコイツを可愛がったかは知らないが、体力を相当消耗してることは間違いねえ。そんなところに風邪の菌なんぞ体に飼い込んだら、どうなるか」
城田の言葉を聞いて、小田島はギョッとして城田を見上げた。
「ど、どうすりゃいいんだよ!」
小田島の顔色が見る見る間に青くなっていった。
「まず、薬だな。それから、念の為に深夜にでも呼べるように医者用意しとけ。それだけしとけば、あとは連橋の体力に頼るっきゃねえだろ。ま、しぶとそうだから、平気だろうけど」
ククッと城田は笑う。
「薬と医者だな。わかった」
うなづくと、小田島は走って部屋を出て行った。城田は、そんな小田島の後ろ姿を見送ってから、肩を竦めた。
「おい、連橋。あんな必死な義政は、滅多に拝めねえんだぞ。たった風邪ぐれえであんなに動揺させやがって。俺なんか、腹抉られた時にやっと心配してもらえたっつーによ」
城田は、連橋の汗ばんだ額を指で、サラリと撫でた。異常に熱かった。
「もっとも、てめえは、そんなん全然嬉しくねえだろうがよ・・・」
城田は、何度も連橋の額を撫でた。
「苦しいか?もう少し我慢しろよな」
ベッドに浅く腰かけながら、城田は布団をひっぱりあげて、連橋の肩まで布団をかけてやった。
バタンとドアが開き、小田島がミネラルウォーターと薬を持ってやってきた。
「持ってきた」
「おう。それとな、義政。着替え。寝巻き用意しろ。なけりゃ買ってきてやれ。汗をかく。このままじゃ体に悪いからな」
「わかった」
城田に言われるままに、小田島はうなづき、また部屋を出て行く。サイドテーブルに置かれたミネラルウォーターと薬に目をやり、城田は立ち上がった。薬を袋から引っ張り出し、城田はボトルの水を口に含んだ。
「殴るなよ」
フッと笑い、完全に意識を失っている連橋の唇に、唇を重ねた。まず、水を一口その渇いているであろう喉に流しこむ。
「・・・っ」
一瞬、ピクッと、連橋の体が動いたが、連橋の瞳は閉じたままだった。城田は、今度は多めに水を含むと、薬を舌に乗せた。
「目を覚ますなよ。おとなしくしてろ。俺にも少しはイイ思いさせてくれよ、眠り姫」
さっきから、自分の言葉にいちいち笑いながら、城田は再び連橋の唇に、自分の唇を重ねた。舌に乗せた薬を水と共に連橋の喉に流しこんだ。
「んっ」
微かな声と共に、パチッと連橋の瞳が開いた。
「!」
熱で潤んだ薄茶の瞳が、間近にある城田の顔をジッと見上げていた。
「なんで起きるンだよ、このヤロウ!ついてねえ、俺!」
慌てて城田は体を引いた。ブンッ、と拳が飛んできたからだ。
「な、に、してやがるっ」
「おとなしくねんねしてろ」
ガッ、と連橋の手首を掴むと、城田はその手を布団の中に押し込んだ。
「城田っ」
かすれた、だが、確かな連橋の怒鳴り声が部屋に響いた。
「なにもしやしねえ。いいか。今、おまえは熱がある。相当な熱だ。暴れたって、てめえが損するだけだ。傍にいるだけ。なんにもしねえ。おとなしくしてろ」
「うせろっ!」
「つれねえ言葉だぜ。子守唄でも歌ってやんのに」
よろよろと起き上がろうとしている連橋の体を城田は、布団の上から押さえ込んだ。
「なにも考えずに、今は寝ろ。体を休めろ。ここに永遠にいるつもりかっ」
城田の指が、連橋の瞼を押さえた。
「おまえは、体力を蓄えなければならない。じゃねえと、亜沙子ちゃんが登場出来ねえぞ」
城田の指が連橋の睫に触れた。ビクッ、と連橋が目を閉じた。
「そう、そのまま。眠ってしまえ。そのまま。そのまま、だ」
連橋の耳元に城田が囁く。その声が、まるで呪文のように連橋から力を奪っていく。
「・・・」
しばらくは、閉じた瞼がピクピクと動いていたが、やがて力尽きたかのように動かなくなった。
まるで催眠術のように、一瞬のうちに連橋は眠りに落ちた。
「・・・やれやれ」
城田は安堵の息をもらした。さすがに少し緊張した。小さな寝息が聞こえてきた時に、やっと肩の力を抜くことが出来た。
久し振りに間近で見た連橋の茶色の瞳は、やはり、以前と同じように、綺麗に澄んでいた。
「罪なヤツ」
なにが起こっても決して穢れぬその瞳には、強い意思と深い愛情が宿っている。きっと誰もが、その意思の強さに憧れ、その深い愛情に触れたいと思うのだ。義政も流も、そして、俺も。
でも、この瞳を手に入れることが出来るのは、たった一人。たった、一人、なのだ。
「どれぐらい必要かわからねえから、10枚買ってきた」
小田島が両手に袋を抱えて部屋に戻ってきた。城田は、ハッと顔を上げた。
「10枚?買いすぎだっつーの」
「だってわからなかったから。あと、医者はてめえのお気に入りの藪医者用意させた。後で来る」
「あん人は、藪じゃねぇっつーの。大体、助けたいならば、藪呼ぶな、アホウ」
「っせえ。動揺してたんだよ」
「は。えらい心配のしようで。ま、追求はしねえけどな。とりあえず、薬は飲ませたし、連橋は眠っちまったし。やることねえから、あっちの部屋へ行こうぜ。俺も今晩は泊まるぜ。のこのこおまえが連橋を襲ったら、困るしな」
「だから!襲わねえよ、こんな状況じゃ!人のこと、鬼畜扱いすんな」
小田島の言葉に、城田は呆れた。
「自覚ねえって怖いな、ホント」
「なんだと、このヤロウ」
バシッ、と小田島が城田の脚を蹴った。
「はいはい。あっちでやろうぜ。静かに、静かに」
城田は小田島の背を手で押しながら、部屋を出た。ドアは、パタン、と静かに閉まった。


夕方には医者も来て、「安静にしていれば、直に熱もひくだろう」との診断結果をもらった。
小田島はソワソワと連橋のいる部屋を行ったり来たりしていたが、城田はリビングのソファに腰掛けたまま、ボンヤリとしていた。亜沙子のことを考えていた。
『あの女は、俺のヒントに気づいただろうか・・・』
バタン、とドアの音にハッとした。
「義政。ウロウロしてんな、鬱陶しい!」
さっきから、バタン、バタンとドアの開閉の音がうるさい。小田島がウロウロしているからだ。
「仕方ねえだろ。いきなり死んでるんじゃねえかと思って気が散るんだよ。ちきしょう」
「医者も平気だって言ってたんだから、ちったあ落ち着けよ!つーか、シャワーでも浴びて、頭から水ひっかぶて、その火照った頭を冷やしてこいっ」
反論されると思って言った城田だったが、小田島は案外素直にうなづいた。
「ああ。そうでもしてくらぁ」
またバタンと音がして、小田島が部屋を出て行く。足音は、連橋のいる部屋ではなく、確かにバスルームの方へと向かって響いていた。
「マジで?」
城田はキョトンとしていたが、クスクスと笑った。火照ってる自覚が、小田島にもさすがにあるらしかった。
「鬼の居ぬ間に」
城田はリビングを抜け出し、連橋の部屋へ向かった。ドアを半分開けたまま、城田はベッドに歩み寄った。連橋はしっかりと布団に包まって、眠っていた。寝相は良いようだった。だが、ベッドの端に腰掛けた途端、連橋がうなされているのに気づいた。城田は、連橋を覗きこんだ。連橋の顔に、耳を近づけてみると、連橋は「母さん・・・」と何度も小さく呟いていた。
「!」
その呟きに、城田は目を見開いた。
「母さん・・」
連橋にとって、母は決して優しい存在ではなかった筈だ。なのに、熱でうなされている時に、その女の存在を求めるとは・・・。幼い頃、風邪をひいては母に看病してもらったことをきっと記憶しているのだ。無意識であることは、恐らく間違いはないだろう。
城田は唇を噛みしめた。幼い時。まさに、自分もそうだったからだ。風邪をひいて熱を出せば、母が付っきりで看病してくれた。心強かった。嬉しかった。自分だけの為に、母が傍にいてくれている。嬉しくて、嬉しくて、仕方なかった。
『おまえも、か。連橋』
例え、今は、どんなにその存在を憎く思おうと。疎ましいとは思っても。脳に刻まれたその記憶を抹消することは出来ないのだ。
連橋もそうに違いない。そう思うと、城田は連橋を哀れに思い、そして、また愛しくも思った。
「連橋」
思わず呟き、城田は連橋の頬に指を伸ばした。すると、連橋は、一瞬沈黙してから、
「せんせい・・・」と呟いた。
「!」
城田の指が、連橋の頬に触れる前に、空中でピクリ、と止まった。
「・・・」
気づくと、布団から連橋の手が伸びてきていた。
「先生」
もう一度連橋が呟いた。城田は、意を決して、伸びてきた連橋の手をギュッと握り締めた。その手は、熱がまだ引いていないのか、先刻と変わらずに熱かった。いまだ高熱に、連橋は苦しんでいるのだ。体の辛さゆえに、精神が無意識に安楽を求めて彷徨う。
「連橋・・・」
その声に反応するかのように、連橋の腕に力がこもった。幸い負傷している方の手ではないが、重なった掌が、なぜかむしょうに痛い、と城田は思った。
「先生」
連橋の閉じた瞳から、涙が落ちた。
「・・・」
城田が堪え切れずに連橋を抱きしめようと体を捻った時だった。
「やっぱり、てめえは町田の息子なんだな」
と、小田島の声が部屋に響いた。城田はギクリと動きを止め、それからゆっくりと振り返った。小田島がタオルで頭を拭きながら、半分開いたドアのところに佇んでいた。
「連橋が錯覚するほどに、おまえはアイツに似ているんだ」
城田は目を細めながら、小田島に問いかけた。
「嫉妬か?じゃあ、今度は俺を殺すか?義政」
小田島から答えは返ってこなかった。城田は、絡みついた連橋の指を静かに解いた。
「俺は、町田じゃねえぞ」
「んなこたぁ、わかってる」
そう言って小田島が背を向けた。城田は連橋の腕を布団に押し込み、立ち上がっては小田島の後を追った。
「シャワー。使っていいか?俺も頭を冷やす」
「勝手にしろ」
小田島はリビングへ。そして城田はバスルームに、と廊下で別れた。


キュッ、とシャワーコックを捻ると、水が飛び出してきた。城田は足元に跳ねた水の冷たさに竦み、慌てて温度を変更した。どうやら小田島は、本当に水を引っ被っていたようだった。
「殺した筈なのに・・・」
城田は一人、呟いた。
「てめえはまだ生きてやがる」
ザッ、と熱い湯が、城田の髪に降り注いだ。
町田康司は、鮮やかに連橋の心を生きている。誰もが焦がれるあの瞳を手に入れることが出来る一人とは、恐らく現在は、町田康司に違いないと思った。
「おまえはまた、俺の前に立ちはだかるかのよ」
父に向かって、城田は呟いた。熱いシャワーの粒が、城田の肌に突き刺さった。
「殺してやるぜ、もう一度な」
城田は空中を睨みつけた。まるで、そこに町田康司が佇んでいるかのように。
「連橋の心の中のおまえを、もう一度殺してやる!」
シャワーヘッドを掴んで、城田はそれをバスタブの底に思いきり叩きつけた。シャワーの粒が噴出して、足首をバシャバシャと濡らしてゆく。濡れた前髪をかきあげながら、城田は舌打ちした。
「ぶっ殺してやるっ!」
バンッ、と城田は壁を左手で殴りつけた。何度も殴りつけたが、城田の心は晴れなかった。暗く鬱屈した思いだけが城田の心に積み重なってゆく。バスルームの、曇った鏡にぼんやりと映る自分の姿にですら、城田は憎悪を覚えた。
似ていることを利用して、連橋を手に入れることも可能だと思った。だが、それは浅はかだったと今ならば思う。流の言葉は真実だった。虚しさに、酔ったような感覚だった。
「おまえが欲しい。アイツではなく、俺自身で!」
また、憎しみが原点に戻る。俺たちは逆縁の親子だったに違いない、と城田は思った。
殺した筈の、父町田康司への憎悪が、再び城田の中に戻ってきていた。


夕実は、目の前でのやり取りに辟易していた。
「いい加減にしなさいよ、お嬢さん。そんな鬼畜どもの言いなりになったって、せいぜい輪姦されて、ぼろぼろにされるのがオチよ」
「だったら、貴方が教えて頂戴。貴方は小田島のマンションを知ってる筈よ!」
営業時間に、いきなり店に乗り込んできた少女は、志摩睦美と名乗った。名乗ってすぐに、彼女は
「小田島のマンションを教えて」と言ってきたのだ。店には、常連客と、そして清人の舎弟達が数人たむろしていた。当然夕実は、「知らないわよ」と答えたが、彼女は引き下がらなかった。すると、清人の舎弟達が、面白そうな匂いを嗅ぎ取ったのか、睦美という少女に絡んでいった。
「ねーちゃん。ママが困ってるだろ。知らないって言ってるんだよ、ママは」
「嘘よ。この女は、知ってる筈なのよ」
睦美はキッと夕実を睨んできた。一体なんなのこの子・・・と思っていた夕実の疑問は、舎弟達の一人によって解消された。
「コイツ、ジレンの志摩の妹っすよ。確か、連橋のオンナだった筈」
清人の舎弟達は、しばしば、小田島義政の争いごとに狩り出されているから、内情に詳しい。
「あ〜あ、そういうこと。彼氏が小田島さんに拉致られているから、助けに行きたいのか。へえ。ねーちゃん健気だねぇ。可愛いねぇ。顔も可愛いし」
ニヤニヤと笑いながら、舎弟達は睦美を取り囲んだが、睦美は怯えた風もなかった。連橋の彼女というのが真実ならば、さすがに肝がすわってるわね、と夕実は感心した。
そのうちに舎弟達は調子づき、
「俺らと一晩遊んでくれれば、小田島さんのマンション教えてやってもいいぜぇ」と睦美を挑発しだした。すると睦美はあっさりとうなづいたのだ。
「いいわよ。アンタらと遊んで、それで連橋の場所がわかるならば、遊んでやるわよ」
震えもしない声で、彼女はそう答えのだ。それには夕実も、感心してばかりはいられなかった。
そして「輪姦されてボロボロにされるのがオチ」と忠告を飛ばしたのだ。だが、夕実の忠告を、睦美は少しも有難く思った風はなく、彼女は毅然として言い放った。
「例えそうだとしても。私はジッとヤツの帰りを待ってることなんて出来ないのよ、おばさん」
夕実は、フウッとタバコの煙を吐き出した。夕実は睦美を見つめた。睦美も夕実を見つめている。
「彼氏がバカならば、彼女もバカね。揃ってバカップルだわね、あんたら」
フフッ、と夕実は笑った。
「いこか、ねーちゃん」
舎弟達が睦美の腕を掴んだ。睦美はその手を振り払って、だが、舎弟達の後についていこうとした。
「待ちな」
夕実がそれを制した。
「夕実さん」
舎弟達が、夕実を振り返る。
「その子は私に預けて、あんたらは別の子探して遊んでおいで。ほら、出て来なさいよ。こんな所で暇つぶしてること、清人さんにチクるわよ」
舎弟達は夕実の言葉を言い返せずに黙りこんでは、渋々といった様で店をぞろぞろと出て行った。
「教えてくれるのね」
睦美が言った。
「知らないものは教えられないのよ、お嬢ちゃん」
「嘘よっ!」
「別にアンタに義理もなんもないわ。でもね、連橋が苦しむ事態になると、傷ついてしまうようなしょうもないアホな男を私は知ってるのよ」
「それは誰のことを言っているの?」
さすがに睦美はキョトンとしていた。
「言う必要はないわ。でも、私はその男を気に入ってる。だから、アンタに協力してやるわよ」
夕実は顎で、睦美に座れ、と命令する。睦美は、傍のソファに腰掛けた。
「時間がかかるわ。でも、必ず教えてあげる。だから、おとなしくそこで待ってるのよ。いい?あんたは動いてる。ジッとしてる訳じゃない。だから、おとなしく待っているのよ。私の言っている意味はわかるわね?」
睦美は素直にうなづいた。
「ありがとう。おばさんなんて言ってごめんなさい。本当はすごく、怖かった」
睦美の手が、今更ブルブルと震えだした。
「連橋はオンナに恵まれているわね。うちの誰かさんとは違ってさ。あんたも亜沙子ちゃんも、強いし、いい子ね」
夕実はタバコに火を点けながら、苦笑していた。
「亜沙子さんを知ってるの?」
睦美がピクッと反応した。
「知ってるわ」
「亜沙子さんも行方不明なんです。きっと連橋と一緒なんです。だから!」
「わかってるわよ。でもあの子は無事よ。アンタの彼氏は決して無事ではないようだけど」
「・・・言わないでください」
睦美はブルブルと頭を振った。そんな睦美の様子を見て、夕実は軽く溜息をついた。
「救われないわね。あんな男を愛して」
「連橋のこと、悪く言わないで」
「バカな男に惚れた女は、決して幸せにはなれないわよ」
夕実は言った。と、電話がかかってきたことを告げられ、夕実は子機を手にした。
「ああ、私よ。そっちはどう?今、こっちも大変なんだけど。え?そうなの。わかったわ。やっと終わるのね。了解よ、城ちゃん」
会話を終え、夕実はブツリと電話を切った。
「朗報よ、睦美ちゃん。すごくいいタイミングだったわね。流が明日釈放される」
「流くんが?!」
「ヤツが釈放されたら、このゲームはエンドになるのよ。最初からそういう仕組みになっているの。アンタはやっと、連橋を取り返しに行けるのよ」
夕実は灰皿にタバコを押し付けて、揉み消した。
「大人の本気にも手を焼くことがあるけれど、ガキの本気には、本当に翻弄されるわ。大人と違って、止まる術を知らないんだもの・・・」
決して睦美に言う訳でもなく、夕実は空中に向かって、気だるく呟いた。

続く

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