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****3部15話***
ピチャ、ピチャと響く淫猥な音に、連橋は眉を寄せた。
口の中いっぱいに突っ込まれている小田島のグロテスクなペニスを舐めあげながら、ふっと連橋はこの場にそぐわないことを考えた。
この、音。なにかに似ている・・・。ああ、ババアの家にいた猫の・・・、ニャオンがミルクを舐める音だ。そう思った。その瞬間に、フワリと意識が移動したのか、連橋の口の動きが止まった。
「ボーッとしてんじゃねえ!」
グッ、と小田島が腰を押し付けてきた。
「ぐぅっ」
吐き気がこみあげてくるほど、喉の奥までペニスに犯され、連橋は呻いた。
「気、散らしてンじゃねえよっ」
乱暴に髪の毛を引っ張られて、連橋は小田島を上目遣いで睨んだ。小田島と目が合うと、小田島は鼻を鳴らした。
「その威勢の良さを、口にも反映させな」
小田島は更にグイグイと腰を押し付けてくる。連橋は、その攻撃から逃げる為に浮かせた手で、小田島のペニスの根元を掴んだ。そして、唇からペニスを引き抜いた。
「!」
小田島が目を剥く。連橋は、飲みきれなかった唾液を唇から零しながらも、小田島を見上げた。
「がっついてンじゃねえよ。あせらなくたって、ちゃんとイカせてやる」
この状況だ。どう足掻いても、逃げ切れない。だったら。小田島の言われるままになるのは、悔しい。連橋はそう思った。まだ僅かに残っているプライドが、自分を支えてくれている筈、と思った。
「だから、おとなしくチンポ、突き出してな」
連橋は、自ら唇に再び小田島のペニスを咥えた。根元に指を添え、裏側を舌で舐め上げ、そして、亀頭を舌でチロチロと舐める。ずっぽりと小田島のペニスを含み、舌と指を使って必死に奉仕した。
心の奥底から溢れてくるのは、ただ、悔しさだけだった。キュポン、と言う間抜けな音が響いたのを聞いて、連橋は心の中で苦笑した。そのうち小田島の腰が揺れだす。
「っ、は、う・・・」
ググッ、と小田島が連橋の髪を掴む手に力を込めた。その勢いに、連橋は、危うくペニスに歯を立てるところだった。慌てて顎を引いたが、小田島が連橋の顎を無理やり掴んだ。
「んぐ。ぐっ」
もう連橋には、なにもすることがなかった。小田島は、射精に向かって、自ら貪欲に動いている。
連橋は、口の中に突っ込まれるペニスを舐めあげてやるだけで良かった。
「っ。うっ!」
ビクッ、と小田島の腰が激しく動いた。
「!」
連橋は、思わず目を瞑った。口の中で出される、と思ったが、小田島はペニスを連橋の口から引き抜くと、精液を連橋の顔めがけて放った。ビュクッ、と白濁した液体が、顔に降りかかる。そのおぞましさに、連橋は小さく体を震わせた。シーツを掴む手が、不覚にもブルブルと震えた。
搾り取るように、小田島は自分のペニスを根元から扱き上げて、最後の一滴までをも連橋の顔に降りかけた。連橋の、口から目までの範囲が、小田島の精液で濡れた。
「まるで泣いてるようだぜ」
アハハ、と小田島は楽しそうに笑った。精液が、丁度連橋の目尻を落ちていく。
「目を開けろよ」
言われて、連橋は目を開けた。
「そのツラを、ほら。ちゃんと、カメラに撮ってもらえよ」
小田島は、連橋の顎を掴み、その顔をカメラの位置に強引に向けた。連橋は、カメラを睨みつけた。カメラマンが、チッと舌打ちをしたのが聞こえた。ざまあみろ、と心から連橋は思った。
「さあ、今度はおまえの番だ。連橋、てめえ、自分でヤッてみろよ」
小田島は、すっかり萎えた連橋のペニスを掴んだ。
「なんだと?」
聞こえたが、思わず聞き返さずにはいられなかった連橋だった。
「カメラに向かって、脚を開いて。ほら、やれよ」
小田島が、無理やり連橋の両脚を開いて、カメラの前に押し付けた。
「やれって言ってんだろ!」
頭をこづかれ、連橋は、瞬間的に拳を握っていた。振り返って、そのまま・・・と思った。だが。
連橋は、唇を噛みしめ、その拳をゆっくりと解いた。相当な精神力が必要だった。
『堪えろ!』
心の中で、自分で自分に叫んでいた。連橋は俯くと、自分のペニスを握りこんだ。
「てめえのイキっぷりをカメラに撮ってやるぜ。ククク」
本当に楽しそうに、小田島は笑っていた。連橋は、カメラに顔を撮られないように、深く俯き、自らペニスを扱き上げた。精神的に、なにも興奮するものなどないこのような状況で射精を強要されるのは、恐ろしい苦痛だった。自分のペニスは、すっかり縮こまってしまっていた。どんなに扱いても、僅かに反応するだけだった。
「イケねえか?だったら、後ろも使えよ」
フッ、と小田島は連橋の右肩に顔を乗せ、連橋の耳元に囁いた。
「ほら。ココを、てめえで弄ればいいだろ」
小田島が、連橋の背中に掌を当て、それからスーッと掌を下ろし、連橋の双丘を掌で撫でた。そして、片方の丘を掌で擦り上げた。
「ふざけんな」
連橋が冷やかに言い返した。連橋は、怒れば怒るほど、冷やかになっていくのだ。
「ふざけてなんかいねえぜ。好きだろ、ココ」
小田島はそう言いながら、連橋が両手で扱いていた右手を掴み上げ、双丘に導いた。
「ココになんかが入ってねえと、イケねえんだろがよっ!!」
ククッと笑い、小田島は連橋の耳朶を噛みながら、ドッと連橋の体をうつ伏せにシーツに押し付けた。
「ふざけんなって言ったろ!!んなとこ弄らなくても、俺はっ。あっ!」
小田島が、連橋の手首を掴み、連橋の割れ目にその手を導いた。
「ほら。入るだろ。てめえの指が、てめえのココに。いい加減素直になって、イッちまえよ」
「や、やめっ。うっ」
連橋の中指を操り、小田島は、その細く長い連橋の指を、自らのアナルに突き立てるかのよう動かした。
「ほら。てめえの指が、ちゃんとてめえの中に入っていくぜ」
「うっ、うっ〜っ!」
連橋がシーツに顔を埋めたまま、顔を顰めた。
「左腕が遊んでるぜ、連橋。さっさとさっきみたく扱けよ、ほら」
手首を掴み、小田島は動かした。ズブリ、と自らのアナルに自らの指が入るのを感じて、連橋は竦み上がった。
「いいか。このまま、後ろ弄りながら、イケよ。てめえでてめえを犯しながら、ぶっ放せ!」
パンッ、と小田島は連橋の尻を軽く叩いた。
屈辱で眩暈がする程の連橋だったが、それでも、シーツを噛んで堪えた。
「・・・そんなに・・・」
「なんだよ」
「そんなに見てえならば、見やがれ、ちきしょう!」
連橋は叫んで、顔を上げた。自らの指をアナルに埋め込みながら、連橋は左手でペニスを握った。
「うっ・・・」
自分の体なのに、自分がどこが感じるのか、わからない。連橋は、アナルに埋めた指を動かした。
「くっ」
痛みはないが、違和感がある。拭えない。どうしても、その違和感が拭えない。
ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう!!!
何度も呟きながら、連橋は自らのアナルを指で探った。同時にペニスも揺すっていく。
ジーッ、という苛つくビデオの音が、連橋の気を削ぐ。
「んっ、く。ううっ」
「どうした。さっきの威勢は。あ?言っておくけどな。指一本じゃ、てめえは満足なんか出来ねえんだよ。ほれ、さっさと残りの指も全部突っ込みな」
また小田島が、連橋の尻を叩いた。
「・・・」
連橋は、目を瞑り、腰を落として、脚を深く開いた。早くイカねば、と思った。これ以上の長い時間には、もう耐えられない。怖かったが、連橋は小田島の言うように、指を増やした。増やし、自らのアナルを掻き回す。さっき、小田島が中に放ったものがまだ残っていて、指を動かす度に、クチュクチュといやらしい音がアナルから漏れる。
「ううっ。ん、あっ」
頭が霞む。連橋は朦朧としながら、必死にアナルに指を埋め込み、ペニスを扱いた。
ジワリ、とアナルから疼くような感覚が体に広がった。そして、とある一点を指が探り当て、触れると、連橋は
「ああっ」
と、自分でも驚くような声を上げてしまった。顔が赤くなるより、青くなっていく。
「・・・」
「どうした?やっと自分で、わかったか?そうだよ。今のところが、てめえのイイとこなんだよ」
小田島は、連橋の顔の近くに腰を下ろした。グイッと前髪を掴んで、その顔を覗きこむ。
「さあ、そこを一気に突けよ。そしたら、楽になれるぜ」
なにが楽になれる、だ。逆だろ、冗談じゃねえぜ、と思い、
「てめえのその薄汚ねえ手を離せっ!」
と連橋は力の限り叫んだ。
「やだね」
小田島は、フッと笑った。連橋は首を振ったが、小田島の腕は、振り払えなかった。
ペニスに添えていた左手で、小田島の腕を払い除けようとしたが、それも許されなかった。
「もういい加減、さっさと済ませよ。俺は、早く、おまえのイク顔がみてえんだよ」
「ど変態」
「るっせえ。モタモタしてっと、バイブぶちこんでイカせるぞ」
「そっちのがマシだ。そうしやがれっ」
連橋は言い返した。そっちのが数倍楽だ、と本気で思った。
「つまんねーこと言うなよ。さあ、とっとといけ。じゃねえと、城田に命令するぜ」
「!」
その言葉は、今の連橋が一番恐れる言葉だった。
「くそっ。てめえなんか、死ねっ!」
汚い言葉を吐いて、連橋は、楽になることを諦めた。ググッ、と指を進め、さっき感じた一点を、連橋は数本の指で突いた。
「ううっ」
その度に、ビクビクとペニスが反応するのがわかった。さっきまで、なんの反応も示さなかったペニスだというのに。
「あ、あ」
ジュプッ、と言う鈍い音を立てて、連橋は、夢中で自分のソコを突いた。
「んんっ。ん、ん」
掌の中のペニスが熱い。そして、自分の中の襞も、異常なまでに熱い。
「くそっ。ん、あ、あ」
堪えきれない喘ぎが、口から零れる。小田島は、そんな連橋の顎を掴み、顔をジッと覗きこんでいる。
「んう。ん、ん、ん」
最早俯くことさえ許されず、連橋は自分のアナルを弄り、ペニスを射精に導く。
「はあ、はあ、はあっ」
頬が熱く、そして、口の中がカラカラに渇く。喘ぎをもらす度に、連橋の赤い舌が口の中で動く。
上気した頬に、射精を迎えようとして、目が潤んでくる連橋を見て、小田島はゴクリと息を呑んだ。
自らのアナルを指で掘り、自らのペニスを扱いて、イキかけている連橋の表情は、普段の連橋からは想像も出来ないような色っぽさだった。小田島は込み上げてくる唾を何度も飲み込んだ。
直ぐ傍で聞こえる、鼻にかかったどこか甘いような喘ぎ声と潤む茶色の瞳は、恐らくは本人無意識の、過剰なまでの色気を帯びていた。見ている小田島の息も荒くなってゆく。
「っ、あ、あ、あっ」
ビクンッ、と連橋の体が跳ね、連橋のペニスから精液が溢れた。それは、トロリとシーツに落ちていった。
「ああ・・・。っきしょう・・・」
連橋の体がゆるゆるとうつ伏せにシーツに落ちた。
「・・・」
小田島は、その体を思わず避けて、荒ぶる息を整えた。
「撮れたか?」
ハアハアと息をしながら、小田島はカメラマンに向かって訊いた。
「はい。大丈夫です」
満足そうなカメラマンの返事だった。それを聞いて、小田島はフウッと息を吐いた。
「こっちがもってかれまうぜ・・・。なんなんだ、コイツ」
チッと舌打ちしてから、小田島はベッドを降りた。
「今日のところは、これまででいい。ご苦労だったな」
と、再びカメラマンに声をかけた。
「はい」
カチッと音がして、カメラの音が止む。
「トイレ行ってくる。連橋をリビングに移動させとけ」
「かしこまりました」
小田島は、大股で部屋を横切って出て行った。
部屋の空調が効いているので、寒くはないが、連橋はソファの上で膝を抱えて丸くなっていた。
相変わらず服が与えられずに全裸のままだ。体を守るのは、己の薄い皮膚一枚しかないことに、改めて連橋は戦慄した。
普段なにげなく着ている服だったが、取り上げられるとそのありがたさが身に染みた。
薄い皮膚一枚のままでいると、なにもかも透けて見られてしまうような気がした。
己が心の懐深くに、大切に大切に抱え込んでいるもの、すべてが・・・。
「寒いのかよ」
小田島がリビングに戻ってきて、開口一番にそう言った。無論、連橋は無視した。
「シカトかよ」
フンッ、と小田島は鼻を慣らしたが、カチッとタバコに火を点けた。
「さっきは大分いいもんが撮れたみたいだぜ」
そう言いながら、小田島は連橋に近づいてきた。
「近寄るな!」
連橋はバッと顔を上げて、叫んだ。
「聞こえてねえかと思ったんだろ」
「るせえ。聞こえてるよ。いいモン撮れて良かったな!」
「ああ、満足だ」
小田島は、少し連橋に距離を置き、ソファに腰掛けた。
「膝抱えてばっかいねえで、ちったあ顔上げて、窓の外見ろよ」
だが、連橋はまたその言葉を無視して、丸くなっていた。
ソファの前には、大きな窓があり、そこからは見事な夜景が見えた。
「ここからの夜景。他の色がねえんだ。なあ、気づいたか。見事なまでに金色の夜景だ。連橋。おまえの色、だ」
「・・・」
うぜえ、と思って、連橋は相変わらず答えなかった。だが、構わないのか、小田島は一人で喋っていく。
「俺は一目でここを気に入った。おまえを征服するには、ぴったりの夜景だ。ここしかねえ、と思った。おまえもここを気に入れよ」
小田島は、身を乗り出して、前に置かれているガラスのテーブルの灰皿にタバコを押し付けた。
「俺のモノになれ、連橋。そうしたら、ここはおまえと俺の部屋だ」
その言葉にゾッとして、連橋は顔を上げた。
「寝言は寝てから言えって・・・。前から言ってるだろ、ボケヤロウ!誰がてめえのモンになんかなるか。冗談じゃねえよっ」
小田島と連橋の視線が重なった。
「ここだけじゃねえ。もっと、だ。おまえの望むもん、全部買ってやる。欲しいもん、なにもかも。今より全然贅沢させてやる。だから、おとなしく俺のモノになれよ」
小田島の指が伸びてきて、連橋の頬に触れた。その小田島の感触に、連橋の皮膚がザワッと騒いだ。鳥肌だ。
「気色わりーこと、真顔で言ってンじゃねえよっ!」
慌てて小田島の指を振り払い、連橋はガッと、脚でガラスのテーブルを蹴飛ばした。その勢いに、灰皿がひっくり返った。
「誰がてめえのモンになんか、なるかっ!俺の欲しいもんをくれるだと?買ってやるだと?女相手に言うようなこと言って悦に浸ってるんじゃねえ。てめえの世話になるぐれーならば、見知らぬオッサンのチンポ舐めて生計立てた方がマシだ。ふざけるな」
小田島が立ち上がった。
「素っ裸でなに喚いてやがる。今のてめえの状況で、強がり言える立場かよ。せっかく、俺が告ってやってんだぜ。喜べよ。喜ぶのが当然だろ。この俺が、てめえなんかみてーなヤツに惚れてやったんだぜ!!」
連橋は、目を見開いた。小田島は、自分を見上げる連橋を見下ろしながら、ニヤリと笑った。
「・・・惚れただと?頭おかしいんじゃねえのか?俺は、おまえを」
言い終わらぬうちに、連橋は小田島に抱きすくめられていた。
「は、離せ、離」
強引にキスされて、連橋はもがき、ドサッとソファに倒れた。小田島が、すかさず馬乗りになってきた。両手は小田島に押さえつけられいた。連橋は視線で小田島を威嚇した。睨み上げる。
「おまえが俺に惚れないのはいいさ。体からてめえを変えていってやるから・・・」
「・・・惚れてやってもいいぜ。おまえが、俺に、その命、くれるならばな」
「命をやったら、てめえを抱けない」
「そりゃ、そうだな。そういう方程式になってんだよ。てめえと俺はな!」
バッ、と連橋は小田島を押しのけて、ソファを転がり落ちた。
「誰が、てめえのオンナになんか、なるもんかっ!」
連橋は、中指を立てて、小田島に向かって怒鳴った。
「ならば、体から変えていくしかねえな。そっちのが楽しいから、いいや、俺も。おまえを、俺ナシじゃ生きていけねー体に作り変えてやる」
ククク、と小田島は余裕めいた笑みを浮かべ、またタバコに手を伸ばした。
「また、明日からが楽しみだな、連橋」
カチッと言う音と共に、小田島が持つタバコの先に灯ったオレンジ色の光を、連橋はキッと睨みつけていた。そして、その光の先にある小田島の顔をも。
亜沙子は、朝も早い時間に部屋に入ってきた人物を見て、驚きの声をあげた。
「胡桃ちゃん!」
「あ、亜沙子さん・・・」
二人は城田のマンションの寝室で鉢合わせをしていたのだ。
「アタシ・・・。城田くんが戻ってきたって、店のやつらに聞いて・・・。それで店の帰りに寄ったんだけど。どうして、亜沙子さんがここにいるの?」
「それは・・・」
言いかけた亜沙子だったが、城田がもぞもぞと起きてきたので止めた。
「オハヨ。胡桃ちゃん」
「城田クン。この、浮気モンッ!!」
バアッ、と胡桃は持っていた荷物を城田に向かってぶちまけた。
「あぶね」
ヒョイッと城田は避けた。胡桃がぶつけた荷物は、食べ物だった。店の残り物でも持ってきたのだろう。夜明け。店がひけて、一刻も早く家に帰って寝たいところを、胡桃は城田の身が心配でやってきたのだ。
「浮気モンってなんだよ。俺たちつきあってねえじゃんか」
ぬけぬけと城田は言った。
「浮気モンって言ったら、浮気モンなんだよ。亜沙子さんまで連れこんで」
キイッと胡桃は喚いた。
「理由があんだよ。まあ、やるこた、やったけど。な、亜沙子ちゃん」
城田が亜沙子の肩を抱き寄せた。城田は上半身裸だったので、そのぬくもりが、フワリと亜沙子を包み、亜沙子はカッと顔を赤くしてしまう。
「いい加減にしてっ!」
城田の腕を振り払い、亜沙子は赤面を誤魔化す為に、床に落ちた食べ物を拾い上げた。
「ちょうどいい。胡桃ちゃん、家で寝てけよ。亜沙子ちゃんも退屈してたところだろうからさ」
「なんなのよ!一体なにがあったのよ」
胡桃はジロッと城田を睨んだが、睨み返されて、ビクッとした。
「深くは突っ込むなよ。おまえも、この世界に片足突っ込んでる女ならば、聞いていいことと、悪いことがあんの知ってるよな。亜沙子ちゃんがここに居る。事実はそれだけ。おまえは、それだけ知ってればいいんだ。わかってるよな」
城田の眼光が、胡桃を射ぬく。
「・・・せっかく心配して来たのに!」
プウッと胡桃は頬を子供のように膨らませた。
「そりゃ、悪かったな」
城田は、フッと笑った。
「胡桃ちゃん、これ、勿体無いわ。とても美味しそうよ」
「亜沙子さん、一緒に食べよう。城田くんになんか、あげないっ」
イーッと舌を出して、胡桃はプイッとそっぽを向いた。
「ガキか。ま、女二人で仲良くやってくれよ。俺、今日は早くから出かけるからさ」
城田はそう言うと、さっさとバスルームに行ってしまった。
亜沙子と胡桃は顔を見合わせた。
「アイツ、本当に怖い」
胡桃が泣きそうな顔で言った。亜沙子は、思わず微笑んでいた。
「城田のこと、心配で来たのね・・・。胡桃ちゃん、城田のこと好きなのね」
「亜沙子さんは・・・?」
「そうね。私も、好きなんだと思う・・・」
亜沙子は、ちょっと戸惑いながら、でも、しっかりと言った。
「私たち、ひょっとしてライバル?」
胡桃はキョトッと首を傾げた。
「そんな感じかしら?」
亜沙子はのんびりと言い返す。
「あーあ。亜沙子さんみたいな美人が相手じゃ、胡桃全然かなわなーいっ」
「胡桃ちゃんのが可愛いわ」
「嘘ばっか!も、いい。城田くんなんか、諦めよーっと。ね、亜沙子さん。これ食べよ。胡桃、お腹すいてるんだ。食べ終わったら、ホントにここで寝ちゃっていいかな?」
「いいんじゃないの?それより、胡桃ちゃん。ここの家、何度も来たことある?」
「うん・・・。ごめんね。何度もある」
申し訳なさそうに胡桃は言った。
「あ、別にそういう意味じゃないの。じゃあ、教えてもらいたいことがあるの」
亜沙子は苦笑しながら、否定した。
「なに?」
「城田が出ていったら・・・ね」
亜沙子は、唇に人差し指を添えて、ウィンクした。胡桃は訳もわからないまま、うなづいていた。
流は、ハッと目を覚ました。
この狭く居心地の悪い細長い部屋で、ゆっくり寝られ筈もない。ましてや、心を占めている苦痛もある。寝れる筈もない、と思いながらも、それでも気づくと眠りに落ちていることが何度かあった。
浅い眠り。その眠りの中で何回か同じ夢を見た。自分は暗く狭い場所にいる。そう、今のここと同じような場所だ。そして、たった一人。見上げている。上を、上を。じっと眺め上げている。すると、ぽっかりと、そこに腕が現れてくるのだ。自分は弾かれたように、その腕に向かって手を伸ばす。腕は力強く伸びてくる。自分はその腕に縋る。指と指が一旦絡まるのに。それなのに、結局は離れてしまう。結局、自分は暗い所に取り残される。あの指は、退いたのか?それとも、自分が退いたのか?ただ呆然とその暗い場所に取り残されたまま、考える。あの腕は誰なのか?そして、自分はなんで、何度もこの夢を見るのか?流は、起きた途端、冷たい汗が、こめかみに伝うのをいつも感じた。
ここから出たい。けれど、出れない。
あの腕が連の腕であると信じたいのに、あの腕に縋れない。
繰り返し見る、小さな悪夢。流は髪を掻き毟った。夢はなにを伝えようとしている?
いつかは、あの夢で、俺はあの腕に縋れるのだろうか・・・。
「わかんねえ・・・」
流は呟いた。とにかく。とにかく。とにかく!
誰か、助けてくれ!俺を、ここから、出してくれっ!
続く
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