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****3部12話***


嫌な予感がする。
「急いでくれ」
城田は、車を運転する舎弟を急かした。
「はい」
思ったより、留置所からは早く開放された。大堀組を有する小田島側は、こういうトラブルの対処には慣れていて、対応も早い。だが、ジレン側はそうではない。時間がかかるだろう。無論。それを計算にいれての今回の騒動だったが、まさか自分がもっていかれるとは思わなかった。
城田の脳裏に、流の姿が過ぎる。【すげえ男だ・・・】と、改めて思った。あの強さは、連橋への思いだけから発しているのか・・・と思うと、ゾッとする。城田は、誰にも負けるつもりはなかった。ここ数年、あれだけ完膚なきまでに地面に叩きつけられたことはなかった。
「ちっ」
忌々しいとばかりに城田は舌打ちした。すると、舎弟が弾かれたように、ハンドルを握りながら「すんません」とペコペコと頭を下げた。
「てめえのことじゃねえよ」
言って、城田は前方を見据えた。鉄格子の中で夜明けを迎えた。一睡もすることなく夜明けを待ちながら、連橋のことを考えた。きっとアイツはさぞかし最悪な夜明けを迎えているだろう、と思った。それと同時に、きっと、亜沙子と久人も。
マンションに辿りつくと、城田は走った。嫌な予感がするんだよ!と心の中で叫んだ。


城田がマンションに辿りつく少し前。まんじりともせずに、家具のひとつもないなにもない部屋で、久人と抱き合っていた亜沙子は、小田島の舎弟達によって部屋を連れ出された。
「ねーちゃん」
亜沙子が連れていかれようとしているのを見て、久人が不安な声をあげた。
「ガキ、うるせえ」
忌々しそうに舎弟の一人が久人を睨んだ。
「ひーちゃん。大丈夫だよ。おとなしく待ってて」
自分も不安だったが、亜沙子は久人を不安にさせないように、ニッコリと微笑んだ。すると、久人は心配そうな顔をしながらもコクリとうなづいた。
「腹減ったんだよ。ねーちゃん、なんか作れよ」
「・・・変な考えは起こすなよ。あっちの部屋のチビに見張りつけてるからな」
亜沙子は3人の男達に見張られていた。そのうちの、歳のいった男達が亜沙子を部屋から連れ出し、明らかに歳若い男が久人と部屋に残った。
「材料はあるの?」
亜沙子は男達を見ずに、そっぽを向きながら言った。
「冷蔵庫の中適当に見ろよ。城田さん、自炊派みてーだから、色々とあるぜ」
一人の舎弟の言葉に、亜沙子は目を見開いた。
「・・・ここは城田のマンションなの?小田島のマンションでしょ」
「城田さんが小田島さんから譲り受けた。って、んなのどうでもいいだろ。さっさと作れよ」
ドンッ、と腰を蹴飛ばされて、亜沙子はよろめきながらキッチンへと歩いた。
冷蔵庫を開けると、中は整然としていた。適当になにかを作れそうな程の食材があった。亜沙子は、食材を手にし、料理を作り始めた。途中、手にした包丁に、心がグラグラと揺れたが、諦めた。久人に見張りがついている以上、怖くてなにもできない。短時間で亜沙子が適当に作った料理に男達は、口笛を吹いた。
「うまそーだ」
「へ。ねーちゃん。いい嫁さんになるな。美人で料理も美味いとはな」
男達がニヤニヤと笑いながら、亜沙子をジロジロと見た。
「残ったものをひーちゃんにあげたいわ」
すると、男がケッと笑った。
「人質が悠長に飯食えるとでも思ってンのかよ」
「ダメだね。あおずけ」
立ったまま、亜沙子の料理をガツガツと食いながら、男達はそっけなく言った。
「あまっているんだから、いいじゃないの!このパンだけでもいいの。お腹がすくと、子供は泣くの。騒がれちゃ困るのはあんた達でしょ」
そう言って亜沙子は、ロールパンをひとつ手に持った。すると、バシッと、男に殴られた。ダンッ、と亜沙子の体が食器棚にぶつかった。大きな音が響いた。
「勝手なことすんじゃねえよ」
「痛い・・・」
男の力で殴られて、亜沙子は、思わず目に涙を浮かべた。堪えようと思ったが、痛みのせいで自然に涙が溢れた。
「あーあ。兄貴、ヤバイよ。大切な人質殴っちゃ。泣いちゃったじゃんか」
「・・・ふんっ。根性のねえアマだ」
「汚いやつら!あんた達なんか、死ねっ」
亜沙子は踏み出して、自分を殴った男の頬をパンッと叩き返した。
「いてっ」
「すげえな。超気が強い女だ。さすがに連橋とつるんでるだけあるよな」
「くそ。コイツ」
殴られた男は、グイッと亜沙子の長い髪を掴んだ。
「痛い。やめて、離してよっ」
「てめえの立場ってもんがわかってねーな。おい、洋介。ちょっくらお仕置きしてやろうぜ」
「へ・・・。兄貴よぉ。お仕置きってなぁに?」
二人はニヤニヤと笑いながら、亜沙子を見た。男達の目の色が変わったことに気づいて、亜沙子は血の気が引いた。髪を掴んでいる手の甲を、爪で力任せにひっかいた。
「離して。いや。離してっ」
「もう遅いんだよ。おとなしくしてりゃ、お仕置きされずに済んだのによ」
バッ、とその場で押し倒されて、亜沙子は悲鳴をあげた。
「いや。やめてっ。ふざけんな!やめてっ」
「へへへ。今度は、ちゃんと気持ちよくして泣かせてあげるよ。美人なねーちゃん」
「いやよ。助けて!!連ちゃん、助けてっ」
叫んで、亜沙子はハッとした。今、この場に連橋はいない。
「なに言ってやがる。連橋だって、今頃は小田島さんと同じように愉しんでいるさ」
男達の手が、二人がかりで亜沙子の服を毟り取っていく。
「やめてよ。いやあ。やめて、やめて」
レイプの恐怖。数年前に経験したあの時の恐怖が甦ってくる。殴られる痛み。従わねばならない屈辱。私を無理やり犯した男。小田島義政。そして、城田。城田優。
「いやあっ!助けて、城田」
亜沙子は思わず叫んでいた。
「城田?なんでそこで城田さんの名前を呼ぶんだ。バカかコイツ」
男どもがケケケと笑い声を立てた。その時、バンッとドアが開く音がして、バタバタと足音がした。
「兄貴ら。なにやってんだ。ヤバイよ。女やガキには手出すなって、城田さんが言ってたじゃねえか」
騒ぎを聞きつけて、久人を見張っていた舎弟の一人が部屋から飛び出してきたのだ。
「るっせえ、郷田。てめえはガキ見張ってろ」
「ヤバイっすよ。マジに、ヤバイっすよ」
「亜沙子ねーちゃんを苛めるなぁ」
郷田の後を追いかけてきた久人が、バッと亜沙子の傍へと駆け寄ってきた。
「ひーちゃん」
「邪魔だ、ガキ」
ブンッ、と拳が飛んで、容赦なく男の拳が久人の小さい体にヒットした。
「うあっ」
ドンッと、久人の体がすっ飛んでいく。
「ひーちゃんっ!」
亜沙子が起き上がって久人を追いかけようとしたが、男達が亜沙子の背中に馬乗りになって、それを制した。
「あ、兄貴。こんなんヤバイって」
「郷田。そのクソガキ、押さえてろ」
「いつ城田さんが帰ってくるかわかんねーのに。やめてください、兄貴」
郷田が、倒れた久人を抱き起こした。
「大丈夫か?」
「・・・」
久人は唇を噛み締めていたが、やがてうなづいた。痛かった筈だ。なのに、久人は泣かなかった。
「えらいな。泣かないなんて」
泣かれちゃ困ると思っていたので、郷田はホッとした。
「にーちゃんと約束したんだ。泣かない・・・。亜沙子ねーちゃんを苛めるなぁ」
再び飛び出していこうとした久人を郷田が腕に抱えて、止めた。
「兄貴ら。もう」
と言いかけた時、郷田はヒッとうめいた。何時の間に・・・と、思った。テーブルの向こうには、城田が立っていた。
「思ったとおりだ・・・。手を出すなって・・・。言ったのに」
言葉が終わらないうちに、亜沙子の背に乗り上げていた郷田の兄貴分である柳瀬の体が吹っ飛んだ。郷田は、瞬きをした。一瞬のうちに城田の拳が、閃いたのだった。その瞬間が、郷田には見えなかった。
「す、すみません。城田さん」
もう一人の兄貴山田が言ったが、容れてもらえる筈もなく、城田の長い脚が、ガッと山田を蹴り上げた。
「ただでさえ苛々してんだよ。これ以上、俺を怒らすンじゃねえよ」
床に這いつくばっている柳瀬と山田を見下ろす城田の視線が、恐ろしく冷え冷えとしていて、郷田は背筋が震えるのがわかった。次は自分の番だ、と思った。
「うせろ、てめえら」
城田が一喝した。「申し訳ありませんでした」を連発して、柳瀬と山田が部屋を飛び出していく。郷田も「申し訳ありません」と言って慌てて出て行こうとしたが、
「てめえはいいよ」と城田が言った。郷田は振り返る。
「おまえだろ。あのバカ兄貴ら止めてたの。聞こえてたぜ・・・。だから、てめえはいい。ここにいろ」
言われて、郷田はヘナヘナとその場に膝をついた。
「飴のにーちゃん!」
久人は、郷田の傍から離れ、城田に駆け寄っていった。
「よお。ひーちゃん。怖い思いさせたな。って、どーした。その頭。ボウズじゃん」
今の今までの殺気が嘘のように、城田がフッと笑みを零した。
「にーちゃん。にーちゃん」
久人が城田の足にしがみついた。
「ねーちゃんが。亜沙子ねーちゃんが」
「ああ。大丈夫か?亜沙子ちゃん・・・」
城田の視線が、床にうずくまっている亜沙子を捕えた。亜沙子は、しばらく体の震えが止まらずに呆然としていたが、やがて衣服の乱れを直すとヨロリと立ち上がった。
「卑怯者!」
その声と共に、パアンッと乾いた音が部屋に響いた。
「あんたら、最低よ。最低よ・・・。怖かった。バカヤロウ。あの時みたく怖かった・・・」
わぁああんと、亜沙子は城田の腕に縋り、泣き出した。
「来るのが遅れて、ごめんな」
城田は左手で亜沙子の髪を撫でた。


城田は右腕を骨折したのか、包帯で吊っている。
「流のせいさ。あのバカは、連橋のこととなると、血管切らしやがる」
「アンタだって小田島のバカのことで血管切らすじゃない。お互い様よ」
亜沙子が言うと、城田は肩を竦めた。壁に設置してある子機をガチャッと取り上げた。
「恵美子さん?ああ、俺です。申し訳ないんですが、頼みがあります。今から、有能なの一人連れて、貴方の唯一のお友達のところへ出向いてもらえませんか?お友達が困ってます。助けてやってください。お礼はのちほど。ありがとうございます」
そう言って電話を切ると、今度は受話器を亜沙子に向けた。
「次は亜沙子ちゃんの番だ。この電話を使って、志摩睦美に連絡をとれ。あの女はパクられていねえ。兄貴や流を助け出す為に必死に動いている。だから、あの女に安心させてやってくれねえか?私と連橋は安全な場所に隠れているから心配するな、と」
「なんですって!どこが安全な場所なのよ」
亜沙子が言い返した。
「アンタには拒否権がねえんだよ」
城田はグイッ、と受話器を亜沙子に押し付けた。
「こっちにひーちゃんがいる限り、な」
城田はタバコを口の端にくわえて、ニヤリと笑った。
「弟のくせに。実の弟のくせに。アンタは、弟のことまで利用するのねっ」
「・・・弟だから、好きに使っていいんだよ。うるせーな。俺は苛々しているって言ったろ。あんまり我侭言うと、幾らアンタだからって特別扱いはしねえぜ」
睨まれて、亜沙子は後ずさった。城田のこの視線の冷たさを亜沙子は知っていた。なんの感情もなく、女を犯す一面を持っている男なのだ。扱いを間違えると、瞬く間に凶暴と化すに違いない。
「・・・貸して」
受話器を受け取り、亜沙子は睦美に連絡を取った。本人とは話が出来なかったが、志摩兄妹の母親に、伝言をした。これで睦美にも伝わるだろう。
「おりこうサン」
フッと城田は笑いながら、ドサッとベッドに腰かけた。
「荒っぽい招待しちまって悪かったな」
「悪いと思ってるならば、さっさと帰して」
「なに言ってんだよ。まだなんもしてねーだろ?」
そう言って、城田はシーツをポンポンと叩いた。
「おいで」
「冗談じゃないわよ。こんな真昼間から!」
「真夜中ならばいいのかよ。変な女」
クスクスと城田は笑う。久人は郷田と一緒に、向こうの部屋で遊んでいた。城田の登場に、途端に安心したらしい。久人にとって、城田は敵ではないのだ。
「突っ立ってないで、座れば。ほら、俺の隣に」
「嫌よ」
「素直じゃねえ女だな。まあ、いいさ。夜には素直になってもらうぜ。その為におまえをここに連れてきたんだからな」
「なんですって?」
「義政の計画だとな。おまえは、さっきのやつらみてーな男の餌食にされる予定だったんだ。ちょうど今の連橋と同じにな。アイツが憎い義政に犯されているように、おまえも訳のわからねー男にめちゃくちゃ犯される予定だったんだ。けどさ。おまえだって、どうせ犯されるならば、惚れた男の方がいいだろ?」
「・・・自惚れないでよ」
「抱いてやるよ、俺が。だから、素直に抱かれろよ」
「アンタ。頭、おかしいわっ」
言い返しながら、亜沙子は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
「こ、これは。怒りのせいだからね。怒りのせいよ」
熱を持つ頬を指差して、亜沙子は叫んだ。言われる前に言ったのだ。
「可愛いね。あんた、本当に可愛いよ。連橋もそれぐらい可愛かったらいいのにな」
城田はベッドの上に片膝立てて、かなりの距離を隔て立っている亜沙子に視線をくれた。
「セックスするにはまだ時間が早いならば、ゆっくりと話でもするか、亜沙子ちゃん。そこに座れよ」
「アンタとする話なんてないわよ」
「そうでもねえんだよな・・・。俺は、おまえの意見が聞きたいんだ」
「私の意見?」
そう、とうなづいて、城田はタバコを再びくわえた。
「俺は自分が苦しくなると、アンタのことを時々考えたよ。アンタの立場だ。今更隠しても仕方ねえから、隠すなよ?おまえは俺に惚れている。俺がおまえを呼んだら、おまえはこっちに来るか?亜沙子、愛してる。俺の傍へ来いって。俺が言ったらさ・・・」
亜沙子は城田の言葉に目を見開いた。この男はなにを言っているだろう・・・とぼんやりと思った。だが、城田の視線は容赦なかった。射抜くような視線。瞳の奥にある光が隠蔽を許さない。ああ、そうね・・・と亜沙子は思った。この男は確信があるのだ。この男は、私を落としたのだ。偶然ではなく、自信をもって。そうすべき、と初めから確かな方向性を持って接してきて、私はその罠にあっさりとはまった。私は、この男に惚れさせられた。仕掛けられてきた罠に気づくのが遅く、私ははまってしまったのよ・・・と亜沙子は思った。
「行かないわ。あんたの傍には行かない。どれだけ惚れても、行かない」
「どうして?」
静かに城田が訊き返した。
「私には連ちゃんがいるからよ」
「連橋を・・・。もう愛していないのに?」
「愛だけがすべてじゃないわ」
亜沙子の言葉に、城田はプッと笑った。
「・・・やっぱりな。アンタと俺はよく似ている。相手に惚れたことはちゃんと認められるけど、その場から動けないんだ。好きだぜ、亜沙子ちゃん」
「なに言ってるの?意味がわからない。それに、ふざけないでよ」
カッと、亜沙子は顔を赤くした。
「ふざけてなんかいねえよ?まあ、いいさ。とりあえず、俺は眠る。あっちで寝てないんだよ。色々と考えることがあってな。夜になったら起こしてくれ。この通り、右腕がおしゃかなんで、どうしようもない。アンタに食事食べさせてもらいたいからな」
ふふっと笑って、城田はゴロリとベッドに横になった。
「おやすみ、亜沙子ちゃん」
「勝手にしなさい!」
バンッ、と亜沙子はドアを閉めて部屋を出た。こんなところ、一秒だっていられないわ、と思って亜沙子は台所に行こうとした。あそこにある包丁を持ち出して・・・。と、いきなり城田の部屋のドアが開いた。亜沙子はハッとして振り返った。
「これ、なんだかわかるか?亜沙子ちゃん」
城田の手に握られていたのは、よくテレビの刑事ドラマで見る、あの黒い拳銃だった。
「ホンモノか、ニセモノか。さてどっちでしょう」
ジャキッ、と城田はそれを構えて、亜沙子に向けた。
「おかしな真似すんじゃねえぞ。俺は連橋と違って女だからって容赦しねえからな」
ニコリと笑いながら、口調が寒々しい城田に、亜沙子は心底ゾッとした。城田の瞳が、亜沙子を見据えている。
「・・・」
自分の惚れた男は、きっと悪魔なんだ・・・と亜沙子は思った。
「ニセモノだわ」
そう言い返すのが精一杯で、亜沙子は台所に行くのを諦めて、久人と郷田のいる部屋に戻った。それを見届けて、城田の部屋のドアがパタンと閉まった。


夜になり、城田は亜沙子に料理を作らせ、本当に食べさせてもらった。郷田も食事に便乗していた。
「にーちゃん。亜沙子ねーちゃんにアーンしてもらってる。赤ちゃんみたい」
えへへと久人は笑う。
「仕方ねえだろ。にーちゃん、手が使えないから」
城田は言った。
「え?城田さん確か、左も使え」
使えましたよね・・・と言いかけた郷田の足を、テーブルの下で城田が蹴飛ばした。
「冗談じゃないわよ、まったく」
なにも知らない亜沙子は、そう言いながら、城田の口に渋々とスプーンを運ぶ。
「ねーちゃんのおりょうりおいしい。飴のにーちゃんもいて楽しいし、これで早くにーちゃんが来ればいいのになぁ。ねえ、飴のにーちゃん。さっき、にーちゃんすぐに戻ってくるって言ったよね」
「ああ。すぐに、とは言ってねえけどな」
城田はうなづいた。亜沙子は城田を見た。
「どういうこと?連ちゃん戻ってくるのっ!」
期待を込めて、亜沙子は城田に問い掛けた。
「さてな」
だがしかし。返ってきた城田の反応は、そっけないものだった。
「すぐじゃないと、やだなぁ。にーちゃんいないと、淋しいもん」
あぐっ、とご飯を口に運びながら、久人はボソリと呟いた。
「俺より連橋のが好きなのか、ひーちゃん」
城田が訊くと、久人はうなづいた。
「ごめんね。僕はにーちゃんの方が好きです。飴のにーちゃんも好きだけど、にーちゃんはもっと好きなの」
「あっそ」
城田は肩を竦めた。亜沙子は、思わず吹き出して笑った。
「アンタ、今、拗ねなかった?」
「別に」
「今、拗ねた。ムッとしたもん。へえ、意外と可愛い」
「俺は可愛いぜ。いつでもどこでもな。勿論、ベッドの中でもな。飯食ったら、とっとやろうぜ」
城田の言葉に、亜沙子より郷田がなぜか顔を赤くした。
「子守りよろしくな、郷田」
城田が、パチッと目配せをした。
「ういっす」
ボリボリと頭をかきながら、郷田がうなづいた。
「しなくていいわよ。私がするんだから」
ガボッ、と亜沙子は城田の口にスプーンを突っ込んだ。城田は、その勢いに咽せた。


城田は、窓の向こうに見える月を見つめては、目を細めた。
「連橋の悪夢がまた始まる・・・」
呟いて、城田は振り返った。すぐ傍には亜沙子が立っていた。
「おまえにとっても悪夢かもしれねえけどな」
腕を伸ばし、亜沙子を抱きしめて、城田は亜沙子の耳元に囁いた。
「どうして私を抱くの?女には不自由してないくせに」
亜沙子は言った。
「俺は知りたい。連橋がおまえをどんなふうに抱いたのかを。アイツのことを全部知りたい。感じ、たい・・・」
ふと、城田の声音がフワリと変化したのを亜沙子は敏感に感じ取った。亜沙子は目を閉じた。城田の背に腕を回す。
「すごい台詞。・・・似てるって意味、今わかったわ。城田。アンタ、連ちゃんのことを愛してるのね。口を開けば、連橋、連橋。まるで名前を言っていれば、不安が解消されるかのようだわ」
一瞬の沈黙。亜沙子は顔をあげた。城田と目が合う。城田の視線は、とても優しかった。
「愛してるよ」
囁かれて、亜沙子はハッとした。
「どっちを・・・?」
答えず城田はニヤリと笑って、亜沙子の唇にキスをした。
「ん・・・」
抱きしめられ、キスを受けながら、亜沙子は城田と共にシーツに沈んだ。

続く
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例の場面は、つ、次になってしまいました・・・。すみません・・・(汗)