連橋(レンバシ)・・・区立第3中学校の3年生
流(ナガレ)・・・区立第3中学校の3年生
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・区立第1中学校の3年生
城田(シロタ)・・・区立第1中学校の3年生


-----------4話--------------
目を開けた時、見慣れた染みだらけの天井が目に入った。
ここは、俺の家。そう認識すると、再び意識を失う。

「連っ」
流が、連橋の体を揺すった。たった今、連橋は目を開けたのだ。
「流。そのままにしておいてやれ」
言われて、流は連橋の体から手を離した。ギリギリと唇を噛む。
「先生。亜沙ちゃんは」
「隣でメシを作っている。こういう場合、やっぱり女のがタフだな」
部屋に佇んでいた、大林二郎はそう言って苦笑した。
「体の内側を傷つけられた場合は、発熱することが多い。さっき医者も言ったろ。とにかく、連には眠りが必要だ。起こしてくれるな」
「わかったよ」
流は、連橋の横から立ち上がった。そして、大林をキッと見上げた。

数時間前、真夜中に、亜沙子から連絡を受けて、その亜沙子の混乱ぶりに驚いた流は、慌てて亜沙子の指定した場所へと着替えを持って走った。そこで見たものは、流の想像を遥かに超えていた。
「連ちゃんが、私が体に触れようとすると、怒るの。私にはどうしようも出来ない。早く手当てしてあげたいのに」
亜沙子は号泣していた。連橋は、裸のまま床に転がっていた。大きな窓から忍び入る月明かりが、顔と体を傷だらけにした連橋を照らし出していた。そして、隠すことすら忘れたかのようにダラリと開かれた連橋の股間は、濡れていた。言われなくても、なにが起こったのか、流にはわかった。再び気を失ってしまっている連橋に、流と亜沙子で二人がかりでなんとか服を着せ、流は連橋を抱いて部屋を出た。待たせていたタクシーに乗り込んで、連橋と亜沙子の住むアパートに戻ってきた。そして、隣に住む大林に連絡し、医者を呼んでもらって現在に至る。

「先生。俺には、話してくれるよな。どうして連が、こんなに小田島と関わるか。頼むから話してくれよ。でねえと、俺は小田島をぶっ殺しに行きそうになっちまう」
わなわなと流は、握った拳を震わせた。
「おうよ。話してやろう。おまえには話すべきだ。連には、ストッパーが必要だ。コイツは、見かけのわりにゃ血の気が多すぎるからな」
大林は、吸っていた煙草を持っていた灰皿で揉み消して踵を返した。そして連橋の部屋を出て行く。流はその後に従った。大林は、亜沙子の部屋とは逆の部屋に入っていく。そこが大林の部屋だ。彼もまた連橋の住む部屋の隣人だった。かなりの長身の持ち主で、その歳は、口の周りに生えている髭のせいで本当のところは流にはわからない。だが、意外と若いのではないかと思うことはある。売れない作家だと自ら言うその男は、亜沙子同様、連橋の日常にぴったりと貼り付いている。大林は、連橋の身元保証人なのである。

「汚ねえ部屋だな」
大林の部屋に入るなり、流は思わず呟いた。
「時々、亜沙子にバイト代はずんで片付けてもらってるがな。今はちょいな」
あちこちに散乱する本のせいで、部屋には足の踏み場がほとんどない。なんとか小さな隙間を見つけて、流は腰を下ろして胡座をかく。大林も、それだけはさすがに立派な机の前に置いてある椅子に、胡座をかいて座っては流を見下ろす。

「連橋が小田島を憎む理由。それはな」
おもむろに大林は話し出した。
「それは、小田島が、連橋の尊敬する人を殺したからだ」
「!」
「流。おまえ、知ってるか?去年、小田島が公園でセンコーを刺したっていう事件」
大林は煙草に火を点けた。
「ああ。知ってる。だが、あれは、結局小田島のせいではないってことになった筈だ。公園にいたホームレスのせいだってな。そう聞いたぜ」
当時の噂を思い出しながら、流は答える。
「まあ、確かにそういう結末になった。刺された教師は一中の臨時講師だった。常日頃から、小田島には色々注意をしていたらしく、それを小田島が鬱陶しく思っていたことなどは学校中の生徒が知っていた。だがな。あの事件があった日、小田島はいつものように取巻きをたくさん連れていた。そんな中で起こった事件だ。黙ってろと皆を脅したところで、真実は必ず誰かの口から漏れる。それで、小田島が刺したっていう噂が流れたんだな」
「やりかねねえよ、あいつならば」
強姦すら、なんの罪もなくやるヤツだからだ・・・。流はそう言いたいのを堪えた。
「実際やったんだろうな。俺はそう思うよ。死んだ一中の臨時講師・町田康司は、連橋にとって縁続きのヤツだったんだ。連橋は、町田の後を追ってこの町にやってきたんだ。小学6年の時だぜ」
「・・・」
流は大林を見た。そんな事実は、流は今の今まで知らなかった。
「俺は1度、その町田教師と話す機会があってな。流、今じゃ信じられねえ話だがよ。連橋は、ひどく内向的な性格で、なにかあってもすぐに自分の殻に閉じこもってしまうようなヤツだったらしい。ま、これは今でもその傾向は多少はあるよな。友達もほとんどいなかったようだ。連橋は生まれこそ平凡だが、家庭に恵まれない少年だったそうだ。それに、とても臆病で優しいヤツだったらしく、クラスメートと些細なことで言い合いになって喧嘩になって、相手を殴ったりしてしまうと、その罪深さに泣いてしまうような少年だったって町田教師は言っていたな」
「・・・確かにちょっとそれは、信じられねえな」
流はそう言って、複雑な顔をした。こんな状況でなければ、笑い飛ばしていただろう。
「おまえ。連橋の左手首を見たことがあるか?」
煙草を揉み消し、大林は自分の左手を指差した。
「え?」
流は、思わず自分の左手首を見た。
「そこにリストカットの跡が小さくあるんだぜ。気づいたか?」
「し、知らねえ」
見たことはあると思うが、そんな傷跡は記憶にない流だった。
「連橋は、自殺未遂を何度もしていたそうだ。なにが辛く、そんなに悲しいのか。町田教師は、連橋にある日聞いたそうだ。このままでは、この少年は死んでしまう・・・と思ってな。そしたら、連橋はあっさり言ったそうだぜ。生きている意味が、ないと。親なんかあってなきが如し、信頼出来る友達も、勿論ガールフレンドもいない。参るよな。小学生が、生きる意味がねえだとよ。だが、連橋にとっては大事なことだったんだろう。そんな連橋を癒したのが、町田教師だ。彼は根気強く連橋を説得した。実際会った時の町田の印象は、そんな感じだった。静かな雰囲気だが、目にすごく強い意思を宿していたヤツだったよ。おかげで連橋は立ち直った。だが、そんな頃に、町田教師が連橋の側を離れることになるんだ。転勤だ。いや、たぶん彼は自ら望んでこの町に来たんだろう。なにかを探して。そして、一中の講師についた。連橋は、町田を追いかけて家出同然にこの町にやってきた。そしてこのアパートに住み付きやがった。あとはおまえが知ってる通りだ。俺と出会い、亜沙子と出会う。平凡に一年が過ぎた。そして、あの事件だ。あの日の夜の公園で、連橋は町田と会う約束をしていた。どうしてもわからない宿題があるからと言ったら、町田が公園を指定したようだ。連橋はテキストを持って公園に行った。そこで、アイツは見てしまうんだ。血を流して倒れている町田を。そして、その少し前に自分のすぐ脇をナイフを持って駆けぬけていった、犯人であろう少年の姿を。ソイツは、血相を変えて慌てて走り逃げたそうだ。連橋は、すぐに救急車を呼んだ。だが、間に合わなかった。町田教師は、死んだ。連橋は、あの事件の犯人が小田島かもしれないという噂を聞いて、それがあの時の男かを確かめたかったんだ。何度か1中に見に行ったようだがいまいち納得しきれなかった。だが、この前。1中勝負の時、敵陣に攻め込み小田島が恐怖に血相を変えたのを見た時。連橋はハッキリと確認したんだそうだ。あの時、自分の横を擦れ違った男だ、とな。間違いない、と。流、これが連が小田島を憎む理由だ」
「・・・信じられねえ・・・」
流は、うつむいた。
「なんで。それで、なんで小田島は無罪なんだよ。ホームレスってなんだよ!」
バアンッと流は拳で畳を殴りつけた。
「流。小田島家は由緒ある家だ。金と力を持っている。ここまで言えばわかるだろう」
そう言って、大林は目を伏せた。
「揉み消しやがったのか」
「ちょい力のある家ならば、誰でもやってることさ。傷だらけだからこそ、その傷を隠す術に長けている」
「それで連は・・・」
「ありていに言えば、連は小田島に復讐をしようとしているんだ。連にとって、町田は教師というより、父親的な存在だったんだろうな。だから、父親を殺された子供の復讐って感じに近いと思う。俺はな」
大林は自分の意見を述べた。
「そうよ」
戸口の方で女の声が聞こえた。流はハッと振り返る。亜沙子だった。
「連ちゃんは、小田島を殺そうとしているのよ。それが町田先生の弔いになると信じているのよ。何度も止めたわ。そんなことは無意味だって。先生も喜ばないって。でも、ダメ。連ちゃんは、考えを改めてくれない。私に言ったわ。小田島を殺すことが、俺の生きる意味だってね」
「!」
流はギクリとした。大林を見た。大林はうなづいた。大林は、既に知っていたのだ。小学生の頃に連橋が探していた自分の生きる意味。連は、小田島を殺すことにその意味を見出したのか・・・。
「マジだぜ、連は」
大林は、何本目かの煙草に火を点けた。
「運ってモンが、ヤツに味方をするならば、あいつはやり遂げるだろう。時間が、ヤツに憎しみを忘れさせなければあいつは必ずやり遂げるだろう。流、それでもおまえは、連と行動を共にするか?」
大林のいきなりの質問に、流は一瞬躊躇した。すると、
「私はするわ」
亜沙子は強い口調で言った。
「私は連ちゃんについていく。連ちゃんとは違うけれど、私も小田島を憎む。そして、城田を。連ちゃんとは違う理由だけど・・・。でもね、でも。人になんて言われようと、それがどんなに無意味だってわかっていても・・・。やっぱり、諦めきれることがないことがあるっていうの、私は自分の身に起こって初めて知ったわ。言葉は耳に届いても、それは心まで響くことがないの。私は今になって連ちゃんの気持ちがよくわかったわ。だから、私は連ちゃんについていくわ」
言いながら、亜沙子はポロポロと泣いた。流は、胸が疼くのを感じた。暴力によって犯された亜沙子の涙は、流に眩暈にも似た感覚を引き起こす。そして、同じように、それだけ憎む小田島に犯された連橋の気持ちは更に・・・!
大林は、流の顔を見て、小さく溜め息をついた。
「勿論、おまえに今ここでどうこうを望んでいる訳じゃねえぜ、俺は。ただ、おまえが首をつっこもうとしている場所は、こういうところだって説明しただけだ。ハンパな気持ちならば、連橋とは関わりあいにならん方がいいだろうし、アイツもそれを望むだろう」
大林はきっぱりと言った。流の頭の内に、一瞬のうちに色々なことが過った。あまり頭の良くない自分ではあるが、それでも今考えることはなにか。それぐらいはわかっていた。
「見極めてから・・・とは思うよ。でもな。どうかな。この先なにがどうなるかわかんねえけど、俺は、なんとなく連にはついていっちまいそうな気がする。連って、なんか危なっかしいっつーか。それでいて、連の強さには惹かれるもんがあんだよな。なんて説明していいかわかんねえけど」
流は思わずそう呟いていた。
「アイツのハンパじゃねえ度胸の良さに惚れたって言えば1番スッキリするかな。友達になりてえよ、連とは。そして、友達が抱えているものならば、一緒に抱え込みたい気がする」
「そうか。流。そう言ってくれるか・・・」
大林は、安堵したようにうなづいた。
「ならば、俺からも頼む。例えどんな結末になろうとも、おまえは連についていってくれよ。連を導いてやってくれ」
「ああ。出来る限り。約束するよ、先生。なあ、亜沙ちゃん」
流は、背後の亜沙子を振り返った。亜沙子もゆっくりとうなづいた。
「うん。流くん。私達で連ちゃんを守ろうね。約束よ」
「ああ。約束だ」
亜沙子と流は、顔を見合わせて、小さく笑った。


それから一週間後、そろそろ真夜中という時間に、流は再び呼び出された。今度は連橋からの呼び出しだった。川辺りで待ってる・・・といわれたので、この前亜沙子が案内してくれたあの場所を指すのだと思い、流はそこに向かった。奇妙に月の黄色い夜だった。やはり、そこには連橋が佇んでいた。
「よお」
と、流は手を挙げて連橋に挨拶する。連橋も手を挙げて応える。そして、逆の手で持っていた荷物をポイと流に投げた。
「?」
「この前借りた服」
「ああ、そうか」
「ちゃんと洗ったぜ」
言いながら連橋は流に背を向けた。
「いいぜ。気にすんなよ」
流は連橋の背に向かって、言った。
夜風が、連橋の金色の髪を揺らしている。そして、僅かな沈黙が訪れる。この前までは確かに、この小さく長い沈黙の時間を流は楽しんでいた。連橋がすぐに側に居ながらの沈黙。言葉を交わさないでいる時間が苦痛ではなかった。でも、今は・・・。沈黙は流にとって痛かった。直結してしまう。あの夜に。連橋と亜沙子を苦しめた、あの夜の記憶に。流は、耐えきれずに、煙草を手にして火を点けた。白い煙草の煙が後方に流れていった。

「礼を言うのが遅れたな。あん時はサンキュ」
連橋が不意に口を開いた。
「よせよ。別に礼なんぞいらん」
「亜沙子に言われたんだ。ちゃんと流に礼を言えって」
「・・・しっかりした子だな、亜沙ちゃんは。いい奥さんになりそうだぜ」
「尻にしかれるのが今から目に見えている」
連橋は横顔で笑った。
「あん時。隣のジジイに色々聞かされたようだな」
連橋が笑いをひっこめて、やはり横顔のまま流に言う。
「隣の家のジジイ?ああ、大林先生な。・・・だな。関わった以上、聞かされてもらった。怒ってるか?」
「当たり前だろ。って言っても、怒ってるのはおまえにじゃねえよ。あの御喋りジジイに対してだがな。ベラベラと人の過去を好き勝手言いやがって」
「俺は・・・。知りたかったんだ、おまえのこと」
流は言った。連橋は、振り返る。流は連橋を正面から見つめた。連橋の顔は相変わらず痣だらけだった。早々に消える筈もない程殴られたのだから当然である。いつ見ても、コイツは本当に傷だらけだな・・・と思って流は心の中で笑ってしまった。
「知ってどうするってんだ?」
問われ、流はハッとした。すぐには言葉が出ない。
「知ってるどうするんだよ・・・」
答えない流に、聞こえなかったのかと思ったらしく再び連橋は聞いてくる。
「おまえと一緒に走ろうと思う」
「どこへ?」
「おまえの行きたいところへ」
連橋は、目を見開いた。そして、クスッと小さく笑う。
「俺の行きたいところは、おまえもこの前あのジジイに聞いたろ。それでもか?」
「それでも、だ」
「変なヤツ」
「なんて言われても構わない」
連橋は前髪を掻きあげながら、流に向かって歩いてきた。流と連橋の立つ位置には、僅かな距離があった。その僅かな距離を埋めるべく連橋は流に向かって大股に歩いてきているのだ。
「あのな。俺さ。小田島に犯されたんだ」
「知ってる」
「夢に見るまでに、最悪な出来事だったさ。こんなこと、世の中にあるのか?って思ったぐれえだ。俺もまだまだ甘かったってことだよな。でも、な。いい経験になったぜ。小田島の猿ヤローは、俺の中で二回もイキやがったんだ。笑っちまうだろ」
「連っ!」
流は、自分の顔が強張るのを感じた。聞きたくなかった。流は連橋の名前を叫んだ。だが、連橋は笑いながら、流に近づいてくる。そして、その口は閉じることがない。
「流。おまえは知らないかもしれねえけど、尻の穴の中に精液吐かれる時って、すっげえ気持ち悪いんだ。体がゾクゾクして震えるぐらいだ。突っ込まれる時より気持ち悪かった。突っ込まれる時っていうのは、気持ち悪いって言うより痛かったけどな。それに」
「連橋!」
流は、煙草を捨て、連橋の襟元をバッと掴んだ。二人の距離はほとんどなかったからだ。
「もう止せ!聞きたくねえッツ」
「聞けよ」
「聞きたくねえっつってんだろ。いい加減しろよっ」
「俺はっ、これからも!これからも、きっとこういうふうに生きていくっ」
連橋は、負けずに流に向かって叫んだ。
「こういう生き方しか出来ねえんだよっ。そうだろ?だって、俺は小田島と違って、金も権力も、なんにも持ってねえっ。持ってるのは自分の体1つだ。体しか武器に出来ねえんだよっ。小田島殺るのに、この体1つしかなくって・・・。それが武器になるならば、幾らでも使ってやる。どんなふうにだって使う。使うしかねえだろうが。俺は自分の汚さから目を反らさねえっ。だから!おまえも俺と一緒に走ってきてくれるならば、目を反らすなっ。その自信がねえならば、とっとと俺の前から消えろっ」
連橋の口から零れた言葉に、流は目を見開いた。だが、
「いやだ。俺は消えない。おまえの側にいる。消えろと言っても消えてなんてやらねえよ」
「だったら・・・」
流の目を覗きこむように、連橋は言葉を続けた。
「俺は・・・。おまえを友に決めた。亜沙子もだ。俺は亜沙子とおまえをもう手放さない。絶対だ。だから、どんな俺になっても・・・、おまえは目を反らさないでいてくれ・・・」
連橋の語尾が僅かに震えた。それに気づき、流は自分の体が火照るのを感じた。
「連・・・」
どうしてだろう・・・。たぶんこの瞬間、1番泣きたい筈なのは、連橋だと言うのに。流は、目の奥が熱くなるのを感じ、そしてそれを我慢しきれなかった。
「なんで泣くんだよ、流。泣きてぇのはこっちだっつーの」
呆れたように連橋は言った。
「すまん・・・」
流は連橋の襟を掴んでいた手を外し、掌で自分の目を覆った。連橋は、流に背を向けた。
「流・・・。俺は、どこまで行けるかわからねえ・・・。正直、自分では本当にわからねえんだ。行きたい場所は在っても、そこに行けるかどうかわからない・・・」
「行けるさ。おまえならば。俺が一緒に・・・。俺が一緒に行くんだからな」
「・・・そうだな」
振り返り、連橋は流を見ては、ニッと笑った。流は、慌てて目を擦り、「へへ」と笑い返す。
その時、遠くにどうやら終電らしき電車の走る音が聞こえた。連橋は腕時計をチラリと見た。
「さて。そろそろ帰るか。遅くなってもいいなら、家寄っていくか?隣のジジイが、締め切りから逃避して、俺の家で飲んだくれてる。つきあってくれるとありがてえんだけど」
連橋は肩を竦めて見せた。
「つきあう、つきあう」
「よし」
連橋は、草を掻き分け歩き出した。そんな連橋の背を見ながら、流は改めて思う。痛く、辛く、おぞましい夜を1つ越え、まだ笑える。連橋はそういう男だ。

おまえの走り抜ける道程を、俺はこの目で見ていてやろう。そして、絶対に支えてみせる。あの乱闘の夜。全ての敵からおまえを守り、小田島のところへ導いた時のように!流はそう心に決めた。

5話に続く

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