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****3部7話***
小田島は、目の前に置かれたアタッシュケースを一瞥してから、笑った。
「振り出しに戻ったな」
「仕方ねえな」
「諦めねえよ、俺は。次の手を考える」
「まあ。そうだろうな・・・」
城田は、タバコに火を点けた。
「で。結局、おまえは夕実さんに、なに買わせたんだ?」
「マンション」
「またかよ!一体幾つ持ってりゃ気が済むんだ」
小田島もタバコに火を点けながら、ニヤッと笑った。
「今度のところはな。すげえんだぜ。夜景が」
「夜景?!なにカワイイこと言ってやがる」
バサッ、と机の上にあった書類を手で弾きながら、小田島は薄ら笑う。
「金色の灯なんだ。窓から見えるのがな。眩しいぐらいだ。そこが気に入ったんだ。たぶん、連橋も気に入るだろうさ。あの派手ヤローもな」
その言葉に、城田は目を見開いた。コイツ、こんなに乙女チックだったのかよ・・・となんか気恥ずかしくなってしまう。
「愛の新居購入の頭金ってヤツか。連橋は、んなことも知らずに、金用意しちまってよ。気の毒にな。それにしても、義政。そんなに金色が好きなのか。だったら、なんもかんも金色に染めちまえ。あそこの毛までもな」
城田がクククッと笑う。
「うるせえよ」
チッ、と小田島は舌打ちした。
「あのマンションは、おまえにやるよ。そら。最初に連橋をヤッたマンションな。ちなみに、俺が死にかけたとこだ。あそこにゃいい思い出がねえ。好きに使いな、城田」
「いきなりどうしたんだ」
「おまえにも、ある程度自由をやらねえと、窒息死しちまうぞって清人のアドバイスだ。なんだか知らねえが珍しくやたらと脅しかけてくるよーな雰囲気だったからな。ビビッたって訳さ」
「さすがのおまえも、あの人にゃ弱いか」
「清人を侮るな。おまえが俺に口を酸っぱくして言い続けてきたことだろ」
チラリと小田島が、城田に横目をくれてよこした。
「・・・ありがたく頂いておくぜ。これで、女を自由に連れ込める」
「連れ込むのは、女だけにしとけよ」
小田島の言葉に、ピクッと城田が反応した。
「どういう意味だ」
城田の言葉に、小田島は平然としていた。
「言葉通りだ」
城田は、ジッと小田島を見つめた。最近。昔ほど義政の表情が読めなくなってきたな・・・と城田は思った。成長のせいなのか、それとも。心が擦れ違ってしまっているせいか。いずれにせよ、義政を察するセンサーが、鈍くなってきたのは確かだ。マズイ、と思う。公私混同は控えねば、と即座に城田は思った。
「当たり前だろ」
そう言って、城田は小田島の部屋を出た。
けどな。レンバシも俺にとっては、オンナだよ・・・。心の中で城田は呟いて、苦笑する。
小田島のマンションを出ると、すぐに清人に捕まった。後部座席に、連れ込まれる。
「この前は悪かったな。兄貴に、おまえ達の逢引場所を教えちまってさ」
清人はタバコ片手に、あっけらかんと言った。
「信彦さんに袖にされて、カッカッとしてやがって、こっちにまでつっかかってくるからさ。とりあえず矛先変えておかねーとと思ってな」
「まったくですね。予定が狂って、大迷惑でしたよ。せっかく連橋と一発やれる予定だったのに」
城田の言葉に、清人は、ハハハと笑う。
「連橋はやめときな。アイツは、金森絡みの男までとち狂わせちまうようなヤツだ」
「・・・」
清人は、城田を見た。
「アイツは本物だよ。本物。男食いまくってる兄貴ですら、連橋絶賛だ。なんだろうなあ、あれは。確かに顔も体もカワイイが、男をそこまでにしちまうってのはな・・・。魔法でも使ってんのか?」
自分の言葉にうけたのか、清人はケラケラと笑う。
「金森の誰が絡んでいるんですか」
城田も清人を見た。
「まだ言えねえな。でも、俺には心当たりがある」
フイッと清人は視線を外す。
「清人さん」
「ま。とにかくだ。この前のことはこの通り、謝る。申し訳なかったな。兄貴ともども、許してくれ」
清人が、ペコリと頭を下げた。それを冷ややかに見ながら、城田は、
「いつから知っていたんですか?俺が、連橋に惚れているってこと」
と訊いた。清人は顔を上げた。
「そうだな。いつか公園で・・・。おまえが連橋に、アキレス腱警告をした時にチラリとな。第一、惚れねえ筈ねえだろ。イイオンナにゃ人一倍敏感なおまえが。そして、落とすのが得意なおまえが」
「へえ。俺はこの前気づいたのにさ。恒彦さんのおかげでね」
清人は、笑いを引っ込め、城田を振り返った。
「厄介な相手に恋心を自覚しちまうし、これまた厄介な男に殺意を抱いちまうし、散々な夜でした」
「城田」
「どっちも前から多少、自覚はあったんですよ。謝られることじゃない。惚れたら抱くし、憎けりゃ殺す。いちいち釘差すことじゃないっしょ」
あまりに涼しい顔で言われて、さすがの清人も呆れた顔をして見せた。
「そう言われてしまえば、どうすることも出来ないな」
「貴方が義政に助言してくれたことは、ありがたく思ってます。自由を貰えたのは嬉しい。小田島の家に居るのは、正直窮屈だったし、自由に動けない部分もあったから。だから、貴方の真意は考慮します」
「俺の真意。なに、それ」
キラッと僅かに清人の目が輝いた。城田は見逃さなかった。
「恒彦さんを、傷つけないで」
「アハハハ。ちっきしょう。やっぱりバレていたか。なんで知ってた」
「俺と貴方は似ているから。惚れちゃいけねー相手に惚れる」
「あてずっぽうだろ、それ」
ドンッ、と清人は城田の腹を肘で抉った。
「少し考えれば、わかります。今になって貴方がなぜ、俺を庇うのか。それが、最初に貴方が謝った理由。俺が恒彦さんに言った言葉も聞いているでしょう」
「怨まれているのは知っていたが、初めて口に出して言われたと、兄貴は驚いていた」
「そう。俺は怨んでいる。恒彦さんと信彦さん。小田島の家そのものを」
記憶の中の母は、いつも泣いていたから。城田は目を伏せた。
「でも、それ以上に町田康司を。そして、おまえはその復讐を終えた。次は・・・って考える俺は間違ってはいない筈だ」
「ええ。間違っていません。恨みは確かにこの胸に在る。消えずに、いつかは・・・と思っている」
「だが、その恨みは、連橋の中にもあるんだよ。おまえと同じ種類の怨みが、おまえの愛する連橋にもな・・・」
「知っています」
「連橋もおまえに惚れるだろうな」
「なぜ?」
「おまえが、気の毒になるぐらい町田康司に似ているからさ」
「!」
嫌な男だ・・・と城田は思った。嫌味を絶対に忘れない。清人は窓の外を見ながら苦笑している。その顔が、窓に映っていた。
「苛めないでください。考慮するって言ったでしょ。恒彦さんには、当分接触しないようにしますから・・・。そうすれば・・・。余計な波風もたたない」
「こっちからも釘を差して置く。単体では、もう二度と連橋に接触させないようにするさ。って言っても、あの好きモノ。連橋の体がお気に入りだから、きわどいけどな」
城田は後部座席から腰を浮かせた。
「その時は、どうぞ貴方の体を差し出してでも止めてください」
「うるせえ」
ちょっとは勝ったかな?と思い、城田は口の端を吊り上げた。バタンと城田が車のドアを閉めると同時に、車は発進していった。
流は、憮然としたまま、連橋を見つめていた。
「返したってなんだよ」
「だから。さっきから説明してるだろ。俺の親が養育費やらうんちゃらで、小田島に金返したって」
面倒くさそうに連橋は、もう一度繰り返した。
「俺に一言の説明もなく、返したって言うのか」
流が大きな声で、怒鳴った。
「バタバタしてたんだよ。説明なんかしてる暇なんかなかった。やかましい。静かにしろ」
連橋が、チッと舌打ちしながら、キョロッと辺りを見回した。
「俺の家の借金だぞ!俺は関係者なんだぜ。説明してる暇なかったなんて通じるか」
少し声を潜めて、流はそれでも言い返す。
「うっせー。もう返しちゃったんだから、いいだろ。その証拠に返済証明みてーなのが送られてきたよ。律儀なこったな。あのサルヤロー」
連橋は、ダンッとテーブルの脚を蹴飛ばしながら、ヒラッと書類を流に見せた。
「てめえこそ、声落とせ。連」
まだ日も明るいせいか、ファミレスの客席は閑散としていた。そのせいで、いつもの喧騒がないから、ちょっとでも声をあげようものならば、やたらと辺りに響いてしまった。流は、連橋から受け取った書類をジッと見てから、それを連橋に押し返した。
「一体どういうことだよ。養育費だって?1000万だぞ。そんな金簡単に用意出来るほど、おまえの家は金持ちだったのか?大体、おまえ実家とは疎遠だったろ」
「そえん?」
連橋はキョトンとした。
「バカ。おまえ、実家とは全然連絡取ってなかったのに、なんでいきなり」
ああ、と思い当たり、連橋はケッと肩を竦めた。
「んなもん。いざとなったら、黙って金出すのが親の役目だろうが」
「よく言うぜ。その親の存在自体を認めてなかったくせに」
「っせえよ。とにかく」
「なにがあった」
キッ、と流はきつく連橋を睨んだ。
「な、なんだよ」
そんな流の迫力に、連橋は眉を潜めた。
「どうしてそうなった。経緯を話せ。その金をどうやって小田島に渡した?腸煮えくり返っている小田島がおとなしく金を受け取り、おまえを帰したのか?んな訳ねーだろ。全部話せ」
流が、グイッと身を乗り出して、連橋の顔を覗きこんだ。
「なんもねえよ。おまえが心配することは」
「嘘だね」
「嘘なんかついちゃいねー」
「瞬きしてるぞ、おらぁ」
パンッ、と流が連橋の頬を軽く叩いた。
「やっかまし。瞬きなんかしてねえよ」
連橋が、その手を速攻で払いのけた。
「んじゃ、コレはなんだよ」
頬を叩いた延長戦で、流は、つっ・・・と指を連橋の首筋に当てた。
「切り傷だ」
ギクッ、と連橋は身を竦ませた。流はヒクッと頬を引き攣らせた。
「もう、いい。おまえに聞いても仕方ねー」
ガタッと流は立ち上がった。
「流。聞けよ。金は、本当にうちの両親からの金だ。この借金は元は、俺から発生した金だ。俺が返すのが筋だ。匡子さん達にはあらいざらい説明してくれて構わない。いや、してくれ。その上で納得してもらいたい。それに、その金のやり取りはうちのオヤジが小田島に直接届けた。俺はなにも知らない。関わっていない。金のやり取りはマジで関わっていねえんだよ」
中腰のまま、流は連橋を見下ろした。
「じゃあ、その首筋の傷は?キスマークなんて穏やかなもんじゃねえだろ。その首筋の傷の理由を説明しろよっ」
流は拳でテーブルを叩いた。
「てめえにゃ・・・。関係ねえ」
そう言うしかなかった。連橋にとって、この傷は、思い出したくない感情と直結していた。
「関係ねえ?ああ、そうか。わかったよ。なら、こっちで勝手に調べるから、構わない」
「そうかよ。勝手にしやがれ」
プイッ、と連橋は言い返した。どうやって調べるってんだ、このバカは・・・と思った。
「待てよ。流。これを匡子さんへ渡してくれ」
連橋は新たに、封筒を流に差し出した。
「なんだよ、これ」
流が、再び席に腰を下ろした。
「辞表だよ。昨日、なんか本見て書いた。書き方、間違ってるかもしんねーけど」
「・・・」
「こんな迷惑かけて、これ以上あの会社にいられねえ。俺がいれば、また小田島が絡んでくる。だから、辞めなきゃならねえんだよ」
「そうか」
連橋の言葉に、なんと答えていいかわからず、流はうなづいた。
「ああ。おまえがいいとこ紹介してくれたおかげで、この俺が、何年も真面目に勤めることが出来た。いい会社だったよ。改めて挨拶にはいくけど、よろしく伝えてくれ」
「わかった。けど、これからどうすんだ、連」
「考えてる。考えてるだけで、一向に纏まらねーけどな。亜沙子とも話し合ってるけどな」
連橋は、空になった白いコーヒーカップの縁を、ピンッと指で弾いた。
「俺が食わせてやるよ」
サラリ、と流が言った。
「?!」
「俺。大学辞めて、働くからさ。おまえは安心して、ひーちゃん育ててろよ」
「・・・。なに、アホなこと言ってんだよ、流。頭、ぶっ壊れたか」
あまりに突飛な流の言葉に、連橋は吹き出した。
「笑ってな。本気だぜ、俺」
流の、あまりに真剣な視線に、さすがの連橋も笑ってはいられなくなった。
「じょ、冗談じゃねえよ!なにこいてる。俺は働くぜ。日雇いでもな。なんでてめえに食わせてもらわにゃいけねえんだよ。自分のことぐれえ自分でちゃんとする」
連橋の台詞に、流は首を振った。
「てめえが動けば、小田島が動く。もう嫌だ。頼むから、おとなしく家に居てくれ」
「ふざけんな、バーカ」
「俺に食わせてもらうのが嫌ならば、たまにはセックスでもしてくれよ。そうすりゃ俺も嬉しいから、フィフティだ」
「てめえ。ざけんなよ」
カッ、と連橋の顔が赤くなった。
「おまえが本当のことを言わないから、俺だってふざけてるんだよ」
そんな連橋の反応に、流は少しもビクともせずに、辞表を握りしめて今度こそ立ち上がった。
「流。どこへ行く」
「どこだって関係ねえだろ。おまえが俺に関係ねえって言うようにさ」
流は伝票を取り上げて、さっさと行ってしまった。その背を呆然と見送りながら、連橋は唇を噛み締めた。どうしよう。どうすればいいんだ。このままじゃ、なにもかもがバラバラになる。時間がない。時間がないのに・・・。俺は・・・。
「余計なことしやがって、城田っ!」
あのまま金を返せずに、小田島の所に乗り込んで行けば、そこで決着をつけることが出来たのに。一体誰があの借金のことを両親に言ったのか。自分の知らないところで、なにかが動いている。誰かが動いている。
「くそっ」
勝手に行動出来ないのがもどかしい。この身一つしか切り札にならないことは変わらないのに、状況一つで身動きすら取れなくなる。なにもかも捨ててしまえば、今すぐにでも小田島の所へ行って、すべてを終わりにすることが出来るのに・・・。
「くそっ」
もう一度呟き、連橋はテーブルに突っ伏し、頭を抱え込んだ。
風が強くなった。ザザザ・・・と木々がざわめき、月が雲に隠れた。
「呼び出したあ、穏やかじゃねえな。なあ、流」
城田は、腕を組みながら、壁に寄りかかっていた。先日争った、夕実の店の裏路地。流は、そこに城田を呼び出していた。側近に囲まれている小田島より、遥に城田のが接近しやすいからだ。
「連橋と喧嘩でもしたか?話ってなんだよ」
クスッと城田が笑う。
「てめえ。連の借金とどう関わった」
流が、城田の挑発するかのような笑いを無視して、言った。
「どう関わった?だと。んなこたあ、連橋に訊けよ。って、教えてもらえないから、俺に訊きに来たんだよな。こりゃ、失礼」
ますます城田はせせら笑った。流は、また、その笑いを流した。挑発に乗ってこない流に、城田は諦めたのか、笑いを引っ込めた。
「連橋が金を返せたのは、親のおかげだ。アイツの父親が金を小田島の家に持ってきた。小田島は留守だったから、受け取ったのが、俺。そして、その金を俺が小田島に渡した。それでオシマイだ」
流は、城田をキッと睨みつけた。
「連の首の切り傷の説明が抜けてるぜ」
「!」
城田は目を見開いた。そして、流を見つめた。
「さすがに鋭いな、おまえは。連橋のこととなると、どんなことも見逃さない。感心だぜ。やっぱり、おまえは俺の敵だ」
城田は、右足を、軽く左足に乗せながら、足をクロスさせて、立っていた。
「茶化すなよ」
「茶化してねえよ。じゃあ、省かずに説明しよう。俺は連橋のオヤジから金を受け取った。その時に連橋のオヤジと昔話をしたことも付け加えておこう。連橋の想像出来ねえ過去だ。大笑いしちまったよ。まあ、それはイイとして。その後、すぐに連橋から電話がかかってきた。金は用意出来ないから、俺を買い上げてくれと義政に伝えてくれってな」
「!」
流が、弾かれたように城田を見上げた。フッ、と城田の冷笑が流に飛んできた。
「そこで、だ。俺はその電話で、連橋に取引を持ちかけた。ここに1000万円ある。だから、義政じゃなくて俺におまえを売れよってな。連橋は、金が用意されていたことを知らなかったんだ」
「なんでてめえがっ!小田島じゃなくって、なんでてめえが、そこでそんなことを連に言うんだ」
今まで冷静だった流が、城田のその行動に疑問を持ち、声を荒げた。
「確かめたかった。俺の前に現われる度に、連橋に感じた、ある種の感情をな。一体これはなんだ?とな。勿論、本気で買い上げるつもりはなかったぜ。俺の金じゃねえしな。ただ、連橋と二人っきりで会いたかっただけだ」
「会ったのか?」
「会ったさ。俺達にとって思い出の、あの公園の木の下でな」
「そこでおまえは連の首筋に傷つけやがったのか!」
連橋にとって、あの場は神聖な場所の筈だ。流は城田の上着の襟元をグッと掴んだ。
「首筋に傷をつけたのは、連橋自身だ。逢引途中に、邪魔が入ってな。大堀さんだ。おまえも知ってるだろ。茶髪のヤクザさ。アイツが来やがって。おまえにとっては面白くもねえ話だろうが、連橋は、そのヤクザにレイプされたさ」
パンッ、と城田は流の腕を振り払って、襟元を整えた。流の顔色が蒼白になっていくのがわかって、城田は、目を細めた。
「・・・」
「めちゃくちゃに突っ込まれている最中に、逃げられちゃ困ると、俺が連橋の首筋に突きたてていたナイフの上に、アイツが自分で首を動かしてきやがったんだ」
「連が?!」
ギョッ、と流が目を剥いた。
「慌てて俺は、ナイフを退いたさ。あの時のアイツは、一瞬正気を手放していたな。でも、目だけは生きていた。目だけは、な。あの男殺し。バッサリ、視線で俺を勃たせやがった」
城田は、風に揺られてバサバサになった髪をかきあげた。
「なあ、流。大堀さんさえ来なければ、俺が連橋をレイプしてた。そのつもりで、連橋と会いたいと思っていたんだ。体重ねればわかるかもしれねえってな。おまえ、連橋とセックスしたか?アイツは、本物だってさ。アイツとヤれば、俺達はもっと、もっと堕ちてしまうらしいぜ」
「俺、達・・・?!」
「大堀さんに連橋がレイプされている時にな。俺は、自覚した。過去に何度も否定して、でももう否定しきれず、諦めて認めたよ。惚れたんだ。連橋に。俺は、連橋に惚れた」
城田は、目の前に立つ流の瞳を覗きこむようにして、きっぱりと言った。
「城田・・・。てめ、どのツラさげて、んなこと・・・」
「アイツが好きだ。愛してるよ。抱き殺してしまいたいぐらいに欲しくてたまらない。例え、敵対していたって、構いはしない。堕ちるところまで堕ちてやると思うぐらいに、俺はアイツに惚れたよ。まだ、抱いてもいねえのにな・・・」
城田が笑う。悪魔の笑みだ、と流は思った。
「可哀想に。城田。おまえ、失恋決定だな。実の父親を見殺しにした男を、連が許す筈ねえだろ」
今まで城田にされていたように、流は思いっきり嘲笑って見せた。
「そうかもしれねえな。でも本当は、時々、全てをゲロしちまいたくなって連橋を見つめてたさ。俺はおまえが愛した男と血が繋がっている。可愛いひーちゃんと血が繋がっている。さあ、どうする?俺を憎めるか・・・ってな」
自嘲気味に城田が言った。
「!」
ゴクリと流の喉が鳴った。
「おまえが・・・。連に訴えていたのは、その気持ちだったのか・・・」
「なんだと?」
「おまえが言葉にせずに、連に訴えていたのは、その気持ちだったのか」
「・・・」
「おまえは、視線で、その目で、連になにかを気づかせようとしていた。連は、敏感に反応していた。おまえの目が怖いと。そりゃ怖い筈だよな。憎むおまえが、町田先生の息子だなんて、俺が連の立場だったら、どうしたって納得出来ねえ」
城田は鼻で笑った。
「なら、言ってみれば?おまえは言うべきだぜ。手遅れにならねえうちにな」
「手遅れ?」
「俺は、俺からはあえて言わないぜ。言いたくても言えねえ事情もあることだしな。だが、俺がおまえの立場だったら、即座に言うね。アイツは実の父親を見殺しにしたろくでもねえ男だぞ、ってな。だって、そうだろ。事実を知らなければ、連橋はどんどん俺に惚れていくのが目に見えているからな」
「自惚れるな。なんで、連がてめえに惚れるんだ。ッタマ、おかしーんじゃねえか、てめえ」
「イカれてることは確かだけどな。流。怖いってな。惹かれているって言葉と重なる時があるんだぜ。ましてや、俺は町田にうんざりするぐらいそっくりだ。そして、俺達は同じものを持っている。それは、連橋も知っている。条件いいだろ。おまえより、な」
余裕の笑みを、城田は流に向かって、放り投げた。
「顔や形が似てるだけじゃ、本物の気持ちになんかなりゃしねえ。同じものを持っているだと?なんだよ、それ!勝手なことをほざくな。虚しい条件の良さに酔ってンじゃねえ」
流の言葉に、城田は「まあな」とうなづいた。だが、
「敵だろうと味方だろうと、構うことはねえ。連橋の気持ちだって、どうだっていいことだ。惚れたら口説いて、その気にさせりゃいいだけの話。なあ、流。いちいち連橋が他の男とどーのこーのって気にしてるだけ時間の無駄だぜ。アイツはな。天然で、男誘っちまうんだよ。責めるなよ、可哀想だぜ。それよか、おまえも口説けよ。本気でアイツを口説け。連橋巡って、俺と勝負しようぜ・・・」
城田は、中指を立てた。
「壊してやる。おまえ達の、関係。今度こそ徹底的にな。ぶっ潰してやる」
流の記憶に、数年前、同じことを言った城田の姿が甦った。背筋が、ゾッと震えた。
やはり、と流は思った。やはり、城田も連橋の運命の中で廻っていく男だった。連橋は、この男の運命をもその背に負っている。連橋を中心に回る運命。俺と城田。俺と城田は戦わなければならない。
「おまえは敵だ、流。おまえを倒さなければ、連橋は俺の手には堕ちて来ない」
城田の冷ややかな声。
「そうだ。俺はおまえの敵だ。城田。連は絶対に渡さない」
返す流の声も冷ややかだった。
風が、流と城田の髪を揺らしている。二人は、それ以上は言葉を発せずに、ただ黙って、睨み合って立ち尽くしていた。風が雲を流し、頭上には、再び月がその姿を現していた。
続く
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