連橋優(レンバシ・ユウ)・・・近所の会社に就職。社会人一年目。18歳
川藤亜沙子(カワトウ・アサコ)・・・連橋の隣室の住人
城田優(シロタユウ)・・・・某大学一年
小田島義政(オダジマ・ヨシマサ)・・・・某大学一年
町田久人(マチダヒサト)・・・連橋の恩師の遺児。
川村親子(カワムラオヤコ)・・・久人の入院先で知り合った親子
本城克彦(ホンジョウカツヒコ)・・・本城グループ分家の次男。大堀組に怨恨がある。
*****************第2部11話**************
部屋から、男が出てきた。戸口でも、部屋の主に向かってゆっくりと頭を下げて、男はクルリと踵を返した。そして男は、自分のすぐ後ろにいた男達を見て、また深々と頭を下げた。
「ご無沙汰致しております」
男はやや緊張を声に乗せながら顔をあげた。
「最近は、お声がかからずに少々残念ですが」
「なるべくなら声をかけたくないさ、永遠にね」
返ってきた言葉に男は苦笑しつつ、「今回のことに関しましては、どうぞご寛大にお願い致します。以後は慎重に致しますので」
「今までは慎重ではなかったの?んな態度だったら、切るよ。おまえらの代わりは、幾らでもいるからね」
「お許しを。南様」
再び男は頭を下げた。南は、フンッと鼻で笑うと、男を押しのけて部屋に入っていく。その南の後ろに、一人の男が付き従っている。パタンとドアが内側から閉まった。
「ご立腹のようですね、克彦叔父さん」
南は、デスクの前で憮然としていた男に向かって、軽やかに声をかけた。
「南。おまえ、戻ってきていたのか」
「はい。おとといに。すぐにご機嫌伺いにこれずすみませんでした。叔父上の復活は遠い所にいても聞き及んでおりましたから」
「いい。おまえも忙しいのはわかっているからな」
克彦は苦笑して、ドサリと椅子にもたれた。
「峻。おまえも元気そうだな。ジェイはどうだ?傷の具合は」
「ご無沙汰致しております、克彦様。克彦様もお元気そうでなによりです。ジェイは。彼は、回復に向かっています。足がだいぶ動くようになってきまして。本人も喜んでおります」
峻と呼ばれた男はニコッと微笑んだ。
「ならば良かった」
峻の滅多に見れない笑顔に感化されたのか、克彦もにこやかになった。
「金森の里村。一体どんなヘマをやらかしたんですか?」
南は、デスクの近くにあったソファに優雅に腰掛ながら、克彦を見上げた。
「あのバカはな。子供に、手出しやがったのさ。交通事故だとさ。ターゲットはピンピンしてやがる。挙句に、ターゲットまで間違えた」
「おやおや。それは、かなりの失点だ。子供を使うなんて、克彦叔父上の逆鱗に触れるようなものではないか。ねえ、峻」
相槌を求められた峻だったが、彼はそれには答えなかった。克彦の表情が一瞬曇ったのを、彼は気づいたからだった。
「ごめんなさい。軽々しく言い過ぎました」
南はすぐそれに気づき、謝った。克彦は、デスクの上で指を組んだ。
「出来れば、金森なんぞ使いたくなかった。だが、蛇の道は蛇。仕方なかった。相手は大堀組だ」
フンッと南は鼻を鳴らした。
「大堀清人がターゲットなんですか?」
南は、あの男の目が好きではなかった。一度会ったことがあるが、目が死んでいた。
「背中に刺青の男。大堀組。外見は説明しておいた。事情もな。実は俺はこの世界には疎い。だから金森に任せていたんだが・・・。よくよく調べてみれば、相手は大堀清人ではない。跡目を弟に譲って楽隠居した大堀恒彦の方だった。ヤツは今でも大堀組の影の支配者だ」
「恒彦の方か。いやなのが相手だな、なあ、峻」
今度は峻もうなづいた。
「あの男は見境なさすぎる。ダイッキライ。しかも、生意気にも俺を口説いたことがある。堂々と、峻の前で」
南の露骨に嫌そうな顔に、峻は苦笑した。
「しよーもない男だって言うのは、知っている。だからこそ金森に任せたのに」
チッと克彦は舌打ちした。南は立ち上がり、克彦のデスクに向かって歩いていく。
「失敗したら、切ればいい。そう脅すんですよ。やつらの管轄の脅しですが、金はこっちだ。立場の優位は明らかだしね」
クスクスと南は笑う。デスクの前に散らばった資料、そして写真。
「ところで、克彦叔父さん。ホストクラブでも始める気?」
南は、散らばった写真を何枚か手にしながら、呆れたように言った。
「この可愛い美少年達の為に、貴方は大嫌いな本城に戻ってきたんですか?」
写真には、何人かの少年達が写っている。
「正確に言えば、その写真の中の一人の為だ」
克彦は至極真面目に答えた。
「当ててみようか。この子」
南はヒラリと一枚の写真を指でつまみ、克彦に突きつけた。
「外れ」
「僕の好みなんだ。峻に少し似てる感じ・・・」
悪戯っぽく南は笑う。
「ああ、そうだな。確かにソイツは峻に似ている。顔ではなく、異様に隙のない雰囲気がな。とても10代には見えない貫禄だよ」
南は、パタリと写真を伏せた。峻をチラリと振り返るが、峻はソファから微動だにしない。
「まあ、理由はなんでもいいさ。克彦叔父さんが戻ってきてくれて、嬉しい。僕一人じゃ、分家を纏めるのは大変だったから。協力してね。その代わり。本家の力を幾らでも貸してあげるから。貴方の愛すべきこの美少年の為にね」
スッと南が、一枚の写真を克彦に突きつけた。
「・・・心強い。よろしく頼む。ところで、当たりだ」
「やっぱりね。一番綺麗な子だ。面食いなのは血筋だね」
南が手にした写真には、眩しいくらいの金色の髪をした少年が写っていた。
「連ちゃん。気をつけてね。初日なんだから、皆さんにちゃんと挨拶するのよ。返事は大きい声で。ミスったらすぐ謝る。新人は、謙虚な気持ちが一番なんだから」
「うるせーな。おまえは俺のおふくろかよ」
「そうよ。私は連ちゃんのお母さんよ!ったく。社会人の自覚が足りないのよ。その頭だって、ちゃんと色抜いていきなさいって言ったのに!」
亜沙子は腰に手をやりながら、ブウッと頬を膨らませた。
「虐めなら慣れてるから、適当にかわせる。心配すんな」
「まあね。確かに適当にかわせそう。連ちゃん。貴方はひーちゃんのおにーちゃんなんだから!ビシッとした姿見せてね」
トンッと、亜沙子は連橋の腹にお弁当箱を押しつけた。
「はい、これ」
「サンキュ」
「毎日なんて作らないよ」
「作れ」
お弁当箱を手にして、連橋は笑った。
「亜沙子のメシ、美味い。毎日作って」
「調子いいわねぇ。まったく。ね、ひーちゃん」
「ひーちゃんもあさこねーちゃんのメシ好きぃ」
亜沙子の腕の中で久人が笑った。
「この兄弟は・・・」
クスッと亜沙子は笑って、連橋の背を押した。
「車の運転気をつけてね。安全第一よ」
「わーった、わーった」
「でも。連ちゃんがスーツ着用の会社に就職しないでくれて助かったわ。全然想像出来なくて、むしろ笑えてしまう」
「やかましー。んじゃ、行ってくんな、久人」
連橋は手を伸ばし、久人の頬にチュッとキスをした。キャッと久人はくすぐったそうに笑う。
「私には?」
亜沙子は連橋を見上げて、首を傾げた。
「おまえにはやだね。朝っぱらから押し倒されてえか?」
「やれるもんならやってみなさいよ」
「行ってきま〜ッス」
鼻歌を歌いながら、連橋はさっさと行ってしまった。まるっきりいつもと変わらない。ジーンズに、Tシャツ。薄手のジャンバーに洗いざらしの白いスニーカー。
「連ちゃんももう就職かあ。時が経つのは早いわねぇ」
亜沙子は一人呟き、久人を腕に抱いたまま、玄関を出て、階段を降りていく連橋の背を見送っていた。春の朝。なにもかも新しく始まる、四月の一番初めの朝だった。この春の、この穏やかさが、いつまでも続いて欲しいと亜沙子は心から願った。
「あ。あさっては、先生の命日だ!」
亜沙子は不意に思い出した。四月三日は、町田康司の命日だ。ちょうど日曜日。
「ひーちゃん。日曜日はお花見だよっ。お弁当いっぱい持って綺麗なお花皆で見に行こう」
すると久人の目が輝いた。うきゃーあと亜沙子の腕の中で暴れた。
「おべんと。おにぎり、おにぎり。うぃんなあ」
花より団子の久人だった。
初日ですっかり憔悴した連橋は、たまたま第一土曜日が休みだったので、朝から晩まで眠っていた。そして、日曜日。まだ眠そうな顔をしながら、連橋は久人の手を握り締めながら、公園に向かっていた。
亜沙子は、大勢でワイワイ集うのが好きな女で、「席取りしなきゃ♪」と、朝も早よから弁当をしこたまたくさん作り、それをジレンのメンバーの舎弟達持たせ、自分も一緒に出かけてしまっていた。
どこらへんにいんだあ?と連橋は公園をグルリと見渡した。桜の大木郡は、連橋達が向かっている木とは逆方向にある。だから、ここはいつもこの時期でも喧騒とは無縁だった。
「にーちゃん。ひーちゃんはメシ食いたいです」
「もう?てめえ、朝飯食ってきただろ」
「早くあさこねーちゃん達のところへ行きたいです」
「わかったよ。そこで待ってろ。その噴水のところで」
「あい」
久人はおとなしく、噴水の縁のところに座り込んだ。ついてこられて、あれやこれや聞かれても、今はまだなにも答えられない連橋にとって、それはそれで都合が良かった。手を合わすだけ。1年に一回。ここで先生と話する・・・。それは、連橋にとって神聖な儀式のようなものだった。ふと、連橋は周囲を見渡した。ここで何度か遭遇した男の存在が気になったからだ。だが、姿はない。ホッとして、連橋は大木に向かって手を合わせた。
久人は地面に、石で絵を描いていた。
「ぐーるぐる。おめめ描いてぇ」
と、夢中になって絵を描いているいる久人の背に、「ひーちゃん」と声がかかった。
「え?」
久人は振り返った。
すると、そこには保が立っていた。
「やっぱり、ひーちゃん!」
「保くん。わあ。たいいんしたの?」
「うん。もうすっかり元気だよ」
「よかったねえ。かわむらのおじちゃんは?」
「あっちにいるよ。僕ねえ。ひーちゃんだってすぐにわかったけど、パパは違うって言うんだよ。としよりだから、もう目がみえないんだよ」
「すごくひどいね。それ」
キャハハハと子供達は笑った。
「ひーちゃん。こんちは。やっぱりひーちゃんだったんだ。保はすごいねぇ。僕は絶対に違うと思ったよ。だってこんなところで偶然遭うなんてね」
川村がやってきた。そして、その後ろにもう一人。
「ぐうぜんだねえ。かわむらのおじちゃんコンニチハ。あれ?」
川村の後ろにいた男に目をやって、久人はキョトンとした。
「飴のにーちゃんだぁ」
「よ。ひーちゃん」
金色の髪の背の高い男。久人は、笑いかけて、ハッとした。
「飴のにーちゃん。にーちゃんとまたけんかするの?にーちゃんあっちにいるんだよ」
「しねえよ。この前は怖い目あわせてごめんな」
「ほんとう?」
「うん」
すると、久人はやっと笑顔になった。そんな久人に、金色の背の高い男、城田はまた、ポンッと飴を渡した。
「飴のにーちゃんだから、飴やんねーとな。おやくそく」
「ありがとお。この飴美味しいんだもん」
さっそく久人はポイッと飴を口に放り込んだ。
「あれ?そういえば。なんで一緒なの。みんなしりあいなの」
保が「うん」と言いかけて「う」と言った瞬間、城田が保の口を掌で塞いだ。
「知らない人だよ。にーちゃんは、このおじさんに、火をかりたの。火。タバコのね」
城田は咥えていたタバコを指差した。ああ、と久人はうなづいた。
「おじさん?」
川村は、ヒクッと頬を引き攣らせた。
「ジジイでしょ」
城田は平然と言った。
「おにーさんと言え。ひーちゃんにおじさんと言われるのはわかるが、おまえにまでおじさんと呼ばれるのは納得いかん」
「三十過ぎたら、ジジイだよ。俺今日、やっと19才だぜ」
「へえ。おまえまだ10代だったのかよ。老けてんな。とっくに30越してるかと思った」
などとやっている間に、連橋が戻ってきた。
「やべ。逃げよ」
城田が、コソッと呟いて、その場を離れた。しかし、川村がむんずと城田の襟を掴んだ。
「まあ、待て。どのみち、おまえは連橋に会いに来たんだろ」
「誰が。ツラもみたくねえよ」
「コソコソと毎年どこへ行くのかと思って尾けてきたら、逢引してたのか、おまえら」
「義政に殺されるよーなこと言わないでください」
「いいじゃないか。この前言ったように、皆で仲良く遊ぼう」
こらちに向かってくる連橋の顔が、既に険しかった。
「なんで、コイツがここにいるんだよ・・・」
連橋が、既に敵意をむき出しにして、川村の後ろにいる城田を見た。
「こんにちは、連橋くん」
川村の挨拶は綺麗さっぱり無視された。連橋は川村の背の奥にいる城田を睨んでいる。
「にーちゃん。喧嘩はダメなの」
久人が、連橋のジーンズを引っ張りながら首を振った。
「この子、連橋くんの知り合い?」
川村がとぼけた口調で、背後の城田を指差した。
「川村さんこそ。なんでソイツと一緒にいんの?まさか、あんたら知り合いとか」
「まさか。知らない子だよ。火を貸してくれって言うから貸してやっただけ。けど、礼も言わずにさっさと行こうとしたから、ちょっとばかし説教たれてやろうかと思ってね。最近の子はまったく礼儀知らずだ」
幾分ホッとしたかのような顔をしてから、連橋は鼻を鳴らした。
「ソイツは、礼儀どころか、道徳も知らねえサイテーヤローだ。火なんか呑気に貸してやんねえで、ツラ燃やしてやればよかったんだ。そしたら、サイコーだったのにな。川村さん、アンタは関わらない方がいい人種だ。さっさと行こうぜ」
連橋は、城田の襟を掴んでいた川村の腕を引き剥がすと、川村の腕を引っ張った。
「おっと」
川村はよろめきながらも連橋に引き摺られていき、傍らでキョトンとしてる保に目配せをした。保は、うなづいた。
「ひでー言われようだな。連橋」
城田は、咥えていたタバコをプッと吹き出して、地面に捨て、足で捻り潰した。
「吸殻は、ゴミ箱へ」
川村がすかさず言った。
「こうるせージジーだな、ったく。センコーかよ、てめえ」
吸殻を拾いあげながら、城田は舌打ちした。
「よお、連橋。俺よりそんなジジーが好きなのか?さっさと行くなよ。今年もまたキス出来るかと期待を込めて来たのによ」
ニヤニヤと笑いながら、城田は言った。連橋は、バッと川村の腕を離して、城田を振り返った。
「てめえ。今日がなんの日か知ってるか?」
「俺の誕生日」
「そりゃ、めでてえ。おめでとさん」
「!?」
城田は眉を寄せた。一瞬、連橋の台詞を聞き間違えたかと思ったのだ。
「なんて言うと思ったら、大間違いだ」
「今言ったじゃねえか。空耳かよ?」
連橋は前へ踏み出すと、城田の襟元を引っ張って、その顔を覗きこんだ。
「ざけてんな!てめえなんか・・・。生まれてこなきゃよかったんだ・・・」
「・・・」
「なんで生まれてきた?よりによって、今日だ。このアクマっ!てめえなんか生まれて、こなきゃよかったんだよ。今からでも遅くねえ。とっとと死にな。どっかで野垂れ死ね。毎年、毎年、からかうようにこん場所きやがって。我慢ならねえんだよ。おまえのその汚ねえツラ、先生に拝ませるのかと思うと、腸煮えくり返るんだよ。いい加減にしやがれっ!」
城田は、黙って連橋の瞳を見つめている。
「連橋くん、どうした。なにを興奮してるんだい。ひーちゃんが怖がってる。乱暴なことはやめなさい。君達は知り合いなんだろう?」
川村が二人の間に割って入る。
「喧嘩しないって言ったのにぃ」
久人は小さな声で呟いた。
「誤解すんなよ、ひーちゃん。つっかかってきたのは、おまえのにーちゃんだ」
城田が連橋の腕を払いのけようとしながら、言った。
久人と保は、川村の足に取り縋って、うつむいている。怖いようだった。
「隙あり」
城田はボソッと呟いて、ガッと連橋の頭を引き寄せた。
「!?」
フッと城田の舌が連橋の唇を下から上へと軽く舐めあげた。
「!」
ぱしーんっと連橋の平手が城田の頬に炸裂していた。城田は即座にキッと連橋を睨んだ。
「俺に不用意に近づくなよ。俺は、おまえに嫌がらせすんのが好きだっつったろ。わかった、わかった。そんなにおまえが嫌がるならば、俺はもう二度とここには来ない。今日もこれで帰るさ。俺も、来る度におまえに殴られちゃ適わねえかんな」
城田は頬を押さえながら、川村を見た。ニッとその顔は不敵に笑っている。川村は肩を竦めた。
「驚いた?オッサン。俺ら、こういう関係なんだよ」
「世の中乱れているね」
連橋は、二人の会話を耳にしながら、拳をわなわなと震わせていた。
「いい加減にしろよ、城田。んとに、てめえ・・・」
「連橋くん、よしなさいっ」
川村の制止も聞かずに、バッと連橋が拳を打ちつけようとしたところを城田が左手で受け止めて流し、返す手で思いっきり連橋の頬を叩き返した。こぎみよい音がした。久人と保がヒッと声をあげた。
「おかえし」
フンッと笑い、城田は背を向けた。
「近々、義政がおまえとまた遊びたいってサ。俺も協力しちゃう予定だ。いいか。義政と遊びたくなかったら、アキレス腱隠せ。今すぐな。今日の夜からにでもな」
そう言うと、城田は姿勢よく早足で去っていく。
「チャカ持ってたら、背中から撃ち殺したって顔してるぞ」
川村は、宥めるように連橋の肩を叩いた。
「持ってたら、最初から撃ち殺してる」
吐き捨てるように、連橋は言った。
「今度、貸してあげよっか。あの子は撃ち殺しておいた方が身の為かもね」
「川村さん?」
連橋は、自分と同じぐらいの背の、川村の目を覗きこんだ。
「冗談、さ」
「・・・」
疑うような連橋の眼差しを受けて、川村はニッコリと笑う。
「中々気味悪い目のがきんちょだったからね。最近の子は、キれたらなにするかわからない。ヤクザよりひどいって噂だよ。ところで、これからどこへ行くの?よければご一緒していいかな?花見に来たんだ。花見してかない?」
川村の誘いに、久人がブンブンとうなづいた。
「ひーちゃん達も花見だよ。あさこねーちゃんや流達もいるよ」
「それは、それは。是非ご一緒したいね。なあ、保」
「う、うん」
保は、去っていった城田の方を見ていたが、視線を川村に移し、うなづいた。
「いいかい、連橋くん」
「断る理由はないでしょ」
連橋はうなづいた。だが・・・。
『アンタ、目笑ってねえよ。川村、さん』と、心の中で呟いた。そして。アキレス腱を隠せと言った城田。アレキス腱。俺の、アキレス腱。アキレス腱は2つ。亜沙子。そして・・・。連橋は目を見開いた。
川村は、久人と保の二人を両手に連れて、歩いていく。嬉しそうに川村を見上げる久人の横顔。
そして、もう一つ。久人・・・!!連橋は、自分の頬が引き攣るのを感じて、その場に立ち尽くしてしまった。
川村は、遅れてしまった連橋を振り返った。連橋は、なにか考え込むような顔で、立ち尽くしている。
「城田もまだまだガキってことか。たりめーだよな。10代だもんな、まだ」
ボソリと呟く。わざわざ忠告なんざしやがって、可愛いヤツ。と川村は心の中で、笑っていた。
それから一ヶ月経った。連橋は休日に久人を連れて、コンビニに立ち寄っていた。
「ひーちゃん。離れるなよ」
「うん」
連橋は、立ち読みする為に、毎週読んでいる少年漫画を手に取った。土日でバイトしている婆さんの本屋でも見れるのだが、たまたまその週は婆さんが熱を出していて、店をしめていた為、読み過ごしていたのだった。久人は、連橋の遥か下の足元でおとなしく自分も子供向けの漫画を読んでいた。コンビニの雑誌コーナーでの立ち読みは珍しくもない。何人かと並んで連橋は夢中でページを捲っていた。その僅かな間に、久人が読んでいた漫画に飽きて、立ち上がった。お菓子のコーナーにとたとたと走っていく。
それとほぼ同時に、コンビニの入り口の自動ドアが開き、男が入ってきた。男は、まっすぐにレジの前を横切り、二列目のお菓子コーナーに歩いていった。
「うーん」
小さな体を伸ばして、上の方にあるお菓子を取ろうとしていた久人に、男は声をかけた。
「取ってやろうか?ひーちゃん」
「・・・飴のにーちゃん」
自分に声をかけた男を久人は知っていた。飴のにーちゃん、城田である。
城田は、久人を抱えあげた。久人は喜んで、高い位置にあってとれなかったお菓子を自分の手で取った。
「他に欲しいもんある?ついでに買ってやるぜ」
「ほんと?いつもにーちゃんに貰う飴も欲しい」
「そう。んじゃ、それもな」
スッと城田はその飴を選ぶと、レジに行き、金を払った。そのまま、城田は久人を抱えて、コンビニを出た。
「飴のにーちゃん。にーちゃんがまだ中にいるの」
「外から合図するよ」
城田は笑うと、雑誌コーナーの前のガラスをコンコンと拳で叩いた。
「!?」
何人かが、顔をあげた。勿論、連橋も、その音に気づいて、顔をあげた。
「!」
城田が久人を腕に抱えて、ガラスの向こうに立っている。連橋は、サッと背筋が冷えた。思わず足元を見た。当然のごとく、久人はいない。
ガラスの向こうの城田の唇が動いている。何度か同じ形を繰り返している。
ア・ソ・ボ・ウ・ゼ。「遊ぼうぜ」だ。連橋は、雑誌をバシッと投げつけて、店を出た。
城田の背が、道の向こうに停まっている車の中に消えるのを見た。
「久人っ」
走り出そうとした連橋の前に、すぐ脇に停まっていた一台の車が不意にエンジンをかけて、滑りこんできた。
「遊び場に案内するぜ、連橋。乗れよ」
声と共に、後部座席のドアが開いた。そこには、むろん。小田島義政が居たのだった。
続く
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