連橋優(レンバシ・ユウ)・・・某都立高校3年
流充(ナガレ・ミツル)・・・・・同上・連橋の親友
志摩怜治(シマ・レイジ)・・・暴走族・ジレンの頭
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・高校3年・海外留学中
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
緑川歩(ミドリカワ・アユミ)・・・同上
*****************第2部5話**************
ガツンッ、という音が響いて、皆、我に返った。
両者が踏み込んで、だが、その後の動きがあまりに早くて、そして綺麗で、皆吸い寄せられるかのように二人の動きに目を奪われていた。だが、合わさった木刀の音で、それぞれの立場を思い出したかのように、あちこちで、ぶつかりあう音が再び始まった。
ガカッと、木刀の打合う音が響く。連橋が引いて、城田が攻める。連橋が受けては返し、城田が守る。それなりに重い木刀の筈なのだが、二人が手にしているのは、単なる枝っきれにしか見えなかった。二人は、もみ合うやつらをヒョイと避けながら、互いだけを打ち落とすことに専念していた。
ヒラリと連橋が地を蹴って、城田の頭目掛けて木刀を振り上げた。城田は、体を後方に僅かに捻って、避ける。連橋は、とにかくひたすら城田目掛けて、木刀を振りかぶっていく。攻めの攻撃だ。城田はそれを受けながら、連橋の隙を狙う。何度も、何度も、木刀がぶつかりあう鈍い音が響く。
「連ッ」
流が、連橋の前に走りだそうとした。そこへ、スルッと緑川が行く手を阻む。
「おまえの相手は俺だ」
緑川は、そう言いながら、流に向かって木刀を繰り出してきた。ブワッと、重い風と共に、緑川の木刀が流の体に振り下ろされる。
「ちっ」
流は、邪魔に入った緑川の木刀を受けて、バッと後に下がった。そして、返す。
「邪魔すんじゃねえ、男女!」
緑川に向かって、流は叫んだ。
「っせえ。お姫様もろくに守れねえ弱っちい騎士がなにぬかしてやがる」
バシンッと、緑川は流の木刀を振り払った。
「黙れぇ」
城田と連橋の傍らで、流と緑川の打合いが始まった。
城田達特攻組が揉みあっている間に、小田島は舎弟達に守られながら、悠々とジレン陣営に向かって歩いて行った。小田島は、心の底から楽しくて仕方なかった。自然と笑みが込み上げて来る。吸ってるタバコをポイッと投げ捨て、黙々と歩いていく。
確実な当たりを得られぬまま、城田と連橋の木刀が重なりあっては離れてゆく。
『ちきしょう。コイツは崩れねえっ』
連橋は、心の中で舌打ちする。
『さしどころがねえよ』
同じように城田も心の中で呟いていた。
両者とも息があがりはじめていた。疲労。先に、この感覚に、体を持っていかれた方が、勝機を逃す。お互いにそれを知っているから、頃合を計っている。連橋は木刀をギュッと握り直して、タンッ、タンッとリズミカルに大地を蹴って城田を打つ。城田も、独特のテンポでそれを返していく。単調になりかけていたリズムを、城田が強引に崩した。踏み込んだ。チッと、城田の木刀が連橋の肩をかすった。だが、先に城田が崩したリズムを、連橋は逃さなかった。体をギリギリまでに捻り、木刀ごと城田に向かって突っ込んでいった。
「!」
バシンッと鈍い音がして、連橋の木刀が城田の右腕にヒットした。連橋は、それを見て、ニヤッと笑った。やっと1つの手応えを感じたからだ。
「いってえな・・・」
城田が低くうめきながら、木刀が手から離れそうなったのを慌てて持ち直した。だが、そんな隙を連橋が見逃す筈はなかった。徹底的に木刀で打ち叩き、連橋は城田の木刀をその腕から振り落すことに成功した。
「骨折しちまいそうだよ。相変わらず、すげえ反射神経だな。連橋」
痺れる右腕を押さえて、城田は小さく言った。
「次はてめえのドタマかち割ってやらぁ」
ブワッ、と連橋は木刀を上段に構えて、振り下ろした。
「ごめんだね」
言いながら城田は、痺れているはずの右腕を額の上にかざした。
「!」
ドカッ、と連橋の木刀は城田の右腕にめりこんだ。だが、それと同時に城田は腰をほんの少し右にずらし、フワッと右脚を浮かし連橋の左腰に蹴りを決めていた。
「っそ、だろ」
連橋は、地面に転がり落ちた。クルリと体を反転させて、木刀を支えに、瞬間的に半腰の姿勢をとった。
「わりぃな。負けずに俺も、結構反射神経いいんもんでサ。おまけに、俺鈍感なんだよ。痛みにはな」
言いながら、城田は転がった木刀を左手で握り直した。
「立てよ、連橋。今度は、こっちの手で勝負してやるぜ」
「てめえ、左利きか」
「そう。俺、両刀なんだよ」
城田はそう言って、木刀を連橋に向かって、伸ばして見せた。連橋は、起きあがった。だが一瞬、ヨロリと体制を崩した。そんな連橋目掛けて、城田が振りかぶってきた。連橋はチラリと城田を見上げては、薄く笑った。
「網にかかったな。単純ヤロウッ。今度はてめえが地べた這いなっ」
バッ、と連橋は、身を屈め城田の脚を薙ぎ払った。
「っ」
城田は、予期せぬ連橋の足払いに、体制を大きく崩し、地面に落ちた。落ちながら振り返り、左手で木刀を構え頭を庇った。そこへ、連橋の木刀がめりこんできた。ガツンッと、木刀がクロスした音が響く。
「ちっ」
連橋が舌打ちする。
「あぶねー、あぶねー。んとに、てめえは油断ならねえヤツだな」
バシッと、連橋の木刀を軽く跳ね返しながら、城田は起きあがった。
「お芝居上手だな、連橋」
フンッと、城田は口の端をつりあげた。
「俺は芝居下手だぜ。顔に出るらしいからな。ひっかかるてめえがマヌケだっつーことなんだよ」
「ぬかせ」
「ああ。ぬかしてやるね。単純ヤロウッ」
再び、打合いが始まった。打合う二人の顔に、汗がじっとりと滲んでいた。どっちも、木刀を挟んで至近距離にある顔を、睨みつけあっていた。
志摩は、襲いかかってくるバッドトランス勢に囲まれて、それを避けるのに精一杯だった。流と緑川は互角にやりあい続けている。
そんな混乱極まる中、小田島は困難なく、ジレン陣営に辿りついた。
「連橋ッ」
小田島は、連橋の名を叫んだ。
城田と打合いながら、連橋はその声にハッとして、顔を向けた。背筋が一瞬ゾッとしたのを感じた連橋だった。虫唾の走る、その声。
「!」
舎弟達に守られながら、小田島がすぐそこに立っていた。こちらを見ては、楽しそうに笑っている。
連橋は目を剥いた。
先生を殺した男。
亜沙子を犯した男。
俺を犯した男。
死ななければならない男。
殺さなければならない男。
それなのに、今。目の前にいる。2年という時を隔てて。のうのうと笑って。大勢に守られて。
生きて、いやがるっ!
連橋は喉を鳴らした。息を吸い込み、ありったけの怒りを込めて、
「小田島ァッ」
と、その憎き男の名を叫んだ。
「どけ、クソ犬ッ」
今までとはうってかわった勢いで連橋は、城田に向かって木刀を繰り出した。
「っ、くっ」
城田は、その勢いに押され、ジリジリと後退した。
「邪魔なんだよ、てめえは。いつでも邪魔なんだよ、てめえはっ!」
叫びながら連橋は、頭に血が昇った勢いで、木刀をバシッと捨てた。
「!」
木刀を捨ててしまった連橋を見て、唖然としてしまう城田に、体ごと突っ込んでいって連橋は、素手でその顎を殴りつけた。顎、頬、頭と、連橋の拳が城田にヒットする。
「盛りのついた雌猫って感じだぜ」
とりあえず腕をクロスさせて、顔を守っていた城田はそんなふうにボソリと呟いた。それを耳にした連橋は、ヒュッと大地を脚で蹴って、そのままその脚で城田の腹を蹴り上げた。
「うっ」
城田はその場に、後からゆっくりと倒れた。
「そのままおとなしく寝てやがれ。忠犬シロコー」
ゼイゼイと息を荒げながら、倒れた城田を見下ろして連橋は笑い、とどめとばかりにその頭をグイッと踏みつけた。そして、連橋はクルッと踵を返す。目指すは小田島だった。
小田島は、こちらに向かって走ってこようとする連橋を認めて、ピクリと眉を寄せた。
「おっと。いかせねえぜ。俺の大事なお姫様のところにはな」
バッと上半身を起こし城田は、連橋の足首を、持っていた木刀で薙ぎ払った。
「あっ」
「犬にゃ、犬のプライドがあんだよ」
連橋はアスファルトに倒れた。その連橋の背に、間髪いれずにドサッと城田は体を乗り上げた。
「このまま、バックで犯してやろうか?可愛い雌猫チャン」
城田は連橋の耳元に楽しそうに囁いた。
「てめえ・・・。ざけんなよ・・・」
城田の体の下で、連橋は城田を振り返った。
「それは俺の役目だろ、城田。幾らおまえでも、譲ってやんねえぜ」
小田島が、低くそう言った。
「冗談に決まってるだろ。誰がいるか。こんなモン」
城田はフンッと鼻を鳴らした。
何時の間にか、小田島の靴が、連橋の目の前にあった。連橋はギクリとして顔をあげた。遥か上の方にある小田島の目と、バチッと視線が合った。連橋は、その顔を睨みつけた。
「相変わらず、気が強くて結構なことだな」
小田島は、ヒョイッと腰を折って、連橋の顔を覗きこんだ。城田は、連橋の後髪を引っ張って、連橋の顔を上げさせた。連橋は髪を強引に掴まれた痛みに、わずかに顔を歪めていた。
「おい、おまえ。俺がいねえ間に、この口に何本咥えた?」
「なんだと・・・?」
小田島は、舌で唇を舐めながら、連橋の唇に指で触れた。連橋は、とりあえず自由のきく左手でその指を即座に振り払った。
「何本咥えたかって聞いたんだよ。淫乱」
「・・・ふざけたこと言ってンじゃねえぞ。エイズ野郎。うっ」
城田が、体の下にある連橋のジーンズの尻を撫でながら、布地の上からその狭間の奥にヒョイッと触れた。
「バカヤロウ、触るんじゃねえっ」
連橋は、途端に激しく抵抗した。
「義政はな。ここに突っ込みたくて、突っ込みたくて、早く日本に帰りたくてたまらなかったんだ。なだめるの大変だったんだぜ。本当に大変だった。おい、連橋。何本咥えたかってな。義政、嫉妬してるんだぜ。可愛いだろ。可愛いだろ、コイツ。おまえに惚れてるンだよ、きっと・・・」
そう言いながら、城田は指を動かしていた。
「うすっきみ悪いこと言ってんじゃねえよ、城田。俺はな。単にコイツ、ヤリ殺してえだけだよ。俺を殺すなんてほざいているけどな。俺が逆に、コイツを嬲り殺してやりてえだけなんだよ。なあ、連橋。気持ちよくさせてもらって殺されるならば、おまえも本望だよな。なんせ正真証明の淫乱だもんなァ」
小田島は、そう言って、連橋を再び覗きこんだ。
「っく・・・」
城田の指で、後ろを探られていた連橋は、その感覚にゾッとして思わず俯いていたのだが、視線に気づきハッとした。弾かれたように、すぐ目の前の小田島を見ては、眉をつりあげた。
「なんだよ、その目・・・。熱っぽい目で見るなよ」
驚いたように、小田島は、連橋を見つめていた。
「うるせえ。てめえの飼い犬の、この変態どうにかしろっ」
バタバタと連橋はもがき続けていた。
「飼い主のがもっと変態だっつーの」
クククと城田は笑っている。無意識に目元を赤くしている連橋を見て、小田島は顔色を変えて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ブォォオンッ!
突如として轟音が響いた。何台もの、車のエンジン音だ。
その音に、小田島は、我に返った。振り返ると、埠頭の入口が団子状態になっていた。かなりの数の派手な車の後ろに、数台の白黒の車がくっついて埠頭に乱入してきようとしている。白黒の車の頭の上には、赤い光。
「グラスハートだっ」
「げっ。サツ連れてきやがった」
「増山めっ!余計なオマケを持ってきたなッ!」
辺りがざわめきだした。
「逃げろ、義政。今捕まるのは、ヤバイ。信彦さんに殺される」
城田が叫んだ。
「あ、ああ。そうだな。連橋。いずれ、また可愛がってやるから、楽しみにしてやがれよ」
そう言って、小田島はヒラリと踵を返した。小田島の体は、奇妙に熱かった。あのまま連橋の目を見つめ続けていたら、きっと体が爆発していた。あの場で、連橋を犯していたかもしれない!そんなことをしたら、ジレン側だって黙ってはいない。いつものように、圧倒的優勢の場ではなかったからだ。いかな城田でも庇い切れずに、俺は殺されてしまうだろう。だが、そんなことすらどうでもいいくらいに、とにかくあの体をめちゃくちゃに犯してやりたかった。『幾ら俺でも、どーにかしちまったぜ。マジ、やべえ』小田島は、そう思いながら、バッドトランス陣営に向かって走って行った。小田島の帰りを舎弟達が車に乗り込みながら、待っている。しかし、どんなに夢中で走っても、体のあちこちがジワリと疼く感覚を、小田島はどうしても振り払えなかった。助手席に飛び込んで、息を吐いた。ドクンッと心臓が高鳴っていた。その高鳴りと同時に、小田島はスーッと心が冷えてゆくのを感じた。己の心をものすごい勢いで侵食していく、あの連橋の瞳。
「クソッ!ふざけんなっ」
小田島は、ダッシュボードを脚で蹴り上げた。
連橋は、自分の背からどこうとした城田を、逃がさなかった。城田の金髪を何本か毟り取る勢いで掴み、アスファルトに沈める。
「ふざけんな!」
体を反転し、今度は連橋が城田の体の上に乗り上げた。
「このやろうっ、このやろうっ。どこまで俺をコケにしたら気が済むんだ」
両の拳で、連橋は城田を殴りつけていた。
「っ、うっ。き・・・」
予期せぬ連橋の反転攻撃に、城田はうめいた。
「キライなんだよな・・・」
うっすらと城田が言った。
「なんだと?」
「・・・騎乗位ってヤツ、俺キライ」
城田は連橋を見上げて笑ったかと思うと、左手で連橋の頬をガツンと殴りつけた。返す手でもう1度殴った。
「ぐっ」
連橋の体が、城田の体の上で、ユラリと揺れた。
「俺、キライなんだよ。騎乗位。やっぱりノーマルが一番だろ。覚えとけよ、連橋」
舌で唇を舐めながら、城田は連橋の両腕を掴みあげては、組み敷いた。
「うっ」
殴ろうとして、連橋が手を振り上げた時、どこからか飛んできた石が、城田の額をピッと、裂いた。
「城田、てめえ。連を離せっ」
流の声だった。
「っ!」
バッ、と鮮血が空中に飛んだ。
「いてえ・・・」
城田は額を押さえて目を閉じ、咄嗟に連橋に覆い被さって屈んだ。第2弾の攻撃を避けるための、本能的なものだった。
「うわっ」
連橋が奇妙な悲鳴をあげた。顔の上に、城田が流した血がボタッと落ちてきたからだ。次から次へとボトボトと容赦なく落ちてくる。連橋は城田を見上げていた。城田はゆっくりと目を開いた。二人は一瞬、黙って互いの顔を見つめあっていた。いや、顔というよりは、目。瞳を。
「フン・・・。顔射ってヤツか。残念ながら、ザーメンじゃねえから、おまえは不服かもしんねえがな。連橋。俺の血、どうよ。美味しいか?舐めてみたらどうだ?」
城田は連橋の口元に指を伸ばして、ニヤリと笑った。連橋はその手を振り払い、城田の前髪をガッと掴んだ。
「てめえ・・・。目がイッてるぜ・・・」
連橋は、あまりに近くにある城田の瞳から、目が離せなかった。黒く煌く瞳に、まるで吸い込まれてしまうかのようだった。すごい勢いで、城田の瞳に、自分のなにかが引っ張られていく。疼く。なにか、が。そして体中の細胞が、ザッとめくれあがるような、感覚だった。
「おまえの瞳は、綺麗だな。近くで見て初めて知ったぜ。体中汚れまくってるくせに、むかつくぐれえ綺麗な目だ」
一方の城田も、そんなふうに言った。薄い茶色の瞳をした連橋の目が自分を覗きこんでくる。無遠慮までのその視線を受けとめながら、置かれた状況も忘れて、城田は連橋の瞳に見惚れていた。連橋は、一点の曇もない、澄んだ瞳を持っていた。ゾクッと城田の心の奥が震えた。ゾクゾクと、自分の心の奥が振動している。その震えを噛み締めながら、城田は、苦笑した。
「体より。おまえのその瞳、犯したい」
城田は連橋の胸に体重をかけて、反動をつけてグンッと体を起こした。
一瞬二人の間を駆けぬけた、なにがしかの感情は、既にもう遠くに去っていた。城田は、立ちあがった。
「イイとこ邪魔した流よぉ。サツにあげられる前に、てめえだけには、きっちり返しといてやるぜ」
城田は叫びながら、自分に投石した流に向かって駆け出した。流も走ってきていたが、城田を見て、途中で立ち止まって木刀を構えた。
「流。逃げろっ。そいつ、目イッてる!」
連橋は上半身を起こして、叫んだ。城田は走りながら、そこらに落ちていた木刀を拾いあげ、ヒラリと振った。
「!」
流は、城田を睨んで、スッと木刀を本格的に構えた。だが。城田の圧倒的な迫力と速さの前で、一瞬体が金縛りにあってしまったかのように竦んでしまった。『動かねえっ!』流の木刀はピクリとも動かなかった。走り込んできた城田は、目を細めて流を見た。瞬時の勢いで流の木刀をその腕から叩き落し、城田は木刀でスウッと優雅に弧を描いたかと思ったら、ものすごい勢いで流の胸を殴りつけた。
「うあっ!」
城田は、流の横を走り抜けながら、耳元に囁いた。
「連橋を犯すぐれえの度胸がねえと、俺にゃいつまでたっても勝てねえぜ」
「・・・っ。ふ、ふざけたこと言ってんじゃねえよ、狂人めが・・・!」
胸に手をやりながら、流は城田を振り返った。体が、ガクリと落ちていく。
「またな、流。やっぱり、おまえのがやりやすいよ。あの雌猫よりな」
アハハハと笑いながら、城田は木刀をポイッと捨てて、走り去っていった。
パトライトが辺りで点滅し出す。逃げるのは、困難だ。だが、逃げなくてはならない。
「流っ」
「くっそ」
流は、その場に尻餅をつくように座っていた。自分自身に対しての怒りで、流は木刀でアスファルトを何度も叩きつけていた。
「は、速くて見えねえんだよ・・・。見えたと思った瞬間には、もう攻撃されてる。一瞬、体が金縛りみたくなって動かなかった。なんだよ、あいつ。ちょっと異常だ・・・。ぜってー悪いモン憑いてるぜ。連。おまえはあいつの速さによくついていってやがる。感心するぜ・・」
流は、冷や汗を浮かべながらも、笑っていた。
「呑気なこと言ってんな!骨やられてるかもしんねえぞ。流、立てるか」
連橋は、顔にかかった城田の血を掌で拭いながら、空いた方の手を流に向かって差し伸べた。
「当たり前だろ。おまえの前でこれ以上みっともねえ真似出来るかっ。立つよ」
よろめきながら、流はそれでも、自分の脚で立った。
「流。連。乗れ。パクられる訳にゃいかねぇ」
ドリフトで、二人の前に走り込んできた志摩の車に、流と連橋は飛び乗った。
「連。おまえこそ、大丈夫か?顔が血だらけだ。どこか切ったのか?」
「おまえが投げた石で、城田が額割った。これは、アイツの血だ」
連橋は後部座席に深くもたれながら、いまいましそうに言った。
「へえ。流、すげえな。アイツの額割ってやったのか。気持ちイイことしてくれたな」
運転席の志摩は、クスクスと笑っていた。埠頭からは、綺麗に逃げ切った。志摩は、喧嘩と同じくらいに運転が上手い。
「拭けよ、連」
流は、そこらにあったタオルを掴んで、差し出した。連橋は、バッとそのタオルを受け取ると、顔中をむきになって、拭いた。
「くそっ」
バシッと、連橋はタオルを足元に投げ捨てた。
「どうした、連」
志摩が、バックミラー越しに連橋を見た。
「俺を見てるんじゃねえ。運転に集中しな」
「ヘイヘイ。了解」
連橋のご機嫌斜めの声に、志摩は首を竦めた。
「連。おまえ、どうした」
「うるせえッ!」
心配してくる流に対して、連橋は怒鳴った。怒鳴りながら、目を閉じた。小田島を目の前にしながら、なに1つ動けなかった。それがなにより悔しいし、そして。小田島を殺る前に、必ず通過しなければならない城田という男を、いつも、徹底的に崩すことが出来ない。崩すことが出来ない上に・・・。カッと、連橋は目を見開いた。
「っ」
バンッと、連橋は窓ガラスを拳で叩いた。志摩と流は、その音にビックリして、連橋を振り返った。窓ガラスに映る連橋の顔は、ひどく強張っていた。
「なにがおかしい、城田」
緑川は、隣でクスクス笑っている城田を見ては、眉を潜めていた。
城田達も埠頭を無事に去っていた。
「放っておけ。ソイツは、血を流すと狂っちまうんだよ。いつものことだ」
小田島は、助手席から後部座席を振り返って、言った。
「額。連橋にやられたのか?」
心配そうに緑川は、城田を覗きこんでいる。
「騎士にやられたんだよ」
「ああ。流ね。アイツ、強かった」
緑川は、腫れ上がった腕を擦りながら、ぼやいた。
「義政よ。2年振りの連橋は、どうだった?」
城田は脚を組みかえながら、聞いた。
「相変わらず、単なる穴にしか見えなかったな」
小田島は、あっさり言った。
「嘘こけ。連橋の目見て、顔色変えやがったくせに。惚れたろ」
城田の言葉に、小田島はバッと城田を見ては、睨んだ。
「惚れた?俺がアイツに惚れているっていうのか?冗談じゃねえよっ」
むきになって小田島は言い返した。
「そうか?じゃあ、俺だけ惚れたか・・・」
「え?」
緑川は、ギョッとして城田を見上げた。
「なに言ってんの、おまえ」
城田は横目で緑川を見て、笑った。
「は。てめえが誰かに惚れるなんて、それこそ冗談じゃねえだろ。誰一人、まともに惚れたことのねえ男が、よく言うぜ」
小田島が城田を嘲笑った。
「俺はちゃんと惚れるぜ。ただ、惚れた相手が悪いだけだ。いつも好いてもらえねえ。てめえがいい例だろ、義政。俺と番いになってくれなかった。背の彫り物も拒否してくれてよ」
「うるせえ。あんなん、誰が。痛えのはゴメンだよ。俺はてめえみたくマゾじゃねえ」
カッカと顔を怒らせて、小田島はタバコをくわえた。城田も同時に後部座席でタバコをくわえた。
「やっぱり、楽しいな。義政。日本は、よ」
城田は窓の外を眺めながら、言った。
「ああ」
小田島はうなづいた。
「連橋のいる、日本は」
「ああ」
二人の吐いたタバコの白い煙が、あっというまに車内を曇らせた。城田は窓ガラスに映る自分の姿を見て、目を細めた。
似ている。あの男に。やっぱり、俺は似ている。アイツに。そして。アイツに似ている俺を、連橋はいつか気づくだろう。今でも、もう充分、疑っているようだから。真実のジョーカーに気づいた時の、その時のおまえの顔が、見物だぜ・・・。城田は再び笑い出した。
「血を流して狂うっていうのは、本当みてえだな」
背後で、緑川が呆れたように呟くのを聞いて、城田は目を閉じた。
6話に続く
世界は二人のためにっていう場面がありましたね・・・(汗)血を流すと、城田は狂人化します。
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