連橋・・・某都立高校1年
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
大林二郎(オオバヤシジロウ)・・・連橋のアパートの隣人。連橋の身元保証人

*****************2話**************
「まあ、大林さんは、作家ですか。申し訳ありません。私、存じませんで」
名刺を見て、篠田亮子は、本当に申し訳なさそうな顔をした。
「は。い、いえ・・・。その作家と言っても・・・。女性に読んでいただけるようなものは書いておりませんので・・・。ご存知なくて当然ですよ。売れてませんしね・・・」
大林は口篭もっては、苦笑した。
「まあ。ふふ・・・」
「それよりお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
空調のきいた喫茶店の窓際の席で、大林は亮子に向かって頭を下げた。
「いいえ。私でお役に立つことがあれば・・・。康司さんの事件のことについては、私もいまだに忘れることはありませんので」
亮子はそう言って、目を伏せた。
「お電話で説明した通りなんですが・・・。聞かせていただけますね。町田さんのこと」
「はい・・・。私の知る限りのことは」
亮子はコクリとうなづいた。
「私と康司さんは幼馴染でした。小さい頃家が近所で。とあることがきっかけで、私達は共に教師を目指しました。高校の半ばで私が両親の都合で町を離れ、それから大学で再会しました。それまでの康司さんのことは私は知りませんが、大学で再会してからは、もうずっと一緒でしたわ」
懐かしそうに亮子は、フッと窓の外を眺めては微笑んだ。
「お互いに教師を目指していると知って、再会した時は笑いました。小さい頃からの約束を二人とも守ったんだねって。あまり関係ありませんが、私は康司さんが好きでしたわ。幼馴染ではなく。でも、康司さんは、違いました。奥様の麻紀子さんとは、高校時代からのおつきあいだったそうで。とても二人は仲が良くて。麻紀子さんは、明るくて快活で美人だった。康司さんと麻紀子さんは結婚が早かったのですが、お子さんが中々出来なくて・・・。これはご存知ですよね」
亮子の言葉に大林はうなづいた。
「久人くん、でしたね」
「ええ。多くの不妊症の女性が望むように、麻紀子さんも早く康司さんの子供を欲しがっていました。招かれて康司さんのところに食事に行くことが多々ありましたが、麻紀子さんとの会話はいつも子供の話だった気がします。お気持ちはよくわかりましたけれど、こればかりはね・・・」
「なぜ麻紀子さんは自殺されたのでしょうか・・・。いきなり確信をついて申し訳ございませんが」
大林は、切り出した。亮子は目を伏せた。
「久人くんが生まれて、夫婦これから・・・の時ではなかったのでしょうか。私にはそう思えてならないのですが」
「そのとおりです。ですが。麻紀子さんは、子供を産んで、初めて気づかれたのでしょう。幸恵さんの気持ちに」
「幸恵さ・・・ん?」
突然出てきた女の名前に、大林は聞き返す。
「ご存知ありませんか。康司さんには、久人くんの他に、もう一人子供がいたんです。麻紀子さんが生んだのではなく、他の女の人に生ませた子供が。それが幸恵さんです」
「・・・」
大林は目を見開いた。町田のもう一人の子供。
「それは・・・。飾らない言葉で申し訳ございませんが・・・。町田さんのご結婚前ですか?ご結婚されてからであれば不倫・・・」
「ええ。不倫です。康司さんは・・・。たった1つ過ちを犯してしまったんですわ。でも・・・。あの方は、そういう方だった。幸恵さんは、町田さんの高校時代の後輩で。とても可哀相な境遇の方だったんです。町田さんは、幸恵さんの相談に色々とのっていてあげていて。そして、そのうち。男女の関係になったんですね。優しい人でしたから・・・」
「なるほど。それでは、奥様の麻紀子さんは平静ではいられませんね。浮気された挙句、子供まで作られては」
亮子は、大林をチラリと見た。
「男の方は、正直に申しますのね。でも、女の立場としては複雑です」
「すみません・・・」
大林は、慌てて頭を下げた。
「いいえ。確かにそうなんですわ。でも。麻紀子さんの気持ちを考えると、それだけで済ませられない気持ちもあります。幸恵さんだって、康司さんだって。それぞれの立場で、皆苦しんでいました。でも、仰る通り。やはり1番苦しかったのは麻紀子さんだったのでしょう。貴方の言葉通りの地獄を麻紀子さんは歩いていかなければならなかった。夫の裏切り、子供を生めないことの辛さ、幸恵さんへの嫉妬。それら全てが彼女の中で複雑に交じり合って・・・」
亮子は一旦言葉を切って、ティーカップに手を伸ばした。
「幸恵さんを排除したんです。それはもう徹底的に、冷たく。幸恵さんは、何度も麻紀子さんに謝っていました。謝罪を口にして。でも幸恵さんも、口にしながらも、やはり康司さんの愛も捨て切れず。私、1度見たことがありますの。生まれた子供を連れて、幸恵さんが康司さんのところに来たんです。きっと・・・。いてもたってもいられなくなってしまったんでしょうね。康司さんに、会いたくて、会いたくて。あの日は、私と康司さんで、子供達に出すテストの問題を康司さんのお宅の居間で考えていたんです。その時に、康司さんがタバコを切らして、外へ出ました。擦れ違いに、幸恵さんが来たんです。対応に出た麻紀子さんは、幸恵さんとその子供の姿を見て、半狂乱になってしまって・・・。私が気づいて玄関に行った時は、麻紀子さんは、幸恵さんのことを泣きながらバシバシ叩いていたんです。幸恵さんも泣きながら、謝っていて・・・。側にいた子供。男の子だったんですが、その子も泣きながら、幸恵さんを麻紀子さんから庇っていました。ママをぶたないで!何度もその子は言っていました。帰ってきた康司さんは、吃驚して。とりあえず麻紀子さんを落ち着かせる為に、幸恵さんに「帰れ」と叫んでいたんです。幸恵さんとお子さんは、逃げるように帰っていきました。あれは、見ていてとても辛かった・・・」
カタカタと、亮子のティーカップを持つ手が震えた。
「それから。康司さんは、ずっと後になってから、幸恵さんとお子さんの行方を探し出した。なにがキッカケかは知りません。ただ、探し始めた。そして、見つけたんです、二人を。二人は遠い町にいました。康司さんは、麻紀子さんを連れて、その町に移動しました。麻紀子さんと康司さんの間に、どういう話合いがされたのかは知りません。ですが、二人にとってタブーだった幸恵さんとその子を探す為に、康司さんは動き出した。突きとめていくうちに、幸恵さんは・・・。幸恵さんはもう亡くなっていました。彼女は自殺していたんです。辛い生活を強いられていたらしく。康司さんが探しあてた時には、もう亡くなっていたんです・・・。麻紀子さんは、たぶんその事実を、康司さんに聞かされたのでしょう。麻紀子さんの遺書には、こう書かれていました。彼女には申し訳ないことをしてしまった・・・と。麻紀子さんは、やっと康司さんの子供を生めたのに、ずっと持っていたであろう幸恵さんへの罪の意識を捨て切ることが出来なかったんです。自分だけ、幸せにはなれない、と」
「・・・なんてことだ」
大林は思わずうめいた。町田が連橋を追いて、あの町に来たのは、それが目的だったのだ。探しものをしている、と聞いたことがあった。まさか、自分の子供を生んだ、妻ではない女と、その子供のことだったとは・・・。
「あんな事件・・・。私はとても許せません・・・。どうしてあんなことになったのか。康司さんは・・・。康司さんは、確かに夫して許されぬことをしたかもしれません。でも、その罰として奥様を失った。なのに、自分まで・・・。どうしてあんなことになったのか・・・。優しい人だった。本当に優しい人だったんです。麻紀子さんも、幸恵さんだって、彼はきっと心から愛していた筈なんです・・・。それなのに」
そう言って、亮子はポタポタと涙を零した。
「挙句に・・・。弟の浩一さんまであんな惨い事故で亡くなってしまって。遺された久人ちゃんが。気の毒でならない。可哀相な子だわ。それに、優ちゃんだって・・・」
「え?」
大林は聞き返す。
「ゆうちゃん?連橋のことですか?」
すると、亮子はハッとした。
「連・・・橋くん。連橋くんは、元気ですか?私、あの子とも何度か会いました。浩一さんのお宅で。久人ちゃんに会いに行くと、連橋くんもいて・・・。連橋くんは元気ですか?」
亮子に聞かれて、大林は一瞬、黙った。
「ええ。元気だと聞いてます。私ももう1年以上も会ってはおりませんが」
会わせる顔がない・・・と、大林は心の中で呟く。それでも、連橋との関係を断ち切ることさえ勇気がなく、こうして密やかに動いている。こんなことしか、出来ないのだと思いながら。
「連橋くん。康司さんによく懐いていた子でしたね。本当に不思議な縁だと思います。優ちゃん・・・。大林さん、連橋くんは、連橋優くんと言うのですよね。幸恵さんが生んだ男の子も優くんと言うのです。康司さんがつけたんですよ。優しい子に育つようにって。そう願ってつけたんだ、と聞きました。康司さんは、認知したがっていましたが、当時麻紀子さんに拒まれて結局はそのままでしたが」
「優と。優と名付けたのですか。確かに連橋も優と言います。それは偶然ですね」
「ほんとうに・・・。でも、康司さんは、その偶然を喜んでいましたよ。連橋くんの境遇は康司さんに聞いたことがあります。可哀相な子だ、と。そして。同じように育ててあげられなかった可哀相な自分の子供を重ねて・・・。自分の子供、優くんに与えることが出来なかった愛を、連橋くんに、って。息子の代わりに、と。神様が、優の代わりに連橋くんを自分に与えてくれたんだって言ってました。康司さんは、誰よりも子供好きな方だったので、自分の子を育てられなかったのは、やはり辛かったのでしょう」
亮子の言葉に、大林はやっと納得出来た。町田の、連橋に対するこだわり。決して楽ではなかった筈の生活から削り出してまで、調達してきた教育資金。金。なぜそこまで連橋の為に・・・と当時は、大林は思った。町田は、連橋を自分の息子の代わりに、と思っていたのだ。それは、罪の意識の昇華だ。
「篠田さん。私も・・・。私もそんな感じです。私も・・・。子供を亡くしました。私の子供を生んでくれた女とは、私は結婚出来なかった。私の両親は厳しい人達でして・・・。私とその女の結婚を許してくれずに。やがて子供が大きくなり、母親から事情を聞いたのか、私に会いにきました。小学生になるかならないかでしたが。家まで一人でやってきたのです。母親に内緒で。だが、私は私の両親の目が怖かった。だから、その子供を追い返したのです。さっさとお母さんのところへ帰りなさい、と。すると子供は泣きながら一人で帰っていった。その途中、事故で死んでしまったのです。ダンプカーに跳ねられて即死でした」
「・・・」
亮子は大林を見た。
「私は・・・。町田さんの気持ちがわかります。町田さんは、連橋に自分の子供を。そして私はやはり連橋に自分の子供を重ねた。私は連橋の身元保証人です。当時、あの子は面倒なことを抱えていた子だった。だが、私は、あえてその面倒に飛び込みました。亡くした子を連橋に重ねて。罪を逃す為に。町田さんも・・・私と同じ気持ちだったのですね・・・」
亮子はうなづいた。
「康司さんも幸恵さんも麻紀子さんもいなくなってしまった。残るは優ちゃんと久人ちゃんだけ。彼等は、これからどんな人生を歩んでゆくのか・・・。父親と母親を怨むことだけはしないで欲しいと思ってますの。彼等は、彼等なりに精一杯生きてきて、そして死んでいきました。康司さんの事件については、本当に今でも苦しいですけれど、それが彼に与えられた運命だったのだ、と自分に納得させて私は生きていますのよ・・・」
亮子は涙を拭いながら、言った。大林は、そんな亮子を慰める為に、
「久人くんは、今連橋のところにいます。連橋が、必死に久人くんを育てています。私も遠くから協力していくつもりです」
すると、亮子はパッと顔を輝かせた。
「ま、まあ。そうなんですか。それは嬉しいことだわ。あの連橋くんが、康司さんの子供を育てているなんて・・・!きっと康司さんも喜んでいるに違いないわね。そうですか。それは嬉しいことです!」
大林は亮子の嬉しそうな顔を見て、うなづいた。
「是非、今度会いにいってやってください」
「ええ。ええ。それは、もう。是非」
亮子は何度もうなづいた。
「本当に今日はありがとうございました。色々とお話を伺えて参考になりました。いつか連橋にも話してやって、後に久人くんへ伝えるようにと。彼がなにもかも、理解出来るような歳になったら、いつかご両親のことを」
「ええ。そうですね。それがいいと思います」
亮子は立ちあがった。
「それでは、私はこれで。そろそろ塾の時間なんです」
「塾をやられているのですか?」
「ええ。教師は辞めましたが、やはりなにかを教える、という職業からは離れられそうにありません。康司さんとの約束でもありますから。生涯勉強だよってね」
ニコッと亮子は微笑んだ。
「素晴らしいですね。見習いたいものです。今日は、本当にありがとうございました」
心からそう言って、大林は亮子に頭を下げた。
「いえ。お役に立てたならば幸いです。大林さんも執筆頑張ってください」
「あ、ありがとうございます・・・」
大林は、鼻の頭を掻きながら、照れ気味に笑った。
「では」
ペコリ、と亮子は頭を下げて席を立った。伝票を取ろうとした亮子の手を大林が遮った。
「これはこちらで」
「まあ、すみません。ごちそうになりますね」
「はい。あ、ところで、篠田さん」
「はい・・・」
亮子が振り返った。
「町田さんのもう一人のお子さん。優くんの行方はその後・・・」
大林の言葉に、亮子はハッとした。顔色が曇る。
「それが。康司さんからはとうとう聞けずに・・・。今になってもっとちゃんと聞いておけば良かったと後悔しておりますの。そういえば、連橋くんと同じ名前であると同時に同じ歳だと聞いたことがあります。康司さんが連橋くんを可愛がった筈ですわね。本当に偶然ですよね、歳まで同じなんて・・・。優くんは、康司さんに良く似た目をしてる男の子でした」
「そうですか・・・」
大林も亮子の言葉を聞いてガッカリした。消息不明ではどうしようもない。
「あ、では。幸恵さん。その幸恵さんと言う方の旧姓などご存知ですか?認知されていないならば、お子さんは幸恵さんの苗字でしょうし。それがわかれば、少しでも」
「それは存じてますよ。城田、と言います。城田幸恵さんです。おしろの城に、たんぼの田の、城田です」
「!」
大林は、目を見開いた。シロタ・・・!?
「今、なんと・・・!?」
「しろた、ですけど。どうかされましたか?」
「い、いえ。ありがとうございます。こちらでも心当たりを探してみます」
「よろしくお願い致します。では、失礼致します」
亮子の後姿を見送りながら、大林は呆然としていた。


脳裏に、連橋の声が甦る。
「城田ァッ!」
あの日、あの廊下に佇んでいた少年。町田とよく似た目をしていた少年。連橋は、確かにシロタと呼んだ。城田と叫んだ。

連橋の敵。それは即ち、小田島の関係者。小田島は、町田康司を刺した少年。
町田、と絡む。町田とソックリな目をした、あの少年。

まさか。まさか・・・。まさか・・・!!!

城田優。シロタユウ。まさか、あの少年が、町田の・・・!?

大林は、頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。

連橋優。城田優。二人の優。

これは一体、なんだ?偶然なのか・・・!?

久人の・・・。連橋が目の中にいれても痛くないほど可愛がっている久人の異母兄が、敵である城田優!?

そんな筈はない。確かめなければ。今すぐに確かめなければ・・・。

でなければ、連橋は。連は・・・。

大林は、ガタンッと席を立った。慌てて伝票を掴んで、精算を済ませ、店を飛び出した。

3話に続く

BACK      TOP         NEXT