連橋(レンバシ)・・・某都立高校1年
流充(ナガレミツル)・・・・・同上
亜沙子(アサコ)・・・某都立高校3年
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
*****************16話**************
連橋は流の見舞いに病院へ行った。受け付けで流の病室を聞いて、入院病棟へと向かう。病室が空いていなかったのか、流は個人部屋だった。病室の前のソファに、女が腰掛けていた。流の部屋のプレートを確かめてから、ドアをノックしようとした時、連橋はその女に呼びとめられた。
「もしかして、連橋くん?」
女が言う。連橋はうなづいて、女を見た。まじまじと見ると、面差しが流によく似ていた。
「流の姉ちゃん?」
連橋は聞いた。すると、女はニッコリと笑ってうなづいた。
「そうよ。初めまして。流の姉で、匡子です。まあ、本当に金髪なのね」
「流の見舞いに来たんですけど。入っていいですか」
連橋はドアを指差した。
「ごめんね。充に言われているの。連橋くんが来たら、帰ってもらうようにって」
「!」
目を見開いて、連橋は流の病室を振り返った。
「なんでですか?」
「理由は聞いていないのよ。ごめんね」
匡子は、また謝った。
「っ」
連橋はクルリと振り返ると、バンッと流の部屋のドアを叩いた。
「流。いるんだろ。起きてるんだろう。なあ、なんで俺に会ってくれねえんだよ」
バン、バンッと連橋はドアを叩いた。
「俺を怨んでいるのか!俺のこと嫌いになったのか!あんな場面見て、もう俺に愛想が尽きたのかよ。俺のこと、気持ち悪いと思っているのか!なあ、流。ドアを開けろよ。開けてくれっ。頼むから、開けてくれよ。話をさせてくれっ」
だが、ドアの向こうは無言だった。
「ながれっ!」
肩を叩かれて、連橋はうつむいた。拳をドアで擦りながら手を離す。匡子が首を振った。
「病院なの。これ以上は騒がないでちょうだい」
「・・・」
連橋は持っていた小さな包みを、流の姉に押しつけた。
「これ見舞い。流・・・。肉まん好きっつったから」
「ありがとう」
「帰ります」
「ごめんね、連橋くん」
連橋は首を振った。
「俺が悪いから、いいんだ。流の面倒、頼みます」
そう言って、連橋はポケットに手を突っ込んで、廊下を去っていった。それを見送った匡子だったが、慌てて連橋を追いかけた。エレベータの前で止まっていた連橋を匡子は呼びとめた。
「連橋くん。あなたと充になにがあったのか知らないけれど。あの子はね。姉の私が言うのもなんだけど、しっかりした子よ。なんかしらないけど曲がって育っちゃったけど、根っこの部分では、まっすぐよ。今、あの子はなにかに迷っている。けれど、それが。貴方が流にしたことが、不誠実でないと、貴方が言い切る自信があるならば流はそれをちゃんと理解出来る子よ。だから・・・。信じて待っていてやってほしいの」
匡子の言葉に、連橋はうなづいた。
「流に伝えてください。待ってるからって」
「ええ」
連橋を見送ると、匡子は病室に戻った。包帯だらけの弟は、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。
「連橋くんからの伝言よ。待ってるって」
匡子が言うと、流はうなづいた。
「姉ちゃん」
「なに?」
「本当は・・・。アイツに会いたかったんだ。見舞いに来てもらって嬉しいんだ」
「そう。でも会えないのね。会えない理由があるのね」
「ああ。俺の方にね」
「待っててくれるわよ、彼は。綺麗な目をした子だったもの・・・」
匡子は花瓶の花を指で整えながら、弟に向かって言った。花瓶の中の花の、花弁がヒラリと1枚床に落ちていった。姉はそれに気づかなかった。流は、ゆっくりと床に落ちていく白い花弁を見ながら、目を閉じた。
守ってやれなかった不甲斐なさ。助けに来てくれた連橋への信頼。後悔と喜びと。
そして。
脳裏に、小田島と連橋のセックスシーンが繰り返し甦ってくる。
後悔と喜びと、罪悪ともう一つの悦び。
流は、己の中に在った連橋への気持ちが、それが、生々しい肉体関係の伴った執着であることに気づいて愕然とした。友達の筈だった。友達の・・・。だが、幾ら消しても、振り払っても、あの光景が消えない。小田島の顔がいつしか自分の顔に変わっていく。
俺は汚ねえヤツだ・・・。そう思って流は自分の膝に顔を埋めた。
だから。今は、おまえに会えない・・・。会えないんだ、連。
季節は、また桜の時期を迎えていた。
その日。町田康司の命日。連橋はいつものように、あの公園に向かっていた。命日には必ずあの場所に赴くようにしていた。先生に声をかけてから久人を連れ戻しに行くんだ、と連橋は心に決めていた。この日を待ち遠しく思いながら、新年を迎え、冬を越えた。はらはらと桜の花弁が頭に落ちてくる中、連橋は公園を駆けぬけた。幸いなことに、今日は休日だったので、公園に立ち寄ったその足で連橋は四国へ向かう予定だった。右手にリュックを、左手に小さな花束を持っていた。真昼の春の日差しが、走る連橋の体に降り注いでいた。
息を切らし、大木の下に辿り付き、連橋は木の根元に花束を置いた。しばらくジッと、木の根元に置いた花を見ていたが、連橋は目を閉じた。心の中で、町田に手を合わせ、そして報告をする。
俺は、先生との約束を果たしに行くよ・・・。
どれぐらいの時間、目を閉じて町田と語っていたかわからなかったが、連橋は目を開いた。意を決して、「さあ。もう行こう」と、振り返る。
「!」
すると、そこには城田が立っていた。まるきり、気配を感じなかった連橋は、背中がスーッと冷えていく気がした。
もしかしたら・・・。
もしかしたら、会うかもしれないと思っていた。こいつとは、去年もここで会った。なんで、こいつは・・・。連橋は眉を潜めて、城田に向かって歩いた。
「よお。今年もまた会ったな。はちあわせちゃなんねえと思ってわざわざ昼間に来たのによ。その努力も無駄になっちまったな」
そう言って、城田はニヤリと笑った。
「てめえ生きてたのか。志摩さんにボコられて死んだかと思っていたのに」
「申し訳ねえけど、生きてるよ。あん人にゃ、鼻の骨曲げられたり、歯を持っていかれたりはで散々だったけどな。なんとか生き残ったさ」
「邪魔だ、消えろ」
連橋は城田を睨みつけた。
「今来たばっかりだ」
城田はケロリとして言った。
「てめえは・・・。毎年こんなところへ来て、なにしやがるんだ」
1つの疑問を連橋は口にした。口にしながら、グッと拳を握って、警戒を忘れない。城田は、そんな連橋の拳を見ながら、
「誕生日は毎年くるだろう。今日は俺の誕生日だ。それと同時に、俺はいつも思い出しちまうんだよ。同じ日、ここで死んだ哀れなセンコーのことをな。それでつい足がむく」
連橋は、城田の言葉を笑い飛ばした。
「てめえに、後悔っつー感情があるとは死んでも思えねえけどな」
「ないね、そんなもんは。ただ、することねえし、暇だから、ここへ来てるだけだ」
城田は連橋が置いた小さな花束に視線をやり、クククと笑った。
「どんな顔して買ったんだよ、その花束」
「亜沙子に買ってきてもらったんだよ」
「ああ。亜沙子ちゃん、元気?」
馴れ馴れしく亜沙子の名前を呼んだ城田が気に食わなくて、連橋はあからさまにムッとした。
「てめえと世間話する気はさらさらねえよ。消えろっつってんだろ」
「世間話ぐれえさせろよ。ヤらせろって言ってるんじゃねえんだから」
「ざけたこと言ってんじゃねえ。俺はてめえのツラなんざ、1秒でも見ていたくねえ」
「嫌われたもんだな」
「好かれたいのかよ」
「・・・どうかな」
「なにがどうかな、だよ。アホ」
「尻の穴、もう復活した?」
そう言って城田は一歩踏み出すと、連橋の尻を掴んだ。
「!」
バキッと、連橋は握っていた拳で、城田の頬を殴った。
「てめえは満員電車の痴漢オヤジかっ。気持ちわりいことすんな」
「アハハ。それぐれえ元気ならば、大丈夫ってこったな」
城田は頬を擦りながら苦笑した。
「消えろっつてんだろ。消えろ!」
「はいはい。しばらく消えますよ」
「しばらく?」
「そ。俺らこれから留学すんの。どれぐらいかは義政次第だな」
「それは。それは。てめえら一生帰ってくんな」
「そうしたら、おまえは外国まで来るの?義政殺りてえんだろ」
「飛行機が落ちてくれれば面倒はねえな」
「義政はなあ。あれは、しぶといヤツだからな。飛行機落ちて、みんな死んでも生き残るタイプだ。俺はさっさと死ぬだろうけどなあ」
城田は、呑気にそんなことを言った。
「マジで落ちろ!」
連橋は、叫んだ。苛々する。こいつと話してると・・・。と思う。連橋は、キッと城田を睨んだ。桜の花の下に佇む城田は、何故か笑っていた。コイツは、会う度に、雰囲気を変える。油断のならねえヤツだ、と連橋は思っている。だが、今日の城田は。今まで見たことのない城田だった。
「・・・」
連橋は目を細めた。微笑む城田は、やはりいつもの城田ではなかった。
「おい」
「なんだよ」
「おまえは・・・。俺とおまえは、前に会ったことねえか?」
「会ったろ。何度でも会ってるじゃねえか。今も会ってるしよ」
「バカヤロ。そうじゃねえ。中学ン時のあの夜じゃなくて、もっと違うところで。もっと違う時間で」
「俺に?」
城田は自分の顔を指差した。
「そうだ」
連橋はうなづいた。
「俺にか?」
「ああ」
「本当に、俺?」
そう言いながら、城田は連橋のすぐ側まで歩いてくる。連橋は思わず後ずさった。なのに、城田はどんどんと連橋に近づいてくる。ドンッと連橋の背が、大木の幹にぶつかった。背後の空間がなくなり、連橋は慌てて体を捻ろうとしたが、顔の両脇に、バンッと城田の腕が置かれたせいで連橋は動けなくなってしまった。
「・・・」
逃げ場を失った連橋は、全身を緊張させながら、城田を睨んで威嚇する。だがそんな連橋を一向に気にしたふうもなく、城田は木の幹に両手をついて、連橋の顔を覗きこんだ。
「この顔?」
「・・・そうだって言ってんだろ!」
城田は笑った。連橋は間近でみた城田の笑顔に驚いていた。こいつ、ちゃんと笑えるヤツだったのか、と不思議な気分になった。やはり連橋の胸の奥で、なにかが動いた。
「おまえと俺とは、絶対にどこかで会っている」
「ああ。会ってるさ。おまえとは会っている」
連橋の耳に囁くように城田は言った。
「やっぱり。どこで会ったんだ?」
連橋は、ハッとして城田を見た。
「色々なところで会っただろうよ」
「?」
「おまえは俺に会っている。でも、それは俺じゃない。俺じゃねえんだよ、連橋。俺であって、俺じゃねえ。おまえはそういう俺に会ってるんだ」
連橋は眉を寄せた。
「は?訳のわかんねえこと言ってんじゃねえ。やっぱりてめえも覚えてねえのか」
連橋は城田を押しのけた。城田は、グイッと連橋の右手首を掴んだ。
「!」
ギョッとして、連橋は左手で城田を殴ろうとした。だが、その左手も城田に捕らえられた。
城田は、連橋の両手を木の幹に押し付けながら、グイッと自分の体も連橋に押し付けた。
「なにすんだ、てめえっ。城っ」
怒鳴る連橋の唇を、城田が強引に自分の唇で塞いだ。
「!」
連橋は目を見開いた。城田の舌が、連橋の口腔内に素早く忍びこんできた。かなり強引なキスだった。
「っ」
あまりに強引に奪われては絡まされた舌に、連橋は思わず目を閉じた。が、すぐに我に返った。ドカッと、連橋は膝で城田の股間を蹴り上げた。その衝撃で、城田の唇が離れた。
「真昼間からふざけたことやったりしてんじゃねえっ」
連橋は慌てて自分の唇を掌でゴシゴシと拭った。
「いってえ・・・な。潰れたら、どうすんだよ。俺の大事なチンポ」
「オカマになりやがれっ!」
連橋は城田を押しのけて、駆け出した。
「待てよ。逃げるな」
「うるせえな。俺はてめえと遊んでる暇はねえ。俺も行くんだ」
振り向かず、連橋は背中で城田に向かって叫んだ。
「どこへ」
「おまえには、関係ねえ。だけど、俺も出発するんだ」
「そうか。飛行機落ちろよ」
連橋には見えていないだろうに、城田は律儀に親指を下に向けて、叫び返した。
「俺は日本だよ。残念だったな、バーカっ」
「次の再会を楽しみにしてるぜ」
「俺は全然楽しみじゃねえよ。てめえら、死んできな」
そう言い返して、とうとうまったく振り返らずに、連橋は白く霞む桜の風の中を、走っていってしまった。
「まったく、タフなヤツだぜ。アイツは。なあ、アンタもそう思うだろ」
城田はタバコをくわえながら、大木を振り返って呟いた。連橋が根元に供えていった小さな花束が、風に揺れているのを見て、城田は眩しそうに目を細めた。
「連」
「流」
連橋が駅に着くと、改札には流が待っていた。
「気をつけていけよ。長引くようだったら、電話しろよ」
「ああわかった」
連橋はコクッとうなづいた。
「ガンバレよ。亜沙ちゃんと俺。応援してるからな」
「サンキュ。やれるだけやってくる」
「その意気だ。それとさあ。みやげ忘れるなよ、みやげ」
「おう。なにがいい?」
「もみまん」
流が即座に言った。
「へ?」
連橋は聞き返す。
「もみまん。もみまん。へへへ」
流はニヤニヤしていた。
「もしかして、紅葉饅頭のことか、てめえ」
「そーそー」
連橋はボカッと、流の頭を殴った。
「紅葉饅頭は広島だっ」
「あ、そーなの?」
「アホだな、おまえ」
そう言って、連橋はニヤッと笑った。
「流。待っててくれよな」
チラリと流を見ながら、連橋は小さな声で言った。
「ああ。待ってるよ。待ってる。だから、安心して行ってこい」
流は、連橋の背中を叩いて、微笑んだ。
「じゃあな」
切符を買って、連橋は流に手を振ると、階段を駆け上がって行った。
連橋は、四国へ行く。久人を連れ戻しに、行くのだ。
晴天の空が、青い海が、いつものように目の前に広がっている。
「ひーちゃん。ひーちゃん。あんまり水の方に行っちゃだめだよ。危ないからねぇ」
「ばーちゃ。あのね。きれえな、いしがあったの」
「どれどれ。待ってな」
老婆は、元々曲がった腰を更に折り曲げて、波打ち際を眺めた。
「これかい」
「それなの」
久人は、老婆から受け取った石を小さな掌に握りしめた。
「キラキラしてるよ。ばーちゃ」
「そうだねえ。綺麗だねえ、ひーちゃん。よく見つけたね」
老婆は久人の頭を撫でた。
「さあ、ひーちゃん。綺麗な石もあったし、そろそろお家に戻ろうかね」
昼ご飯を食べさせなければいけない。日差しも強くなってきた。そう思って老婆はそう言った。
「やなの」
「でも、戻らなきゃご飯食べられないよ。お腹すいたろ」
「やなの。パパ、またぶつの」
「・・・」
久人はプイッと、その場にしゃがみこんだ。老婆は、久人の傷だらけの足を見て、一瞬悲しそうな顔してから、微笑んだ。
「そうかい。じゃあ、もう少しここにいようね。ばーちゃんがつきあってあげるから」
「うんっ」
嬉しそうにうなづくと、久人は濡れた砂で遊び始めた。
その時。誰かが、久人の名を呼んだ。老婆は、辺りを見回した。堤防の方から、誰かが走ってきた。老婆は目を凝らして、そちらを見た。少年。見知らぬ少年だ。なんていう頭の色だろう。太陽の光を受けて、金色に輝いている。外人さんかの・・・と思った。だが違うようだ。少年は、久人の名を呼んで、まっすぐにこちらに向かって走ってきた。
名を呼ばれたのがわかったらしく、久人は砂遊びを止めて、振り返っていた。
ハアハアと息を切らし、少年は波打ち際で遊ぶ久人の側に走ってきた。
「久人。久・・・人か?おまえ、久人か?」
少年は久人の名を呼んだ。だが、見知らぬ少年に警戒したのか、久人はおずおずと俯いてしまう。
「久人・・・?」
少年は、久人を見て少し不安気な顔をした。人違いかと思ったようだ。
「あ」
波の及ばないところに置いておいた久人のお気に入りのぬいぐるみを見つけて、少年はそれを拾いあげた。
「あー。だめえ。それは、ひーちゃんの。ひーちゃんのなんだから!」
少年の行動を目の端に捕らえていた久人は、慌てて立ちあがって少年からぬいぐるみを取り返した。
「これはひーちゃんのだから、あげない」
久人は背中にぬいぐるみを隠してしまった。
「おまえ・・・。もう喋れるのか。立てるのか・・・」
吃驚したように少年は言ってから、久人をゆっくりと抱き上げた。その時、少年は久人の足の傷に気づいたらしく、不審な顔をしたが、
「なにすんだよお」
と言った久人の声にハッとして、視線を久人に移した。
「久人。それは俺がおまえにあげた熊のぬいぐるみだ。そんなにボロボロなのに、おまえはまだ持っていてくれたんだな」
少年は、嬉しそうに笑った。久人はそんな少年を不思議そうに眺めていた。
「おにーちゃん。だあれ?」
久人は、片手にぬいぐるみをしっかり抱いて、そして少年の顔を覗きこんで聞いた。
「俺は・・・」
少年は久人の顔を眩し気に見つめて、
「俺は、連橋優。おまえの父ちゃんに頼まれて、おまえを迎えに来た。俺は、おまえのお兄ちゃんだよ・・・。久人。俺と一緒に帰ろう。東京へ」
そう言って、久人をきつく抱き締めた。
『連橋。先生、君に1つだけ言い忘れたことがあったよ。久人の兄は、君と同じ名前なんだよ。優しい子に育つように、と私がつけた優という名前。君と同じなんだ・・・。偶然だね。久人は優という名前の兄を二人持つことになるんだよ・・・』
END
****************************************************************
第1部終了です。ご愛読御疲れ様でした!
BACK TOP NEXT