連橋・・・某都立高校1年
流・・・・・同上
亜沙子・・・某都立高校3年
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
緑川歩(ミドリカワアユミ)・・・同上
淺川(アサカワ)・・・某都立高校1年
*****************13話**************
季節は、夏から秋へと過ぎ、今年も既に終わろうとしていた。
「今回のは、大したことなかったな」
淺川がタバコを咥えながら、足元に転がった男どもを見ては嘲笑う。
「今回のも、だろう」
城田が、つけ加えた。
「少しは手応えのあるやつらとかいねえのかよ。毎度、毎度つまんねえ喧嘩ばっかりだぜ」
緑川は、汗に濡れた前髪を掻きあげながら、城田に寄りかかった。
「さて。そろそろ戻るか。スタート地点。ご主人様がお待ちだ」
乱闘の場を後にして、城田達は小田島の元へと向かった。
「・・・」
小田島は、車のボンネットに腰かけながらタバコを吸いつつ、ぼやく淺川達を見ては、
「強いの連れてこい」
と、いつもの調子で高飛車だった。
「俺の前に強いの連れてこいっ!こんな雑魚ども幾ら蹴倒したところで、ちっとも楽しくねえ。強いの連れてこい」
「って言ったって、俺らが選んでいるんじゃねえんだぜ。勝手にこいつらみたいなのが、おまえを怨んだり妬んだりして、仕掛けてくるんだから」
城田が冷やかに言った。
「くそっ。毎日、毎日、つまんねえぜ。中学の頃のが、よっぽど楽しかったぜ。女も、くだらねえ喧嘩ももう飽きた。てめえら、もっと俺を楽しませる企画を立てろ」
まるで子供のように小田島は、言葉で駄々をこねる。さすがに、ジタバタとその場で暴れることはなかったが。
「餌になるおまえが悪いんだぜ。だから、上等な魚が釣れねえ」
城田は、タバコを吸おうとしていた緑川から、一本強引に奪いライターで火を点けながら、言った。うんうん、と緑川がうなづいた。
「おまえが探してこいよ。仕掛けろよ。俺達は、いつも従うだけだ。喧嘩のお膳立てまでしてやる義務はねえだろ。それくらいはてめえでしろよ。なあ、そうだろ。大将」
淺川は、黙ってタバコを吸い出した城田の肩に手をやり、小田島を見てニヤリと笑った。
挑発するかのような淺川の笑みに、小田島はムッとした。
「連橋」
「え?」
緑川が聞き返す。
「連橋を連れてこい。俺はアイツを釣る餌だろうが。俺はここにちゃんといるのに、連橋は全然仕掛けてこねえのはどういうこったよ」
3人は顔を見合わせた。
「おまえ・・・。当たり前だろうが。全治ンヶ月の怪我を城田が負わせていたところを、それからおまえと大堀サンが追い討ちかけるように尻の穴の傷広げちまって。さすがの連橋だって、警戒せざるを得ねえだろうが。無鉄砲に仕掛けるなんて、そんな自殺行為どんなバカだってしねえっての」
緑川は思いっきり呆れた顔をして、小田島に言ってやった。
「おまけに、アイツの側には、流が番犬気取りでピッタリくっついてやがる。そうそう手が出せる相手じゃねえよ」
淺川がシラッと付け加えた。バンッ、と小田島はボンネットを拳で叩いた。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ!俺はちゃんと餌を巻いてるじゃねえかっ。連れてこれねえのは、おまえらが不甲斐ねえからだろうが。俺のせいにしてんじゃねえっ」
ヒラリと、小田島はボンネットから飛び降りると、3人に背を向けた。
「近日中に、連橋を俺ンとこ連れてこい。いいなっ。連れてこなけりゃ、てめえらぶっ殺すからな」
そう言って、運転手がドアを開けて待っていた車に、小田島はさっさと乗り込んだ。あっと言う間に、車は3人を残して去っていった。小田島が所有する、多くの舎弟達は、次の動きに困って、bQである城田の命令をざわめきながらも待っているようだった。
「てめえら。もう帰れ。今日のお祭りはこれで終わりだ。お疲れ」
淺川が、城田より先に舎弟達の困惑に気づいて、指示を出す。舎弟達は一斉にうなづき、今日の戦いの場になった埠頭を、ぞろぞろと去っていく。残ったのは、淺川と城田と緑川だけだった。3人が立つ少し後ろの方には、緑川家が所有する運転手付きの車が停まっている。
「どうする、城田」
城田は、目の前の真っ暗な海をぼうっと見つめていたが、淺川に呼びかけられて振り返った。
「そろそろ言い出す頃かな・・・とは思っていたんだけどな。もう連橋と半年以上ニアミスしてねえからな。留学控えて、アイツも色々あせっているんだ」
「って、その話、マジだったのかよ」
緑川は目を見開いて、城田を見上げた。
「マジ、マジ。うちの大主人様は、も〜う、すっげえお怒りでさ。なんたって、1学期の中間・期末と2学期の中間・期末。ぜーんぶ赤だもんな。どうしたら、あんなにバカになれるのか、俺は教えてもらいたいぜ」
クククと城田は腹を押さえて笑った。
「才能だろ」
あっさりと淺川は言った。城田はうなづいた。
「いいね、それ」
「あーそー。おまえら留学するんだ。じゃあ、俺も行こうっと」
緑川は、簡単に言った。
「オイオイ。そんな簡単に」
「いいじゃん。うちのオヤジも喜ぶさ。語学留学っつってな」
「てめえら。金持ちの坊ちゃんは、いいな」
羨ましそうに淺川は、緑川と城田を見た。
「俺はしたくてするんじゃねえよ、留学なんて」
城田は溜め息をついた。
「1年も慣れねえ外国で、義政の世話するのかと思うと気が重いぜ。やれやれ」
「お気の毒様」
ポンッと、淺川が城田の肩を軽く叩いた。
「で。まあ、こうやってこんなクソ寒いところで立ち話もなんだから。ちゃっちゃっと、アタリだけでもつけて俺達も解散しようぜ」
ブルッと体を震わせながら、淺川が言った。
「どうやって、連橋引張りだす?あいつはもう2度も強姦されてるし、警戒してる。そう簡単には、こっちの挑発にはのってこねえぜ」
緑川が顎を撫でながら、真っ暗い空を見上げた。言いつつも、なにも考えていないのは見え見えの緑川の横顔だった。
「決まってンだろ」
城田が呟いた。
「なにが決まってる?」
緑川が城田に視線を戻し、聞いた。
「流を使うのさ。元々義政は流をボコりてえ筈だからな。大堀さんと一緒に連橋ヤッた時、流にめちゃくちゃ殴られてるんだよ。ま、その仕返し・・・ってことが大義名分だが、実際は連橋の尻に突っ込むのが最優先だろうな。義政は、連橋にゃ腕っぷしで勝てる筈もねえからなァ」
「結局はソレかい。ったく。男の尻に突っ込んでなにが楽しい。呆れるぜ」
淺川はぼやいた。
「そうは言うが、連橋のアノ時の顔は見物だぜ。チンポ勃つの、保証してやる」
城田はニヤニヤしながら、淺川と緑川をグルリと見回して言った。二人は同時に肩を竦めた。
「んなの、保証されてもな」
淺川が苦い顔で言った。
「俺は興味あるね。あの小生意気な連橋が、小田島にヒイヒイ言わされているのは」
緑川はどこか楽しげだった。
「城田。おまえが今言ったことを要約すると、つまりは流が餌ってことだな。流を動かせば、連橋が動くと」
「ああ。流を動かすことが出来れば、必ず動くぜ。連橋は・・・」
城田はニヤリと笑う。城田の、いつも見せる余裕に満ちた笑みに、緑川と淺川は安堵したようにうなづいた。
「俺と淺川で流の動きを封じる。緑川は、俺と淺川が流を拉致ったら、連橋とコンタクトを取れ。余計な挑発はするな。おまえは連橋と接触して、ただ流の居場所を言えばいい。ヘタに手を出すと、必ず返り討ちにあうから、気をつけろよ」
城田は、緑川に警告した。
「ひでえな。俺だって、それなりに腕には自信があるんだけどよ」
コキコキ、と緑川は手首を鳴らして城田に文句を言った。
「知っているが、おまえに傷つけたら、俺が大堀さんにまたどやされる」
城田は、緑川の頭をポンッと叩いた。
「わかった。じゃあ、あとはおまえと淺川でつめろ。俺は舎弟ども束ねて、それからご主人様を倉庫にご案内することにしよう」
「そうだな。そうしよう」
「んじゃ、今日のところはこれでいいな。車乗れ。送ってく」
海から吹く風に体を僅かに震わせながら踵を返した緑川のあとを、城田と淺川がなにごとかを話しながら、歩いて行った。
連橋は、居残り授業だった。勿論、個人的な居残りだ。プライベートレッスン。って言うと、なんかやらしいな・・・と自分で自分に突っ込みながら、流は学校への道を走って戻っていた。連橋が、自分のクラスで居残り授業を受けている間、流は友達に借りたCDを返す為に一旦学校を出た。それから少し、そこらのファーストフードでくっちゃべってから、時計を見て学校に戻っていった。連橋と下校を共にするのは、もう半年以上も続いている。事情を知らない友達には「おまえら、おホモだち」とまで言われた。なにを言われても構わない流だった。あれ以来、小田島達との接触はなく平和な時間が過ぎた。亜沙子もすっかり元気になっていたし、なにもかも元通り・・・という感じだった。それでも、警戒する気持ちを緩めることが出来ない。自分が守ってやらねばならない!と思う程、連橋がか弱い存在である筈もないので、これは単なる自己満足だと、流は思っている。連橋も、時々はうざったい顔をしたが、それが本心からではないことがわかっているので気づかないふりをした。もう二度とあんな連橋の顔を見たくない・・・。そう思うことが、流の本音だった。友達を守ってなにが悪い。俺は、俺にしか出来ない形で、友達を守るんだ・・・。流は、正門に辿りつき、門に手をかけてはハアと息をついて立ち止まった。最近ろくに運動してねえから、体鈍ってる。たまに、連と川っぱらでじゃれあい程度に体を動かしてるだけだもんなァ・・・。やべえよ。流は心の中で自分に注意する言葉を呟いた。
「うっし」
気合を入れて、流は顔をあげた。校舎を見上げると、連橋達のクラスの窓には蛍光灯の明かりが光々としていた。まだ居る。良かった・・・。流は正門を抜けようとして、「流充くん」と、誰かに名を呼ばれた。
「!?」
流は、ゆっくりと振り返った。
「忙しいところ、わりーけど。ちょっと顔貸してくんねえかな」
ガムを噛みながら、流のフルネームを呼んだ男。流は、その男を知っていた。
「淺川・・・。てめえ、淺川和彦か。元1中の・・・」
「当たりィ。知ってくれていたとは光栄だよ」
淺川は、クチャクチャとガムの音を響かせて流の背後に立っていた。
「なんで、てめえが。こんなところに・・・」
言いながら、流はふと視線をずらしては、ギクリとした。淺川のやや後ろ。正門脇の歩道に何本か立っている木の下に、誰かいる。流は背筋がゾクリとするのを感じた。
「なんでって?まあ、理由はコイツがいればわかるだろう」
淺川は自分の後ろを指差した。
「ご無沙汰、流」
木の幹にもたれかかって、淺川と流のやりとりを見ていた城田だったが、ゆっくりと姿勢を正しては、こちらに向かって軽く手を挙げながら歩いてきた。そんなしぐさをしながらも、相変わらず、まったく隙のない男だった。
「・・・城田」
淺川の言う通りだった。城田がここに居る。それが全ての理由だ。流は、チラリと横目で校舎を見た。城田は、そんな流の視線に気づいて、口の端を小さくつりあげた。
「今日は、連橋どうでもいいよ。俺らはおまえに用があんだからな。顔貸してくれるよな」
ニッコリと城田は言った。流は、チッと舌打ちした。
「とっとと済ませろよ」
「それはおまえ次第だね」
淺川はそう言って、流の横にスッと並んだ。城田が、両手をポケットに突っ込んで先をさっさと歩いて行った。
ガツンッと、鈍い拳の音が響いた。積み上げられたドラム缶の上に座っていた城田だが、淺川が流に捕まったのを見ると、ヒラリとドラム缶から降りて走った。
「はあ、はあっ」
淺川が手を顔の前でクロスして、流の拳を避けた。チッと流が小さく舌打ちした瞬間を見逃さずに、淺川は流の足を右足で薙ぎ払った。
「っあ」
流がよろめき、体制を立て直そうと草の上で足をずらした時、後ろ髪を捕まれて、流の体の向きがいきなり変わった。無理矢理、後ろからの不意の力で変えられたのだ。そこへ、城田の拳が流の腹にめりこんだ。
「うぐっ」
ドッ、ドッと城田は拳を瞬時に流の腹に打ちつけると、そのまままたポイッと流の体を淺川の方へと戻してしまった。
「邪魔してんじゃねえ、城田っ」
淺川の方が怒鳴った。
「額割れてっぞ。淺川」
だから、助勢してやったんだと言わんばかりの城田である。
「知ってらァっ」
額からの血を拭いながら、淺川は流の体を自分の体に抱え込んだ。
「ちきしょー。流ェッ!てめえ、ぶっ倒すッ」
ギリギリと、淺川は流の首を締め上げた。
「ごふっ」
流が、咽せた。淺川は、ギリギリと流の首を締め上げている。
城田は再びドラム缶の上に腰掛けては、二人の戦いを見ていた。流をやるのは、最初から淺川に任せていた城田だった。ほぼ互角で始まった二人の戦いだったが、中盤では流の方が優勢になった。淺川の額に決めた、流の肘鉄は凄まじい破壊力だった。
流は、淺川の力に顔を歪めて苦しんでいた。自分の首に回っている淺川の腕に、自分の腕をひっかけて、抵抗していた。そして。淺川が力を込め続けるのに、一瞬疲れた瞬間を流は見逃さなかった。
「!」
城田は思わずドラム缶の上で立ちあがった。
流は、そのまま淺川の腕を自分の腕でギュッと掴むと、ブワッと、淺川の体を、腰を使って持ち上げていた。そして、腰を捻って淺川の体を空中に放り投げた。
「うあっ」
淺川の体は流の頭の上をものすごい勢いで通過して、ドサリと草の上に倒れた。流は、バッと草と共に土を巻き込んで大地を蹴り上げて、淺川の体の上に飛び乗った。
「ぶっ倒れたのは、てめえだろ。ざまあねえなっ!このまま沈めてやらあっ」
さっき淺川がやったように、流は淺川をヘッドロックして締め上げた。
「ぐううう」
今度は淺川がうめく番だった。ピクピクと、空中に伸ばした淺川の指が震えていた。
「俺に仕掛けるのは、100年早えと思いやがれ。踏んでる場数が違うんだよ、淺川ァッ」
その腕を取って、流は淺川の右腕を躊躇うことなく捻りあげた。バキッと、イヤな音がした。
「ぎゃあっ!」
淺川が悲鳴をあげた。その悲鳴を聞いて、城田は思わず顔を背けては、舌打ちした。
「ううっっ〜・・・」
バタバタと淺川が草の上で脚を動かした。痛みを堪えるには、そうするしかないようだった。流は、冷やかにそんな淺川を見下ろしながら、首を動かし城田を見た。
「次はてめえの番だ、城田ァ。涼しい顔して高見の見物してねえで、こっち来いっ」
「お望み通り」
城田はタンッと、ドラム缶から下りて、地に足をつけた。
「速攻でたたんでやらあ、流っ」
城田は走り、左手で右の手首を掴んだかと思うと、流のすぐ側まで来るとバッと左手を離し、右手の甲で流の顔を打ちつけた。
「!」
流が、右手で顔を庇った。次の瞬間、城田の右膝が流の腹にドスッと埋まった。
「ぐ、はっ」
「俺を挑発すんの、てめえも100年早えぞ、流。踏んでる場数は明らかに俺のが多いぜ」
「ざけんなあっ!」
流は、腹に城田の膝を受けながらも、次の打撃をなんとか堪え、ヒラリとバク転し、逃げた。城田は、間合いを詰めて、拳を繰り出してきた。流はその拳を受け流す。
「守ってばかりじゃ、俺は倒れねえぜ。そんなんで、おまえの可愛いお姫様守れるのか?ナイトが、お姫様より弱いお話なんて、俺は読んだことねえぜ。そら、流」
拳の連打。流は、5回に1回は城田の拳を見逃してしまう。そして城田は、動体視力は、明かに連橋の方が上だ、と思っていた。ドカッ、と、とうとう城田の拳が、流の顔にめりこんだ。
「うっ」
「ナイトがやられたら・・・。次はお姫様の番だぜ。おまえがここで、倒れたら。お姫様にお出まし願おうじゃねえか」
倒れた流は、城田を見上げた。城田を睨みあげる。タラリと流の唇から、血が零れた。
「やっぱり。てめえら、連が狙いか・・・」
「おまえを動かせば、連橋が動く。亜沙子チャンでも良かったけど、俺は女強姦するの嫌いだからな。どうせだったら、おまえを殴るほうのが楽しいンでこっち選んだ。全ては義政の為さ」
「バカヤロウ、城田ッ!小田島なんて、あんなアホに、なんでそんなに、尽くしやがる」
「じゃあ、こっちだって聞きてえぜ。おまえ、なんで連橋なんぞと一緒にいやがる。アイツと一緒にいたって、ろくな目に遭わないことはわかりきったことじゃねえかよ。おまえ、連橋がどうして小田島に仕掛けるか、知ってるんだろう。くだらねえ理由だ。そんなくだらねえものに自分の体張ってる連橋の側にいるおまえも、そしてあの女も。バカだ」
言葉は過激なのに、城田の口調は冷静だった。
「うるせえっ。連は、俺の親友だっ。親友と一緒にいて、なにが悪いんだ。友達守ってなにがおかしい。おまえの方だってあんな狂人が友達か?最悪だぜっ。バカだ。バカにバカなんて言われる筋ねえよっ」
フンッと城田は鼻を鳴らした。
「友達。麗しい言葉だな。でも、俺、そーゆーのって大嫌いだぜ。暑苦しいったら、ねえぜ」
城田は前髪を手で掻きあげた。
「俺は小田島とは友達なんかじゃねえんだよ。アイツは俺のご主人サマなんだ。わかりやすくていいだろ。そこには複雑な感情なんかねえんだからな。流。おまえとは、残念ながらダチにはなれそうにねえな。性格の不一致だ」
「元からてめえとダチになる予定はねえよ。アホじゃねえの、てめえ」
流は低い声で言って、すぐに城田を嘲笑った。城田は流の嘲笑を受けて、スッと目を細めた。
「壊してやる」
「なに?」
聞き返されて、城田はもう1度ハッキリと呟いた。
「壊してやる」
「なにをだよ」
「おまえ達の、関係」
「!?」
城田は中指をおっ立てては、ニヤッと笑った。流は、眉を潜めて城田を見上げた。中学時代の乱闘で、初めて城田と対峙した時に感じたゾッとするような感覚を、流は思い出していた。
「立てよ、流」
城田が手招いた。流は、その言葉に挑発されたかのように、ヨロリと起きあがった。
「倒れるなよ、流。起きあがってこいよ。俺をやれよ。てめえが倒れたら・・・。俺は連橋を呼んでこなくちゃなんねえからな。頼むから、倒れてくれるなよ・・・」
フッと笑って、再び城田は、流に向かって、拳を振り上げた。
コツンと、窓を叩かれた音に、舎弟はハッとして車を降りた。慌てて、後部座席のドアを開けた。空き地から僅かに離れたところに停めておいた車。その車のドアを城田が叩いたのだ。
「城田さん」
「ゲームセットだ。緑川に連絡して、連橋呼び出せと伝えろ。連橋はまだ学校に居残ってる筈だ。そんでもって・・・」
開け放たれた後部座席に、城田はドサッと血だらけの流を押し込んだ。
「コイツを3号埠頭のB倉庫に縛りあげて、放置しとけ。必ず縛れよ。そして、こっちに応援をよこせ。淺川がやられた。車を1台こっちに回すように連絡しろ。俺は淺川病院に放りこんだら、倉庫に行く。そう伝えてくれ」
「は、はい。ですが、城田さん。城田さんも顔が・・・」
「俺は平気だ」
城田の顔は血だらけだった。舎弟は城田の顔を見ているだけで、眩暈を起こしそうになって慌てて運転席に逃げ込んだ。
「了解しました。車回します」
「ちゃんと運べよ。こいつは生贄だ。逃したら、おまえの首飛ぶからな」
城田は脅しの言葉を吐いて、後部座席のドアをバタンと閉めた。車は急発進していった。
車を見送りながら、城田は自分の顔を流れる血を掌で拭った。掌を見ると、なるほど。なかなかの出血具合だ・・・と、冷静に思った。興奮している最中には、痛みは感じてる暇などない。ましてや出血度など、気にしてる余裕などない。
「相手が俺じゃなきゃ、流。おまえは、最高のナイトになれただろうサ」
呟いて、城田は血だらけの顔でうっすらと笑った。
「あーあ。本当に連橋って頭悪いわね。これだけ教えたのに。教え甲斐がないわよ」
帰り道。連橋は、同じクラスのクラス委員、志摩睦美と歩いていた。
「悪かったな。だから、別に、俺は頼んじゃいねえだろうが」
睦美の言葉にムッとして連橋は言い返した。
「気になるのよ。私、バカは嫌いだから」
ハッキリと睦美は言った。
「っせえな。てめえ、本当に失礼なヤツだな。俺のことなんてほうっておけばいいだろ」
「出来ればほうっておきたいわよ」
「なんで構うんだよ。おまえ、もしかして、俺に惚れてるのか?」
連橋は笑いながらそう言って、隣の睦美の顔を覗きこんだ。
「・・・」
睦美は、黙りこんでしまった。パッ、と連橋から顔を反らした。
やべえ。これ、図星かも・・・と連橋も、睦美から顔を反らした。半年前、怪我のせいで長期に渡って連橋が学校を休んだ時。クラス委員の睦美が、連橋にノートを貸してくれたことがキッカケで、二人は口をきくようになった。相変わらず連橋はクラスメートから煙たがれる存在ではあったが、睦美はそんなことは一向に気にしていないようで、連橋に気軽に話かけてきた。夏が過ぎ秋が過ぎる頃、連橋は志摩のことを睦美と呼び捨てにし、睦美は連橋くんを連橋と苗字で呼び捨てた。最近も、迫るテストを懸念して、授業が終わったあと、睦美は個人的に連橋に勉強を教えていたのだった。
「今日は、流くん来ないのね」
睦美にとって、流は流くん、のままなのだ。気まずい沈黙を払拭するかのように、睦美は突然そんなことを言った。
「途中で会うだろ」
連橋は短く答えた。確かに流は来ない。だが、必ず途中で合流するだろうと思っていた。
「あの・・・さ」
睦美は、隣の連橋を見上げた。
「ん?」
「私さ。連橋に・・・。年上のカノジョいるって知ってるけどさ。連橋のこと、好きよ」
「・・・」
連橋は、黙りこんでしまう。どう答えていいかわからない。自分には亜沙子がいる。亜沙子がいるが・・・。
「私の気持ちが連橋にバレていることは、了承済みよ。隠してるつもりはなかったし」
「・・・」
「一番最初にノート見せた時。好意だって言っておいたもの。覚えてるでしょ」
「覚えている」
と言ったきり、連橋は再び黙ってしまう。二人は黙ったまま、歩いていた。そこへ、黒塗りの車が向こうからやってきた。ヘッドライトの眩しさに、連橋は思わず目を細めた。車は連橋の横で、静かに停まった。助手席の窓がスルスルと降りて、そこから男が顔を覗かせた。
「連橋?」
男は、連橋の名前を呼んだ。連橋は、まじまじと助手席の男を見た。たぶん。自分と同じくらいの歳のヤツだ。女のように、整った綺麗な顔をした男だった。
「誰、おまえ」
まじまじと見ても、知らない顔だと連橋は思った。
「緑川っつーモンだけど。流が呼んでるからさ。3号埠頭のB倉庫に来てくれねえ?」
「流が?」
「そう。じゃあな。伝えたぜ」
言うだけ言うと、車は走り去ってしまった。
「流が・・・?」
男の言葉がよく理解出来ない連橋だった。
「今の子。元1中の緑川歩だよ。1中の小田島の手下。連橋、知ってるでしょ、小田島」
睦美が連橋の背後で、ボソッと言った。連橋はハッとした。
「なんだって・・・」
連橋の顔色が、サッと変わった。ブルッと、握った拳を震わせて、連橋は駆け出した。
「どこへ行くの、連橋っ」
びっくりしたように、睦美が叫んだ。
「送れねえ、わりいっ。気をつけて帰れ、睦美」
「待ちなさいよ。喧嘩はダメよっ。テスト前なのよっ」
「うるせえっ」
こんな状況で、テストもクソもあるか。流が。流が。流が。
小田島に、拉致されたんだぞッ・・・!
3号埠頭B倉庫。
連れてこられた流は、待ち構えていた小田島に、城田にさんざん殴られた体を、再び手加減なしに蹴り上げられた。
「この前はよくもこの俺に、手をあげやがったなあっ!流っ」
叫びながら、小田島は、流を蹴り続けた。顔に、そして腹に受ける小田島の脚に、流はゴホゴホッと、咽せた。口の中が錆びの味がした。血だ。
「小田島。内臓やられちまうから、適当にしとけ」
小田島の側には、緑川が立っていた。流は緑川を睨みつけた。緑川は、流を見下ろして、フフッと笑った。女のような顔をした男だが、緑川という男の強さを、流は知っていた。この場で小田島を例えば、再び沈めても、緑川相手では自分の勝機が奪われる。流は絶望した。
「流。もう少し、待ってな。迎えを出したんで、お姫サマがおまえを助けに来るからな」
緑川の声に、流はギクリとした。さっき絶望した以上の絶望が、流の全身を襲った。自分のこと以上に、不安で恐ろしくなった。
来るな、連・・・。唇を噛み締め、流は心の中で叫んだ。
俺のことは放っておけ。頼むから、ここへは来るな・・・!
繰り返し心で叫んでは、それでも流は絶望していた。
来ない筈はない。連橋は必ず来る。自分がもし連橋の立場だったら、必ず来るからだ。
お願いだ・・・。誰か、連を止めてくれ・・・!!
14話に続く
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さて。次もさっくり犯りましょー!
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