連橋・・・某都立高校1年
流・・・・・同上
亜沙子・・・某都立高校3年
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
大林二郎(オオバヤシジロウ)・・・連橋のアパートの隣人。連橋の身元保証人
*****************12話**************
窓に手をかけ、連橋は部屋に風をいれた。
フワリ、と風が髪を揺らした。
「おまえ。最近は、喧嘩してるか犯されているかどっちかだな」
大林は、鉛筆を動かしながら、言った。その目は、スケッチブックから離れていない。
「うるせー」
「なあ。尻にいれられるのって、気持ちいいのか?俺、今度はそっちの方でも書いてみるかな・・・」
「ぶっ殺すぞ。てめえは余計なこと言ってねえで、下手糞な絵でも描いてろ」
サラサラと大林の指が、スケッチブックの、ゴワゴワした質感の紙の上を移動していく。
「町田さんの件。亜沙子から聞いたぞ。久人だっけ。四国の親戚に引き取られていったって。遠いな。今までのように気軽には会いに行けねえ距離だ」
「・・・」
連橋は俯いた。
「下向くな」
「うるせえ」
連橋は窓枠に手をかけて、大林を振り返った。
「文句言うな。高いバイト代払うんだからな」
「だから。さっきから、ジッとしていただろう。少しぐらい顔動かしたぐれえで文句垂れるな、オッサン」
「その、少しが、困るんだよ」
「俺なんか描いて、なにが楽しい。モデルなんか亜沙子に頼めばいいだろうが」
「バカ言うな。これは遺影代わりだ。どこかでおまえが野垂れ死んだ時に、飾る写真のひとつもなくては仕方ねえだろ。せめて絵ぐらいあった方がいい」
「俺が死んでも葬式なんか出すな」
「バーカ。俺の部屋にだよ。葬式なんか出す金あるかよ」
大林は、クククと笑った。
「金か。本当に最後に、いつもはそれだよな。金が欲しいぜ」
連橋は溜め息をついた。
「金があれば大抵の望みは叶う。おまえは四国に自由に行ける。もしかしたら、久人を引き取ることだって可能だぜ。金さえあればな」
連橋は僅かな沈黙のあと、
「売り、やろうかな」
と言った。
「俺を犯した背中に刺青のあるオッサン。俺の穴、すっげえ淫乱だってぬかした。突っ込んだ小田島も、いつも気持ちよさそーにアヘアヘ言ってやがるしな。俺は気持ちよくもなんともねえけどよ。けど、そんなにイイならば、売りにでも出してやろうか、この体」
連橋はやけくそのように言っては、苦笑した。
「今度ヤられた時は、金請求してやれ」
大林は低い声で言った。
「今までヤられた分、纏めて請求してやる」
「なんなら協力してやってもいいぞ。俺がおまえを買ってやる」
「金ねえだろ、オッサン」
連橋はニヤッと笑った。
「おまえ、自分のその体に幾らの値段つけるつもりなんだ?」
「・・・相場ってあんのか?わかんねえな。100万ぐらい?」
「ぷっ」
大林は笑った。
「それって一回の値段か?」
「たりめーだろ」
「ボリ過ぎ。でもまあ、1回の情事に、100回イけば1発1万ってとこか」
「てめえは100回も出ねえだろうな。もう枯れてるし」
「俺を誰だと思ってる!」
フンッと大林は鼻を鳴らした。
「売れねえ3流エロ小説書き」
連橋は即座にそう答えた。
「そうだ。官能という言葉を知り尽くした男だぜ、俺は」
「官能小説家が、皆官能を知り尽くしている筈もねえだろ。人殺す小説書くヤツが、本当に人を殺しているんじゃねえようにな」
「その前に、俺を100発イカせられるような体かどうか。おまえの体がな」
「冗談だっつーの。いつまでもひっぱってるんじゃねえよ」
大林はクスクス笑った。
「今度さ。脱げよ」
「はあ?」
「ヌード書かせてくれっての」
「それも遺影?」
「ヤロウの裸体を部屋に飾るような変態にはならん。まあ、せいぜいマスかきに使わせてもらう」
「きっしょくわりっ。やだね」
呆れたように連橋は左手を挙げた。
「右腕。早く治らねえかな。夏きちまう」
「夏が来たならば、どうだってんだ?」
「バイトしてえんだよ。ババアの本屋と、それともう一つぐらい。金貯めて、久人に会いに行く」
「もう立ち直ったのか?警察で事情を聞いた時は目の前真っ暗にしちまって、メソメソしていたヤツが」
「メソメソなんてしてねえよ・・・」
言いながら、連橋は、大林の手元を、フライングでヒョイッと覗きこんだ。
「あ。てめえ、なんだよ。これっ」
連橋はバッと、スケッチブックを大林から取り上げた。
「へのへのもへじ?」
顔の形と髪の感じは、ちゃんと出来あがっているのだが、肝心の顔がへのへのもへじなのだ。
「そーそー。どうも途中から、意欲を失ってな」
「こんなモンのために、俺は1時間もてめえにジロジロ見られていたのかよ」
「おまえの顔を堂々と見る為の、貴重な時間だ」
「ぬかしてろ。しっかし、あんたはやっぱり絵の才能はねえな!」
短気な連橋は、バリッとスケッチブックを破いた。
「金」
「へ?」
「金寄越せ。即日現金。1万円!」
うりゃうりゃと、連橋は左手を大林の目の前にちらつかせた。
「本当に売りでもやりそうだな、今のおまえの勢いは」
渋々大林は、ジーンズのポケットから、しわくちゃの一万円を取り出した。
「毎度あり」
大林から金を受け取り、連橋はサッと立ちあがった。
「さーて。部屋戻って、メシ食お。メシ」
「連」
背を向けた連橋に、大林は声をかけた。
「あ?」
「もし本気で金が欲しかったら、俺に言え。1晩で100万。出してやろうじゃねえか」
「オッサン、マジ?」
ふふふ、と連橋は口の端をつりあげた。
「おまえがマジならばな」
「考えとくぜ」
そう言って、連橋はバタンとドアを乱暴に締めて出て行った。大林は、フウと溜め息をついた。
「ちっ。こんなことになるならば、我慢してねえでとっととヤッときゃ良かった」
頭を抱えて、大林はゴロリと畳に横になった。最初は単なる気まぐれで、面倒なガキを引き取った。ほとんど手のかからないガキだった。でも、寂しいのか、夜にはいつも布団に忍び込んで来ては寄り添ってきていた。そんなところが、すごく可愛かった。幸いなことに、昼間や仕事で忙しい時間は、隣の部屋の亜沙子という連橋にとって年上の話相手がいたし、細かい面倒は全て亜沙子に押しつけた。幼い頃は、「似てない姉弟」ですむような間柄だった二人だが、時が経ち、いつまでもガキ同士と思っていた亜沙子と連橋がくっついた。それもいいか・・・と大林は思っていた。そのうちに連橋がどんどんとデカくなって、二人で一緒の部屋にいるのが窮屈になって元々空いていた隣の部屋に自分が移った。
いい機会だった。たぶんあのまま一緒にいたら、俺は立派に淫行罪でしょっぴかれただろう、と大林は思った。自分は、バイセクシュアルだ。そう自覚はしていたが、ショタコンっつーオマケはくっついてなかった筈だけどなァ・・・と我ながら呆れてしまう大林だった。嫌われたくがない為に、手を出せない。言い出せない。自分でも、可愛過ぎるとは思うものの、連橋が自分にとっての性愛の対象であることは変わりない。正直、もう手を離してしまいたい・・・と思うことはある。いや、思っていた。俺は中途ハンパな存在だ。連橋に対して、町田みたいに完全に精神の父にもなれず、流のように友人にもなれず、ましてや亜沙子のように恋人にもなれない。
連橋がさきほど開けた窓から風が入ってきては、室内の物を小さく揺らしてゆく。どこかの部屋の住人が取りつけているのであろう風鈴の涼し気な音が、大林の耳に聞こえた。そのまま、眠ってしまおうかと思ってハッとした。
「やべ。締め切り」
慌てて大林は起きあがった。その瞬間、連橋が破いたスケッチブックの紙切れが、一層強く吹き込んできた風に巻かれ、フワッと部屋の中を紙吹雪のように舞った。舞っては、天井高くまで飛んで行く一片の紙切れを見上げては、大林はフッ・・・と笑った。
飛んで行け。
好きなように。おまえの望むままに。俺は俺が出来る範囲で、おまえに協力していこう。亜沙子や流のように、おまえの傍らに付き添っていてやることは出来ないけれどな・・・。
「城ちゃん」
夕実がベッドサイドに手を伸ばして、灰皿にタバコを押しつけた。
「ん?」
「あのね。どっか遠くに行くの?」
夕実の白い手が、城田の裸の胸にポンッと置かれた。
「ああ。そのうち行くことになると思う」
「小田島の坊ちゃん。本気で救いようがないわねぇ」
クスクスと夕実が笑いながら、城田の乳首を指で摘んだ。
「信彦さんもほとほと手をやいてるって、この前店に来た小田島の下僕達が零してたよ」
「義政は、バカなんだ。でも、そんなところが可愛いの。俺は」
城田は悪戯に動く夕実の指を手にして、パクリと口に含んだ。
「可愛い、可愛いって。いつもそればっかりね。もう寝たの?」
ブッ、と城田は夕実の指を吐き出した。
「痛いわよ」
「そーゆーんじゃないって何度も言ってるじゃんか」
城田は気を取り直して、夕実の体を腹の上に抱えあげた。
「男って、よくわからないわ。そんなにイイの?尻の穴だったら、女にもあるじゃない」
「文句言う相手が違うでしょ、夕実さん」
そう言いながら、城田は夕実の尻を撫でた。
「いつか・・・。恒彦を殺してね、城ちゃん」
夕実は城田の耳朶を噛みながら、囁いた。
「その前に俺が殺されてしまうぜ。俺、死んでもいい?夕実さん」
「死なない。絶対に死なないわ。君は、恒彦よりも強いから・・・」
「まだ適わないよ、全然」
「君が35歳になった時、今の恒彦とは比較にならないと思うよ。私には見えるわ。そんな城ちゃんが・・・。きっとすごい迫力だと思うな。両手に女抱えて、足で男どもの背中を踏みつけてる城ちゃんが。って、これギャグみたいね。想像すると」
自分の言葉に、夕実は自分で吹き出した。城田も笑う。
「俺が35歳か。夕実さんには見えるの?そんな歳になった俺が。でも、俺は見えないね。俺はきっと、35歳まで生きられねえよ」
「なに言ってんのよ。私だって、もう30歳なんだから。こんな私でも、生きてこれたんだよ。今まで。ろくな人生じゃなかったけど」
「俺には見えねえよ・・・。俺には」
城田は目を閉じた。夕実は、そんな城田の唇にキスをする。
「いつ出発するの?」
「わかんない。まだ。半年後とかかもしれねえし・・・」
「寂しくなっちゃうな」
「俺だって。また女に不自由しちまうよ」
城田は夕実の首筋にキスをした。
「よく言うよ。恒彦が前言っていたわよ。城田は天性のタラシだってな。女を殺すって。アイツの言うこと、たまに当たるよ。私は、君に殺された。一緒についていきたい」
「夕実さん」
「なあに」
「俺のこと、愛してる?」
「愛してるわよ」
「恒彦さんより?」
「恒彦より。優ちゃんを愛してるわよ」
「優って呼ぶなよ。その名前は嫌いだって言ったろ」
「ごめん」
うなだれた夕実の唇に、城田は自分の唇を重ねた。
「あ、ああ・・・!」
夕実の腰が軽く動いた。城田が、キスをしながら、夕実のアヌスを指で突ついたからだ。
さっきまで散々キスしたり、胸を揉んでやったりしていたので、夕実のソコはジットリと濡れていた。楽に指が入る。
女は濡れる。楽でいい。だけど、男は。
その瞬間、城田の脳裏に、連橋の顔が過った。思わず、夕実の中に進めた指が止まってしまった。
連、橋。
アイツは、濡れない。
幾らキスしてやっても、乳首を噛んでやっても。それによって、どれだけ感じたとしても。アイツは、自分の意思で、穴を濡らすことが出来ない。男を受け入れることが出来ない。
可哀相な、ヤツ。そう思って、城田は笑いを噛み殺した。
「城ちゃん?」
夕実の声に、城田はハッとした。
「ごめん」
城田は動きを再開した。
「あ、ああっ。城ちゃん・・・。アンタ、本当にアイツにそっくりね・・・」
喘ぎながら、夕実は言った。
「当然でしょう。全部あの人に教わったんだ。女の抱き方。女の騙し方。女を惚れさせる方法。喧嘩のやり方。なにもかも全てだ」
「真似することなら、誰にでも出来るのよ・・・」
「アンタが・・・」
「え?ん。んんっ。城、ちゃん・・・」
「なんでもないっすよ」
あの人の真似すれば、アンタが悦ぶからそうしてやってるんだろう。
キスから愛撫から挿入に至るまで。教わった通りにやってやってるんじゃねえかよ。
『優ちゃん。ママね。もうパパなんか、いらないわ。優ちゃんさえいれば、いいわ。だから、優ちゃん。約束してね。ママから離れないって。ママと一緒よ。ずっと一緒よ。離れちゃイヤよ・・・』
そう言いながら、首をくくって一人で勝手に死んだ女。
『恒彦より。優ちゃんを愛してるわよ』
そう言いながら、いつまでも前の男の影を追うことを止めない寂しい女。
「城ちゃん!」
夕実の内奥が、キュッと蠢いた。
「っう!」
城田はうめいて、バッと体を捻って夕実を体の下に引き込んだ。
「きて・・・」
両腕と両脚を広げて、夕実は城田を招く。ぎこちない夕実の右足を城田は撫でた。
「ゆ、みさん」
名を呼んで、城田は夕実のアヌスに自分のペニスを押し当てた。
夕実の悲鳴を聞きながら、城田は腰を折って、ゆっくりとペニスを進めた。
「ああっ」
夕実が悶えた。その顔を覗きこみながら、城田は得ている筈の快感を飛ばしていた。
『不感症。楽しくねえなら、やめちまえっ』
そう叫んだ女の声が甦って、城田は唇を舌で舐めた。
そして、城田は夕実の脚を更に押し開き、その身の奥深くにペニスを埋めていった。
「流。おまえ、ノート見せてくんねえ?」
「冗談だろ。おまえ、俺が真面目に授業受けていると思ってんのか?」
流は、目を丸くして連橋を見た。
「ちっ。てめえに聞いた俺がバカだったぜ」
なんとか右腕の状態もよくなり、連橋は久し振りに登校した。
「休み。結構な日数になったもんな。テスト前ぎりぎりってとこか」
「全然わかんねえっつーの。ったく、ただでさえ俺、頭悪いのによ」
そんなふうに話ながら、廊下を歩く流と連橋を、同学年の生徒達は遠巻きに眺めていた。都立に進んだ連橋達は、中学時代の派手な行動を皆に知られている。私立に進んだ小田島達とは事情が違う。地域と密接に関わっている都立では、グループ制度のせいで大抵顔見知りが何人かは同じ学校に進むからだ。
「だいたい。俺とおまえじゃクラス違うんだから、ノートなんか関係ねえじゃん」
連橋と流はクラスが違う。授業の進み具合も違うから、例え流がノートを取っていたところで、確かにあまり役には立たなかっただろう。
「ま、そうなんだけどよ。一応言ってみただけだ。言って、損した」
「バーカ。誰かに借りろよ」
「貸してくれるヤツなんていねえよ。皆、俺には関わりたくねえって思ってる」
「俺も同様さ。狭い世界だよな、高校なんて。つまんねーところだ」
「同感だ」
先に流が、手前の教室に入っていく。バイと、流は手を振った。連橋は、手を振り返して、少し先の自分のクラスの教室に入っていった。皆、ざわめいた。勿論、誰も朝の挨拶の言葉など、連橋にはかけない。窓際の一番後ろの自分の席に座ろうとして、連橋は目を見開いた。机の上に花瓶があって、花が飾られていた。クラスメート達は、そんな連橋の様子を見ては、クスクスと笑っていた。連橋は、次の瞬間に、左手で花瓶を薙ぎ払っていた。ガシャンッと花瓶の割れる音がして、「ひっ」と誰かが叫んだ。連橋は、そのまま花瓶を無視して、自分の席に座った。そのうち担任がやってきて、HR、授業へと時間が流れていく。連橋は、ずっと窓の外で、風に揺れている木々を見ていた。気づくと、授業が終わっていた。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、連橋はぼんやり席に座っていた。踵を半分履き潰した上履きをブラブラさせて、前の席の椅子をコツコツ・・・と蹴っていた。
「連橋くん」
声をかけられ、連橋は顔をあげた。何時の間にか、側には女が立っていた。眼鏡をかけた、痩せた髪の長い女だった。
「これ、ノート。貴方が休んでいた間の授業のノートよ。私はもう使わないから、返してくれなくて結構よ」
「あんた、誰?」
「クラス委員の、志摩睦美」
「なんで俺にノート貸してくれるの?」
「ただの好意よ」
「好意?」
「そう。いらないならば、溝に捨ててもいいんだけど」
連橋は、女をまじまじと見た。変なことを言う女だ、と思った。
「・・・勿体ねえから、借りとく」
「そう。じゃあね」
クルッと、踵を返して、志摩睦美は教室を出て行った。睦美と入れ違いに、流が教室に入ってきた。
「連、帰ろうぜ」
「ああ」
流は、連橋が鞄に押し込んでいる大量のノートに目敏く気づいた。
「お。ノートゲットか。今の女だろ」
「クラス委員だって」
「へえ。おまえにノート貸してくれるなんて。さては、惚れられたか?」
「かもな」
「オイオイ。ったく・・・。ま、とにかく、とっとと帰ろうぜ」
流は、連橋の鞄を手にすると、歩き出した。その背を見て、連橋は、
「おまえ。俺に構い過ぎだぜ。いちいち迎えに来なくても、いいって言ってるだろ。ここんとこずっと俺につきあってくれてるじゃん」
と言った。
「いいんだよ。好きでやってるんだから」
流はニカッと横顔で笑った。
「俺はおまえを独占して、おまえの彼女に怨まれたくねえんだけど」
小田島の件以来。流は、連橋を一人にさせまい、といつも行動を共にしてくれていた。ハッキリと流はそんなことは言わなかったが、どうせそうに決まっている。だから、なんとか説得しようと連橋は言葉を続けた。
「聞いてンのか?俺は女に怨まれるのは、勘弁なんだよっ」
「アイツはいいの。どうせ、腐れ縁で、俺のことなんかとっくに諦めてるから」
「って言ってもな・・・。女って色々面倒くせえからよ。怒らせると厄介だぜ」
「おまえは気にするなっ、って言ってるだろ。ほれ、帰るぜ」
グイッと、流は連橋の左腕を引っ張った。
「・・・サンキュ、流」
どうしていきなり礼を言われたのかは、流にも無論わかっていたらしく、
「おー、よしよし。素直で可愛いぜ、連。男も女も素直が一番だ」
「バカたれ」
先に流が歩く。その後を連橋が歩いていく。暮れかかった空を背景に建つ校舎を出て、家までの道程。とくに交わす言葉もないが、さりとて無言が不愉快でもない。
あんなことがあっても、流は変わらぬまま接してくれる。連橋は、ふと思った。2度目の陵辱のあと。今度は意識がハッキリしたまま、流に背負われた。濃厚なレイプの跡を体に残したままだったが、恥かしがって体を隠す力などどこにも残っていなかった。現実を受け入れることが出来ずに、自宅に戻ってきては、何度も吐きまくったが、流は側にいてくれた。目を反らさずに、逃げ出すこともしないで。俺が泣けない分、泣いてくれてはそれでも側にいてくれた。傷が癒えると、今度は笑ってくれた。
言葉には出来ないが、救われる。連橋はそう思っていた。あの日。あの川辺リで、無理な言葉を突きつけたことは承知していた。自分ですら受け入れることの出来ない、惨めな姿。自分ですら時々、目を反らしたくなる鏡に映る姿。自分ですらそうなのに、他人である流はどんなに苦痛だろうと思う。けれど、側にいてくれる。こうして、行き帰りの道を共にしてくれる。言葉はなにひとつないが、それが有難く、そして染みる。
「連。マック寄ってこうぜ」
流が振り返って、いきなりそう言った。
「ああ」
今は、ただ。こうして、時間が過ぎていくのを待っているしかない。小田島のことも、久人のことも忘れて。
流と費やす、なんでもない時間。それが、連橋には嬉しかった。
「流。俺、奢るから」
「え?だって、おまえ。ビンボーじゃん」
「隣の部屋のオッサンから、巻き上げたから、今リッチ」
「ほー。なら、遠慮せずにゴチになるぜ」
「任せろ」
時が過ぎていくのを待つ。今すぐにでも走り出したいけれど。体制を立て直す時間が、俺には必要だ、と連橋は思っていた。
久人をこの手に取り戻すまで。小田島をこの手で殺すまで。そう考えて、連橋は、ハッとした。
唐突に、城田の瞳が、頭を過る。
小田島を殺る前に、必ず通過しなければならない障害、城田。
連橋は立ち止まった。漠然とした感情が、頭のてっぺんから爪先まで一瞬にして駆けぬけていった。
俺は。アイツとどこかで会ったことがなかっただろうか。
1中と3中のあの騒乱の場ではなく・・・。もっと、遠い、もっと以前に・・・。どこかで・・・。ざわざわと連橋は、自分の血が滾るのを感じた。どうしてだかわからない。わからなかった。
連橋の頭を過った城田の瞳は、いつもの城田の瞳ではなく、あの川辺りでタイマンで争った時に、『泣いてるみてえだ』と感じた城田の瞳だった。
13話に続く
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ちょっと休憩+前フリでござんす。
今度は、小田島(緑川)×連橋・大林×連橋でいきます。
まあ、次はそんなに濃厚ではないです(笑)