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リスローは軽やかにティガンの地に降り立った。準備に手間がかかり(泣きつくロテを振り払うのに)、既にティガンには夜の帳が落ちようとしていた。
「時間も時間だというのに、とんだ真昼間だな、ここは」
心底呆れながらリスローが呟き、一歩を踏み出した途端。
「ん?」
リスローの両腕にはしなやかなスタイルの美女が二人、まとわりついていた。
「おにーさん。遊んでこっ♪」
「そうよ。安くしておくから。ねっ♪ハンサムなおにーさん」
二人の女の、その素早さを表現するならば、腹を空かした蟻達の前に砂糖菓子を投げ込んだかのようだった。
「いや、俺は人探しをしに・・・」
と、リスローは言ったものの、普段自分が生活をしている地には絶対にいないであろう過激な露出をした女達の体に、リスローはにんまりした。
「ま。ちょっとぐらいならば、良かろう」
ガバッとリスローは二人の女の細い体を引き寄せ、上機嫌で歩き出した。


その頃、北条の桃色屋敷では、小さな騒ぎが起こっていた。
通信スクリーンには、カウマインが憮然とした顔をして映っている。
「いつまで待たせるのだ、ルゼ」
「サーシャ様は、傷の具合がよくありません。それなのに無理やり会いたいとおっしゃるのは、カウマイン様でございます。今しばらくお待ちいただくのは当然のことでございます」
「当たり前だっ!サーシャがティガンに行ったとの目撃情報が寄せられているのを無視など出来るか。この目でそれが嘘だと、閣下に報告せねばならんのだ!」
「では、お待ちください」
カウマイン相手でも、ルゼは一歩も退かなかった。すると、ゆっくり通信室のドアが開いた。
「一体なんの騒ぎだ、カウマイン」
そこへ、包帯姿も痛々しくサーシャが姿を現した。画面の向こうのカウマインが目を見開く。
「・・・サーシャか」
「なにを言っているのだ?私だ」
すると、カウマインはスクリーンの向こうで「うむ」とうなづいた。
「よし。骨格照合が一致した。確かにおまえはサーシャだ。ティガンなどに降りたなどと、とんだデマだ。騒がせたな、ゆっくり休め、サーシャ」
そう言って、せっかちなカウマインはブツリと通信を切った。
「・・・」
ルゼは、ホウッと溜息をついて、振り返った。
「シュリ・・・。助かったわ」
椅子から立ち上がり、ルゼは、サーシャの姿をした【シュリ】を抱き締めた。
「今度こそ、サーシャ様が処分されてしまうかと思ったわ」
しばらくして、ルゼの腕の中のサーシャが変化し、少女の姿のシュリに戻る。
「王妃様の為よ」
シュリはそう言って、ルゼの腕をゆっくりと解いた。
「この人が困ると、王妃様も困るからよ」
シュリの言葉にルゼはキョトンとしたが、すぐに思い当たった。
「王妃様って・・・。陽様のこと?」
コクンッとシュリは頷いた。
「私にはわかるの。王様は王妃様がいないとダメなの。そして、王妃様にも王様がいないとダメなのよ」
シュリのその言葉の意味が、ルゼにはよくわからない。だが、深く聞き出そうとは思わなかった。シュリの言うことを、なんとなく、なんとなくだが、わかるような気がしたのだ。
「ありがとう、シュリ。骨格レベルでコピー出来る能力を持つなんて、本当に貴方は凄いわ。今まで、貴方のことをよく知りもせずに怖がっていてごめんなさい」
ルゼの言葉に、シュリは無言だった。
「貴方のおかげで、サーシャ様は危機を乗り越え、そしてその結果、陽様もきっとお喜びになるに違いないわ」
と、シュリの顔がパッと輝く。
「王妃様が喜ぶならば、私、それでいいの・・・」
サーシャの指示により麻酔銃で処理されたシュリは、ただちに屋敷へと運ばれた。麻酔からはすぐに目覚め、屋敷が騒然としているのを知った。主の不在。行ってはならぬところへ、王様とよく似たあの人は行ってしまった。処罰される。そう知った。だから、シュリは変化した。サーシャに。サーシャであるべく。シュリは知ってるからだ。彼が、なぜ、そこへ行ったのかを・・・。


カウマインは、今度はリスロー宅の通信スクリーンに出現していた。時を置き、やはりリスローもティガンに行った、との密告があったからだ。だが、リスローの筆頭愛人ロテは、シクシクとスクリーンの前で泣くばかりだ。
「リスロー様は、原因不明の病に急遽お倒れになり・・・。どうも流行病の可能性があるとのことで、現在お部屋に隔離されております。ティガンへなど行ける筈もございません」
「・・・」
カウマインは溜息を漏らした。しくしく、しくしく、とただ陰気にロテは泣いてそう告げるばかりだった。ロテの傍には、白衣を着た医者も付き添っていた。
「もう良いっ。サーシャもデマだったのだ。どうせリスローもデマであるのだろう。わかった、ロテ。心を尽くして看病してやるがよい。流行病でコロリと死なれては、人手も足りぬ今、こちとらたまらん。ではな」
鬱陶しい、とばかりにカウマインはまた通信回路をぶっち切ってスクリーンから消えた。それを確認すると、ロテと医師は顔を見合わせては、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


一方。愛人達の心知らず、主は両方ともしっかりティガン入りを果たしていた。が。北条は怪我に倒れ病院へ強制収用・リスローに至ってはピンピンしてるのだが、どっこいアソコもピンピンしていて、ティガン特有の色町で、すっかり猛威を奮っていたのであった。
そして、ティガンにとっては、いよいよ活気づくと言われる、一般で言うところの真夜中。
探される立場である陽は、やはりブサイクバーで一番人気を博してコキ使われていた。
「ふっふっ。このなんだかわからん香辛料。ドバドバいれてやる。そして、あいつら皆、死ねばいい」
きちがいみたいな色をした香辛料をドバドバと大きな鍋に混入しては、陽はグールグールと鍋を掻き回していた。その様たるや、童話の白雪姫に出てくる魔女そのものであった。
「毒のりんごならぬ毒のスープじゃ」
臭気で、その場で自分が倒れそうだった。
「オイ。一番人気。なんで厨房になんかいやがるんだよ。とっとと接客してこいよ。皆おまえ狙いで、今日も店が繁盛してるぜ」
厨房のコックの一人がそう言って陽をどついたが、陽はどつき返して、プイッと顔を逸らす。
「だーれがっ。誰が表になんか出るもんかっ!昨夜なんか、10回キスされて、17回押し倒されたンだぞ!今夜だって、まだ早い時間から早々に尻を撫でられて・・・。今夜こそ、俺の尻の穴は危機百発だ!でねえ。表なんか、死んでもでねえっ」
「んなこた言ったって、オーナーの要望があれば、従わなきゃならんだろ」
「クリスは今晩はどっかに出張だって言ってた。そして帰ってきたら、俺はヤツに辞めるって言うんだ!!」
「なに言ってんだよ。贅沢なヤツ。客一人とでも寝れば大金が舞い込んでくるんだぜ。おまえみてーなブサイクが金を得るにはここは天国じゃねえか」
「るっせー!!俺はブサイクじゃねえっ!!!地球では、色男陽ちゃんって、女の子にモテモテだったんだからな!」
ドバーッと陽は鍋の中身をひっくり返した。完全にヒステリー状態だった。
「なのに、なんでこの星では、ヤロウばかりに・・・!間違ってる。絶対に間違ってる!!」
コックは肩を竦めて、「なーんか。おまえの言ってること意味不明。なまり、ひどくって。ま、どうでもいいから、ちゃんと掃除しろよ、ブサイク」と言って、陽から離れていく。
「誰が掃除なんかすっかぁ〜」
コォンッと陽はおたまを床に叩き付けた。
「おう。表にいねえと思ったら、こんな所に居たのか、陽」
コックと入れ違いに、クリスが厨房の奥の隅っこにいた陽のところへと歩いてきた。
「げっ。クリス!」
陽は、ギョッ、としたが、すぐにクリスを睨みつけた。
「おっ、俺は、表になんかいかねえからな。ぜってーに行かね。んでもって、もうここ辞める」
フンッ、と拗ねて、陽はその場に座り込んだ。と、クリスはそんな陽を見下ろしながら、銀色のシンクにヒョイッと腰かけた。
「なんだ、いきなり。まあ、落ち着けよ。そのままでいい。俺の話を聞け、陽」
「なんだよ」
ジトッと陽はクリスを見上げた。
「今夜、俺は敵状視察で、他の店を回っていた。そこで、だ。異常に羽振りのいいハンサムな男と出会った。店のねーちゃんやにーちゃん達は、そいつにメロメロだった。まあ、確かにここいらでは見かけない上等なハンサムだった。仕方ねえと思ったさ」
「それがどうした!俺だってハンサムだ!」
と、陽は脈絡もなく、負けずに言い返す。クリスはそれを鼻で笑った。
「それは置いといて。それとは別に、俺は情報源から奇妙な噂を聞いていたんだ。ダニエルが、人探しをしているってな」
「置くなよっ。って、ダニエル?」
「ダニエルっつーのは、この街で一番金持ちの男だよ。ま、この街で一番金持ちなんて、ろくでもねえ男には間違いがねえんだが。俺の大嫌いなヤローさ」
「ダニエルだかカッパだか知んねーが、なんだよっ。それがどーした?」
「カッパ?」
ん?とばかりにクリスは眉を顰めたが、深くは追求せずに続きを話し出す。
「その人探しっつーのがまた怪しくてな。プンプン匂う。で、訊き出したところによると、どうやらその人探しはダニエル自身の問題ではなくて、頼まれごとらしい」
「?」
陽には、クリスの話はさっぱりわからない。
「あのな。そんな話はどーでもいいんだけど。俺ね。この店辞めたいの」
陽はクリスの訳のわからない話にイライラして、すっくと立ち上がった。
「辞めてーンだよ。今すぐ辞めねえと、俺、お婿にいけない体になっちまうんだよっ!」
ガッと陽はクリスの襟元を掴み、その耳元に向かって叫んだ。
「ダニエルに人探しを依頼したのは、どうやら、レコーダーの男らしい」
陽から顔を逸らしつつ、クリスは、ズバッと言った。
「へ?」
レコーダー。聞き慣れた単語に、思わず襟元を掴む陽の力が緩んだ。
「アサルトの話によると、彼は、立ち入り禁止のこの領域に、清掃局前から乗せたブサイクを探しにやってきたそうだ」
クリスの説明に、陽は、やっとクリスがなにを言わんとしているかを理解した。
「なんだって?レコーダーって、ここが立ち入り禁止なんかよ」
「そうだ。レコーダー様のようなお上品な輩には、こんな汚らしい街はタブーなんだよ」
「・・・」
陽の反応を見て、クリスはニヤリと笑った。
「心当たりがあるんだな。おまえのことだろ。彼はおまえを探しにきたんだろう」
どう考えても、それは北条に間違いない、と思った。だが、陽はブンブンと頭を振った。
「知るかよ!」
クリスはグイッ、と陽の顎を指で持ち上げた。
「俺もな。こんな店やってるぐらいだ。はっきりいって、ブサイクは嫌いじゃない。いや、むしろ好きな方だ。陽」
「な、なに?」
「彼は、恋人を探しにやってきたそうだ。あの気位の高そうなレコーダーが処分を恐れずにティガン入りすることがどんなことか、異星人のおまえにはわかるまい」
「わかんねえよっ。ちょっ、この指離せよ」
ギギギ、と陽は両腕でクリスの右腕を顎から離そうと抵抗した。だが、クリスの腕の力は強くて適わなかった。
「最初見た時から、おまえのことは可愛い、と思っていたんだ」
そう言って、クリスは陽の腕を引き寄せると腕に抱きしめ、ガバッとキスしてきた。
「んぐっ」
あまりの事態に陽は、キスされながら、目をばっちり見開いていた。
「やめろ、なにとち狂ってる!」
唇が外れた瞬間、陽はクリスを振り払っていた。そして、逃げようと身を翻した時に、さっき自分が放り投げたおたまにつまづいて、スッ転んだ。
「うぎゃあ!」
「ヤツは、今は遊び呆けているが、ダニエルの情報網によって、いずれここにやってくるだろう。引き渡す前に、おまえを食っておきたい」
「な、なんだと?!」
ひっくり返った陽を、クリスはヒョイッと抱き上げた。
「レコーダーを虜にした体、味あわせてもらうぞ。勿論、タダとは言わない。しばらくはここで暮らしていけるぐらいに贅沢をさせてやろう。そうだな。結果次第では俺の愛人にしてもいいさ」
「愛人だと?も、もう、愛人なんて、懲り懲りだっ」
陽は、クリスの髪の毛をキイッと引っ張った。
「離せ、降ろせ!いやだ、いやだ〜!!!」
厨房を、陽を抱えてクリスが横切っていく。
「俺はVIPルームにいる。客には、陽は病気だから、と納得させろ。あとは頼む」
コック達にそう言って、クリスは歩いていく。腕には、しっかり陽を抱いて。
「なにがVIPルームだ。いやだ〜。誰か、誰か、助けてくれっ!」
バタバタと、子供のように暴れて、陽は叫んだ。
「クリス、店員に手を出すなんて、ルール違反だろ」
「この店は俺の店だ。ルールは俺が作るから構わない」
「こっちは構う!!」
わー、ヤダヤダ、と陽は足をばたつかせた。
店の裏口を抜け、隣接するビルの入り口のドアをクリスが肩で押し開けた時だった。
「クリスさんっ。大変です。さっきのレコーダーらしき男が、押しかけてきやがりました!」
クリスの部下らしき男が、ハアハアと息を切って走ってきた。
「なんだと?」
クリスが驚いて、僅かに見せた隙を、陽は見逃さなかった。ドンッ、とクリスの胸を肘打ちして、「うおっ」
とクリスがバランスを崩したのを幸いに、陽はクリスの腕から脱出した。トンッ、と地に降りて、陽は走り出した。
「ランドン。陽を捕まえろ!」
クリスが叫ぶ。
「え」
部下のランドンがあたふたしている間に、陽はその傍らを駆けぬけた。
「北条、北条!俺を助けろ〜ッ」
そう叫びながら、陽は店に向かって走った。バアンッ!荒々しくドアを開き、陽は息を切らしながら、店へと戻る。
「北条ッ!」
キョロキョロしながら、陽は店内を見渡した。
「陽!無事だったか。ティガンに行ったと訊いて、心配で真っ先に駆けつけてきたぞ」(注:真っ先じゃない)
その声に、陽は目を見開いた。
「リ、リスロー?!」
リスローはカウンターに浅く腰掛けていたが、陽を見つけると、嬉しそうに立ち上がった。
「なんで。なんでおまえが??北条は・・・?」
ハアハアと息を切らしながらも、陽はリスローの傍に歩いて行く。
「サーシャ?さて、知るか。ヤツは俺より大分先にティガン入りしてる筈だがな。ティガンの誘惑に負けて、あちこちの店でひっかかっているんじゃねえのか?あの色男」(←それはおまえだ)
リスローの言葉が、グサッと陽の胸を貫いた。
「ありえる・・・」
さっきクリスが言っていた男が、まさに北条なのだろう・・・と陽は思った。(注:リスロー)
「なにもされてはいないな?大丈夫か、陽」
「うん。平気・・・」
ティガンの誘惑に負けて、あちこちの店でひっかかっているんじゃねえのか?
リスローの言葉が陽の頭でクルクルと回っていた。
「あったま来た。あの色ボケヤロウ!」
陽は、グッと拳を握り締めて、叫んだ。と、同時に、クリスが店に入ってきた。クリスは、陽とリスローが一緒にいるところを見て、チッと舌打ちをした。
「私は、訳あって身分は明かせぬが、そなたらは察しがつくと思う。この者は、私の所有物だ。返してもらうぞ。勿論、無事に保護してもらった礼はするとしよう」
ドンッ、とリスローは、札束を、カウンターに置いた。一束ではない。二束、三束だ。
「これで不足とは言うまい。いくら強欲なティガンの商人でも、な」
リスローはニヤリと笑った。
クリスは、渋々うなづいた。
「その額では、言いたくても言えませんね・・・」
さすがのクリスも、色より金に飛びついた。
「これほどの額をいただき、労うこともせずにお帰りになっていただいたのでは、こちらも立場がありません。大したところではございませんが、VIPルームという我店自慢の部屋がございます。そこで、どうぞ今晩ぐらいは寛いでいかれてはいかがと思いますが」
クリスの提案に、リスローは即座にうなづいた。
「そうだな。確かに俺も少々疲れた」(注:色ボケすぎ)
「ご案内致します」
勝手に進む話に、陽は、反論する気力を失っていた。怒りは一瞬のうちに去り、絶望感に変わっていた。どうせ逃れられない運命ならば、クリスよりはリスローのがマシ。もうその程度の問題でしかなかった。
「愛してる、なんて嘘ばっかりだ・・・」
愛してるならば、おまえが一番先に、ここに来るべきだろう、北条!心の中で叫んだと同時に、陽は思わずポロリと泣いていた。そんな陽に気づかずに、リスローとクリスは、会話を進めていた。


北条は、長い、長い夢から目を覚ました。地球に居た頃の夢を見ていた。
「・・・」
目を開いた時、最初に見えた病院の天井を、北条はカッと睨みつけた。そしておもむろに起き上がり、腕に突き刺さっていた点滴の管を引き抜いた。
「おまえが呼んでいる。陽、おまえが、俺を、呼んでいる・・・」
ボトッと床に、腕からの血が落ちたが、北条はそれを一瞥して、窓を開けた。
「おまえの傍に、行かねば・・・」
バサリ、と北条は羽を広げた。フワリと窓から飛ぶ。
「愛してる。嘘じゃ、ない・・・」
北条の真っ白な羽が、ティガンのネオンの光を弾いて、夜空に羽ばたいた。

続く
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