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陽は、アサルトから降り立つと、周囲をグルリと見渡し、思わず「うわお」と呟いた。
まるでその高さを競い合うように、けばけばしい看板があちこちに突出している。僅かに見える空の色は、それらの看板の派手なネオンに消されてしまうかのように、弱々しい。
「歌舞伎町もまっつおってか・・・」
かつて自分の住んでいた星の、眠らない街と呼ばれたあの歓楽街を思い出し、陽は頬が紅潮していくのがわかった。どこの星でも歓楽街というのは、こういう雰囲気なのかもしれない、とは思った。けれど・・・。陽にとっては、ティガンというこの街は、ひどく懐かしい街のように思えた。
「すげえ、すげえ」
まるで遊園地の中を楽しげに走っていく子供のように、陽はティガンという街のあちこちを歩いて回った。相変わらず人種的には訳のわからん外見の輩が多いが、それでも街の持つ雰囲気は、やはりどう見ても、地球に居た頃のあの街と重なるところが多かった。夢中で歩き、時には走り、ティガンの街を駆け抜けていた陽は、ふと、自分の腹がギュルルと鳴るのがわかった。
「やべ。腹減った・・・」
先刻までは、清掃局へと出向き大真面目に宇宙の塵となるつもりだった自分だというのに、現金すぎるぜ、俺・・・と陽は舌打ちした。だが、自分にどれだけ呆れようと、腹が減るのを止めることは出来ない。
「うきゃー。腹減ったよぉ・・・」
途端に陽の足取りが重くなった。
「なんか食うにも金がねえし」
ウウウ・・・と陽は腹を抱えながら、トボトボと歩く。と。
「え?」
ひしめきあういかがわしい店の裏手の路地に入ると、いきなり小さな公園があった。どう見ても場違いなことこの上ないが、確かに公園だ。ベンチがあり、緑の木々があり、子供達が走り回っている。
「へえ・・・。ま、どんな場所でも子供っちゅーもんは育つもんだしな・・・」
子供が居るにはあまりにも相応しくない街ではあるが、それでも、子供達はそんなことをお構いなしに楽しげに遊んでいる。
「にしても、腹減ったぁ」
ドサッ、と陽はベンチにだらしなく腰かけた。しばらく、グーグーとはてしなく、はしたなく、鳴る腹の音を、他人事のように聞いていた陽だったが・・・。ふと、思い出す。
北条と初めて会ったのもこんなような公園だった。陽は、ゆっくりと目を閉じた。
会社の昼休み。給料日前で金がなく、近くのコンビニでカップラーメンを買って、ベンチに腰掛けて啜っていたら、隣に北条がヒョイッと腰かけたのだ。愛想の良い自分は、同世代の男だとわかると、気軽に声をかけたものだったが、北条は陽を見つめてはキョトンとしていた。ちょい馴れ馴れしすぎたかな?と陽は反省して、それ以上話しかけるのを止めたが、今考えて見ると、アイツはもしかしたら、地球に来たばっかりで、言語を把握していなかったのかもしれない、と陽は思った。その後、会社の廊下でばったり会った時は、「同じ会社のヤツだったのか・・・」と思ったが、今考えてみると、あれは偶然ではなかったのかもしれない。
「にーちゃん。遊ぼっ」
そんな声がして、陽はハッと目を開いた。いつの間にか陽の隣には、子供が腰掛けていた。顔は人間っぽいが、頭にはぴょこんとウサギの耳らしきものが生えている。
「遊ぼうって・・・」
陽は、気だるげに子供を見たが、次の瞬間には、キラリと目を光らせていた。
「うわぁああああん。にーちゃんのバカァッ。ぶさいくぅ〜!」
数秒後には、子供は泣きながら、陽の元を走り去っていた。
「すまん。本当にごめん!ああ、待てよっ。って、どさくさにまぎれてブサイクたぁ失礼なヤツめ」
ムッとしつつ、陽は子供の後を追おうとして走り出そうとしたところを、ガッと肩を掴まれた。
「ひっ」
陽は反射的に悲鳴をあげて、振り返っていた。陽のすぐ後ろには、無精髭の生えた小汚いが長身の男が立っていた。珍しく、むっちゃまともな外見をしている男だった。変なところに耳が生えていたり、顔が動物だったり、牙があったりもしない。陽同様、外見は地球人のような男だった。ただ、汚い。
「見たぞ。子供のオヤツにいきなり食いつきやがって。あのガキ、可哀想に」
男は低い声で、陽の行動を責めた。ギクリと陽は眉を寄せた。
「だだだだ、だって。すげえ美味そうに見えたんだもん。まるでアイスクリームみてえな。って、まるっきりアイスだったけどよ」
「アイス?」
男は陽を怪訝な目つきで見る。
「おまえ。変な訛りがあるな。見た目からして、異星人ってことはわかっていたが、あまりここに来て長くないんだな」
「お、おうよ。それがどうした、文句あっか!!それよか、俺は忙しいんだ!さっきのガキを捕まえて、ちゃんと謝らねえと。俺には誠意があるんだっ」
変な言いがかりをつけられては困る!と陽は、さっさと踵を返した。
「いきなりガキのおやつに食いついて全部食っちまったやつに誠意もクソもあるか」
と言って、男はグイッとまた陽の肩を掴んだ。
「なんだよ。馴れ馴れしく触るなっ」
再度振り返った陽の目の前に、薄い紙切れが突きつけられた。
「腹が減ってるならば、飯を食わせてやろう。ただし。俺の店で働いてくれるならばな」
「えっ?!」
どうやら男が陽の目の前に差し出したのは、名刺らしい。
「なになに?うわ、読めねー。アンタの店って・・・。そこで働けば、俺に金をくれるのか?」
「勿論」
名刺には、陽にはわからない単語が書いてあった。場所柄、どうせろくな店ではないだろうが、陽には選択の余地がなかった。地獄に仏とはこのことだ、と思った。
「やる!この際なんでも、やる。脱げと言えば、脱ぐぜ、俺はっ」
グッと陽は拳を握り締めて、男に詰め寄った。さっきとは形勢逆転だった。
「ふふん。たまには、ガキにつきあって、公園に遊びに来てみるもんだ。思わぬ上玉を見つけたぜ」
「あん?」
早口に言った男の言葉を陽はよく理解出来なかった。ジッと陽は男を見上げた。それに気づいたのか、男は、なんでもない、と手を振った。
「さっきおまえがオヤツを奪ったのは、俺の息子のサクヤという。俺はあの子の父親だ。誠意があるというならば、俺の店できっちり働いて、あの子にさっきのオヤツを返してやったら、どうだ」
男の言葉に、陽は目を輝かしては、ブンブンとうなづいた。
「おっしゃー!てめえの息子か、あれ。なんたる偶然、超ご都合主義!しかし、男、稲葉陽。江戸っ子稲葉陽!江戸の仇は、長崎でうったるぜ〜!!!あれ?違うか。とにかく、恩は返すぅぅ〜ぜ!うおおおおお」
「騒がしいな。意味不明の言葉でぺらぺらと」
呆れたように男は陽を見たが、陽は揉み手で男に擦り寄った。
「ダンナ。見る目ありますな。この稲葉陽をスカウトするたぁ。いい仕事しますぜ。金くれるならば。へっへっ」
「顔同様頭もおかしそうだが、まあ、いいだろう」
男は、サッと体をずらして、擦り寄ってくる陽を避けては、あさっての方を見て、ボソリと呟いた。陽が、男の言葉をまたしても理解出来なかったのは幸か不幸か?!
「そだ。ダンナ。なんて名前?俺は稲葉陽。イナバ・ヨウだ」
「俺はクリス・アラシンだ。クリスと呼んでくれて構わん」
「おう。よろしくな、クリス。俺のことは、陽と呼んでくれ!」
バンッ、と陽は機嫌良く男の背を叩いたのであった。


その頃北条は、生まれて初めて、ティガンという街に降り立っていた。高貴な身分の者には、一生縁のない地であるティガン。それでも、スクリーンで何度か目にする機会はあったので、北条はこの街のいかがわかしさと汚さに特に驚いたりすることもなかった。彼は、迷うこともなく、すぐにアサルト達の休憩場に向かった。バサバサと大きな羽音がする。街の一角には、アサルト達は群れている。その独特な羽音で、アサルトが居る場所はすぐにわかるのだ。
北条の姿を認めると、先頭にいたアサルトが北条に声をかけた。
「どこへ行きたい」
が、北条は首を振る。
「乗りに来たのではない。尋ねに来たのだ。清掃局前で、ぶさいくな異星人を乗せたヤツは、この群れの中にいないだろうか」
堂々たる美声で、北条はアサルト達に問いかけた。すると、一匹のアサルトが、北条の前に降り立つ。
「私だ。確かに、清掃局前で、ブサイクを一匹拾って、ここまで連れてきた」
その言葉に北条は、ニッと笑った。無駄な時間は使わない主義の北条である。
「そうか。おまえか。居てくれて良かった」
そう言いながら、北条は小指にしていた指輪を抜き取って、アサルトに向かって放り投げた。
「それは駄賃だ。そのブサイクをどこで降ろした?ついでに私は、この街は初めてだ。スムーズに行動するには、どうすればいいか教えてくれ」
アサルトはうなづいた。
「降ろしたのは、もう少し先の広場だ。ここをまっすぐに行って、つきあたりを左に行けばそこに出る。この街をスムーズに行動したいならば、まずは金を作ることだな。この街の者は金と色にしか反応しない。そして、色よりも金、だ」
「金は持っていない」
北条の言葉に、アサルトは苦笑した。
「そなたのその両耳にあるピアスを売ればいい。広場のまん前に店を出しているダニエルという男の店はそういう商売をしているのだ。その耳にあるピアスの輝きが本物ならば、ヤツは幾らでも金を出すだろう。さすれば、そなたはこの街を自由に闊歩出来る」
ふむ、と北条はうなづいた。
「わかった。その男の店に行ってみることにしよう」
背筋を伸ばして、北条はアサルト達の群れをさっさと離れた。広場へ。まずは金を手にして、そして、その金で陽の行方を。一刻も早く、この手に陽を・・・!はやる気持ちが、北条の足取りを無意識に早足にしていた。


「アンタ、この街を買うつもりかい?」
ダニエルは半分腰が抜けたかのように、北条に向かって脱力したように呟いた。北条は、ダニエルから受け取った3つのトランクケースを一瞥していた。
「片耳分しか金を出せないなんて、しけた店だ」
北条は、ダニエルに向かって、冷やかに言い返す。だが、この街にあって、この店構えは半端じゃないことは北条にもわかっていた。相当な荒稼ぎをしていることはすぐにわかる。この街に相応しくない程の上等な調度品がこの店にはそこここにあるのだ。
「それだって、うちの売り上げの5年分はあるんだぞ!両耳なんて、冗談じゃねえ。この石は、この街にあるにゃ高価すぎる」
「ぼったくられると思ったが、この街で店を構えてる割には、ちゃんとした目玉のようだな。本来ならば、売るつもりはなかった。これは、母が父から譲り受けた奇跡の石・レガン石だ」
コクコクとダニエルはうなづいた。
「そうだ。レガンだよ。しかも、本物だ。間違いなく本物で、しかもデカい。あんた、何者だ!」
ダニエルの唇が青くなっていく。
「私が誰かなんて、そんな詮索はいらん。余計なことだ。それより、私は知りたいことがある。幾ら金を積んでも構わぬ。この金で、人を探してもらおうか」
「うちは人探しなんて商売はしてねえよ」
しかし、北条は、トランクから札束をスッとすくいあげると、それで、ダニエルの頬をピタピタと叩いた。
「今日から、人探し専門に店変えな。俺は急いでいるんだ。金は幾らでもバラまいてやる。ダニエル」
そら恐ろしいほど整った顔が間近に迫ってきて、ダニエルは竦み上がった。
「わ、わかったよ。誰を探すんだ。どういうヤツだ。アンタのイイ人かいっ」
やけっぱちのように、ダニエルは叫んだ。
「そうだ。俺の恋人だ。この両耳のレガンと引き換えにしてもいい位、愛しい者だ。俺はな。こんな街はいらねえよ。ただ、ソイツだけは、欲しい。金を出して買えるならば、幾らでも出してやる、ってなぐらいにな」
フッと北条は微笑んだ。
「探すのは、端的にいえば、この街に居てすら目立つブサイクな若い男だ。今日、ついさっき、この街に来たばかりの、たった一匹のブサイクさ」
ダニエルは、うなづいた。
「そ、そんなブサイクならば、すぐにわかるだろうさ。そこで腰掛けて待っててくれ」
「一秒でも早くな」
ニッコリ微笑んで、北条は、店一番に高価であろう座り心地のよいソファに、優雅に腰掛けた。


ダニエルは、やはり、使える男だった。あれだけの店を構えているのだから、あちこちに人脈があるらしく、北条は、ものの数十分で、陽の居たと思われる公園に辿り着いていた。
ふと、そこに足を踏み入れ、北条は懐かしい思いにかられた。
初めてこの星にやって来て、右も左もわからずに、さてどうしようと途方に暮れていた時に、陽と出遭った。利用してやろうと思っていただけの男に情が沸いたのは、一体いつからだったのか。元々好きであった地球という星が、ますます好きになり、仕事か私事かわからなくり、アリシードに何度も怒られた。退け、と言うアリシードの忠告を聞かず地球にのめり込んだ。恐らくは一歩間違えれば、アリシードと同じく、自分も地球と一緒に滅びていたかもしれない、と北条は思う。
「ここから先の情報が一向にない。不自然なくらいに」
ダニエルはそう言った。
「ここに来たのは間違いないんだよ。アンタの恋人は。けど、ここから、ぱったりと目撃者がいなくなっている。おかしいんだよ・・・」
と、ダニエルは振り返った。
「ア、アンタ・・・!!」
ポタリ、ポタリと北条の足元に落ちては、やがて小さな水溜りになってしまった、赤い血。
「怪我してるのかいっ!」
慌ててダニエルは北条の体を支えた。
「ちきしょう。今頃になって・・・」
シュリとやりあった時に受けた傷が開いたのだ。北条は胸元を押さえた。
「こんな時に・・・。ここまで来たのに。あと少しで、陽に辿りつくのに・・・っ」
北条は、今まで夢中で気づかなかったのだ。体が悲鳴をあげていたことに・・・。
北条の体がグラリ、と傾いだ。ダニエルが部下に「救急車を呼べ」と言ってるのが聞こえた。
「倒れる訳には行かぬ。俺は、早く、陽の元へっ・・・」
ガッ、と北条が腕を伸ばしてダニエルに向かって、叫んだ。だが、言い終わらぬうちに、流した血のショックで意識が薄らいだ。
ダニエルが自分の腕を支えたところまでは覚えていたが、後は目の前が真っ暗になっていくのを北条はどうすることも出来なかった。


一方の陽は、クリスの店に来たことをすぐに後悔していた。
「ほらよ。出来上がったぜ」
厨房から料理が出来上がってくる。陽はそれを渋々手にして、店内へ行く。
「おう。出てきた、出てきた、カワイ子ちゃん。それ、俺の料理よ〜」
「いや、俺のだって。こっち来て〜♪」
陽が店内に出現すると、店内は騒然とする。要するにクリスの店は、飲食店だったのだが、ただの飲食店ではなかった。
「プリプリのお尻可愛いっ」
男の毛深い腕が、陽の尻を撫でた。
「ぎゃあ、てめえっ。触るなっつーの」
ゾゾゾ・・・と陽は鳥肌を立てる。
「お触りも料金に入ってるんだよ。新人ちゃん」
げらげらと男達は下卑た声で笑う。
「ちっ、ちきしょうっ!なんだ、この店はっ」
モテモテなのは当然のことだ。相手は男でも。俺は確かに可愛いからな。でも。でも。でも。
「ぬわんで、ブサイクバーで、俺は一番人気なんだっ。納得いかねー!!」
陽は喚いた。
揃いも揃ってブサイクが揃ってるこの店で、陽は、なんと出勤一日目にして、トップの座に君臨してしまったのだ。
そう。クリスの店は、濃ゆ〜い趣味のヤロウの集う、変態ブサイクバーだったのである。

続く

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