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そびえ立つ一際大きな建物。
「・・・」
陽は、ゴクリと唾を飲んで、その建物を見上げた。足がブルブルと震えているのを感じ、陽は自分を情けなく思った。
「王妃様。ここはどこ?」
シュリは、キョロキョロと辺りを見回していた。陽はハッとした。
「シュリ。ここまで連れてきてくれて、ありがとう。あとはもう屋敷に戻ってくれ」
「王妃様はどうするの?」
キョトンとした顔でシュリは首を傾げた。
「おっ、俺はっ。ちょいここに用があるんだよ」
「じゃあ、待ってます」
ニコッとシュリは笑う。
「・・・」
ウッと陽は詰まった。待っていられても、困る。ここは清掃局。つまり。陽にとっては、死を意味する場所なのだ。
「待ってなくていいから」
「だって。王妃様は翼がないわ。どうやって帰るの?シュリ、待ってます」
ニコニコとシュリは罪なく微笑む。陽には、その笑顔が眩しかった。
「待ってなくていいっ」
思わず陽は怒鳴った。ビクッ、とシュリの肩が震える。陽は、唇を噛み締めて、シュリの肩を抱いた。
「ごめん、怒鳴って。シュリ。本当にいいんだ。君は、早く王様のところへ戻ってて。俺は大丈夫だから」
「・・・」
シュリは、ジッと陽を見つめた。その穢れなきシュリの瞳に、陽は自分の頭の中を覗かれているような気がして、少し怖かった。
「じゃ、じゃあな。また、散歩しようなっ」
ほいっ、と手を挙げて、陽は歩き出した。スタスタといかめしい門に向って歩き出す。陽の、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、シュリはそれ以上は追いかけてこなかった。
『それでいいんだ、シュリ。愛する人のところへお戻り』
と、陽は思った。ギッ、と門に手をかける。ゴオオオッと音がして、大きな門は開いた。


数分後。
陽は、門番と受付けで言い争っていた。
「だから!ちょちょいとゴミに出してくれって言ってんだろ〜!」
「アンタもしつこいね。何度言ったらわかるんだ。今や、宇宙にゴミを出すのも規制が厳しいんだよ」
ハアと門番は溜息をついた。
「それはわかった。でも!俺ぐらいのゴミ大したことねえだろ。ちょっと手続き省略して、ポイッと捨ててくれればいいんだよ」
「ポイ捨ては大きな罪になる。しかも粗大ゴミだ」
門番の言葉に、陽はカーッとなった。
『こ、この俺が、粗大ゴミだと??』
「粗大ゴミには金がかかる。あんた、金持ってんの?」
ジロッと門番が陽を睨んだ。
「金なんて、そんなもんっ!も、持ってねえ・・・」
タラッと陽のこめかみに汗が流れた。どこの世界でも、金というのは、必要なものなのだ。
「おとといおいで」
シラッとして、門番はパシンッと受付の小さな窓を閉めてしまう。
「おいこら。人の決死の覚悟を簡単に流すな!」
バン、バンッと陽は窓を叩いた。
「ちっきしょー!ふざんけんな。オイこら、開けろぉ〜」
あまりにしつこい陽に、辟易した門番が、再び窓を開けた。
「警察呼ぶぞ」
「るっせー!それよか、おい。そっ、粗大・・・くそっ。俺を粗大ゴミとして処理するのに金が必要ならば、北条につけておけ」
その言葉にピクッと門番の眉が寄った。
「北条?知らんな。でもまあ、そうだな。そういえば異星人は、担当のレコーダーが登録処理している筈だな。うるさいから、引き取ってもらうか」
呟き、門番は、陽の腕をグイッと引っ張った。
「なにしやがる」
「指紋照合だ。あんまりうるさいから、担当者にどうにかしてもらう。おまえみたいなチンクシャ異星人じゃ、金のないレコーダーだろうがな。どうせ」
「ちんくしゃ言うな。てめえなんか、豚みてーなツラしてるくせしてぇ!」
ピッと陽の指がセンサーに触れた途端に、コンピューターがけたたましくサイレン音を響かせた。
「?!」
あまりのうるささに、陽は思わず片目を瞑ってしまった。
門番は、「ひえええ〜。緊急ロックがかかってる〜」と叫び、その場にへたりこんでしまう。
「えっ?こ、このちんくしゃの登録者が、さ、三大レコーダーのサーシャ様だったとは」
部屋全体を覆うスクリーンには、陽にとっては確かに見覚えのある北条の顔が映し出されていた。北条の全身画像の下には、この国の言葉でプロフィールらしきものが書かれていた。
「大画面で、けったくそわりー男のツラ見せんな、豚っ」
陽は喚いた。だが、門番は、ヒイヒイと言いながら、なにやらコントロールパネルらしきものを叩いた。すると、スクリーンが変わって、今度は本物の北条が映し出された。
「清掃局門番に告ぐ。私はサーシャ・クレイ。現在私の所有物が、そちらに向ったと思われる。4分32秒後には、そちらにつくので、門の解除を命令する」
北条の言葉と重なって、機械音が『骨格確認OK。本物のサーシャ・クレイ』と告げた。
「は、はい〜」
ほとんどひれ伏すようにして、門番は慌ててパネルを叩き始めた。
「なんだと?あのバカが、こっちに向ってるのか?冗談じゃねえよ」
事態に気づいた陽は、パッと身を翻し、受付を離れた。そこへ、ちょうどいい具合に、アサルトに乗ってどこかへ行こうとしていた人を見つけた。
「ヘイ、タクシー。じゃねえよ。とにかく、俺を乗せろーっ」
ドドド、とものすごい迫力を背中に背負って、陽はアサルトに突進した。
「ひっ」
乗ろうとしていた人物が、その迫力に恐れをなし、跳び退いた。
「わりぃな。文句なら、後からここに来るバカ北条に言ってくれっ」
アサルトは、背に陽を乗せると、バッと羽ばたいた。
『行きたいところはどこか』
アサルトは、陽の頭の中に問いかけてくる。
陽は、一瞬考えてから、すぐに答えた。
「人の多いところ。たくさん、たくさん、いるところ。それと異星人もたくさんいるところ」
『了解した』
バサリ、とアサルトは羽を広げ、優雅に空に飛び立った。


北条は僅かばかりの供を連れ、遠回りになってしまう為に高官専用ルートを使わずに、一般ルートの最短距離で清掃局に向っていた。途中、巡回船と擦れ違い、『サーシャ・クレイ。高官ルートを使用しなさい』という注意を受けた。
「うるせー。そんもん使ってる暇はねえ!」
怒鳴り、北条は巡回船の警告を無視して、飛んでいた。
「サーシャ様。あまり規則違反をされると、罰則が」
シルゼイスの忠告も、北条は無視した。とにかく一秒でも早く清掃局に着きたかったのだ。
「!」
その時だった。あと少しで清掃局、という時に、北条の目の前に大きな竜の姿が目に入った。
「シュリ」
それはまさしく、自分が所有登録している異星人のシュリの変化した姿であった。
『王妃様を苛めた・・・。王妃様を泣かせた。貴方、許さない・・・』
ゴオッ、とシュリの巨体が北条に向って突進してきた。
「サーシャ様。危ない」
シルゼウスが叫んだ。北条は、ヒラリとシュリを避けたが、今度は反転して長いシュリの尾が、北条を襲ってきた。
「っうっ」
バシッと、シュリの尾が、北条の体を弾き飛ばす。
「いかん。巡回船に連絡を。コード0。102種OAクラスの攻撃銃を用意させろ」
シルゼウスの言葉に、ピアスが通信回路になっている部下のティセラがピアスを外し、連絡回路をオープンさせた。シルゼウスは、弾き飛ばされたサーシャの後を追う。
「来るな、シルゼウス。シュリの目的は私だ」
地上への落下を防げたのは、さすがに三大レコーダーと言われる北条だけあった。シュリの強力な尾の攻撃を受けても、北条は空中に留まっていた。羽が強く、肉体が強いのだ。
だが、さすがの北条も、コード0の102種OAクラスの種族の二度目の直撃攻撃には、持ち堪えることは出来ないだろうと思われた。
「シュリ。私の声が聞こえるか。違う。違うのだ。私は、陽を愛している。愛しているんだ」
『嘘つき。ならば、なぜ、王妃様を泣かせたの?シュリは知っている。王妃様の頭には、貴方の姿があったわ・・・。愛してるならば、王妃様は泣きはしない筈よ』
「だから!それには訳がある。シュリ!」
北条の説得にも、シュリは耳を貸さなかった。
『貴方は悪い人なのよ・・・』
シュリは、羽ばたき、北条めがけて再び突っ込んで行った。


巡回船が何隻も集まり、北条とシュリの争いを見下ろしていた。コード0の102種OAクラスの種族の攻撃銃を持つ巡回船は、そうそうない。今や本部からの応援を待つばかりだった。巡回船は形ばかりのビーム攻撃を、シュリに向って放つが、シュリは大きな体のわりには動きが俊敏だった。レーザーはことごとくシュリを外れてしまう。巡回船は、被害が大きくならぬように、一般ルートをただちに遮断するだけで精一杯だった。
北条は、シュリの攻撃を間一髪で避けていたが、さすがに息が荒かった。
「邪魔をするな、シュリ。私には、行かねばならぬところがあるのだ」
こうしている間にも、陽が。陽は・・・。そう考えると、北条は、気が気でなかった。
ルゼの為に、首を切ったこともある陽だった。例え清掃局を免れたとしても、またアイツはムチャをするかもしれない。そう考えただけで、血の気が引いていく。
「っつ」
バサッ、シュリの尾がかすっていった。
「はあ、はあ・・・」
北条の片羽が、ピクリと引き攣った。
「サーシャ様。本部から、巡回船が参りました。ただ今より攻撃を行います。お逃げください!」
シルゼウスの声に、北条はハッとした。
「ならぬ。シュリを殺してはならぬ。麻酔銃に切り替えさせろ!」
攻撃は、即ちシュリの死を意味するのだ。
「捕獲だ。捕獲作戦に切り替えさせろ!」
北条の言葉が、シルゼウスに届いたのか、ただちに緑の光がシュリに向って放たれた。
それは、あっと言う間の出来事だった。シュリの体を斜めから緑の光が貫いた。2回、3回とその光がシュリの体を貫くと、フッとシュリは変化を解き、元の少女の姿に戻ったまま、空中を落下していった。
「シュリ」
北条はその後を追い、シュリを腕に受け止めた。ドサリと腕に落ちてきた小さな少女の姿を抱き締めて、北条は安堵の息をもらした。シュリの瞳は涙に濡れていた。
「・・・」
一途な少女。死した男を、いまだに思い続ける哀れな少女。だが、羨ましい、と北条は思う。ただ一人の人に、それだけ執着出来るほどの愛を持つ、この少女のことを。
「おまえを大したものだとは思う。だが、憎くもある。時間が・・・過ぎてしまった」
陽のことを想うと、北条の胸はキリキリと痛んだ。
「サーシャ様。大丈夫ですか」
シルゼウスが近くに降りてきた。
「ああ。それより、陽は」
「はい。別に派遣させておいた者の情報によると、陽様はアサルトに乗り、ティガン方面へ向かわれた、とのことです」
「ティガンだと?」
目を見開き、北条は舌打ちした。
ティガンとは、この国でも最下層の人間達が寄り集まって暮らす最悪の歓楽街だった。
そこは、三大レコーダーという身分の高き者には、決して近寄れない、ある種、禁断の場所だった。
品位を崩すとということで、ティガンに足を踏み入れた高位の者は、罰則を食らうこともあるのだ。
「サーシャ様。サーシャ様は、ティガンへの出入りは禁じられております」
「・・・わかっている。だが、行かねばならぬ」
「まさか!お行きになるつもりですかっ」
ヒクリ、とシルゼウスの頬が引き攣った。
「この件は、既にリスローも聞き及んでいるだろう。私は陽の為に、退く訳にはいかぬのだ」
シルゼウスにシュリを任せ、北条は再び、飛んだ。ティガンへ向かう為に。


自宅で、シュリとサーシャの騒動を知って、リスローは苦笑いをもらしていた。
「面白い。とうとう、陽がぶち切れたと見える。あわてふためくサーシャというのも、中々見れぬからな」
クククとリスローは笑いながら、果物を噛んだ。
「ロテ。して、陽はどこへ向かったと報告されたのだ?」
「傍受した通信によると、ティガンだそうです」
そのロテの言葉に、リスローは噛み砕こうとしていた果物を吹き出した。
「ティガンだとぉ?」
「は、はい」
「さすが、ちんくしゃ。すげえところに行ったもんだ」
プププとリスローは笑っていた。
「陽とティガンの組み合わせか。面白そうだな。サーシャは勿論、ティガンに向かったのだろう」
「はい。そう報告されています」
「ならば、俺も向わねば」
「えっ」
ロテは、キョトンとしていた。
「出かけるぞ。用意をしろ」
「リスロー様。リスロー様は、ティガンには立ち入り禁止の筈です」
慌てたロテを見つめ、リスローはフフッと微笑む。
「出入り禁止なのは、サーシャも同じだ。負けてたまるか。うまく行けば、陽がこの手に入るかもしれぬのだぞ」
楽しそうにそう言うと、リスローは座っていたソファから腰を上げた。

続く

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