BACK   TOP   NEXT

アリシードの棺が、宇宙の海へと、ゆっくりと出棺していった。
レコーダー達は、敬礼しながら、それを見守っていた。
『いつか、俺も・・・。こんな風に、星の海に・・・』
北条はそう思った。死ぬならば、アリシードのように、愛した星と共に死にたいと思う。
このような考え方は、アリシード自身には「否」と教わった。ただ、それは教科書通りの教えであり、彼自身は必ずしもそうは思っていなかったことは、彼の行動を見ればすぐにわかることだった。
『けれど、俺が死んだら・・・』
そう考えた瞬間に脳裏に浮かんだのは、陽だった。
『俺が死んだら、アイツはどうなるのだろうか』
星の破滅と共に死ぬべきだった陽を、自分のエゴで連れ出した。右も左もわからぬ世界に連れてきて、飛べもせずに、この世界でどうやって生きてゆけばよいのか。陽の体は、羽の移植を受け付けなかったのだ。
そう考えると、北条は憂鬱だった。レコーダーという常に死が身近な仕事は、自らが選んだ。後悔はしていない。けれど・・・。
「なにを浮かぬ顔をしてる。まあ、葬式だ。楽しい顔も出来まいがな」
カウマインは、ポンッ、と北条の肩を叩いた。式典は、出棺をもって終わりとなったのだ。
「カウマイン」
と、そのカウマインの背後にいるリスローを見て、北条は眉を寄せた。
「ふん。なにをコソコソとしている」
キッ、とリスローを睨みながら、北条は言った。
「別に」
カウマインの巨体の背に隠れるようにして、リスローは立っていた。
「なんだ、なんだ。おまえら、喧嘩か?そんな暇があったら、愛人でも抱こうや」
カウマインが、バシンッと二人の背を同時に両手で叩いた。
「喧嘩はいかんぞ、喧嘩は。アリシード閣下が亡くなられた今、我ら3レコーダーがしっかりせんとな。さて。式典も終わった。戻るとするか」
マイペースなカウマインは、北条とリスローの間に流れる険悪な雰囲気を、あっさりとやり過ごして、さっさと大股でその場を去って行った。
カッ、と北条は靴音を響かせて、リスローを無視して、カウマインの後を追おうとした。
「サーシャ」
「話かけるな。今は、おまえと喋る気にはなれん」
「ご挨拶だな。俺はおまえや陽の傷を何度も手当てしてやっていたというのに」
「貴様。馴れ馴れしく陽のことを呼ぶな!」
振り返った北条の、金色の長い髪が風に揺れた。
「馴れ馴れしくも呼ぶさ。俺達は、もう他人じゃないからな」
フッ、とリスローは好戦的に微笑む。北条は、フンッ、と鼻で笑い返す。
「どうせ、無理やり抱いたのだろう」
「そんなのおまえが言えた義理かよ」
ムッ!と、二人は顔を見合わせた。
「可愛かったな、陽は。最初は確かに抵抗してきたけれど、最後にはしっかり俺にしがみついてきて。ちょっと、アイツのアソコはたまらんな」
ふふふ・・・とリスローは思い出し笑いでもしたかのような笑みを浮かべた。それには、北条も、カチンときた。
「気の毒にな。どんなに気持ちいい思いをしたのか知らんが、二度とない。あれは、私のものだ。ちゃんと登録も済ませてある」
「どうかな?裁判を起こせば、俺のモノにも成り得る。愛人にだって、選ぶ権利はあるんだぜ」
真実である。恐ろしくもそれは、愛人裁判と言われ、過去に愛人を奪い合い、高き地位にあるレコーダー達が、裁判沙汰を起こしたことも多々あるのだ。
「こんなことならば、初日からさっさとヤッておけば良かったと思っている。陽は、おまえに返すには惜しい。飼い慣らしたい」
「寝ぼけたことを言うな」
ビシッ、と北条は言い返した。
「忘れられないんだよな。陽の体の熱が。俺にしがみついてきて、甘えた声とか出しておねだりしてきて。普段はあんなにがさつなのに、最中はどうしたことかまったく色っぽくて。うん。癖になるな、あれは」
一人で納得したようにリスローはうなづいた。
「しがみついて甘い声でおねだり?」
北条は、思わず訊き返す。かつて陽が、そんなことを自分にしたことがあっただろうか。
「ああ。キスのねだり方もうまい。あと、積極的に咥えてくれるところも、感動した」
「キスをねだる?積極的に咥える?」
またもや北条は訊き返す。
「ああ。って、なんだよ。そんな意外そうな声出して。おまえの訓練の賜物だろ?」
リスローの言葉に、北条は、ムッとするを通り越して、呆れた。
かつて。
陽が、そんなことを自分にしてきたことは、あれだけSEXしていても、一度もない。
しがみついて甘い声。キスをねだって積極的にフェラチオ?
考えただけで、北条は頭の螺子がすっ飛びそうだった。
「リスロー。それは、本当」
か?と言いかけた、最後の、か?、が言い終わらぬうちにリスローの副官のジェミニがリスローを呼びに来た。
「ああ。わかった。今行く」
上官からの呼び出しか、リスローが「まあ、この話はまたいずれ」と、慌てて走り去って行った。
「・・・」
北条は、拳を握り締めた。その拳が、ブルブルと震えた。
『まさか。まさか、陽が、そんなこと・・・』
想像もしたくなかった。自分すらしてもらったことのないことを、リスローが経験しているとは。
まさかとは思うが・・・。
「ちっ」
舌打ちすると、北条は歩き出す。問いただせばいいことだ。問いただせば・・・。
そう思ったが、グラグラと心が揺れるのが、自分にもわかった。
『陽が、その通りだ、と言ったら?』
自分はあまりにも一方的に陽を抱き過ぎている。嫌だと言われても止めず、強引に・・・。もしリスローが、優しく陽を抱いていれば、絆されることもあるかもしれない。特にあの単純ヤロウのことだ。大いに有りえる。裁判沙汰になれば、もしかしたら、陽はリスローへの転換を本気で求めるかもしれない。
「・・・」
自分亡き後、陽を任せることが出来るのは、リスローしかいないと北条は思っていた。カウマインは、自分のツラを棚上げして、超美形好みだ。この星の美的感覚からいったら、陽なんぞは問題外だろう。だが。リスローは違う。親友だったから信頼出来るし、愛人の扱い方も自分と違って公平だ。
「サーシャ様」
副官のシルゼイスが北条の横に並んだ。
「式典の後始末は、リスロー様側が担当するとのことです。我々は、もう帰ってよいとのお達し。まずは、陽様を引き取りにマンションへ寄られる指示でよろしいですか?」
「構わん」
北条はうなづいた。すると、シルゼイスもうなづき、部下達に指示を出した。
「それでは、お屋敷の方にもそのように連絡しておきます。ルゼ様がお迎えの支度をしておりますので」
「ああ」
スッ、とシルゼイスは一礼すると、北条の前から去って行った。
『もし。陽が、俺より、リスローを選んだら・・・・』
コクリ、と北条の喉が鳴った。


一方の陽は、だだっ広いフロアで、こんもりと膨らんだ風呂敷を枕に、グーグーと寝ていた。考えることに疲れてしまっていたのだ。そして、陽はフワフワと夢を見ていた。昨夜のリスローとのセックスの夢だった。
『嫌だ、嫌だ、嫌だッッ』
何度もそう言うのに、リスローは服を脱がす手を止めない。
「リスローッ」
陽は、叫んだ。その瞬間に、パチッと目が覚めた。と、間近に北条の顔があった。
「あ、あれ??な、なんだ。てめえかよ」
北条の指が、陽のティーシャツに触れていた。その感覚に触発されて、服を脱がされる夢でも見たのか?と陽は思った。
「な、なにしてやがるっ。いきなり、こんなところで盛ろうってのかよっ」
バシッ、と陽は北条の指を振り払った。
「・・・別に。おまえが本当にリスローに抱かれたのかどうか。確かめたかっただけだ」
その言葉に、陽はハッとした。体中のキスマーク。それはまだ消えていない。カアッ、と陽は顔を赤くした。それを見て、北条は眉を寄せた。
「本当に随分、可愛がってもらったと見えるな」
どうやら、北条は既に、陽の体をチェックしおえていたようだった。
スッ、と北条は陽の体から離れて、立ち上がった。
「こ、これは・・・」
陽が北条を見上げた。北条は憮然とした顔をして、「不愉快だ」と、キッパリと言った。
「ぬかせっ。俺だって思いっきり不愉快だ」
陽は言い返した。北条は陽に背を向けると、言った。
「今から、アサルトを呼ぶ。アサルトとは、人間宅配便のようなものだ。おまえみたいに飛べない人間を運ぶ大型鳥だ。人語を解する。おまえのその、やたらとくそ重い風呂敷のせいで、さっきは腕が折れるかと思ったぜ。ソイツにおまえを屋敷に運ばせる。屋敷に戻ったら、ルゼがおまえを待ってるからな」
そう言うと、北条は、バサリと羽を広げ、さっさと行ってしまった。
「・・・」
陽は、ポカーンとした。もっと手厳しい反応が来るかと思っていた。たとえば、ここで、無理やり抱かれる、とか。いつもの北条だったら、絶対にそうしてた筈だ。
陽は、ティーシャツの胸元を引っ張って、素肌を覗きこむ。
「さすがにこれじゃ、アイツでも、萎えるか・・・」
他の男との情事がくっきりと残っている体だった。
「ま、まあ。俺としては、ラッキーだけどな」
ハハハハッと笑って、陽は再びゴロリと横になった。その、アサルトとかなんとかいう鳥が来るまでは、ここから動けないからだ。


陽が屋敷に戻ってきたのは、日も暮れた頃だった。玄関には、ルゼが待機していた。
「お帰りなさいませ、陽様」
ガバッとルゼは、陽に抱きついた。
「たでえま!」
陽もルゼを抱きしめ返したが、馬面ルゼ故、どうにもあまり楽しくなかった。
「ささ、陽様。リスロー様宅では、色々と慣れぬこともあって、窮屈でしたでしょう。まずはお部屋にお戻りになり、それからお食事を。シェフ達が陽様のお気に入りのメニューを用意して食堂で待っておりますわ」
「嘘っ。あ、ありがと、ルゼ〜♪」
睡眠欲、性欲を上回り、陽は食欲の男であった。ルゼの言葉に、涎が、タリッと落ちそうになる。ルゼと共に部屋に戻る。
「あ〜。こんなとこでも、なんか懐かし〜」
自分の部屋、である。自分のベッド。ポーンッ、と陽はベッドにダイブして、ゴロゴロと横になってから、起き上がった。
「北条は?」
「サーシャ様ならば、先にお着きになって、大事を取られてお部屋でお休みになってます」
「アイツ、まだ傷がヤバイの?」
「もう完治と言ってもいいのではないかと思ってますけれど・・・。なにやら、いきなりお休みになられてしまったので、とりあえず大事を取ることは良いことかと。式典でお疲れになったかもしれませんしね」
ルゼはニッコリと微笑んだ。陽もうなづいた。
「だ、だよな。うん」
「はい。では、食堂へ参りましょう」
「ほいほ〜い」
ルルルン、と陽はスキップで、ルゼの後をついて行った。


二週間後。陽は、物見の塔に再び閉じ篭っていた。
「俺がなにしたって言うんだよっ。思いっきり無視しやがって!!!」
陽はブチブチと呟いては、窓枠に腰かけ、外を眺めていた。
北条は、屋敷に帰ってきて以来、陽の部屋を訪れなかった。体調が悪いのかと思えば、おとといは隣のマークの部屋から、派手な喘ぎ声が聞こえてきた。ルゼの肌も、最近はツルツルだ。
避けられている、と知ったのは昨日のことだった。廊下で擦れ違った北条になにげなく声をかけた陽だったが、北条は綺麗さっぱり陽を無視して、愛人の部屋へと行ってしまったのだ。
「ったく。まだ気にしてやがるのかよっ!もうキスマークなんて、消えたっつーの!」
叫んでから、陽はハッとした。
「いいんじゃん、別に・・・。今の方が・・・。疲れねえし・・・」
立てた膝に顔を埋め、陽はボソリと言った。
かつて、毎日毎晩が嫌だった。北条とのセックスで時間が経つのは嫌だった。だから、今の状況は、ありがたい筈だった。夜、北条が愛人の部屋に消えていくのを何度か見た。足音も聞いて、もしかしたら今晩こそ?と思ったが、その足音は別の部屋に吸い込まれていった。
「男とのセックスなんて、嫌いだもん・・・」
再び陽はボソッと呟いた。
「いいじゃん!この方がっ。せいせいすらぁ!!」
バッ、と陽は、花瓶から例によってルゼが差し入れて来た、花を引き抜いた。
「ああ、うめえ。この花、マジ、うめえっつーのよ」
もしゃもしゃと花を食べながら、陽は日が暮れてゆくこの星の景色を見つめていた。


眠れなくて陽は床で何度も寝返りをうった。風が強いので窓を閉めたら、完全な闇が成立してしまった物見の塔のフロアは、シーンと静まり返っていた。怖くはないが、この静寂は、不安になる。
部屋にいるとイライラすることが多かったので、当分ここで過ごそうと、風呂敷に包んでもってきた雑誌を読めるような灯りすらない。
と、しばらくパッチリ目を開けて、天井らしきものをジッと睨んでいた陽の耳に、足音が聞こえてきた。
「!」
以前も聞こえた足音だった。ルゼか北条か?と思ったが、二人はこのフロアには近寄らない。
いよいよもって幽霊か、と陽は思った。もう、いいとすら思った。取り憑かれてしまっても、今の状況ならば、もう本当にどうでも良かった。
陽は耳を澄ます。足音は、確実に近づいてきていた。陽は、ジッと闇に目を凝らしていた。
と、フワリ、と白い人影が目に入ってきた。
『うっげー!幽霊決定。きゃ〜〜〜』
マジに目にすると怖いもんだな、と陽は慌てて起き上がった。
「いらした気配がしたので、毛布を持ってきましたけど、今回は持参されていたんですね」
白い影から、言葉が発せられた。
「はあ?」
陽は片膝つきながら、白い影を見上げた。
「!」
かっ、可愛い♪陽は、いきなり興奮した。こんな可愛いならば、幽霊でもなんでもこいや!と思った。よくよく見ると、白い人影は、可愛らしい少女の姿をしていたのだ。陽は、毛布を跳ね除けて、立ち上がった。
「君は、誰?」
ガシッ、と陽は少女の手を握りしめて、問う。すると、少女はクスッと微笑んだ。


「なーるほろ」
目の前に浮かぶ、ユラユラとした影。実体を伴わない映像。床に置いてある小さな装置から光が壁に反射し、それが空中で画を結ぶ。つまり、映画のようなしくみだった。そこに立つ姿。
それは、明らかに、北条とよく似通った顔を持つ、茶色の髪を持つ人物だった。
「これは、シュリの王様です。王様は、シュリをとても可愛がってくれました。王様、大好き」
シュリは、画像に向って、祈るようなしぐさをした。
よくよく聞いてみると、シュリは、陽と同じように、他の星から北条にここへ連れてこられた、という。シュリの住む星を調査中だった北条は、星自体が天変地異で寿命を終えようとしている時に、シュリを連れて逃げたという。
「シュリは王様と一緒に死にたかった。王様と王妃様と一緒に死にたかった。けれど・・・」
王の死体にすがっていたシュリを、北条は連れ出したという。抵抗しようとしたシュリだったが、目の前に現われた北条が、あまりに亡き王にそっくりで、一瞬呆然としたところを連れ出されてしまったという。
「シュリは、大きな動物になります。星では、竜族と呼ばれていました。恐らく、ここのご主人は、そんなシュリの体の構造に興味を持って、連れ出したんだと思います。王様と引き離されて、シュリは随分ここの主人を恨みました。変化して、随分暴れました。皆、シュリのことを怖がりました。そうしたら、ここに閉じ込められてしまいました。でも、いいの。もう恨んではいない。だって、ここには、本当の王様がいらっしゃるのですもの・・・」
うっとりとシュリは、空中に浮かぶ、かつての主人の男の姿を見つめていた。この王の姿は、シュリの頭の中から引き出されたデータを元にして、この星の化学者達が作り上げた映像だという。
「そっか・・・。だから、皆、君を怖がっていたのか」
陽は、ふむ、とうなづいた。よっぽど、すごい姿になるんだなぁと思った。大きな動物か、と思った。
「ねえ、シュリ。ちょっと変化してみてよ」
陽はムチャな注文をした。すると、シュリはニコッと微笑む。
「ここで変化したら、お屋敷が壊れます。シュリは、この屋敷より、大きな体になるんです」
「へっ?す、すげえ!」
驚き、陽は眼を見開いた。こんな可愛い子が、そんなでっかい獣の姿に・・・と思った。
「貴方、とっても、王妃様に似てるの。シュリが王様を愛してることを知っていたのに、シュリを可愛がってくれた王妃様に。だから、シュリ、貴方が好き。貴方がここに来た時、すぐにわかったの。とりまく空気がとっても王妃様に似てるの」
「そっか。俺、あんまり女顔じゃないんだけどな。でもその王妃様、きっとすごい綺麗だったんだね」
ぬけぬけと陽は、言った。
「でも、そか。変化出来ないのかぁ。見たかったなぁ」
陽の言葉に、シュリは少し困ったような顔をしたが、すぐにパッと笑顔になった。
「シュリね。もう一つ、変化出来るの。いつも、その姿で王様についていったのよ。だって王様はとても歩くのが早くて、この姿じゃ、ついていけないんだもの」
そう言って、シュリは、ポンッと、変化した。
「わっ。か、可愛いッ」
陽は、思わず声をあげた。目の前にいた美少女は、あっと言う間に、変化した。まるで、サッカーボールのような大きさだった。まんまるで、ふさふさの白い毛。ポーン、ポーンッと床を跳ねている。跳ねながら進むと、シュリンッと鈴のような音がした。
「名前の由来って、この音なんだ」
陽は、ボールのようになってしまったシュリを拾い上げた。柔らかかった。
「柔らけえっ」
生き物の暖かさ。よくよく見ると、背中らしきところに、小さな羽根がくっついている。まるで、天使の羽根のようだった。もっと、もっと小さくしたら、携帯ストラップのキャラクターにでもなれるような、愛らしい姿だった。しばらく、そんなシュリと遊んで、陽はシュリに話かけた。
「ここから出たいとは思わないの?」
すると、シュリが、また変化して、元の美少女の姿に戻った。シュリは首を振った。
「ここには王様がいらっしゃる。シュリは、ここで満足です」
「でも。ここの屋敷の主人は、この人にそっくりだぞ。こんな幻影に縋らなくても・・・」
陽の言葉に、シュリの綺麗な眉が潜められた。
「あの方は、本当に王様に良く似ていらっしゃる。でも、王様じゃない。だから、シュリは、あの方は嫌いです。シュリの王様は、王妃様だけをとてもとても愛していた。お二人は喧嘩をしても、とても仲がよかった。シュリは、そんな二人を見るのが大好きだった。でも、あの方は違う。たくさんの人を愛してる。シュリは、そんなのは王様とは違うと思う。だから、ここにいられれば、いいの」
「ふーん・・・」
陽はうなづいた。確かにな、と思った。顔は似てるが、どうも北条とはまるっきり逆のタイプだったようだ。
「でもな、シュリちゃん。ここに閉じ篭ってばかりじゃ、体に悪いぜ。たまには、外出なきゃ。なあ、今度俺と散歩しようよ。ねっ」
するとシュリは首を振った。
「皆、シュリを怖がります。そんな皆を見るのは嫌です」
「どうして?そんなに可愛い姿をしてるのに、勿体ねえよ!ね、散歩しようよ」
「・・・貴方に言われると、まるで王妃様に言われているみたい・・・」
シュリは、ニッコリと微笑んだ。
「時々は、シュリと遊んでくれる?」
その言葉に、陽は即座にうなづいた。
「勿論だよ。遊ぼっ」
「ありがとう。王妃様」
涙を潤ませて、シュリは言った。
「って、違うンだけど・・・。まあ、いいか」
陽は苦笑した。シュリの思い出を壊すことは酷なような気がした。陽は、映像を見上げた。
どこかの星で生きてた王様。北条とよく似た王様。死して尚、強く、強く、想われている男。
「まあ、確かに、ツラ、カッコイイけどな。一途な生き方、北条のトンチキも見習えっつーの」
呟いた陽に、シュリは、クスッと笑った。


北条は、窓の外を眺めていた。
「陽様は、すごい人です。あのシュリを、手なづけてしまうなんて・・・」
ルゼは、北条の横に立ち、窓の外を見つめた。
庭を、陽とシュリが走っていく。陽の後ろには、サッカーボールのような丸い物体が、てんつくてーんと、くっついて走っている。
「俺があの星で見ていた時も、シュリはあのような姿で、よく王の後をくっついていた。走ると、鈴のような音がしてな。可愛かったものだ。ここに来てから、一度もあの姿に変化していなかった。あの姿は、シュリがリラックス出来る真実の姿なのかもしれんな」
北条は目を細めながら、言った。
「私が知ってるシュリは、とても大きな怪物です。いまだに信じられません。あれが、シュリだなんて」
そう言って、ルゼは少し震えた。
「陽め。物見の塔から、シュリを引っ張り出すなんて、さすがの俺も感心した。俺とて、彼女の逆鱗に触れたら怖くて、近寄らずにいたのにな」
「その陽様を、避けまくっていらっしゃるのはどなたです。ひどいです、サーシャ様」
その言葉に、ピクリ、と北条が反応した。
「もう二週間以上も陽様のお部屋に近づいていらっしゃらないではないですか。以前は入り浸り状態でしたのに。陽様が物見の塔に篭ってしまわれるお気持ち、わからないでもないですわ」
ルゼの言葉に、北条はチッと舌打ちした。
「仕方ないだろう」
「なにがです」
すぐに聞き返してきたルゼに、北条は黙り込んだ。
「このようなことがリスロー様のお耳に入ったら、裁判になります。ただでさえ、陽に会わせろ、と毎日メッセージが入ってくるような状況なのに」
それは北条にとって初耳だった。
「勿論断っているんだろうな」
「はい。サーシャ様のお耳にはいれませんでしたが。なにが起こったのか、サーシャ様は話してくださりませんが、私にもだいたいわかります。陽様は、魅力的なお方ですからね。勿論、ずっと断り続けております」
「そうしてくれ」
言いながら、北条は溜息をついた。
陽が楽しそうに笑って、シュリと戯れている。あんなに楽しそうな陽の顔は、久方ぶりに見た。そうだ。昔から、動物の好きな男だったのだ。俺のアパートは動物が飼えないと愚痴っては、研究所にいた動物とよく遊んでいたっけ、と北条は懐かしく地球のことを思い出していた。
帰してやりたくとも、陽の故郷の星は、もうない。いや、帰したくは、ないのだ。例え地球があったとしても帰したくは、ない。調査が終わって、地球が現存していたとしても、自分は陽を攫ってきてしまったに違いないと思った。傍らに。手元に置いておきたかった・・・。
「サーシャ様。らしくないですわ。一体どうされてしまったのです」
ルゼは北条を見上げた。
「さあな。俺にもどうしてしまったのかわからんのだ。陽のことは、変わらずに想っている。愛してる。だが。素直には抱けない。もう前のようには」
陽の体中のキスマークにショックを受けた。リスローの言葉にショックを受けた。「リスロー」と夢うつつに呟いていた陽にショックを受けた。
北条自身、柄じゃないとは思っているのだが、愛していればいるこそ、嫉妬が邪魔して動けない。
「サーシャ様。陽様が、こちらに気づいて手を振っていらっしゃいます」
ルゼは、微笑みながら、陽に向って手を振り返す。
「・・・」
北条は、陽をチラリと見たが、手を振ることもせずに、パタンと窓を閉めた。
「サーシャ様!」
「うるさい。いいんだ」
唇を噛み締め、北条はドサリと執務室のソファに腰掛けた。


手を振り上げていた陽は、ゆっくりと手を降ろした。
「また、無視かよ・・・」
閉じてしまった窓を見て、陽は呟いた。シュリーンと音を立てて、陽の周りをシュリが飛び跳ねている。
「なにを怒っているんだか、さっぱり、わかんねえよ、もう!」
そう言って、陽は草の上に腰をおろした。無視されることは、さすがの陽も傷ついた。
ぽむっ、とシュリが陽の膝に、飛び込んできた。
「シュリ。俺、なんにも悪いことなんかしてねえのにぃ」
ギュムッとシュリを抱き締めて、陽は、わーんっと嘆いた。
「飽きられたのかな?そうだな。そうかもしれねえな・・・」
シュリが、ジッと陽を見上げている。
「・・・。って、落ち込んでるの、柄じゃねーし!」
シュリを片手で抱えて、陽はすっくと立ち上がった。
「よし、シュリ。あっちの湖で、水浴びしようぜ。今日はいい天気だからな。やっほー!」
タタタッと陽は駆け出す。
でも。心の中では不安だった。今まで、意識していなかった北条の存在が、陽の中でグングンと大きくなっていた。今更だ、と言われても仕方ない。こんなに無視されて、初めて気づくなんて、と陽は思った。愛してる、とかそんなのはわからない。でも、北条に必要にされなくなってしまったことは、とても悲しいし不安だった。
水浴びをしている陽を、変化して元の姿に戻ったシュリは楽しそうに見守っていた。陽が水からあがってくると、シュリは自分が重ね着していた上着をタオル代わりに陽に手渡した。
「ごめんな。ありがと」
それを有難く受け取りながら、陽は体をゴシゴシと拭いた。
「王妃様?」
シュリはすっかり陽を「王妃様」と呼んでいる。シュリは、泣いている陽に気づいたのだ。
「んあー。なんか、泣けてきた。ちっ。ごめんなぁ。心配かけて、さ」
「どうしたの、王妃様。悲しいこと、あったの?」
オロオロとシュリは陽を見上げた。
「シュリ、あんさ。頼みがあんだ。シュリって空飛べるよな」
ごしごしと顔を掌で拭いながら、陽はシュリに訊いた。
「飛べます」
コクッとシュリはうなづいた。
「連れていってほしい場所があるんだ」
陽は決めた。俺にだって、プライドはあるんだ、と思った。


その晩。陽の部屋に様子を見に来たルゼが悲鳴を上げた。
「よ、陽様が・・・!」
紙片に、たどたどしくも、この星の文字で書かれた言葉。
『さようなら。もう二度と戻りません』
陽の部屋は空っぽだった。
「サーシャ様。陽様が、陽様がっ!」
バタバタとルゼは、紙片を握り締めて、サーシャの部屋へと駆け込んで行った。
事情を知って、さすがの北条の顔も青褪めた。
「どうやって、外へ。そうか、シュリか・・・!」
しまった、と思った。やり過ぎた、と北条は思った。陽が見かけより、ずっとプライドが高いことを俺は知っていた筈なのに・・・!
「連れ戻す!」
クシャッと紙片を握り締めて、北条は、部屋を飛び出した。

続く
BACK   TOP  NEXT