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「こちらでございます、リスロー様」
カチャンと、ドアが開く音がして、陽はハッとした。
いつの間にか右腕をクリスに、左腕をリスローに掴まれたまま引きずられてきていた。
「ほう。中々良い部屋ではないか。さすがVIPルームだけはある。なあ、陽」
リスローは感心したかのように、ニヤリと唇の端をつりあげては、陽を見下ろす。陽はムッとして、プイッとリスローの言葉を無視する。
「ったく・・・。助けに来てやった恩人に向かって、相変わらず可愛げのないヤツだ。まあ、そんなところがおまえの良いところだがな」
クスリ、とリスローは笑う。
「私も慣れぬティガンに来て、少々疲れた。ありがたく休ませてもらうぞ、クリス」
その言葉にうなづきつつも、クリスの瞳がキラリと怪しく光る。それは、長くティガンに生きてきた商人特有の輝きだった。
「リスロー様。恥をしのんでこのクリス、お願いがございます」
リスローが嫌がる陽の左腕を掴んでは、部屋の中へ引きずりこもうとしている時に、クリスがリスローの空いている腕に縋っては懇願してきたのである。
「な、なんだというのだ」
僅かに不快そうにリスローの眉が歪む。
「このクリス。今までティガンにて迷える陽を、不肖ながらも力いっぱい保護してきたつもりですっ」
「うむ」
うなづくリスローとは反対に、陽は叫んだ。
「嘘だ、てめー、このバカクリス!しっかりこき使いやがったくせにー!!」
ジタバタと暴れる陽を抑えながら、リスローは先を促す。
「おまえはうるさい。して、クリス。そなた、このリスローになにを申したいのだ」
クリスは喉を鳴らした。
「懸命なリスロー様ならば、お察しいただける筈です。短き間ですが、私は陽に惚れてしまいました。どうぞティガンを出られる前に、私めの思いを遂げさせてくださいませっ。私は・・・陽と・・・。陽と寝たいのですっ!」
ズバッ!
あんまりにも飾り気のない要望に、陽は開いた口が塞がらなかった。この星の男達は、常にこの調子なので慣れればよいものであるが、陽はいつまでも慣れることが出来ずに呆れてしまうのである。
クリスはさすがに生粋のティガン人である。ティガンの商人は目的の為には、己がプライドですら、簡単に捨てるのである。そうでなくば、このティガンでは勝ち抜いていけないのだ。
『この星のヤローどもは・・・』ブルブルと握った陽の拳が震える。『百人斬りの陽ちゃんを一体なんだと思ってるんだぁぁぁぁ!!』
陽が呆れている間に、リスローはフムと尤もらしく考えこんでいるようだった。
「あのな。リスロー。考えこむことかよ。こんなバカらしいことは、さっさと却下してくれっ。とにかく俺はだな」
と、陽が言いかけたところをリスローに制される。
「陽」
「あんだよっ」
リスローは陽の髪をクシャッと撫でた。
「そうつれないことを言うな。そなたみたいな美形とは言いがたいちんくしゃに、ここまで我々美しき男達が心を奪われるということは、もはや偶然とは言い切れぬ。そなたも自分の、なにがしの魅力を自覚することだ。よいか。その魅力、眠らせておくのはもはや罪。そなたは男達に愛されることによってますます魅力的になれるのだ。自分を惜しんではならぬ」
「どっかの星の王子が言われていたよーな台詞、俺に言うなっつーの!」
バッと陽はリスローの腕を振り払う。
「確かに俺は魅力的だ。おまえ達が夢中になるのもわかる。仕方ないとは思う。だがな。俺はっ、俺はっ。男に愛されるなんてまっぴらごめんのすけなんじゃー。何度言わせればわかるんだ。この星のスケベ屑ヤローどもめっ」
肩を喘がせて陽は絶叫した。
「意外にナルシストなんだな」
クリスはボソッと呟いた。
「うむ。この根拠のない自信がまた可愛くてなぁ」
リスローはデレッと表情を崩した。
「なるほど。確かにたまりませんな」
クリスはフフフッと笑う。
どちらもしょーもない性格であることには間違いない。
「よかろう、クリス。気に入った!そなたの願いを叶えてやろう。ただし、俺を除け者にするのは許さぬ」
リスローが言うとクリスがうなづいた。
「3人で・・・ということですか。願ってもない。さすがレコーダーのリスロー様。寛大であらせられる」
言いながらクリスはグッと己の上衣に指をかけ、剥ぎ取る。
「当たり前だ。こういう類の麻薬のような獲物は皆で分け合うべきなのだ。一人占めなど許されぬ。赤信号皆で渡れば怖くはない!」
リスローもクリスを見習い、まだ部屋にも入っていないドアの付近で、上衣を脱ぎ捨てた。二人の男の早急な行動に、陽の顔色がサアッと青くなる。過去の経験上、こういう状況は当然ろくでもないことになる。逃げねば。例え勝ち目がなくても、とりあえず逃げねば。しかし逃げようにも足がひきつって動けない。どうして!?陽は自分を訝しく思う。
こんな時。俺は必ず逃げようとする筈だ。例え、どんな勝ち目がない状況でも。体全部を使って、拒否を示さなければ。それが自分に出来る、勝手気侭にふるまう男達への最後のプライド。なのに・・・。どうして両足が動かない!?
『ズキン・・・』
陽の胸が深く疼いた。ああ、そうか。俺は、俺は・・・。絶望しているんだ。さっき。。。絶望したんだ。
なぜ・・・。ここにおまえがいない。リスローではなく・・・。なぜ、おまえがここにいてくれない!?北条!!!
陽の両腕が二人の男達によって再度掴まれた。ビクッと陽の体が跳ね上がる。
「お、おまえらじゃないもんっ!」
陽は咄嗟に叫んだ。
クリスとリスローがキョトンとしている。
「おまえら、違うもん!違うもん。おまえらじゃない・・・」
ポタポタと陽の瞳から涙が溢れた。
「おまえらじゃ・・・ないもん・・・」
それは突然に耳をつんざく音だった。
リスローとクリスが背を向けている部屋の中で凄まじい音がしたのだった。クリスとリスローは振り返った。
「そうだ。おまえらではない。陽。おまえに触れていいのは、私だ。おまえを愛してる、私だけだ」
部屋の中央のティガンに届く精一杯の外光をあますことなく取り入れようとした無駄に大きな窓ガラスが粉々に砕け散っていた。
そこには、金色の髪に翼を持つ北条が立っていた。勿論、怪我一つなく、北条はそこに神々しいばかりに凛と立っていた。
「!」
陽は涙に濡れた瞳を大きくを見開いた。
「私だけだ・・・」
北条は自分をまっすぐに見つめる陽に向かって、もう一度ゆっくりと囁いた。それを合図とするかのように、陽は二人の男の腕を振り払い、北条に向かって走った。
「おっせーんだよっ!この色ボケクサレエロ堕天使!!」
ダッと陽のスニーカーが部屋の絨毯を蹴り、北条に抱きついた。すると北条の両翼がフワリと陽を包んだ。まるで翼で陽の体を守るかのように・・・。
「遅れたのも満更ではないな。おまえとのつきあいは長いが、抱きついてくれたのは初めてだ」
聞いたこともないような優しい北条の声音だった。陽は、ギュッと北条の胸に縋りついたまま顔を埋めている。
そんな二人を見て、リスローはヤレヤレと肩を竦めた。
「どっかで見たことがあるよーな登場の仕方をしおって。まったく、ここは窓だぞ。玄関ではないのだぞ、サーシャ」
「誰のせいだ。いちいち玄関からコンニチハなどと入ってこれる余裕があったか?獣のような貴様やそこの男がいるのを知っていて」
「そらまあそうだが」
ハハハハとリスローは笑った。
「でも、な。まあ、確かにここから入ってくるには、レコーダーとしての能力を発揮せねばならなかったが・・・」
リスローは飛び散った窓ガラスの破片を足で蹴りながら、重い溜息をついた。
「そなた、それがどんなにマズイことか知らぬ訳ではないな。レコーダーの力の波動は中央コンピューターが管理している。やつらは、ティガンにあってはならぬおまえの波動を既にキャッチしている筈だ。出入り禁止のココでな。どうする、サーシャ。重い処罰が待っているぞ。おまえはなにもかも失うんだ・・・」
リスローの言葉に、北条はフッと笑いながら髪をかきあげた。
「そなたにはわからぬな。深く愛するという気持ちがどんなものか。リスロー。そなたにはわからぬだろうな。執着というものを持たぬように教育されたそなたには。だが・・・。アリシード閣下の遺体を収容したそなたならば、あの時わかった筈だ。閣下は母星に帰還出来ずに無駄死にしたのではない。移動出来る状態でありながら、あの方は愛する星と共に運命を共にしたのだ。私も同じだ。星と陽では比べ物にならぬと人が言っても。私にとって。愛したジンは陽そのもの。陽の為に私の運命が動くならば、それで良い」
陽は、北条を見上げた。北条の長い金色の髪が、キラリと光を弾いた。陽は思わず目を細めた。その金色の光は・・・。
母星の青い地球の太陽の光によく似ていた。


続く

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