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きっちりと閉じられたドアの前に、様々な年齢層の人々が殺到した。
「どけ」
「アタシが先よ」
「俺だ」
「いやーん。潰れちゃう」
あちこちから悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくる。
「なんだよ、この騒ぎは・・・。あてっ」
呆然としていた陽の腹に、ドカッと肘鉄が決まった。
「ボケっと突っ立ってんじゃねー。邪魔だ」
「んだとっ!」
陽は喚き返した。
「やる気か、てめえ」
相手の襟元をグッと掴んだ陽だが、相手は陽よりかなり体型がいい。
「んな暇ねえよっ。どいてろ、ブサイク!」
ポイッ。と、陽は相手に腕を振り払われ、おまけに尻を蹴飛ばされた。
「く、くそ。待て、てめえ」
よろめきつつ、体制を建て直し、陽は振り返った。だが、目の前にはもう相手はいなかった。
なんせ、呆れることに・・・。
わーわーぎゃーぎゃーとおしくらまんじゅうかのように、50人という数と+αが、戦を終えて戻ってきて北条の部屋の前に詰め掛けていたのだから仕方ない。
「サーシャ様。お姿をお見せください」
「サーシャ様。ご無事でお帰りくださって嬉しゅうございます」
「サーシャちゃま。会いたいよぉー」
この部屋に、北条がリスローを伴い戻ってきたのが、僅かに10分前。それなのに、もう部屋の前には、北条の全ての愛人が勢ぞろいしているのだった。無論、長きに渡り留守をした主人の姿を拝みたいが為に、皆、ここに居る。陽は、その迫力に、あんぐりと口を開けて、ただただ、その場に立ち尽くしていた。だが、そんな平和?なことが、この殺伐とした場では許されよう筈もない。
「ちょっとぉ。どいてよ、邪魔っ!」
むぎゅ。髪の長い女の子が陽の足を踏みつけていく。
「ぎゃー。いててっ。足踏むな。こ、ここはスマ○プのコンサート会場かよ、ちきしょう」
一応、お義理で北条の様子を見に来た陽だったが、部屋の前にたどり着いてすぐに後悔した。引き返そうとしても、行きは良い良い帰りは怖い。あっと言う間に群れに取り込まれて、身動きが取れなくなってしまう。そして、人ごみに紛れて、ここぞとばかりに、陽は集中攻撃された。
「あ、ごめん」
「あれ。どーも失礼」
「やだ。すみませーん」
ボコボコとあちこちから伸びてくる不審な拳や足に、陽はその体を殴られたり踏まれたりしていた。文句を言いたくても、相手は人ごみに紛れて、誰が誰だかわからない。愛人達は皆、突然この屋敷にやってきた陽が、夜毎の北条の寵愛を受けていることを知っているのだ。あからさまで、容赦のない嫉妬の攻撃に、陽は辟易して、人ごみを逃れる為にジタバタとあがいていた。
「助けてくれ。殺されるっ」
集団の心理に、陽はマジにびびっていた。謂れのない攻撃は冗談じゃなかった。
「おっと。わりー。てめえ、邪魔だよ」
ドカッ!
「うっ!」
頭に強烈な一撃を食らって、陽はグラリと傾いだ。あまりの痛さに、呻きしか出なかった。
「マジ?こんなのありかよ・・・?!」
ドサッ、と陽はその場に倒れた。しかし、倒れた陽を起こしてくれるような優しい手はむろんなく、
「あてっ、あてて」
その上を、とててて・・・と小柄な子供の愛人達が踏みつけていく始末だ。
むぎゅ、むぎゅと踏まれる度に、陽は色っぽくないあえぎ声をもらした。くぅぅぅ〜と手が宙に伸びて助けを求めるが、誰もが知らんぷりだ。
「し、死ぬ。ああ、俺、死ぬ。いてて。踏むな。俺は床じゃねえっつーの。死ぬ〜!」
陽が叫んだ瞬間、部屋のドアがバンッと開いた。フワリ、と室内の暖かい空気が廊下に流れた。
ワッと皆が叫んだ。
「サーシャ様」
北条の姿が現れた。
「サーシャ様だっぁあああ」
皆の姿を見回して、北条はうなづいた。
「この度は心配かけたな、みんな。この通り、多少傷が残っているが、俺は大丈夫だ」
顔のあちこちに傷を庇う薄い色のテープが貼られている北条だったが、言葉を終えると、ニッコリと微笑んだ。
「良かった」
「神に感謝を!」
愛人達は口々にそう言っては、北条に駆け寄っていく。北条は駆け寄ってくる愛人達を軽く抱きしめながら、一人一人に言葉をかけていく。
「愛してるよ。私の可愛い子達」
ちなみに、陽はまだ床に突っ伏したままだった。北条の声だけが、殺到する愛人達の隙間から漏れ聞こえてきていた。
【てっ、てめえなんか、死んでれば良かったんだ!いてえよ。ちきしょー】
うっく、と陽は悔し涙を浮かべた。


しばらく同じやりとりを繰り返していた北条がふと、呟いた。
「ところで。陽がいないようだが」
北条は、愛人達に言葉をかけながら、キョロキョロと辺りを見回した。それには、傍らにいたリスローも眉を寄せた。
「そういえば!んとにいねえな。あの、ブサイク。ルゼ、陽はって・・・。って、ルゼは今忙しいな」
リスローも周囲を見回した。
ルゼは、興奮する愛人達を「順番ですからね。あせっちゃいけませんよ。さあ、ちゃんと並んで」
とやんわりと押さえる役目で忙しい。
「あのボケ。せっかく俺が生還してやったというのに、どこへ行ったのだ」
小さな愛人を抱き抱えて頬擦りしてやりながら、北条は眉を潜めた。
「仕方ねえだろ。おまえ、思いっきり嫌われているからな。ハハハハ」
笑いながら、リスローはヒョイッ、と愛人達の体の隙間に視線を走らせた。
「って、居たぞ。サーシャ。なんか、床に寝ているようだが」
「床に寝てるだと?なにを呑気なことを・・・」
トンッ、と北条は小さな愛人を下ろすと、視線を廊下の奥に走らせた。なるほど。確かに、陽らしきが、うつ伏せに寝転がっているのが見えた。
「すまんが、どいてくれ」
言いながら、北条は一歩踏み出した。
「はいっ」
北条の言葉は絶対だ。ドアのすぐ傍に立っていた北条が、ざっと歩を進めた。愛人達は、北条の妨げにならぬように、機敏にささっと移動した。すると、北条の目に、確かに陽の姿が映し出された。
「おい、おまえ。なんで、こんなところで寝ているんだ?どうせ俺を待つならば、ベッドで寝とけ」
カッ、とブーツの音も高らかに、北条は陽の前に立って、陽を見下ろした。
「ほ、本気で言っているのか、てめえ・・・」
北条を見上げる陽の姿は、ズタボロだった。着ているTシャツには、くっきりと足跡。頬は赤く腫れ上がっていた。おまけに、陽の目は涙で潤んでいた。北条は苦笑した。
「気の毒にな。ここぞとばかりにやられたという訳か」
腕を伸ばし、北条は陽を引っ張り起こした。
「申し訳なかったな。たっぷり、詫びを入れてやろう」
そのままヒョイッ、と陽は北条に抱き抱えられた。ワッ、と皆からブーイングだった。
「なっ、や、やめろ。俺、今度こそ刺されるっ!」
北条の腕の中で、陽は、顔を赤くするどころか、青くした。
「んなこと、させるかよ・・・。すまんな、皆。俺は元気だ。では、また後ほど」
バサッ、と北条はすぐさま羽を伸ばすと、その場をフワリと飛んだ。
「ぎゃーーーー!」
陽は悲鳴をあげた。高い廊下の天井を飛びながら、北条は開け放たれた私室の窓から飛び去っていく。
「あーあ。帰ってきたばかりで、もうムラムラかよ。ったく・・・。し、しっかし、あのブサイク。長くねーな、これじゃ」
呟きながらリスローは、去っていく北条達を嫉妬の視線で見上げている愛人達を見て、ゾッとした。
「サーシャ様は、きっと陽様を抱く為に必死に戻ってこられたんですもの。仕方ないですわよ」
ころころとルゼは明るく笑った。リスローは苦笑した。
「おまえさんね。少しは嫉妬したら、どうだい」
「私は陽様も大好きですから」
ニッコリとルゼは微笑んだ。リスローは肩を竦め、ちゃっかりとルゼの尻を撫でた。
「いい女だねえ、おまえさん。やっぱり、俺はおまえが欲しいな、ルゼ」
「それよりも。こちらにいる皆様を、サーシャ様の代わりに慰めていただきたいのですが」
言われて、リスローはニヤリとした。可哀想なぐらい、愛人達はしょんぼりとしていた。やり場のない思いを持て余しているのだ。
「了解したぜ」
リスローはうなづいた。
「おい。皆。サーシャもいいが、俺だって帰還したばかりだぜ。慰めてくれよ。可愛いコちゃん達」
そう言ってリスローはガバッと腕を大きく開いた。取り残された北条の愛人達は、ハッとして、今度はリスローに殺到していった。
「お帰りなさいませ、リスロー様」
「ご無事でなによりです」
抱擁やキスの歓迎が、今度はリスローを襲った。ルゼは、ホッと胸を撫で下ろした。


「降ろせ、降ろせ」
「わかった、わかった。ひっかくな」
と、降ろされたのが、裏庭の木の上で陽は、驚いた。
「な、なんで、こんなとこ」
「部屋まで行く時間が惜しい」
北条はそう言って、陽の髪を引っ張り、引き寄せ、キスをした。
「んんんっ」
強引な北条のキスが陽を襲う。
「幾ら惜しいからって、場所選べ。木の上だぞ。や、やだ。落ちる」
唇が離れた途端、陽は喚いた。
「落とすもんか。陽。会いたかったぞ」
確かにどっしりとした枝の上に降ろされたので、すぐに落ちることはないかもしれない。けれど、このままこんなところでセックスなどしたら、絶対に落ちそうだ。そう思って、陽は鳥肌を立てた。
「いやだ。ちょっと止めろよ」
だが、抵抗する陽を無理やり封じ込めて、北条は再び陽の唇に吸い付いた。
「んっ」
「会いたかった。おまえに会いたかった。時空嵐に持っていかれた時、考えていたのはおまえのことだけだった。死ぬ訳にはいかない。なんとしても戻って、おまえとやりてー・・・って」
「性欲魔人。あっ」
北条の手が素早く陽のTシャツの中に潜り込み、乳首をまさぐる。
「!」
ビクッ、と陽の体が跳ねた。こういう時ばかり、繊細な北条の指は、陽の乳首を優しく撫でては、時々摘み上げた。
「俺がいねえ間に、誰かとヤッたりしてねえだろうな。ルゼとか・・・。ま、ムリか。この星じゃ、おまえなんか相手にする物好きは俺だけだもんな。一人でやってたか?おまえは俺を思い出したか?淋しかったか?淋しかったって言えよ、陽」
「一度に色々言うな。や、うっ」
ズルリとジーンズを下着ごと下ろされて、陽は蒼白になった。
「待て、待て。本気で、こんなところではダメだって。動いたら、落ちちゃうって」
「高所恐怖症か?」
「それ以前の問題だっ。あっ、うっ」
「俺は、待てない」
パクリ、と北条が陽のペニスを口に含んだ。その感覚に、陽はくうっと小さな声を漏らし、近くの細い木の枝に腕を伸ばした。体が浮く。落ちてしまいそうで、怖いのだ。
北条の舌が、陽のペニスを、ゆっくりと情熱的に舐っていく。
「うっ。ううっ」
ほとんど毎日抱かれていた陽の体は、北条の留守中に渇ききっていた。陥落は早い。
「んあっ。も、ダメっ」
堪えきれずに、陽は北条の口の中で射精した。北条は飲みきれなかった精液を、掌で拭った。そして、己の右腕の指を舌でペロリと舐めた。トロリ、と陽のペニスの先端からいまだ残って、零れた精液が、淡い陰毛の中に滑り落ちていくのを見つめながら、北条はニヤリと笑った。
「溜まっていたようだな」
ズバリ、と言われて陽はカッと頬を赤くした。
「る、るせえっ」
てめえの安否が気遣われるような緊迫した状況で、セコセコオナニーなんて出来るかよ!と、喉元まで出かかったが、そんなことを言ったら北条が喜んでしまいそうなので、陽は耐えた。
『優しくしてやろう』数時間前までは、空を見上げて心の中で思っていたことなど、陽はすっかり忘れ果てていた。
「おまえに会いたかった。おまえに会う為に、早く帰りたいと何度も願った」
北条は、グイッと身を乗り出し、陽の耳元に囁いた。
「俺は別にっ。てめえなんか帰ってこなくても。あっ・・・」
開いた脚の奥に、長い北条の指が、つぷっ、と突き刺さったのを感じて、陽は身を竦めた。
「そう言うと思ったぜ。だが、俺が死んだら、誰もこんなふうに、おまえを悦ばせてくれるヤツはいないぞ・・・」
北条は更に耳元に囁き続ける。
「別にこんなこと。俺はしたくて、してるんじゃ・・・。うあっ。や、やめっ」
北条の指が、陽の中で弧を描いていた。秘所からせりあがってくるむず痒いような感覚に陽は身をよじって、抵抗しようと、枝をギュッと掴んだ。だが、あまりの力強さに、繊細な枝は、バキッと折れた。
「わっ」
驚きの声をあげたのは陽だったが、
「いてっ」
痛い目を見たのは北条だった。折れた枝が、北条の頭にゴキッとぶつかったのだ。
「・・・そうか。キサマ、それほどまてして俺とするのがイヤか」
ユラリ、と北条の目が怒りに燃える。
「ちゃう。ちゃうって。今のは偶然。わあ、本当だって。し、信じて。だ、だから、木の上なんか。わ、わ、わあっ」
ガシッと両足首を掴まれて、陽は反射的に目を瞑った。
「いやだっ。バカ」
指より完全極太の北条のペニスが陽の秘所に侵入した。
「んーーーーっ。ん」
この瞬間だけは、何度やっても慣れない。陽は、尻を浮かし、逃げようとしたが、ますます北条に足を開かされて、結局はズブリと、秘所に北条を飲み込んだ。
「あ。うーっ」
クッ、と無意識に陽の目から涙が零れた。北条が僅かに身をずらした。グチュリ、と秘所からあられもない音が響いた。
「本気で気持ちイイ・・・」
うっとりとするかのような北条の声。
こっちは本気で気持ち悪いわいっ!と思いながら、陽はズリズリと体を捩じらせる。開いたソコに風を感じる程、大股開きなのだ。しかも、木の上で、だ。
天国のお父さん、お母さん。こんな息子をお許しください〜!!でも、でも。皆、この目の前の強引なエロ宇宙人が悪くて!!
「ううっ」
陽はそれ以上抵抗するのを止めた。ささくれだった木の枝の上で、擦れた背が痛かったからだ。
フワッと背と木の枝の間に北条の腕が入り込み、陽の上半身が起こされた。
「痛いのだろう。こっちのが今回は具合がいいだろう」
「っつ」
北条の膝の上に抱えあげられて、陽は悲鳴をこらえた。北条のペニスが、秘所の奥へ、奥へと突き刺さっていく。
「やだ。奥行きすぎっ」
「訳わからんこと言うな」
北条は笑いながら、陽の耳朶を噛んだ。
「すごいぞ、おまえの中。きゅうきゅう、締めてくる」
「無意識だっ」
「なら、名器だな」
北条は、グイッと陽の腰を引き寄せた。
「ひっ。うっ」
グッ、グッと的確に北条が腰を突き上げていく。
「あ、あ、あ」
グチュ、グチュと内部を擦る音が響いた。いつものことながら、陽は耳を塞ぎたい気分だった。
自分の尻の穴と北条のペニスが擦れあって、この音になるのだ。
「あーっ。もう、いやだぁあ」
陽は喚いた。喚かずにはいられない。
「んん?でも、おまえのこっちは嫌がってない」
フフフッと北条は笑って、腰を回す。
「ふっ、あ。あ。んんっ」
確かに気持ちがイイ。それは否定出来ない。自分の体が、北条と合っていくのがわかった。蕩けそうな快感が、北条のペニスのせいで、全身を甘く浸していく。けれども、陽は、決してそれを認めたくなかった。グイグイと容赦なく北条のペニスが陽の秘所を突き上げて行く。そんなことをしながらも、北条は器用に陽のTシャツをめくり上げ、乳首に舌を寄せた。左の乳首を舐められ、右の乳首を指で摘まれて、陽はブンブンと首を振った。汗が、頬を伝った。
「いい振動加減だ。おまえは、乳首が弱いんだよな」
「う、うるさいっ!」
「言葉は可愛くなくても、おまえの体は素直だ。可愛いもんだな」
チュウッ、と北条は陽の唇に軽くキスをした。
「つっ」
ハア、ハア、と陽は息を切らした。北条と自分の腹の間で擦られている自分のペニスが再び限界を迎えそうだった。
「あ、もう、やだ。離せよ、離せっ」
ドンッ、と陽はすぐ目の前にある北条の胸を叩いた。うっ、と北条は眉を寄せた。
「よせ、陽」
「いやだ。てめえのせいで訳がわかんなくなるのっ。も、や」
クチュクチュと擦れ合う音に、陽はますます赤くなった。体中が火照る。とくに、北条のペニスを受け入れた秘所が、小刻みに震える。一番、ソコが悦んでいるのがわかる。
「なんだよっ。帰ってくるなり、こんなことしやがって・・・。しかも、木の上」
陽はポロッと涙を零した。お帰り、とか、ご苦労さん、も言えやしない。
「んん。ん、んー」
言ってる傍から、北条は相変わらず陽の中を攻め続けていた。
「仕方ないだろう。おまえが欲しくて、欲しくて、たまらなかったんだから」
「けだものっ」
バシンッ、と陽はまた北条の胸を叩いた。
「誤解するな。おまえの体だけか目当てじゃない。でも、おまえは素直に聞いてくれない」
「なんだとっ?」
「おまえは俺が、おまえを抱くということをちっとも理解しない。何度抱いても、だ」
「北条・・・。うっ!!!」
「バカやろう。もう少し楽しみたかったのに。本気で嫌がりやがって・・・」
「あ、あうっ。あ、ああああっ」
体の中で、北条の精液が爆発する。同時に陽のペニスも二度目の放出をした。
だが、陽は余韻に浸ってる場合ではなかった。
「北条。北条!!」
グテッ、ときっちり射精だけはして、北条は陽の体に倒れてきた。
支えた時に、陽はハッとした。掌に血がついた。
「!」
何故、気づかなかったのだろう。北条の黒い開襟シャツの胸元から、のぞく白い包帯が、赤く染まっていた。興奮していて、血の匂いに気づかなかったなんて・・・。
陽が強く叩いたせいで、北条の傷口が開いたのだった。
「北条。おいっ」
助けを呼びたくても、ここは木の上。陽は、空を飛べない。
「だから・・・。だから、イヤだったんだ。ばかやろうっ」
うえええ〜と陽は泣いて、とにかく叫んだ。
「誰か助けてくれ。誰か、助けてくれええええっ!!」


バサッと毛布をかけてやりながら、リスローはこめかみを押さえた。
「サーシャ。気持ちはわかるが、明後日はアリシード閣下の国葬だぞ。ムチャはするな、とあれほど言っておいたのに」
「別にムチャなことなどしてない。普通にヤッていたら、陽が嫌がって俺の胸を叩いたんだ」
むくれたように北条はベッドから言い返した。
「嫌がってるならば、やめりゃいいだろ!だいたいあんな乱暴者のブサイクに、なんでそんなにこだわっているんだ、バーカ」
「うるさいっ。とにかく、寝てりゃいいんだろ」
「ああ、そうだ。国葬までには、指一本陽には触れるな!また傷が開いたってもう診てやんねえからな、あほたれっ」
ボンッ、と北条の傷のない無事な足元の方を毛布の上から叩いて、リスローは北条の私室を出ていった。ドアの前にはルゼが待ち構えていた。
「あの。リスロー様。サーシャ様は」
「アイツは自業自得。とりあえず傷は塞いだが、時空嵐によって傷つけられた傷だ。甘く見てはいけない。いいか、ルゼ。明後日の国葬までには、サーシャをベッドに縄でくくりつけておけ」
「はい。かしこまりました。ありがとうございました、リスロー様」
ペコリとルゼがお辞儀をする。その後ろには、陽が立っていた。リスローは、チラリと陽を見ると、手招いた。
「陽。おまえがここにいると、サーシャが危険だ。明後日までは、俺の屋敷に来い」
「え?」
陽は、目を見開いた。
「安心しろ。別に俺はおまえに愛人やってもらうつもりはサラサラないからな。おまえみたいなブサイク」
「ぶっ。う、うるせっ。誰がてめえの世話になんかなっか!」
さっきまで泣いていたせいか、陽は目も鼻も真っ赤だ。

陽の叫びは、たまたま下を通りかかった庭師に届き、慌てて二人は木の上から救助された。血を流した北条は、まだ愛人達とイチャイチャ再会の儀式をしていたリスローによって介抱されたのであった。

「いいから、来い」
グイッとリスローに腕を引っ張られて、陽は叫んだ。
「ルゼっ」
「陽様。サーシャ様がお元気になられたら、迎えにあがりに参りますので、ご辛抱を」
さすがのルゼも、このままではヤバイと思ったらしい。
「さっさと来い」
「いやだ〜」
引きずられるように、陽はリスローに連れて行かれてしまった。


玄関を出ると、リスローは連れの愛人に、「ロテ。変化してやれ」と言った。まだ背の低い、陽よりずっと年下の、可愛らしい少年の姿をしたリスローの愛人ロテは、コクリとうなづくと陽の目の前で翼を持つ生物に変化した。
「うわっ」
陽は驚いた。
「驚いたか?ルゼの星と同じような星から連れてきた子だ。飛翔族といってな。鳥になれる」
さっきまで、可愛らしい少年だったのに、今は大型の鳥だ。
「なにしてる。乗れ」
「え?でも、俺が乗ったら、この子痛いンじゃねえの?俺重いし・・・」
するとリスローは目を見開いては大笑いした。
「今はおまえよりでかい鳥だぜ?おまえなんか軽いに決まってる。面白いことを言うな」
クククとリスローは笑い、顎で促す。陽はおそるおそるロテの背に乗った。
「行くぞ」
リスロー自身は、自分の翼でフワリと空を飛ぶ。フッ、ロテも空を飛んだ。
「わ、わあ。こ、こえええ」
ぎゅむっ、と陽はロテの背にしがみついた。
「尻が痛いか?」
クスクスと笑いながら、リスローは陽の傍らを飛んでいる。
「うるせえ!」
こうして、陽は、この世界に連れてこられてから初めて、北条の桃色屋敷以外の景色を目の当たりにした。部屋の窓から見えていた空中都市がグングンと近づいてきていた。
「ほら。あそこが清掃局だ。もっとも我々は星の玄関と呼んでいるがな。あそこから、明後日アリシード閣下も宇宙の海へと還られる」
そびえたつどれよりも高い建物。と、周りの景色が緑色の空気に包まれた。
「なんだ?空気の色が変わった。あれ?あの下に見えるのって街か?うわ、人がいっぱいだ」
「ここからは、空の要人ルートだ。飛んでる最中に撃ち落とされては適わんしな。まあ、俺もレコーダーとしては、優秀である為にこのルートを使える訳だが・・・って聞いてねーな」
陽は、
「すげえ、すげえ。街だ、街だ。人がいっぱいいる。なんか店もいっぱいある。うわ、すげえ」
「そんなに珍しいか?」
リスローが陽に聞く。陽はコクコクとうなづいた。
「珍しいっていうか。俺の居た地球みたい。だって、北条のところにいちゃ、こんな場所があるなんて、全然わかんねーし」
「確かにな。なんで、アイツがあんな不便なところに愛人を囲っているか、一同謎なんだよなぁ」
「わー。降りてみてえ。懐かしい。道路とかもある。わあ、すげえ、すげえ〜!!!」
無邪気な陽の横顔を見て、リスローはクスッと笑う。
「やっと笑ったか」
「え」
「さっきまで。グスグス泣いていたくせに。まあ、サーシャに意識があったら、大喜びするだろうがな」
リスローの言葉に、陽はグッと唇を噛んだ。僅かに頬が赤くなっていく。
「し、仕方ねえだろ。あ、アイツ、ダラダラ血流して、倒れてきやがったんだから」
「ほう。おまえでも、サーシャが死ぬとやっぱり寂しいか?」
「そーゆー問題じゃねえっ。目の前で人に死なれるなんてご免だっつーことだ」
ゴシゴシと陽は目を擦っていた。そんな姿を見て、リスローは鼻を鳴らした。
「確かに可愛くないんだが、微妙に可愛いな」
ジロジロと陽を見つめては、リスローは苦笑した。
「なんか言ったか?」
ギロッと陽はリスローを睨みつけた。
「いや、別に。そら、ここが俺の家だ」
「えっ?」
街の上空を通り抜け、なんだかトンネルみたいなところを通過し、幾つも曲がり角を曲がって、辿り着いたのが、リスローの家の前だった。
「って、マンション?何階がお前の部屋?」
陽は呆然として、マンションを見上げた。
「何階?全部俺の部屋だが」
リスローはあっさりと言った。
「このマンションが、全部おまえの家なの?」
ドーンッと目の前にそびえ立つ高層のマンション。クラッと陽は眩暈を起こしそうになった。
「隣にはサーシャのマンションも用意されていたのだが、アイツはあっちが本宅だ。こっちは専ら仕事にしか使ってないらしい」
「って。北条のマンションもあんのかいっ!」
す、スケールが違う・・・と陽は思った。
「陽。おまえには、21階のフロアを使ってもらう。悪いが、俺の他の愛人達とは接触せんでくれ。噛み付かれたり怪我されられると困るからな」
そのリスローの言葉に、陽はムッとした。
「俺は狂犬かよ。頼まれたって接触するか。愛人なんてコリゴリだっ」
ふふふ、とリスローは笑う。
「ロテ案内してやれ」
ロテは、もう人の姿に戻っていた。
「はい。リスロー様。陽様、どうぞ、中へ」
「あ、うん。サンキューな」
陽はロテの後について、マンションの中に入っていった。


一方の北条はルゼに事情を訊かされて、ベッドの上で怒っていた。
「陽をリスローに預けただと?」
「は、はい」
「連れ戻せ」
「ですが、サーシャ様」
「あんな見境のない下半身無節操男に、大事な陽を預けられるか!今すぐ連れ戻してこいっ」
陽が聞いたら、「てめえもだっ!」と怒りそうな台詞を、北条はルゼに叩きつけていた。
「それは出来ません」
毅然とルゼは言った。
「なんだと?」
「サーシャ様。私達が、一体どれだけサーシャ様のことをご心配していたか、貴方様にはおわかりにならないのですわ。私達がどれだけ泣いて、サーシャ様のご無事を祈ったか・・・。リスロー様の行動は正しいことです。お元気になれば、すぐにでも陽様にはお会い出来ます。今はこらえてください。私如き、口答えをして申し訳ございませんが、私はサーシャ様を愛しております。今、サーシャ様になにかあったら、私、いえ、私達は死んでしまいます。お願いです。お許しくださいませ」
ルゼの美しい瞳から、スーッと一筋の涙が伝う。
「くそっ」
ボンッ、枕に八つ当たりをして、北条は
「わかった。下がれ」
と、ルゼに命令をした。
「ありがとうございます」
ルゼは、お辞儀をして部屋を出ていく。
北条は、窓の外に視線をやり、「陽・・・」と小さく呟いた。

続く

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