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ステロト。

「って、ここがステロト!?」
確かに殺風景だが、人が住めない土地ではなさそうだった。
だが、鬱蒼とした木々が邪魔で、空が見えず、辺りは常に暗い。
どこまでも続く、深い森の中という印象だった。
「うちの星は、空中に住んでるのが多いからな。大地にくっついているだけで、最下層的な発想でな。まあ地球でいう地獄的なイメージの土地になっちまうんだ」
北条の説明は、わかりやすかった。
「それで皆の反応が納得いくぜ。俺、どんなとこかと思ったけど、まあまあ住めそうじゃん。良かった〜。ちと暗いけどな」
陽は、周囲を見渡して感想をもらしてから、ハッとした。
って。全然、よくねーだろ。俺ってば、当分こいつと二人っきりなんじゃん!?
「あ、あのさ。俺達いつまでココにいんの?」
「さあ。知らん。俺はおまえさえいれば、まあ、いい」
あっさりとそんなことを言う北条に、陽は、うっ、と詰まった。
まったく返事に困るセリフだった。
俺も、なんて言う訳にもいかず、バカ言ってんじゃねえと言ってもいい気がするが、北条が自分を選んだ、というのは、正直嬉しくもある。ちょうど真ん中の気分で、
陽は、あたふたとしていた。
「お、俺は、別にそんなん、おまえだけいればいいって訳でもねえし、かといっておまえがいなくて一人でここっていうのもありえねえし。なんというか微妙な気持ちでいて。
って、聞いてねーな」
さっさと北条は、目の前の屋敷に向かって、陽を追い越して歩いて行ってしまっていたのだ。
ステロトで陽と北条が住む場所と指定されたところには、小ぶりの屋敷が立っていた。
「ここか」
「二人で住むにはでかくね?」
入ってみて、この屋敷の一部が研究施設なのがわかった。
「ここって、研究施設?」
「ああ、そうだな。なにかに使われていたんだろう。あとでカウマインに聞いてみる」
設備に白い布がかかっているが、まるっきり使えない訳ではなさそうだった。
「懐かしいなあ、おい」
「そうだな」
「ここ、使っていいならば、俺、またなにか研究してえな」
「ちょうどよい。ならば、俺の研究開発を手伝え」
「え。なんか、あんのか、目標が」
「そりゃある」
「なに、なに」
「おまえに俺の子供を産ませることだ」
「・・・」
陽は近くになにか殴るものがないかを目敏く探したがなかった。
「ざけんなよ!んなもん、誰が手伝うかっ」
「ははは」
北条は軽く笑った。
「そうは言っても、ここでやることと言ったら、おまえとせいぜい子作りに励むしかないしな」
「んなの、上の屋敷でも、それっきゃやってなかっただろーが」
陽は、空を指差した。
「そう言われてみりゃそうだな」
「このボケ」
「でも、まあ。あの屋敷だといろいろ制約はあったが、ここは別におまえと俺の二人っきりだしな。どこでヤろうと誰に文句を言われることもない。部屋でなくとも、ここの広間でも、
廊下でも外でも時間も関係ないな。朝だろうと夜だろうとな」
「一体おまえが誰に制約受けていたのか教えろよ」
呆れる言いぐさの北条に、さすがの陽も呆れた。
「とりあえずおまえとセックスを楽しみたいと思ってる。俺のステロト生活は」
リゾートしにきたような口調で北条は言うのだった。
「他にすべきこと、もっとあんだろーが。せっかく二人きりになったんだから、すっげえ共同開発でもして、上のやつらをびっくりさせてやろうぜ」
へっへっ、と陽は楽しそうに笑った。
「おまえは、どんな状況でも、めげないな」
その前向きさは好きだがな、と北条は呟く。
「へっ。めげていても仕方ねえだろ。ま、いつかは、皆のところに戻れるしさ」
「みんなって?」
聞き返されて陽は指を折り始めた。
「え。ルゼやりスローや、シュリとかおまえの愛人達とかだけど!?」
「おまえにとって、やつらはいつのまにか仲間になっていたのか」
陽は目をぱちくりさせてから、頷いた。
「そりゃ、そうだよ。だって俺、最初はおまえしかいなかったんだぜ。それからおまえを介して色々なやつらと知り合って。今ではみんな仲間さ。おまえの愛人達とだって時々はおまえの悪口言って
盛り上がることだってあったんだぜ」
「ふふ。そうか」
つくづく陽がこういう性格でよかった、と北条は思った。だいたいにして、陽は環境適応能力が高い。
地球から連れ去られ、桃色屋敷に閉じ込められ、リスローに拉致され、ティガンで暮らす。そして今度はステロトときた。めまぐるしいにもほどがある。(←誰のせい・・・)
もっとも、陽がこういう性格だから愛した部分もあるのだ。
つくづく愛おしいと、北条は、部屋をうろうろしては色々なものを真剣に覗き込んでいる陽の姿を見つめては、目を細めた。


「えっ」
「とにかく色々詳しいことを聞いてくるのを忘れたのでな。今からカウマインに聞いてくる。まだ本格的なシールドを張られていないだから、上への出入りは自由な筈」
北条は木々の隙間からチラリと見える空を指差した。
「ちょっと待てよ。俺を置いていく気か。こんな暗い場所に一人で」
「まだ夕方にもなっておらん。小娘ではあるまいし、一人でおいていかれるぐらいでガタガタぬかすな。カウマインには、ここでの最高待遇を約束させてここに戻る」
ふんっ、と北条は鼻息荒く、翼を広げた。
「おまえは俺の留守の間、適当に屋敷の周辺を調べておいてくれ」
「いや、待て。お化けが出たらどーすんだよ、オイ」
飛び立とうとした北条が、躓いた。
「今、お化けとか言ったか。おまえ地球年齢幾つだっけ?」
「3歳でーちゅ」
えっへと陽は舌を出した。
「・・・」
ギロリと北条は陽を睨んだ。
「戻ってきて、5発ヤらせてくれるならば、上に一緒に連れていってやってもよいぞ」
「5発?」
「おまえの口で2回。中で3回だ」
北条はニッと笑った。
「さっさと行ってこーいっ」
ドカッ、と陽は北条を蹴とばした。
ハハハと笑いながら、北条は白い翼を広げて飛び立った。


あんのエロ天使もどきめ。
あんなのとこれからずっと二人っきりかと思うと、俺は、自分で自分の体が本気で心配だわ、とぶつくさ言いながら陽は歩いていた。
とりあえず屋敷の周辺を調べる為だった。
一時間以上陽は真面目に歩き続き、辺りを調べて回ったが咲いている花や草などからは特に異変は感じなかった。
そろそろ屋敷の近くか、と目印を見つけ気を緩めかけた時、水の匂いを感じて陽は振り返る。
「へえ。湖か」
湖があった。さっきは別ルートを行ったから気づかなかったが、屋敷のすぐ裏手には湖があったのだ。
「天気がよけりゃ、綺麗なんだろうけど。こうも薄暗くちゃあな。もったいねえな」
一人呟き、陽が湖を離れようとしたその時。
バシャンッと音がした。
「ん?」
魚でも跳ねたかと陽は振り返った。
「ここの魚とか食えるのかな。そういう情報どーすんだよ、一体。まさか毒見しろってか」
言いながら、音の方へ小走りに近寄ると。
「!」
バシャバシャと水面が派手な音を立てて、小さな子供らしき影が溺れていた。
「わーー。魚じゃなくて、人かよ。しかも子供?待ってろ、今助けてやっからな。俺は泳ぎが得意だぞ」
叫びながら、陽は水に飛び込んだ。
「わあああん」
子供は泣きながら、泳いできた陽にしがみついた。
「もう大丈夫だぜ。怖かったろ」
子供片手に陽は岸まで泳ぎ着いた。
「よーし。ほら、もう大丈夫。え、ずずず?」
すぐ傍で聞こえた、ズズスという不気味な音。なんの音?陽はギクリとした。
着くか着かないかわからないがとりあえず足を伸ばしたら、湖底に足がついたものの。
ずずずと音を立てて、湖底の泥が陽の足を引っ張ったのだ。
「ひえーー。なに、これ。もしかして、底なし湖??」
子供を先に岸に下していたので、子供は無事だった。
「やべ。マジかよ。そーゆーオチ?俺ってば、ここで死んで、ジエンド?」
ヒイイイ。
子供が必死に、陽に向かって手を伸ばしていた。
「いや、おまえは手を伸ばすな!ここで、おまえまで落ちたら助けた意味がねえ」
子供の手を振り払い陽はもがいた。
なんと。北条どころか、湖が俺の敵だったとは・・・。
がほっ。水が喉に入り込んできた。
いやもう、なんかここで死んどいた方が楽かね、俺の人生・・・と陽はフッと思った。
「うわああん、うわああん」
相変わらず子供が泣いている。
体が沈んでいく。もうダメか、と思った瞬間に、バサリと羽音が聞こえた。
「このバカが。俺がちょっと留守している間に、勝手に死にかけてんじゃねえ」
まるで大根を畑から引っこ抜くかのように、北条は陽の体を湖から引き抜いた。
ぜえぜえと陽は息を乱し、草の上に寝っ転がった。
「おまえ。俺としばらくぶりのセックスもしないで死ぬつもりだったのか!」
北条の叫び声が聞こえて、陽は眉を顰めた。
「たった今まで生死をさまよっていた俺に、いきなり煩悩ぶつけてくんじゃねー。もっと他に言うことねえのか、この野郎」
すると北条は、しばらく考えこんでから、屈みこみ、バっとずぶ濡れの陽を抱きしめた。
「無事でよかった」
「おまえの本音はどっちなのよ」
素直にはなれない陽だった。
「おにーしゃん。だいじょうぶですか」
「あ、おう。大丈夫だよ」
まだ5、6歳の男の子だろうか。ガタガタ震えていたが、意識はしっかりしていた。
「おまえこそ、もう大丈夫だかんな」
男の子の頭を撫でてやると
「よかったでしゅ。よかったでしゅ」
と男の子は泣きながら陽に抱きついた。
その瞬間に、ぱふん、と男の子の背中から、黒い小さな翼が飛び出してきた。
それを見た北条が目を見開いた。
「これは驚いたな。パオ族か?その羽の色は」
男の子は慌てて羽をしまった。
「あ、あの・・・。僕・・・」
ガタガタと北条を見上げては震えている。
「北条、なんか知ってンのか」
陽は男の子を北条の視線から守るように抱きしめながら、聞いた。
「ああ。当時アリシード閣下が他星で滅びゆくパオ族を数人を捕獲してきたのだが、抵抗がひどくてな。結局はどうにも制御出来ずに、始末してしまったと聞いていたが。
どうやら、とりこぼしがあったようだな」
じろじろと遠慮なく北条は男の子を眺めている。男の子は、完全に北条を警戒していた。
「へええ。なんか、地球人と似てるな外見だな。黒い羽くっついてんけど」
ちっちゃくてかわええ、と陽はつんつんと男の子の羽をつついた。
「ものすごい戦闘能力を秘めている一族なのだが、普段は戦いなんて信じられないってぐらいの穏やかな性格の民族なのだ。彼らが戦闘モードになるスイッチを知りたい、と
アリシード閣下は言われていたな、そういえば」
「へ、へえ。なんか、すげー二重人格って感じだな」
「感じではなく、二重人格だな、完全に」
ふ、と北条は笑う。
そんなところへ、バタバタと数人の大人が、湖の向こうから走ってきた。
「ジアン。無事だったか」
「ジアン様、ご無事で」
男らは、陽と北条には目もくれずに、男の子の元へと走り寄って行った。
「長老様。あちらの黒い髪の方が僕を助けてくださいました。僕は長老様のいいつけを破って、湖で遊んでしまったのです」
すると、長老様と呼ばれた男が、陽を振り返った。
「なんと。そなたがジアンをお助けくださったというのか。おお、確かにずぶ濡れで。このような危険な湖に・・・」
「まあね。底なし湖だって知ってたら、ちょっと躊躇ったかもしれないけど、幸い知らなかったしー」
えへへと陽は笑いながら、濡れた髪をかきあげた。
そんな陽を見て、長老は、ゆっくりと跪いた。
「主様」
「へっ」
俺のこと?と陽は自分を指差した。
「あなたは、我らの新しい主様です」
長老が陽の手を取り、その手に軽くキスをした。
「ぬわっ。な、なに」
ビクッと陽が手を引っ込めた。
「その美しい容貌、気品あるお言葉づかい、ジアンを救いに底なし湖に飛び込まれる勇気、優しい御心。まさに、我らが一族が失った主様とそっくりでございます」
うっとりと長老は言葉を紡いでいた。
「・・・ええっ。って、なんか、俺をすごく理解している言葉を言われている気はするが」
なあ、と北条を見上げて陽は真面目な顔で言った。
「どこがだ。まったく、またか。シュリの星といい、おまえみたいなツラ、あっちこっちの星に存在しているのだな。まったく、自分の好みが急に不安になってきたよ」
北条はてんで、パオ族の長老の言葉など、気にもとめていなかった。
「この際、てめーの好みなんぞどうでもいい。美しき遺伝子は、星々に存在するものだ。あ、美しき遺伝子って、俺のことね。えへ」
陽は一人で、もじもじと照れていた。
「急に生き生きしてきたな、きさま」
「皆の者。主様が再び我らの前にお目見えになられたぞ」
長老が力強く言った。
ぞろぞろと、人が、あちこちから出てきた。
「えっ。どっ、どこにいたの、この人達」
「さあ」
俺が知るか、と北条はご機嫌斜めだった。
「この方が我らパオ族の新しい主様じゃ。ジアンをお助けくださった」
「おお。主様、主様じゃ」
わああ。陽の周りには、人だかりが出来た。中には、陽の服にとりすがって、拝む者までいた。
「や。困るなぁ。なに、これ。俺ってば、神様みたいな感じになっちゃった〜」
「なにをデレデレしとる。子供や老人や男に抱きつかれてるだけじゃないか」
陽を取り囲んでいるのは、老人や子供や青年達だったのだが。
「いや。だって、パオ族、絶対女の子いるっしょ」
デレッと陽が言うのを、長老は聞き逃していなかった。
「主様が女人を所望されている。誰ぞ、パオ族一番の美女を連れてまいれ」
「え、え。そ、そんな、おじい様。なんと察しのよいお方・・・」
北条は、デレデレしている陽を見て、白けた顔をしていた。
「この展開でおまえ好みの美女が登場してくる筈がなかろうが」
そんなことになったら、話がいつまでたっても終わらんからな、とボソリと北条は言い捨てる。
「連れてきたぞ。ニキじゃ」
「おお、ニキか。ニキならば、確かにパオ族一番の美人だ」
若者達が羨ましそうな目で、陽をジッと見ていた。
「おおお。ニキちゃん、カモーン」
期待を込めた目で、陽はそちらを見つめていた。
人々をかき分け現れたのは、パオ族一番の美女と呼ばれるニキ。
ズーン。
「なにかございましたか、長老。また空の一族が攻めてこられたか」
顔は美しいが、筋肉隆々。腹筋が割れて美しい。仰がんばかりの長身。
パオ族一番の美女ニキは、それはそれは、逞しい肉体をもっていた。
長身の北条ですら、ニキと並ぶと追い抜かれていた。
すばらしく鍛え抜かれた肉体美の女性が、そこには、いた。
「ほう。確かに美しい」
北条がニヤニヤしている。
「ニキ。主様が、そなたに会いたいと申してな」
長老がそう言うと、ニキはヒョイッと陽を見下ろした。
「これは、これは光栄でございます。しかしまあ、随分と可愛らしい主様でいらっしゃるな」
ニキは、軽々と陽をその腕に抱きかかえた。
「さきほどは我らの一族の王子を助けてくだされたとか。ありがとうございました」
「いえ。どーいたしまして。ああ、たっ、逞しいね、ニキちゃん」
しくしくと、陽は、ニキの腕の中で悲しみの涙をこぼしていた。
「パオ族が強いのは女性だ。男は家庭に入り、家族を守る。女が外に出て一族を守るのだ」
くっくっ、と北条は腹を抱えて笑っていた。
「てめえ、知ってたな」
わなわなと陽は震えながら、バカ、アホ、と北条を罵った。
「むろん。レコーダーであるからな。捕獲してきた異星人の特徴は頭に入っている。知らぬ筈はないだろう」
北条は澄ました顔をしている。
「主様方は、こちらに住まわれるのか」
ニキが背後の屋敷を振り返った。
「はあ、一応」
抱っこされたまま、陽はコクと頷いた。
「おお、それは賑やかになるのう。大歓迎じゃ。さっそく今宵は主様の歓迎の宴を催そうではないか」
長老と呼ばれた老人が提案すると、皆が「そうだ、そうだ」とどよめいた。
「ま、まあ、確かに。こいつと二人かと思ってうんざりしてたけど、あんたらがいてくれたんならば、淋しくねえな」
陽は、あははは〜と泣き笑いだった。
「しばらくここに居座るから、よろしく!」
大歓声と拍手で、陽はパオ族に迎え入れられた。


屋敷の庭では、どんちゃんどんちゃんと祭りバヤシのような陽気な音が聞こえてきた。
パオ族が歓迎の宴を開いてくれていたのだ。
彼らが作る不思議な楽器は、地球の太鼓とよく似ていて、彼らが母星の音楽と奏でる曲も、どういう訳か日本の盆踊りの曲によく似ていた。
そんな音を耳にしながら、陽は木製のバルコニーの手すりに腰かけて庭を見下ろしていた。
「まったく。おまえと関わっていると飽きんわ。次から次へとよくもまあいろんな展開になることだ。このステロトぐらいは二人でしっぽりと思っていたのに」
北条は、パオ族が酒だという紫色をした液体をグラスに注いでは、さっきからカパカパやっていた。
「しっぽりって、温泉じゃあるめーし」
陽は笑いながら、階下・庭のパオ族を眺めていた。
「ある意味ステロトの生態調査に派遣されたのだから、これは初日から大発見だな」
北条がボソリと言った。
「まったくだよ。すんごい賑やかな地獄もあったもんだな」
陽の横に立ち、北条も庭を見下ろしていた。
「誰もステロトになんて近づく発想がなかった。まさかこれほどまでに、パオ族が根付いていたとは。カウマインも驚くであろうな」
「でも、別にいいんだろ。やつらはおとなしい民族じゃないか」
北条の「レコーダー」的な台詞に、陽は動揺した。
「確かにな。だが、報告はせねばならぬ」
すっ、と北条も手すりに腰かけた。
「そんな。報告したら、パオ族はどうなるんだ。俺らが来なければ、平和に暮らしていたんだろうが」
「我らは優秀な民族を保護するのが使命だ。殺す為に連れてくるのではない。おまえはなんか誤解しているぞ」
その北条の言葉に、陽はホッとした。
「そっ、そうだよな。俺だって、地球の優秀な民族を保護する為に連れてこられたんだもんな」
しんみりと陽が言った。
「なに言ってんだ、俺が地球からおまえを連れてきたのは、単なる俺の趣味だ」
北条は、はあ?という怪訝な顔で陽に向けた。
「趣味で人さらってくんなよ!」
があっ、と陽は北条に向かって吠えたが、すぐに庭先の音楽を耳にとらえ、伏せ目がちになった。
「懐かしいなあ、地球。この音楽なんて、まんま東京音頭だっつーの・・・」
階下から立ち昇ってくる楽曲に、陽は目を閉じた。
「なあ、北条、本当に俺の星、なくなっちゃったの?」
聞かれて、北条は、気まずげに陽から視線を逸らした。
「まあ、おまえがいた星だ。そのうちバラバラになった欠片がくっついて、ずぶとくいきなり復活するかもしれんがな」
「・・・そうだな。そうなりゃいいな。そうなれば・・・」
ポロッと陽の瞳から涙が零れた。
これだけ長い間この星にいて、地球のことを話したのは久しぶりだった。
「やっべ。なんだよ。てか、東京音頭とか流してんじゃねーよ」
ぐしっ、と陽が鼻を啜った。しはらく、スンスンと鼻を啜っていた陽だったが、ボソリと言った。
「俺。今、ここに地球人がいたら、どんな女とでも、いや、男とでも結婚しちゃうかもしれない。地球人に会いたいっ」
手すりに顔を伏せて、陽が珍しく弱音を吐いた。
パオ族め・・・と北条は庭のパオ族を憎く思った。
確かにこれは、陽にとっては残酷だろう。
彼らパオ族は星を追われても、一族として別の星でこうしてちゃんと生きている。
彼らは、星に伝わるものを共有できる仲間がいて、食べ物から文化まで、違う星でありながら、母星を再現出来るのだ。
だが、陽はたった一人。誰もいないのだ。地球人は、陽しかいない。
幾人もの星を追われた人々を見てきた北条は、その辛さをよくわかっていた。そしてその辛さを愛する者が目の前で味わっている・・・。
どれほど愛を囁いても。どれほどぬくもりを与えても。自分では陽をカバー出来ない部分があるのはわかっていた。
陽の中に流れる血が呼ぶ。それは、愛とか恋を超える、なにか。人としての、なにか。魂の部分での、なにか。
北条はギュッと唇を噛んでから、ゆっくりと陽に話しかけた。
「懐かしいか、地球が」
「当たり前だろ」
「帰りたいか、地球に」
「当たり前だろ」
「俺がいなくても?」
そういう北条の語尾は掠れていた。
「え」
陽が聞き返した。
「俺はおまえを地球に帰してやることが出来るかもしれない」
「な、なんだとっ!」
バッと陽は手すりから顔をあげて、北条を見た。
「はっきり言えば、おまえの地球が生きてようと死んでいようと、我らの星にはまったく関係ない。だいたいにして、ジンは我らの星には不必要という結果が出ていたからな。
のめりこんでいたのは俺一人。だから、おまえが一人消えたところで誰も文句は言わない。やろうと思えば、やれるんだ。このレガンを使えばな」
「?」
北条は片耳のピアスを指差した。
「これは奇跡の石と言われてな。だが、なにが奇跡かは実際わからぬヤツが多いのだが、見た目の美しさとその神秘に魅せられて、高い値がつく宝石だ。これは俺の一族に伝わる石で、
しかも一族の私のように能力の強いヤツしか使いこなせない石だ」
「よくわからん。なんかおまえの自慢の話?」
はて、と陽は首を傾げた。
「これは、時間を操る石でな。まあぶっちゃけ、時間操作が出来るんだ。だが使用用途は一度だけ。一度だけならば、時間を操ることが出来る。おまえを地球に居た頃の時間に
戻してやることが出来る。そしておまえは、地球と共に滅びることが出来るのだ」
「!」
ようやく陽は、正しくレガン石を理解した。
「ただ、俺は、ここを動けない。レガンはこの星でしか発動しない。だから、俺はおまえと共に行けぬのだ」
どこか淋しげに北条は呟いた。
「俺は帰れるのか、地球にいた時間に」
「ああ」
「地球に・・・」
「望むならば、返してやってもよい」
北条は、スッと目を閉じた。陽の答えが怖かったからだ。
沈黙が続き、そして。
「ふーん」
と、陽が短く、言った。
「ふーん!?」
眉をきゅっと寄せて、北条は目を開いた。
「そっ、そう言うしかねーじゃん」
「いや、他にもっ言いようはあるだろ」
北条が言うと、陽はチッと舌打ちした。
「かっ、帰れねーと思ったから、帰りたいって言ったんだよ!」
さすがに北条は「?」を顔に張り付けて、陽を見た。
「わかんなくていいよっ。とにかく。おっ、俺は、今、おまえとは別れたくない。地球には・・・そのうち帰る」
「そのうちってな、おまえ。軽く言うな」
北条が陽をジロリと睨んだ。
「うるせーなっ。今、おまえと離れたくないんだ。悪いかよ」
あー、言いたくねえ、と言いながら、陽は、言った。
「いや。悪くはないぞ、それは全然」
陽はちょっと唇を尖らせながら、
「ステロト、なんか楽しそうだし、リスローやルゼ達ともまた会いたいし」
もごもごと呟く。
「おまえ」
「とりあえず、その石、大事にとっておいてくれ」
ぶっきらぼうに陽はそう言うと、プイッと北条から視線を逸らした。
「喧嘩するたびに、この石を使うと喚くおまえが今から目に浮かぶ」
北条は耳朶を触りながら、苦笑した。
「うん。多分、俺、言うと思う。だから、北条。しばらくはそれ、隠しておいた方がいいぜ」
そうすることにしよう、と北条は、ここは素直に頷いた。
「まさかおまえが、ここに残ると言うなんてな」
「残ってほしくねえの」
傍らの北条を陽は見上げた。
「そんな訳ないだろう」
横顔で、北条が笑う。
「だよな。俺がいなくなっちゃったら、おまえ、死んじゃいそうだもんな」
へへっ、と陽は指で頬を掻いた。
「・・あながち外れてはいないな。死ぬだろ、多分」
北条はあっさりと陽の言葉を肯定した。
「だろ。それぐらいおまえ、俺のこと好きだもんな」
「ああ。そうだな。俺は、そうだ。じゃあ、おまえは?おまえは俺をどう思っているんだ」
聞かれて、陽は一瞬、ウッと詰まったが、しばらくしてはっきりと言った。
「・・・泣くほど恋しい地球に、今すぐに帰るとは言えねえぐらいは、好き・・・」
驚きに北条の瞳が見開かれた。
「だって、そうだろ。地球にだって、おまえほど俺のこと愛してくれるヤツ、きっといねえよ」
頭の後ろで腕を組みながら、言ってて不本意だけど、と付け足しした。
「おまえの両親がいる」
そんな陽を瞳で追いながら、北条は言った。
「あの二人、きっと子供の俺より、お互いが好きだぜ。でも、夫婦ってそんなんでいいと俺は思ってる」
両親を思い出したのか、陽の目じりが、優しく緩んだ。
「では、ここで、俺達が夫婦になろう」
いきなり北条がぶっとんだ提案をしてきた。
「ないない。いっとくがてめーの子供は産まんし」
冷ややかに陽はその提案を退けた。
「産めるようにしてやる。陽、愛してる」
相変わらず、北条は、なんの躊躇いもなく、そう言い放つ。
「ん。まあ、えっと」
にかっと陽は笑った。
「俺も、かな」
北条は持っていたグラスを放り投げた。
「おまえと・・・。離れて生きていくことなど、考えられない。数分前の自分は狂っていた。おまえを地球に帰すなどととんでもないことを言ってしまった」
空いた手で、北条は陽を引き寄せた。
「泣きそうな顔で言われてさ。じゃあ、帰るなんて、言えないだろ」
バッ、と北条が陽の頭を抱え込むようにして、抱きしめた。
「陽」
「おまえって、ほんと、そんなツラしてて熱いよなー。俺も結構熱い性格だけど、なんかおまえにゃ負ける。冷たい顔して、すげえ、情熱的っていうか」
ぎこちなく、陽は北条を抱きしめ返した。
「俺はただ、素直なだけだ。欲しいもんは、欲しい。ただ、それだけ」
陽の髪を撫でながら、囁くように北条が言う。
「それだけって・・・。それが言えないやつらが多いから恋愛はややこしいってえのに」
俺もそのうちの一人だし、とこっそり陽は心の中で思った。
「ちなみに俺は、ココも情熱的だぞ。熱く煮えたぎっている。そろそろ久しぶりに俺の情熱を感じてみないか。おまえのここで」
ギュッと尻を掴まれて、陽は飛び上がった。
「ヒッ」
驚いて、陽は北条の腕を振り払って、逃げた。
「なにが、ヒッ、だ。おまえは俺の愛人としてここにきているんだぞ。友達や同僚ではないのだ。ちゃんとおとなしくしていれば、愛人から本妻に格上げしてやるから、
言うことを聞いておけ」
その北条の言葉に、陽はカチンときた。
「べっ、べっ、別に。おまえの妻になんかならんでいいし。言うことなんて聞けるかっ」
陽はキッと北条を睨んだ。
「遠慮するな」
涼しい顔で、北条は陽の睨みを無視した。
「あっ、愛人とか、もう、やめろよ。せっ、せめて、こっ、こっ、こっ」
「こっこ?」
「ぐあー。わかんねーフリすんなよ、やなヤツ」
北条は
「恋人って言え?か。可愛いヤツだ。まあな。では、恋人で」
ニッと笑い、再び陽を腕に抱きしめた。
「でもな、陽。恋人ならば、セックスは同意だ。さあ、俺の為に足を開け」
すかさず北条は陽の耳元にこそりと囁く。
「!」
びくん、と陽の体が北条の腕の中で硬直した。
「今までは俺が無理やりおまえの脚を開いていたけれど。恋人同士ならば、同意のセックスだ。恋人の俺がおまえを欲しいと言っている。ならば、おまえはそんな恋人の願いを
聞いてやるべきだろう。なあ、陽」
そう言って、北条は陽の額に優しくキスをした。
「いっ、今は、やりたくない。だいたい俺達、歓迎の宴を抜け出してここに来てんだぞ。戻るべ」
ぐいっと陽は北条の体を押し返した。
「股間をこんなにして、宴になど戻れるか」
北条はドサッと陽を押し倒した。
「愛してるぞ、陽」
サラリ、と北条の金色の髪が、陽の胸元に落ちてきた。
「ばか、本当に今は、嫌だ。第一、ここ、バルコニー。外なんだけどぉっ」
わーわーと陽は喚いた。
「場所なぞ、関係ない。今だからこそ、抱きたい」
「関係あるって。や、やめろ。ばかやろ〜」
陽の叫びは、北条の熱い唇に吸い取られてしまった。


続く

いい加減終われ〜。
マジで次で最終回です!

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