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たなびく風に髪を揺らしながら、北条はじっと虚空をにらんでいた。
「サーシャ」
背後からの声に、北条は振り返らなかった。
「約束どおり、おまえの愛人達の世話は俺に任せてくれ。といっても、おまえの愛人達は人気があるから、人数制限があって引き受けられるのも限界があるがな」
屋上の床をカツンと蹴るリスローの足音を耳に聞きながら、
「よろしく頼む」
振り返らずに北条は言った。リスローはうなづいた。
「おまえとはつきあいが長いが・・・。その俺でもちょっとわからんことがあってな」
珍しく言いよどむリスローに、北条は相変わらず振り向かず、笑った。
リスローがなにを言いたいかがすぐにわかったからだ。
「どっちを連れていくか、だろう」
「そうだ」
北条は更にクククッと笑った。だが、しばらくして、きっぱりと言った。
「陽だ。俺にとってはどこのどの星が消滅しようと構わん。どうでもいいことだ。だが、俺の目の前から陽が消滅することだけは、考えられない。アイツを連れていく。ジンが消滅した時から、
生きるのも死ぬのも俺と一緒だということを今度こそアイツにわからせてやる」
「・・・とんだストーカーに惚れられたもんだな、アイツも。災難だ」
「おまえには、ルゼを頼む」
「がってん承知と言いたいところだが、アマーリアがおまえの愛人の引き受けに立候補してきた。おそらく狙いはルゼだろう」
「アマーリアが?」
北条の声が曇った。
「そう。美人の生き血をすすると言われている悪趣味なアマーリアだ」
「断る」
「拒否権がないんだそうだ、おまえには。だから・・・。おまえはルゼを連れていけ。俺が陽を引き受ける」
この時、初めて、北条がリスローを振り返った。
「断る。それこそ、お断りだ」
リスローはギョッとした。北条の表情は厳しかった。今まで見たこともないような顔つきだった。
「陽が他の男に、ましてやおまえなんかに抱かれるのを考えるだけで俺は気が狂う。そんなことになるなら今すぐ陽を殺して俺も死んでやる」
「・・・」
さすがのリスローも、北条の迫力に絶句した。
「ルゼの件は、なんとかする。不幸にする訳にはいかない。だが、どちらかを選べと言われれば俺は陽を選ぶ。あいつは生まれた星が消滅して、全てを失った。それに、
見かけからは想像出来ないがこの世界では飛ぶことも出来ないか弱い存在でもある。俺が守らねばならない。他の誰にも、陽を守らせたりなんかしない。俺だけだっ」
一気に言い切って、北条はリスローを睨みつけた。
「お見事。はいはい、わかった、わかった。俺はもう陽には手を出さん。命が惜しいよ」
ぱちぱちとリスローは拍手をしながら、スウッと目を細めた。
「・・・おまえ、マジだったんだなぁ・・・。アリシード閣下といい、おまえといい。俺は自分以外に大事なもんなんてないと思っていたけど、あるやつにゃあるんだな・・・」
しみじみとリスローは言った。
「ただ、あるだけじゃねえよ。俺のは、とてつもなく、デカいマジだ。命がけってやつさ」
「今時、どっかの星の熱血教師でも言わねー台詞を恥ずかしげもなくいいやがって」
チッと舌打ちするリスローだったが、眩しげに目を細めては、北条の背中を見つめた。


場所は変わり、騒然とする北条邸の大広間。
屋上での2人のやりとりを知らない北条の愛人達は、一箇所に集められていた。
デカイ大広間に、監禁されている・・・と言った方が正しい。
愛人達はこれからの自分の未来の不安を口にしながらざわめいていた。
どこからか情報を掴んだ愛人の一人が、大きな声で言った。
「黒の公爵が、俺達に目をつけているそうだ」
「黒の公爵って、アマーリア様?」
「そうだ。あの、美しいものには目がない女公爵さ」
部屋にどよめきが充満した。
「私、聞いたことがあるわ。アマーリア様は、美しき者の体を裂いて血をすするって」
「ああ。聞いたことがある。その血を飲めば、永遠の若さと美貌を得るって信じているらしいとか」
キャアッと、か弱き愛人らが悲鳴をあげた。
「る、ルゼ。なんかすげー話が聞こえるんだけど、本当なのかな」
49人の愛人の一人として、広間の隅にちょこんと座り込んでいた陽は、隣に座っているルゼを肘で突付いた。
「私も聞いたことがあります。黒の公爵アマーリア様のことは」
「本当にそんな残酷なヤツが、女なのか?」
「謎に包まれているので、はっきりとわかりませんが、おそらく。でもとても優秀なレコーダーです」
ルゼの美しい顔が青ざめていく。
「アマーリア様の元に召された愛人達が次々と姿を消していることは確かですわ。理由は色々と言われているけど、真実はわからないままです」
「そ、そんなヤツが、俺達に目をつけて・・・」
陽もサーッと顔色を青くした。
と、また大きな声が響いた。
「続きがあるんだ。アマーリア様は、もう既にカウマイン様に連絡を取り付けたそうだ。欲しい愛人がいるから、ください、と」
その声に、場は静まり返った。
「ご指名があったということなんだね」
「だ、誰のことなんだ?」
聞いた男はガタガタと声を震わせている。
「ねえ。貴方は、その名前を聞いたの?」
尋ねる女の声も弱々しい。
「ああ・・・」
噂の発端の主が、うなづいた。
「誰なの。いやあ、怖いっ」
「誰なのか、言ってくれっ」
「教えてくれ」
皆が恐怖に叫んでいた。
「それは・・・。言いづらい。いや、だが、しかし・・・」
言いよどむ男に、皆が不安と苛立ちを隠さず、口々に「教えてくれ」と詰め寄った。
男は決心したかのようにうなづいてから、きっぱりとその名を口にした。
「それは、ルゼ様のことだ」
「!」
バッと一斉に皆の視線がルゼに飛んできた。名指しされたルゼは、さすがに、恐怖に引きつった顔をした。
その美しく、だが恐怖に彩られた顔を見て、陽はグッと唇を噛んでから、スクッと拳を握り締め、立ち上がった。
「お、俺が代わりになるっ!」
その場がシーンとなった。
「誰がルゼをその黒の公爵だか、癇癪だかに簡単に引き渡すもんかっっ。冗談じゃねえ。俺が代わりになる」
ぜえぜえと肩を揺らし、男前なことを一気に言い切った陽だが、
「人の話をよく聞けよ!アマーリア様は美しき者にしか興味を示さないって言ったろ!およびじゃねーんだよ、ブサイク」
「身の程知らずのちんくしゃが代りですって?呆れるわっっ」
「鏡見たことあんのか?よくもぬけぬけと」
と散々な反応が帰ってきて、場の雰囲気であった恐怖はすっ飛んだ。
おまけに「ぶっ。ふふふふ。あははっ」とルゼが吹き出し、笑い出すもんだから、ますますだ。
「あははっ。よ、陽様ったら。うふふふ。な、なんて可愛らしいのでしょう。ああ、やはり、私は貴方様には勝てませんわ。私は、貴方が大好きです」
うふふふっとルゼが笑い続けるので、愛人達もあっけに取られ、やがてつられて笑い出す。
「な、なんだよ。なんだよ、この空気はっ。お、俺は真面目だぞ。る、ルゼをそんな訳のわからんヤツになんか渡せるかよ。俺は本気なんだ〜!!」
半分涙目になりながら、陽は絶叫した。


そして、そんな光景を扉の陰で、屋上から降りてきた北条とリスローが見ていた。
彼らは、途中から、この盛大な噂話に加わっていた。ほぼルゼと同時に、リスローが扉の向こうで爆笑していた。
「か、鏡見たことあんのかよ、だってサ。ひっでぇ」
ブハハハッとリスローが笑っている。
「笑いすぎだぞ」
「だって、だって」
「ふふ。ヤツめ、半分ベソかいている。ああいうところが、俺にはたまらん。可愛い」
リスローを窘めながら、自分は、涙目の陽を見ては、デレデレしている北条であった。
「けっ。とにかく、早いとこ、救い上げてやれ。あれで結構ナルシストなのを俺は知っている」
リスローの言葉に、デレッとしていた北条は我に返り、フッと笑った。
「そうすることにしよう」
バンッ!北条は荒々しく扉を開いた。
愛人達は、ハッと扉の方を見た。彼らの主人、サーシャが立っている。
「陽」
北条は、陽の名を呼んだ。呼ばれた陽は、北条を見た。キョトンとしている。
「ブサイクなおまえでは、アマーリアの相手は不足だ」
かつかつ、と北条は愛人達をかきわけ、陽の傍までやってきた。
「んだとぉ、こらぁっ、いきなり出て来て、てめーまでっ」
たちまち、ギャンッと陽は喚いたが、愛人達はまた大笑いだった。
「余計傷つけてどーすんだ。ったく、あのドSめ」
と、リスローは呆れながらも、扉の影で様子を伺っていた。
「今回の件、お前たちの行き先は俺がしっかりと信頼出来る者に託すことにしてある。心配はするな。俺は、これからステロトへ行く。ここへはたった一人の愛人しか連れていけぬ。
そこに連れて行くのは、ここにいる陽にしようと思う」
そう言って、北条は眼の前にいた陽をギュッと抱きよせた。
「わっ。てめ、なにすんだ」
「そなたらにとってここにいる陽は、羽もなく飛べもしないで、頭が悪くナルシストな出来そこないのブサイクにしか見えていないであろう」
ルゼを除く全ての者が大きく頷いた。
「お、おまえら・・・。き、傷つく」
北条の腕の中で暴れながら、さすがに陽も傷ついた顔をしていた。
「だが。こう見えて、これは俺の宝石だ。異国から無理やり連れてきた、俺にとっては大切な失くせないものなのだ。だからステロトに連れてゆく。離れて生きていくのが不可能なほどに、
俺はおまえを愛している。なにがなんでもどんな状況でも必ずおまえを守るから、おまえは俺と運命を共にしろ」
後ろから抱きしめられて、最初は皆に向って言っていたであろう北条だったが、後半はほとんど陽の耳に囁いていた。
「うっ、てめっ。こんな大勢の前で・・・。ちきしょう」
今裸になったら、もう多分爪先から頭の皮膚まで、すべてが真っ赤だ。自信がある、と陽は思った。
なんでコイツは、こんなこと。49人の前で、こんなこと言いやがる!!
北条の腕の中で硬直してしまった陽を助けるかのように、リスローが進み出た。
「よし。おまえ達。サーシャと陽は勝手にやってろ状態にして、だいたいの状況を把握しているこの私リスローが、お前たちの今後を教えてやる」
バタンッ。リスローが部屋に入ってくると、愛人達の視線は一斉にリスローに移った。
「リスロー様。お教えください」
「お願いします、リスロー様」
バタバタと愛人達がリスローに走り寄る中、ルゼは、取り残されたサーシャと陽を振り返った。
ルゼは、思わず目を細めた。
そこには、とても美しい光景があったからだ。
見慣れた筈のサーシャの変化。
ゆっくりとサーシャがレコーダーの力を発動していった。
美しい金色の髪がゆるゆるとたなびき、白い羽がファサッと羽ばたいた。
部屋に溢れた日の光が、美しくもその荘厳な姿を照らし出している。
そんなサーシャが、腕の中の陽を見つめて。
そして、はにかんだように微笑んだ。
今までルゼが見たこともないような、心から幸せそうな北条の笑顔だった。
陽も、笑って、北条を見上げていた。
唇が重なってもおかしくない距離に2人の顔が近づいたが、白いサーシャの羽が、陽の体を守るように大きく開いて、その姿を包み込んだ。
「サーシャ様、陽様・・・どうぞお幸せに」
ルゼの瞳に、涙が溢れた。

バサッ、と大きな羽音が響いた。
リスローに群がっていた愛人達、そしてリスローもその羽音に顔を上げた。
ヒラリ、ヒラリ、と白い羽を2枚部屋に残し、開け放たれた窓から、陽を抱いた北条は出て行った。
愛人達が、皆、窓の外を見上げては、「サーシャ様」と泣きだした。
日の光で、埃ですらキラキラと輝く美しい宝石のような、その部屋から。
北条と陽は、旅立っていった。

続く


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