「俺、石塚絢。よろしく」
「俺は本城北斗。よろしく」
なんとなく、自己紹介しながら歩いた。パンッと北斗が唐突に傘を指で弾いた。
「っと、ワリィ。ありがてーけどさ。俺、もうこんだけずぶ濡れで、今更なんだけど相合傘もねえから。第一アンタ、ずっと傘持ってて指痺れてンだろ」
言われて絢はハッとした。そーか。そういやそうだよな、と改めて絢は思った。なんで今まで気付かなかったんだ?と自分でも思った。
「いや、別に。大丈夫だけど・・・。つか、俺んちすぐそこなんだけど、寄ってく?服貸してやるよ」
北斗は少し「へ?」っというような顔をしながら、時計を見た。
「さっき、バイトとかいってなかったか?」
「気にすンなよ」
そう言うと、北斗は少し考えこんだようだった。
「ふーん・・・。なら、お言葉に甘えるよ。時間、余っちまったし」
よっ、と北斗はリュックを肩に抱え直した。
「すげえボロだけど、驚くなよ」
誘ったものの、こんなお上品そうな男を招き入れる場所ではないな、と絢は咄嗟に思った。
「別に。俺が女だったらひくかもしんねえけどな」
こちらの気持ちも知らずに、ケケケと北斗は笑った。
「ま、確かにな。アンタ、男だし。構うこっちゃねえよな」
そう答えたものの、やはりなんとなく、絢は気が退けた。
北斗は、喋り方やたばこの吸い方もいたって普通なんだが、どことなく育ちが良さそうに見えたからだ。
しいていえば、顔か。整った顔。明らかに人より秀でた容貌が、そう感じさせたのかもしれない。


アパートに着き、北斗は着替え、その濡れた衣服を絢が洗濯機に放り込んでいる時だった。
「おまえ、K大?」
部屋のそこらに散らばらった資料を見つけたのか、北斗が聞いてきた。
「ああ。先月辞めたけど」
さっさと捨てときゃよかった、と絢は思った。触れて欲しくない過去だ。
「マジ?何年?」
こちらの気持ちも知らずに北斗はズケズケと聞いてくる。
「新入生」
「へえ。同期だったのか。俺もK大だぜ」
「ふうん」
どうやら同じ大学で同じ歳だったらしい。
「なんでやめたの?」
「金がねえから」
北斗は目を見開いた。
「いまどき、金がなくて大学やめるヤツいるんだ」
どんな金持ちのセリフだよ、と絢は思ったが、K大ならば仕方ないかもしれない。金持ちも多い。
「悪かったな」
むかついたが、不思議と本気では、怒りは沸いてこなかった。
「なら、俺の金、あげようか」
「はあ?」
北斗は、玄関に放置されたままの黒い濡れたリュックを指差した。
「あん中に、ごっそり金入ってるぞ。駆け落ちする予定だったからな」
たんまりだぜ、と北斗は悪戯っ子のように笑った。
「バカじゃねえの」
コイツ、マジ駆け落ちだったのか?とそっちの方に驚いた絢だった。
「マジだって。見てみろよ」
「興味ねえよ。それよか、ラーメンでよければ食うか?作るぜ」
絢が鍋を北斗の前に見せつけると、北斗は腹を押さえた。腹は減ってるようだった。
「なんか・・・。悪いな。服借りて、しっかり寛いで、挙句に飯まで作ってもらって・・・」
ポリポリと北斗は鼻の頭を掻いている。
「別に。自殺者一人救ったと思えばな」
「自殺?俺がそんなことするようなタマにみえるのか」
アハハハと北斗が大きな声で笑う。目、笑ってねーし、と絢は思った。
「見えたね。さっきのおまえ。ベンチに座ってるおまえは、まるで捨てられた子犬だった」
絢がそう言うと、ますます北斗が笑う。
「捨てられた子犬。俺が?んなに可愛いもんかよ」
「今だって、つついたらすぐに泣きそう」
「は。今?」
北斗はキョトンとしている。
「うん、今」
コイツ。自分で気づいていないのか?と絢は思った。
「別に俺の前で無理して笑わなくてもいいぜ?思い切り泣いてくれても構わねえぞ。どうせ明日になりゃ他人だし。って今も他人だけどさ。誰かに言いふらしたりなんかしねえしな」
笑っていても、その笑いがひっこむと、すぐに悲しそうな顔になっているくせに。
「おかしなヤツだな、おまえ。俺が泣きたがっていると思うのか。今でも?」
ヘラヘラと北斗は言った。
「だから、さっきからそう言ってんだろ」
しつこいな、と絢は思いながら答えた。
北斗は真顔になって、前髪をかきあげた。
「なあ、今日、泊めて」
「え」
「家、帰りたくない」
「家出少女みてえなセリフ。襲われてもしらねえぞ」
プッと絢は苦笑しながら言った。
「襲い返すから、構わない」
シレッと言い返す北斗だった。
変なヤツ・・・と思ったけど、絢はうなづいた。
「今日だけならいいよ。明日は駄目だけどな」
「ああ。サンキュ」


食事をし、一緒にテレビを観たりしながら、夜が来た。
夜になっても、雨はしとしとと降り続けていた。その雨の音を聞きながら、二人は、自然に体を重ねていた。
とても自然に。まるで、そうなるかのように、運命に組み込まれていたかのように。