眠れない・・・。北斗は、ゴロリと何度も寝返りをうった。妻を起こさないように、と北斗は用心深くベッドを降りた。
どうしたと言うのだろう。いつもだったら、仕事に疲れた体はヘトヘトで、ベッドに入るなりすぐに眠れると言うのに。
明日から、大事な取引の控えている海外出張だから、気持ちが昂ぶっているのだろうか?
仕方ないのでリビングに移動して、タバコに火を点けた。
タバコをくわえながら、窓に近寄り、分厚いカーテンを開いた。
北斗の本宅は、閑静な住宅街にある。
ちょっと高台になっているものの、高層マンションから見下ろす夜景と同じものが見える筈もない。
軽く溜め息をつきながら、北斗は窓ガラスに額を押しつけた。
今日、守山から聞いた事実が、ショックで頭から離れない。
絢が、俺以外の誰かと暮らしている。
その事実が。だが。考えてみれば、俺がこうして妻と一緒に暮らしていても、絢はなにも言わなかった。
絢は、なにも感じていなかったのだろうか。
いや、待て。一度だけ、ある。一度だけ絢が妻のことに触れた時が。あれはいつだ?と北斗は考えこんだ。
成田だ。そうだ。海外に出張中で、確か絢も海外の仕事に出ていて・・・。
無理やり連絡を取り、成田で待ってるから帰ってこい、と俺が強引に逢引を決めたんだっけ・・・と北斗は思い出した。
あの年は、本当に忙しくて。でも、正月に絢と会ったきり、夏まで会わずにいて、北斗にとってそれが限界だった。


「よお。どうだった。初めてのファーストクラスは?」
待ち合わせの場所に、スーツケースを引きずって現れた絢に、北斗はニヤニヤとからかいの言葉を投げた。
「おまえも強引だよな。勝手に人のフライト決めやがって。ファーストがどうだったって?んなの、知るか。時差ボケで乗り込んだ瞬間に眠ってて、揺さぶり起こされたらもう成田だったんだ」
絢は、サングラスを外しながら、ブツブツと文句を垂れた。
久し振りに会った絢は、出会った頃のような黒髪に短髪のスッキリとした絢だった。
「悪かったな」
「本気でそう思っているのかよ」
「ゆっくりしてくる予定だったのか?」
「ああ。そのつもりだった。スタッフとか、まだ皆向こうだよ」
「ぶすくれんな。メシ奢るよ」
「・・・寿司で頼む。ところで、北斗。どうせならば、ホテルで待ってりゃ良かったのに。いつものところだろ」
成田での宿泊は、いつも決まったホテルなのだ。
「まあな。でもな。俺、空港好きなんだよ。空港の雰囲気がな。その気になれば、俺はここから、どこへでも行ける。ここは、ありとあらゆる国へと繋がっている玄関なんだ。ワクワクしちまうのさ」
そんな北斗を見て、絢は苦笑した。
「相変わらずだな。おまえは、いつでもどこかへ行きたがっている」
「でも、どこへも行けない。それが現実だ」
いいながら、北斗は絢の肩を抱いた。
「よせよ。誤解される」
絢は慌てて、北斗の腕を振り払った。
「誤解?いいじゃん。どうせ、ホンモノなんだから」
グイッ、と北斗は再び絢の肩を抱いた。
「なにがホンモノなんだよ」
絢は諦めたらしく、今度はもう振り払わなかった。
それなりの有名人ではある絢だが、空港のこの雑多さの中では、そう目立つこともない筈だった。
「ゲイ」
「俺だけだろ。おまえは違うじゃねえか」
ブスッ、とますます絢が機嫌悪そうに呟いた。
「男は好きじゃねえが、おまえならば抱ける。こういうの、ゲイって言わないのかよ?」
「言わねえな」
「あ、そう」
バシッと会話が終わる。
それから、黙々と二人で歩いた。交わす言葉はとくに、ない。
半年振り以上に会うのだから、積もる話もたくさんある筈なのに、互いに黙って歩いていく。既に、沈黙など怖くはない間柄だ。
たとえこのまま、何時間でも無言であっても、互いに気にはしないだろう。
タクシーに乗り込む時、北斗が名残惜しげにターミナルを振り返った。
頭上を、轟音を響かせて飛行機がちょうど通り過ぎて行った。

成田に立ち寄るといつも行く寿司屋に入り食事を済ませ、二人は徒歩でホテルに向かった。
秋の夜風が心地よかった。外国人が多いせいかそれともランクの高い部屋のせいなのか、部屋も広々としているし、ベッドも大きい。
北斗は先にシャワーを使っていて、全裸でベッドの上に胡座をかいていた。そうして、絢がバスルームから出てくるのを待っている。
カチャッというドアの音と共に、絢がバスタオルで体を拭きながらバスルームから出てきた。
北斗は、目を細めて絢の体を見つめていた。均整の取れた体だった。さすがに、体が資本の仕事をしているだけある。
元々持って生まれたしなやかな体と、意図的に鍛えた体。北斗は腕を伸ばした。
絢は、バスタオルをバサッと無造作に床に投げ捨てると、腕を伸ばす北斗の腕の中にすっぽりとおさまった。
そして、二人はセックスの始まりとばかりに、濃厚な口付けを交わした。
「なあ。向こうで女抱かなかったのか?仕事で手一杯で禁欲生活だったとか?」
「なんで?」
「だって。俺を呼び出したから」
そう言って、絢は北斗のペニスから指を離し、唇に含む。
「っつ・・・。あ、んな訳ねえだろ。ちゃんと抱いてたさ」
北斗は、自分の脚の間に蹲る絢のサラリとした黒髪に、指を絡めた。
「抱いていたけど・・・。柔らかい女の体ばかり抱いていたら、むしょうに固いおまえの体に触れたくなったんだ。こうしてな」
剥き出しの、絢の尻を、北斗は空いた方の手で撫でた。ピクンッ、と北斗を咥えている絢の体が反応した。
「触るな。気が散る」
絢が顔をあげた。唾液で、元々赤い唇が濡れていて、妙に艶っぽい。
「気にするな。触りたい」
「いやだ。気にする。触るな。おまえ、すぐ指挿れるから。あ、やっ!」
ヒッ、と絢はうめいた。
「いやだ、北斗。指、いや、だ」
「いいから、しゃぶってろ」
グイッ、と北斗は絢の顔を自分のペニスに押し付けた。
諦めたのか、おとなしく絢は、再び北斗のペニスを口に収めた。
暖かい口腔に迎え入れられて、北斗のペニスがピクピクと反応し出す。
絢の唇に含まれると、すぐに達してしまう自分がなんだか悔しい北斗だった。
慣らされたのか、それとも元々相性がいいのか、絢が上手いのか?
持久力には自信がある筈なのに、と思うのだった。そういえば、以前、絢に言われた。
『おまえのコレさ。ブラインと比べてもあんまり変わらない。おまえが日本人の平均より大きいのか、ブラインが外人の平均より小さいのか。どっちなんだろうな』
『ブラインのと比べてって・・・。おまえな。他の男のコレと俺のコレをぬけぬけと比べたりすんなよ』
『比べちゃ悪いの?どっちみち、おまえのはデカいよ。外人の女もおまえ相手じゃ不足はねえだろうな』
結局は、そう言いたかったのかもしれないが、絢はいつでもデリカシーがなさすぎた。
自分以外の男を、絢は知っている。
それがすごく悔しくて、文句を言おうとしたら、結局は口に含まれて、うめき声しか出なかったな・・・と北斗は苦笑いをもらす。
「・・・」
絢は必死で、北斗のペニスを愛撫する。
苦しいのか、眉がきつく寄っていた。でも、決して、退かない。
苦しそうな絢を見ていて、気の毒だとは思うけれど、残酷な気分にもなる。
絢の綺麗な顔が歪むのが、堪らなく愛しい。そのうち、絢は苦しくて、泣く。泣き顔がとても可愛いのだ。
我ながら、倒錯している、と思うけれど、やめられない。腰を動かし、北斗はペニスを絢の喉深くに突き刺した。
ピクンッ、と絢の体が動いた。北斗は体を伸ばし、絢の双丘の割れ目に指をコッソリと差し入れた。
「んっ」
さすがに絢は、北斗のペニスを口から押し出した。
「イヤだって言ってるだろ!」
「わかった、わかった。ごめん」
「ざけんな」
絢は、そのまま北斗にキスをした。
舌を絡めてのキスが終わると、「おまえの味がするだろ」と、フンッと絢が鼻で笑った。
「自分のなぞ舐めたことも飲んだこともないから、わかるか!」
「じゃあ、俺が飲んだら、口移しであげるよ」
「いるか」
「だったら、おとなしくしてて。全部飲むから。一適も漏らさないから。指、挿れるな!」
「へいへい」
いつもこんな感じだ。
北斗は尻への悪戯を止めて、その代わり、蹲る絢の胸元に指を伸ばし、乳首を弄り出した。
ここならば、触れることは許可されている。
コリコリに固くなった絢の乳首を左右、ねっとりと弄りまわして、絢の体を溶かす。
絢は、感じては泣いて、泣きながら、北斗の放った精液を唇で受け止め、全て飲み干した。
「っ。はあ、はあ」
ポロポロと涙の零れている瞳にキスをしてやりながら、北斗は絢を抱きしめた。
「気持ち良かった。サンキュ」
と呟くと、絢はうなづいた。
しばらく抱き合ってベッドに横になっていたが、「奥さん。大丈夫なのかよ?」と、絢はけだる気な声で、訊いてきた。
「今日帰るって言ってあるんだろ」
「仕事だって言えば済む」
絢の髪に顔を半分埋めながら、北斗は面倒くさそうに答えた。
「そんな簡単なものなのか?」
「おまえにはわからないだろうけれど、俺達みたいな家庭に生まれた人間っていうのは、ある程度諦めってもんを
知ってるんだ。今回の結婚は、政略結婚だ。彼女もそれをちゃんとわかっている。俺達に必要なのは、家族を演じる
こと。跡継ぎを育てること。それ以外、互いのやってることに口を出さない暗黙のルールがあんだよ」
「まだ若いんだから、おまえほど達観してないだろ。きっとおまえの言うことなんて、疑いもしないんだろうな・・・」
そう言って絢は、北斗の腕の中で目を伏せた。
「なにが。疚しいことをしてる、とでも言うつもりか」
「疚しいことじゃねえかよ。違うか?」
「なに言ってんだ、絢。俺とおまえが寝ることが疚しい筈ねえだろ」
「疚しくねえの?」
絢はキョトンとしている。
「おまえにとって、俺と寝ることは仕事だろ」
「バレたら、そういう言い訳考えているんだ」
「元々、そうとしか言わないだろ」
元々、そうだったじゃねえか。おまえにとって、俺と寝ることは・・・と。兄から聞かされた事実が、喉まで出かかった。
だが、北斗は言わなかった。絢は、ジッと北斗を見つめていたが、「そうかもな」と一言言って、ゴロリと北斗に背を向けた。
曖昧な言葉に、北斗はホッとした。「そうだな」と肯定されるよりは、よっぽどだった。
絢は、いつでもこうした言い方をする。それが救われる、と北斗は未練がましくも思っていた。


そうだ。あの時だけだった。絢が、妻の存在を気にしたのは。あの時、一度きり・・・。
タバコの灰が、ポロリと落ちそうになって、北斗は慌てて灰皿にタバコを押し付けた。
その時。リビングの電話が鳴った。
こんな真夜中に・・・と思った。だが、北斗は受話器を持ち上げた。
「もしもし」
応答がない。悪戯電話か・・・と思って、切ろうとして、北斗はドキッとした。
「絢か?絢だろ!絢」
受話器に縋りつくようにして、北斗は絢の名を呼んだ。
『北斗。アリーが死んじゃったよ・・・』
半年振りに聞く、絢の声だった。