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神様って、いるんだな・・・。
春樹は、茶の間にだらしなく寝転がっている綾瀬を見下ろし、顔を綻ばせていた。

あのあと、結婚式を新婦にドタキャンされた綾瀬は、タクシーで春樹宅に運ばれた。
ポロポロと泣く綾瀬を慰めてやりたかったが、とりあえずは「メシだ、メシ」と思い、春樹は台所に直行した。
メソメソする綾瀬を弟や妹に任せ、春樹は速攻で料理を作り上げた。ありあわせだが、綾瀬に対する迸る熱い想いを込めて作り上げた料理だった。
ズラリと食卓に並ぶ料理に、弟や妹達は「今日はなにかのお祝い?」と春樹に聞いてきたぐらいだった。
春樹は思わず「祝・結婚式ドタキャン」と言いかけて慌てて口を閉じた。そんなことを今綾瀬の目の前で言ったら殴られる。
だが、そんな春樹の動揺をよそに、料理を目にした綾瀬の、泣き濡れた瞳が妖しく光った。
バッと無言で箸を掴むと、綾瀬は目の前に置かれた皿を引き寄せ、ムグムグと食事を頬張りだした。
その様は、どこか鬼気迫るものがあり、弟妹達は、唖然として綾瀬を見つめていた。
本人の名誉のために、ここでは詳しくは書けないが、とにかく綾瀬の食いっぷりは凄まじかった。
ちょっと呆然としている間に、ズラリと並んだ料理はあっと言う間になくなってしまい、弟妹達は「食べるのなくなっちゃったよー」とビーッと泣き出した。
冷蔵庫を空にする勢いで料理を作ったので、春樹は仕方なく泣き喚く彼らのために店屋物ものを取ってやった。
綾瀬は、食うだけ食ったら、今度はドタッとその場に寝転んでしまって、すぐさま寝息を立てはじめてしまったのだった。
そして。
綾瀬の態度を訝しむ弟妹達を部屋に追いやり、春樹はこうやって、茶の間に転がってスウスウ寝ている綾瀬を見下ろしては、にやついていたのだ。
神様っているんだな。もう一度、今度は声に出して呟いて、春樹はヒョイッと腰をおとして綾瀬を覗きこんだ。
「綾瀬さん・・・。緊張してたんだよな」
そりゃ、そうだ。
普通は一生に一度の晴れ舞台。結婚式に、緊張しない新郎新婦がいる筈ない。
落ち着いてるようにみえたが、綾瀬も緊張や不安を胸に抱えていたのだろう。
うっすらと涙の残る頬に手を伸ばしかけて、春樹は首を振った。
「い、いかん。いかん。起きてしまうかもしれない」
でも。相変わらず、キレーな顔。ああ、この顔が、この体が。今日をもってして、新婦一人のものになってしまうのかと思っていたのだが。
綾瀬さんは、再び自由の身になったのだ。この顔も、体も。まだ、綾瀬さん本人だけのもの。
そして。そして。それはいつか・・・。
俺のモノになるかもしれないというチャンスが再び訪れた。
「ぐわあ。やっぱり黙ってらんねえ。やったああああ」
その場で、一人でバンザーイと春樹は声高々に叫んだ。
「やった、やったー。神様、ありがとう〜。やっ。ぶっ★」
「うるせえっ」
叫ぶ春樹の顔面に、綾瀬が寝返りと共に振り回した拳がめりこんだ。
「人が寝てる頭の傍で、なに景気よく騒いでるんだよ」
「う、ご、ごめん」
掌で顔を押さえながら、春樹は素直に謝った。やっぱり、起こしてしまった。
「春樹ィ」
寝返りをうった綾瀬は、自分を見下ろしている春樹を見上げて、その名を呼んだ。
「な、なに?綾瀬さん」
「あんなあ、俺・・・。俺さあ」
「う、うん」
「あのマンション。帰りたくねえ。響子が選んだ家具とか。もう置いてあるんだよ。見るの辛い・・・」
言いながら、綾瀬は両手で顔を覆った。
「そうなんだ。そりゃ帰りたくねえよな」
「うん。だからさ。迷惑だと思うけど。俺、しばらくここに住まわせてもらっていい?家賃入れるし」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、春樹は幸福のあまり体を震わせ、フラッと背中から畳に倒れた。
「春樹!?」
綾瀬は、気配に気づいて慌てて上半身を起こした。
「ど、どうした、春樹」
再び涙の浮いた瞳のまま、綾瀬は春樹を覗きこんだ。
あ。俺。幸せすぎて、今一瞬意識が飛んだような・・・と思い、春樹は目を開けた。
が。なんの予告もなく、涙を浮かべた綾瀬の眩しいぐらいの美貌がすぐ目の前にあった。
ド・アップ。
つ・・・と、思っていた以上に静かに、春樹の鼻の穴から血が垂れた。
心臓はドカンドカンとやたら激しくビートを刻んでいるのに、鼻血だけは音もなく落ち着いた風情で、皮膚を滑り落ちていく。
「オイ・・・。春樹。鼻血」
綾瀬は、奇妙なものを見るような目つきをしながら、春樹の鼻の頭を指で押した。
「居てください。もう、ずっと。永遠に。永遠にうちに居てくれーっ。綾瀬さん」
辛抱たまらんっと春樹は綾瀬に抱きついた。
「永遠には居ないけど。つーかっ!わー。止めろ。血がつく。離せえっ」
綾瀬が絶叫しながら、鼻血を零しながら抱きついてきた春樹を振りほどこうとして、必死に暴れていた。

神様って、いるんです・・・♪

次の日から。内田家の家事を手伝う!と、はりきっていた綾瀬だったが・・・。
「アハハハ。ご、ごめんな。言っちゃなんだけど、俺箸より重いもの、持ったことなくってねえ」
綾瀬は、掃除機を手にしながら、ナハハハと笑っていた。
「あ、あの。じゃあ、洗濯お願い出来ますか?」
「おっし。それならば、任せろ」
ウキウキと綾瀬は、風呂場に向かって走って行った。その後姿を見送りながら、春樹はハアと溜息をついた。
掃除機をかけた筈のこの部屋が、なぜ掃除機使用前より激しく汚れているのか。
文明の利器をあまりあてにしてなかった両親が遺していったものは、確かに他所の家から比べると不便ではあった。
この掃除機も然り。俗にいうコードレスであったならば、綾瀬もこれほど、部屋を汚すことはなかっだろう。
長い、長いコードをもてあましたらしい綾瀬は、部屋にある、ありとあらゆるものをそのコードの餌食にしてひっくりかえした。
テーブル・玩具箱・畳に綺麗に積み重ねておいた雑誌や新聞。
それらに長いコードがからまって、無理やり引っ張った結果が、畳に散乱した物達だ。
「はあ・・・」
もう一度溜息をついて、春樹は散らばった玩具を箱に納めていく。
と、店に客が来たチャイムが鳴り響き、春樹は慌てて店に戻った。
それらを繰り返しているうちに、「終わったぞー。おまえの家の洗濯機、なんか脱水があまりよくねえな。壊れてるのかも」といいながら、
綾瀬はビチャビチャの洗濯ものをいれたランドリーボックスを抱えて、廊下に立っていた。
水気を含みすぎた洗濯物達は、綾瀬の手を濡らしながら、廊下にボタボタと水溜りを作っていた。
「あ、綾瀬さん・・・。それどー見ても脱水してないように見えますが」
「え?ちゃんとしたぞ。っていうか、してくれたろ。洗濯機が。自動的に」
あっけからんと言う綾瀬に、春樹はやけくそのように笑って見せた。
「うち・・・。全自動じゃないっす。二槽式なんです。ビンボーなもんで。アハハハハッ」
「にそうしき?」
キョトンとする綾瀬から、春樹は静かにランドリーボックスを受け取った。
「あの。俺がやりますから・・・。綾瀬さんは、茶でも飲んでてください」
「そう?あ、じゃあ、そうさせてもらうな」
「はい」
滂沱の涙を流しながら、春樹は風呂場に駆け込んだ。
あとで、廊下も拭かなきゃなんねー!うくくく・・・(泣)
夕飯を食べながら、綾瀬はすまなそうに言った。
「ご、ごめんな。俺、なんかちっとも役に立たねえで。春樹に余計な用やらせる結果になって」
「いえ、そんな」
まあな。確かに用は増えたよ・・・と春樹は思った。だが。
「俺は」
綾瀬さんが傍にいてくれるだけで幸せなんですっ!と春樹が言いかけたところに双子の妹達が
「あら。綾ちゃんは、いるだけでいいのよ〜。そうね。たとえて言うならば、芳香剤ってところ」
「やあん。うまいわ、冬子。そうよね。お部屋の芳香剤は、動かなくても、立派に役目を果たしているものねぇ」
夏子は、パタッと箸の手を止める。
「乳くさい弟と、マルコメの弟と、オヤジくさい兄。こんな男どもに囲まれていた内田家のうら若き乙女達。そこへやってきた王子様のような綾ちゃん♪
綾ちゃんは、私たちの目の保養。たとえ、動けばろくに役に立たないでくのぼーでも、それでいいの。美しい男は、存在するだけで。それだけでいいのよっ」
熱弁っ!
自分の奮った言葉に酔いしれている夏子を煽るかのように、冬子が拍手を送る。
「さすが夏子姉だわ。ステキ。だから、綾ちゃん。なにも気にすることはないの。心ゆくまで内田家に居座って。単なるごくつぶしでも、全然構わないわっ。
ぜひ、そーして」
7歳の乙女?達に、熱く見つめられて、綾瀬は舐めていた箸を口から引き抜き、ニッコリと笑った。
「ありがとう。内田家の可憐な天使達。これからもよろしくネ」
二人は「あーん、こちらこそぉ〜♪」と、身をくねらせて綾瀬の笑顔に照れていた。
「ったく。うちのねーちゃんズは美形の男に弱いんだから。なあ、春樹兄ちゃん」
ケッと勇樹は肩を竦めながら、同意を求めて春樹を振り返った。
「綾瀬さん(はあと)・・・」
どっこい長兄の春樹は、もっと美形に弱かった。
目を潤ませ、頬を赤らめ、熱く綾瀬を見つめる春樹を目にしてしまい、勇樹はあんぐりと口を開き思いっきり呆れていた・・・。
こうして、綾瀬は、ちっとも役に立たない主婦?として内田家に迎え入れられた。


うぎゃあああんっ。と、豪快な泣き声がしたので、春樹は店から自宅へと走ってきた。
茶の間では、洋次が一人バスタオルの上でコロコロ寝返りをうっては、泣いていた。
「洋次。洋次、どーした。綾ちゃんどこ行ったんだろうな。おー、よしよし」
抱き上げてあやしたが、洋次はますます泣き声を激しくした。
「どうした、洋次。春兄だぞ。知らない人じゃないぞ〜」
だが、ギャアギャアと洋次は泣くばかりだ。
「なんで・・・!?」と、春樹が困っていると、廊下を走る音がして綾瀬が部屋に入ってきた。
「洋次、どーちた。はい。綾ちゃん、ここに居るよ〜。今トイレ行って来たんだよー」
と、綾瀬は、春樹から、ガバッと洋次を奪った。すると、洋次はピタッと泣き止み、ケタケタと笑い出したのだ。
「ええ〜?も、もしかして、綾瀬さんの抱き癖ついちゃったのかな」
「うーん。そうかも。いまや、洋次のママはこの俺様って感じかなあ」
嬉しそうに、綾瀬は洋次をあやしていた。
「考えてみれば、俺は昼間はコイツと二人きりだもんな。おまえは店だし、双子と勇樹は学校だし。洋次が懐くのもムリないだろ」
「それはそうですけど・・・」
綾瀬の腕を、当然のごとく独占しては、楽しそうな洋次に、春樹はちょっと洋次が羨ましくなった。
「あん?おまえ、ひょっとして嫉妬してるのか」
ニヤーッと笑い、綾瀬は春樹を見た。
「なっ。ん、んな訳ありませんよ。ぜんっぜん」
「そ。なら、いいけど。洋次は、ちゃんと春樹兄ちゃん好きだよな〜」
「あう」
すると洋次は、タイミングよくうなづいた。
「ほらな。ちゃんと洋次はおまえのこと認めてるって。心配すな」
あ。そっちのことね・・・と思い、春樹は胸を撫で下ろした。
そりゃ、言えねえわな・・・。まさか、乳幼児に嫉妬してましたなんて・・・。
「洋次、そろそろミルク飲もっか」
パパッと綾瀬は手際よく、洋次にミルクを飲ませた。ンクンクとミルクを美味しそうに飲む洋次。
綾瀬が内田家に住み着いてもう一ヶ月になる。綾瀬は、家事はあいかわらずまったく役に立たなかったが洋次関係のことはすんなり覚えた。
ミルクの作り方、風呂の入れ方Etc・・・。
春樹は、ほのぼのとした空気が流れるのを感じて、デレッとした。
「なんか、俺達。こうしてみると、夫婦って感じ?」
言ってしまってから、『のおおお〜!俺ってば』と心の中で慌てた春樹だというのに、「ん?ああ、そうかも」と、あっさり綾瀬は同意した。
「パパとママって感じだな。なあ、洋次」
ニッコリと微笑む綾瀬。その横顔を見て、いきなり春樹はプツッと理性の糸を一本切らした。
「あ、綾瀬さんっ。き、キスしたいです。していいですか?」
「え?ああ、いいんじゃない?」
これまたあっさり綾瀬はうなづいた。
「ま、マジっすか!」
「うん」
ニコッと綾瀬は微笑む。
「マジっすね。じゃ、じゃあ、遠慮なく」
ガバッと綾瀬の肩を掴むと、春樹はグッと体を傾けた。
「失礼しまっす。むぐっ」
春樹の唇に、ホンニャラした柔らかいものが当たっていた。やっ、やわらか〜!などと、うっとり・・・出来よう筈もない。チュパッと音を立てて、春樹の唇が離れた。
「綾瀬さん、なんすか、これ」
今まさに自分が口づけたもの。
それは、弟洋次のやわらかほっぺだった。洋次は、くすぐったかったのか、プニプニと笑っている。
春樹はジトッと綾瀬を睨んだ。
「おまえの弟」
綾瀬は、呑気に言った。綾瀬はキスの瞬間に、春樹の目の前に、抱いていた洋次をニュッと乱入させたのだ。
「って、それは知ってますが・・・」
「わかるよ。春樹。赤ちゃん見てると突然キスしたくなるの。だって、どこもかしこも、柔らかそうだもんなあ。俺なんか、時々、洋次がすっげえ柔らかいスポンジケーキ
みたく見えて、頭から食いたくなっちまう時あるよ」
ウキャキャと綾瀬は笑った。そのまるで罪のない笑顔。

ピンポーンっ!

来客の合図だ。春樹は、ガッカリしつつ立ち上がった。
「いってらっしゃーい。頑張ってな」
洋次の小さな手を取り、綾瀬はバイバイと手を振っている。
「稼いできまっす」
渋々そう言って、春樹は部屋を出て行った。それを見送ってから、綾瀬はホウッと溜息をついた。
「洋次くんのにーちゃんは、危ないよ〜。男のくせに、男の綾ちゃんが好きなんだから」
よっ、と洋次を抱きなおして、綾瀬は洋次の顔を正面から見つめて、呟いた。
「う?」
と、キョトッと洋次は綾瀬を見つめた。
「ったく。アイツ、マジなのかよ・・・。そりゃ、前に告られたことあっけどさ・・・」
カアッと顔を赤くして、綾瀬は舌を鳴らした。
思い出して、しまった。いきなり春樹にキスされたあの日のこと。
「・・・やべえよ。いつまで知らん振りしてられるだろ・・・」
今の今まで綾瀬は、すっかり忘れていた。
何度も、何度も。春樹に、キスされたこと・・・。
なにも知らない無邪気な洋次が、小さな手でペシペシと、赤く染まった綾瀬の頬を叩いていた。


「ありがとうございましたー」
レジを済ませ、店を出て行く客に、ペコリと頭を下げてから、春樹はキッと振り返った。
店からは、続き間になっている内田家の茶の間が見える。そこには、もう綾瀬と洋次の姿はなかった。
きっと、二階にあがっていってしまったのだろう。
も、もう、そろそろいいよな。
貞淑な夫?というか・・・。酒屋のにーちゃんっつーか、ご近所づきあいの仮面を脱ぎ捨てても。
春樹はゴクリと喉を鳴らした。一ヶ月経ったもん。
寝室こそは別だが、自営業という利点で、綾瀬にはいつでも会えた。
朝・昼・夜の食事も一緒、晩酌だってするし、風呂上りの綾瀬さんに廊下で遭遇することだってしばしばだった。
限界。俺、もう限界。
好きな人と同じ屋根の下にいて、何食わぬ顔は出来ないし、したくない。つーか、一ヶ月もよく耐えた、俺。
とにかく!俺のこの、マジな気持ちを知ってもらわねば。綾瀬さんの気持ちはそれからだ。
愛だけはある。溢れんばかりに。迷惑なばかりに。つーか、もうはちきれそう。
いきなり押し倒さないうちに(前科があることを、コイツはすっかり忘れてる)告白しよう!春樹はきっぱりそう決めた。
勝手にそう決めた。


続く

ヘたれだが押しは強い攻めの春樹・・・(*^_^*)

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