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「やべー・・・」
タバコの煙を吐き出して、玲は呟いた。
「なあなあ。携帯鳴ってるぜ」
ポンッとシーツに携帯が飛んできた。
「んー?誰だ、この番号。いいや、無視」
「どーせ、どっかで引っかけたヤツからだろ。ったく、よくもまあ、あちこちで花咲かせてンな」
「羨ましいならば、色々紹介してやるぜ。オレは顔だけは無駄に広い」
「遠慮する」
友人の小園椎名は、肩を竦めた。
「いい加減、落ち着けよ。その歳になっても、フラフラしてやがって」
「余計な世話だ」
「弟、心配してるんだろ。早く帰ってやれよ」
「今は帰れない」
「なんで」
「複雑な事情がありまして」
「なにが!別にいーじゃん、両想いなんだから」
玲はベッドから身を起こした。
「あれ?なんで?」
小園は、読んでいた雑誌から顔をあげて、ニッとベッドの上の玲を見て笑う。
「覚えてねーか。おまえにしちゃ、珍しく泥酔してたからなー」
「へえ。あ、俺、ゲロッちっゃたのか・・・」
ポリポリと玲は頭を掻いた。
「セイも驚いていたぜ。おまえが身を固めない理由、まさか光ちゃんが理由だった、なんてな」
「・・・」
「血が繋がってなかったとは吃驚だ。常々、似てねえとは思っていたが」
小園は、ベッドの端に腰かけて、玲を覗きこんだ。
「泪が居なくなったぐらいで、みえみえに動揺すっからだよ。あのバカが」
「好きなヤツと2人きりになって、動揺しねえヤツがいるのか?おまえだってしたから、俺の家にもう一週間も転がりこんでいるんじゃん」
「っせえな!」
バフッと枕を、玲は小園に向かって投げつけた。
「セイのアホ。光にチクッてねーだろーな」
ヒョイと枕を避けては、小園はニヤニヤしている。
「人の恋路に首は突っ込まないって言ってたぜ。あっちだって、色々大変みてーだからな。ほら、あの綺麗な恋人とさ」
「ああ。なっちゃんか。なんだ、あいつら、まだゴタゴタやってんのか?まどろっこしー。俺が間に入って、なんとかしてやらんと」
「やめとけ。おまえが入ると、ややこしくなる。つか、てめえも自分のこと、ちゃんとしろよ。このままで良い筈ねえんだろ」
そう言って、小園は、玲の体に馬乗りになった。
「中々おちねえヤツだと思ったけど、弟にマジこいてたんか、てめえ」
フフンと玲は、鼻で笑う。
「知らなかった、小園。おまえ、俺をおとそうとしてたのか」
チッと小園は舌を鳴らした。
「そんなの。とっくの昔に諦めてたよ。けどさ。こうやって、相変わらず俺達寝るよーな仲でさ。なんか、放っておけない感じ」
ゆっくりと、小園は玲の唇に、軽いキスをする。
「俺に出来ることがあったら・・・、言ってよ。やってやるよ。玲のためならば、なんでもしてあげる」
玲は、舌でペロリと唇を舐めた。
「とりあえず、セックス」
ガバッと小園の背に腕を回し、玲は小園を抱き締めた。
「脳味噌、回転しねーよーな気持ちいいセックスしたい」
「そーゆーセックスしてーなら、本命とやるのが1番だよ」
小園は、玲の剥き出しの肩に舌を寄せながら、囁いた。
「おまえの大事な・・・。光ちゃんとね」
「そうかもな」
ドサッと、小園の体を自分の体に敷いて、玲はニヤリと笑った。
「アイツと、ヤりてー」
そう言いながら、玲は、小園の唇に自分の唇を重ねた。


光が家に来た日のことを。
俺は覚えてない。気づいたら、「弟」として、俺の傍にいた。
『光をひきとることになったきっかけは、おまえなんだぞ。光はな。俺達がよく買物に行くスーパーに、ベビーカーごと置き去りにされてた。
おふくろやオヤジは、ただ母親が側を少し離れているだけ、と思っていたらしい。だが、買物を終えても光はまだそこに居て。とにかく、
ギャーギャー泣いていたんだな。そしたら、おまえが走って行って、ベビーカーを覗きこんでは、光と一緒に泣き出した。引き離そうとしても
おまえはベビーカーに手をかけて、離れない。困ったオヤジとおふくろは、スーパーの係員を呼んで、とにかく光の親を呼び出してもらおうとしたんだ。
だが。結局、光の親は現れなかった。しばらくして、光が置き去りにされたことを、俺達は知ったんだ。赤ん坊でも、不安はあるんだろう。光は、
ずっと泣いていた。だが、不思議とおまえが側にいくと、泣き止むんだよ。あれは、俺も覚えているんだが。面白かったな・・・。で、当時流産
したばかりのおふくろは、そんな光を放っておけなくて。オヤジに言って、正式に引き取ったんだ。おふくろは、亡くした子供の代わりに、光を
とにかく可愛がった。おまえがヤキモチをやくくらいな』
当時。
光が自分の本当の弟でないことを知った時、泪に聞いた。
泣いていた光。
全く覚えてない。当然か。俺はまだ2歳だ。
当たり前のように家族として暮らしていたのに、ある日、唐突に、疑問の風が吹いた。
幼稚園生だった末弟潤が
「どうして光兄だけは、目が茶色じゃないの?いいなぁ。僕、みーちゃんに、その目、気持ち悪いって言われたんだ」
と、光に聞いたからだった。
似てない兄弟といわれることは多々あった。
俺だって、泪や潤とは似ていない。だけれども。潤が言うように、この瞳の色だけは、みんな同じだったんだ。
光も小さくてわからなかったようだ。
なんでだろうね?でも、綺麗だからいいじゃない。
光は無邪気にそう答えていた。

それからだった。「光」という弟を疑問に思ったのは。
でも、なんだか、聞くのが怖くて、ずっと避けてきた。
そして。光が中学の時だった。
些細なことがきっかけで、光は事実を知り、家出をしてしまった。
俺は既に高校生で、ある程度の確信をしていたものの、父親と泪に、事実を聞かされて、うちのめされた。
潤は
「そんなこと今更言われても。いきなり、本当の兄さんじゃないって言われたって、困るよなー。じゃあ、俺、明日から、光兄ちゃんって
呼んじゃいけねえの?やだよ。光兄は、光兄だもん。ねえ、玲兄」
俺にそう言ったが。
正直、俺は複雑だった。
自分の中の性癖を知ったのは、中学の時で。そして。更にそれよりヤバい感情を知ったのは、高校に入る寸前。
光は、俺とは血が繋がっていない。本当の弟では、ない。
ヤバい感情の言い訳は得たが、それでも、光は「弟」として、日常傍にいる。天国だか、地獄だか、わかんない。
長い家出から、光が「家」に帰ってきた時。俺を見て、泣きつつも、笑った光を見た時。
これは、地獄だ、と俺は思った。
家族。壊してはいけない、単位。
また、決して逃れることが出来ない、単位。
血の繋がりから発生する、もの。
俺やオヤジや泪や潤や繭には、当たり前のようにあるものだが、光には、それがない。
認めてしまえば、光は、たったの一人ぼっちだということだ。
家族という血の繋がりは、決して切れない。
どんなに、バカでアホなヤツでも、「血が繋がってるから」という理由で、許せてしまうことがある。
時に鬱陶しく思うことがあっても、それが「家族」というものだ。
しかし。光には、それがないのだ。
だから。俺が下手に動けば、光は「家族」を失う。
一人ぼっちにさせてしまう。
恋愛はいつか冷める。
けれど、「家族」という単位は、か細ながらも、意思さえあれば、繋がっていけるのだ。
一時の俺だけの感情で、光を「小野田」の家から、動かす訳にはいかない・・。
それからは、簡単に地獄だった。
俺は光が好きだ。勿論、弟としてでは、なく。単なる「光」個人として。
だが。それは、決して、告白することが許されない。
そばにいるのに。すぐ、そばにいるのに。
手を伸ばせば、抱き締めることの出来る位置にいるのに。

だから、行き場のない想いを埋めるために、色々なヤツとつきあった。声をかけずにはいられなかった。
誰か、この想いを、どうにかしてくれ!と、日々叫んでいた気がする。
一時の充足は得ても、家に戻れば光がいる。
光を見ると、やはり、想いはそこに帰結してしまう。そんな日常で、つきあうヤツと長く続く筈もない。
「なあ、玲。気づいてるか?光って、おまえが好きだぞ」
大学生になりたての頃、本当に突然、泪が言った。
あれは、確か、二人で居間でゴロゴロしてる時だった。
「マジで?」
「知らなかったのか?めでたいやつだ。だが、良かったな」
「なんで」
「両想いだ」
「良くねえよ」
「そうか。まあ、光も必死に隠してるみたいだから」
泪には自分の気持ちがバレていた。いつから気づかれていたのか。
それ以上、泪がなにも言わなかったので、俺も黙っていた。
そして。光が、自分のことを好きだと聞かされても。
なにも変わることはなかった。
光も、自分と同じ気持ちだと気づいたからだ。壊してはいけない領域「家族」に、気づいているのだ。
だが。思わぬところで、破綻は来る。
おふくろは亡くなり、オヤジは海外転勤、末弟は家出、長男は左遷。長女の繭は、まだ5歳で、幼すぎる。
家族がバラバラになってしまった。
俺の出かけ際に、光は言った。
「動揺したって、仕方ないじゃん。棚だってなあ、4本釘打ってるとこ、2本も抜けりゃ傾くんだよ」
もっとも、だ。わかっていて、俺は、自分の動揺を光に押し付けたのだ。
兄弟という棚。
潤という釘が抜け、泪が抜けた。
そうだよ。俺達は。
傾いている。傾いてしまった。
あとは。落ちるだけ。落ちていくだけ。
だから、俺は。落ちないために、ジタバタしてんじゃねえか。
あがいてるんだよ。それがおまえの為なんだよ、光。
だから。俺の前で、泣くんじゃねえぞ!


続く

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