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バタバタと足音が響いてくる。
ジェイは読んでいた本から顔を上げて、玄関を見た。
「・・・」
「こんちわっ、ジェイ」
 バアンとドアを開けて、直也が入ってきた。
「相変わらず騒がしいヤツだなあ・・・」
 ジトリとジェイが直也を睨みつけた。
「急いで来たんだよ。ほら、焼き立てのパンを買ってきたからさっ」
 直也はズイッと腕に抱えていた包みをジェイに押しつけた。
「食べようぜっ。コーヒー煎れるから」
 直也の提案にジェイはすっかり笑顔になっていた。
「まあ、待てよ。コーヒーは俺が煎れる。俺のコーヒーは旨いぞ」
 いそいそとジェイはエプロンを持って立ち上がった。
「相変わらず好きだねえ」
 直也は一人呟いた。
 ジェイはコーヒーを煎れるのにも、エプロンを着けてキッチンに立つ。彼はキッチンが好きなのである。
「ナオヤ、パンどうする?普通に食べるか?俺特製のエッグソースをつけて食べると旨いと思うが」
既にジェイは怪しげな色をしたソースがつまった瓶を手にしていた。
「遠慮します」
ゾッとしつつ直也は丁寧に断った。
「旨いのになぁ・・・」
ちょっと残念そうにジェイは首を傾げたが、以前のように無理じいをしなくなったことは直也にとって有り難かった。
「食べよう、ジェイ。座りなよ」
直也は自分の隣のソファを指差したが、ジェイは警戒してか離れた所に腰を下ろした。
「そんなあからさまに警戒しなくても・・・。竣さんの留守中に不埒なことはしませんよ」
以前そういうことをして、ひどく怖い思いをしたことがあったし、なによりあの時とは違い、ジェイは竣の恋人なのである。
竣が南と別れてジェイとつきあい出したことを知った時は、ショックと同時に納得もした。こうなるんではないかとなんとなく思っていたのだ。
「ジェイ。竣さんとはうまくやってんの」
好奇心から直也は聞いてみた。
「・・・余計なお世話」
パンに噛りつきながら、ジェイはそっけなく答えた。
「相変わらず留守がちみたいだけど、寂しくない?」
「全然」
躊躇することなくジェイは答えた。
「また喧嘩してんだろ」
「うるさい。ガキには関係ない」
「図星だあ。ったく、よく喧嘩するよな」
でも内心チャンスだという思いが直也にはある。
直也は相変わらず、人のものになったジェイが好きで、本土に戻ったジェイ達を海外留学と称して追いかけてきた。
竣は自分が留守がちだから、ジェイの話相手としての直也を歓迎してくれた。
恐らくは直也の気持ちを知っている筈だが、大人の余裕か、もしくはよほど自信があるのか知らないが、あまり警戒していないのだ。
一方のジェイも、直也の気持ちを知っているが、多少の身の危険は感じていつつも、なんだかんだ言って歓迎してくれる。
「竣さんに愛想尽かされたら、いつでも俺に言ってよ。喜んでジェイを引き受けるからね」ニコニコと直也は言った。
「バーカ」
ジェイはパンにエッグソースをベットリと塗りたくっていた。
「おまえ大学はどうなの?」
「真面目に行ってるよ。最短距離で医者になってジェイを診てあげるからね」
これは本音だ。早くジェイが不自由なく生活出来るようにしてやりたいのだ。
「サンキュ」
嬉しそうにジェイは微笑んだ。
またその顔が可愛くて、直也は胸がズキリと痛んだ。まったく9つも年上の男に、なんで胸ときめかせてなきゃいけないんだと直也は心の中で愚痴った。
「そ、そろそろ行こうかなっ」
慌てて直也は立ち上がった。
「え、もう?」
キョトンとジェイは直也を見上げた。
「うん・・・。忙しいからね、俺も」
「そっか。まあ、またいつでも来いよ」
「うん。じゃあね」
あわただしく部屋から飛び出した直也は、罪悪感に捕われていた。
ジェイを愛していると気づいた時に、自分の性癖を自覚した直也は、こちらに来てからすぐに男の恋人を持った。
そこから知り得た感覚を、どうしてもジェイと共有したいという邪な思いに捕われてしまう。
あのまま二人きりの部屋で、長い時間を過ごす勇気は直也にはなかった。
「ちくしょー・・・。俺、最低だぁあ」
ジェイの側にはいたいが、いられない。直也は衝動的にいつかジェイを襲ってしまうのではないかと自分が怖かった。


「まったく、15分しかいないで、何しにきやがったんだか・・・」
直也の気持ちを知らずに、ジェイはブツブツと言いつつ、コーヒーカップを洗っていた。
最近の直也は、長くいても一時間でさっさと帰ってしまう。恋人でも出来たのかな?と思うが、直也が自分を見る目がなんとなく意味ありげな気もするので
そんなこともないなと思った。竣から、直也と自分は兄弟なのだと聞かされたせいでよけいなのかもしれないが、最近の直也は大人っぽくなって竣に似てきた。
なにを考えているかいまだによくわからない兄より、弟である直也の方がジェイには身近な気がしている。正直、直也があらぬ気持ちで迫ってきたら俺には
拒めないかもしれない・・・などとジェイは思ったりしている。
そう考えて、ジェイはハッとする。
「そんなことあるかよ。なあ」
一人で照れているジェイに、
「なにが、そんなことあるんですか?」
背後からの声にジェイはギョッとした。
「シ、シュンッッ」
竣が立っていた。
「一人で赤くなったりして気味悪いですね」
軍服を脱ぎながら、竣が横目でジェイを見た。
「いつ帰ってきたんだよ」
「たった今」
そう言って竣は寝室へ引き上げていった。ジェイはヨロヨロと、竣の後を追いかけた。
「なんですか?」
追いつくと、竣は着替え中のまま振り返った。
「手伝ってくれるんですか、着替え?それとも、久し振りに私に会って、いきなりその気になってくれましたか?」
ジェイは近くにあった本を投げた。
「バカ野郎」
 竣はヒョイとそれを避けて、上半身裸のままジェイの傍らに歩いてきた。
「本当に久しぶりですね。一カ月ぶりですか?」
 竣は南方で起こったある都市の紛争に出動していた。
「一カ月と四日」
 ジェイがボソリと呟いた。
「ジェイ」
 フワリと抱きしめられて、ジェイは竣の背に腕を回した。
本当は、ありがとうと言いたくてこの部屋に来たのだ。
軍人という職業柄、送り出したらそのまま、戻ってきた時は死体だったなどということはジェイと峻にとっては日常茶飯事の範疇にあった。
だから、無事に帰ってきてくれてありがとうと言いたかったのだ。だがこうして抱きしめられると、なんだか急に恥ずかしくなって、そんな言葉が喉に絡まってしまう。
「あ、あのさ・・・」
 竣の胸から顔を上げて、ジェイは竣を見上げた。
「なんですか?」
 真っ直ぐな黒い瞳に見つめられて、ジェイは口ごもった。
「あ、あの・・・」
「え?」
「こ、今晩のメシ何にする?」
 違う。こんなことが言いたいんじゃないんだけど・・・、仕方ないとジェイは諦めた。
峻は、僅かに考えこんでから、ニコリと微笑んだ。
「今晩は外に行きましょう。せっかく帰ってこれたから、今夜くらいはおいしいもの食べたいですからね」
 ピクッとジェイの眉が吊りあがる。
「それどういう意味だよ」
「言葉通りの意味です」
しれっと峻は答えた。
「てめえっ」
「怒らないでください」
拳を振り上げたジェイの手首を掴んで動きを封じ、峻はジェイの唇にキスをした。
久し振りに触れた峻の唇の熱さに、ビクッとジェイの体から力が抜けた。峻は、そんなジェイの体を抱きしめながら、耳元で囁いた。
「留守中は変わりありませんでしたか?」
「あ、ああ。ナオヤもよく来てくれたし、隣の家のライザも遊びに来てくれた。俺は料理のレパートリーを増やしたんだぞ」
「・・・そうですか」
 竣は苦笑した。ライザはこのアパートのお隣さんの主婦で、元々は竣と仲が良かった。
 竣が一人でこの家に住んでいたときは、よくご飯を作りにきてくれた。ジェイが一緒に住むようになってからは、専らジェイと主婦話に花を咲かせていた。
どこの店が安いだの、どんな献立がバランスが良いだの、そんな話で盛り上がっているのである。
彼女も夫が軍人なので、一人で家にいるのは寂しいらしいのでジェイはちょうどいい話相手なのだ。
「ジェイ。着替えてください。店には予約をいれておきますから。貴方の好きなあの店に」
「わかったよ!」
あくまでも峻は、外食を強行するようだった。ジェイはまことに面白くなかったが、仕方ないと思った。
それに、あの店の料理は確かに美味しい。今後の参考にもなるし・・・。とにかく無事に帰ってきてくれただけでも、感謝しなければならないのだから。
「着替え。大変だったら手伝いますけど」
「いらない」
 プイッとむくれたように答えて、ジェイはのそのそと自室に戻っていった。

峻とジェイが一緒に住むようになってもうすぐ一年が経とうとしていた。
恋人同士としての同居生活は、些細な喧嘩はしょっちゅうあるが大抵は峻が右から左へと流してしまって大きな喧嘩には至らずにすんでいるので、それなりに順調だ。
ただ、食事とセックスに関しては深刻な問題があった。まずは食事だ。ジェイの作る料理ははっきり言って、お世辞にも美味しいとは言えない。
気の毒だが、あんまり才能はないといえるのだが、本人はとっても料理好きなのである。
おまけに大変な研究家だ。しょっちゅう訳のわからない料理を食わされて、峻は惚れた弱みで文句一つ言えずに平らげざるをえない。
時々胃がひっくりかえって、胃薬の世話になることもあった。その為、なんだかんだと理由をつけては渋るジェイを連れて外食しなければならないのが、峻の悩みだった。
もう一つ。セックスだ。ジェイの体は恋人の愛撫に応えるのが大変だった。右手と両足が思うように動かすことが出来ないのだ。
従って、いまだに挿入の行為は二人の間には、ない。
挿入がなくても、むろんセックスは成り立つが、時々ジェイは不安になった。勇気を出して、峻に「入れたい?」と訊いたことがあった。
「入れたいですね」と素直な答えが返ってきた。
そのあとに、「でも。無理してまでは、入れたいと思わないですから。気にしなくていいんですよ」と付け加えてくれた。
一向に治らない自分の体に、峻が愛想を尽かしたらどうしよう・・・とジェイは悩んでいたのである。


「グーグー寝やがって!」
「すみません」
「なんで、ハンバーガーなんて食わなきゃなんねえんだよ。楽しみにしていたのに」
「好きなだけ食って下さい。奢りますから」
「あったりまえだろー」
 と言っても、いつも竣の奢りなのだが、そう言わずにはいられないほどジェイは怒っていたのだ。
ちょっとだけ寝ようと思って横になった竣だが、やはり疲れていたのか泥のように眠ってしまったのだ。ジェイがつねっても、蹴っても、殴っても起きなかった竣だった。
当然のように、レストランを予約しておいた時間は過ぎてしまい、やっと竣が起きたのは、もう真夜中だったのである。
この時間で開いている店と言えば、川べりのファーストフード店で、仕方なく彼らはそこに行くことにしたのだ。そして二人はハンバーガーをポソポソと食べている。
「機嫌を直して下さい。ジェイ」
 さっきからジェイは竣に背を向けて、食べている。
「明日はちゃんとごちそうしますから。すみません、本当に」
 謝る竣を、ジェイは無視し続けた。
「いつまで怒ってるんですか」
 さすがに強情なジェイに、竣は腹を立てた。どれだけ謝れば、気が済むのか・・・。
「ジェイ。こっちを向いて下さい」
 素直になれないジェイは、またしても竣の言葉を聞き入れない。
「・・・そうですか。わかりました」
 竣はガタンと席を立って、さっさとオープンテラスのこの席から、店内へと姿を消してしまった。しばらくして、ジェイはソロリと振り返ってみるが竣は戻ってこない。
チラリと店内に目をやったが、竣の姿はなかった。川から流れてくる風がジェイの髮を揺らした。季節的に、さすがにその風が冷たいということはない。
風に吹かれたまま、ジェイはジッと竣の帰りを待っていた。だが竣は30分も戻ってこなかった。
「・・・」
 ジェイは慌ててテーブルの上を片づけて、ゴミをゴミ箱に放りこむと、片足を引き摺りながら店内に入った。
途中あちこちに掴まりながらジェイが歩いていると、若い女の子が「肩を貸しましょうか」
と言ってくれた。
「どうもありがとう。でも大丈夫です」
 丁寧に断って、ジェイは出口に向かった。
「シュン。シュン!」
 竣の名を呼びながら、ジェイは駐車場に行った。
「あっ」
 先程車を停めた所に、車がなかったのである。
「嘘だろ・・・。大人げないヤツ」
 呟いてみてから、それは自分の方だと反省した。あんなに謝っていた竣を無視し続けたからだった。
別に本当に怒っていたのではなく、途中からはいつ振り向こうかと思っていたのだがタイミングを逸してしまったのだ。
どうしようかとジェイは立ち尽くした。このままここにいても仕方ないが、この不自由な足ではタクシー乗場まで行くのは大変だった。
竣が怒ると怖いのは、ジェイは良く知っている。その竣を怒らせたのだから、自業自得だなとジェイは諦めた。
とりあえずタクシー乗場まで行くかと、ジェイはノロノロと歩き出した。すると後ろからクラクションが鳴らされて、ジェイは振り返る。
「シュン?」
 だが竣ではなかった。
「困っているようだね。乗せて行くよ」
 明らかに胡散くさそうな男が、助手席を指差した。
「ありがとう。でも大丈夫」
「その足じゃタクシー乗場まではきついぞ。恋人に置いていかれたんだろ?ひどいヤツだ」 男の言葉にジェイはムッとした。
「俺が悪いんだよ。ヤツのことは悪く言うな」
「あのジャパニーズだろ?さっきから君達のこと見てたんだ。君は悪くないよ。さあ、乗れよ」
 なんなんだコイツ。ジェイはキッと男を睨みつけた。軍人上がりのジェイの睨みは、それなりに迫力がある筈だった。
「うるせえんだよ。さっさと行っちまえよ」
 シッシッとジェイは男を手で追っ払うしぐさをして見せた。
「つれないこと言うなよ。困った時はお互い様じゃねえか」
 男はしつこかった。ジェイは、踵を返して店内に引き返した。電話に走り、ジェイは竣の携帯に電話をした。
足さえ不自由でなければ、こんな目に合うことはなかったというのに。だが携帯は通じなかった。
ジェイが舌打ちしながら受話器を置いて振り返ると、先程の男が店内に入ってきた。なんでこんなにしつこいんだよとジェイは背筋をゾッとさせた。
「逃げなくてもいいのに」
 男はジリジリとジェイを追いつめた。
「しつこいな。なんでそんなにしつこいんだよ。いいかげんにしてくれ」
 ジェイは行く手を阻む男の手をグイッと避けた。
「そりゃアンタが美人だからだよ。体が不自由なのもそそられる原因だがね」
 そう言って男はニヤリと笑った。コイツはマジで危ないヤツだとジェイは思った。
「いいから、おとなしく来いよ」
 ガッと腕を掴まれて、ジェイは抵抗出来なかった。店内の誰一人として、ジェイ達には注目していない。ここではこんなことは日常茶飯時だからだ。
「離せよ。離せっっ」
 ズルズルと引き摺られながら、ジェイは駐車場まで連れてこられた。
「うるさいっ。いいかげんに黙れよ」
 ガツンと男はジェイを殴った。
「うっっ」
 ジェイはその場に倒れた。目から星が飛び出るかと思ったぐらい強烈なパンチだった。
「おとなしくしてれば、可愛がってやるから」
 引き摺り起こされて、ジェイは悔しくて涙が溢れた。体さえ動けば、こんなヤツなんてのしてやるのに・・・。現役の時は、こんな男の一人や二人、軽々とさばけた。
それなのに今は、足はむろんのこと、右腕さえ思う通りには動いてくれないのだ。
「あーあ・・・。泣くなよ。おまえが暴れるからだぞ。暴れなきゃこんなことしねえよ」
 男がジェイの顎を乱暴に掴んで、キスしてこようとした。
「冗談じゃねえっっ」
 それには猛烈に抵抗して、ジェイはなんとか阻止した。
「シュン!どこにいるんだっ!意地悪してねえで助けろ、バカ」
 ジェイは叫んだ。男に抱えられそうになった時、背後でバタバタと足音がして、竣の声が聞こえた。
「ジェイ」
 竣はジェイの名を呼びながら、男に一発食らわした。
「ぎぇっ」
 男が無様な声を上げた。竣は無言で、男をもう一度殴りつけた。男は、ダンッと駐車場の壁にぶつかって、呻いていた。
「チ、チクショウ。もう少しだったのに」
 そんな捨て台詞を残して、男はよろめきながら車に逃げ去っていった。僅かに肩を揺らして息を荒げながら、竣は道路に座りこんでしまっているジェイを見た。
「しばらくぶりに外に出たら、もうこの騒ぎですか?」
「・・・すまない」
 ジェイはうつむいたまま言った。竣は片膝ついてジェイを覗きこんだ。
「痛みますか?」
 殴られたジェイの頬が赤くなっている。相当な勢いで殴られたのがよくわかった。
「こんなの、なんともねえよ」
 意地っ張りなジェイはそう言った。ジェイの赤くなった頬に竣は手を伸ばした。
「どこへ行ってたんだよ・・・」
 力なくジェイは竣に聞いた。峻の長い指が、赤くなった頬を優しく擦っていた。
「頭を冷やしに、しばらくそこらを流してました。すみませんでした」
 手を貸してジェイを立たせてやりながら、竣は謝った。
「悔しいよ。俺・・・。おまえがいなきゃ、自分の身さえ守れない。今の俺は女より弱いんだぜ?すごく悔しいぜ」
 ポロポロとジェイは涙を流した。
「ジェイ」
ジェイの負傷は、自分のせいだ。自分のせいで、ジェイはこんな大怪我をしたのだ。
峻の胸がズキッと痛んだ。どう言えばいいのか竣がとまどっている間にジェイは竣に抱きついてきた。
「俺が悪かったよ。ゴメン。だから、もう置いていかないでくれ。シュン」
「すみません。もうこんなことはしない。だから泣かないで、ジェイ」
 きつく抱きしめてくるジェイを、倍の力で抱きしめてやりながら竣はジェイの髮を撫でた。
「シュン・・・」
 見上げてくるジェイの、涙で濡れた翠の瞳に、竣はたじろいだ。
一ヶ月恋人に会えずにいて、押さえに押さえていた欲情が、濡れた瞳のせいで、一気に爆発した。
峻は、ジェイをヒョイッと抱き上げると、車の助手席に座らせて、指でジェイの唇をこじあけ、強引に舌を捻じ込みキスをした。
「んんっ」
 音を上げてジェイが身を捩るのも無視して、その口腔を味わった。ジェイの腕が、峻の背を軽く叩いている。
「ふっ、う」
ジェイの切なげな声が車内に響いた。そして、唇が外れると、たった今まであんなに情熱的なキスをしていた男とは思えない横顔で、竣はキーを捻っていた。
息を整えて、ジェイは峻の横顔を見つめた。端正な横顔からは、さっきの激情がすっかり消えてしまっていた。フウとジェイは安堵の息を洩らした。
「あの・・・さ。ハンバーグ・・・ごちそうさんな・・・。たくさん食ったから、腹いっぱいになったぜ」
 唇をなぞりながらジェイはボソリと言った。
「それ厭みですか?」
 竣が横顔で聞いてくる。
「なんでそーなるんだよ」
「あの店のことはもう聞きたくありません。あんなところ二度と貴方を連れていきません」
「怒るなよ。怖い思いしたのは俺だぜ。おまえは・・・。あ、もう言わない」
 ジェイはピタリと口を閉じた。ピクリと竣の頬がひきつったのを見たからだった。
「見ろよ、竣。ハイウェイの灯がすごい綺麗だぜ」
 窓の外に視線を移して、ジェイが歓声を上げた。
「さっきまで泣いてたくせに」
 ボソリと竣は呟いたが、ジェイには聞こえなかったらしく彼は窓に張りついたままずっと外の風景を眺めていた。


家に戻ってからも、奇妙な沈黙が続いている。峻は、怒っているようだった。
「なあ。どうしてそんなに不機嫌なツラしてんだよ。俺、謝っただろう。まだ足りない?」
ソファに座って、グラス片手に黙々と飲んでいる峻の横に座り、ジェイは峻の顔を覗きこんだ。
峻は、チラリとジェイを横目で見た。鋭い視線だった。ジェイは首を竦めた。
「足りないんだったら、謝るから。ごめんな。俺が悪かったよ。だか・・・」
スッと峻の腕が伸びてきて、ジェイの頭を抱えると、噛み付くようにキスを仕掛けてきた。
「んんっ」
峻の熱い舌が絡まってきて、ジェイはおずおずとそれに応えた。
この男は、いつもそうだ。欲望の色すら見せずに、いきなり発情する。
だから、ジェイは驚く。欲しいならば、欲しいという顔を見せやがれ!と思うのに・・・。零れた唾液が首筋に伝っていく。
「あ」
峻の唇が、ジェイの首筋に触れた。ピクッとジェイの体が揺れた。峻の指が、ジーンズのボタンに触れたのに気づいて、ジェイは首を振った。
ジーッと低い音がして、ジーンズのジッパーが下ろされた。下着の上から、峻の手がジェイのペニスに触れた。
「やめろ」
やっと唇が外れて、ジェイは叫んだ。
「俺は、いいっ。や、やりたいならば、おまえのやってやる・・・。おまえのが先」
「貴方のを舐めたい」
ゾクリとするような響きのいい声で、峻はジェイの耳元で囁いた。それだけで、ジェイは体の中心が疼くのを感じたが、首を振った。
「ダメだ。おまえが先」
ジェイは体をずらして、ソファから降りた。
峻の前に移動し、ゆっくりと床に座り込む。そして、目の前の峻のジーンズに手をかけ下着ごとずり下ろし、峻のペニスに指で触れた。
「いいって言ったのに・・・」
そう言いながら、峻は、ジェイの金色の髪をフワリと撫でた。それなりな長さと太さを持つ峻のペニスを、ジェイはゆっくりと口に含んだ。
初めの頃、男のコレを舐めたり咥えたりすることの経験がまったくなかったジェイは、峻に教え込まされた。
その時教わった通りに、ジェイは峻のペニスに愛撫をした。含み、舐め、溢れ出てくる欲望の雫を指ですくう。
滅多なことでは表情を崩さない峻が、段々と眉を寄せてくる。自分達以外はいない静かな部屋に、ピチャピチャと濡れた音が響く。
それがジェイには、たまらなく淫靡に感じられた。ジェイの柔らかな舌で丹念に舐められて、峻は自分のペニスが限界に近づいたことを感じた。
最近、慣れのせいかジェイは上手くなってきた。
最初の頃は、あまりに下手すぎて直接的愛撫よりも、自分のを一生懸命咥えているジェイの顔に、峻は感じることが多かったのだが。
「あ、ダメだ。ジェイ、もう」
グイッと、峻がジェイの髪を掴んで、ペニスから顔を遠ざけた。だが、ジェイはその手を振り払い、爆発寸前の峻のペニスを再び口に含んだ。
「ジェイ」
峻が引き攣った声を出した。ドクンと、峻のペニスが破裂する。ジェイの口腔内で射精してしまった峻は、掌で顔を覆った。
「いいんですよ、そこまでしなくても。辛いでしょ」
「んぅ」
口の中に溢れた峻の精液を、ジェイは必死に飲み込もうとしている。
「ジェイ」
やっとのことで峻の吐き出したものを飲み込んで、ジェイは息をついた。
「浮気、しなかったか?」
ジェイは、訊いた。
「飲んでわかりませんでしたか?」
言われて、ジェイはカッと顔を赤くした。
「濃かった、でしょう」
「そんなの・・・。わかんねえよ」
「貴方のも確認させてください。貴方のがチャンスはあった筈だ。直也とかね・・・」
「なんで!?俺がナオヤとそんなことする筈ねえだろ」
「貴方にはなくても、あっちにはあるんですよ」
峻はジェイの体を抱き上げると、ソファに座らせた。そして、今度こそ下着の中からペニスを引き摺りだし、咥えた。
「うっ」
ピクッとジェイは肩を揺らした。既にもう、峻のペニスを含んでいる時から、股間は相当にヤバかったのだ。
峻の舌は、軽やかだ。男とのセックスに慣れているから、どこをどうなぞれば感じるかを知っているのだ。たちまち、ジェイは昇りつめた。
「うっ」
体が放出の準備をして、縮こまった。だが。
「!?」
峻の指が、ジェイの根元を押さえてしまっていた。
「シュン・・・!?」
「意地悪したくなりました」
そう言って峻は、場違いに微笑んだ。
「イヤだ・・・。なに言ってるんだ。指、離せよ。もう・・・」
ジェイは体を捻ろうとしたが、ズキッと足が痛んだ。
「んっ」
そして、根元をきつくしぼったまま、峻は再びジェイを口に含んだ
「やめろっ・・・。は、早く」
焦れて、思わず腰が浮く。ジェイはブルリと背筋を震わせた。
「泣いて」
峻が言った。
「なんだと?」
「泣いて」
再び言う。
「貴方の泣いた顔が見たいんだ」
峻はニッコリ微笑む。
「・・・バカヤロウ。この、サド。誰が泣くかっ!」
「泣かなきゃ、イカしてあげない。この前みたくね・・・」
言われて、ジェイはドキッとした。
半年前、些細なことで喧嘩をした時。あれは絶対に自分が悪かったのだが、強引に峻に謝らせた。
ざまあみろと思っていたら、その日の夜のセックスで仕返しされた。峻は、本当にジェイをイカせてくれなかったのだ。
最後には、散々泣いてやっと許してもらえた。コイツは絶対サドだ、と思った。本質的にSの男なのだ。
あの時の辛さが甦って、ジェイはそれだけで涙が出そうだった。
「ちきしょう」
ジェイはソファの背もたれに手を引っ掛け、峻の腕から逃げようとした。だが、勿論体は動かないのだ。
大きく動けば、痛い。ジンジンと峻が押さえている根元から、快感が零れていく。早くイきたいのに、それが許されない。ジェイは無意識に腰を揺すっていた。
「あ、頼む。お願い。手、離せ」
「いや」
「シュン」
グッと峻は、ジェイの胸に自分の胸を合わせるかのように接近すると、ズルッと右手をジェイの下着の奥に突っ込んだ。
そして、既に先走りの液が滴り落ちて表面を濡らしていた秘所に指で触れた。
「ひっ」
ジェイが声をあげた。クチュッと小さな音がして、峻は濡れた表面を指でなぞってから、長い指をジェイの中に突き入れた。
「いっ。あっ!」
滅多なことでは、峻は中を弄らない。だが、今日は違った。
「やめてくれ。いやだっ」
峻の胸の辺りで、ジェイの金色の髪が揺れた。体の中から強く擦られる感覚に、ジェイは声をあげた。
だが、涙を堪えた。なにが気に食わないのかいきなり意地悪を仕掛けてきた男を簡単に悦ばしてたまるか!と思った。
「あ、あっ」
「強情ですね」
峻が呟く。ますます指の動きは早くなった。ヒクッとジェイの喉を仰け反った。堰きとめられたままのペニスと、弄ばれているアナル。同時に攻撃されて、頭が霞んだ。
「んんん。あうっ」
もう根元が痛い。出したい、出したい。
「くっ。シュンのバカヤロウっ」
ジェイはとうとう翠の瞳から、涙を零した。
「ううっ〜っ」
ポロポロと涙を零したジェイの顔を峻は覗きこんで、その唇にキスをした。唇を塞がれて、秘所を攻められ、ペニスを弄ばれ。峻の攻めは、どこへもジェイを逃さない。
「苛めてすみません・・・」
囁きながら、峻はジェイのペニスを唇に含んで、根元から指を離した。
「んあっ!」
間髪おかずに、ジェイは峻の口の中で射精した。頭の中が真っ白になった。
「・・・浮気はしてなかったみたいですね・・・」
飲み込んでから、峻はニッコリと微笑んだ。
「当たり前だ。最初からそう言ってるだろっ」
「心配だったもので」
「うるせえ、変態!」
パタリとジェイはソファに背中から倒れた。
「否定はしませんけど・・・。貴方の泣いた顔は、私にとって、最高のオカズなもので」
至極真面目な顔で峻は言った。
「サド。ど変態」
「結構です。その評価は間違っていません」
まったく反省の色ナシの峻だった。ジェイは溜め息をついた。
「おまえ・・・。さっきの仕返しだろう。怒ってねえとかぬかしておきながら・・・」
峻は、さっさと着衣を元に戻して、なにごともなくグラスを傾けていた。
「仕返しというよりは、調教に近いですね」
グラスの酒を飲み干しながら、峻は言った。
「調教だと!?」
「貴方は少し、意地っ張りすぎますから。そういうところもとても可愛いんですが、やりすぎると、今日みたいになくてもいいようなことまで起ってしまって、こっちは気が気じゃありません。
だから・・・。覚えておいてくださいね。引き際を心得ておかないと何度でも今日みたく泣かせてしまいますよ。私はわりと拷問という仕事も得意ですから。貴方もご存知の筈でしょう」
スウッと峻はその黒い瞳を細めて、ジェイを見つめた。ジェイはゾーッと背筋を震わせた。
「て、てめえがその気ならば、こっちにだって考えはあるぞっ!明日、俺の一番得意な料理をたらふくてめえのその口に突っ込んでやるっ!胃薬用意して楽しみにしとけ」
キッとジェイは峻を睨みつけた。その瞳にはまだ涙が浮かんでいた。
「・・・おっと、速攻負けました。それはひどい拷問だ。イケないよりも辛いですね」
降参、というように峻は手をあげ、クルリと振り返り、ジェイをきつく抱きしめた。
「許してください。今度は気持ちよすぎて貴方が泣いちゃうぐらい可愛がってあげるから」
そう言いながら、峻はジェイの唇に軽くキスして、再び指を、剥き出しのジェイの下半身に絡めていった。


おしまい
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すげえ描写で終わってるがな・・・(笑)
本当の意味でのクール攻めは大川かも・・・。エロイなあ(笑)
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