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発端は、そもそも。
連絡もなしにいきなり帰ってきた峻が悪いとジェイは思う。

「別にどうぞ、行ってきてください。構いませんよ」
そう言って、峻は、珍しくだらしなく、机に足をかけた姿勢で、ジェイに視線をやった。
「お構いなく。適当にダラダラしてますから。どうぞ、直也と楽しんできてください」
「おまえな。それ、完全に嫌味だろ」
「ご自由に解釈してください」
冷たい口調だった。
「・・・っ」
頭に来たジェイは、それ以上のフォローはせずに、杖を手にして、家を出た。
真面目にリハビリをしてきたことと、元々体を鍛えていたせいもあって、ジェイは大分体の機能が回復してきていた。
担当医も「さすが軍人さんと言わざるを得ないですね」と驚いたくらいだった。
だが。無論、負傷前の完全体に回復できる筈はなく、ジェイは常に杖を持って歩いていた。
第一線でバリバリ働いていた頃に比べ、ショーウィンドウに移る自分の姿を見ると、さすがに落ち込むが、
それでもジェイはそんな気持ちをブルブルと頭を振って、振り払う。
どんな姿になったって、あの戦いを経験し、生きていられただけでラッキーだ。
そうだ。それだけだってもうけもんなのに、この怪我が原因で、長年片思いしていた男と気持ちが通じ合い一緒に暮らせるようになったのだから、
文句などあろう筈がない。
「ジェーイ」
待ち合わせ場所付近に行くと、直也が笑顔で、こちらに向かって手を振っていた。
今日は、元々直也と先約があったのだ。映画を観に行く約束。たわいもない約束だった。
だが、ここのところ直也は大学が忙しく、何度もジェイとのそういったたわいもない約束を実行出来ずにいた。
だから、絶対に行ける今日の映画を、直也はとても楽しみにしていたらしく、昨日などは1日に10回以上も確認の電話とメールが入ったぐらいなのだ。
「うっさい。なにがあっても行くから安心しろ」
あんまりしつこい直也に、怒鳴って、携帯をぶった切ったぐらいだった。
そうしたら、最後には、家まで来て「明日楽しみにしてるね」と言って走り去ったのだ。
そこまで自分と映画に行くことを楽しみにされていちゃ、なにがなんでも実行してやらにゃ、とジェイは思っていた。勿論、直也に慕われるのは嬉しかったせいもある。
直也は恋人峻の弟なのだから。
「仕方ないな。昼飯奢ってやるか」
それに、どうせ夜までくっついてくるだろうから、夕飯は俺の手料理で、もてなしてやればいいしな、と走り去る直也をマンションの窓から見下ろしては、考えていた。
そして今朝。早起きして、今晩の夕飯の仕込みをしていたら、、玄関のチャイムが鳴った。
ジェイは、直也だと思った。
約束の時間まではまだまだあるというのに・・・と思いつつ、
「ナオヤ。おまえ、幾らなんでも早すぎだろ」
言いながら、ドアを開けたら、立っていたのは峻だった。
軍服のままだったので、おそらくは空港から直帰。
峻は遠方での任務を命じられていて、三か月間行ったきりになっていた。
「なっ、な。おまえ、なに、どーした」
目の前にいきなり現れた峻に、ジェイは持っていた菜箸をポトリと落とした。
「三か月ぶりに帰ってきたのに、いきなり他の男の名前で呼ばれるとは・・・」
菜箸を拾いあげながら、峻が、冷ややかに言った。
「いや、違う、これには訳が」
言い訳しようとしたけれど、速攻で唇を塞がれて、それ以上は言えずに、峻の腕の中でジェイはもがいた。
「朝っぱらからすみませんが、抱いていいですか」
と耳元で囁かれて、ゾクリと体が震えた。
いいですか?と聞きながら、峻は断ることを想定していない態度で、腕の中のジェイを抱き上げた。
現役時代から比べたら明らかに減ってしまった体重のせいで、軽々と持ち上げられてしまうことに悔しさを感じながらも、恋人のぬくもりに顔を埋めかけようとして、
ジェイはハッとした。
「いや、待て。ストップ。無理。今からは無理」
「ストップは却下です」
耳に響く美声は、ほとんど命令のように聞こえた。
「マジで。本気で、ダメ」
ドサリと、音の割には優しくベッドに下されながら、ジェイは叫んだ。
「どうしてですか。まさか、貴方・・・。全身直也のキスマークだらけ、とか言いませんよね」
峻がジェイの上着に手をかけた。
「言う訳ないだろ」
カァッとジェイの顔が赤くなった。
「じゃあ見せてください」
バッ、と上着を開かれて、ジェイはいたたまれずに、体を捩った。
「も、よせって。んなの、ついてないだろ」
「・・・ええ。綺麗な体です」
そう言って峻は、わざとらしく音を立てて、ジェイの乳首に唇を寄せた。
「うっ」
久しぶりの恋人の愛撫に、感じない筈がなく、ジェイの体は素直に反応してしまう。
右も左もねっとりと舐めあげられると、完全には動かない筈のジェイの足がかすかに震えはじめた。
「峻、あっ」
再び峻は、身を乗り出して、ジェイの唇を奪った。
さっきの玄関でのキスの比ではない、セックスに入る合図のような激しいキスだった。
朝っぱらだろうがどこでだろうが、こんなキスをかまされて、その気にならないほどジェイは聖人君子ではなかった。
聖人君子どころか、ジェイだって峻を求めていた。
一緒に暮らし始めて、こんなに長く離れたことがなかったからだ。
だが。それでも。
「シュン。続きは帰ってきてから」
と、理性を捨てきれない真面目なジェイだった。
「なんですか。なにが理由なんですか。俺とのセックス以上に優先することがあるんだったら、それは浮気以外のなにものでもないと思うのですが」
咎めるように峻は言った。
「いや、その」
確かにジェイは今、働いていないし、峻の庇護のもとに暮らしている。峻は恋人であり、軍人だ。
長期任務から帰ってきた恋人が、メシより風呂より、とにかく一番初めにセックスを求めてくるのもわかるし、自分にとっても普段だったら、
峻の望みを叶えてあげるのが最優先だ。
けれど。
このまま峻と朝っぱらからセックスしていたら、おそらくは、そう簡単には終わらない。
直也との約束に遅れる。かといって直也に今日はダメになったよ、と断るのも昨日の態度を思い起こせば、あまりにも可哀想だ。
いずれにしても、約束を気にしながらのセックスなんてしたくない。
ジェイはそう思ったのだ。
そして、峻に、今セックス出来ない理由を説明した。
峻はジェイの上から身を引き、ベッド脇の椅子にドサリと腰かけ、話は、冒頭のシーンに戻る、という訳だ。


直也にはなにも知らせずに過ごそうと、ジェイは決めていた。
峻が帰ってきていることを知ったら、直也は遠慮するに決まっていた。
待ち合わせ場所でおちあってから映画館に行くまでの道のりで、直也は本当に嬉しそうだった。
おまけに「今晩のジェイの料理が楽しみ」などと可愛いことを言ったりもするのだ。
峻とはえらい違いだ、とジェイは思い、心の中で苦笑する。
「あ、ああ。その件だが、今日の料理は、ちょい仕込みに失敗してな。すまんが、手料理はナシだ。仕切り直していいか?」
「それはいいけど。じゃあ、外でメシ食っていこうよ。せっかく久しぶりに会えたんだし、昼食って映画観てバイバイじゃ淋しすぎるよ」
直也の提案に、ジェイはちょっと戸惑ったが、頷いた。
「そ、そうだよな」
「俺、この前友達にいい店教わったんだ。ジェイも気に入ると思う。そこ行こうよ」
「けど、ちょっと今日はそんなにゆっくりしてらんないんだ」
かろうじて、そう言うと、直也はキョトンとしていた。
「どーしたの。用事あったっけ?」
「いや。急きょ荷物を受け取らなきゃいけないのと、峻から電話が入るらしくてな」
「そうなんだ。じゃあ、仕方ないね」
直也はすぐに納得してくれた。
ジェイは、ホッとした。
まあ、峻にはなにか、その美味いと言われている店でテイクアウトしていくか、と思った。


夕飯を早めに切り上げ、マンションの下まで直也に送ってもらい(部屋まで来ると言ったが断った)、ジェイはジェイなりに慌てて部屋とへ戻った。
もしかしたら寝ているかもしれないから、チャイムを鳴らさずに鍵を使った。
「シュン。腹減ってるだろ。美味いもん買ってきたぞ」
杖をガシャンと玄関に放り投げ、ジェイはよろよろしながらも、一目散に寝室に向かった。
だがそこに峻の姿はなかった。
「シュン?」
リビングも見て、バスルームも見た。書斎も確認したが、峻の姿はどこにもない。
「!」
慌てて探したが、今朝峻が抱えてきた荷物と車のキーがどこにもない。
そうして、ジェイは、思い至った。
「・・・そっか。今朝、立ち寄りだったのか・・・」
多分峻は、本部に用があって戻ってきた、一時帰宅だったに違いない。
急に取れた休暇だ、ぐらいにしかジェイは考えていなかったが、休暇ではなく、休憩のようなものだったのだろう。
峻は、時間単位で動いていたのだ。
「んなこともあったよな。あの部署、忙しかったもんな」
かつての勤務体制をすっかり忘れていたジェイは、自分で自分に呆れた。
本部に報告に来て、その日のうちにまた任地に戻ってしまうなどと、日常茶飯事だった筈。
「だったらそう言えっつーの。これだから、日本人はやだよ。察しろとか、ありえねーから。俺、鈍いからわかんねーもん。ちゃんと言ってくれねーと」
元々いきなり発情するタイプなのでいつものことだと思っていたが、峻にしたら、どうしても今朝でなければならなかったのだろう。
くそっ、とジェイはソファにドサリと腰かけた。
「ちきしょう」
不自由な腕と足を庇いながら、ジェイはソファに横たわった。
「シュン」
呟いて、指で唇を押さえた。
今朝がたのキスが甦ってくる。
直也との約束がなければ、絶対にあのまま、セックスしていた。
峻の唇が胸に・・・。
思い出して、Tシャツの上からジェイは乳首を探った。
ここをあいつの唇が舐めて・・・。
「ん」
やばい。なんか、その気になってきた。
ジェイはおずおずと、自らの下半身に手を伸ばした。
少し硬くなっていた。
恋人がいない夜が多いので、オナニーは得意だ。片手は不自由だったが、それも、慣れたものだった。
いつものように自分を慰めようと、ジーンズの中に手を突っ込み、下着の中の自分のペニスを掴んだ。
「シュン」
名前を呼びながら、擦りあげようとした時。
「出来れば、ベランダも調べていただけるとありがたかったんですが。中途半端な探索なさらないでいただきたい」
という声と共に、峻がベランダから出てきた。
「!」
驚いて、ジェイの手が止まった。
「このまま鑑賞してようかな、と思いましたが、やっぱり参加したくなったんで、ご一緒していいですか」
「なっ。おっ、おまえ。帰ったんじゃないのか」
とんでもない恰好のまま、ジェイは硬直してしまった。
「帰るってなんですか?私が帰る場所はここです」
峻は、ソファに浅く腰かけた。
「茶化すな。だって、にっ、にっ、荷物がなくって」
「当たり前です。隠れていたんですから」
「なんの為に」
「私より直也を優先した貴方に、理由は聞いて納得したものの、後からなんだか腹が立ってきて。出て行ったふりをして貴方に意地悪してやろうかと思ったんです。
もっとがっかりしてくれることを楽しみにしていたのに、あなたときたら、いきなりオナニーしはじめちゃうから、困りました」
峻は、サラリと髪をかきあげた。
「だっ、誰のせいだ」
「誰のせい?まさか私のせいにする気ではないですよね。今朝、私の誘いを蹴って飛び出していったのは、貴方ですよ。自業自得って言葉知ってます?」
切れ長の瞳が、ジェイを見つめた。
「・・・う、うるさいっ」
「のは、貴方です」
峻は、ジェイの体をギュウッと抱きしめると、その体を膝の上に抱え上げた。
「ジェイ。さあ、続きをどうぞ。貴方は一度イクと、とても感じやすくなる。セックスの前戯としては最高ですよ」
ジェイは、峻の腕の中で、顔を赤くした。
「さあどうぞ、とか言われてやれるかっ。俺は一人だと思ってたから、ヤるつもりだったんだ。ふざけんな」
ジタバタと峻の腕の中でジェイが暴れた。
「こういう抵抗も、貴方の体が動くようになってきた証拠で嬉しいですし、ましてや私みたいな性格の男には、たまらないンですよね」
峻の瞳が妖しく輝く。
「シュン!」
峻が、グッとジェイの両腕を片手で抑え込んだ。
現役時代のジェイ相手ならば、幾ら峻とてこんなことは出来なかった。
だが、今のジェイは、大分回復してきているとはいえ、まだまだ片方の腕は、自由に動かない。
峻は素早く片手でジェイのジーンズをおろし、片足を大きく広げた。
挿入までには至らなくても、長い時間をかけて、峻はジェイの尻を開発していた。
指で、中を弄れば、ジェイは、もう射精出来るのだ。
「あなたが一人で出来ないならば、手伝ってあげますよ。さあ、イッて」
「んっ」
ググッと峻の指が胎内に入り込んでくるのを感じて、ジェイは眉を寄せた。
「あ、あっ」
「どうでした。直也との映画は楽しかったですか?」
「こんな時に・・・なにをいきなり・・・」
はあ、とジェイは息を吐いた。
「楽しかったですか?」
答えないジェイをこらしめるように、峻の指が、ぐっとジェイの中で乱暴に動いた。
「あ、ん。たっ、楽しかったよ。やめろ」
ビクビクと反応しながら、ジェイがヤケクソのように、答えた。
「は、あ」
もぞもぞと尻の奥へと向かっていく峻の長い指の動きのせいで、甘い息がもれてしまう。
ふふふ、と峻はジェイの耳元で小さく笑い、そして。
「そうですか。では、今度は、私とセックスを楽しむ時間ですね。直也との映画より、ずっと。貴方を愉しませてさしあげますよ」
と、囁いたのであった。


エンド

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