back TOP next
直也は何度も水を飲んで、やっと口の中のひどい騒ぎを落ち着つかせることが出来た。
「スペシャル料理、どうだった?」
ニコニコとジェイが聞いてくる。
「ひょっとして、竣さんはいつもこの料理を食ってたんですか?」
当たり前だろと、ジェイは胸を張った。
「俺の料理はミナミ直伝だぞ。アイツが残す筈ないだろ」
クウッと直也は呻いて、テーブルに伏せた。
「あ、愛って偉大だな・・・」
水差しに手を伸ばして、再び水をガバッと飲み、フウウと直也は息をつく。
「なに入れたらこんなに辛くてマズイんだ」
日本語で言ったので、幸いジェイにはわからなかったらしくニコニコしていた。
「向こうの味の感覚にはついていけん」
バテている直也を、ジェイが箸でつついた。
「おいしすぎて幸せだろ。なんなら、泊まっていってもいいぞ。明日の朝も作ってやる」
泊まっていっていいと言われて嬉しいが、明日の朝も作ってやると言われて、嬉しくない。
複雑な気持ちだった。
「俺泊まっていい?だってさっき、雑誌」
ジェイの部屋に投げた、今夜のオカズ。
「構わないよ。だって別の部屋だもん」
そういう問題かと思う。幾らこの家が広いとはいっても。
「なんならさ、俺が欲求を満たしてやろうか」
事もなげに言った直也に、自分で作った料理をおいしそうに食べていたジェイは、ブッと吹き出した。
「なに?今、なんて言ったんだ?」
無言で、ナプキンで顔を拭いている直也を、不可思議な目でジェイは見つめた。
「だから、俺が手伝ってあげる」
ジェイは翠の瞳をパチクリとさせていた。
「ナオヤはゲイなのか?」
「うん。つい最近自覚した。ジェイのせいだ」
罪のない笑顔と共に、躊躇ない答えが返ってきた。
「・・・なんで、俺のせいなんだよ」
心なしか、ジェイの顔色は蒼白だった。
「だって、ジェイを好きになったから」
ここ一カ月で、直也はすっかりこの翠の瞳の男に捕われていた。
本城南にこのアルバイトを紹介されたのは、ラッキーだった。
「勝手におまえが・・・。第一俺はおまえより、ずっと年上なんだぞ」
ジェイの言葉に説得力はなかった。
「年上でなんか悪いの?俺は年上の人好きです。全然問題ありません」
悪びれない直也に、ジェイは絶句する。同性に迫られたり、口説かれたりするのは、初めてではない。
そういうお国柄でもあるし、なんだか知らないが、自分の彼らへの印象は良いらしかった。
だが、ジェイは同性とつきあったことがない。興味がない訳ではないが、やはり女性の方が好きだった。
いいなと思った男もいたが、その男には恋人がいて、やはり自分にはソッチ方面の恋愛はむいていないと思っていた。
そして今までの男達は、引き際を心得ていた奴らばかりだった。
ジェイの興味が、自分にないと知ると、あっさりと去っていく。
それまでの価値しかないと思われたのかもしれないが、ジェイにとっては有り難いことだった。
しかし、直也のこの無邪気な目は・・・。
「いや、ナオヤに問題がなくても、俺にはある。大有りだ」
キッパリとジェイは言った。
「好きな人がいるんですか?」
単刀直入の問いに、ジェイの頭はパニックを起こしそうになる。
「いるんですか?」
ズイッとジェイの方に身を乗り出して、直也が聞いてくる。
「あ、ああ。いる。いるから、ダメ」
「竣さんですか?」
間髪入れずに名指しした直也を、ジェイはジッと凝視した。
「なんで、シュンだと思うんだ」
言われて、直也は答えられなかった。理由なんてない。ただ心に直接響いたのだ。
彼ではないだろうかと。
黙っている直也を見て、ジェイはそれが根拠のない名指しだと受け取り、ホッとする。
「女性だよ。故郷に、昔結婚を約束した女性がいるんだ。俺は彼女を今でも愛している」
よくもこう淀みなく嘘がつけるものだと、ジェイは自分が恐ろしくなる。
「その人、なんて名前」
テンポのいい直也の質問にジェイはウッと詰まってしまった。
「・・・」
前言撤回である。
「嘘つかなくて、いいよ。そりゃ幾ら俺でも、今日告白して、今日貴方の気持ちを聞けるとは思ってないよ」
目の前のスプーンを片手で振り回しながら、直也は呟いた。
「けど、どうせ不自由な手で挑もうとしているなら、俺が手伝ってやるって。今のところはそれでいいんだ」
今までの会話はなんだったのだ。
「おまえの頭の中、どういう構造になってるんだよ、一体」
既にジェイは逃げ腰になっていた。
「今のところはそれでいいって・・・?いきなり、途中仮定すっ飛ばして、結果に行き着くなっつーの」
直也は顔を真っ赤にして笑い出す。
「真面目だね。ジェイってセックスを神聖視してるみたい。残念ながら、愛なんかなくても、セックスって出来るじゃない。
今のところはそれでもいいって言ったつもりなんだ」
ジェイは直也の目の前に、右手を突き出した。これでもかというほど、指を動かしてみせた。
「立派に動く。他人の手は借りない!」
プイッとジェイは顔を反らした。
「人にやってもらった方が、気持ちいいって言うけど」
「まだ言うか。おまえいったい幾つなんだ。知ったかぶりしやがって」
直也は素直だった。ウンとうなづく。
「本に書いてあった。本当は知らない」
ジェイは肩を竦めて、直也を睨んだ。
「知り尽くしてから、出直して来い」
もうこれ以上、無駄な会話をするるつもりはないと、ジェイは皿を持ち、立ち上がった。
「ジェイ、俺が片づけるよ。貴方は座っていて下さい」
直也が、ジェイの肩を掴んだ。
「離せ、おまえの手助けなんかいらない」
自由になる右手は皿を持っている。肩を掴まれた手を払いたくても、払えない。
ジェイは思いきり、直也の足を踏んづけた。
「イテーッ!」
予期せぬ反応に、直也は飛び上がった。同時に、揺れた体が、ジェイにぶつかる。
「ウゲッ。おまえ、何しやがる」
直也と共に体制を崩したジェイは、支えを求めて、皿を持っていた右手を宙にさ迷わせた。
当然の結果、皿はその右手といっしょに宙を舞った。
「げっ」
ジェイは、崩れていく体の目線で、皿を追いかけた。次の瞬間、派手な音が響いた。
皿の音と同時に、二人の巨体が倒れた音も加わった。
「ギャア・・・。さ、皿が、皿がァァァァァ」
無様な声をジェイは洩らした。
なぜなら、ここの家の皿はとても高価な物を使っているから、扱いにはくれぐれも気をつけるようにと竣に厳命されていたからだ。
「どうした、ジェイ。傷に響いたかっ」
ガバッと直也の顔がジェイの目の前に突き出された。
「うっ」
びっくりして、ジェイはのけぞった。
「ジェイ」
いつの間にか、直也はジェイの体の下敷きになっていた。
一体、どういう倒れ方をしたのか皿の行方に夢中になっていたジェイはよく覚えていないが、
少なくとも直也の体がぶつかってきて、前屈みに倒れた自分の体が下になるのは当然だと思っていた。
「ナオヤ・・・」
直也はヘヘヘと笑った。
「ゴメン。巻き添えにしちゃった」
ポカッと、ジェイは直也の頭を叩いた。
「ったく!必要以上に、俺のこと庇うなって言ったろ。俺は女子供じゃない」
この野郎と、ジェイは右手で直也の頭を床に押さえつけた。
「俺はジェイを守りたいんだ。女子供と一緒にしてるんじゃないっ」
ガツンと床に打ち付けた頭の痛みに、呻きながら、直也は反論した。
「ジェイのこと、好きになったんだ!」
満身の力をこめて頭を押さえつけているジェイの手を、直也も必死に跳ね返した。
「ジェイ!」
形勢逆転。ジェイが怪我をしていたからこそ出来たことだった。
直也は、上半身を起こして、ジェイの顎を掴んだ。
「ナオヤ」
間近に迫る直也の顔に、ジェイは目を見開いた。動く筈の右手が、何故かピクリとも動かない。
金縛りにあったように。
「んっ」
直也の暖かい唇が、ジェイの唇に重なった。自分になにが起きたのか、ジェイにはわからなかった。
キスなら、何度もしている。なのに、なんで今更こんなに心臓が鳴るんだ。
「・・・なにしてるんですか、キッチンで」
突如として、冷やかな声が、響いた。
「!」
弾かれたように、二人は離れた。
「シュン」
竣は、壁にもたれて二人を見ていた。
「いくらチャイムを鳴らしても、応答がないから、用心して入ってきてみれば・・・」
途中で言葉を切って、竣はスリッパで皿の破片を蹴った。
「これは一体、どういう事態ですか?」
ジェイと直也を無表情に見つめて、峻は冷やかに言った。
直也は、そんな峻の視線を受けて背筋が冷え冷えとするのを本当に感じた。
ジェイは、直也を背に庇った。
「お、俺が悪いんだ。俺がけつまづいて皿を割ったんだ。すまん、この弁償は必ずする」
ひしひしと感じる竣の怒気を反らそうと、ジェイはひたすら謝った。
「ちょ、貯金だってあるし、なんとかする」
「何言ってるんですか、ジェイ」
峻は相変わらず冷たい声だ。直也はジェイの背を押し退けた。
「すみません。竣さん、俺が無理矢理ジェイにキスしたんです。すみません」
ジェイは驚いて、直也を振り返った。
「バカ。シュンはそんなことに怒ってるんじゃない。皿だよ。皿を割った挙げ句に、後片づけもしないでいたからだ」
ヘッ?と直也は竣を見上げた。それは違うだろ、ジェイと言いたいのを直也は堪えた。
峻さんが怒っているのは・・・と思いながら、直也はソロリと峻を見た。
竣は、直也の視線を受けてから、フッとその視線を天井に移した。
「本当に悪かった。ちゃんと後片づけはするから、おまえは着替えてこい。・・・それにしても、
早い帰国だったな」
早口でジェイが捲くしたてた。竣は肩を竦めた。
「早くて、すみませんね。お邪魔して申し訳ありませんでした」
プイッと背を向け、竣は自室へと引き上げた。ジェイは目をパチクリさせていた。
「お邪魔してすみませんだって・・・。なに言ってんだ、アイツ」
直也はがっくりと、うなだれてしまった。
直也は後片づけをすると、ジェイの引き留めにも躊躇せず、さっさと帰っていった。
何かに怯えているようだった。
「ジェイ、飲みませんか?」
玄関まで直也を二人で送っていって、自室へと戻る廊下で、ジェイは竣に誘われた。
「お、いいね。飲んでいいか?」
「元気が有り余っているようですから」
なにか奥歯に物が挟まったような言い方だな、とジェイは眉を潜めたがすぐに忘れた。
酒への魅力は抗い難い。
「じゃあ、おまえの復帰に乾杯」
竣から、復帰の命令が出たと聞いて、ジェイは乾杯をした。
「ったく、大佐も人使い荒いよな。すぐに復帰しろなんて。なあ、シュン」
竣は、計一カ月の休暇だった。
だが、負傷度合いと比べてその休暇は長すぎるくらいだと竣自身は思っていた。
「大佐殿に言われました。貴方のことどうするつもりだって」
和服姿の竣は、ソファに深くもたれながら言った。
「俺のこと?んなことはおまえが心配する必要はないさ」
ジェイはあっけらかんとしている。
「自由にしてやれと言われました」
前髪を掻き上げて、竣はジェイを見つめた。
「・・・俺はいつでも自由だ。なに言ってるんだ、あのおっさんはよ」
尖った竣の視線に気づいて、ジェイは慌てて自分のグラスに酒を足した。
「貴方がウォーレン大尉に、電話したことを彼から聞きました。帰りたがっていた貴方を、
ここに縛りつけた・・・」
あんにゃろと、ジェイは渋い顔をした。
「自由でしたでしょうか?」
問いつめる竣に、ジェイはうなづいた。
「本当に帰りたかったら、俺は諦めない。おまえ、俺が諦め悪いのを知ってるだろう」
その言葉に、竣は苦笑した。
「な、なにがおかしい。コノヤロウ」
「じゃあ、なんで貴方は帰りたいというアクションを起こしたのでしょうか」
ジェイは、ゴックンと音を立てて酒を飲み干した。
「・・・きまぐれなのも知ってるだろ」
自分でも苦しい言い訳なのを承知して、ジェイはそ知らぬ顔を装った。
「まあ、いいでしょう」
「なにを、偉そうに。キサマ」
すると竣の目がキラッと光った。
この男の特徴で、有無を言わせぬ完璧な答えを口にする時に、切れ長の目は妖しく光るのだった。
「おっと、ストップ。まあ、いいでしょう」
ジェイは峻の口真似をした。予防線を張って、ジェイは逃げた。
どんな言葉が彼の口から出るのか予想はつかないが、いずれにしても言い争いになるのは間違いなかったらである。
「で、貴方は私と一緒にここを出て国に戻ってから、どこへ行くつもりなんでしょうか」
逃げたジェイを追うことをせずに、竣は別のことを口にした。
「復帰が無理である以上、もちろん故郷へ帰るぜ。婆さんが待ってるからな」
「それだけは止めて下さい」
ビシッと峻は言った。
「へっ?」
ジェイは、目を見開いて峻を見つめた。峻の語気の荒さを不思議に思ったのだ。
「完治するまでは、私の近くにいることです」
およそ頼んでいるという態度からは、かけ離れた竣のもの言いに、ムッとするがジェイは押さえた。
「どうして」
「貴方が私を庇ったからです」
それは何度も聞いている。確かに庇った。だからと言って、それがどういう理由になるのだ。
庇うことも自由なら、故郷に帰るのも自由だ。
それこそが俺の自由じゃねえか、とジェイは膝の上に置いた自分の拳にグッと力をこめた。
「庇われた方にも言い分はあります。たとえ貴方が勝手に私を庇ったにしても。いえ、だからこそ私にも言い分があるのです」
「どうして俺に側にいて欲しいんだ」
今更の言い合いを続けるつもりはないジェイは、どうしてそんなことを竣が言うのかが聞きたかった。
「いて欲しいからです」
「なんだ、そりゃ。ガキだな。その理屈」
ヘッとジェイが鼻で笑った。
「ガキですよ。私は貴方より年下ですから」
しれっと竣はそんな言い方をした。
「バッ。バカ言ってんな。そういう意味じゃねえっつーの」
「わかってます」
可愛くねえの・・・。
まあいつもこんな調子なので、いちいち腹を立てていたらキリがないのだがとジェイは思う。
「出来れば、私と一緒に住んでいただきたいのです。看護人はつけます」
「何言ってんの。俺より薄給のおまえにどこにそんな余裕がありますか」
ヘラヘラとジェイは言った。
「貴方みたいに、金の使い方が荒くないので貯えはあります」
「おまえね。一生懸命貯めた金を、なんでそんなふうに使おうとすんの。義理難いと聞いていたけど、
日本人ってみんなそうなのか」
少しイライラして、ジェイは聞いた。
「いえ。私はたぶん特別でしょう。日本人は義理難いが、貴方みたく嫌がられたら、引くのも早いです」
「そうだろ、そうだろ、そりゃ」
言いかけて、ジェイは止まった。先程の直也とのやりとりを思い出したからだ。
「おまえ、それ嘘だろ」
ジェイは疑惑の目を、竣に向けた。
「どうしてそう思うんです」
「だって、直也はしつこかった。あ・・・」
ジェイは口を押さえた。
「ああ、先程も直也が貴方に迫ったと言ってましたっけ」
「あー、いや。まあ、事故だよ、事故」
話が妙な方向に流れそうで、ジェイは慌てて首を振った。
「アレは私の腹違いの弟です。似てるならば、血筋でしょう」
あっさりと竣は言った。
「はああ?お、弟?」
ジェイは心底驚いた。
「似てないでしょう。片親違いますからね。でも直也は知らないので、黙ってて下さい」
なにか複雑な事情がありそうだと思い、ジェイはコクリとうなづいた。
「返事を聞かせて下さい」
「ノーだ。ノー」
「では、ウォーレン大尉のところでも構いません」
ジェイの眉がピクリと動いた。
「ハリーがなんだって」
「彼は、貴方を引き取りたいと思っているようです。大佐が言ってました」
ジェイが深い溜め息を洩らした。
「てめえら、みんな殺してやる。俺をなんだと思ってるんだ」
竣のグラスの氷が鳴った。
「みんな貴方を愛しているのです」
その言葉に、ジェイはカッと目を見開いた。
「勝手な愛だ。俺のことなんて、無視してる」
ドボドボとジェイは、竣の空のグラスに酒を注いだ。
「独占欲の塊ですね。でも、それも愛し方の一つだ。貴方だって誰かを愛せばそうなる」
ジェイは、竣のグラスから酒が溢れているのに、構わず注ぎ続けた。
「俺はそんな愛し方しない。愛するヤツは自由にしてやりたい。縛らないぞ」
「そんなことをしてるから、貴方の愛する人間は貴方の愛に、気づくのが遅れたんです」
ジェイはボトルを放り投げた。中身がなくなったからだ。溢れた酒は、テーブルに水溜りを作った。
「誰のことを言ってるんだよ」
「貴方の愛する人のことです」
竣はテーブルの水溜りを一瞥して、グラスの酒を飲んだ。
「・・・知ってたのかよ」
「それ程鈍感じゃありません」
ジェイは手近にあったクッションを、竣に向かって投げた。
「今すぐ帰る。車、出せっ」
「イヤです。そんなに帰りたいなら、自分で運転していって下さい」
「鍵出せ、鍵!」
ジェイは立ち上がって、喚いた。
「座って下さい」
竣は、ジェイを見上げた。
「鍵を出せ」
もう一つのクッションを投げて、ジェイは叫んだ。
「座って下さい」
「イヤだ!」
「座れ!」
竣が声を荒げた。ビクッとして、ジェイは竣を見つめた。
「お、俺はここにはいられない。おまえの側にもいられない・・・。最初からずっとそう思っていたんだ・・・」
「私もここにはもう、いられないのです。だから、ここを出て一緒に暮らして欲しいのです。ジェイ」
「おまえがここにいられないのは、向こうに戻るからだろ。俺がおまえの側にいられない理由とは違う」
「私はもうここに二度と戻ることはないのです」
ジェイが瞬きをした。
「向こうに永住するのか?」
「元々私は、向こうの永住権を持ってます」
こういう時にも、まぬけなジェイの問いに、先程の激しさを忘れて竣は小さく笑った。
「貴方に側にいて欲しい。それがたとえ、毎日でなくてもいい。ウォーレン大尉の元でもどこでもいい。
目が届く位置に、貴方の存在を確認したいのです」
なんだ、こりゃとジェイは思う。
この言葉は自分に向けられるべき言葉じゃないとジェイは思った。
側に居て欲しい・・・なんて。これではまるで愛の告白のようだ。
「おまえ、酔ったな」
竣が酔ったところを見るのは、長いつきあいでも一度もなかったが、今がそうだとジェイは思った。
「まったくの素面です。酔って、ベラベラ言ってみたいですよ。貴方みたくズケズケとね」
「なにが言いたいんだよ」
ムッとしつつジェイは聞いた。
「貴方のこと、愛してるってね」
ポカンとジェイは口を開いた。
「貴方はいつでも酔えば、私に好きだ、好きだと喚きました。次の日にはケロリと忘れていたけれど」
知らない。まったく覚えてない。ジェイは口をパクパクさせた。
「私は貴方から、自由なんて欲しくない。貴方が本当に私のことを愛してくれているのだ知った時、そう思いました。
自分も同じ気持ちだと気付いて、更に思いました。貴方への自由も、私はあげないとね」
ジェイはドサリとソファにもたれた。頭がパニックだ。
「だから、側にいて下さい。貴方は自分の想いに遠慮なんてすることはないんだ」
コイツは、全てわかっていたのか。ジェイは自己嫌悪に陥った。
一生懸命、気付かれないように隠してきた自分の気持ちを、正体のない自分がベラベラ喋り捲っていたとは。
本当はずっと、言ってしまいたいと思っていた。竣の恋人の、南の存在さえなければ。
おまえが好きだ、と。ほとんど出会ったその日から。
おまえが好きだ、と。おまえが欲しいんだ・・・と。
南の。南の存在さえなければ・・・。
「・・・おまえ、まさか」
唐突に、ジェイは思い当たった。ここにいられないと言った、竣の言葉の真の意味。
「別れました。自分に嘘はつけないと同様、私はあの人には嘘はつけない。だから、言いました。
貴方のことが好きだと正直に打ち明けました」
再びバカみたいにジェイは口を開いた。
「バカか、おまえ。なんで、そんなこと」
「バカとはなんです。私が、彼との話合いを終えて帰ってみれば、貴方は私の弟とキッチンで
堂々とキスしてた。貴方の方がよほどバカだ」
「てめえ、上官に向かって」
フルフルとジェイの拳が震えた。
「プライベートの時間になれば、貴方と私は対等の恋人同士です。そうでしょう?」
恋人同士のところに力を込めて、竣は言った。ジェイは、顔を赤くした。
そんなジェイを見つめて、峻はハッキリと言った。
「貴方が好きです。愛しています。貴方が欲しい。毎日側に居て欲しい。私は独占欲の塊のような
男です。目の届かないところに貴方がいるのが、耐えられない」
歯が浮くような台詞を、峻はスラスラと言う。いつもだったら、「バカじゃねえの。おまえ」と笑って済ませることが出来る。
けれど・・・。
そんな歯の浮くような台詞と共に・・・。
俺の大好きな、おまえの真っ直ぐな瞳がある。澄んだ、黒い、意思の強そうな。
「て、展開が早いっ。なんで、こんな話に」
そう言うしかなかった。長い間堪えて、そして叶うことのない想いだとは知りながらも
暖めてきた想いが、まさか通じることがあるなんて。
ジェイはまるで自分が夢を見ているかのようだと思っていた。
「貴方のせいです」
淀みなく竣はピシャリと言った。
「なんで、俺のせい・・・。ったく良く似た兄弟だな、てめえら」
同じ台詞を直也にも言われたのだ、とジェイはすぐに思い当たった。
「貴方が直也とキスしてなければ、こんな乱暴に話を進めるつもりはなかった」
竣はグラスをテーブルに置いて、立ち上がった。ジェイはギョッとした。
「な、なんだよ」
ジェイは怯えた目で、竣を見上げた。
「な、なにがそれほど鈍感じゃない、だ。俺がベラベラ言ってたら、気付くの当たり前じゃないか、
詐欺ヤロウ」
間が持たなくて、ジェイは突然叫んだ。
「隠そうとして、一生懸命の貴方にペラペラ言うのは悪いでしょう。それに、次の日貴方はそんなことを言ったことすらケロリと忘れていつもの態度だ。
私だって、少しは悩みましたよ。けれど段々と確信を持てるようになった。パーティーの爆破事件の時とあの密林で、貴方は自分の身を放って私を
庇ったではないですか。この前聞きましたよね。上官故に、そこまで出来るのか?と。貴方は知らずに答えていたんですよ。私の質問の本当の意味
にね。あそこらあたりで、貴方は気づいても良かったと思いますけど。鈍感ですよね」
竣はドサッとジェイの隣に腰掛けた。
「鈍感だと!?なにをぬかしやがるっ。わ、こら。なにしやがる」
ヒョイと顎を持ち上げられて、ジェイは慌てふためいた。
「ほら。やっぱり鈍感だ。これからなにをするかもわからないなんて・・・」
フワッと、ジェイの唇に竣のそれが重なった。
直也と交わしたような暖かいキスではなく、それは熱いキスだった。
初めて交わすキスの癖して、いきなりこんなハイブロウなキスはねえだろと、ジェイは呻いた。
「ふっ・・・」
唇が離れると、ジェイは意志とは裏腹に竣の胸に倒れた。
竣の着物の襟元が大きくはだけていて、直接素肌にジェイの頬が当たった。その温もりに、ジェイはピクリと反応した。
「私と一緒に暮らしてください」
峻はジェイの耳元に囁いた。もはや、ジェイにその誘いを断れる筈もなかった。
「・・・おまえと暮らす。人はつけなくて、いい。言ったろ、俺は家事に向いてるって」
ジェイが小さく呟いた。
「・・・嬉しいです。けれど、せめて料理人は雇いませんか?」
ガバッと竣の胸から顔を上げて、ジェイは整った竣の顔を力任せに叩いた。
「俺の料理に不満があるのか?」
「料理には不満があるのは本音ですが、貴方が側に居てくれることに比べたら、些細な不満ですから、
そこは私が折れましょう」
「なにを偉そうにっ」
再び峻を叩こうとして振り上げたジェイの手首を、峻は捕らえて自分の方へと引き寄せた。
そして、また、ジェイの唇に自分の唇を重ねた。
桜が散り終える頃、2人は本国に戻る。
一緒に、同じ場所へと・・・。
END
******************************************************************
嫉妬深い留守がちの軍人ダンナと体が不自由な専業主婦のジェイ。
そこへ忍び寄る嫉妬深い男の義理の弟直也・・・と言う続編が実はあるんですが・・(笑)
いつかお目にかける日が来れば良いですね。
back TOP next