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梶本は、力の限り野田を殴りつけた。
「や、やめろッ」
野田は、梶本に向かって叫んだ。
「うるせえよッ。てめえは、桜井さんのその言葉を何度 無視しやがった。
やめろと言ってもやめてくれねー辛さを
てめえにも思い知らせてやる」
バッと野田の唇から血が流れた。
「ひ、ひい・・・」
野田は、うめいた。
その時だった。
バタンと音がして、なつきが現れた。
「やめろ、梶本」
「!」
梶本は、その声に振り返った。
体にシーツを巻きつけて、なつきが立っている。
そんななつきを、しばらく見ては、梶本は再び野田を一発殴りつけた。
「やめろって言ってんだろ。これ以上殴ったら、野田は病院送りだぞ。てめえ、退学になりてーかッ」
梶本は、手を止めた。
「わかった。アンタがやめろって言うならば、止めるよ」
ドサリと野田の体が玄関に倒れこんだ。
梶本は、そんな野田を一瞥して、なつきの側へと歩いていく。
「大丈夫ですか?」
そんな言葉。今、ここで、なんの効力も発揮されないことを知りつつ、梶本はそう言うしかなかった。
「大丈夫ですか?桜井さん・・・」
なつきは、梶本をジッと見上げていた。
「なんでおまえが・・・。ここにいるんだ」
ボンヤリとなつきが言った。
「説明は、あとで。もう行きましょう。こんな所に長居する必要はねえよ。服取ってきますよ」
梶本は、なつきの横を通り過ぎようとして、ハッとする。
「手・・・」
「?」
言われて、なつきはキョトンとしている。
「桜井さん、手が・・・」
なつきの手からは血がポタポタと垂れていた。
「あ、ああ。これか。大したことねえよ」
「アイツにやられたんですか?」
梶本が野田を振り返る。
「違う。俺が、やったんだ」
なつきは血の垂れている自分の手を、片方の手で包んだ。
「心配するこっちゃねえよ」
なつきの言葉を聞いて、梶本は、更に頭に血をのぼらせた。
バッと野田に向かって行っては、倒れこんでいる野田を再び殴りつけた。
「やめろって。いいかげんにしろ」
なつきが慌てて梶本の腕を掴んだ。
「離せ!コイツ、マジで信じられねえよ」
「やめろ、梶本」
なつきは、体当たりで、梶本を封じた。
「やめてくれ。頼むから・・・」
自分の背中にしがみついているなつきを、梶本はゆっくり振り返る。
「俺は・・・」
梶本は、そう言いながら、傷ついたなつきの頬に指を伸ばした。
殴られたせいで、青くなっているその皮膚を撫でた。
「俺は。野田が許せない。そして、自分も・・・。許せない」
「梶本・・・」
なつきの顎に手をかけると、梶本は強引になつきの唇に自分の唇を重ねた。
「!」
初めて唇が触れたのは、補習の教室だった。
なつきから、仕掛けた。
ただ、触れるだけのキスから、もう2年は経った。傍にいながら、あれから、ずっと傍にいながら、キスが遠かった。
「ふ・・・」
梶本との、舌を絡めてのキスは、なつきにとって想像を超えた位置にあった。
誰彼構わずキスしてるような日常にあって、それだけは想像を遥かに越えた位置にあったというのに・・・。
「服。取ってくる・・・」
梶本は、唇を離すと、そう言ってリビングに歩いていく。そんな梶本の背を、なつきは、ボンヤリと見送った。
「なっちゃん」
バタバタと足音がして、今度は大野が現れた。
「大野・・・」
「なっちゃん」
大野は、髪振り乱して、土足で玄関を駆けあがると、なつきを抱き締めた。
「なっちゃん、ゴメン。ああ、本当にゴメン。ちくしょう。俺・・・」
「大野。大丈夫だよ。俺、大丈夫だから」
「なっちゃん。なっちゃん・・・」
大野は涙声でなつきに縋りついた。
「急に消えちまって悪かったな」
「そんな。それもみんな・・・」
ガバッとなつきから離れると、大野は、床に転がっている野田を見た。
「コイツが悪いんだよ、くそったれ」
ガッと大野は、野田を蹴った。
「ちくしょう。なっちゃんを。俺のなっちゃんを」
ドカドカと大野は野田を殴りつけた。
「やめろよ。大野。もう充分だよ。ソイツは当分起きあがってこれねえよ。やめろってば」
なつきは、再び大野の腕を掴む。が、振り払われる。
「大野。てめえ、このやろう。俺がやめろって言ってんだよ」
その言葉に、大野は、野田を蹴るのを止めた。
「俺のせいだ。俺がなっちゃんを野田なんかと会わせたから・・・」
「違うよ。そんなのは関係ねえよ」
なつきは首を振った。
「俺は、自業自得なんだよ」
梶本が、服を持ってリビングから現れた。そんな梶本を見て、なつきは首を傾げた。
「梶本。おまえに聞きたいことがあんだ」
「なんですか?」
「おまえは俺の携帯の番号。覚えていたよな?」
「はい。覚えてました」
なつきは、苦笑する。
「可愛くねえヤツ・・・」
そう言った瞬間、なつきの目から涙が溢れた。
「大野。俺な。コイツが、好きなんだ。もうずっと前から。ずっと、ずっと・・・。
けどな。コイツはいつまでたっても
亡くした恋人忘れてくれねえんだよ。俺は、
いつもコイツの
背中に纏わりついていただけなんだ。今回の落ち込みもな。
コイツからの電話を待っていたんだ。笑っちゃうだろ?」

なつきは一気に言ってから、息を吐いた。
「女みてえに、好きなヤツに携帯教えて、かかってくるのをずっと待っていた。
コイツに限って、番号忘れることなんてねえから。
でもな。かかってこなかった。
俺はそれだけで、もう、どうしようも
ないくらい動揺しちまって。俺がかけるんじゃ
意味がなくって、
コイツからの電話が欲しかった。気持ち量るバロメーターって
あるだろ。俺は、携帯に、それをかけたんだ」
大野は、チラリと梶本を見た。梶本は黙って、なつきを見ていた。
「わかっていたんだ。かかってこないって。だから。今回のは、俺の自業自得なんだ。
俺が勝手に落ち込んだんだ。大野のせい
じゃねえんだよ。梶本のせいでもねえよ。俺のせいだ」
なつきは、傷ついていない方の手で、涙を拭った。
「なっちゃん、手が」
驚いて大野が叫んだ。
梶本は、大野に向かって、ハンカチを投げた。
大野は、それを受けとめて、なつきの血が流れている手をとった。ハンカチで血を拭ってやる。
「言いたいことはそれだけですか?」
梶本が言う。
「それだけだよ」
「じゃあ、この際だ。俺も言わせてもらいます。貴方が今までどんな気持ちで俺に接してきたかは
だいたい想像つきます。
知らなかった訳じゃない。全部受けとめて、それでも、尚、俺は、貴方の
気持ちのスピードについていけなかったんだ」

「・・・」
「松木先輩を忘れるのが怖かった。愛し尽くせぬまま終わったから。忘れていいのか?と何度も悩んだよ。
俺に、松木先輩を忘れさせよう
している貴方が憎くもあった。自分勝手ですよね。でもさ。こうなってみて、
今、やっと気づいたんだ。あの時先輩の後を
追えなかった自分はもう新しいスタート切ったんだって。
だから、もっと早くに、俺は貴方と向きあうべきだったんだ。
こんなふうになってみてしかわかんねー俺は、
まだまだ青いと思うけど」

梶本は、なつきを見た。
「貴方の態度はどんな言葉よりも雄弁だった。それがすごく、俺には怖かった。気づいてる?
俺、実は、まだ貴方から好きを貰ってねえよ。
だから・・・。俺から言うよ。貴方が好きだ、桜井さん。
俺はもう逃げないから・・・」
梶本の言葉に、なつきは目を見開いた。知らなかった。梶本がそんなふうに考えていたなんて。
あの夕焼けの水飲み場で。
ふと偶然の出会いから、自分一人が恋に落ち。そして、今は、とうとう、こんな所まで来てしまった。
そうだ。俺は、好きと一言も言わずに。そんな簡単な言葉一つも言わずに。とうとう、ここまで梶本を追い詰めてしまった。
「桜井さん。服着てください」
梶本の声に、なつきはハッとした。梶本が、なつきに服を手渡した。なつきはそれを受け取ると、キッチンの隅に歩いていく。
大野と梶本は、そんななつきを見送ってから、視線を床に転がっている野田に移した。
「ガキどもめ。ちくしょう。俺の家で告白ごっこしやがって」
野田がうめきながら、転がっている。
「羨ましいか?」
ニヤリと梶本は、笑った。笑いつつ、梶本が、野田を蹴飛ばした。
「梶本クン。止めた方がいいって。目イッてるぜ」
「許せねーんだよ。こういうバカなヤツ」
「っつーか、救急車呼んだ方がよくねえ?このままだと、このバカ、くたばっちっまいそー」
大野が苦笑する。
「桜井さん、救急車呼んでいい?呼ぶと色々聞かれて、気分悪いかもしれねーけど・・・」
なつきは、着替えて、玄関まで来た。
「いいよ。こんなバカでも死んじゃ後味悪いだろ。ってゆーか、こんなアホの為に、ムショ放りこまれるのはゴメンだね」
「放りこまれるのは俺だって」
梶本が笑いながら言う。その言葉が聞こえなかったのか、なつきが喚いた。
「聞かれたら素直に説明してやるさ。強姦されましたってね。コイツの社会的地位も、ぜーんぶパーッで、
ざまあみろ、だ。
どんな体位取らされたかだって、全部ぶちまけてやる」
「そんなの言わなくていいっすよ」
梶本が苦笑する。
「聞いたら、俺、平静じゃいられなくなるから。やめてください」
梶本の言葉に、なつきは、ギョッとする。大野が、なつきを見た。
「なっちゃん。良かったね。こんな土壇場だけど、長い間の 好きがかなって良かったじゃん。俺は、失恋だけどさ」
大野は笑う。
「俺、なっちゃん、好きだったんだ」
「大野」
「ちくしょう。もう少し早くなっちゃんに会いたかった。 梶本くんが羨ましいぜ」
その言葉に。なつきの脳裏をあの日の情景が甦ってくる。
もう何度も。繰り返し、繰り返し、思い出すあの日の情景。
あのオレンジ色から、全てが始まった。

もう少し、早く。
それは。あの夕焼けが眩しかった光景に。あの、水飲み場に。恋におちる前に。
恋におちる、少し前に・・・。大野と出会っていれば?
「ごめんな、大野。梶本なんかに会わなきゃ俺、おまえのことが好きになっていたかも」
「なんか、で、すみませんね」
梶本が、119をダイアルしながら、ぼやいた。そんな梶本を見て、笑いながら大野が、言った。
「俺も、なっちゃんみたいな可愛い子捜すよ」
「・・・って、俺なんかちっとも可愛くねえぞ」
「なっちゃんは可愛いよ。自分では気づいてないだけさ。 ねえ、梶本くん」
大野は梶本を振り返る。取り込み中と、梶本は、掌を開いて、二人に合図する。
電話で、ここの住所を慌しく説明していた。
大野は微笑んで、なつきの頭を撫でた。

「いつか。聞いてみな。きっと、彼もうなづく筈さ」
「聞けるかよ、そんなこと。それに、可愛いって言われても嬉しくねえよ」
そう言いながら、なつきの顔は僅かに赤くなっていた。
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夕暮れの職員室に驚きの声が上がる。
「桜井!久し振りだな」
「よお。元気か、クマ」
「誰がだ!ったく、相変わらず口の悪い・・・」
倉本は、なつきを見ては苦笑する。
「なんだ、どうした。ああ、そうか。梶本か」
「いるんだろ?」
「おお。今、他校と練習試合やってるけどな」
「取り込み中か」
「そろそろ試合も終わるだろ。俺も見に行かねばならんのだが。なんせ、今、テストの採点中でな」
倉本が、ヒラヒラと答案用紙を振って見せた。
「今回は。おまえも色々と大変だったな。梶本から聞いたぞ」
なつきは、肩を竦めた。
「別に。もう忘れたから。それより、アイツ、処分大丈夫だったんだな」
「うむ。まあな。野田とかいう変態が、うちの校長に自己弁護しに来て、結局はそのせいで、
梶本の傷害罪も問われずに済んだのさ」

「アイツ。電話しても、心配ないの一点ばりでさ。前から、一人で抱え込むタイプだろ、アレ」
なつきの言葉に、ウムウムと倉本はうなづいた。
「仲良くやっていくんだぞ。梶本っていうのは、基本的には、頭がイイから、色々考えてしまうんだな。
そこいくと、おまえみたいな
単純が側にいてくれると俺としても安心だ」
「俺だって。色々あったんだぜ」
「おまえは。昔からだ。やれ他校の女を孕ませただの、在学中は随分色々やってくれたよ」
「そんなこともあったけ」
なつきは、とぼけてみせた。
「桜井。おまえは強い。なにがあっても、立ち直れるよ」
「そうかな?」
なつきは、職員室に差しこんできた夕日の光に、目ばたきをする。
「ああ。俺はそう思ってる。頑張れよ、桜井」
「懐かしいぜ、その言葉。昔、よく聞いたぜ
倉本は、ハッとする。なつきは笑い出した。
「そうか。そうだな。懐かしいな、この言葉」
倉本もつられて笑い出した。
「じゃ、俺行くよ。アイツんところ」
「ああ。そうだ、桜井。いいモン見せてやろう」
「え?」
倉本は、手元の資料をあさり、なにやら1枚の薄っぺらい紙を取り出した。
「俺は今、梶本の担任やってるんだが・・・」
それは進路相談書だった。


なつきが体育館前に到着すると、ホイッスルの音が聞こえた。
「試合終了!お疲れサマでしたーーーッ」
元気な女の子の声が聞こえて、体育館からは一斉に人が飛び出してきた。
皆、水飲み場に向かって歩いていく。

「水、水〜」
「くっそー。流石に小野田は強いぜ。一人勝ちじゃねえかよ」
「喉渇いた〜」
「あー。むかつく!なんで勝てねえのよ」
「マネージャー、タオル取って」
そんなざわめきを聞きながら、なつきは体育館の扉から出てくる人達の中に、梶本を捜した。
梶本は、1番最後に誰かと連れ添って、出てきた。
「梶本」
声をかけると、梶本はビックリしたように振り返る。
「うわ。ビックリした。どーしたんですか?桜井さん」
「ちょっと話があるからさ。帰りがけに、学校の裏手の 公園に寄ってけ」
「ああ、わかりました」
梶本はうなづいた。
「おー。美人サン。ども、ども、こんちは〜。俺、セイのダチの暁学園所属の小野田玲です。以後よろしく〜」
「玲。止せよ」
なつきは、しっかり、そんな梶本の友達を無視して、 去って行く。
「あーらら。つれないお人。なあ、あれ誰?」
「知り合い」
梶本は、去って行くなつきの背を見ながら、笑って言う。
「っと、間違えた。てめえ相手に、知り合いじゃマズイな。 恋人。最近出来あがったばっかのな」
梶本の言葉に、小野田玲は目を見開いた。
「なんだ、残念。って、そっか。松木さんのこと・・・。 おまえ、やっと、吹っ切れたんだな」
「ああ」
「良かった。俺達、まだちぃと先があるからな。いつまでも・・・。落ち込んでらんねえよな」
「そうだな。なあ、玲。松木先輩。俺のこと、許してくれるよな」
その言葉に、小野田玲はうなづいた。
「あの人。いい人だったよな。おまえの幸せ、きっと喜んでくれているよ。そう思うしかねえだろ?もういないんだし・・・」
小野田の言葉に、梶本はうなづいた。
「そうだよな」
「ああ」
「そうだよな」
梶本は笑った。
「なあなあ、どこで知り合った?私服だったけど、ここの生徒?キッレーじゃん。俺、好み」
小野田は、梶本の首にかけたタオルを掴んでは、楽しそうに聞いてくる。
「1コ上の先輩。ここの生徒だった。そうだな。ここで出会った」
水飲み場に到達して、梶本は言った。
「ここで。ああ、今日みたく夕日が綺麗な日だったよ」
「へえ」
小野田はニヤニヤと梶本を覗きこんだ。
「今度改めて紹介しろよ」
「おまえにゃ、やらんぞ」
「ふーんだ」
小野田は拗ねた顔になる。
「バスケで勝ち持っていかれて、この上恋人まで持っていかれて たまるかッ!」
梶本の言葉に、小野田は盛大に笑っては、キュッと蛇口を捻った。


「遅くなりました。ダチまくのに、手間取って」
「ああ、さっきの変なヤツか?」
なつきは、学校の裏手にある小さな公園のベンチに腰かけていた。
「はい。あれ、俺の年下のダチなんですよ。バスケめちゃ上手い、変態ですけど」
そう言いながら、梶本は、なつきの横に腰かけた。
「検査行ってきた。結果はまだ先だけどな」
「あ、良かった。ちゃんと行ってくれたんですね」
梶本は、ホッとした顔になった。
「手も大丈夫ですか?」
「ああ。問題ねえよ」
なつきの包帯を巻かれた手に触れようとして、梶本はその手を振り払われる。
「!」
「・・・あ、悪い」
「いえ。で、話ってなんですか?」
「俺さ・・・。昨日、ちょっとある病気みてーなのが発覚して・・」
なつきは、梶本を見上げては、ボソリと言った。
「大野をぶん殴っちまったんだ」
「大野さんを?なに、どうしたんですか?」
「だって。いきなり、抱きついてくるから」
「それって深い意味で?」
ヒクリと梶本が眉を寄せた。
「いや。単に俺が元気で学校行ったのが、嬉しかったみたいだ」
なつきの言葉に、梶本は笑う。
「それでなんでぶん殴るんですか?ひでーよ」
「笑いごとじゃねーよ」
途端に怒鳴られて、梶本はビックリする。なつきは、辺りをキョロキョロとした。
「梶本。マジで俺が好きならば、今、ここで俺にキス出来るか?」
「出来ますよ。それがどうかした?」
「しろよ」
なつきの言葉に、梶本は、首を傾げた。
「ムードないなァ。ま、いいけど。では」
と、梶本が、なつきの顎に手を触れた時だった。
「うわーーー!」
なつきが、叫んだ。叫んだと同時に、梶本を突き飛ばす。
「な、なんですか?」
「だ、ダメだ、俺。やっぱり、おまえでもダメだ」
梶本は、突き飛ばされた勢いで、ぐらついた上半身を起こしながら、キョトンとしている。
「桜井さ・・・ん?」
なつきは、バッと梶本を振り返る。
「俺・・・。なんか、ダメなんだよ。気分が落ち着いたとたんに、あの日以来、どうも 男に触られると、
気持ち悪くて。鳥肌たって、吐き気がしてくるんだ。
今みてーなぐらいならば、鳥肌だけで済むけど、
昨日大野に抱きつかれ
た時は、ぶん殴ったあと、吐いちまって・・・」
言いにくそうに、なつきは言った。
「医者に聞いたら・・・。レイプされたのが原因だって言ってた。たぶん、それがトラウマみたくなってんだろうって。
けど、おまえならば、
大丈夫かもしんねえとか思って、一縷の望みをかけたけど。ダメだ、俺。おまえでも気持ちわりー」
梶本は、なつきをまじまじと見ては、思わず伸ばした手にハッとした。慌ててその手を引っ込めながら、言った。
「治していきましょうよ」
「どうやったら治るんだよ」
「時間が経てば治るよ。荒療治がきくんならば、俺、触りまくってやるから」
「俺を殺す気か?」
なつきが、梶本から体を反らした。
「治ってもらわねえと、困るよ。俺、桜井さんとキスできないのはイヤだし、 Hもしてーよ」
その言葉に、なつきは顔色を曇らせた。
「そんなこと。今の俺じゃ、絶対無理だ。ゲロの海だぜ、ゲロの海」
「すげー汚ねえんだけど」
梶本は、呆れたように言う。
「だから!俺とはそーゆーことは出来ねえよ。諦めてくれ」
なつきの言葉に、梶本は肩を竦めた。
「諦めてくれって。じゃあ、どーすんの?」
おまえが望むならば、別れた方がいいかもしんねえよ」
「それ、本気で言ってます?」
「・・・訳ねえだろ」
クスクスと梶本は笑った。
「おまえと・・・。別れたくねえけど。でも、これは・・・。 深刻な問題だ」
「ですね。桜井さんと、ヤりてーし」
「おまえ、俺が真剣なの、わかってねえな!それだけじゃねえだろ」
「ま、そうだけど。でも、今はいいよ。桜井さんの心の傷、治すのが先決だよ。あせらないで・・・。
俺はアイツみたく貴方を乱暴には抱かないから。信用してよ」
「それは・・・。いや、それとこれとは別だって。俺は、おまえのことは好きなのに、体がイヤだって言うんだから。仕方ねえよ・・・」
なつきの言葉に、梶本はピクリと反応した。
「あ、好きだってサ、俺ンこと。初めて聞いちまったな」
なつきは、ハッとする。
「てめー。俺は真剣だって言ってんだろ」
「1年経っても改善されないようだったら、また考えよう」
「なんで1年?」
なつきは、梶本を見る。
「大学に行くから。俺、桜井さんと同じ大学に行くから。そしたら、今みたく別れ別れじゃなくって、
ずっと一緒だろ。ずっと一緒で、迫る度に、殴られたら
俺も困るからさ」
「・・・大学。俺ンとこに来るのかよ。行かねえって言ってたくせに」
さっき、倉本から見せられた進路相談書には、確かに同じ大学の名前が書いてあったのをなつきは思い出した。
梶本は、ニヤリとした。
「俺が側にいないと、桜井サン、寂しいでしょ」
その言葉に、なつきはカッと顔を赤くした。
「俺はマジだっつーに。深刻に考えてねーな、てめえ。俺、帰る」
「深刻に考えたところで、今すぐに治らないし、あのことをそう簡単に忘れられるとは思えない。
それはきっと、
逆に貴方を苦しめちゃうだけだから。時が癒すのを待つしかないです。あとは、早く、
貴方自身が、俺と抱き合いたいと
思ってください。今言えるのはそれしかないです。すみません」
「フンっ」
なつきは、ベンチから立ち上がって、梶本をベンチに残したまま、 歩き出す。
「桜井さん」
「なんだよ」
ベンチに腰かけたまま、梶本は手を振った。
「今晩、携帯に電話しますね」
「なにわざわざ言ってンだ。毎晩、うざってーぐらいに電話してくる癖に」
「そうでしたね」
「バカヤロー」
とか言いながらも、なつきは一瞬照れたように笑った。

走り去るなつきの背に降り注ぐ、夕日の光に梶本は目を細めた

あの背を抱き締めたい。でも、今は・・・。
季節が巡り、いつか、きっと・・・。
必ず。


END

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