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「玲兄っ」
光の声で、玲は走り出した。綺麗なパスが、光から玲へと。
「うっしゃ」
飛び込んできたボールを手にし、玲はゴールに向かって突っ込んでいった。
「止めろ」
秀峰側が、二人、玲の前に飛び出してきた。
「はい。ご苦労さん」
その二人をヒョイッと交わし、玲は光にパスを戻した。
「緑川先輩っ」
玲からのボールを軽く弾いただけのように流し、光は緑川にパスを出した。

「うわっ。すげっ。光ちゃーん!ナイスー」
秀峰応援席で、君津が叫んだ。
「小野田応援するならば、あっち行け、てめえっ!」
柳沢がノートでスパンと君津の頭を叩いた。

緑川はドリブルで進み、そして、ブロックされている玲をチラリと見た。
『先輩は出てくる』
僅かの間に、玲は男どもを押しやり、前に出た。待ち構えていたように緑川はパスを出した。切り込んでいこうにも、囲まれた緑川には出来なかったからだ。
「晴海ちゃん、おりこーさんっ♪」
バッとボールを手にすると、玲は立ちふさがる男どもをファウルすれすれの状態で押しのけて走り、そのままゴールにボールを叩きつけた。
「やったあ」
「さすがっ」
「すげえええ」
暁側の応援席が盛り上がった。
「まずは一点。必ず勝つぜ」
玲が緑川の頭をクシャッと撫でながら、走っていく。

「玲の長所は、あの体格で軽々動けるってとこなんだよな」
梶本が江田にぼやいた。
「んとによ。どういう運動神経してるんだか。体重くねえのか?って聞いてやりたいね」
「踊ってるみてーだぜ。クラブ違いだっつーの」
梶本は汗を拭いながら苦笑した。前半にまったく出ていなかったせいもあって、小野田玲の体力は満タンだろう。くわえて、弟の光という予期せぬ伏兵が現れた。とにかく、この兄弟は、さすがに兄弟だけあってピッタリと呼吸が合っている。光は、玲の動きを絶対に見逃さない。そして、玲も光からパスが来ることを確信して動いている。そこに、緑川がくわわって、完璧なる三角関係を描いている。玲が失敗すれば、緑川が。緑川が失敗すれば光が。光が失敗すれば玲が。三人がそれぞれの個性で、呼応するように動いている。
秀峰側とすれば、やりにくいことこの上なかった。
「ちっ。崩れねえ」
焦れた秀峰側は、布陣を崩しつつあった。
「緑川を狙おう」
梶本は江田らに提案した。
「梶本先輩?」
「緑川は疲労しているし、ファウルもあと二回。徹底的に緑川を潰そう。小野田兄弟を崩すより、はえー。こっちはファウルはまだまだ恐れるに足りないからな」
梶本の言葉に、秀峰の選手達はうなづいた。
「よし。緑川をファウルに誘い込め」
物騒な作戦が、秀峰側で可決される。なにも知らない緑川は、ボールを追いかけてコートを走っている。

「なかなかいい感じだわ。さすが小野田先輩。完全に試合のペースは暁になったわね」
葉子は、食い入るようにコートを見つめながら言った。
「勝てそうか?」
「このまま行けば、たぶん」
うなづいた葉子に、町田は嬉しそうにうなづいた。
「そ、そっか。そりゃ良かった」
そのあまりのホッとした顔を見て、近藤は顔を顰めた。
「・・・勝てばなんかあんの?てめえら。さっきから勝つ、勝つってさ。どっちも血相変えてやがってよ」
町田はウッと詰まった。
「な、なんでもねえよ」
パチパチと必要以上に瞬きを繰り返して、町田はテヘッと笑った。
「なんかあんな。てめえのそのツラ。さては、さては。もしかしたら、勝ったらなんか出来るんだろ。あ、わかった!H関係だな!」
ポンッと近藤は掌を叩いて、ニヤーッと笑う。
「はあ!?」
近藤はガバッと町田の肩を抱き、コソコソと町田の耳に囁いた。
「たとえばよー。勝ったら、緑川にフェラしてもらうとか、はては69とかあ。いや待てよ。緑川がガンバッテ勝つんだから、ご褒美やるのはおまえか。となると・・・。おまえが尻貸すとか」
ボソボソと耳に吹き込まれるろくでもない台詞に、町田は眉をつりあげた。
「死ねや、てめえ」
ゴンッと、町田は、近藤の頭に拳を叩き込んだ。
「フェラとか69とかなっ。言っておくけど、俺らはまだそんなんじゃねえんだよっ」
町田は声を潜めて、近藤に言い返した。
「あ、そーなの?バリバリやりまくってるよーに見えたから。こりゃ失礼」
てへへへと近藤は悪びれない。
「こっ。これからは・・・まあ、そーゆーこともあるかもしんねえけど」
ボソッと言った町田に、近藤はドカッ★と、肘鉄を送り込む。
「なあなあ。あの緑川に、そーゆーことしてえって思うおまえって偉大だな」
「んだよ。どーゆー意味だよ」
「だって、俺。緑川って喘いだ顔想像出来ねえんだもん。喘いでくれそうになくない?」
「・・・想像しなくたっていいんだよ。想像すんなっ。勝手に」
「えー。おまえ、想像しない?意外なカップルとか見て、こいつらのHってどーなってるんだろうか・・・とか。おまえらが典型的なんだよな。ま、おまえは想像出来るとしても、緑川がなあ。出来ねえんだよ。緑川が・・・。なーんか、ちっとも可愛くなさそうでさ。突っ込まれても無表情そうで怖くねえか?つーか、きっとアイツ、イかねえと思うぞ。なんかそういうの超越してるって感じで」
「・・・」
「あんなのに欲情出来るおまえがすげえと思う。趣味を疑うぜ」
ウンウンと近藤は自分の意見にうなづいている。
「近藤てめえ、表出ろ」
町田は、グッと近藤の襟を掴んだ。
「わ。こえー顔」
近藤はギクッと町田を見上げては、笑った。
「嘘、嘘。町田クン。冗談に決まってるでしょ。緑川びっじーん。ナイスバディ♪ムラムラしちゃう。おまえの趣味ってサイコー」
「緑川のこと、口にすんなっ!」
「はへっ?」
「アイツのこと、そーゆー目で見ていいのは、俺だけだ。想像すんな。Hなこと、想像すんじゃねえ。じゃねえと、この小さい頭、叩き割ってやるぜ」
町田は、スッと目を細めて、近藤の頭をドアをノックするように拳で叩いた。
「元ヤン健在。おっかねー。ごめんなさい。もう想像しません。勝手にやってください」
「ふんっ」
鼻を鳴らして、町田は近藤を押しのけた。そして、コートを見てギョッとした。
笛が勢いよく鳴っている。
緑川はコートに転がっていた。どうやら倒されたらしい。しばしの間、緑川の周りを選手達が取り込んで見下ろしていたが、やがて、ヨロッと緑川は起き上がった。秀峰にファウルがカウントされる。
「やばいわ。秀峰がお兄ちゃんを潰しにかかってる」
葉子がシャープペンをカシャカシャと言わせながら、不安そうに呟いた。
「い、今の。大丈夫か、アイツ。腕なんか、痛そうだ」
町田がコートの緑川から目を反らさないまま、横顔で葉子に聞いた。
「腕はね。前から痛んでみたい。家での練習中によく言っていたわ。でも平気だって言うから、そのままにしてたけど。最近、お兄ちゃん、よく怪我していたから。そのせいかもしれないね・・・」
「最近・・・。怪我・・・」
町田は葉子の言葉に、ハッとした。もしかして、アイツ。俺が殴ったり、俺の喧嘩止めたり、志摩に殴られたり、あのタコオヤジに殴られたり・・・。っていうか、俺、もしかして、アイツに怪我ばっかりさせてる!?俺のせいか・・・。
「おにーちゃぁん!頑張って〜」
葉子がベンチから声援を送る。その姿をみながら、町田は自己嫌悪に陥った。

フリースローを決めて、得点が入る。
「よっし。緑川。大丈夫か?」
玲が緑川の背を撫でた。
「全然問題ねっーす」
玲は緑川の腕を見た。
「言ったからには、回していくぞ。覚悟しとけや。この試合は、おまえの試合でもあるんだからな」
「ってます」
緑川は額から流れる汗を拭って、ベンチをチラリと見た。町田がこらちを見ている。真剣な顔だ。
『やっぱり、負けられねえっ!』
グッと緑川は唇を噛み締めた。


「スリーッ」
バシュッとゴールが跳ねた。梶本がかなり強引にスリーを決めた。3点入る。
「やってくれるぜ」
玲がシャツの裾で、右腕を拭きながら苦笑する。
「くそっ。時間がねえ。速攻でいくしかねえな。緑川、走れよ。ファウル怖がるな」
「はい」
「光。パス集めろ。そっこーでいくからな」
玲は、光の耳元に囁いて、通り過ぎていく。正確な光のパスが緑川に送られてくる。緑川はゴールに向かって走っていく。シュートを打つが、腕の痛みのせいで定まらない。
「ちっ」
緑川は舌打ちした。リバウンド争いで、高い秀峰選手達に競り勝った玲がヒョイッとボールをゴールに叩き込んで得点する。
「腕。やっぱり痛てぇのか」
玲は緑川を見て、顔を曇らせた。
「今の。いつものおまえならば絶対に決める筈だからな」
「すんません・・・」
「大丈夫かよ、おい」
と、玲が緑川の腕に軽く触れた。それだけで、緑川は「いっ」と顔を顰めた。
「おまえ。ヤバイぞ・・・。そんなに痛えのかよ」
緑川の反応に、玲は吃驚した。
「大丈夫っすよ」
言って、緑川はクルリと踵を返した。試合はあと数分だ。得点差は10点差。
「俺は・・・。負けるわけにゃいかねーんだよ」
何度も、何度も、緑川は汗をシャツで拭っては、ゴールを見上げた。
30秒後、再び緑川は秀峰の猛烈なファウルに、倒れた。
「なんだよ、あれっ。じょ、冗談じゃねえっつーの。もろに決まったぜっ!」
町田は、とうとうベンチから立ち上がった。立ち上がった町田を青谷がギロッと睨んだ。それに気づいた葉子は、慌てて町田に取りすがった。
「センパイ、落ち着いて」
「緑川が。また倒れたぞ。あんなのアリかよっ」
「ファウルです、ファウル」
「喧嘩じゃねえかよっ!今の肘鉄だぞ、わざと肘鉄。ちっきしょー!」
「バスケっつーのは、そーゆーのもアリなんだから仕方ねえだろ」
近藤がつま先で、やや前に立っている町田の足を突ついた。
「緑川は起き上がっている。心配すんな、町田」
「心配するわい、ドアホー!」
カッカッと怒って、町田はドカッとベンチに腰かけた。時々、緑川と視線が合うのに、気づいていた。緑川は、チラリチラリとこちらを試合中に見ているのだ。
「・・・」
見てられない。緑川は起き上がって、ちゃんとコートを走っている。ドリブルもするし、パスもするし、シュートだって打つ。だけど、痛そうだ。痛そうだ。痛そう、なんだよっ。
「アイツ、すげえ痛そう・・・」
町田が呟いた。
「え?どこが。すげえ平然としてるけど?」
「見てわかんねえか!あんなに痛そうじゃねえか。ど近眼!」
町田は緑川を指差しながら、近藤の襟を掴んでその顔を覗きこんだ。
「こ、怖いって、おまえ。見てわかんねえから言ってんだろ。むちゃくちゃ無表情じゃねえかよ。なあ、緑川の妹さんよ」
町田の迫力に、あたふたとしながら近藤は葉子に相槌を求めた。
「え、うん・・・。お兄ちゃん。あんまり顔に出ないから・・・。でも痛いとは思うわ」
葉子は頬に手をやりながら、心配そうにうなづく。
「出ないって・・・」
あんなに出てるじゃん。つーか、目だけどよ。アイツの目が痛いって訴えてるんだよ。ほら、今だって。こっち見たあの顔だって。町田は、それがわからないらしい葉子と近藤を見ては、首を傾げた。
『こいつらって近眼か?俺は、視力は2.0だからまあ、むちゃくちゃイイけどよぉ』

スパアッと、光のシュートがゴールに到達した。
「よし、光。いいぞ」
「玲兄。時間が」
「時間は気にするな。緑川。大丈夫だな」
「平気っす」
緑川にボールが渡ると、秀峰の選手達は猛然と突っ込んでくる。
「邪魔なんだよ、さっきから。でけえ図体で、わらわらとよ」
ムッとしながら、緑川はボールを運ぶ。
「どけってんだよ。てめえらと遊んでる暇はねえ」
バンッとボールを相手の股の下に潜らせて、緑川は走った。
「ぬいたっ」
「いけいけっ」
「緑川せんぱーいっ」
しっかりとボールをキャッチし、緑川はドリブルで攻め込んだ。だが、すぐに追いついた秀峰の選手にまた取り囲まれてしまう。
「うぜえっ!」
叫んで、緑川は突進した。
「バカ。退け。無理すんな」
玲が怒鳴った。案の定、緑川は秀峰の江田とぶつかりあった。ドッと緑川は床に膝をついた。ピピーッと笛がなった。ファウルは、緑川にカウントされた。残すは一回。
ブーイングの声があちこちであがった。
「そろそろヤバイぜ、緑川」
江田は、フフッと笑って、緑川の横をボールを持って通り過ぎていく。
「やかましいっ」
怒鳴って緑川は立ち上がった。ズキンッと腕からの痛みが頭に響いた。
『ちきしょう。情けねえ。これじゃ、小野田センパイの足引っ張っちまう・・・。勝てない挙句に、足を引っ張ったなんて、冗談じゃねえ。あのタコに会わせる顔・・・。いや、負ければ、顔なんて合わせるこたねえ。だって、俺は転校・・・』
ブルッと緑川は首を振った。
「緑川ッ。死ぬ気でやれっ。リバンッ!」
玲の声に、緑川はハッと我に返った。呆けてる場合じゃなかった。
「負けたく、ねえっ!」
飛び上がり、ゴールを反れて落ちてきたボールに、緑川は飛びついた。
「負けたくねえ、負けたくねえ。絶対に、絶対に!」
しっかりとボールを受け止めると、走った。
「とめろっ」
「あたれっ」
秀峰の選手達が緑川を追いかける。
「どけよ。邪魔だ、てめえら」
痛えよ。腕、痛え。ボール、こんなに重かったっけ!?
「っ」
ズルッとボールが手から離れそうになった。
「やべっ」
慌てて緑川は、体制を整えて、ボールを奥田に回した。奥田は、ボールを受け取り、ゴールに向かっていった。そのあとを秀峰達が追いかけていく。腕の痛みに、頭まで痛くなってきた。緑川は息を整え、スコアボードを見た。
「あと・・・。5点か」
あれほどあった得点差が5点だ。大したことはない。だが、問題は確かに時間なのだ。
「緑川。いったぞ」
容赦ないパスが飛んでくる。決めるのはおまえだ、というように玲のパスが飛んできた。
「うっし」
緑川はその小野田のパスを受け取った。何度も繰り返される光景。あっと言う間にたちはだかるデカイ秀峰の選手達。
「俺の前に立つんじゃねえっ」
バッと抜くが、すぐに抜きかえされる。
「緑川、うてっ。時間ねえっ」
奥田の声に、二十四秒を知る。
「くそっ」
腕が、軋んだ。緑川はクッと唇を噛み締めた。
その時、緑川の耳に町田の声が届いた。
「緑川。もう無理すんなっ。それ以上は無理すんな。退いて、他のやつらに任せろ!」
その声に、緑川は目を剥いた。
「退けだと!?退いたら、てめえが逃げるだろーがっ!」
冗談じゃねえっと、緑川は左腕でガッと秀峰の選手を威嚇して、無理矢理その場を突破した。自分の息遣いが頭に響いて、情けないくらいだった。眩暈がする。
「今の、ファウルだ!」
「うっせえ」
「ぬいたぞ」
「よし、行け。そのまま突っ込め!!!いけるっ」
「緑川っ!」
町田の声が耳に突き刺さる。
「やかましい。黙れっ」
町田。町田。町田。おまえが欲しい。絶対に欲しい。だから、負けたくねえんだ。退くなんて、冗談じゃねえんだよっ!そんな言葉を俺に言うんじゃねえっ!!バカヤロウ。
ガアンッと音がして、ゴールにボールがぶち込まれた。
「よっしゃあっ!」
小野田の声が背中に聞こえた。緑川は、ぜえぜえと息を乱しながら、ベンチを振り返った。
「町田っ。あともう少しで、おまえを捕まえるっ。覚悟しやがれ」
怒鳴って緑川は、気が済んだのか、クルリと背を向けて走っていく。
「・・・」
町田は、ベンチに座っている全員から「じーっ」と見られて、ハッとした。
「なんすか?今の台詞は」
近藤がニヤニヤして町田を見上げている。
「し、知るかよ。あのバカ。でけえ声でなにを訳のわからんことを」
あたふたとしながら、町田は腰かけた。カーッと顔が赤くなっているのは、当然だろう。
「熱烈すぎる・・・。あのお兄ちゃんが・・・。ああ、私町田先輩に生まれたかった!」
葉子はホウッと溜め息をついた。
「なあな。本当のところ、どーなんだ。おまえら、この試合になに賭けてる?」
近藤は町田に話しかけた。
「・・・緑川が勝ったら、俺は緑川を好きになるって約束した」
素直に町田は答えた。
「へ?なに、今更。ラブラブなんだろ」
「・・・そう簡単にホモになんかなれっか。・・・と思ってけっこー俺も戸惑った。相手は緑川だしな。だから色々と悩んでいたんだが・・・」
「だが?」
「あっと言う間に、俺もイカレちまった感じだな。なんだかアイツ、すげえんだもん」
ウーッと町田は頭を抱え込んだ。
「確かにすごいな。あの分だと、緑川ってけっこうアレだな。Hすげえかも」
近藤は町田の背中をポンポンと叩いた。
「それしか頭にねえのか、てめえ!」
ガバッと町田は顔をあげた。
「性少年なもんで」
近藤の首を絞めながら、町田は再びコートに視線をやった。


ヒュウッと五条は口笛を吹いた。
「おまえを捕まえるだって。すげえな。こんな大勢の前で言ってよ。恥ずかしくねえかのかな。さすが小野田率いる暁男バスだぜ・・・。町田ってあのベンチにいるうるせー金髪だろ」
「それ。おまえに言う権利はねえと思うぜ」
小泉は呆れたように五条の横顔を見た。
「そうそう。数年前のあの、大告白。あん時は、これ以上にたくさんの人数いたじゃねえっすか、五条センパイ」
黒藤が、ドンッと五条を肘で突付いてウヒャヒャと笑った。
「んなこともありましたっけねえ」
五条は澄ました顔をして、まるで他人ごとだった。
「いい勝負だ、てめえら」
当時を思い出しのか、小泉の顔が赤くなった。


「スリーッ!」
審判が三本指を立てている。緑川がシュート体制だ。
「え?嘘。おにーちゃんがスリーポイント?苦手の筈なんだけど」
葉子はたまらなかったのか、ベンチを立ち上がった。控えの選手達も立ち上がった。当然町田も立ち上がっている。綺麗な弧を描いて、ボールはゴールを制した。
おおおおっ、と会場がざわめいた。
「一点差。一点差来たぞー。いける。いけるっ!」
時間がない。あと一分。その一分は、勝利の女神に愛された小野田兄弟が無理矢理もぎとった。光と玲の息のあった連携プレーに秀峰側は対応しきれなかった。
「勝ちぃっ!ざまーみい、セイッ!」
おちゃらけた台詞を叫びながら、光から受けたボールを丁寧に玲が、ゴールに決めた。梶本がボールを持ってラインの外に出た瞬間、試合終了の合図が響き渡った。

「やったあっ!」
いの一番に町田がその場で飛び跳ねて、勝利を喜んだ。
「やった、やった。勝った、勝った。勝ったああああ!」
「うっわー。すげえ接戦だったなぁ」
近藤も心臓を押さえながら満面の笑顔だった。
「観てて面白かったぁ」
「すごかったねぇ」
あちこちから感想の声が聞こえてきた。
「勝った。やった。勝った。やったぁああ。町田先輩っ!」
葉子は、隣にいた町田に思わず抱きついた。
「ああ。勝ったぜ。やったな、緑川っ」
町田も抱きついてきた葉子をギュウッと抱きしめた。この場合、単なるその場のノリでの抱擁だ。もし近藤が抱きついてきたとしても、町田は抱きしめ返しただろう。だが、間の悪いことに相手は葉子だった。つい最近まで、泣くほど好きだった女だ。
「・・・」
急に町田は意識してしまって、ボンッ★と顔が赤くなった。柔らかい葉子の体。おまけに男には有り得ないいい匂い。やべえ・・・と、町田はソロリと葉子の体から手を離そうとした。こんなところを緑川に見られていたら・・・と、おそるおそる町田は葉子から手を退きながら、振り返った。
「あ」
そこで、バチーンッと音がするほどの勢いで、コートからベンチへと戻って来ようとしている緑川と目が合った。
「あわわ」
慌てて町田は葉子から完全に手を退いた。
「お、お疲れ。勝ったな!」
てへっと町田は緑川に声をかけた。
「・・・」
案の定、緑川は臍を曲げたのか、返事もしないで町田の横を通り過ぎていった。
「オイ。無視すんなよ」
町田は緑川の背に声をかけた。すると、緑川は振り返って、いきなり町田の耳朶を引っ張った。
「てめえ。耳まで赤いんだよ」
「んなに?」
「デレデレしやがって」
バッと町田の耳から手を離すと、緑川は今度こそさっさとベンチに座り込んだ。
「緑川。おい」
と、町田は緑川に声をかけようとしたが、顧問の労いの言葉が始まってしまい、諦めた。顧問の言葉が終わるのを待っていたら、今度は観客達が席から離れてベンチに向かって走ってきた。選手の友達やら身内やらクラスメート達が「おめでとう」の言葉をかけていく。
秀峰側も同じ光景だった。
「ま。仕方ねえだろ。暁相手におまえ達はよくやったよ」
倉本が消沈する生徒達に声をかけた。
「楽しんでプレイ出来たろ。それが一番だ」
顧問の言葉に、選手達は顔をあげて、うなづいた。
「梶本。お疲れ」
桜井が、ベンチから離れてこちらにやってきた梶本に、言った。
「あーあ。アレイスのディナーか。桜井さん、応援足りなかったよ」
「なに?人のせいにしてんじゃねー。てめえが足りなかったんだろうが」
「うーん。頑張ったんだけどね。残念」
「まあ、いいさ。俺は別に」
「俺は良くねえよ。負けるわ、奢らされるわで。最低」
梶本は頭を掻いては、ぶすくれている。そんな梶本を見て、桜井は肩を竦めた。
「しゃーねーな。んじゃ、俺が奢るよ。情けねえてめえの為にな」
え?と梶本が桜井を見下ろした。
「・・・あれ。なんかすっげえ優しくねえ?」
桜井は唇を尖らせながら、
「しゃーねーだろ。おまえ、頑張ってたのわかったからよ」
「マジ?それってすげ、嬉しいンですけど」
なんとなく見詰め合う二人に、
「世界は二人の為にって感じぃ!?」
と黒藤と君津がヒューヒューと冷やかした。


町田は、緑川と話そうとタイミングを狙っているのだが、中々それがうまくいかない。なぜか近藤と奥田に挟まれて、世間話なんかをベンチでしてしまっていた。この幼馴染ペアは、なかなか面白い。あの近藤が、奥田にメロメロらしいのがうかがい知れて面白かった。
「って。こんなところで和んでる場合では・・・」
町田は首を捻り、緑川の姿を探した。緑川は長身の男と二人っきりで喋っている。珍しく緑川が笑っている。いかにも楽しそうだった。
「ぬあっ。だ、誰だ、あれ?」
「慌てるな。あれは、うちの一番上の兄貴だ。アイツもバスケやってるから。いい人材スカウトしにきたみたいだぜ。どうやら緑川に目をつけたようだな」
ヒョコと玲が現れて、緑川達を指差した。
「なんだ。小野田先輩の兄貴か・・・」
ホッとして、町田はそんな二人をジッと見つめた。
「まあな。アレもホモだけどよ。意外と緑川口説いているのかもな」
「んだと!?」
ギョッとする町田に、玲はアハハハと笑った。
「冗談だよ。緑川に話あんだろ。だったら、とっとと捕まえて用済ましておいたほうがいいぜ。これから、どーせうちら打ち上げだかんな。酒は出ねえけどさ」
「そ、そっか。わ、わかった」
町田がぎくしゃくと真面目な顔になったのを見て、玲はフフフッと笑ってその背中を叩いた。
「ファイト。しっかり決めろよ」
「う、うん」
「あ。小野田先輩ーっ。新聞部の佐藤です。このたびはおめでとーございます。ちょっと取材をお願いします」
バタバタと佐藤がカメラを持って、小野田の元へと走ってきた。
「おっ。佐藤か。いい記事書いてくれよ」
「ったりまえっすよ。もう小野田先輩の特集にしますから!あ、町田。あとでおまえらの取材もすっからよろしくな♪」
町田は、ギロッと佐藤を睨んだ。
「てめえは性懲りもなく!せんでええっ。そこのホモの取材だけしてろ」
その言葉にピクッと玲が反応した。
「ホモはてめえもだろっつってんだろが」
ガンッと玲は町田の尻を蹴飛ばした。と、そんなことをしている間に、いつのまにか緑川の姿が見えなくなっていた。
「あ、あれ?」
緑川と喋っていた小野田の兄貴は、今は光と喋っていた。町田は辺りをキョロキョロと見回したが、目立つ長身の緑川の姿はどこにも見えなかった。
「・・・」
緑川を探すべく、町田はベンチを離れ、体育館入り口を通過した。入り口付近にある水飲み場は、満員御礼だった。秀峰の選手と暁の選手達が談笑しながら水を頭から引っかぶっている。その中にも緑川の姿はなかった。
「どこ行っちまったんだ・・・」
はて?と思いながら、町田は体育館裏の水飲み場に向かった。体育館の角を曲がると、寂れた水飲み場が見えた。そして。そこには緑川の姿がぽつねんとあった。
「緑川っ」
町田が緑川の名を呼ぶと、緑川は町田を振り返った。
「そこの水、時々錆び水出るぞ。気をつけろ」
「飲んでねーよ。まだ」
傍にいくと、緑川は腕に水をぶっかけていた。冷やしているらしい。
「腕。やっぱり相当痛かったんだな」
「ああ」
「わ、悪かったな。それって俺のせいだろ。俺に関わったせいで」
「関係ねえな」
緑川はあっさり否定する。
「そ、そか・・・」
それっきりまた無言になる。ジャーッという水の勢いが町田の耳に響いた。その音に誘われるように、町田は自分の心臓がドキッ、ドキッと響いてきたのを感じて慌てた。
ふ、二人っきり・・・。
こ、これは、チャンスであろう。プレゼントだ。プレゼント。言え。言うんだ、久人。コイツが試合に勝ったら、あの言葉をプレゼントするって決めておいただろう!!
「み、緑川」
「なんだよ」
緑川はチラリと町田を見上げた。目が合い、町田は顔を赤くした。
「あ、あのよ。きょっ、今日は勝ってよかったな」
「ああ」
「そ、それでだな。例の賭けっていうか、えと、約束っつーの?そ、それを」
どもる町田と対照的に、緑川は
「無効にしてもいいぜ」
と、澱みなくきっぱりと言った。
「ん?」
「今考えていたんだ。確かに俺は勝ったけど・・・。あのまま、小野田先輩が来なかったら、どうなっていたかわかんねー。てめえには、先輩がいなくても勝つって言ったけどよ。実際は前半あんな状態だったしな。先輩いなきゃ、俺は勝てなかったかもしんねえよ。そう考えるとな。仕方ねえって部分もあんだろ」
緑川の言葉に、町田は驚いた。まさか、こーくるとは思ってなかった。思いっきり動揺する。
「な、なんだよ。いきなり弱気なこと言いやがって。それに無効ってなんだよ!」
「無効っつーのは、ナシにしてもいいって言う意味だよ。アホ」
「んなのは知ってる!いきなりなんでそーなるんだよ。勝ったんだからいいじゃねえか」
町田の言葉に、緑川はフーッと大袈裟に溜め息をついた。明らかにバカにしたような溜め息だった。
「じゃあ、聞く。俺が勝ったからって、おまえは俺のこと好きになれるのかよっ!」
緑川はきつく言い返した。
「だから、なんでそんな今更なことを言うんだ。おまえが俺に言ったんじゃねえかよ」
「言ったさ。確かに言った。けど、おまえ。おまえは、やっぱり葉子が好きなんだろ!」
「!」
やべえ。さっきのしっかり誤解してやがる・・・と町田は、心臓がドカンッと跳ねたのを感じた。
「てめえは・・・。俺と抱き合ったって、あんな顔なんかしねーくせに。耳まで赤くして抱き合いやがってよ。嬉しそうなツラしやがって。やっぱりてめえは女のがいいんだろ。葉子のがいいんだろーが」
「いや。それはちょっと待て」
「てめえのあんなツラ見て、それでもまだ好きになってくれ、なんてお願いするつもりはサラサラねーよ。幾ら俺だって、そこまで鈍くねえよ」
緑川は蛇口を捻って、更に水量をアップさせた。ザアアアッと痛そうなくらいの水の量が
緑川の赤く腫れた腕に落ちていった。それをぼんやり見ていた町田だったがハッとした。
「一人で勝手なこと言って完結してんじゃねえ!てめえはいつだって、そうだ。俺の気持ちなんか全然無視で、一人で突っ走る。ちったあ、俺の話も聞けよ」
ムカッとして、町田は緑川の水に濡れた腕を掴んだ。
「痛っ」
緑川が悲鳴をあげた。
「そういうてめえはなんだ!さっき、小野田のにーちゃんと楽しそうに喋っていたじゃねえか!あんなに楽しそうなてめえのツラはあんまり見たことねえぞ。つーか、ほとんど見たことねえよ、俺はっ!」
「小野田のにーちゃん?ああ、泪さんか。たりめーだろ。てめえは知らねえかもしんねえけど、あの人はバスケすげえ強いんだよ。今だって大学で現役バリバリで、玲先輩に負けねえくらいのスーパースターなんだよ。俺はあん人に憧れてバスケ始めたんだから、話かけられれば嬉しいに決まってンだろーが」
「俺と話してるときに、あんな嬉しそうかよ!てめえ」
「・・・」
「アイツもホモだって言うじゃねえか。んじゃ、なにかよ。アイツに誘われれば、てめえ喜んでついていくっていうのかよ」
「なんでいきなりそーなる。アホか」
シラッとした目で緑川は町田を見た。
「人のこと言えるか。おまえだってそーゆーツラで喋っていたんだよ。人のこと言えるか!
お、俺はな。俺はっ。お、おま、おまえのこと」
町田は思わず緑川の腕を掴んでいる手に力を込めてしまった。ビクッと緑川の腕が跳ねた。
「痛えっ。痛えんだよ、てめえっ。力入れるなっ!」
バシーンッと緑川は、左腕で町田を殴った。
「うおっ」
町田はよろめいて、水飲み場の石の縁にもたれかかった。
「てめえのクソ力で掴まれたら、骨折しちまうだろーが」
「だ、だからって殴ることねえだろ。痛えな」
うっと町田の目に生理的な涙が瞬間的に沸きあがった。緑川も掴まれた痛みに、反射的に殴ったので、手加減なしの殴打だった。
「仕方ねえだろ。わざとじゃねえ」
「ひでえ。てめえ、これが惚れた男にする仕打ちかよ」
その言葉に緑川はピクッと反応したが、
「・・・わざとじゃねえって言ってんだろ。悪かったな!」
やけくそのように叫んで、町田から目を反らした。
町田は頬をさすりながら、体を反転させ、緑川と並んで蛇口に向かって立った。緑川は黙ったまま、相変わらず腕を冷やしている。町田は、自分の前にある蛇口をキュッと捻って、水を出した。いつものようにぬるい水で手を洗う。水が町田の掌にこびりついた汗を落としていく。蛇口を再び捻って、水を止めて町田はパンッと両手を重ねた。
「緑川」
「なんだよ」
「率直に言う。聞け。おまえは、俺にとっていまだに訳がわからん。バカでアホで無表情で世間知らずで喧嘩は弱いし口は悪いし殴るわ蹴るわ。ろくでもねえな、ハッキリ言って」
「・・・どーもありがとよ」
ヒクッと顔を引き攣らせて、緑川は蛇口の位置を斜め上向きに速攻変えた。すると、水はものすごい勢いで、町田の顔に向かって飛んで行った。
「うおっ。て、てめえ。今水、口に入ったぞ。うぷっ」
瞬く間に町田の顔と髪は濡れてしまった。
「錆び水飲んで、てめえなんか死にな!」
ジョワワワッと水は相変わらず町田に向かって発射されている。
「や、やめろ。こらっ」
水を跳ね除け、町田は緑川の手元の蛇口を慌てて捻った。それを邪魔しようとした緑川の左腕が町田の手に重なった。その手を町田はグイッと引っ張った。
「うっ」
バッと町田の顔が緑川のまん前にあった。町田は濡れた前髪を片手でかきあげながら、緑川の顔を覗きこんだ。石の縁に町田は浅く腰掛けた。
「この場所で。俺はおまえと葉子ちゃんを間違えて、つきあってくれって言った。そこから、俺はなんかおまえとドタバタ始まっちまったが・・・。今となってはそれはそれで良かったなって思ってる。だって、俺は。おまえといるとなんだか楽しい。訳がわからねえけど、楽しいんだよ。ろくでもねえてめえでもな。好きか嫌いか。俺にはそれしかねえって言ったよな。あん時は迷ったけど。今はちゃんと言えるぜ。おまえに惚れた。おまえが好きだ。おまえとヤりたい。緑川」
「・・・」
「俺は、おまえの雄になってやる!」
きっぱり言って、町田は緑川の体を抱きしめると、有無も言わせずにその唇にキスした。
「!」
驚いて目をパッチリと見開いていた緑川だったが、町田の唇の強引さにやがて目を閉じた。二人の唇がキッチリと重なり合う。蛇口から流れる水の音だけが辺りに響いていたのに、小さな足音に気づいて、町田は、名残惜しみつつ緑川の唇から離れると、その髪にチュッと口付けながら、ゆっくりと視線を移す。
「いい写真撮れた?」
町田は、僅かに離れた位置に立っていた佐藤に、ニヤッと笑って聞いた。
佐藤は、ヘヘッと笑いながら、デジカメを持ち上げた。
「残念ながら」
「そーか。なら、もう一度」
カパッと緑川の顎をもう一度持ち上げると、町田はまた緑川にキスをした。
「!」
即座に緑川がバキッと町田を殴った。
「調子に乗るなっ!」
殴られた顎を押さえながら、町田は相変わらず悪戯っぽく笑いながら、緑川の肩にグイッと腕を回した。そんな二人をファインダーにおさめながら、佐藤はニヤニヤしながら、緑川に聞いた。
「緑川。今日の(試合)感想は?」
「・・・」
「感想は?」
戻ってこない返事に、佐藤はもう一度聞き返す。
「勝ったって・・・感じ」
ボソリと緑川は呟く。町田の指が、悪戯に緑川の唇に触れている。
「感じって・・・。立派に勝ったじゃんか。なあ、町田」
「そーそー」
パシャッとシャッターの音。
「試合じゃなくって・・・。コイツに!」
そう言って緑川は、自分の唇を這っていた町田の指というか、腕を引き寄せると、その頭にガブッと噛りついた。
「いてっ!」
町田が悲鳴をあげた。
「なにすんだよ、てめえっ!」
「ざまーみろ。アハハハ。俺は勝ったぜ!ザマアミロ」
「コイツ、マジで噛みやがった。いてぇ〜っ」
痛がる町田を見て、緑川は楽しそうに笑った。その顔を見て、町田もつられて笑い出した。

そして、少しの後。
新聞部発行の記事には、暁学園バスケ部の秀峰学園との試合の勝利と共に、町田と緑川の勝利の写真が載って、学園中が恐怖に震撼したとかしないとか・・・(笑)


カンチなVICTORY完!02/11/03
BGM 1話〜10話 access「DRASTIC MERMAID」
     11話ミスチル「シーソーゲーム」

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