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凛は気が重かった。勿論、君津に事実を言うのが、だ。
だいたい、その事実だって、いまだに自分では疑問なのに・・・。
ハア、と凛は溜め息をついた。黒藤は、なぜか今日も欠席だった。ま、アイツがいねー方が話がきっと、楽に進む、と思った。
ほとんど授業など上の空で凛は、1日を終え、放課後を迎えた。憂鬱な気分を抱えながら、凛は君津のクラスに向かった。
「君津。話・・・があるんだ。生徒会行く前に、ちょっといいか?」
すると、下校の支度をしていた君津が振り返った。
「うん、いいよ。なんだい?」
と無邪気に君津は笑った。
「あ、あの。ここじゃ、ちょっと」
まだ掃除当番のやつらとかがうようよいるのだ。
「なら、例の五条先輩のお昼寝の木の下行こう」
「う、うん」
肩を並べて、二人は裏庭に向かう。
「君津。昨日は休みだったんだろ。大丈夫か?」
おずおずと凛は訊いた。
「ありがと。平気だよ。単なる二日酔いだから」
ケロリンと答える君津に、凛はムッとした。
『だから!高校生が二日酔いだなんて・・・』と思ったが、口はしない。もうこいつらにはなにを言っても無駄だろう。
「で。話って・・・」
声色は優しい。
「なんだよ?凛」
だが。振り返った君津の顔は、修羅の如くだった。凛は、目を見開いた。
『や、やべえ。しっ、知ってる〜!黒藤のヤツ、喋りやがったな〜!!』
「は、は、話って、い、言うのは。あの。えっと」
ダラダラと凛は冷や汗が流れるのを感じて後ずさった。
「なんだよ、凛。早く話せよ」
君津の声がトーンダウンした。ますます恐ろしい。凛は、あわあわと君津を見つめた。
「・・・知ってるんだろ」
「なんのこと」
「嘘ツキ。知ってるくせに」
「意味がわからねーよ」
凛は、ゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めた。
「俺。なんか知らないけど、黒藤のこと、好きになっちゃってたみたいなんだ。だから、ゴメン。おまえとは、もうつきあえない!本当にごめん。ごめんな、君津」
凛はガバッと頭を下げた。
「なに言ってんの。あんなヤツ止めなよ。今からでも間に合うよ。今の凛の言葉は聞かなかったことにしてあげる」
「君津」
「だってそうだろ。こんなに可愛い凛が、あんなヤツのものになるの、絶対に耐えられない。おまえの顔好き。性格可愛い。凛、大好きだよ。だから、俺を
好きになってよ。今からでも遅くない」
ガッと、君津は凛の肩を掴んだ。
「・・・でも。君津」
「迷ってるなら、こっちへおいでよ。凛が苛められるのが好きで克巳を選んだのならば、これからもっといっぱい俺が苛めてあげるから」
その言葉に、凛はピクッと反応した。
「やっぱり知ってるんじゃねーかよっ」
「イヤだ。おまえを克巳には渡さないっ」
ブンブンと首を振ると、君津は凛をグイッと抱きしめた。
「わ。き。君津。な、なにを。ここは、学校。ぎゃーっ」
叫んでる間に、凛は芝生に押し倒された。
「大丈夫だ。すぐ済む」
「なにがすぐに済むってんだ!ぎゃー、ぎゃーっ」
君津の手が制服のズボンをズルッと掴んで、引き降ろそうとしていた。
「やめろよ、バカ。やめろってば。んぐっ」
悲鳴を君津の唇に塞がれて、凛はパニックに陥った。触れ合う体はやっぱり、昨日の黒藤と同じように、君津の体も熱い。
でも、でも。やっぱり、なにか違う、と凛は思った。
「君津、君津。思い留まれっ。いやだ」
「止まらねーんだよ。止まらない。俺だって、誰かに止めて欲しい。おまえが好きなんだよ、凛」
「好きだからって、こんなことしていいのかよっ。やめてよ、君津」
ううっ、と凛は恐怖に涙を浮かべた。既にズボンは膝まで降ろされて、君津の腕が下着に触れている。
「はい。ストップ。薫。お望み通り止めてやるぜ」
ザザザッ、と音がして、木の上から五条が降りてきた。
「五条先輩」
うえええ〜と泣きながら、凛は君津の体を押しのけて、五条に抱きついた。
「校内で犯罪行為犯してんじゃねえよ。生徒会長」
「生徒会長だって人間だよ・・・。先輩、居てくれてありがと。止めてくれるの期待してた」
君津は、芝生に転がったまま、仰向いた。
「好きだったんだ、凛。本当だぜ。ごめんな、怖い思いさせて・・・。でも、マジだったんだよ、俺」
君津の瞳にも、涙が溢れた。それを見て、凛はズキズキと胸が痛んだ。
「ご、ごめんな、君津・・・」
人を好きになるってなんて不思議で切ないんだろうと凛は思った。こんな感情、今まで知らなかった。
「うわあああん。凛、好きだったんだー」
ビーッと君津は子供のように大声で泣いた。それを見て、凛も「ごめんな、ごめんな、君津」とワーッと泣いた。
「あのな。おまえらな・・・」
五条は目の前で後輩二人に、ビービーワーワー泣かれて、困惑していた。
しばらく、泣くに任せていた君津が、ひっくとしゃくりあげながら、凛を見た。
「いいぜ、凛。別れてやるよ。でも、ただじゃ別れない。俺と勝負しろよ。次のテスト。おまえが俺を抜いたら、別れてやる。ただし、俺が勝ったら、別れない」
「君津」
「未練がましいだろ?でも、仕方ねえよ。だって、俺はおまえが好きなんだもん。でも、おまえが勝てばなんの問題もねえ話だよな」
「そ、そうだけど・・・」
「悪いが、俺は今回、勉強するぜ。絶対に負けない。じゃねえと、克巳におまえを渡さない」
「・・・わ、わかった」
「よし。なら、いいよ。テストが終わるまで、俺はおまえの彼氏なんだからね。克巳とデートもHも厳禁。てめえの良心に誓えよ」
「願ってもないことだ!」
嬉しそうに言う凛に、君津と五条は複雑な顔をしつつ、見つめあった。


「で。その契約を飲んで、スゴスゴとおまえは帰ってきたのかよ」
最近、黒藤との会話は、すっかりベランダ越しの凛だった。
「ああ。仕方ねえだろ。俺は君津には本当に申し訳ないことをした」
手摺に捕まりながら、凛はしゅんと項垂れた。
「ま、そりゃ確かに仕方ねえよな。俺もこうくるとは思っていたんだ」
黒藤は、手を伸ばし、そんな凛の頭をクシャッと撫でた。
「それよか、てめえ。なんで今日学校サボッたんだよ」
すかさずその手を振り払い、キッと凛は黒藤を睨んだ。
「おまえと、薫がちゃんと話し合えるようにってな。その場にいると、俺も興奮しちまうし、気になっちまうからな。これはおまえと薫の問題で、俺が口挟む権利ねえからな」
「・・・てめえでも気を使うことってあんだ」
「おまえな・・・!俺はな。薫のことは好きなんだよ。あんなヤツでもな。今回は俺が勝たせてもらったけど、互いに互いに負けることの悔しさを知ってるから、なんとも
言えねーんだよ、俺だって」
黒藤の言わんとしていることはわかるが、凛は釈然としない。
「勝つとか負けるとか。俺は、景品じゃねーんだぞ」
凛の言葉に、黒藤はニッと笑った。
「景品だったら、とっくにおまえは薫のモンだよ。意思があったから、俺のところへ来たんだろ」
言われて、凛はカアアと顔を赤くした。
「・・・その意思を、時としては呪いたくなるぜ。俺ってバカだ」
「なに言ってんだよ。俺達が晴れて結ばれたら、きっと自分で自分を褒めてやりたいとおまえは言うに違いないね。俺を選んだおまえは間違ってねえよ」
相変わらず自信過剰が服を着ているような男の黒藤に、凛は呆れた。
「自惚れや」
「そーゆーのも好きなんだろ」
「ぬかしてろ」
黒藤は、ふっと笑った。
「勝てよ。本気で必勝だぜ」
「当たり前だ。てめーなんざどうでもいいが、俺は今回、真剣勝負だ。本気の君津と戦える。血が騒ぐぜ。絶対にかーつ!本道に戻ったぜ。ということで。
テストが終わるまで、俺につきまとうなよ」
ギロリと凛は黒藤を睨んだ。黒藤は肩を竦めた。
「オイオイ。おまえね。本来の目的忘れてねーか?ったく、熱血くんめ。でも、まあそれも仕方ないな。俺達の未来がかかってる。よろしく頼むぜ、凛」
ニッコリと黒藤は凛を見つめて、微笑んだ。


いよいよテストを当日に迎えた運命の日。凛は不思議と落ち着いていた。やるだけやった、と思っていた。
黒藤は、宣言通り一切邪魔をしてこなかったし、必要以上の接触もしてこなかった。
今の凛は、必勝のハチマキが、額から吸収されて、脳内に張り付いているという感じの手ごたえを感じていた。
黒藤との未来の為に、と言うのではなく、本気になった君津と戦うのだ、ということの方が凛にとっては活力となっていた。
こんなこと、きっと黒藤に言ったら、殺されるだろう・・・と凛は密かに青褪めていた。
それでも、試験勉強をしながら、時々チラチラと黒藤に部屋の明かりの窓を眺めてはいたりした。
少し前までは、その明かりが鬱陶しく思っていたものだが、今は、ヤツも頑張っていると思うことで少しは暖かい気持ちになれる。
まあ、ここら辺ぐらいの進歩で許せよな、と凛は勝手にそう思っていた。
「んじゃ、始め」
教師の声に、テストが開始された。
その僅かな瞬間に、凛と黒藤の目が合った。黒藤が、口を開いた。
声には出さないものの、口の動きで「ヒッショウ」と言ったのがわかって、凛は用紙を前にして、ブチッとプチ切れを起こした。


一方。他クラスでも同じように試験を受けていた君津だったが。君津はシャーペンの動きを止めた。
「マジかよ・・・。書ける訳ねーじゃん」
現国の問題。
【彼女のりんとした態度】この、りんという字を漢字で書きなさい。
この質問。なんつー嫌味な質問だ!と君津は、舌打ちした。
そして、不意に色々な感情が頭の中を逆巻いた。ポタッ、と涙が答案用紙に落ちた。
君津の席の隣の子が、ギョッとした。
『生徒会長が泣いている??』
隣の席からの視線を感じながらも、君津は構わずに泣いた。
「りん・・・」
何度もシャープペンを握り直して、その漢字を書こうと努力した。でも、どうしてもダメだった。
君津は、とうとうその問題の答えを用紙に書けずに終わった。
同じ頃。凛も黒藤も、複雑な思いで、その漢字を答案用紙に書いていた。


テストの発表の日まで凛は穏やかに過ごした。
なぜかというと、黒藤が、テストを終了したその日のうちに、母親が仕事の為に帰国しているので、母親の泊まっている地方のホテルへと会いに行ってしまったからだ。
アイツ、出席日数大丈夫なのか?と思いながらも、凛はドキドキしながら、一人、結果発表の日を待っていた。
黒藤は、発表の日ギリギリに、やっと学校に出てきた。
昼休み。そろそろ職員室の前に結果が発表になる。そう思っていたところに、バタバタと担任の遠藤が教室に走ってきた。
「柳沢!1位だぞ。1位。君津を抜いたぞ、おめでとう。ヤツは2位だっ」
担任からもたらされた朗報に、凛は目を見開いた。クラスメート達もどよめき、中には早々と拍手する者達もいた。
「1位?俺が?マジですか」
「おお。マジだとも。おまえは満点。君津とは5点差だ。よくやったな、柳沢」
「5点差。君津は一問、解けなかったのか・・・」
単なる誤字脱字の類の点差ではなかった。一問・・・。凛はハッとした。すぐ後ろには黒藤が立っていた。
目が合うと、さすがの黒藤も苦笑してきた。
「複雑だな。薫の解けなかった問題。俺、わかる気がするんだ」
「・・・俺も・・・」
「・・・でも。勝ちは勝ちだ。必勝!やったな。愛してる、凛♪」
ガバッと黒藤は、凛に抱きついた。
「うわ、うわ。てめー!ここは教室だ。やめろ、バカ。それに必勝って言うな〜!!愛してるってなんだ、くそマヌケ〜」
教室内がざわめく。アハハと笑い声があちこちで響いた。
凛の勝利。
凛は、君津薫という常勝1位男を抜き、学年のトップという名誉とそして、腹黒い恋人を、今回のテストの結果で、手に入れることとなった。


生徒会室。
いつもの会議が始まる前だった。後輩達はまだ誰も来ておらず、気まずいことに、久し振りに、3人が顔を合わせた。
おどおどしているのは、凛一人で、黒藤と君津はいつもと変わらない。
だが、君津は議長席に座る時、隣の凛に向かってニッコリと笑いながら、言った。
「負けたよ。勝手につきあいな。ただし、克巳はSだぜ。その時になって泣きついてきても知らねーからな」
「君津・・・」
あんまりいつもと変わらぬ君津の笑みと、口調に凛は目を見開いた。
君津への申し訳なさから、凛はグッと目が潤みそうになって唇を噛み締めた。
返す言葉が出てこなかった。凛のすぐ横に座っていた黒藤が、凛の代わりに答えた。
「薫、安心しろ。俺らはSとMで相性がいい。おまえが心配するようなことはねえさ」
「てめえっ!もう少し、まともなフォローしやがれっ!」
スパーンッと、凛はペンケースで黒藤の頭を殴りつけた。そんな二人を見て、君津は、フッと笑った。
「くたばれ、てめーら」
そう言う君津の顔は、もういつもと変わらぬふてぶてしさだった。


凛は、テストのおかげで寝不足気味だったので、帰ってくるなりベッドでうとうとしていた。
そこへ、電話が鳴り、「ベランダに出ろ」と黒藤に起こされた。既に、向こう側に黒藤が立っていた。
「今回はおめでと。凛。俺の為に頑張ってくれてありがとう」
手摺に肘を乗せて、黒藤は素晴らしくにこやかだった。
「ぬかせ。てめーの為なんかじゃねえっ」
まだ眠い目をごしごしと擦りながら、凛は言い返した。
「この後に及んで、てめえは・・・。言っておくが、俺達はこれで恋人同士なんだぜ」
「こ、恋人・・・」
カッと凛の顔が赤くなった。黒藤は、ふふふっと笑う。
「おまえの必死の頑張りによってな」
「そういうてめーは、今回は5位。一体なにしてやがったのか、と俺は思う。情けないっ!」
黒藤は、5位転落。トップ3にも入らなかったのだ。
「色々とな。おまえが負けたら、どうしようかなって。その後の展開を考えていたら、勉強どころじゃなくてさ」
「よく言うぜ。俺のこと信じていたら、そんな心配は無用だった」
「こっちこそよく言うぜだ。おまえ、今回のテスト。俺の為だけに頑張ったんじゃねえだろ。どうせ、薫が本気出すとか言ったのに触発されていたくせに」
図星・・・★凛はギクリとした。
「当たり前だ。目標は高ければ高いほどいい。山は高ければ高いほど、登り甲斐があり、制覇した時は爽快であるのだ」
「なんじゃよ。その、爽快であるのだ、っつーのは。ジジくせーな、まったくてめえは」
「うるせーな。ジジくさいのがイヤならば、とっとと別れればいいだろ」
「まだつきあってもいねーのに別れるか、アホ」
「ふん。とにかく。俺は疲労している。テスト前ほとんど寝ていないんだ。もう寝るから。お休み」
「こっちで寝ろよ。もう解禁だろ?」
「こっちで寝ろ?なに、それ」
「ベッドは空いているぜ。おまえの為にシーツも洗濯済み」
「疲れているって言ったろ。やだね」
「あ、そう。そう言うと思ったよ。これなーんだ?」
そう言いながら、黒藤はポケットから、ごそごそとなにかを取り出した。
「今夜はこれを抱いて眠るから」
「あっ!」
ヒラヒラと黒藤の手に握られているそれを見て、凛は顔を引き攣らせた。
「な、なんで、おまえが、それをっ」
「みきさんから頂いた。往生際の悪いおまえをおとなしくさせるには、これが一番だろ」
「かっ。返せっ」
「やーだーね」
黒藤の手には、必勝の例のハチマキが握られている。
「それは大事なもんなんだよ。返せよ、バカ」
「大事なもんだとわかっているから、みきさんに取ってきてもらったんだよ」
「みき兄のバカヤロー!俺の味方なのか敵なのか、わからんわい。あの兄貴っ!」
返してもらおうと手を伸ばしている凛の腕を引っ張り、黒藤は凛にキスをした。
ベランダ越しのすれすれのキス。かなりの危険度。
「でーっ。こ、殺す気かっ」
唇が離れて、凛は悲鳴をあげた。上半身がかなり手摺から飛び出して、あと少しでもずれたら、間違いなく落下である。
「手摺飛び越えて、こっちへ来いよ」
「なんだって?」
「返してほしけりゃ、こっちへ来い」
ヒラヒラと黒藤は、凛の目の前にハチマキをちらつかせた。
「き、きたねーぞ」
「なんとでもお言い。Mッ気」
へっへっと黒藤は笑う。
「くそ。てめーってヤツは」
ガッ、と凛は手摺を飛び越えて、黒藤側へと降りた。
「返せ」
手を差し出す凛を見て、黒藤は口の端をつりあげた。
「わかった。返してあげる」
差し出す凛の手を握り、黒藤は、あっと言う間に、凛の両手首を掴んで、その手首を必勝のハチマキで縛りあげてしまった。
「な、なっ!」
サーッと凛の顔色が青ざめた。
「いざ。禁断の世界へ」
そそくさと黒藤は凛の体を脇に抱え、ガラガラと窓を開けて部屋へと連れ込んだ。
「わあ、てめ。なんだよ、これっ〜!!変態、変態、変態〜〜!!!!」
ベッドに押し倒されながら、凛は絶叫した。

必勝のハチマキが原因で巻き起こった恋は、結局は必勝のハチマキのおかげで、無事?今宵成就することとなった。
合掌!!

エンド
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長らくのご愛読、ホントーにありがとうございました★
03/07/19
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