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「ごっ、五条先輩」
「えっ?か、加賀?」
捻挫した部員を送っていた家には、加賀がいた。
「あれ?知り合い。あ、そーか。芳樹、旺風だもんね」
見つめ合う加賀と五条を見て、かの子と呼ばれていた女が、のんびりと言った。
「ねっ、姉さんこそ、大学生なのに、なんで五条先輩と」
五条を見上げながら、加賀の頬が一気にカアアと染まっていく。
「あたしはホラ研に小泉君が入って。色々あって、同席していた小泉君の彼氏君に今回お世話になることになったの」
いろいろあって。
確かにそうと言うしかないな、と五条はクスッと笑った。
電気がいきなり消えて、棚からグラスがいきなり飛び出したのに驚いて、階段駆け下りて捻挫しましたと言ったところで、
聞かされた相手は「?」という顔しか出来まい。
「小泉先輩が、姉さんのインチキホラ研に入部?あの小泉先輩がっっ。信じれないよ」
加賀は、姉が色々あって捻挫したことなど、どうでもいいらしく、チラチラと五条を見つめてきた。
「インチキとはなによ。インチキじゃないわよ。この世には、神秘的なことがたくさんあんのよ。それより、玄関先でボーッとして
ないで、ちょっとは手助けしなさいよ」
五条が肩を貸していた加賀姉、かの子は、
「ありがとね、彼氏君」
と礼を言い、五条から離れ、弟の加賀に支えられた。
「ちゃんと病院行った方がいいっすよ。じゃあ。加賀、また明日学校でな」
偶然っちゃあ偶然だが、ここで加賀とのんびり世間話をしてる場合ではない。
玄関を出ようとした時、呼び止められた。
「先輩っ。送ります」
「は?いや、別に必要ねーけど」
か弱い女子じゃあるめーし、と五条は、肩を竦めた。
「だって、ここら辺の道、先輩ご存じないでしょ。駅まで送りますよ」
「別にいいって」
携帯は繋がらず、りおは完全行方不明。
今は、一刻も早くりおを自力で探し出したかった。
「送ります」
スニーカーをつっかけ、加賀は歩き出す五条を追いかけてきた。
「こんな偶然。逃す手はないです」
「あのさ、俺。ちょい急いでるから」
「いいんです。先輩と一緒に、駅まで歩けるだけで、俺幸せなんです・・・」
加賀は、ポッと顔を赤くしては、小さく呟いた。
「・・・」
なんという健気な台詞。
普段、ひとくせもふたくせもあるような奴らばかり相手している五条には、加賀が新鮮に映った。
「ありがとな」
礼を言っては、五条は、くしゃっと加賀の髪を撫でた。
急いでいる今に言うべきことじゃないだろと思うけど、加賀の健気さをこれ以上振り回す前にちゃんと言っておこうと思った。
「この前は、チーズケーキ屋でバタバタ消えちまってごめんな。俺、まだ返事してなかったもんな。加賀よ。旺風にいると、愛、
愛、うるせーよな。ま、わかってて入ったからしゃーねーけど。おまえは俺に、愛ある一年をくれってこの前言ったよな。それってさ。
まあ俺にも、あてはまる訳でさ。りおがいねー旺風で、なんの愛よって思ってたけどな」
「はい」
加賀は、五条がなにを言おうとしているのかわからないらしく、一生懸命に、その目を覗きこんできた。
「学校限定だけどさ。俺とおまえ、愛を育もうか」
すると、加賀の瞳がキラキラと輝いた。
「先輩!!」
「って言ったってさ。おまえにもわかる通り、俺、りおっていう恋人がいるから、深く濃ゆい愛は無理だけど。一緒に飯食ったり、
昼休み喋ったり。たわいもねーけど、先輩後輩の愛っていうのか。そーゆーのでよければ」
ああ、そうさ。今までの俺であれば、パクッと食っていたさ、こんな可愛いヤツ。
(年下は趣味じゃないけど)
けど、そーゆーのは、もう出来ない。
だって俺は、今。
りおが俺以外の誰かと一緒にいるのかもしれないと思ったら、こんなにもキツい。
こんな思い、りおにはさせたくないから・・・。
「ま、さ。りおだって、旺風の人間だったんだから、わかってくれるだろうと思う。俺、ぜってーもう、二度と校庭走りたくねえしよ」
「望むところです。ありがとうございます、先輩」
「ああ。んじゃ、俺、急ぐから。またいつでも、校内ならば一緒に歩いてやるから、今日はごめんな。駅、あっちだろ。わかるから、
平気。また明日な、加賀」
「は、はい。五条先輩」
その呼び方に違和感を感じ、五条は眉を顰めた。
「忍先輩で、いいかな」
「え」
「五条先輩とか言われると、生徒会のやつらに呼ばれてるようでなーんか、いまいち雰囲気出ねーから」
「ああ。君津とか黒藤とかのノリですか」
「ま。そゆこと。こういうのってさ。特別感あった方がいいでしょ」
ふふ、と笑ってやると、加賀は、うつむいてしまった。
「て、照れます・・・俺」
すごく素直な反応に、五条は感動すら覚えた。
これが、りお相手ならば、「呼ぶか、アホ」の一言で返される。
だいたい今みたく、「忍」と呼ぶようになったのだって、かなりの労力で躾けた賜物である。
りお・・・。
ハッと、五条は我に返った。
「そうだ、そうだよ。俺、急いでンの。ごめんな、加賀。じゃあまた明日」
何回、明日、明日、言ってんだよ、と自分にツッコミながら、五条は加賀の傍らから駆けだした。
大和の家は、深夜から夜明けまでなん人たりとも入れない仕組みになっている。
なんだかよくはわからないが、魔の侵入を防ぐ為らしい。
どーかしてるぞ、あの家、と思うのだが、基本どうでもいいので、放っておいた。
とはいえ、今夜だけは、そういう制限を厄介に思うのも事実だ。
こんな制限なければ、すぐにでもりおを見つけに、向かうのに。
家に戻り、大和の番号を調べて、連絡をつける。
大和に連絡さえつけば、あとは早坂の所在を聞くだけだ。
早坂とりおが2人きりでなければ、とりあえずはいい。
いや、待て。もう一つ、不安はある。
あのどさくさに紛れて、邪な心を持ってして、りおに近づく女がいたらどうしてくれよう。
女に免疫のないりおのことだ。コロリと騙されるに違いない。
あんだけ女がいるのだ。
一人か二人ぐらいは、ホモだってなんだって、男だったらなんでもいいという女もいよう。
そんな女を相手にしたら、りおの童貞は、すっぱり持っていかれる。
とんでもない。それは、とんでもないことだった。
珍しく五条は動揺していた。
頼む、りお。無事でいてくれ!


駅から電車に飛び乗り、家へと戻った五条は、すぐに大和の携帯を調べ上げた。
連絡を取ると、やはりりおは大和と一緒だったようで、別室でもう寝てしまったと聞かされた。
そこは信じるしかないが、とりあえず電話口に早坂を出してくれと要求すると、傍にいたようで、すぐに代わった。
りおと一緒の部屋ではないようで安心した。
『おまえ、なに警戒してんのー』
と、大和にからかわれたが、無視して電話をプチッと切った。
ちきしょう。
ゴロリとベッドに横になる。
やっぱ、傍にいねえと、全然ダメだと五条は舌打ちした。
高校と大学じゃ、生活時間が全然合わねー。
わかっていたことだけど、想像以上に、りおをうまく操れず、五条は自分の気持ちが不安定になっていることを知った。
悪いことばっか想像しちまう。
冷静さが、パラパラと小さな音を立てて失われていくのがわかった。
さすが小泉りお、とは思う。
見事に読み通り、動いてはくれない。
わかっていて、そういう相手とつきあったのだが。
今までつきあったことのないタイプであるりおの動きを、完璧に把握出来ない。
つきあうまではそれも面白かったが、つきあってしまった今、面白がってる余裕など消え失せた。
全ての不安要素を、排除したい。
一緒に暮らして、名前で呼ばせて、何度もセックスして。
それでも足りない。
この不安は、なんだろう。
そんな気持ちを抱えたまま眠りに就いたせいで、五条は、完全に寝坊していた。
うるさく鳴る携帯で目を覚ました。
着信は「母」となっていた。
「なに。奈々さん」
寝ぼけた声で出ると、電話の向こうの奈々が、
「ちょっとぉー。今私、Sホテルにいるんだけど、貴方も来てるの?忍」
「なんで。ド平日にSホテルにいる訳ないだろ。俺、生徒なんだけど。ってまあ、寝坊してまだ家だけど」
「あら、そ。まあ、そうよねー。ほほほ。じゃあ、いいわ」
「ちょい待ってよ。なんで俺がSホテルにいるとか思ったの?」
すると、電話の向こうで母がちょっと戸惑った声で、言った。
「だって。りおちゃんがいるんだもん。向こうは私に気づいてないみたいだけど」
「りおが?」
神出鬼没だな。チーズケーキ店やら、ホテルやら。
と思いつつ、五条は、ハッとした。
ホテル!?
「ちょい待ち。母さん、りお、一人でいんの?」
「やぁだ。忍ったら。一人な筈ないでしょ」
ガバッと五条は、起き上がった。
「誰と!?まさか、長身の切れ長の目をした男か」
「あらあら。やったら具体的ね。心当たりあんの?りおちゃんの浮気相手。違うわよ。可愛い女のコよ」
うふふ、奈々は、笑った。
「女の子よ、忍。って、忍、しの」
五条は、携帯電話を切り、慌てて身支度を整えた。
どういうことだ。
りおがSホテルに、女連れ?
どういうことだ、一体。


続く

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