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「おお。これは美しい。王妃によく似合う」
国王リアドは、王妃マルガリーテの胸元の輝きを見て、目を細めた。
「まあ、ありがとうございます。リアド様」
と、アルフェータの王宮では、いつものように国王夫妻がいちゃいちゃしていた。
「私がベルフゥルの土地で手に入れてきたものでございます。王妃様の青い瞳によく映える石だと思いまして。これほど見事な大きさのキニッシュはどこの国にもありませぬ。
アルフェータの王妃マルガリーテ様だからこそ、おつけになって遜色がないというところでしょうか」
ベラベラとルージィン・イマジュールは、まくしたてた。
「素晴らしいのう。確かに素晴らしい。そして、王妃によく似合う。ルージィン。これは幾らであろうか。我は是非購入したい」
ルージィンは首を振った。
「お気に召していただけましたら、これはお譲り致します。ただし、私のお願いを聞いていただけたら、の交換条件で・・・」
「交換条件?」
リアド国王は、眉を顰めた。
「簡単なことでございますよ。私の王宮復活祝いの夜会に1晩、カデナ元王子をお借りしたいのです」
「カデナを?ふむ。まあ、いいだろう。それでは、ルージィン。そなたのパーティにカデナを参加させればよいのだな。簡単だ。こんなことで本当に良いのか?」
王の言葉に、ルージィンはニッコリと微笑んだ。それなりの美貌を誇る男の笑みだから、迫力であった。
「・・・イリアスを、くっつけてこないでくださいませ」
その言葉に、マルガリーテは、「まあ」と口に手を当てた。
「ルージィン。貴方、まだカデナのことを諦めていないの?もう3度も結婚して、4度目の結婚だってダメになって最近戻ってきたばっかりでしょう」
明らかに呆れたマルガリーテの声にも、ルージィンは恥じ入ることなどなく、かえってグッと胸を張った。
「王妃様。私の結婚は、あくまでも仕事です。仕事の延長戦です。今度の女からも、こうしてキニッシュをごっそり奪いとってくることに成功致しました。
用のなくなった女とはもう結婚してる意味はございませぬ」
とんでもないことをサラサラとルージィンは言った。
国王夫妻は、開いた口が塞がらぬ・・・と言いたいところだが、彼らはこういったルージィンをよく知っていたので、呆れてはいたが今更驚くこともなかった。
「つくづく商才に長けているといおうか。誉めるべきか貶すべきか悩むところだが・・・。だが、邪な思いでカデナとどうこうされては困るぞ。カデナはもう独身ではないのだからな。
イリアスという夫がいるのだから」
呆れつつも、リアドはルージィンに釘を差す。
「リアド様。なにを子供めいたことを仰っております。我等はもういい大人でございます。例え邪な気持ちがあったとしても、それは自分の今ある生活を壊してまで、というような激しいもの
にはなりますまい。その分、1夜限りの情事などは激しく燃え上がることでしょうが・・・」
ウットリとルージィンは呟いた。
マルガリーテとリアドは顔を見合わせた。
「カデナに限って、そのような色っぽい状況には間違ってもならんだろうから、おまえの好きにして良い。では、私はこの見事なネックレスをいただくぞ」
さすがに親である。リアドは、カデナをよく理解していた。
「はい、お好きにどうぞ」
コクリと、ルージィンはうなづいた。
「王妃、本当によく似合うぞ。そなたの美貌がまた一段と輝いてみえる」
「何度も言われて。私、恥かしいですわ。でも、嬉しい・・・」
夫婦は途端に再びイチャイチャし出した。
ルージィンはそんな二人を見つめては、ニコニコと笑っていたが、時計を見ては立ちあがった。
「では。近日中に、カデナ様にご命令をお願い致します、リアド様」
きっちり念を押して、ルージィンは鞄を抱えて、王の私室を出て行った。コツコツと廊下を歩いていくと、階段の脇で声をかけられた。
「よお、4度目の出戻り。守備はどうだった?」
アスクルだった。手摺に手をかけ、アスクルはルージィンを見下ろしては、ニヤニヤ笑っていた。
「きっちり成功した。俺のパーティにカデナ様だけ、参加していただく」
「となると、その日イリアスは、フリーになるのだな」
アスクルの瞳が、途端に、キラキラと輝いた。
「感謝しろよ、俺に」
ルージィンは階段の上にいるアスクルに向かって、ウィンクした。
「お互い様だ。こっちはイリアスをきっちり押さえておくんだからな。そっちもちゃんと本懐遂げろよ」
「当たり前だ」
ビシッと言って、ルージィンは、スッと歩き出した。アスクルは、その背に向かってヒラヒラと手を振っては階段を昇って行った。
こうして。
カデナは実の両親によって、ルージィンに売られたのだった。


「はあ?」
カデナは、イリアスに告げられた言葉に、目を見開いた。
「今、なんて言った!?イリアス」
自室のソファで本を読んでいたカデナは、立ちあがって、部屋の入口に佇んでいるイリアスに向かって聞き返す。
「ですから。ルージィンのパーティに、ご参加ください。お一人で」
「一人で。なんで?おまえは行かないのか?」
カデナは瞬きをして、イリアスを見つめた。
「一人でご参加を、とのことです」
「冗談じゃないっ」
プイッと、カデナはそっぽを向いた。
「なんで俺が、あんなキンキラキンの言葉も通じぬアホのドハデなパーティに一人で参加しなければならぬ」
まったくひどい言われようのルージィンであった。
「わ、私にも訳がわかりません。ご一緒すると王に言いましたら、王は私は一緒に行ってはならぬと申すのです」
「なにを言ってるんだ。俺をあんなところへ一人で行かせるつもりか」
カデナは美しい眉をつりあげて、イリアスに文句を垂れた。
「行かせたくありませんッ。そりゃ、私だって行かせたくありませんが・・・。王のご命令です」
「だったら、そんな命令は断れ。一刻も早く断ってきてくれ、さあ、早く」
グイッと、カデナはイリアスの胸に手をやって、部屋から押し出した。
「カデナ様。お待ちください、カデナ様ッ」
バンッと、鼻先でカデナの部屋のドアが閉まった。
「どうしたの、お父様。カデナお兄ちゃまはなんであんなに怒ってらっしゃるの?」
ダイアナがキョトンとしている。
「王様がご無理なことをカデナ様に命令されたからだよ」
「まあ、ひどい王様ね。カデナお兄ちゃま嫌がってるではないですか。お父様から、ちゃんと王様にご説明なさって許してもらってください」
よくわかっていないであろうが、カデナの怒りは、ダイアナの怒りでもあるようだった。
「ダイアナ。お父様はね、王様に逆らうことは出来ないのだよ」
娘に説明しつつ、絶望的な思いに、イリアスは胃の辺りを押さえた。
「そんなぁ。だったら、カデナお兄ちゃまはどうなってしまうの・・・」
イリアスは溜め息をついた。ダイアナの手をひいて、とぼとぼとカデナの部屋から自分の部屋に移動する。

ルージィン・イマジュール。イマジュール家の長男。金のイマジュール家と呼ばれるほど、商才に長けていて私財を増やしまくっている裕福な貴族だ。
ルージィンは、自分のそれなりの美貌を活用し、近隣国の金持ちの娘と何度も結婚と離婚を繰り返している。離婚するたびに、前より財産が増えているという、恐ろしい男だった。
いや。それより、なにより、恐ろしいのは・・・。思わずイリアスはブルッと身を震わせた。
ルージィンは、昔から、カデナの熱烈な崇拝者なのだった。
当時、カデナに同性との結婚をという話があがった時、結婚してアルフェータを離れている身でありながら、一番に立候補したのがルージィンであったと、あとからルナに聞いた。
結婚という檻から解き放たれて、自由の身であるルージィンがアルフェータに戻ってきたのは、僅かに2週間前だった。
嫌な予感と、イリアスは確かに思っていたが、まさかこんなに早く、ルージィンが行動を起こすとは吃驚だった。しかも、王直々の命令付きだ。
「あのヤロー。ちょっと金持ちだからって。くそっ。どうせ金で王を動かしたに違いない」
イリアスは、バンッと壁を拳で殴った。
「ど、どうしたの、お父様」
ダイアナは吃驚して、イリアスを見上げていた。
「いや、なんでもないよ」
せっかく。せっかく、やっと、つい最近、カデナと一線を越えることが出来たのだ。2度目もまだだっつーに、こんなところで、やいのやいのやられてまたややこしくされてたまるかーッ!
イリアスは、心の中で叫んで、バンバンと壁を叩いた。
「お父様、壁壊れてしまうわよ」
ちょっと不気味なものを見るかのようにダイアナは、イリアスを見ていた。
なんとか、しなければ。なんとかしなければ!
でも、どうやって・・・!?
王の命令を無視することなんて、とても出来ない。
俺は、どうすればいいんだ。
「ダイアナ、お父様は、少し休むことにするよ」
ヨロヨロ〜とイリアスはベッドに倒れ込んだ。


その後、イリアスは、王に願いを聞き入れてもらうように何度も謁見を申し出て、懇願した。
だが、王はつれなかった。なんの説明もなく、ただ「カデナ一人で」と言うだけだ。
一体なにがあったというのか・・・。イリアスは、王に願いを跳ね除けられる度に、目の前を真っ暗にして自宅に帰ってきていた。
おかげで、カーンスルー家は、最近暗い。しかし、そんなことをしてるうちにも、どんどんとパーティーの日は近づいてくる。
「そうだわ。そんなにそのパーティーに出たくないならば、カデナお兄ちゃまは風邪で寝込んでいるといえばいいのよ」
ダイアナの提案に、イリアスはハッとした。
「そ、そうだな。パーティーに出れる体調ではないと言えばよいのだ」
親子で、ワーイワーイ♪と喜んで、さっそくパーティーの日に、強引にカデナをベッドに寝かしつけた。
迎えに来たイマジュール家の使いにそう言い、わざわざ部屋まで案内して様子を見せた。
カデナはベッドの上で、まったく健康体でありながらも、額にでっかい氷枕をあてがわれて寝そべっていた。
使いの者が、ただちにイマジュール家にその旨を伝達した。
イリアスとダイアナは、こっそりと影で握手をしていた。しばらくの後、再びイマジュール家の使いがやって来て、
「本日のパーティーは延期されました。カデナ様のご容体が復活された日を待ち、再度催されるとのことです」
と、無情な言葉を告げた。
「なんだって!?準備した食べ物とかはどーなったんだ。あの金持ちめっ」
イリアスは、地団駄を踏んだ。
「もう、いい。イリアス」
カデナは、氷枕のせいでヒリヒリする額を押さえながら、部屋から出てきた。
「俺は、どうしてもあのパーティにはでなければならぬようだ」
「は?」
「姉上からさっき連絡が入った。母上が新しく身につけられているネックレス。すごい値段のようなのだが、ルージィンが父上にタダで譲ったそうだ。交換条件が、
俺のパーティー出席らしい。あのバカ両親どもめ。怨んでやる」
「ええ・・・!?」
なるほど。それで、王は一言の説明もしなかった。
・・・というより、出来なかったのか。愛妻に贈る高価なプレゼントと引き換えに息子の身を売ったのだから。
「というと、カデナ様・・・」
「行くしかないだろう。面倒くさいがな」
カデナは髪を掻きあげながら、仏頂面だった。
「嫌です」
子供のようにイリアスはブンブンと首を振った。
「そんなこと言っても、仕方ないだろう」
カデナとて、王である父の命令に背くことは許されないのだ。
「嫌です。行かないでください」
「・・・行きたくないんだが。俺だって」
イリアスは、ギュッとカデナの手首を掴んだ。
「なにをする」
ギョッとして、カデナは手を振りほどこうとしたが、イリアスの力に敵う筈はなかった。
「ルージィンはカデナ様が狙いなのです。あいつは、昔から貴方のことを」
ギリリと掴む手に力を込めて、イリアスは、言った。
「なにを言ってる。狙われたところで、どうもなるまい。俺はおまえと結婚しているのだし」
ケロッとカデナは言った。イリアスは、そんなカデナにムッとした。どうも危機感が足りなすぎる。
「結婚していたって、関係ありません。そんな事実は、いざとなったらどうでもいいことではないですか」
あのルージィンのことだ。どんな手を使ってでも、事に及ぼうとするに決まっている。
「いざとなったら?」
カデナは、キョトンとしてイリアスに聞き返す。
「いざとなったら、ってなんだ?というより、手を離せ。いい加減、痛い」
「・・・」
ガックリとイリアスは肩を落した。
冗談だろ・・・と小さく呟いた。危機感が足りないっつーより、危機感を知らないらしい。
「あのですね・・・。事態はもっと深刻なんですけど。狙われているっていうのは、ですね。例えば、こう」
掴んでいたカデナの手首を引き寄せ、イリアスは、ここが居間だということすら忘れて、カデナにキスをした。
「!」
吃驚してカデナは、片方の手でイリアスを殴った。だが、そんな抵抗は無視して、イリアスはそのままキスしながら、カデナをソファに押し倒した。
「やめろ、イリアス」
バタバタとカデナがイリアスの体の下で暴れた。イリアスは、どさくさに紛れて、カデナの首筋にキスしながら、顔を起こした。
「こういう感じで。つまり、この前、私が貴方にやったようなことを、ルージィンは貴方にやりたいと思っているですよ。狙われているってそういうことなんですけど・・・。おわかりですか?」
カデナは、頬を紅潮させて、イリアスを押しのけてソファから起きあがった。
「なんで、あんなことを、俺がルージィンとやらなければならないんだっ。おまえとだって、もう二度とやりたくないっていうのに。冗談じゃない」
ブリブリ怒って、カデナは居間を出ていった。
「冗談じゃないから、心配なんじゃないですか。あー・・・。ダメだ、俺。不安で死ぬ。そ、それに。もう二度とやりたくないって、一体それは、なんなんだよ」
グッタリとソファに倒れこみ、イリアスはぼんやりと天井を見上げた。
あの甘い夜?が、もはや既に遠いことのように思えてきて、出来るならば、泣きたい気分のイリアスなのであった。

続く

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