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Destiny


イリアス・ヴァン・カーンスルー
アルフェータ王国の由緒正しき騎士。王族に最も信頼されている。
185cm・黒髪に銀の瞳。見かけクールで、中身はボケている。

カデナ・ル・アルフェータ
アルフェータの元王子。今は、息子に王子の座を譲り隠居中。
175cm・金髪に翠の瞳。超美形の癖に、男・女問わずに恋愛にまったく興味ナシ。

**************************************************************
「まあ、素敵よ、イリアス。相変わらず貴方は素敵だわ」
ルナ王女はそう言っては艶然と微笑んだ。
久し振りの王宮への出仕に、イリアスは正装をして行ったのだ。
「お食事にお誘いいただきありがとうございます。長らく王宮を離れていたものですから、
ご無礼がありましたらどうぞお許しを」
「堅苦しいことは抜きよ。イリアスの食事を」
ルナが言うと、ズラリと豪華な食事がテープルに並んだ。
「突然のお食事へのお招き、嬉しくもあり、とまどってもいます」
ルナはグラスに口をつけながら、イリアスのそんな反応に、ニッコリと微笑んだ。
「そうね。突然で驚いたことだと思うわ。私達、会わなくなってもうどれくらいになるかしら」
ルナが首を傾げた。
「5年は経ちます。ルナ様」
その5年は、イリアスにとって永く辛い日々だった。
「もうそんなになるのね。早いわ」
しかし一方のルナにとって、それは取るに足らない時間だったようである。
イリアスの顔色が曇る。
「ルナ様、あの…。書状にあった、私の将来を左右することとは、一体」
ルナとの別れがあってから、イリアスは王宮から離れた所へ左遷された。
一切の社交界への介入を禁止されたのだった。
そんなイリアスに、緊急の書状が届いたのは3日前だった。文面を見て驚いた。
「貴兄の将来に関わる重大なことが起きた為早急に戻り、ルナ王女と対面すること」
と、王からの呼び出しだったのだ。イリアスは狂喜した。
禁じられたルナ王女との恋を王が許して下さったと思ったのだ。
いきなり理由も言われずルナから別れを告げられ、王宮から左遷されたイリアスには
なにがなんだかわからなかった。わからないままの5年間、ルナを想い続けていた。そして…今。
「そうなの。私、父上から貴方に話すようにと頼まれたのよ。どうもご自分からは言いにくいことらしくて」
「は、はい」
イリアスは緊張する。
「そんなに緊張しなくていいのよ」
うふふ、とルナは微笑む。イリアスはドキリとした。
もはや、目の前の豪華な食事も手につけることが出来ない。
久しぶりに会った恋人の、なんと麗しいことか。
かの人が一時でも自分の腕の中にいたときのことを考えて、イリアスは少年のように赤くなった。
「これは王の命令です。いかなる不平も受け付けないことなのです。イリアス、貴方は明後日結婚するのよ」
もったいつけたようにルナは言った。
「はい。あ、貴女とですね」
へ?とルナは首を傾げた。
「いいえ。相手は私の弟のカデナよ。二人とも美しいから、盛大な結婚式になるわ。楽しみよ」
「は?」
イリアスはあんぐりと口を開いたまま、ルナを見つめた。
「イリアス。私と貴方は5年前に終わったの。正直言って貴方がまだ私のことを想って下さっていたなんて
驚いたわ。私はアスクルとつきあっているのです」
「え?あ、アスクルとは。アスクルとは雪王宮の?」
「ええ。そのアスクルです」
呆然とするイリアスを見つめて、ルナは少し悲しげに言った。
「ごめんなさいね。当時は、きちんと言えなくて・・・」
イリアスの耳には、美しいルナの声がクワンクワンと鳴り響いた。
なるほど。それで、突然の別れ・・・。王女の心変わり・・・。
もう目の前の食事に対する食欲は完璧に宇宙の彼方にすっ飛んで行ってしまったイリアスだった。


そして。
あっという間に、結婚式当日。
各国から集まった人々に、白い目で見られながらイリアスは華やかなテーブルについていた。
頭はいまだにうまく回っていない。
めでたい席だというのに、あちこちから、女性のすすり泣く声が聞こえる。
が、そんな啜り泣きを無視して、次々と祝辞が述べられていく。
「イリアス。大丈夫?白眼剥いてるわよ」
酒を注ぎに来たルナがコソリと耳に囁いた。
「笑顔、笑顔。ほら、弟だってがんばっているのよ」
横に並ぶ、人生の伴侶となるカデナ王子をイリアスは反射的に振り返った。
恐ろしく整った白い顔が、視線に気づいてイリアスと目を合わせた。
が、ニコリともせずにプイッと視線を逸らされた。
「・・・」
ハアとイリアスは心の中で溜息をついた。
流れる派手な音楽、咽かえるような花々の匂い、着飾った人々。
あと少しの我慢。あと少しの我慢。イリアスは心の中で、自分を叱咤激励する。
あと少しで、この苦痛な時間は終わる。
宴はクライマックスになだれこんだ。いよいよ新郎新婦の誓いのキスだ。
「では、新郎新婦の誓いのキスを」
立ちあがって、イリアスはさっさとカデナにキスをした。
同時に、天井から雪のように花が降ってきた。司会が閉会を告げる。
イリアスにとって、苦痛の時間がようやく終わりを告げたのだった。


つまりは、こうだ。
この国、アルフェータの結婚に関する法律は異性同性構うこっちゃないと言う、無法地帯であった。
その法律につけこみ、王族はこの無謀な結婚式を敢行したのだった。
全ては、カデナ・ル・アルフェータの世紀の美貌が発端だった。
彼は、近隣国に知れ渡る凄まじいまでの美貌の持ち主だった。
そして、よりによっても王位継承権を持つ王子だったのだから厄介だったのである。
おまけに、極度の人間嫌いのこの王子は、王の持ってくる縁談に一切興味を示さなかったのだからこれまた厄介であった。
王族は、子孫の為同性結婚は出来ない。したがって、カデナ王子には異性からの求婚が殺到したのである。
文字通り殺到である。
彼を手に入れるために、国どうしの王女が、戦争までしてしまったのだから面倒だった。
これには、アルフェータの国王も頭を常々悩ませていた。
しかし、ある日突然、ファーシナー国のミレンダ王女と、カデナは結婚してしまった。
ミレンダ王女の妊娠が発覚し、彼女がそれをカデナの子だと言い、カデナもそれを認めたからだ。
とりあえず二人の結婚を認め国王がホッとしたのもつかの間、他国の刺客が王宮に忍びこみ、
ミレンダ皇太子妃は謀殺されてしまったのだ。
これには、彼女の祖国ファーシナーが怒った。
アルフェータ国の警備の杜撰が、我が国の元王女を殺したのだと怒鳴りこんできたのだ。
彼女を守ろうと、カデナが2日間生死をさまよったことすら、彼女の祖国の人々の怒りを鎮めるには至らなかった。
アルフェータの国王の陳謝により、なんとか怒りの納まったファーシナー王家は、今後ミレンダみたいなことが起こっては
困るとカデナ王子に女性との結婚を絶対させないと、アルフェータ国王に約束させたのだ。
子孫のことで言えば彼はミレンダとの間に男の子をもうけているので心配はない。
彼が次期国王となるのだ。
これには、ファーシナー側の政治的な意味も含まれていたのだろう。
ファーシナーとアルフェータの血を継ぐ二人の子供が王になれば、小国ファーシナーとしても、
今後色々と動きやすいことは間違いないからだ。
そんなこんなで、カデナ王子は異性との再婚が出来なくなった。そしてカデナは、王子の座を子供に譲った。
王子と生まれたにも関わらず彼は王として君臨せぬままになったのだ。
しかし、そうなっても納得したのはファーシナーだけである。
他国としては、欲しいのは王子の美貌である。
なので、以前としてカデナに色々と話を持ちこみ本人の預かり知らぬところでいざこざを起こしては国王の頭を悩ませていた。
もういいかげんに堪忍袋の緒が切れた王はカデナに同性との結婚を早急にと、命令したのである。
結婚さえしてしまえば、騒動は起こらないだろうし、相手が男ならミレンダのようにあっけなく謀殺されることもないだろう、と。
円く納まる。
しかも同性ならば、世継ぎ問題も関係なくなるので後腐れはなにもない。
ということで、手近でリストアップし当たった運の悪いのがイリアスだったのである。
ましてや、イリアスを指名したのがルナ王女だったというのだから、イリアスにとっては泣くに泣けない事態だった。


招待客が次々と会場を後にしていく。
「あの新郎、いつまで生きてられるかな」
「カデナ王子、おっと、もう王子じゃないか。彼と結婚するなんて勇気があるよな。寿命縮めるだけだもんな」
「殺してやる。お父様、あの男を殺して」
「姫や。安心おし。おまえの望みは叶えてあげるよ」
「信じられない。ちょっとくらい顔がいいからってカデナ様を一人占めするなんて。呪い殺してやる」
「カデナ様、カデナ様ァァァ」
物騒な台詞があちこちで飛び交っている。
王宮の掃除係達などは、それらを聞いては、誰一人としてイリアスに同情しない者はいなかった。
「けど、王様には逆らえないからな」
「気の毒に…」
「イリアス様がいつまで無事でいられるか、賭けないか」
「いいねえ。俺は、一年持たないね」
「俺、三ヶ月」
まさに、この世で一番不幸せな花婿、イリアスであった。


ルナ王女が、控え室に入ってきた。
「お疲れ様、イリアス。今日の貴方は最高に綺麗だったわ」
バサッと花束を渡されて、イリアスは「ありがとうございます」と、か細い声で礼を言った。
「で、新婚旅行はどこへ行くの」
「新婚旅行?」
イリアスは素っ頓狂な声を上げた。
「行きませんよ、そんなもの。第一私は、仕事を残したまま王宮に戻ってきたのですよ。そんな暇はありません」
ブルブルとイリアスは首を振った。ルナは「え?」と首をかしげる。
ソファーで横になっていたカデナに、ルナは問いかけた。
「本当なの、カデナ」
しかし、カデナからは返事がない。
「ルナ様。彼はさっきから寝てますので」
「まあ。でもそうよね。疲れたわよねぇ」
フフフとルナは呑気に笑った。
「ところで、イリアス。貴方の辺境でのお仕事は2日前に辞令が出ているの。とっくに貴方の代わりの者が
あちらへ行ってるから心配ないわよ」
「えええっ」
「決まっていないならば、新婚旅行は私に任せて。素晴らしい旅にしてみせるわ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。私の家族に会わせてください。私はこちらに戻ってきてから、
娘にすら会えずに結婚してしまったんですよ」
「安心なさい。貴方の家の専属の女官に、ワタクシが直接連絡済よ」
「私の家の?では、ダイアナに会ったのですか」
ルナは平然と言った。
「会ってはいけないの?彼女は私の娘でもあるのよ」
「でも…。貴方はこの5年会いにもいらっしゃらなかった」
「仕方ないわ。お父様に、きつく言いつけられていたのですもの。私が出産したことは一部の人にしか
知られてはならないことなのよ」
「…そうですね。それはそうですが」
「それじゃあ、旅行の方はお任せを。では、良い夜を」
「げっ。そ、それは…。ルナ様。お待ち下さい。ちょっと」
しかし、ルナはさっさと出て行ってしまった。
「冗談じゃないっつーの」
イリアスは、呆然として鏡の前に座っていた。綺麗に整えられた髪をグシャグシャと掻き混ぜた。
「こんな運命、誰が素直に受け入れるか」
ハラリと、頭の上にまだ乗っかったままであった白い花が、床に落ちた。
「…」
イリアスはそれを拾い上げて、大きくため息をついた。
「ちくしょう」
ガァンッとこぶしで鏡を叩いた。あまりの力に鏡は悲鳴を上げて割れた。その音でカデナがハッとソファから起きあがった。
「なんの音だ」
「なんでもないですよ」
「なんでもないって…」
起きあがって、イリアスの傍まで来たカデナは、目を見開いた。鏡とカデナの手を見ては、
「血が出てるぞ」
とボソリと言った。
「知ってます」
「手当てしないと…」
「放っておいて下さい」
「おまえはマゾか」
「うるさい。俺を放っておいてくれ」
イリアスは絶叫した。そのイリアスの興奮ように、カデナはフッと笑う。
「そんなに興奮しても、なるようにしかならんぞ。王家とはそんなもんだ。おまえも知ってるだろ」
冷やかにカデナは言った。自分が王族だということは蚊帳の外のようなセリフだった。
「放っておいてください」
「言われなくても放っておくよ。ところで、俺はこれからどこへ行けばいいんだ。おまえ知ってるか?」
あふっとあくびをしながら、カデナは聞いた。
「姉上にでも聞けばよいでしょう。俺には決定権がない。俺だって、知るもんか」
「わかった」
カデナはさっさと出て行った。
ようやく一人になって、血で濡れた自分の拳を眺めながら、イリアスはやっと泣くことが出来た。
どうしてこんなことになったんだ…と。俺が愛してるのは、ルナ王女、貴方だけなのに…!
貴方は私の知らないところで、別の男を愛していた。知らなかったのは、俺だけ。
突然の別れは、ルナの心変わりが原因だったのだ。
告げられてから、何度も何度も考えては、泣けた。机に突っ伏して、心ゆくまでイリアスは泣いた。
そして、時間が経った頃。
正装を解いて、拳の手当てをなんとか己で済まして、イリアスは控え室を出た。
出た途端、途方にくれた。まさに、自分がどこへ行けばいいのかわからないからだ。
カデナと結婚したものの、新居とか自分の地位とかそんなもんは、全く知らされていない。
このまましらばっくれて自宅に戻ってしまうのも手だと思うのだが、そうもいかない。
一人身だったら逃亡できても、家族がいる。実際そうやって、アルフェータの王家はイリアスを脅迫してきたのである。
まったく、ダイアナはれっきとした王家の血を引く娘だというのに、身内が脅迫してくるのだから怖いことだった。
しかし、イリアスは王家というものがどんな種族なのかをよく知っていた。さきほどカデナ自身も言っている。
見た目の華やかさとはほど遠く内情は苛烈なのである。
永く王家に仕えてきた一族としてそれは身をもって知っていたのだった。仕方ないので、廊下を歩いてくいく騎士に聞いた。
「私はどこへ行けばいいのか、知ってるか」
すると騎士は姿勢を正し、姿勢よくうなづいた。
「は。存じております。華王宮へ。そこがイリアス様とカデナ様の新居と聞いております」
「ありがとう」
まったく、知らなかったのはどうやら自分とカデナだけだったようである。


華王宮
「おお、イリアス様。早くおいでくださいませ。カデナ様がお待ちです。お食事を」
女官がイリアスの姿を見て、走ってきた。
「…食欲がないんだ。疲れたから、寝るって言っておいて下さい」
「なんと。そのような…。今宵は初夜でございますぞ。食事を食べて、力をつけねば」
女官を押しのけて、古老のウェースタルが厳しい表情になる。
「ウェースタル老。私達にはそんなの必要じゃない。子供を作れる訳でもあるまいし」
「いけませんな。筆頭家老の家柄のそなたが、そんな王家のしきたりを破ることを言うなどと」
「私は一度は左遷された身ですし、それにカデナ様はもう王子じゃない」
「王子でなくとも、王族は王族です。貴方は王族を娶られたのですから。それをきちんと自覚なさい」
このジジイには勝てん。イリアスはいさぎよく諦めて食堂に向かった。
華麗な装飾の施されたドアを開けると、「お父様」と、ダイアナが飛びついてきた。
「ダイアナ。どうして、ここに」
「ルナお姉ちゃまが連れてきて下さったの」
イリアスは娘の頬にキスして、抱き上げた。テーブルにはカデナが一人ポツンと座っていた。
「遅かったな。腹が減ってかなわん」
「先に食べてくださっていれば・・・」
「そう思ったよ。なのに、ウェースタルがやかましくて」
どうやら彼もあのジジイには勝てないようだった。
「いただきましょう」
ダイアナを膝に乗せて、イリアスが言った。
「お父様。こんなに立派なお食事初めてだわ」
無邪気にダイアナがはしゃいでいる。
「たくさん、いただきなさい」
「うんっ」
カデナがチラリとダイアナを見た。
「似てるな」
「えっ」
「おまえに…」
クスッとカデナは笑った。
「そ、そうですか。私はどちらかと言うと、王女に似てると」
「あんな女に似てるもんか」
ケッとカデナは吐き捨てるように言った。
「あんな女って…。姉上様でしょう」
思わずイリアスは苦笑した。
「一応はな」
「一応どころじゃないでしょう。貴方がたもそっくりですよ」
するとカデナがムッとしたようだった。
「食欲がなくなるようなこと言わないでくれるか」
「す、すみません」
つい謝ってはみたものの、必要性があったのだろうか?とふと疑問を感じた。
「さっきの威勢はどこへ行った」
「は?」
カデナは肉にナイフを突き立てながら、イリアスを見た。
「俺に向かって、「放っておいてくれ」と…」
言われて、イリアスはハッとした。
「…すみません。あの時は、気が動転していて」
確かにあれは失態だった。王子でなくなっても、カデナは立派に王族なのだ。
そんな人に向かってあんな言葉使いはまずかった。
「ほら」
ナイフに刺さったままの肉をカデナは器用に切り分け、イリアスの皿に投げた。
「その手じゃ、ナイフも使えないだろ」
こぶしの包帯を見て、カデナが言った。利き腕の右だったので、彼の言うとおりだった。
「あ、ありがとうございます」
なんだか、なんとなく照れくさかった。
カデナ王子とは今までこんなふうに身近に接することはなかった。
王宮ですれ違うことはあっても、言葉を交わすことはなかった。
だから、イリアスの、カデナの王子のイメージは王宮で囁かれている噂そのものだった。
女泣かせの冷血漢。人の姿をした悪魔。その他もろもろ。
だが、こうして話して見ると、カデナはそんな噂とは全然違った。
王族相手に言うことでもないが、なんだかとても話しやすい感じである。気さくだと言えるかもしれない。
「カデナお兄ちゃま。そこの果物取ってください」
ダイアナが言う。ハッとして、イリアスがダイアナを嗜めた。
「自分で取りなさい」
「届かないの」
するとカデナはヒョイとメロンを小さく切りダイアナの口に持っていった。
「おいしい。ありがとう。カデナお兄ちゃま」
ダイアナはホクホクと満足顔だ。
しかし、これは幾ら子供といえど無礼なことではないだろうかとイリアスは危惧した。
王家の者に頼みごとをするなどと。今後こんなことは禁止させないといけないと思った。
幼い娘に、カデナという存在の説明をしなければと思った矢先に、
「そんな顔するな。彼女は俺の姪っ子だし、これからは子供だろ?」カデナは肩を竦めた。
「イリアス。おまえも取って欲しいものがあるなら、どうぞ」
カデナがニヤニヤしている。からかわれていることに気づいたイリアスはキッとカデナを睨んだ。
「自分で取りますっっ」
「では、がんばって」
クスクスとカデナは笑っていた。イリアスは、この王子が、このように笑うことを信じられない気持ちでいた。
意外と人間くさい方であられたのだな・・・と心の中でひっそりと思った。


数時間後。
右手が使えない食事にグッタリと疲れて、イリアスはダイアナを抱えて食堂を出た。
「お嬢様は預かります。イリアス様は、浴室へ」
女官がイリアスに言う。
「へっ。あ、いや。ダイアナを寝かしつけてからにするよ」
イリアスがそう返事をすると、またもやウェースタルが登場し、女官を押しのけた。
「何を申されます。カデナ様も準備していますから」
「準備って、なにを」
キョトンとするイリアスに、ウェースタルはゴホンッと咳払いをした。
「なにって。初夜のです。さっきから何度言わせるのです。恥ずかしい」
ウェースタルが少女のように頬を染めた。はっきり言って気持ち悪い。
「そんなのは必要ありません、と先ほどから申し上げていますが」
ばからしい。子供を作る義務もないというのに。イリアスは半ば呆れている。
「だまらっしゃい。さあ、おまえ達。イリアス様を湯殿に放りこみなさい」
「うっ。や、止めろってば」
屈強な騎士達がウェースタルの指示によって、イリアスを羽交い締めにした。
「ふー。カデナ様に比べるとこちらは往生際が悪い。あの方はさすが王族だけありますな。いかな場面でも冷静です」
あっちはなんも考えてないに決まってるだろー!と言いたいのを、イリアスはグッと堪えた。
一緒に寝りゃいいだけだと仕方なく自分に言い聞かせた。
孕ませる義務はないんだし、気楽に考えよう。イリアスは強く心に言い聞かせる。
そうでもしないと、こちとら正気じゃいられんわいと思った。


「なにを考えているんだか」
花、花、花の、ムードたっぷりの寝室に案内されて、イリアスはげんなりとした。
「逆に、なんにも考えてないんだろ」
先に部屋に来ていたカデナがベットの縁に腰掛けて笑っている。
「こんな部屋で、その気になれって言うのが間違っている」
カデナがレースのカーテンを指で弾いた。
「全くですね。同感です」
片一方が女なら感激するかもしれないが、どちらとも立派に子供までいる男同志なのである。
「で、どうすればよいのだろうか」
カデナが言った。
「どうすると言われましても・・・」
シーン…。
沈黙が二人を包む。沈黙に耐え切れず、イリアスはマヌケなことを聞いてしまった。
「王子。あ、カデナ様。ところで、ご経験は」
「ない。男とは初めてだ。で、おまえは?」
「は?」
「おまえは、あるのか」
「まあ。騎士のたしなみ程度には」
同性間の結婚がオープンなこの国では、もちろん全然珍しいことではない。
「ご活躍していたんだな。その顔で」
カデナがクスッと笑う。
「その顔って、どういう顔ですか」
ムッとする。そりゃアンタに比べられたら大抵の男はカスでしょーよ。イリアスはフンと鼻息荒くカデナを見た。
「怒るなよ。顔の造作を言っている訳じゃない。おまえはあまり遊んでいたようには、見えないから。
姉上一筋って顔してたからな。王宮で見かける限り」
イリアスは、その言葉に不覚にも赤くなっていた。
そうだ。確かにそうだ。彼女と愛を交わすようになってからは、他の女も男も、てんで目には入らなかった。
盲目という言葉が自分を支配していたのを知っている。
しかしそれをカデナに指摘され、そんなにも見え見えであったのかと、イリアスは恥ずかしくなったのだ。
「もしかして、ポーカーフェイスを気取っていたつもりなのか」
カデナは、的確にイリアスの心を読み取った。
「そ、そんなんじゃ…」
「ククク」
カデナは吹き出した。心底おかしいというように笑い出す。
「カデナ王子。そんなに笑うなんて失礼ですよ」
もはや赤面は止まらない。耳まで真っ赤にしてイリアスは抗議の声を上げた。
「案外可愛いヤツだったのだな。王宮でのおまえは、いつも姿勢正しく無愛想で、笑う時は苦笑だけ。皆怖がっていたんだぞ」
それは知らなかった。イリアスは驚いた。自分がそんなふうに思われていたとは露ほども知らなかった。
確かに王宮ではいつもピリピリしていた。
王女のことも内密にしなければならなかったし、目の前のカデナ王子のせいで、必要以上に賊の侵入に注意を払っていなければならなかったからだ。
「私のことを言えますか。貴方だって相当なあだ名で呼ばれていたんですよ」
あまりに笑われたので、ついイリアスは口走ってしまった。
「俺の?へえ。そりゃ興味深いな。教えてくれ」
「知らぬは本人だけですね。でも、聞かないほうがいいですよ。あまり質のいいあだ名ではありませんからね」
カデナは口の端をつりあげた。
「構わないよ。教えてくれ」
そう言われてはイリアスは後に引けなくなった。
自業自得とは思いつつも、馬鹿正直にカデナの幾つかのあだ名を声に出して言った。
初めのうちはカデナも笑っていたが、段々不機嫌な顔になる。それがおかしくてイリアスは思わず調子に乗ってしまった。
思いつく限りのあだ名を記憶から掘り起こして次々と言っている途中に、バフッと枕が顔に飛んできた。
「もういい。なにそんなにヘラヘラ笑いながら言ってるんだ」
「あてて…。すみません」
枕はイリアスの顔面に見事にヒットした。
「つい、あまりにあるものだから調子に乗ってしまいました」
とまた余計なことを言ってしまい再びもう一つの枕が飛んできた。
さすがにそれはよけたがイリアスだったが、室内に立ちこめる、さっきとは別のきまずい雰囲気に顔を青くした。
「カデナ様。あの…」
「ソファで寝ろ」
一喝されて、イリアスはブンブンとうなづいた。
「あの、上掛けは」
「なくても寝れるだろ。おまえのような騎士が、風邪ひくような繊細とは思えないぞ」
「は、はい」
これは間違いなく調子にのった自分が悪い。イリアスはスゴスゴとソファに向かって歩いてた。
かくしてカデナは、とんでもなく広いベットに一人陣取り眠ることになった。かたやイリアスは、狭いソファに横になった。
気持ちのいい風が、室内を時折通り過ぎていく。確かに上掛けなんていらない良い季節である。イリアスは目を閉じた。
そしてふと考えた。
ウェースタルには申し訳ないが、上々の初夜であったと。
カデナを怒らせてしまったが、とりあえずは別々に寝れたし、悪くない。
妙な雰囲気になるよりよっぽどマシだった。後は朝起きて謝れば済むだろう。
そう考えると、一気に今日の疲れがイリアスを襲った。よく眠れそうだった。

続く

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