TOP         NEXT



cool passion


稲葉陽(25歳)
身長176cm。黒髪・茶瞳。
地球人。某会社で研究員として働いていた。
北条とは同僚であるが、自分のがキャリアがある為先輩ヅラしていた。
ファニーフェイス。勝気でおっちょこちょいな性格。
地球が消滅したおかげで、北条の愛人をやる派目に。


北条泉
またの名をサーシャ・クレイ(年齢不詳。見た目20代後半)
身長183cm。黒髪・黒瞳。クール系美形。
某惑星の優秀なレコーダー。
愛人を49人持つ男。
陽とは、同僚だったが、キャリア不足の為先輩ヅラされていた。

****************************************************

つい、先日。

俺の住んでいた地球が、消滅した・・・らしい。

理由は、北条泉が調査中だ。

で。俺は、その北条に、消滅の瞬間、間一髪で助けられた。

で、で。
俺は、その北条の、母星であるなんとかという星に、勝手に連れてこられた。
どーやってかは知らないが、とにかく無理矢理連れてこられたってことだ。

で、で、で。
今現在、俺はパニック中だ。なにがなんだかわからない。俺は、一体どーなるのだろうか・・・。


「どーなるもこーなるも。おまえの地球人としてのデータはおまえが気絶してる間に我等の星の科学者達がしっかり保存した。ので」
「ので!?」
「おまえはお払い箱なんだが」
「なんだが!?」
「この俺が、お情けで拾ってやろう。だから、おまえはこの星で、俺に保護されて生きていけるということだ」
北条泉は、そう言ってニッコリ笑った。
「おまえに保護されて・・・?冗談じゃねえよ。なんだよ、それ!」
「おまえ。俺が、エライヒトで良かったな。一介のレコーダーだったら、データの保存が完了した時点で、ゴミとして宇宙の塵となっていた」
「エラソーに、言うな。さっきから訳のわからん冗談言ってねーで、俺を元居た場所に返せ」
すると、北条は、顔を顰めた。
「さきほど。レコードを見せた筈だ。おまえの生きていた青い星が、こっぱ微塵になったところを」
「あんなもん、信じられるか」
大スクリーンで見せられた、地球消滅の映像は、映画としか思えなかった。
「信じなくても結構。とにかく、おまえはもうどこへも帰ることは出来ない。死にたいならば、そっこく清掃局に電話をしておまえを引き取りにきてもらおう。
3時間後には、宇宙に放り出されておまえは立派なお星さまになれる。だが。おとなしく事実を受け入れれば、この私の愛人としてこの星で生かしてやろうと言うのだ」
「愛人!?」
目の玉が飛び出る・・・と、俺は思った。
「おまえの体は・・・。宇宙の塵にするには、惜しい。この星での美的感覚でいえば、おまえのツラはゴミに等しいが、私の好みには合う。ついでに体もな」
「・・・」
好き勝手なことぬかしているな・・・と、俺はピクッと青筋立てた。
「100人切りの陽ちゃんと呼ばれたこの俺のツラがゴミだと?」
「この星の感覚で言えばな」
「ざっけんな!お情けでてめーと寝てやったっつーに、その言い草はなんだ、こら」
「やかましい。ここは地球とは違う。この俺に、人目のあるところでそんな口きいたら、あっというまにぶっ殺されるぞ。せいぜい気をつけることだ」
フフフと笑って、北条は部屋を出ていった。

「なんだよ。な、なんなんだよ、これは一体。どーゆーことだ!」
****************************************************

よくも読まないが、とにかくSF小説とかファンタジー小説とかでは、よくあるんだろーな。こーゆー世界。
北条の言ったことは、現実としてすんなり理解出来た。
ここは。
間違いなく、地球じゃない。
こんなところ、地球のどこにもなかった。
だって。
都市が浮いてるんだぜ・・・。
ちなみに、人らしき物体も空を飛んでいる。
見たこともない透明な建物が、あちこちにそびえ立っている。
人種も。
明かに地球人とは違う。背中に羽が生えているやつらなのだ。
挙句に、言葉も通じない。
「稲葉陽、死にます!」
叫んで、俺は床に座りこんだ。
それでも。人が住むところっていうのは、どんな時でも同じらしく。
ベッドはある。部屋は、部屋らしい。
俺は、北条のヤローの私室らしきところに、数時間前に放りこまれた。
そして、窓の外を見て、さっき現実を受け入れたばかりだった。
だが。だが。
現実を受け入れるって!?
俺が生きていく為には、アイツの愛人になるだと?
冗談じゃねえや。
突然告白してきて、ほとんど強姦まがいに俺を抱いた、しょーもねーけだものヤローの愛人だと?
ばからしい。そんなモンになるくらいだったら、キレーなお星さまになってやる。

「清掃局呼べ、このヤロー」
バンバンバンッとドアを叩くと、ギッとドアが開いた。
「お静かに。ヨウ様」
「え?」
入ってきたのは・・・。
獣頭人体である。なんつーか、顔が馬なんだよね。
体は、どうやら、女みてーだけど。む、胸がある。
「あ、あわわ・・・」
だが、日本語を喋ってる!????
「どうされましたか?ご気分でもお悪いのでしょうか」
「なんで俺の言葉がわかるんだ!」
と、馬頭はニッコリ微笑んだ。
う、馬が笑ってる・・・(泡)

「さきほど。サーシャ様からご指導を受けました。私、ヨウ様の御世話様係りとなります、ルゼと申します。以後、よろしくお願い致します」
「サーシャ?」
「貴方様が言われるホウジョウイズミと同一人物です。こちらの星では、サーシャ・クレイ様です。レコーダーではトップの位置にいらっしゃる大変優秀なお方です」
「!?」

レコーダー。北条に聞いた。
異なる星系の、ありとあらゆるデータを集める仕事人。
なんの為だか知らないが、とにかく、この星のやつらは、あちこちの星に出向き、色々な調査をしているらしい。
それを任務としているのがレコーダー。
レコーダーは、優秀な頭脳、体力、そういったものを兼ね備えてないとなれない名誉ある仕事なのだという。
もっとも、これは全部北条本人が言ったので、嘘っぱちであることは、多いに有り得る。

「誰も行きたがらない野蛮な星、ジンに赴き、任務を果たした。サーシャ様は勇気のある方です。皆、尊敬しております」
「野蛮な星ジンって、そりゃ、地球のことかい」
「そうです。あの青い星、チキュウです」
「わるかったな!」
そりゃ、色々不満のあった日常だったが、それでも生まれた星である。
自分の星のことを悪く言われるのは、頭に来る。
「も、申し訳ございません。お、お許しを」
ビビビと、俺の言った勢いに吃驚したのか、ルゼとやらは、いきなり土下座である。
「う、うわ。や、止めてくれよ。わ、悪かった。俺がきつく言い過ぎた」
「申し訳ありません。どうぞお許しを」
「だ、だから〜」
「あまり、ルゼを苛めるな」
その声に俺はハッとした。
「北条」
北条が、つかつかとこちらに歩いてきた。
「この星では、サーシャと呼べ」
「気持ちわりーな。んな外人みてーな名前で、呼べるかよ。思いっきり日本人ヅラしてやがって。だいたい、なんだよ。てめーは、思いっきり日本人なのに、このルゼは馬だぜ」
「この星にはさまざな人種がいる。レコーダーが捕獲してきた異星人というヤツだな。根っからのこの星の種族は、もう容姿ではわからん。かくいう私もどこかの星のハーフらしいが、
片親がこの星の種族らしくてな。それは系譜が証明している」
「わ、訳がわからん」
「例えば。おまえが私の子を産めば、私がこの星の種族だという系譜を持っているのだから、半分はおまえの血が入っていてもその子は、この星の者だ。そーゆーことだ」
「気味の悪い例えはよせ。だが、意味はわかった」
「そのうち、おまえでも孕むことは可能かもしれん。我星の科学者達は優秀だ」
ニッと北条は笑う。
「ところで、喜べ。おまえは私の愛人として、名誉ある50番目の者としての登録が済んだ。あとは儀式を済ませるのみ」
「げっ。てめえ。よせよ、冗談じゃねえぜ」
「おめでとうございます。ヨウ様」
ルゼは、深々と頭を垂れた。
「おめでとうじゃねえよ!マジでそんなん、冗談じゃないからな。その登録、取り消せ」
「勿体無いことを言うな」
「バカヤロー。俺は本気だ。俺は、おまえに清掃局に連絡してもらうつもりだったんだ」
「と、いうと。星になる覚悟を決めたと」
「当たり前だ。いいか。誰が、こんな訳のわからん星で、おまえのあ、愛人だかなんだか知らねーが、おまえに命令されて生きるよーな人生を選ぶか。
どうせもう、家族も友達も誰一人死んじまったんだ。生きていたって仕方ねえ。殺せ!」
北条は、ジッと俺を見た。
「地球は、もう、ねえんだろ・・・」
「そうだ」
「だったら・・・。だったら・・・」
「おまえの思い出は、俺が共有している。寂しいのならば、俺に話せ。聞いてやることは出来る。理解は出来る」
「俺は。思い出話しするヤツが欲しいんじゃねーんだよッ」
地球が、ない。
昨日までの日常が、粉々になってしまっている。
「お、おまえに。おまえになにがわかるんだ!自分の星がいきなりなくなってしまったヤツの気持ちが・・・。おまえになんかわかるか!」

ちくしょう。
どうなってんだ、一体。
こんなのって、ありか?
信じられない。信じられない・・・。
「泣くな」
「泣くよ!」
「泣くな、陽」
「うるせえ」

北条が、ギュッと俺を抱き締める。
昨日まで。コイツは、俺の友達だったのに。
地球での。
俺の、友達だったのに・・・。
「ルゼ。薬を持ってこい」
「はい」
「なんだよ」
俺は北条の腕を振り払おうとしたが、力が強くて敵わない。
「離せよッ。薬ってなんだよ」
「おまえの気持ちが落ち着く薬だ」
「そんなのいらねえから、早く俺を宇宙に放り出せ。自力で地球に戻ってやる」
「帰れない。おまえは、あの星には帰れないんだ。諦めろ」
「嫌だ。てめえ、ぎゅうぎゅう力入れるな。痛いだろッ」
抱き締められる力が強くて、痛い。
「帰らせない。おまえは俺のモノだ」
「ふざけんな」
「ふざけていない。やっとの思いで、おまえをここまで連れて来たのだ。いやだ。離さない」
「離せっ」
「ルゼ、早く薬を」
「はい」
いやだ。絶対にいやだ。
俺は無我夢中で暴れた。
そのうち、ボカッと殴られた。
ちょっと待てよ。薬って暴力のことかよ。くそ、くそ〜!あ、頭、痛え・・・。

暗転。



気づくと。
陽は、だだっ広いベッドに、北条と眠っていた。
「いてて」
頭がズキンズキンと重かったが、とりあえず覚醒した。
「くっそー。思いっきり殴りやがって」
キッと隣の北条を睨んで、陽は頭を押さえた。
起き上がって、ギョッとした。
自分は全裸である。
「・・・」
ピラッと上掛けの中の北条の体を確認する。
コイツも全裸である。
「なにか?俺、意識がねーのに、コイツ、ヤりやがったのか?」
と思うものの、あの独特の体の痛みがない。
「意識のないヤツ抱いても面白くない。とくにおまえは」
「!」
振り返ると、北条と目が合う。
「じゃあ、なんで俺達すっ裸なんだよ」
「気にするな。俺の趣味だ」
「気にするぜ。この変態ヤロー」
「それより。ホームシックは治ったか」
「治るわきゃねえだろ。早く清掃局呼べよ」
「おまえも大概しつこいな」
そう言って、北条は、陽の背中に指を這わせた。
「や、やめろよ」
バッと陽は、北条から体を離した。
「んな呑気なことやってる気分じゃねえんだからな、俺は」
「と言っても。おまえのこれからの日常は、俺に抱かれることだけだぞ」
「・・・」
陽は顎が外れるかぐらいに、あんぐりと口を開いた。
「だから。その冗談、マジに止めてくれよ」
「冗談ではない。本当だ。愛人というのは、そういうものだろ。主人の寵を得ることだけを考えていればいい」
「電話しろ。清掃局に!」
「やだね」
「ああ、そーか。なら、ルゼに聞いて、自力で行ってやらー」
「ルゼは、おまえの命令より私の命令を尊重する。きっと教えてもらえぬだろう。気の毒にな」
「なに考えているんだ」
「おまえを俺のモノにすることだ。さしあたってはな」
「そーゆー不埒なことを、地球にいる間、考えていたのか?」
「そうだ」
「仕事やってたんかい、てめーはッ」
「やっていたから、危機一髪で脱出出来たのだ。おまえの星の誰かが、まったく予想の出来ないタイミングで、核ボタンを押したのだ。おまえ達の星の種族は、
自らを滅ぼす物をせっせと作り上げていたのだ」
「核・・・。それで消滅しちまったのか」
「調査中だが、そーゆーことだろう」
「それじゃ・・・。終わっちまうよな」
「そうだな」
そう言って、北条はドッと陽の体を押し倒す。
「地球のことは忘れて、今ここで幸せになれ」
「だれがっ。てめえの下敷きになって、喘ぐことのどこが幸せだ」
「いつも気持ち良さそうな顔してたぞ」
「・・・!」
カッと陽の顔が赤くなった。
「離せ。離せ、いやだ」
「うるさい」
ガッと押さえつけられて、陽は北条の唇を受け入れさせられた。
「んぐっ」
「ちっ」
バッと北条は顔を反らした。
ツッ・・と唇から血が流れた。
上掛けをひっぱり、北条は唇の血を拭った。
「おとなしく抱かれねえと、ひどい目に合わすぞ」
「合わせてみやがれ。そんな脅し文句になんか屈さねえぞ。強姦魔め」
2人は睨みあった。
が、北条はフッと笑った。
「威勢のいいことだ。まあ、もっとも、俺はおまえのそういうところが好きなんだがな。どうも俺の愛人どもは、俺の言いなりでつまらん」
「愛人どもって。そーいえば、てめえ、俺は50番目の登録とかなんとか。あまりのショックで、一瞬忘れたが」
「そうだ」
「ということは、50人も愛人がいるってことか」
「いい機会だから、50人程度にしぼったのだ」
「・・・。おまえ。きっと、あっという間に枯れるんだろーな」
「地球人の体力と一緒にするな」
「そんなバケモノの愛人なんか、誰がするか〜!」
「好むと好まざると、してもらわねば」
と、そんなことをベッドの上でやっていると、ルゼがやってきた。
「サーシャ様。ご出仕の時間です。お支度を」
「ああ。わかった。俺はこれから仕事だ。今夜また会おう」
「今がこの世での最後の顔合わせだ。おまえにゃ色々世話してやがったが、世話されたことはなんもねー。礼は言わねえぜ。最後の最後に、余計なことしやがって」
「逃がさないぞ」
「さっさと仕事へ行け」
北条は、陽をジッと見た。
「勝手な真似をしてみろ。おまえは後悔する派目になる」
「脅しには屈しない」
「おまえ自身には、な。俺はおまえの性格をよーく理解している」
「・・・」
チラリと北条はルゼを見た。
「おまえの世話係は、なにもルゼだけしかいないのではない。おまえが勝手な真似をすれば、監督不行き届きで、ルゼを即刻処分しよう」
ルゼは、ヒッと小さくうめいて、陽を見た。
「処分って」
「俺の大事な愛人を減らした罪としては重い。ひと思いに宇宙の塵にするには、簡単すぎるだろうな」
ニッと北条は笑った。
「極悪人」
「なんとでも言え。とにかくそういうことだから、軽率な真似は止めておけ」
ルゼの用意した上着を羽織り、北条はさっさと別室に歩いていった。
「お支度を」
ルゼは追おうとして、北条はビシッと、遮った。
「よい。それより、そのベッドの上の我侭だが可愛い俺の愛人に、よーくお願いしておくことだ。決して無理なことはしないでください、とな」
「愛人、愛人言うなっ!」
バフーッと、陽は枕を投げ付けた。
「ヨウ様。お願いでございます。どうぞ決して無理なことはなさらないでくださいませ。ここで、サーシャ様に添われることが1番の幸せです。
なんの不自由がございましょうか。お願いです。お願いします」
ルゼは、ベッドの側に駆け寄ってきて、懇願する。
「・・・待てよ。ちょっと待ってくれよ。俺は平凡な、地球の、単なる研究員だったんだぜ。朝になれば会社に行って研究して、夜になれば一人の部屋に帰って寝る。
給料貰って、適当に女の子と遊んで・・・。そんな生活していたのに。なんだっていきなり、男に囲われなきゃならねーんだよ。飯も、風呂も、どうして、アイツに提供
されなきゃなんねーんだよ。北条はな。北条は!ムカつくやつだったけど、俺の一応は友達だったんだ。ルゼ、なあ、わかるか!」
ルゼはコクリとうなづいた。
「状況は変わっても、私も同じでした。会社とか研究とか、私にはよくわかりませんが、私もこことは違う生活をしていたところをいきなりここに連れてこられたのです」
「って、ルゼも、まさか」
「はい。私の星も数百年前に滅びました。その折に、私はサーシャ様に助けられ、この地に連れてこられました。ヨウ様と同じです。ただ、私は、サーシャ様の好みには叶わずに、
ですが、お情けで使用人として始末を免れてこうして生きてきております」
「・・・単なる人攫いの集団じゃねーか。この星はっ」
「お怒りをお鎮めください。これは運命です。仕方ないのです、ヨウ様」
そう言って、ハラハラとルゼは泣いた。
馬が泣いてる・・・。そう思ったものの、陽は、どうして納得出来なかった。
「だけど、だけど・・・!」
「ヨウ様。いつか、いつか、時が必ず良い方向に導いてくださいます。短気を起こさずに、今は堪えてくださいませ」
「ちくしょう」
陽は、うめいて、ベッドに突っ伏した。
「こんな訳のわからん状況は、俺には耐えられないッ」
叫んで、陽はボスボスと枕を叩いた。
帰りたい。地球へ。
帰れないならば、せめて、その近くまでも。
父さん、母さん。
真美子、あゆみ、洋子、夏子、春美・・ああキリがねえ。
本当に、皆、死んでしまったのか?
あのバカ(北条)が、見せてくれたように。

あの青い地球は、消滅したのか?核によって。
「どうしても信じられねえッ」
陽は吠えた。

**************************************************

「ルゼ・・・」
「申し訳ありません。さっきまでは御部屋におりましたのに」
ルゼは平伏した。
「どうやら、おまえの願いは聞き入れられなかったようだな」
「お許しを。サーシャ様」
仕事を終えて、北条は部屋に戻ってきた。
だが、陽の姿は、部屋から忽然と消えていた。
「あれぐらいの脅し、聞くようなタマじゃねえのは知っていたが。それにしても・・・」
ハアと北条は溜め息をついた。
「お許しを、お許しを。サーシャ様」
「顔をあげろ。さっさと陽を捜し出せ」
「清掃局の場所も知らずに、どこへ」
「空も飛べぬあのアホが、辿りつくとは思えぬ。だが、怖いのは、自ら命を絶たれてしまうことだ。自殺は、脱出よりも楽なことだ」
「自殺」
サーッとルゼの顔が青くなる。
「殺すには、惜しい。絶対に避けたい。なにがなんでも捜し出せ」
「は、はい」
サッとルゼは、部屋を出ていった。
書類をバサッとベッドの上に放りだし、北条もルゼの後を追った。
バサリと、畳んであった翼を広げた。

*******************************************

広すぎる、この屋敷。
ぜえぜえと陽は息を荒げた。
目に入る珍しいものに、思わず研究員としてのじぶんの性が刺激されつつも、とりあえずは無視してひたすら走った。

やつらは翼を持っている。
高い建物の中で、一際高い建物。
空を突き抜けるぐらいの高い建物。
たぶん、あれが清掃局。
放り出されれば、きっとアッと言う間に死ねる。お星様になるのは、楽だろう。
だが。辿りつかねば、俺は北条の元に連れ戻されて、一生男の愛人。
ぞ〜ッと陽は体を震わせた。
北条は、冷酷な男だが、まさか本当にルゼを殺すことはあるまい。
だから、それだけは安心していられる。
あれは、言葉だけの脅しだ。
だが、俺自身に対しての数々の言葉は、マジだろう。
逃げた俺を、北条は絶対に許さない。

だから。逃げ切れなかった場合は、死ぬしかねぇ。
痛いけど、きっと、痛いだろうが、それでも仕方ねえ。
神風根性をなめるなよッ!
陽は、コッソリとかすめてきた、ナイフのような切っ先の尖ったものを胸にきつく抱き締めた。
とにかく。どっかから、外へ出なければ。
そして、空飛ぶなんかを捕まえて。
あの高い、高い、清掃局へ。

心臓が破れそうな緊張をやり過ごし、陽は走った。
広すぎて、自業自得だ。きっと、やつらも探しきれてない。
ましてや、俺は飛べない。地を這うように移動してる
俺のことなんか、見過ごせてしまう。
さっきも、追っ手らしきものが、廊下を飛んで行ったが、訳のわからない彫像の横に屈んでジッとしていたら、案の定、無視されていった。
「ざまーみろ」
ったく。飛べるっつーのは、なんかやな感じだな。
高いところから見下ろして。
北条のヤローも、だから、あんなに高圧的なんだろうか。
やなヤツだぜ。やまほど信望者がいたんだから、助けるならば、なにも俺じゃなくて、別のヤツ助けてやりゃー良かったんだ。
陽はブツブツ心の中で文句を言った。
出口。出口。ドアがいっぱいありすぎて、わかんねえ。
下手なところ開けたら、アウトだし。
と、いきなり、ドアが開いた。
「〜〜〜〜」
訳のわからない言葉を叫んで、誰かが入ってきた。
エラソーなヤツ一人。その背後に、たくさんの。
馬だの、牛だの、ルゼみたいなヤツらや、人間みてーなのとか。
エラソーなヤツは、地球人みたいな外見だ。肌が黒いが、若い整った顔。
彼等は飛ばずに、ドヤドヤと廊下を歩いていく。
陽は、やはり彫像の影に隠れて、それらを見送った。
開きっぱなしのドアの向こうには、光。そして、風景。
『やった。あれが、玄関だ』
そそくさと陽は脱出した。
「やったー。外だ!」
陽は万歳して喜んだ。
「お疲れ様」
「ああ、まったく、疲れたぜ。ふう。えっ?」
円柱に寄りかかって、北条がいた。
「な、なんで・・・」
「なんでって。ちゃんとした玄関があるのは、ここだけだ。あとは、窓から、空中に↓だからな」
「きたねーぞっ!北条」
「文句は設計者に言え」
言いながら、北条は手招いた。
「誰がッ」
「てめえじゃねえよ」
「え?」
と、もう一つの円柱の影から、ルゼが姿を現した。
「ヨウ様」
ルゼは涙を流しながら、北条の側へと歩いて行った。
「約束を破ったのは、おまえだ。ルゼには、死んでもらう」
北条は、何時の間にか剣を手にしていた。
「てめえ、本気か」
「当たり前だ」
「ちょっ」
と、待て・・・と言おうとした僅かな間も待たずに。
ドッと北条の剣は、宙を舞い、ルゼの体を斬った。
「!」
「サーシャ様・・。ヨウ様・・・」
ドサッとルゼの体が、大理石らしい玄関前の石の床に倒れた。
ユルユル・・・と血らしき翠の血が流れた。
「始末を」
北条が言うと、どこからともなく、2人の人間が現れ、ルゼの体を抱き上げて行った。
「てめえ・・・。なんつーことを・・・」
「約束を破ったのは、おまえだ」
ビュッと血糊がついた剣を振って、北条は剣を鞘に収めた。
「そーゆーこと。平気で出来ちゃうんだな。おまえは」
「やりたくなかったが、仕方ない」
「そーか。そんなに俺がいいか。俺と寝たいか。俺を抱きたいか」
「最初からそう言ってる」
「人殺してまで、俺とやりてーか!」
「人じゃない。ルゼは、人間では、ない。そう。おまえとやりたい。心行くまで」
「そうか。わかった」
陽はうなづいた。涙が止まらない。
こんなヤツ。こんなヤツ。誰が・・・。
「待て。それは痛いぞ。おまえは痛いのが苦手な筈」
陽は、手にしていたナイフのようなものを喉に当てた。
「それがどうした。俺の為に、ルゼは死んだんだぞ。俺だけ痛い思いしないのは不公平だろうが」
「だからルゼは」
「心行くまで俺の死体とやりやがれ」
「陽、止めろ」
地球はなくなった。バーイバイ。
最初から、俺だって、死ぬ筈だったんだ。
こうなる、運命だったんだよ。
なのに、こんな茶番劇につきあわされて、ったくよー。
「陽!」
バイバイ・・・。


*********************************************
「こんなブサイクのどこが良い訳?」
「うるさい」
「って、おい。てめー、俺に言う台詞か。俺が来なかったら、このブサイクは、完全に死んでいたぞ」
「それについては感謝してるが、ブサイクは止せ。俺はコイツの顔が気に入ってるし、それに、コイツはナルシストだ」
「へーえ」
せえな。
なんでまだ、北条の声が聞こえるんだよ。
どうしてだよ。
コイツ、まさか、俺のこと、追って死後の世界にきたんじゃ・・。

「!」
陽は、起き上がろうとして、痛みに再びベッドに沈没した。
「まだダメだよ。痛いだろ」
そう言って、陽を覗きこんできたのは、さっき、玄関を通り過ぎていった、黒い肌の男だ。
どういう訳か、きちんと日本語を喋っていた。
「アンタは誰?」
と言ったつもりが声は出ない。
しかし、どうやら男には伝わったらしく、男は自己紹介した。
「俺はサーシャの知り合いの、リスローだ。レコーダー兼、優秀な医師。おまえ、潔く喉を掻っ切ったのはいいが、どっこい俺のが優秀だった。傷はちゃんと塞いでやったぜ」
ぶっきらぼうにリスローは言った。
「余計なことしやがって」
と呟いたつもりだが、やはり声は出なかった。

視線を移すと、北条も居た。
陽は北条を睨んだ。
「怒りは、傷が治ったらちゃんと聞いてやる」
そう言って、北条は陽の頬に手を伸ばした。
だが、陽はビシャッと振り払う。
「ほー。中々骨があるな。この新人は。ふむ」
リスローが、フフフと笑う。
「やかましい」
北条は、伸ばした手を渋々引っ込めながら、言い返す。
「ヨウ様」
バンッと、ドアが開き、聞き覚えのある声が部屋に響いた。
「!」
ルゼだった。
どうして・・・。
陽は吃驚して目を見開く。
「ありがとうございます。リスロー様。ヨウ様を助けていただいて」
「いんや。他ならぬおまえの頼みだ。そりゃ、俺は、頑張るさ」
ニコニコとリスローは言った。
どうも女には愛想がいいタイプらしい。
「ところで。なんで、コイツはこんなに目の玉が飛び出そうな顔をしてやがるんだ、サーシャ」
リスローは陽を指差して言った。
北条はチッと舌打ちした。
「コイツがいた星には、ルゼのような人種はいない。斬られて、大量に血が流れれば確実に死んでしまうような人種だった。再生能力を持つ人種はいないんだ。
だから、ルゼが死んだと思ったんだろうさ」
今度はリスローが驚く番だった。
「サーシャがルゼを斬れるかよ!ルゼは、サーシャの1番のお気に入りの愛人なんだぜ〜。賢くて、美人で、いい体をしている。第一俺は、
ルゼがおまえの新人の世話してるって聞いて吃驚したんだ。だから、どんなヤツかと思って来てみれば、こんなブサイクだし」
ムッと陽は、リスローを睨んだ。
「サーシャ様は、私にならば、不安でいっぱいなヨウ様を安心して、任せられると仰ってくださいました。ですから、私は、自分の経験も含めて、
引き受けることにしたのです」
ルゼは、涙をためた目で、陽を見つめながら、言った。
「なにもおまえさんが出てくることはねーと思うが。そんなに、このブサイクが大事かねえ。ふーん」
リスローは、ジロジロと陽を見た。
ドカッ☆
「いってえ」
陽は、右足で、ベッドに軽く越しかけていたリスローの腰を蹴飛ばした。
「命の恩人にいい度胸だな」
ギロッとリスローは、陽を睨んだ。
陽は、フンッとリスローから顔を反らした。
「ふーん。おもしろい。中々気に入ったぜ、俺は」
「気に入るな。これは、私のモノだ」
「あっはっは。そーか。そういうことか。まあ、それで状況はわかった。ルゼを粗末に扱っているのではないとわかれば、俺も安心だ。じゃあ、退散するとしよう」
「ご心配おかけしました。リスロー様」
ルゼは、深々と頭を下げた。
「いいんだ、ルゼ。だが、サーシャに不満があったら、いつでも俺のところへ来るんだぜ。首席愛人扱いで可愛がってやるからな」
「ありがとうございます」
「じゃーな」
「お送りします」
「お。そうか。んじゃ、サーシャ。また明日な」
「ああ。今日は助かった」
「いいってことよ」
リスローと共に、ルゼが部屋を出て行く。
残った北条は、さきほどリスローがそうしていたように、ベッドに浅く腰かけた。
「陽」
耳元に囁かれて、陽はギュッと目を閉じて、顔を背けた。
体をずらすと、喉が痛んだ。
「おまえ。自殺しようしても、絶対に死ねないぞ。俺が絶対に手を尽くして助けてしまうからな。だから、諦めろ。中途半端に痛いだけだ。それより・・・」
北条は一瞬、言いよどみ、だが。
「俺はおまえを愛してるんだ。だがおまえはそうじゃない。仕方ないから立場を利用するしかなかった。ゆっくりおまえの体を解いて、それから心も手に入れる。だから、もう逃げるな。
おまえは、逃げられない」

寒さと同時に、熱さが襲ってきた陽だった。
愛してるだと?それから、体を解いて、心を手に入れるだと?
さむー・・・。
けど。
なんだか、気持ち悪いくらい、熱い気もする。
北条って、こういうキャラだったけ?
いつも澄ました顔して。無口で。
ああ。でも。確かに俺以外は興味ねえってツラはしてたかもしれない。

いいや。とりあえず。
脱出は不成功だったし、自殺は失敗したが、とりあえず。
ルゼは生きていたし、俺も生き残ってしまったし。

今は、なんだか眠いから。
「眠いのか?ゆっくり、眠れ」
熱い額に、冷たい北条の掌を感じて、陽はフワリと心が落ち着くのを感じた。
気持ちいい。
冷たい手。掌。

パタンとドアが閉じる音がして、それと同時に、陽は眠りに就いた。

続く

 TOP       NEXT