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雪嫌いな向日葵

小野田泪
サラリーマン。小野田家長男。
社内恋愛の揉め事で、現在田舎街に左遷中。
明るい外見とは裏腹に、屈折した恋愛しか出来ない。


エリー・ダグラス
イギリス出身。イギリス人。貴族の末裔らしい。
泪とは幼馴染。日本在住5年以上の日本語ペラペラ。
明るく、一途で勝気で、「泪」一筋。

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真っ白い雪よりも、踏まれて黒くなった雪のが好き。

綺麗で明るい花よりも、どこか繊細で地味な花が好きだ。

悲しくて。なんだか切ない。

そんな感じで。よくわかんねえかもしれねえけど。

とにかく!

俺は、どうにも悲劇的な恋愛にのめりこむケースが多い。というよりか、好きで。

俺の恋愛遍歴は、暗く冷たく悲しく澱んでいる・・・。

ま。ようするに、Mっ気がある恋愛だってことサ。

田舎町の天気が良い日というのは、なんだかむしょうに悲しくなる。

あまりに綺麗すぎて。明る過ぎて。眩しいぜ・・・というのが本音だった。

小さな港の堤防の縁に腰掛けて。煙草を吸っては、読書三昧の日々。

そして。そんなことをしながら、胸が軋むほどの恋を探している。

ああ、いつか。いつか・・・。この足元にある大きな海の・・・。波の1つになる日が来るかもしれない。

恋しい人を抱いて!?それとも、罪深さ故に誰かに殺されて!?

いづれにしても。俺の末路は、きっと明るくはない。好きになるのは、いつでも『他人の物(ヒト)』。

気づけば、そーゆーヤツらに手を出していて、そーゆーヤツらは、いつでも俺に堕ちてきてくれてしまう。
そうなると、そーゆーやつらの所有者は、俺を憎む。俺はいつも憎まれる。

結果。10度目の恋も、やはり。こーゆー結末だった。

左遷。しょぼくれた田舎街の支社に、左遷。
出世を見限られて、この若さで、窓際族。
社内恋愛のなれのはて。


わかっていた。いつかはバレるということも。そして。こういう結果になることも。

わかっていて。
どうしようもない恋愛にのめり込むのは、もう性格だとしか言いようがない。

真っ白い雪より、踏まれた雪のが好きなのだ。

真っ直ぐで純粋な恋よりも。歪んだ不純な恋のが好きなのだ。

俺、小野田泪という、どーしよーもねー人間ってヤツは、ね。

「Hey。くろい顔して、だいじょーぶ?ルイ」
背後から声をかけられる。
「くろい顔?くらい顔の、間違いだろーが!」
「少々の間違いさ」
「わかっててやってるくせに。面白くねえぞっ」
「それはゴメンナサイ」

明るい声。死ぬっ程聞きなれた、うぜえ声。エリーダグラスだった。

「エリー!仕事はどうした!!」
「決めてきたよ。英語教師」
「って・・・。マジに!?」
「マジだよ。これで文句はないだろう。ちゃんとこの街で働くヨ」
「ちっ・・・」
俺は、吸っていた煙草を、アスファルトで揉み消し拾い上げた。
「どうしてそんなに面白くない顔するんだよ」
「そのまんま、だからだよ。面白くねえからに決まってるだろ」
「なに言ってるんだい。俺がここに来たからには、面白いよ。わかってるだろ、ルイ」
「わかりたくねえよ、んなもんッ」
叫んで、俺はエリーを睨んだ。
しかし、エリーは俺のそんな顔を、軽々と無視する。
「綺麗な海だね」
のんびりと、目の前の海を眺めてはエリーが言う。
「泳いで国かえれ!」
「やだね」
「かえれよ。もういい加減!」
「やだね。俺はルイの側を離れない。ずっと。離れないよ・・・」
そう言って、エリーはニッと笑った。


エリー・ダグラスは、俺の幼馴染だ。

親父の海外転勤に連れていかれたフランスで知り合った。
もう5歳の時の話だ。遠い昔。
エリーは本国がイギリスで、やはり父親の仕事の関係でフランスに来ていた。

初めて会った時、エリーは泣いていた。
フランス語が喋れずに仲間はずれにされていたエリーだったが、そこへ日本から来た俺が合流した。

仲間外れにされた同志、日本語・英語・フランス語ミックスで、すぐに俺達は友達になった。
それが俺とエリーの始まりだった。

日本に戻るまでの数年を、俺はほとんどエリーとつるんで過ごした。
そして親父が、日本に帰国することになったあの日。

エリーは、泣きながら言った。
「忘れないで、俺のこと。大人になったら、日本に行く。必ず行くから」
「本当に来てくれる?じゃあ、約束。指きり」
「ユビキリ!?」
「こうしてね」

指を絡ませ、解く。

「こうやって。約束!の合図。日本に来て。俺、待ってるから。待ってるよ。嘘ついたら、針を千本飲むの。死にたくなかったら、必ず来るんだよ」
「針を千本?過激だね。日本のユビキリって・・・」
泣きながら、エリーは笑っていた。
「約束する。絶対に守る。だから、ルイも約束忘れないで。俺を待っていて」
金色の髪が、キラキラとお日様の光を弾いて、眩しかったあの日。
そんな光景が、自分の幼い異国の日々にあったことは覚えていた。

だが。帰国した俺が、そんな絵本のような異国の日々を覚えていられたのは、一年が限度だった。

父に連れられ、戻った日本で待っていたのは、弟達だ。
何時の間にか、3人もいた。いや、勿論、知ってはいたけれど。まだ手のかかる弟達。
弱肉強食の日常で、俺は我を忘れるほど大変だった。

玲。光。潤。3人の弟達は、揃って個性的だった。
一筋縄ではいかない。母もいつも家中を走り回っていた。
父は仕事でいない。だから、俺はいつでも父の代わり。

「泪。お兄ちゃんでしょ。ごめんね。我慢して」
長男長女である以上、必ずぶち当たるこの台詞。
確かに!確かに。自分は長男だ。だけど、だけど・・・。
欲しいものは、弟達と同じに、欲しい。
それなのに。
なんで1番最初に生まれただけってことだけで、こんなにも我慢を強いられねばならんのだ!!

1度そうぶち切れて、母を思いっきり泣かせたことがある。
それ以来。そういう訴えはもうやめた。
俺さえ我慢すれば、まるく納まる。
そう言い聞かせ、俺は、長男=物分りのいいという仮面を被った。

だからだよな。
どっか屈折しちまって。
弟に言わせると「まともな恋愛興味ありません」っつー病気は、抑圧されたストレスのなせる業らしい。

ま。そうだろうな・・・と思う。いい子でいるのは、疲れるのサ。
疲れたから・・・。ドロドロと醜い恋愛ばっかりして。
鬱屈した心の澱みを、吐き出しているのかもしれない。

って、そうそう。そんな感じで。
だから、数年後エリーが本当に日本にやってきた時は驚いた。
幼い頃に交した約束1つ、大事に抱えて、ひょっこりとヤツはやってきた。
その頃の俺は、もう既に・・・。
「まともな恋愛出来ない」症候群にどっぷりとつかっていた・・・。

「来たよ」
エリーは、そう言った。
そばかすは消えていて、金色の髪に、眩しいくらいの向日葵みてーな無邪気な笑顔。
・・・・けっ。いつのまにか、可愛いツラになってやがる。
「誰だっけ?」
と、苛めてやったら、ガッカリしたような顔になった。

本国では、お貴族様の家柄であるエリー。
母方のでっかい会社を引き継ぐ約束を蹴って、家出同然で日本にやってきたという。


厳しいエリーの父親は、そんなバカ息子に一切の援助をよこさなかったが、息子に甘い母の方は、せっせとエリーの銀行口座に送金してきていた。むろん、彼女のヘソクリ程度だが。その金だけを頼りに、エリーは日本で苦学生を演じることになった。

大学こそ一緒じゃなかったが、エリーはいつでも俺にまとわりついてきていた。

バイトも一緒。下宿も俺の家の近所。
弟どもとも仲が良く、小野田家のイベントでは、大抵エリーが一緒だった。

俺とエリーはペア。誰もが認める事実だった。
だが、そのおかげで俺がゲイだということは、思った以上に周りの人々にすんなりと受け入れられた。
むろん、本場の外人、エリーのせいだった。
だが。俺とエリーの間に、今もって性的な関係はない。
エリーが俺に惚れてるのは、本人が告白しているので、比較的早い時期に知っていた。

が。

肝心な俺に、その気がないからである。
エリーは可愛い。いや、綺麗かな!?
ま、ようするに美形だ。美形好みの俺的には、ルックス的にはなんの問題もない。
体だって、抱き締めるにはちょうどいい。


けどな。問題は性格なんだよ。いつでもどこでも、なんたって、明るい性格。
めげることを知らない能天気な性格。純粋な、真っ直ぐな・・・。
暗さなんて、どっこにもない。
ぶん殴っても、揺さぶっても、「苦悩」なんて落っこちてもこない。

例えて言うなれば、真っ白い雪。

だけどな!

俺は、踏み抜かれまくった真っ黒い雪が好きなんだ。

美しいが、悩みを抱える青年。少年でもいいけど。
綺麗だが、とんでもなく性格の悪いヤツとか・・・。
風に揺られるだけで、散ってしまうよな花みてーな繊細なヤツとか。

これは俺の病的すぎるくらいの隔たった好みだが・・・。
まあ、こういうので、世の中のバランス取れてるからいいとして・・・。
要するに、エリーは好みじゃないってことなのだ。
あーんな、根っから明るい、大柄な向日葵みてーなヤツなんぞ。

むろん、これもエリーには告白済みだった。だが、エリーはそんなことにもめげない。
「そんな恋愛の仕方。俺が治してやるぜっ」
などと、のほほん、だ。
「治りたくねえんだよ。治してもほしくない」
そう言って反論したっつーによ。エリーときたら、まったくめげずに、俺にまとわりついてくるんだ。
ちょー迷惑。すげー迷惑。

そんなことを考えていたら、急に強い海風が俺達の髪をなぶっていき、ハッと我にかえる。
「ルイ。俺がここに来て迷惑か?」
いきなり、エリーがそんなしおらしいことを言ってみせる。
「迷惑に決まってるだろ。ったく、おとなしく東京で待ってればいいのに、追いかけてきやがって」
「よく言うよ。寂しがりやの癖してさ」
「寂しくても、おまえはいらん!」
エリーは、目を見開いて俺を振り返った。
「意地っ張り」
「自惚れンな」
「フンッ。ルイがそう言えば、そう言うほど。俺は纏わりついてやっからな。俺はしつこいんだ。ざまーみろ、だ」
「なにキレてんだよ」
「キレてなんかねえよッ。いつものように、宣言しただけだ。おまえが誰を好きになっても構わねえよ。また泥だらけになりやがれ!どこかで野垂れ死にそうになったって。海の藻屑になりかけても、必ず俺が見つけてやるから、安心して汚れちまえ、だ」
「俺は、おまえがそうなっても見つけてなんかやんねえから、せいぜいまともな恋愛するんだな」
「うるせっ。余計な世話だ。じゃあなっ!」
「なにしに来たんだよ、おまえは」
「報告。この町で仕事が決まった報告。それだけだ」
「住む場所の報告忘れてるぞ〜」
「俺がどこに住んでいようと、ルイなんか興味ねえだろうが」
「まーな。ちなみに、おまえがどんな仕事しようと興味もねえぞ」
「・・・挑発しても無駄だそ。俺は東京には戻らねえっ」
「あ、そ」
「ふんっ」
「エリー」
「なんだよ」
エリーは、キッと俺を振り返る。
「ここは・・・。この土地はさ・・・」
「この土地は?」
切れ長の、ちょっと垂れ気味のエリーの青い瞳が、俺を見つめる。
「・・・なんでもねえ。もう行けよ」
「なんだよ!言われなくても、いくぜ。ふんっ」

エリーは煙草をくわえたまま、ズカズカと堤防をあとにした。
いつのまにか自転車を購入していたらしく、それに乗ってさっさと行ってしまった。

「やれやれ。本気でなに考えてんだ。あの外人は」

イギリスから日本へ。東京へ。
そして。今度は日本の、こんな右も左もわからない田舎街へ。
エリーは移動する。俺だけを追いかけて。いつも、いつも。俺だけを追いかけて。

「この土地は。雪がすげえ積もるンだぜ」

白い、白い雪。
あの明るく黄色い向日葵の花は。
この地の雪に勝つことが出来るのだろうか・・・。
そうだ。幾つか選択の余地のあった赴任先。この地を選んだのは・・・。雪が降るからだ。
大量の雪が。

ああ。そうだ。俺は。
エリーが雪が嫌いなことを知っていたから。知っていたから、この地を選んだのだ。
真っ白い雪のように純粋な男は、真っ白い雪が嫌いなのだ。

「は。ざまーみろ・・・」
俺は呟く。

続く

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