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秋桜


野瀬高弘(ノセタカヒロ)・・・東京の某広告代理店をクビになり失業中。
ナンパな面してるが、女にはあまり興味がなく、男が好き。松井に一目ぼれ★
元々お喋りで、人懐っこい性格の27歳。女に興味がなくても、フェミニスト。

松井遥(マツイハルカ)・・・29歳。公務員。妻有り、現在は子供ナシ。
今時お目にかかれない正統派の美形な青年らしい。性格的には真面目だが、
キれると、とんでもない行動に出る人。

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突然の実家からの呼び出しに、深夜車を急がせていた野瀬だったが、急激な眠気に襲われて、もうどうしようもなくなってしまい、
仕方なく車を道路脇に寄せ停めた。

「ふう。ったく。冗談じゃねえよ」
ハンドルに顔を埋めて、野瀬は溜め息をついた。
眠い、眠い、眠い。ひたすら、眠い。
カーナビを見ると、もう東京からは大分走ってはいるものの、実家までの道程はまだ半分にも到達していなかった。
「家に着く前に、俺の方が事故って死んじまうぜ」
父親が具合が悪いからと、呼び出されているものの、過去に何度もそういうことはあった。
行けば本人はケロッとしていて、すかさず「東京で遊んどらんで、さっさと家業を継げ」と説教される。今回もそうなのだ。

気分転換に、煙草に火を点けて、外に出てみた。季節は秋なので、もう大分肌寒い季節になっていた。
「少し寒いな」
と呟きつつ、辺りを見回すと、大きな建物が見えた。
「へえ。学校か」
なんとなく興味を持ち、気分転換の為にそこまで歩いてみることにした。
「うわ、すげえ」
正門は開放されていて、すぐに校庭に入ることが出来て、野瀬は思わず大きな声を上げた。
「一面秋桜じゃねえの」
月明かりに照らされた校庭には、あちこちに満開の秋桜が咲いていた。
「キレーじゃん」
田舎の学校らしく、建物はこじんまりとしていたが、校庭は抜群に広く、そんな広い所に、秋桜が咲き乱れているのだ。
死んだオフクロが好きな花だったよな。家の庭にもよく咲いていたっけ。
そんなことを思いながら、野瀬は校庭を横切りながら、色とりどりの秋桜を眺めた。

校庭の隅には、ブランコがあった。
学校にブランコというのも、なんか不思議な感じがするけれど、ちょうどいいベンチがあったぜと思いつつ、野瀬はブランコに向かって歩いた。
自分の煙草の煙が目に染みて、目を擦りつつ、野瀬はブランコに腰かけた。
そうすると、校庭を見渡せて、余計に素晴らしい眺めだった。
月明かりが、まるでスポットライトのように絶妙に、咲き誇る秋桜達を照らしている。

幽玄。いや、幻想的な風景って感じかなぁ・・・と思いながら、野瀬は煙草を吸いながら、ボンヤリとしてしまう。
なんだかこういう日って、色々思い出すことあるよなぁ〜。
野瀬は、過去の様々なことを思い出しながら、ボーッと校庭を眺めていた。
ふと気づくと、空いたもう一つのブランコには、誰かが腰かけていた。
「うぎゃ〜!びっ、ビックリした!!」
考えごとをしていたせいもあるだろうが、それにしても、気配をまっきり感じなかった。
野瀬は、心臓に手をやりながら、隣のブランコを改めて、見た。
「あ、アレ・・・!?」
座っているのは、たぶん自分と同じくらいの年齢の男だろう。
Tシャツにジーンズ姿の男。長い足はブラックジーンズに包まれていた。

彼は泣いていた。

「お、お兄さん。ちょっと、どうしたの!?」
野瀬は、ビックリして、隣の男に声をかけた。
しかし、男は無言だった。
「どうしたの?」
もう一度聞いてみても、やはり返事はない。

これってどういうことだろう・・・。
月。夜の学校。満開の秋桜。静寂。
う、うわッ。これってば、もしかしてホラーな展開!?と野瀬は思った。
幽玄的・幻想的な世界に、突如として現れた、『泣く男』
き、気味悪いかも・・・と思いつつ、野瀬は、隣の男から目を反らせなかった。
実際。男がこんなふうに泣くのを見るのは久し振りだった。
声もなく、ただ瞳から、ポロポロと涙を流している。
その涙を拭おうともしない。
微かな嗚咽が聞こえるものの、全体的に静かに泣いている。
そんな男を、野瀬は不躾にも、ジロジロと眺めてしまったが、泣いている男は、そんなこと全然気にしていないようだった。
「あの。よければ・・・」
野瀬は、ジーンズのポケットに突っ込んでおいたハンカチを取出し、男に差し出した。
その時、男はやっと、こちらを振り向いた。
そして、小さく首を振った。拒否のしぐさだった。
まともに男と目が合って、野瀬は不覚にもドキリとした。
かっこええ!・・・と心の中で、感嘆の声を上げた。
泣いている男は、今時あんまりマトモにお目にかかれないくらいの正統派美形だったからである。
野瀬は、たちまち、泣いている男に興味を持った。
つい最近、年下の男の恋人と別れたばかりのせいかもしれない。

「遠慮しないで!使ってくださいよ。あ、俺。野瀬高弘って言います。27歳!東京から来ました。ただ今実家に向かってドライブ中です。
あんま眠いから、
ちょっと休憩にって、勝手にこの学校見つけて侵入してきました。そしたら、秋桜が満開だったのですごい綺麗だから、
ブランコ見つけて眺めてました。
怪しいモンではありませんヨ。ほら、そんなに泣いているんだから、使ってくださいってば」
野瀬はベラベラいつもの調子でやりながら、身を乗り出して、男にハンカチを押しつけた。
男は、ちょっとビックリしたような顔で、野瀬を見たものの、押しつけられたハンカチを放り投げることはしなかった。野瀬の手から、ハンカチを受け取った。
「!」
その瞬間に、野瀬は、男の左の薬指に銀色のリングが光っているのを見た。
既婚者か。当然だよな。こんな綺麗な人だもんな。
ちょっとガッカリしつつ、それでも、ハンカチを受けとってくれたことに満足して、野瀬は微笑んだ。
「誰にでも、泣きたい時はありますよね」
実際自分も泣きたかった。
好きで就職した会社だったのに、父親の圧力により、一週間前にあっさりクビにされてしまった。
父親は、自分の仕事を俺に継がせたいのだ。そう思うと、野瀬は憂鬱だった。
放蕩息子である長男の隆道は、とっくのとうに父親に勘当されていた。
次男である俺は、いつもあの兄のとばっちりを食うんだよと思う。
勝手に会社を辞めさせられて、自分は先が長くないからと言う理由で家業を継げと親父には迫られ、おまけに婚約者付きという今回の事態。

野瀬が実家に急いでいるのは、そんなワンマンな父親に抗議する為だ。離れて住んでいるから、電話や手紙では通用しない。
今回の「具合が悪い」だって、少しも信じちゃいなかった。
ハア。
と言っても、あの傲慢オヤジに俺の抗議は通用すんのかい、と中々前途多難な自分である。野瀬は思わず溜め息をついた。
溜め息をつきつつ、ハッとする。またしても、ボンヤリと自分の世界に入ってしまった。
「あ、あの。俺、そろそろ失礼しますね。お邪魔でしょうし」
ここで現実逃避していても、仕方ない。
男ならば、勇気を出して、挑戦せねば。自由な未来の為に!薔薇色の人生の為に!!
「それじゃ」
と言って、野瀬は立ちあがって隣のブランコを振り返った。
「嘘だろ・・・」
隣には誰もいなかった。
やっぱり。ヤバい気がしたんだよ。こーんな真夜中に、なんだって学校の校庭にフラフラ泣きにくる男がいるんだよ。
なんだろう。あれは、この学校で自殺でもした教師の霊だったりするんだろうか。
成仏出来なくて、あんなふうに夜な夜なこの
校庭で泣いていたりするんだろうか。
それにしても綺麗な幽霊だった・・・と思いつつ、やっぱり怖いモンは怖い。
「さ、寒い〜。よ、よし!目覚めたーッ!バリバリ運転するぞッ」
野瀬は、この場をさっさと後にしようと走り出した瞬間、ギクリとした。思わず足を止めた。今度こそ、人の気配。
おそるおそる振り返ると、さっきまで隣にいた男が立っていた。
「あ・・・。良かった。幽霊じゃなかったのか」
「?」
男は、手にハンカチを持っている。
「ビックリしましたよ。突然いなくなるから」
「ここのすぐ裏に水飲み場があるんだ。そこでハンカチを洗ってきた」
「あ、そんな。別にいいのに」
「良くない・・・」
男は、濡れたハンカチを差し出す。
「ちゃんと絞ったけれど、やはり濡れているから。申し訳ない」
「構わないですよ。お役に立って良かったッス」
「どうもありがとう」
「いえ」
月明かりの下で、マジマジと見ても、やはりイイ男だと野瀬は思った。
うわ。みつめあっちゃって、心臓ヤバイかも。バクバクいいだしたよ、おいっ。

ジッと自分を見ている野瀬に気づいた男は、プイッと顔を 反らした。
「君が。いつもの俺の指定席に座っていたから・・・」
「え?」
「そろそろ行った方がいい。今日はこの地方は夜中から、豪雨になるという予報だから」
言いながら男は、目を擦った。
「車ならば、気をつけないといけないから」
「あ、はい。そーすっね。どうもありがとうございます」
男はクルリと踵を返すと、ゆっくりと歩いていき、今まで野瀬が座っていたブランコに腰かけた。
月が雲に隠れたのか、辺りが真っ暗になる。野瀬は、男が気になりつつも、これ以上どうにも話かけられる雰囲気でもないので、諦めて歩き出した。
離れてからも、校庭を振り返ると、男はまだブランコに座ったままだった。
一体。なんで、あんなふうに泣いているんだろう。なんで、あんなふうに寂しそうなんだろう。
気になって仕方なかった。
国道沿いまで来て、停めてあった車の側まで来ても、野瀬はおとなしく車を発進させることが出来なかった。
再び煙草に火を点けた。と、すぐに、煙草の火がジュッと消えてしまう。
「!?」
空を見上げると、大きな雨粒が落ちてきた。
「雨じゃんか。予報どおりだ」
たちまち、雨がビシャビシャと降ってきた。
「ひえっ」
車の中に避難しようとして、ドアを開けたものの、すぐにドアを閉じた。
走りだし、さっきの学校に辿りつく。
よく見たら、学校は「さくら小学校」と書いてあった。
暗い校庭を走っていくと、時間が止まったかのように、男はブランコに腰かけたままだった。
「風邪ひきますよ!」
「君は・・・」
男はびしょ濡れのまま、顔を上げて、野瀬を見上げてはキョトンとしている。
「俺、車ですから。家まで送りますよ」
「ちょっ」
グイッと男の腕を引っ張って、野瀬は走り出す。
「君。の、野瀬くん・・・!?」
「はい。野瀬です。野瀬高弘です。おせっかいとは承知ですが、放っておけません」
有無を言わせずに、男の腕を掴んで正門を潜りぬけ、野瀬は男を車まで連れて来てしまう。彼は、ゼエゼエと息を切らしていた。
後部座席に置いてあったタオルを掴んで、野瀬は男に放り投げた。
「助手席、乗って」
「・・・」
完全に野瀬のペースになってしまい、男は言われるままに助手席に乗り込んだ。
車を発進させて、少し走ったところで、やっと落ち着いた野瀬が、男を振り返った。
「すみません。強引で。さっきも言いましたが、なんか放っておけなくて」
「・・・」
男は無言でタオルを握りしめている。
「ねえ。お名前教えていただけますか?」
「・・・」
「せっかくお知り合いになったんだし。だめですか?」
「松井遥」
短く男が言った。
「はるかさん!?うわ、可愛い名前ですね」
「余計なお世話だ」
泣いていた男、松井はブスッとした顔で言った。
「では、松井さんとお呼びした方がよいですね〜。松井さん、地元の人ですか?」
「そうだ」
「なにしてる人ですか?幾つですか?お子さんいるの?」
立て続けに質問してくる野瀬に、松井は眉を寄せた。
「君は一体どこへ行こうとしているんだ?」
「さて、どこでしょう」
松井は、不審な目で野瀬を見た。
「ハハ。冗談ですよ。怪しいモンじゃないです。住所教えてくださいよ。ナビで調べますから」
「・・・」
すると松井は黙りこんだ。
「松井さん?」
「いっそ君が怪しいヤツだったら良かったかもしれないな」
「え・・・?」
「俺は、住所不定なんだ。ナビにインプットするところなんて ナイさ。適当なところで降ろしてくれないか」
「なんすか?それ」
「帰るところが、ないんだ」
松井はそう言って、目を伏せた。長い睫がやたらと色っぽかった。
やべ、やべ。俺マズイかも。惚れちまいそう。色っぽいぜ、この人。
野瀬はふと考えこんだ。なんというか・・・。これってば、もしかして、色々と・・・チャンスなのでは!?と思ったりした。
「じゃあ。俺に任せてもらえます?雨宿りの場所」
「心当たりがあるのか?」
「ええ。国道沿いには、そりゃあ、もう」
そう言って笑う野瀬に、松井はうなづいた。
「別にどこでも構わないさ」
渇いた声だった。
こうなると、どうにもこうにも、自暴自棄になっているとしか思えない。ヤバイくらいに無防備すぎる。
そりゃ、夜の校庭で泣いている人だもんなア。

降り出した雨に、慌てずにボーッとブランコに座っている人だもんなァ。
そうならざるを得ない、なにかがあったんだろう。と、野瀬は考えた。
こんなふうに知り合ったのもなにかの縁だ。
居れるだけ、一緒に居てみよう・・・。居てみたい・・・と思う自分がいる。
うーん。ちょっと、マジに抱いてみたいな、この人。
邪な思いを抱いて、野瀬は、グッとアクセルを踏み込んだ。


「入れるもんですねぇ。男同士でも。っかし、大丈夫ですかね?田舎だと色々噂になっちゃうかもしれませんよ」
「言わせておけばいい」
ラブホ。立ち並ぶラブホテル群の中でも、1番小さくヒッソリとした所を選んだつもりでも、なんだか落ちつかない野瀬だった。
ラブホに車をつけても、松井は動揺すらしなかった。
部屋に入るなり、松井は備えつけの冷蔵庫からビールを取り出した。
「あ、俺にもください」
と野瀬が言うと、ビールが空中を飛んできた。慌ててそれを受け取りながら、野瀬は、ベッドに腰掛けた。
「こういう所、よく来るんですか?」
「結婚前は女房と来たさ。よく、でもないけどな。田舎だから、洒落たところなんてありはしない」
「はあ。そりゃ、奥さんとは来るでしょうが。その。男とか・・・と」
「来る訳ないだろう」
アッサリ言われて、野瀬は何故だかホッとした。
「そ、そうですよね」
「君はよく利用するのか?」
「はい。東京には幾らでも洒落たところありますからね。家でするより、気分盛り上がるんですよ。ただし、俺は彼女とじゃなくって、彼氏とですが」
すると、松井は、目を見開いた。
「おまえ・・・。本物なのか?」
「はい。申し訳ないんですけど」
「・・・。もしかして。ヤる気でここ、入ったとか言うんじゃないよな」
「半分半分ですよ。松井さんがその気になれば、ヤッちゃいましょう」
「冗談は止してくれ」
「忘れたいことがあるならば、僅かでも忘れさせてあげられますけどネ。あ、俺、風呂入っていいですか?濡れたから、寒いンですよ」
野瀬は、ベッドから立ちあがると、風呂場に向かう。
シャワーを浴びながら、さっきここに来るまでの道程で聞き出した、松井遥のパーソナルデータを頭に思い浮かべた。
29歳。地元の公務員。女房有りだが、子供ナシ。自宅はナシ・・・。亭主が帰れない家って、そりゃもう奥さんとの不和としか言いようがない。
可哀相に。泣いていたのは、それが原因なのだろうか。でも、女房との不仲で、あんなふうに泣くんだろうか。そんなに奥さんを愛しているのだろうか。
あれだけキレーな顔してりゃ、女房とダメになっても、すぐにイイ人見つかるだろうに・・・。
ザッと熱いシャワーを浴びて、野瀬は風呂場から勢いよく出てきた。
考えてもしゃーないやと、頭をゴシゴシとやって風呂場から出てきて、ビックリした。
足元のカーペットには、花瓶が粉々になって散らばっていた。
「あぶね」
思わず踏んづけそうになって、ギョッとする。
「松井さん、どーした」
花瓶はバラバラになっていて、挿してあった花、秋桜2本は無残にも床に落ちていた。
「なんでこんなことすんの。可哀相じゃんか」
野瀬は秋桜を拾い上げた。松井はベッドの上で丸くなっていた。
「また・・・。泣いているの?」
覗きこむと、やはり松井は泣いていた。
「ねえ。なんで、そんなに泣いてるんだよ。どうしたんだよ、一体」
野瀬は、松井の前髪を掻きあげなから、尋ねた。
すると、松井は、野瀬の指を振り払った。
「その花は嫌いだ」
「え?」
「結花を奪った。大嫌いだッ」
そう言って、松井は立ちあがると、脇目もふらずに、風呂場に向かって歩き出した。
「松井さん、足元」
躊躇いもせずに、松井は自分が放り投げて、粉々にした花瓶の破片が散らばるところへ、素足のまま歩いていこうとしていた。
「危ねーって」
慌てて松井を追いかけて、野瀬は寸でのところで、松井を抱き寄せた。
「ふーっ。危ないよ。踏んだら、血が出るし、痛いじゃないか」
「構わないんだ。どうだっていい!」
「なんとなく、わかるよ。アンタは傷つきたいんだ。その心の中に抱えている罪悪感のせいで。自分を苛めたいんだろ。だったら、こんなことしなくても・・・」
野瀬は、背後から抱き締めた松井の首筋にキスをした。
「!」
ビクッと震えた松井の体を強く抱き締めたまま、左手で松井の顎を持ち上げて、そのまま唇をきつく吸った。
「くっ」
擦れた声が松井の喉から漏れた。
松井の腰を両手で抱きながら、野瀬はズルズルと松井を引っ張って、ベッドに押し倒した。
「怪しいヤツになっちまいました。オレ」
笑いながら、野瀬は、松井の唇に再びキスをした。
体の上にのしかかってくる、自分より体格の良い野瀬の体の重さに、松井は眉を寄せた。
しかし、松井は野瀬を拒まなかった。
無理矢理服を剥ぎ取られた時ですら、協力はしないものの、抵抗はしなかった。
布を通さないで直接に触れた肌に、松井の体がピクリと震えた。
「どうなったっていいんでしょう。怖がらないで」
そんなことを言う野瀬を、松井はぼんやりと見上げていた。

我ながら早い展開だなと、野瀬は思っていた。
抱いてみたいとは思っていたけど、まさかこんなふうに、マジに抱けちゃうなんて、ビックリかもしれない。
タイミングが・・・。合ったとしか、言いようがない。たぶん。この人は、正気に戻れば後悔するだろう。
そんなタイプの人な気がする。

松井は、全部剥いてしまえば、思った通り体も綺麗な男だった。
野瀬は再び感心しては、まじまじと松井の体を眺めた。
神様ってヤツはズルイよな。こういう人を作るんだからサ。
「野瀬!?」
「ああ。ちょっとおとなしくしていてくださいね」
薄い恥毛に隠れている松井自身に、野瀬は指で触れた。
少しずつ、ユックリと自身を扱いていくと、その部分が熱くなっていくのが、わかった。
「っつ・・・」
松井がうめいた。その声を合図に、野瀬は松井自身をパクリと口に含んだ。
「!!」
ビクンッと松井の体が激しく跳ねた。
舌で、歯で、何度もソコを弄ってやると、松井のソコからは、やがて白濁した液体が溢れてきた。
飲みきれなかったものを指で拭いながら、野瀬は顔を上げた。
すると、こちらを見下ろしている松井と目が合った。
松井の顔が、羞恥のせいか赤く染まっていた。
「君は・・・。そんな・・・」
「なんですか?オレ、別にこういうの平気ですよ。キライじゃないんです。精液」
「信じられない・・・!」
「松井さんは嫌いですか?」
「飲んだこと、ないッ」
「じゃあ、あとで飲ませてあげますよ」
「イヤだ」
ますます顔を赤くして、松井は言った。
「奥さんと、ずっとセックスしてなかったんですか?なんか、体、渇いてるって感じしますよ」
「余計な世話だ」
「だから。色々と辛くなるんですよ。そればっかりじゃないだろうけど」

体を元の位置に戻して、野瀬は松井にのしかかった。
触れたところから、熱さが忍び寄ってくる。
「松井さんって。綺麗ですね。顔も体も。ココも」
野瀬は松井の乳首にキスをした。
「っ」
松井は、野瀬の頭を叩いた。
「イヤだ」
「なんで!?女みたく舐められるのがイヤ!?でも、男だってちゃんとココ、感じる場所なんですよ」
「君はッ。どうして・・・。そんな顔してて、女の子にモテない筈ないのに。どうして、男なんかと」
松井の疑問に、野瀬は答えた。
「女の子は大好きですよ。でも、男のが好きなだけ。どうしてもへったくれもないっすよ。性癖です。こればっかりは」
野瀬の舌は、松井の両方の乳首を丹念に舐めた。
「うっ。う」
松井は、先ほどのフェラチオよりも、乳首を責められるのを嫌がった。誰にも苦手はあるってことか・・・と野瀬は思わず苦笑した。
唇を外し、松井の肩に軽く唇を押し寄せて、野瀬は松井の前髪を掴んだ。
「!」
グッと髪を引っ張られ、そのまま松井は、野瀬の下半身に顔を埋める形になった。
「や、いやだッ」
「どうなってもいいんでしょ。さっきそう言っていたじゃないですか。松井さん。こんなん大したことないですよ。奥さんにやって貰っていたこと、俺にやってください」
「出来ない」
松井は、両手でシーツを掴んで、首を振った。
「出来ますよ。その口に含むだけなんだから」
野瀬は、自分自身を握ると、空いた手で、松井の首を引き寄せた。
「ほら・・・」
嫌がる松井の口に、自分自身を押し当てた。
「んっく」
眉を寄せて、松井は野瀬のモノを口に含んだ。
そのまま、顎が外れないように、野瀬は松井の顎を手で支えた。
「松井さん。あせらないで。そう。そんな感じで」
たぶん。初めて口にする男のモノに、動揺しているであろう松井の背を、野瀬は何度も軽く撫でてやった。
観念したかのように、松井の熱い舌が野瀬のモノをなぞっていった。
「うっ。く」
耐え切れなかったのか、松井の顎が、ガクリと落ちる。
「まだですよ。松井さん」
まだ野瀬はイけない。
「無理だ。出来ない」
苦しいのか、松井の目には涙が浮かんできた。
「出来てますよ。あと、もう少しなんです」
もう一度、松井の顎に手をやり、野瀬は無理矢理自分自身を、松井に含ませた。
肩を喘がせながら、松井は必死で野瀬のモノに奉仕した。
その行為のせいで、自然と動く松井の腰に目をやり、野瀬は悪戯に、松井の脇腹を人差し指で、下から上にスーッと撫でた。
「!」
ピクンと松井の背が跳ねる。慌てたのか、含んでいた野瀬のモノを喉深くに受けて、松井は咽せかけた。
その瞬間に、野瀬のモノは、射精していた。
「!!」
突然の衝撃に、松井は開いていた口から流れ込んできた精液を、飲み込んでしまう。
盛大に咳き込んで、松井は口元を押さえた。
「零しちゃダメですよ」
野瀬は、松井の腕を口からゆっくり外してやると、唇を押しつけた。
「んんん」
強引に、含まされたモノを舌で押しやられ、松井は野瀬の流した精液を、喉奥に押し込まれた。
逃げる松井の頭をしっかり固定して、野瀬は、最後まで松井にそれを零さずに、飲ませてやった。
「一度飲んでしまえば、あとは慣れです」
唇を離して、野瀬はニッコリと微笑んだ。
松井は、口元を拭って、キッと野瀬を睨んだ。
さすがに顔が綺麗だけあって、怒った顔も迫力だったが、野瀬はそんな松井を無視して、グイッとうつぶせに松井の体を倒す。
「ここから先は、ちと痛いと思いますけど、我慢してくださいね」
そういえば・・・。最近は、バージンのヤツとヤるのはあまりなかった。久し振りかもしれない・・・とふと、そんなことを思う野瀬だった。
野瀬は、自分の長い指を口に含み、丹念に舐めた。
そして、準備の整った自分の指を、松井のキレイな色をしたソコに押し当てた。
固いソコを、グッと指で押し開いた。
「いっ。や、やめろ」
松井が悲鳴を上げた。
ユルユルと、そして、少し引っ掻くようにして、野瀬は松井の中に、遠慮なく指を埋めた。
「あ」
短く、松井が声をあげる。そして、とうとうシーツに顔を伏せてしまった。
熱く。ただ熱いだけの、松井の中は、野瀬の指を徐々に受け入れては、開いていった。
時間をかけて、執拗にソコを慣らすと、野瀬は自分自身に指を絡めて、扱いた。
「松井さん。力抜いて。出来なくても、抜いて」
松井の耳元で囁きながら、野瀬は松井の腰を自分の方へと引き寄せた。
「ん!」
松井はシーツに爪を立てて、体が野瀬に向かうのを防ごうとした。
しかし、野瀬の力には叶わなかった。
「痛い、かも」
野瀬は、ひくつく松井の最奥に、自身をあてがい、身を進めた。
「あ、あ、あ!」
堪え切れずに、松井は叫んだ。ほぼ悲鳴だった。
「いっ。痛ッ。や、やめッ」
左腕を前に回し、野瀬は松井の半ば勃ちかけたソレをギュッと握った。
「松井さん。力、お願いだから、抜いて」
「でき、ない」
物凄い圧迫感に、松井も泣いて、野瀬も苦しんだ。
「まだ、全部入ってねーんだけどなァ」
額に浮かぶ汗に気づいて、野瀬は唇を噛んだ。
「初心者に、んなことして大丈夫かな。でも、仕方ねーか」
完全に逃げの体制になっている松井の腰を掴んで、野瀬は引き寄せた。
「松井サン。とりあえず、全部入れてもらうからね」
野瀬は松井を膝に抱えあげた。
「よ、止せ。野瀬ッ。うあっ」
「などと言っている間に、ほら。入ってしまいました」
フフフと野瀬は小さく笑う。
かなりキツイが、それでも、痺れるような疼きが体を包み、やがて、快感になっていく。野瀬は、その感覚を知っていた。
「く。あ、あ、あ」
倒れそうになる松井の体を片手で支えながら、野瀬は、有無を言わせずに、腰を突き上げた。
「ん、ん、ん」
何度も、何度も、野瀬は松井の最奥を突き上げた。
初めて、ソコを擦られる感覚に、松井は既に声すら失って、ただ揺れるに任せていた。
瞳からは、もはや止まることを知らないかのように、涙が溢れていた。
痛みしかなかったソコを擦られる感覚がやがて、鈍い、しかし痛みではない不思議な感覚に変わる。
松井は、それが「快感」だと言うものに気づく前に、意識をフッと手放した。

**********************************************************
まだ朝には早い時間だった。
野瀬は、ベッドから起きあがると、テーブルの上に置きっぱなしにしてしまった、少し元気のなくなった秋桜を手に取った。
さっき、松井が一気に飲み干してしまったビールの空き缶に、風呂場で水を入れてきて、そこに2輪の秋桜を挿した。
飲みかけでぬるくなってしまった自分のビールの缶を掴むと、一気に飲み干し、野瀬はソファに腰かけた。
2輪の秋桜をジッと見つめてから、ふと、ベッドの松井に目をやると、目が合った。ビックリした。
「起きていたんですか」
あのまま気を失ってしまった松井だったが、いつの間にか覚醒していたらしい。
「大丈夫っすか?すみません。ちょい、走りすぎましたね、俺」
ソファからベッドに移動して、野瀬はベッドに浅く腰掛けた。
「痛いですか?大丈夫ですか?」
そんな野瀬の問いに、松井は答えず、全然別のことを口走った。
「あの花は嫌いだ」
「さっきも・・・。そんなこと言ってましたね。どうして?」
松井は、横になりながら、テーブルの上の秋桜を見つめていた。
「結花が。娘の結花が好きだったからだ」
「娘さん?いたんですか?」
「去年の、ちょうど今日。いや、昨日か。死んだ」
松井の言葉に、野瀬はギョッとした。
「亡くなった原因は?」
聞くべきことじゃないと野瀬は思ったが、なんとなく松井が話したがっているようにも思えて、聞き返してみた。
「あの日。結花が、あの花を見たいと、夕飯が終わった頃急に言い出したんだ。妻は、暗いから危ないと言って止めたが、俺は、俺が連れていってやるといったんだ。
夜道だけど、どうせ家のすぐ裏の小学校だし危ないことも
ないと思って」
そこで松井は一旦言葉を切った。微かに聞こえた溜め息。
「あの日も。昨日みたいな月の綺麗な晩だった。校庭につくと、結花は嬉しくてはしゃいでいた。連れて来て良かったと思ったんだ。結花は一通り花を見てから、
大好きなブランコに乗ったんだ。俺も
そこまでは知っていた。けど、俺は・・・。月明かりに照らされたあの花が、妙に綺麗で気持ちが悪いと思っていた。ふと。どうしてか
あの花の色の
の数が気になって、ブランコから少し離れたところに移動したんだ。そして、花の色数を数えている時だった。パパと、結花が俺を呼ぶ声にハッとして振り返った時。
あいつは、離れたところにいる俺に手を
振る為に、ブランコから右手を離してしまったんだ。そして・・・。バランスを崩して結花は、スピードの出ていたブランコから落ちてしまった。
打ち所が悪くて、病院に運び込まれてすぐに、死んでしまった」
松井は言いながらもずっと秋桜を見つめていた。
「結花から、僅かに目を離した瞬間に起きた出来事だったんだ。危ないからと言って止めた妻に、合わす顔がなかった。時間が経って結花の死を平静に受け止められる時が来ても、
俺は、自分が許せなかった。妻に、どんなに慰められても、許せなかった。そして俺は、ずっと、ずっと、自分の殻に閉じこもって結花の死を見つめてきた。自分一人が悪く、自分一人が辛く、
自分一人が
哀しいのだ、と思ってきた。妻に、離婚を申し出られるまで」
松井は、目を閉じた。
「彼女は。妊娠したんだ。俺じゃない、別の男の子供をね。俺は、ずっと自分の殻に閉じこもっていたから、彼女の悲しみを理解してやれなかった。彼女は俺を許し、慰めてくれていたにも関わらず、
俺はそんな彼女を受け入れることが出来なかった。自分の夫が、共に悲しみを分かちあってくれないことに愛想を尽かした妻を、責めることは出来ない。彼女だって、寂しかったんだ。辛かったんだ。
それらを受けとめてくれる人が欲しかったんだ。なのに、俺はこの1年、自分のことしか考えていなかったんだ」

松井の告白。
あんなに泣いていたのは、そういう背景があったからなのだ。
彼は、弔いの涙と、そして、別離の涙を同時に流していたのだ。
静かに。そして、たった一人で・・・。
娘を失ったあの場所で。

「奥さんは、新しい人生を歩き出したんですね。月並みなことしか言えないけど、貴方はもう充分苦しんだから・・。そろそろ復活しないと、結花ちゃん、成仏できないですよ」
こんなことしか言えない自分が情けないと思いつつ、野瀬は、松井の頭を撫でた。
柔らかい茶色の、松井の髪は、手触りがとても良かった。
「奥さんの新しい人生。祝ってあげないとね」
野瀬の言葉に、松井はうなづいた。
「遠くから。祈ることしか、出来ないけれど・・・」
「そうですね。でも。それでいいんじゃないですか。奥さんにだって、結花ちゃんにだって。きっと、貴方の気持ち。伝わりますよ」
松井は顔を手で覆った。
「すまない・・・」
「いえ。いいんです。俺、シャワー浴びてくるから」
余計なこととは思っても、そうせずにはいられずに、野瀬は松井の髪に口付けた。
松井からの抵抗はなかった。ホッとして、野瀬は、ベッドを立ち、破片を避けながら、風呂場に歩いていった。
扉を閉める瞬間、微かに松井の嗚咽が聞こえて、胸が痛んだ。

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