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王宮での、恒例。マルガリーテ主催のお茶会の席でのこと。
「まあ、可愛いこと」
マルガリーテは、友人でもあるウディ夫人の腕にいる幼子を見て思わず声をあげた。
「ありがとうございます。お招きいただいたお茶の席に連れてきてしまって申し訳ございませんが、なにせこの子は、大のおばあちゃまっ子でございまして。
私が傍を離れると大泣き致しまして、仕方なく・・・」
「構わなくてよ。とろこで、おばあちゃまっ子なんて・・・。それは羨ましいことですわね・・・」
ホウッ、とマルガリーテは溜息をついた。
「それに比べて私は・・・。エミールは生まれてすぐに隔離されてしまって、このような小さい可愛い姿などろくに見せてももらえなかったわ・・・」
マルガリーテは、夫人の抱っこする、まだ生まれて半年も経っていない赤子におそるおそる指で触れた。
「しきたり故、仕方ありませんですわね。でもほら、まだルナ様がいらっしゃいますしね」
ウディ夫人はニッコリと微笑んだ。マルガリーテは少し唇を尖らせて、
「あら、ルナの場合だって同じですわ。イリアス」
と言いかけてハッとした。傍にいたルナに、ドンッと肘で突付かれたからである。
マルガリーテはハッとした。ルナがイリアスの子を産んだのは、トップシークレットだった。宮中で、知るものはほとんどいないのだ。
「イリアス!?」
ウディ夫人が、その名を聞き逃す筈もない。イリアス・カーンスルーは、現王宮にて騎士長の高位にあり、かつマルガリーテの産んだカデナという元王子の夫であるからだ。
「イリアス様がどうかされましたか?」
キョトンと聞き返す夫人に、マルガリーテは内心動揺しながらも、とりあえず高らかに笑った。
「オーホホホ。いえね。イリアスの家はどうしましょうって。こうしてウディ夫人のお家には後継ぎのお孫さんが誕生されましたがあの家は・・・。
私が産んだカデナは男の子でしたから、後継ぎを産むのは無理ですからねぇ。あら、オホホホホ」
「そういえばそうですわね。でもそれがルナ様となんの関係が」
「まあ、ウディ夫人。隠さなくても結構よ。ルナがかつてイリアスとつきあっていたことはご存知でしょう。その時にもしもルナがイリアスの子を産んでいたら・・・と思ったからですわ。
ねえ、ルナ」
ルナは紅茶を啜りながら、ピクリとも表情を変えずにうなづいた。
「生憎、そういうこともございませんでしたわね。イリアスはお気の毒だと思います。ですが、ウディ夫人。ここは、そういうことで一役買ってくださらないでしょうか」
「え?ルナ様。どういうことでしょうか」
「カーンスルー家に後継ぎがいないのは、困りますものね。お顔の広いウディ夫人ならば、色々と良きご婦人をご存知の筈です。イリアスに、後継ぎの為のご婦人を手配していただく・・・など」
マルガリーテは、ルナの発言にギョッとした。
「ま、まあ。そのような。光栄でございますわ、ルナ様」
ウディ夫人は、キラキラと目を輝かせた。
「私は、こう見えてもこれまでに幾人かの貴族様方同士の結婚をお手伝いさせていただきました。どう言う訳か、私がご紹介すると良い具合に纏まりまして・・・」
ウディ夫人は、別名お見合い夫人と呼ばれる、見合いの達人であったのだ。
「ル、ルナ。なにを言うの!イリアスにはカデナがいるのよ」
「いいではありませんか。この場合は、ウディ夫人にご紹介いただくのは、あくまでも後継ぎの為。カデナとて、納得する筈よ。アイツは子供を産めないんですからね」
ケロリというルナに、マルガリーテは唖然とする。
「駄目よ。そんなこと・・・。お相手の娘さんが可哀想ではないですか。ただ、子供を生む為にイリアスと結婚させられることになるなんて。それより、貴方が良いお相手を
ウディ夫人に見つけていただきなさい!」
なんてこと言い出すんだ、この娘は〜!とマルガリーテは、テーブルの下でダンダンとドレスの裾に隠れた足でルナの足を踏みつけた。ルナは、バンッと母の足を蹴り返した。
そんな、テーブル下での争いを知らずに、ウディ夫人は神妙な顔で言った。
「マルガリーテ様。どのような理由であろうと、カーンスルー家の後継ぎを産めるのであれば、貴族の年頃の娘さん方は喜ぶ筈です。あのようにお若く、美しいイリアス様
であれば尚更でございます」
「そうよ。第一、王族でもある母上が、そんなことを最もらしく言うのはおかしいわ。政略結婚が常である立場にありながら」
「わ、私は王と愛し合って結婚したのよ」
「そんなの稀有だって言うの。だいたいカデナだって、イリアスだって政略結婚じゃない。なにが悪いのよ。ねえ。ウディ夫人」
ルナは平然としている。
「ルナ様の仰る通りです。本当にねぇ。なんでこのようなお話がまったく出てこなかったのか今更不思議ですわ。カーンスルー家には後継ぎが出来ないのですものね。
大変なことですわよ」
「え・・・。ええ。本当に。大変なことに・・・」
マルガリーテはハンカチでこめかみの汗を拭った。
大変だわ。アルティマ様にご相談しなくては・・・。
矛先が自分に向かったのを回避する為にイリアスの家を盾にした我が娘を恨みの目で見ながら、マルガリーテは俯いてしまった。
ルナは、ウディ夫人といよいよその話題で盛り上がっていた。


執務に勤しんでいたイリアスは、マルガリーテにコソコソと呼び出され、廊下の隅に歩いていく。
「マルガリーテ様。そのような場でいかが致しましたか?」
「ええ。その。ちょっと早急に貴方の耳に入れたいことが」
「は?なんでしょうか。よろしければ部屋を整えましょうか」
「構わなくてよ。ところで、貴方。カデナとはうまくやっているのでしょうか」
「・・・勿論でございます。王妃様がご心配されることはまったくありません」
一瞬の沈黙をおいて、イリアスは流れるように答えて、ニッコリ微笑む。
「一瞬、間が空いた気がしますが」
「気のせいでございましょう」
二人はニッコリと微笑み合う。だが、すぐにマルガリーテは、がっかりと肩を落とした。
「イリアス。ごめんなさい。私はまた、貴方にご迷惑をおかけしてしまいますわ」
「どういうことでございましょう」
「耳を貸して」
グイッと耳朶を引っ張られて、イリアスは慌てた。
このような場面を誰かに見られてしまっては、あらぬ誤解を招くことになるかもしれない。
廊下の隅で、騎士長と王妃がコソコソと、一体なにをしてるのだ・・・と。
「マルガリーテ様。やはり、部屋を準備し、そこでお話を。え、なんですって!」
イリアスがすべてを言い切らぬうちに、マルガリーテはすべてを言い終えてしまった。
「と言う訳なのよ。そのうち、王からお話がいくと思います。ルナだけならばまだしも、アルティマ様までが乗り気になってしまわれては、このお話はもうなかったことには出来ません」
「・・・」
「私が注意を怠った一言で・・・。ごめんなさい、イリアス・・・」
イリアスは、マルガリーテの一言に、唖然としていた。
「あ、後継ぎ!?」
ようやく開いた口からは、その言葉が飛び出した。
「ごめんなさい!」
それだけ言うと、マルガリーテはバタバタと廊下を走っていった。
マルガリーテ付の女官も慌てて彼女の後を追いかけて走っていく。取り残されたイリアスは、またもや自分達を取り巻く暗雲の気配に、ヨロッとよろめいた。
「な、なんで、いつも・・・。なんでいつも、こーなるんだぁ!」
よよよ、と柱に縋りつき、イリアスは嘆いた。


カデナは、ダイアナと昼食をとっていた。そんな時間の中に突然、アルティマの使者が現れ、その僅か数十分後には、楽しそうなアルティマ本人が現れた。
「まーあ。カデナ。久し振りに会わないうちに、なんなの。そのつんつるてんな頭は」
アルティマは、孫の顔を見るなり開口一番に言った。
「つんつるてん・・・。短くしたのです。なにか文句がございますか?」
「思いきり切ったわねえ。でも、よく似合うわ。まるで、赤ちゃんみたい」
「は?」
カデナは自分の髪に手をやった。長かった銀髪は、今や短くなっていた。
あちこち自分で切ってしまったせいでバラバラな長さになり、イリアスの嘆きによって、ようやくプロの手で短く整えられた。
そのせいか、生来の持つ顔の美しさが、髪に隠れることなく表れ、余計に美貌を際立たせてしまう結果となっていた。
が、カデナは、手入れの楽さにこの髪を気に入っていた。それなのに、祖母は、「赤ちゃん」みたいと言う。
それは褒められているのか、それとも・・・!?
「それより。お祖母様。一体なにごとですか。昼食時にバタバタと」
ダイアナもカデナの背に隠れるようにして、アルティマを見上げている。
「いえね。おまえには先に言っておこうと思って」
モニカが、アルティマの腰掛けた席に、サッと手際よくお茶を出した。
「ありがとう。気が利きますこと。まあ、美味しいお茶だわ」
ニコニコとアルティマは微笑んだ。
「あら。おまえの背に後ろにいるのは、ダイアナね。覚えているかしら。私は昔、貴方に会ったことがあるのですよ」
ルナが産んだ娘だ。アルティマにとっても、エミール同様に可愛いひ孫である。
「こんな綺麗な女の方に会ったことがあるならば、ダイアナは覚えております。でも・・・」
ブンブンとダイアナは首を振った。
「まああ。イリアスの躾はよく行き届いていること。カデナ。おまえも久し振りに会ったおばあ様に、これぐらいの可愛らしい言葉をいえないものかしらね」
機嫌を良くしたらしく、アルティマは更に笑顔になった。
「私は赤ん坊なので、まだお世辞は言えません」
シレッとカデナは言い返した。
「嫌な子ね〜。私は、可愛いと言ったつもりなのに。ふん。いいわ。ところで、朗報よ。私、楽しくて思わずここまで出向いてしまったぐらいなの」
「なんなんですか、一体」
どうせろくでもねーことだろ・・・とカデナは、無表情に訊き返した。
「イリアスに縁談がもちあがったの!」
アルティマは無邪気に言った。
「・・・」
カデナは、ジッとそんなアルティマを見つめた。
「それでは、私はもう用無しだということですか?」
「なに言ってんのよ。今までだって用があったことあるの?」
ズバッ!アルティマは、歯に衣を着せない。
「・・・わざわざ私に嫌味を言いに来るなんて、よっぽど暇なんですね」
カデナとて、そう簡単にめげるクチではない。冷静に言い返す。
「貴方に嫌味を言うなんて無駄な時間をかけないわ。からかいに来ただけよ」
「同じです」
「同じじゃないわよ」
二人は、冷ややかに睨みあった。
なまじ美貌の二人であるから、その迫力ったらこの上なく、モニカとダイアナは二人で寄り添い震えながらも、成り行きを見守っていた。
「一体なんでまた、そんな話が?」
「さっさとそう切り返して欲しかったわ。相変わらず、鈍感な男ね」
やっと二人の睨み合いが終わった。モニカとダイアナはホッとした。
「後継ぎよ。カーンスルー家の後継ぎ。必要でしょ。だって、おまえはイリアスの子供を産めないもの」
カデナは目を見開いた。そういうことか・・・と思った。やっぱり、ろくでもない話だった。
「それならば、どうぞご勝手に。イリアスと話をお進めください。私の出る幕はありませんから」
「まあ・・・。言うことはそれだけなの?」
「生憎、サービス精神が皆無な赤ん坊なので」
「いつまでもしつこいわねぇ・・・。ま、いいわ。どうせこんな反応だと思っていたから。私が見たいのは、イリアスの反応なのよ♪オホホホ。悪いわね。
イリアスが戻るまで、ここに居させていただくわ。アルテスの時もそうだったわ。皆で寄ってたかって、縁談を持ち込んで彼を困らせたっけ。困った顔がまた可愛くて・・・」
キャッキャッとアルティマは少女のように頬を染めて、楽しそうだった。
カデナはガタンッと席を立った。
「カデナ様。お食事がまだ途中で」
モニカが、カデナに声をかけた。
「もう、いらない。食欲が失せた」
さっさとカデナは食堂を後にしてしまった。
「カデナ様」
「放っておきなさい。昼食ぐらい食べなくたって死にはしません。貴方、お名前は?」
「モニカと申します。アルティマ様」
「よろしく。しばらくは、またこの家はバタバタしそうですけど、めげずに仕えてあげてくださいな」
「はい・・・」
バタバタを呼び込むのは貴方でしょう・・・とは、アルティマに、言える筈もないモニカであった。


続く

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