カンチなビクトリー(町田久人×緑川晴海)

カナカナと虫の鳴く音が辺りに響いていた。ネットリとした夕方の風が、体に纏わりついてくる。
「ひー、ひー」
急激に昇り調子な山道を歩きながら、町田久人はさっきからヒーヒー言っていた。
「町田」
先を歩いていた緑川晴海がクルッと町田を振り返った。
「あんだよ」
「ここ・・・。どこだ?」
緑川はボソリと言った。町田は目を見開いた。
「そ、そんなの知るかよーっ!俺達は今、てめえの家の別荘に向かってるんだろうが。俺が知るか。俺が知るかーっ」
「・・・迷った」
緑川が言った。町田は、その場にヘタリこんだ。
町田久人と緑川晴海は現在都内にある暁学園高校3年生だ。
高校生活最後の夏休みを二人で過ごす為に、緑川の別荘に向かっている最中だった。
が。見事に山の中で迷って、二人は途方に暮れてその場に座りこんでいた。
緑川は持参のペットボトルで、ゴクゴク水を飲んでいた。町田は、それを横目で見ると、いきなり手を伸ばしてペットボトルを緑川の手から奪い、飲み干した。
「あ、てめえ。全部飲んだな」
「うるせえ。喉渇いてたんだよ、俺はっ」
フンッと、空になったペットボトルを町田は緑川に投げつけた。
緑川は、そのボトルをパシッと受けとめると、キッと町田を睨んでは、思いっきりそれを町田に向かって投げつけた。
ボカッ★と空のボトルが町田の頭にぶつかった。
「いてっ」
「ナイッシュー」
そんなふうに言いながら、緑川は町田を再び睨んだ。町田はそんな緑川を睨み返して黙りこんだ。
相変わらずだぜ・・・と町田は溜息をつく。今から1年前。紆余曲折?の末自分達は付き合い出した。
って言っても、緑川のペースにはめられて、俺は渋々お情けでつきあってやっている・・・って感じなんだがな・・・と町田は思っていた。
だが。いずれにしても、つきあってることは事実だ。この1年で、とりあえず恋人同士がすべき、アレなことは全クリした。
色々とひでえ目には遭ったが・・・。だから、とにかく、俺達は世にいう立派な恋人同士なんだが・・・。
いかんせん、コイツはまったく可愛くねえ。町田はハアッと溜息をついた。
顔はマジで可愛い、というか、マジ美人で申し分ないが、性格がどうしようもなく可愛くないのだ。
こういう関係になれば、少しは可愛くなるのでは?と期待したものの、改善される余地はない。
町田は一縷の望みをかけて、今回の旅行を企画した。
誰にも邪魔されずに、みっちり二人でいれば、少しは緑川の態度もほぐれ、可愛いところを見せてくれるのでは・・・と思ったのだが。
旅行初日で山の中で迷子になったというのに、案内人である緑川は反省の色1つ浮かべずに座りこんでいる。
おまけに謝りの言葉すら1つない。

「いつまでここに座ってればいいんだ。俺は暑くて死ぬぞ」
「死ねば?」
「てめえな」
緑川は手元の携帯をいじっていた。
「オヤジに場所聞こうと思ってるんだが通じねえ」
町田は緑川の手元を覗きこんだ。
「こんな山奥に電波届いてねえだろうが。見ろ、圏外だ」
「あ、ホントだ」
「ボケ。てめえ、目開いてんのか、このボケ」
「うっせえな。ギャアギャア騒ぐな、根性ナシ。迷子ぐれえなんだ。ガキじゃあるめえし」
「本気で首締めるぞ。迷子ぐれえってな。この見渡す限り、木と草しかねえクソ暑いところで、どうやって過ごすんだっ!
俺は腹減った。腹減った。喉も渇いてる。風呂入りてえ。なんとかしろー」
「俺もガキの頃しか来たことねえから、全然覚えてねえ」
アッサリと緑川は言った。
「えばって言うな。ああ、俺、もうダメだ・・・」
ヒョロヒョロ〜ッと町田は、その場に倒れこんだ。
緑川は、そんな町田を一瞥して、今昇ってきた道を、ジッと眺めていた。
戻るべきか、進むべきか。初めからアテにしてない町田は、すぐ隣でとうとうヘタりこんでいる。
そろそろ俺も腹減ってきたかも・・・と、緑川は自分の腹に手をやった。不吉な考えを散らす為に、緑川は、目の前にひらけた空を眺めた。
渡り鳥がまとまって弧を描いて飛んで行く。夕日が異常に綺麗だった。
「ぐぅ・・・」
そんな風景を緑川はボンヤリと眺めていたが、奇妙な音にハッとして町田を振り返った。町田は、いきなり眠っていた。
「・・・コイツ、ぜってー神経ねえよ・・・」
燃えるような暑い草の上に今寝転がったと思ったら、あっと言う間に町田はスヤスヤと眠り出してしまったのだ。


「い、いやあ。なんというか。すっげえ、いいところですね、ここ」
「ええ。空気は綺麗だし、星も綺麗だし、川の水も綺麗だし。すっごくいい所ですよ。充分に楽しんでいってくださいね♪」
「う、うん。そうする・・・」
町田は、テーブルに用意された食事を箸で摘みながら、テヘヘと一人で照れていた。
「なあ、緑川。麻衣子ちゃんの作ってくれたメシ、美味いよな」
「・・・」
緑川は、それには答えず、黙々とメシを食っていた。
「晴海さん。ご飯、美味しくありませんか?」
麻衣子は、お盆を手にしながら緑川の側に歩いていき、ちょっと不安そうに聞いた。
「美味い」
緑川は短く答えた。
「よ、良かった・・・」
麻衣子はポッと顔を赤くして、喜んだ。町田は、箸を口に突っ込みながら、イヤな予感を感じつつ、麻衣子と緑川を見つめていた。
「お祖母ちゃんがこの暑さで急に倒れちゃって、いきなり別荘の管理人任されて、不安だったけど・・・。こんなステキな人達のお世話なんて麻衣子嬉しいです!頑張ります」
「偉いね、麻衣子ちゃん。でも、無理しなくていいぜ。メシさえ作ってくれれば、あとは俺達適当にするからよ。御礼にさ、宿題とか教えてやるぜ。今中学3年生だろ。楽勝、楽勝」
町田は、ドンッと胸を叩いた。
「東京の暁学園ですものね、町田さんと晴海さんは。スゴイですよね。私、お願いしちゃうかも」
「おう。任せろって」
「よく言うぜ、追試組」
「なっ。てめえもだろ。裏口入学」
「俺はちゃんと試験受けた」
「へっ。試験受けるならば誰でも出来るんだよ」
「てめえこそ!どっかにコネあったんだろうがよ。じゃなきゃ、てめえみてえなアホが入れるようなところじゃねえんだよっ」
「な、なんだと〜。コネなんてあっかよ」
食事も途中に、いつものようにやりあいだした二人を見て、麻衣子がオロオロし出す。
「あ、あの。喧嘩はだめですよ。やめてください、お願いします」
麻衣子の言葉に、町田はハッとした。
「あ、ごめん、ごめん。気にしないでくれ。わかったよ、止めるから。ごめんな、麻衣子ちゃん」
「はい」
そんな麻衣子を見て、町田は再びデレッとしていた。
夕方、迷子になって途方に暮れていた町田と緑川を拾ってくれたのが、この他ならぬ麻衣子だった。
麻衣子は、予定として聞いていた緑川達の到着があまりに遅いので、心配して別荘から迎えに来てくれたのだった。
緑川家別荘の管理人を任されている、大島清子の孫、大島麻衣子。清子は、この夏の異常な暑さに数日前から寝込み、
東京からやってくる緑川家長男の緑川晴海の世話を孫娘に託した。麻衣子は、歳のわりにはシッカリした子で、家事全般に秀でていた。
そして、ここら田舎の町では一番の器量良しだった。小柄だが、出るところはちゃんと出て、なによりも顔が身内びいきでなくとも、とても可愛かった。
清子が、「あわよくば・・・」と邪な考えを持っても無理はないことだった。勿論。由緒正しき緑川家の長男、晴海が目当てだ。
だが、当の本人、緑川晴海は全然麻衣子には興味を示さず、まったくの部外者町田が麻衣子にデレッとしてしまったのだから、人生はそううまくはいかないのだった。

別荘は立派だった。
別荘というから、町田は洋風な作りを想像していたが、完璧な和風の作りだった。
懐かしい畳の感じ、木の廊下。町田はワクワクしながら、別荘の中を麻衣子に案内されていた。
注目すべきは、桧の風呂だった。本宅と同じように、相変わらず広い。
「すっげー」
町田は叫んだ。声が、高い天井に響いた。
「温泉ひいてあるんですよ。いつでも入れますし。ゆっくりしてくださいね」
麻衣子の言葉に、町田はコクコクとうなづいた。

21時。麻衣子は麓の自宅に帰っていった。彼女の父親が迎えにきたのだ。麻衣子の父親は、緑川にペコペコと挨拶をして、娘を連れて帰っていった。
「あーあ。麻衣子ちゃん、帰っちまったな。つまんねえの、つまんねえの。まあいいか。明日も会えるしな♪」
完璧に、当初の目的を忘れて、町田はルンルンとご機嫌だった。緑川は畳の部屋に寝そべって、そんな町田を無視して、雑誌を読んでいた。
「なんか面白いテレビやってねえかな」
ドンッと、部屋の中央に置かれた堂々たるデカいテレビをブチッとつけて、町田は畳に座りこんだ。
『だめよ。こんな場所で・・・。なにするのよ。人目があるわ』
『奥さん。今更なに言ってるんだ。二人っきりになりてえから、こんな田舎にわざわざ来たんじゃないですか。今はダンナの目なんか気にしないで、愛を確かめあいましょうや」
『孝彦さん・・・』
画面では、男女が、寂びれた旅館の夜のロビーらしき所のソファで、浴衣姿でイチャイチャしていた。町田は、目を凝らす。
画面左下には、『●●探偵事件簿4.東北路・和風旅館愛憎殺人事件』と、タイトルが書かれていた。そして、いきなりパーンッと、CM。
東北路。和風。浴衣。イチャイチャ!?町田は、自分が浴衣を着ていたのを思い出した。そして、チラリと見た緑川も、勿論浴衣だ。
そして、町田はハッとした。そうだ、俺。コイツと・・・。まあ、それなりにイチャイチャするためにここへ来たんだっけ・・・と、これまたいきなり不埒なことを思い出した町田であった。
ついつい、自分好みの美少女麻衣子ちゃんの登場で、すっかり忘れていた町田だった。←なんてヤツ。
「みっ。緑川。その。風呂、入るか」
「入れば」
即座に答えが返ってくる。
「え?あ、ああ。んでさ。ほら、おまえも一緒に、な」
「俺、あとから入る」
「なに言ってんだよ。今入ろうぜ」
「やだね。一人で入ってこい」
「なに我侭こいてるんだ。行くぜ」
町田は立ちあがって、緑川の腕を引っ張った。だが、緑川は激しく町田の腕を振り払った。
「いやだって言ってるだろ」
「なんだよ、おめえ。痛えな。思いっきり振り払いやがって」
「我侭こいてるのはてめえだろ。一人でいってきやがれっ」
キッと、緑川は町田を睨んだ。
「あ、ああ。そうかよ。ったく、可愛くねえヤツだな。わかったよ、一人で行ってくらあ」
ムーッとして、町田はバンッと障子を叩きあけて、ズカズカと一人で風呂へ向かった。


頭に手ぬぐいをのせて、町田はジャバンッと桧の風呂に飛び込んだ。その途端、桧のいい香りが町田の鼻をくすぐった。
湯加減もちょうどいい。ホーッと町田は息を吐いた。静かで、広いこの空間を独占出来るのは、本当だったらあまりにも贅沢だ。
だが・・・。一緒に入るべき相手がいるのに、一人で・・・というのはあまりにも寂しかった。
「なんなんだ、あの態度は。まったくアイツは、雰囲気ってモンを理解出来ねえヤツだ。せっかく一緒に入ろうって誘ってやったのに!」
呟いて、町田はハッとした。
「ちょっと待て。まさか、アイツわかってねえじゃねえだろうな」
このあからさまなる誘いを・・・。
町田は不吉な予感に襲われた。緑川というのは、恋愛経験皆無なので、時々本当にとんでもなくドンカンだ。
町田が死ぬ気で言った口説き文句も、アッサリと曲解されることがある。
「この旅行・・・。確か俺は、都会の喧騒から離れて水のある静かなところでリラックスしてえ〜!と緑川に言った。
勿論、アイツの別荘がそういうところにあることを知っていたからなんだが・・・」
町田はブツブツと呟いていた。
「勝手に行けば?と言った緑川を殴って脅して、無理矢理別荘行きを決めて・・・。ハハハ。俺って、ごーいん!?そんでもって・・・。
いや、それだけだが。だがよ。一緒に旅行に行くってことは、それなりに向こうだって覚悟はあるだろうが・・・。だってよお。まさか、おまえとヤりまくりてえから、
旅行に行きましょうなんて言えるかよッ!」
町田は、ぶくぶくと顔半分をお湯に沈めた。
「やっべえ。絶対アイツわかってねえ。俺、強引にアイツをこの旅行に連れ出したんだから」
ザバアッとお湯から出て、町田は脱衣所に走った。
緑川は、せんべいをボリボリ食べながら、町田がつけっぱなしにしていったテレビを相変わらず寝転がりながら、観ていた。
町田は、浴衣を羽織っていたが、帯を締めていなかったので、だらしなさ極まりのない格好のまま、パンッと障子を開いて部屋に駆けこんだ。
「なんだよ。随分早いな」
緑川は、チラッと町田を見上げて言った。町田は、リモコンに手を伸ばし、緑川が観ていたテレビを消した。
「あ。てめ、なにすんだよ。和風旅館愛憎殺人事件ッ」
緑川は上半身を起こし、町田が持っているリモコンを奪い返そうと、手を伸ばした。
「風呂入ってこい」
「・・・あとから入る。いちいち人の風呂の時間まで管理すんなよ」
「いいから、今すぐ入ってこい。おまえが風呂から出てきたら・・・」
「なんだよ」
「やるぞ」
「・・・なにを?」
緑川はキョトンとしている。
これだよ・・・と、町田はゲッソリと肩を落した。
「やるっつったら、アレだよ。アレ。てめえな。今更ボケたこと言ってんじゃねえ」
町田の興奮ように、緑川は本気で首を傾げた。
「わかんねえよ。なんだよ。俺が風呂から出たら、なにすんだよ」
ブチッ★と町田の堪忍ブクロの緒が切れた。
「セックス!」
町田は叫んだ。
「セックス、セックス、セックス」
4回も叫んだ町田を見て、緑川は手に持っていたせんべいをボロッと落した。
「い、いいか?俺達はな。いちおーは、恋人同士なんだよ。ヤッて当然だろうが。いいから、とっとと風呂入ってさっさと出て来いッッ!」
町田は真っ赤な顔をしつつ、緑川を強引に部屋から押し出した。


ったく、ったく、ったく。しょーがねえヤツだよ。←おまえもな。
町田は苛々と爪を噛みながら、緑川が風呂から出てくるのを待っていた。
既に場所は、寝室に移っていた。麻衣子が用意してくれていった、布団。2組の布団。
それを見て、町田は思わずニヤニヤしてしまった。ゴロッと、布団に横になる。
ああ、俺ってば。あんな可愛くねえヤツとでもヤりてえと思うなんて、餓えてやがるよな・・・と思い、しばらくボーッと色々と頭の中で考えていた。
ブルブルと頭を振った。アイツは、セックスの時は可愛いんだよ。だから今夜も・・・と、またニヤけてしまって町田はガバッと起きあがった。
「それにしても遅くねえか?まさか、逃げてねえだろうな」
町田は胸をドキドキさせて、風呂場へ急いだ。
「おい。緑川ッ。てめえ、なにしてやがる。もう1時間も経ってるぞ。観念して出て来い」
ガラーッと風呂場の扉を開けて、町田は叫んだ。
すると・・・。
「み、緑川!?」
緑川は、風呂場でぶっ倒れていた。町田はビックリして、慌てて緑川を抱き上げた。


緑川はのぼせと疲労だと診断された。麓の麻衣子の父は医者で、倒れた緑川にビックリした町田は麻衣子の家に電話したら、来てくれたのだ。
眠る緑川を見て、町田は手を合わせた。
「疲労。悪かったな、緑川。そーか。おまえ、疲れているの当然だよな」
なんせ、バスケ部の合宿からヨレヨレと戻ってきた緑川を、すぐに次の日からこの別荘に連れてきてしまったのだから。
緑川はバスケ部主将という立場にあるので、相当合宿はきつかった筈だ。
「ごめん」
町田は緑川の額においてあるタオルの位置を直してやりながら、自分はその隣の布団にコロリと横になって目を閉じた。


ギラギラと快晴!
翌日の朝は、夜明けからもう異常に暑かった。
これでは、ババアなどひとたまりもなく具合が悪くなるであろう。緑川も倒れたぐらいだから。なのに。町田は異様に元気だった。
「おっはよー、麻衣子ちゃん」
「おはようございます。町田さん」
「あとで買出しに行くならばつきあうぜ」
「ありがとうございます。助かります。それから、これ晴海さんに持っていってください」
「おうっ」
町田は、麻衣子からお盆にのった緑川の朝食を受け取った。
部屋に行くと、緑川は起きていた。
「うっす。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ・・・」
緑川は、不貞腐れたように言った。
「そーか。なら、寝てろ。メシ、ここに置いておく。少しでも食わねえと、そこから永遠に起きあがれねえぞ」
町田は、緑川の枕元にお盆を置いた。1晩のうちに渇いてしまった緑川の額にあるタオルを、町田はヒョイッと取り上げた。
「今、冷えたのと交換してきてやる」
「あ。町田、いい。って、聞いてねえな」
町田はピューッと部屋を飛び出していってしまった。緑川はハアと溜息をついた。
「なんでアイツ、あんなに元気なんだよ」
そうこうしてるうちに、バタバタと町田が戻ってくる。
「氷入りの桶の中で洗ってきた。気持ちいいぜっ。ほれ」
「う。冷てっ」
ビシャンッと、あまりよくしぼれてないタオルを額に乗せられて、緑川はビクッと竦んだ。
「冷てえよ、町田」
「早く元気になってほしいんだよ」
町田は、緑川を見下ろして、真面目な顔で言った。
「1日も早く元気になって・・・。早くここ開いてくれよ」
町田は、緑川の浴衣の上から脚を撫でた。ゾーッと緑川は鳥肌をたてた。
「・・・気色わりいこと言ってんじゃねえよ。寝惚けてンのか、きさま」
「俺はマジだぜ」
そう言って、町田は緑川の唇に自分の唇を寄せた。
「おまえと、ヤリてーんだよ。早く治せ」
チッと音を立てて、町田の唇が離れていく。
「・・・」
途端に緑川は、枕を町田の顔に押しつけた。
「朝っぱらから、エロパワー全開にしてんじゃねえっ!」
「だって俺、男の子だもん。朝だろうと夜だろうと、いつだって全開だぜ」
町田はニヤッと笑いながら枕を避けて、緑川を見た。
「出てけっ」
緑川は叫んだ。
「オーライッ。ま、それは冗談として、とにかく早く元気になれよ。花火大会があるんだからな。これから、麻衣子ちゃんと二人で買物行って来る。
一人でおとなしく留守番してんだぞ」
パッと、町田は立ち上がると、部屋を出ていった。
「麻衣子と買物・・・!?」
緑川は呟いた。
「それで機嫌いいのか?あのバカは・・・」
町田の性格を、緑川はよく把握していた。緑川は、キスされた唇に手を当てて、複雑な顔をしていた。


窓の外から歓声が聞こえてきた。緑川は起きあがって、窓の外を覗いた。町田と麻衣子と、それと子供達。
揃って、庭でビーチボールで遊んでいた。子供達は麓の麻衣子の近所の子らだった。
町田は大の子供好きだったから、子供達と一緒になって夢中で遊んでいる。結局ガキと同じレベルなんだよな・・・と思って、緑川はフッと笑ってしまう。
町田は本当に楽しそうだった。コロコロと転がっていくビーチボールを追いかけて、あちこちを走り回っている。麻衣子も笑っている。子供達も笑っている。
楽しそうだ・・・。純粋に緑川はそう思っていた。混じりたいとは思わないが、町田の楽しそうな顔を見るのは、緑川にとっても嬉しかった。
それにしても、体のだるさは相変わらずぬけない。そして緑川はゴロリと布団に横になって目を閉じた。
結局次の日も緑川は1日中ダウンしていた。麻衣子が居てくれて良かったと緑川は少し思った。麻衣子は、今日も町田の面倒を見てくれていた。
麻衣子の家族達と町田はドライブに出かけていた。もし、二人っきりだったならば、町田はこの広い別荘で、一人きりで時間を持て余してしまっていたに違いない。
緑川は、既に見慣れてしまった和室の天井を見上げながら、『俺だって遊びてえのによ・・・』そう思って、目を閉じた。


緑川はパチッと目を開けた。耳元で町田の声がしたからだ。
「よお。ちょい具合見に来た」
町田の肩には、一人の男の子が抱っこちゃん人形のようにくっついていた。町田の金色の髪が濡れている。
「おまえ。どうした?髪濡れてるぜ」
緑川は、町田を見て瞬きした。
「今日は川遊びしてる。川入ってきた。気持ち良かったぜー」
「気持ち良かったよ。緑川のにーちゃんも早く入れればいいのにな」
子供が残念そうに言う。
「そのうちな」
緑川は答える。
「外は暑いぜー。ま、俺には気持ちいいけどさ」
タンクトップの胸元を引っ張りながら、町田は笑った。剥き出しの肩から伸びる腕がすっかり日焼けしている。そういえば、町田の顔も真っ黒になっている。
「焼けたな、てめえ」
「お蔭様で。バカンス地を満喫してるぜ。ここの太陽、気持ちいい」
子供が、町田の肩からヒラリと降りた。
「久人にーちゃん。俺、スイカ食べに行く」
「おう。あとで俺も行く」
町田はそう答えながら、緑川を振り返った。
「おまえ。本当に大丈夫か?もうこれで3日目だぞ。病院、ちゃんとしたところへ行くか?」
「平気だ」
「ったく。ところで、今日花火大会なんだよ。麓で」
「ああ。そういえば、それに日程合わせて来たんだっけ」
「行けそうか?夜には少し涼しくなると思うけど」
町田は、花火大好き人間だ。去年も二人で行った。
「・・・無理っぽい。人多いだろうし」
緑川の答えに、町田はシュンとなった。
「だよな」
その町田の顔を見ていたら、緑川は気の毒になった。
「行って来いよ。麻衣子と」
「え・・・。でも、さ」
「行きてえんだろ。行ってきて、感想聞かせろ」
本当はこんなこと言いたくない。町田と麻衣子を二人きりで行かせるのは、危険過ぎる。だが、堪えて緑川は言った。
「いいのか?」
町田は笑いながら、緑川の頬を撫でた。
「しようがねえだろ」
緑川は、パシッと、町田の手を避けながら、どこか拗ねたように言った。


「んじゃ、行って来る。なんかあったら、枕元にある電話で、麻衣子ちゃんのおじさんに電話すること。わかったな」
「ああ」
町田は、浴衣姿だった。帯の後ろにうちわを差している。日に焼けた肌に、金髪が、紺色の浴衣によく映えていた。
町田の隣に佇む麻衣子も、可愛かった。麻衣子も薄い緑の浴衣姿で、髪の毛を綺麗に纏めてかんざしを差している。
どっからどう見ても、二人は恋人同士に見えるし、美男美女でお似合いだった。
おまけに麻衣子の純情そうな可愛さは、間違いなく町田の心を揺さぶっているに違いない。そう思うと、緑川はやりきれなかった。
「晴海さん。すみません。行ってきます」
申し訳なさそうに麻衣子は言った。
「気をつけてな」
緑川はそう言うと、町田をチラッと見た。
「ちゃんと戻って来いよ」
「な。当たり前だろうが」
町田は、顔を赤くして、言い返した。
「いってきまぁす」
緑川に聞こえるように精一杯叫んだのか、二人の声が響いて、玄関のドアが閉った音がした。
広い緑川邸は、突如としてシーンと静まりかえった。緑川は、布団の上でゴロゴロと寝返りをうった。
「ちっ。行きたかったな」
緑川だって、内心はとても花火大会に行きたかったのだ。町田と二人で。なのに、体は完全にくたびれモードに入っていて、どうにも出来ない。
くたばって、もう3日だ。明日には治るだろうか・・・。明日で旅行はもう4日め。東京に戻らなければならない。俺は一体、ここになにしに来たんだ!?と緑川は思った。
これもそれも、OBである小野田兄弟の合宿中のしごきのせいだった。泪・玲ペアが、合宿地まで追いかけてきて、練習に参加してきたせいだ。
主将の自分がヘタれる訳にはいかなくて、緑川は必死に踏ん張った。あの兄弟、怨んでやる・・・と緑川は心の中で二人に対して呪いの言葉を吐いた。
そのうち、遠くから花火の音が、ドンッと響いてきた。
「はじまったか・・・」
町田の興奮しているであろう顔が、瞼の裏に浮かんで、緑川は思わず笑っていた。


緑川が目を覚ますと、既に朝だった。熟睡してしまったらしい。
「?」
相変わらず部屋は静かだった。
隣にいる筈の町田の姿がない。いつもだったら、この時間には、麻衣子が、バタバタと朝食の支度をしている。緑川は起きあがって、台所へ行った。
シンとしている。誰もいない。
そうこうしてるうちに、玄関が騒がしくなった。
「あ。晴海さん、すみません!今ご飯作ります」
「うえー。今日も暑いぜぇ」
麻衣子と町田が一緒に入ってきた。
「!」
町田は浴衣姿のままだった。緑川は、眉を寄せた。
「てめえ。昨日、帰ってこなかったのか・・・」
「んあ?ああ。わりい。遅くなっちまって」
町田は、玄関で下駄を脱ぎながら、緑川を振り返った。
「麻衣子ちゃん家に・・・。って、緑川!?」
緑川の顔を見て、町田はギョッとした。緑川は明かに怒っていた。
「なんだよ。おまえ、なんでそんな顔して・・・。あ。って・・・。俺、別にそんな。なにもねえぜ。なあ、麻衣子ちゃん」
「え?」
麻衣子は慌ててエプロンをしながら、冷蔵庫の食材を確かめていた。どうやら、二人の会話を聞いていなかったようだ。
「・・・ドスケベなてめえが、好みの女前にして、なんもしねえ筈ねえだろ」
緑川は冷やかに言った。
「あのな。ちょっと待てよ。緑川」
町田は緑川の肩に手を置こうとして、その手を振り払われた。
「触るんじゃねえよっ」
「おい、緑川っ」
緑川は、バタバタと廊下を走って、部屋に戻って行った。
「え?え?なにがあったんですか・・・」
状況を把握してない麻衣子が、町田を見て、不思議そうに聞いてきた。
「いや。ハハハ。なんでもねえ。わりい。なんでもねえんだ」
どう説明しろっちゅーんだ、この状況を。町田は困って、笑うしかなかった。


町田にとって、恐ろしく居心地の悪い1日だった。緑川は、まったくの町田無視状態で、朝と昼と夕方を過ごした。
さすがの麻衣子も薄々気づいたらしく、早々に自宅に戻っていった。
やっと二人きりになったのを幸いに、町田は緑川の枕元に座りこみ、昨夜の状況を説明した。。
「花火大会のあとな。俺、そこらにいたオッサンらと飲み比べしちまってさ。なんか、デロンデロンに酔っちまって。
山の上まで帰れねえから、麻衣子ちゃんの家泊めてもらったんだよ。ただ、泊めてもらっただけだぜ!
家の中には、麻衣子ちゃんのおっさんもおばさんもババアも弟もいたんだからな。べ、別々の部屋だったし。おまえが疑うようなことはなんもねえから」
ベラベラと町田は一気に言った。緑川は、町田を睨みあげていた。
「うっ。そ、そんな顔で睨むなよ」
町田は、唇を噛んだ。
「てめえ。嘘ついてるぜ。瞬き多い。てめえは嘘つくと、瞬きする癖ある」
「なっ・・・」
それは久人の兄の癖の筈だった。どうやら自分にもうつっていたようで、町田はビックリした。
「・・・わるい。キスした!っつっても、俺酔っ払っていて。あとから麻衣子ちゃんに聞かされた。お、覚えてねえんだけどよぉ」
「そろ見ろ」
やっぱりな、と緑川は心で舌打ちした。
「そろ見ろったって。俺は別に、狙ってしたんじゃねえんだよ」
「下心があったから、そういうことになんだよ」
「ねえって。麻衣子ちゃんは確かに可愛いけど、俺にゃおまえがいるし」
町田は必死に言った。
「俺なんかいたって、くたばってて、てめえなんも出来ねえだろうが」
「そうだけどよ。そういう問題じゃなく、とにかく、俺にはおまえが」
「よく言うぜ。ヤれりゃ誰でもいいんだろうが。麻衣子はてめえの好みだろうが。俺がくたばっててこれ幸いと迫ったんだろうが。
見えるんだよ、てめえの単純な行動は。どーぶつみてえにいつでもサカッてやがる」
「なんだと!?」
緑川の言葉に、町田は叫んだ。
「てめえ、俺が死んでて良かったな。俺は、きっと明日も死んでる。起きあがれないねえよ。良かったな。明日は麻衣子と盆踊りにでも行ってこい。
もう帰ってこねえでいいぜ。二人で、仲良く踊って来やがれ。ベッドの中でもな」
情け容赦ない緑川の態度に、町田の顔色が、変わる。
「ああ、そうかよ。てめえ、そんなに俺が信用ねえか。そりゃ確かに俺は可愛い女の子に弱いぜ。好きだよ。けどな。誰ともつきあってなかった頃じゃねえ。
おまえっつー相手がいるのに、ソイツが病気で寝込んでいるのに、それ放っておいて、女とアンアンするほど無神経じゃねえぜ。なのに。てめえは、そう思うんだな。
俺のこと、そう思っているんだな」
「・・・」
「なんだよ。そりゃ、泥酔して戻ってこれなかったのは悪いと思ってるさ。申し訳なかったぜ。けど・・・。そんなふうに疑われるのは冗談じゃねえよ。
こっちはなにしてたって、てめえの様子が気になっていたのに。俺はおまえと遊びたかった。川にだって一緒に行きたかった。花火だって一緒に行きたかった。
なのに・・・。ああ、そうかよ。そうかよ。おまえはそういう眼でしか、俺のこと見てなかったんだな。最悪だぜ。俺達、やっぱりダメだな。根本的に考え方違いすぎる・・・」
捲くし立てて、町田は立ち上がり、部屋を出ていった。
「町田っ」
緑川はガバッと起きあがった。しまった、言い過ぎた!そう思っても遅い。緑川は慌てて玄関に向かった。ドアは開け放たれていた。
「町田、町田。町田ッ」
叫びながら緑川は玄関を飛び出した。外は真っ暗だ。緑川は走った。一生懸命走った。そのうち耳に虫の音が異様に響いてきた。
「・・・」
クラッと眩暈がした。ハアハアと息を荒げて、緑川はその場に座りこんだ。これ以上、走れない。仕方なく緑川は立ちあがった。
一瞬目の前が真っ暗になって、浴衣の裾に脚を取られてドタッと倒れ込んだ。
「ちきしょう・・・」
よれよれと起きあがって、緑川は家への道に戻った。麻衣子の家に電話をして、麓で町田を捕まえてもらわねば。
あのバカは、頭に血を昇らせたらなにをしでかすかわからない。緑川はゼエゼエと肩で息をしながら、歩いていた。
すると、家の方から、町田が走ってきた。金色の髪が、夜の闇に目立った。
「!?」
「緑川。てめえ、具合悪いのに、なにフラフラしてやがる」
町田はそう叫びながら、走ってきた。
「な。てめえ・・・。なんで。出ていったんじゃねえのかよ」
緑川は驚いて町田を見た。
「出ていった?なんで?こんな夜中に家飛び出すほど、俺無鉄砲じゃねえよ。頭来たから、風呂入っていたんだよ」
「風呂!?」
緑川は素っ頓狂な声をあげた。そういえば町田の髪は濡れている。
「だって。ドアが。玄関のドアが開いていたぜ」
「ん?ああ、そういえばさっき麻衣子ちゃんを見送ったとき、閉めわすれたかな・・・」
呑気に町田は言った。
「アホッ。なにが閉めわすれたかな?だ。お、驚かすんじゃねえよっ」
「驚かす?」
「出ていったのかと思っただろうがっ。フツー、こーゆ場合は、出て行くもんだろうが。呑気に風呂入ってンじゃねえよっ」
バシーンッと緑川は町田の頬を叩いた。
「いってえ。てめ。俺がいつ風呂入ろうとなんだろうと俺の勝手だろーが」
「ふざけんな!なにが風呂だ、なにが風呂だよっ」
ボロボロと緑川は涙を零した。
「わ。おまえ、なんで泣くんだよ」
いきなり泣き出した緑川を見て、町田が慌てた。
「っせえ。コンタクトにゴミ入ったんだよ」
緑川はグイッと掌で目を擦った。
「あ。そーか。び、ビックリした」
緑川は、町田の腕を引っ張った。
「来い」
「おい」
「戻るぞ」
緑川に腕を引っ張られて、町田は別荘に戻った。緑川は無言で、町田を寝室の和室に放りこむと、出て行く。
「緑川。なんだよ。どうしたんだよ。どこへ行く」
「風呂だ」
「風呂。てめえだって風呂じゃねえかよ。まあ、いっか。いい湯加減だぜ。またのぼせるんじゃねえぞ」
町田は、布団に横になった。
「俺が風呂から戻ってきたら、やるぜ」
「え?なにを」
「セックスだ。てめえが、ここに来た夜、最初に言ったろ。セックスすんだよッ」
「!」
「待ってやがれ」
ビシャンッと緑川は襖を閉めた。
「って、オイ・・・」
町田は、カアッと顔を赤くしては、掌で顔を覆った。
「んとに、負けずギライっつーか。素直に、さっきはごめんなさいって言えば済む話なのによ。ま、俺はコッチのがありがてえけどな」
しかし。またのぼせてしまったなんてオチになんねえだろうな・・と町田は密かにドキドキしていた。だが、緑川はすぐに戻ってきた。
「緑川。大丈夫か?気分悪くねえのかよ」
浴衣を羽織って、緑川は立っていた。髪が少し濡れて、勿論暑い風呂場のせいだろうが、頬が紅潮していた。
「ねえよ」
緑川はぶっきらぼうに言って、町田の側まで歩いてきた。町田は、自分のすぐ側に来て立ち止まった緑川をまじまじと見つめた。
湯上りって、なんでこんなに色っぽく見えるんだろ・・・と町田はそんなことを思っていた。
確かに顔は綺麗だが、きっちり男な緑川なのに、町田にとってはどんな妖艶な美女よりも緑川が綺麗に見えてしまう。
俺も相当毒されてきてンなと思いながら、それでもそれはそれでイイと思う町田だった。
「ちゃんと出来るのか、おまえ?具合悪いんだろ」
微かに濡れている緑川の前髪に、指で触れながら町田は聞いた。
「知るかよ。やってみなきゃわかんねえよ」
その町田の指をうるさげに振り払いながら、緑川は答えた。
「まあ・・・。まだ休みはあっから、明日もくたばってればいいさ」
「ひとごとだと思いやがって」
「うるせえよ。俺はな。おまえと川遊びも花火も見に行けなかったんだぜ。これくらい出来なきゃ、つまんねえよ。俺はおまえとイチャこくためにここへ来たんだから」
「嘘つけ。リラックスする為に来たんだろ」
「あーあ。案の定、てめえはそう思っていたんだな」
こういうところをなんとかしないと、この先コイツとつきあっていくのは大変だぜ、と町田は溜息をついた。
「なに溜息ついてやがる」
ムツとした緑川の声が町田の耳に届いた。町田はハッとして、緑川を見下ろす。
緑川は、不器用なのだ。自分以上に…。そう思うと、愛しい。
「いや。おまえって、んとに可愛いなと思ってよ」
町田は、ニカッと笑った。緑川は、町田を見上げた。この1年で身長を追い越された。町田は187cmになり、緑川は185cmとなぜか縮んでいたのだった。
2cmの差が、自分達の差、だと緑川は思う。
「好きだ、緑川」
耳元に囁かれて、緑川はドキリとした。
「セックスしようぜ」
そう言って町田は緑川を抱き締めた。


「なんで下着なんかつけてるんだよ。どうせ脱ぐのによ」
「うるせ。いつもの習慣で、つい」
「邪魔だ。腰浮かせ。脱げよ」
町田に浴衣の裾を引っ張られて、緑川は暴れた。町田は、緑川の腰を撫でながら、邪魔なトランクスを、器用に片手で脱がしてしまう。
「暴れるな。するって決めたんだろ」
「いやだっ。なんで、こんな格好」
緑川は、町田の腹を跨ぐ格好だった。
「たまにはいいじゃねえか」
言いながら、町田は緑川の浴衣の帯を引っ張った。パラリと浴衣が解ける。町田の目の前に、緑川の白い胸があった。
町田は右手の指を伸ばして、緑川の左乳首に触れた。
「っ!」
緑川は右目を瞑った。町田の指は、緑川の乳首に触れて、そしてキリッと引っ掻いた。
「うっ」
両手を伸ばして、町田は緑川の両方の乳首を攻めた。グリグリと弄り回していると、当然のように乳首が固くなっていく。
町田の顔の両脇に手をついていた緑川だったが、ブルッ、と頭を振った
「どーした?もう、気持ちイイか?」
ニヤニヤしながら、町田は緑川の顎を指で持ち上げた。
「うるせえっ」
緑川は町田を見下ろして、ジロッと睨んだ。結構こういう時に睨まれるのは、燃える。町田は口の端をつりあげた。そして、緑川の口に自分の指を突っ込んだ。
「くっ」
緑川は咽かけた。
「舐めろよ。ちゃんとな。じゃねえと、また出血しちまうぜ」
その時の感覚を覚えているのか、緑川はビクッと体を震わせた。
この前のセックスは、最中に緑川があんまり可愛くないことをブチブチ抜かしたので、町田がぶち切れて、いきなり挿入してしまったのだ。
潤まない緑川のソコは、当然町田の一物を受け入れるのがきつく、切れて出血したのだ。
だから、この脅しはかなり効果的だった。緑川は、町田の指を舐めては、吸い、必死だった。
「おまえが素直なら、俺はおまえを傷つけたりなんかしねえよ」
町田は体を起こし、必死な緑川の耳元で囁き、緑川の口から指を引き抜いた。町田の指は、きっちり濡れていた。
「緑川、腰を浮かせ」
「いやだっ」
ブルッと緑川は首を振った。
「おまえな。ここまできて、なに言ってんだよ」
「この格好はいやだ。降りる」
緑川は、体をずらして町田の上から降りようとしていた。
「こいてんじゃねえよ」
町田は逃げた緑川の腰をグイッと引き寄せると、素早く緑川の双丘の奥に指を忍びこませた。
「!」
濡れた町田の指は、閉じた緑川の奥にキュッと侵入した。きつく閉じた奥を、ググッと開いて擦るように忍びこんでいく。
「あっ、ううっ」
緑川は目を閉じて、その感覚に耐えた。
町田が体を動かしたせいで、緑川の体も動いていた。シーツについていた筈の両手がいつのまにか町田の左手に纏めて握られていた。
グリグリと奥を弄られて、緑川のペニスがヒクヒクと勃起していった。
「っう」
町田は胸に抱えた緑川の顔を覗きこんだ。緑川は、それに気づいて再び町田を睨んだ。
「じっ、ジロジロ見てるんじゃねえ」
緑川の目元がうっすらと赤くなっている。
「おまえって。こういう時は、本当に可愛い顔するんだな」
満足そうに町田は呟いた。
「あ、あ」
いつのまにか何本かに増えていた町田の指が、グニャグニャと緑川の奥の中で動く。逃げたくて、緑川は、腰を浮かせた。
だが、それは逆効果で、そのせいで町田は勢いをつけて、指を緑川の奥から引き抜いては、突き入れた。グプッと、いう音が響いた。
「ひっ」
緑川はクタッと、町田の胸に倒れた。慣れてないせいで、緑川の体は割合簡単に落ちる。
町田は、クタリとなった緑川の体を両手で抱き締めながら、そのまま仰向けでシーツに倒れた。
「もっと腰あげろ。挿れるから」
町田の体の上に完全に乗り上げた形の緑川だったが、首を振った。
「降ろせ・・・よっ」
「なんでだよ」
「おまえに。おまえに、顔を見られるのがイヤなんだよ」
「いつも見てるって」
「下から見られるのはイヤだ」
「どう違うんだよ」
「とにかくイヤだ」
「聞けねえなぁ」
町田はニヤニヤして、緑川の尻を両手で撫でた。
「おまえが協力してくれねえなら、俺が動かすまでだ」
緑川の双丘の狭間を、町田は指で擦りあげた。
「は、あっ。い、イヤだっ」
指を挿入せずに、ただ穴を撫でて擦る。それも、ユックリではなく、かなり激しい速度で。
緑川は、直接的でないその感覚にゾッとして、思わず腰を浮かせて逃げようとした。
その隙間を町田は見逃さなかった。とっくに勃起した自分のペニスを緑川の奥にあてがった。
「!」
緑川の全身がビクッと跳ねた。ズブッと、町田のペニスが緑川の穴に向かって突き刺さっていく。
「あ、あ、あっ」
緑川は、その感覚に身を竦ませて、閉じていた目を開いた。町田の目と合う。少し笑っているかのような余裕めいた町田の目を見て、緑川は顔を赤くした。
「っう」
喘ぎをもらし、半開きになった緑川の赤い唇を町田は貪った。グプッと、根元まで埋めてしまうと、町田はいきなり上半身を起こした。
こめかみに汗を浮かべながら、町田はペロリと舌で唇を舐めた。
「ああっ!」
ズンッと、体重をかけて体の奥深くまで町田のペニスを感じて、緑川は叫んだ。
緑川の両方の膝裏に手を差し込み、町田は腰を突き上げた。
「う、ん、ああっ」
ググッ、と緑川の脚を限界まで開かせて、町田は緑川の穴にペニスを含ませる。
「は、あ。ああ、あ」
緑川の体が町田の胸元で揺れている。町田は、そんな緑川の喉元に噛み付くようなキスをした。
ビクッと、緑川の中の襞が反応する。緑川の中は、キュウッと絞るように町田のペニスを締め付けた。
「っあ、気持ち、イイ、ぜ」
思わず町田は呟いた。小刻みに町田は体を揺らした。緑川は、んんっと喉を仰け反らせて、町田の腰に翻弄されては、激しく中を収縮させた。
「3日分、纏めて取りたてさせてもらうかんな!」
町田は緑川の耳元に囁きながら、その体をシーツに押し倒した。今度は町田が緑川の体に乗り上げて、ブラリと開いた緑川の両脚を深く折り曲げて、腰を突き上げた。
「んんっ。あ、ふ。ううっ、まち、だっ」
無意識の涙をボロリと零しながら、緑川は町田の激しい腰使いに意識の全てを奪われていた。
「久人って言えよ。久人って。なあ、晴海」
そう言って、町田は緑川の唇に、何度もキスをした。
「い、やだね。気持ち・・・わりぃ」
緑川は、こんな時でも頑固だった。町田は舌打ちした。
「言わねえと一晩中抜いてやらねえし、イカせてやんねえぜ、晴海」
本当に実行しそうな勢いで、町田は緑川の中を突きまくった。勃起した緑川のペニスを町田は、グッと根元から押さえこむ。緑川のペニスからは、先走りの液が零れ落ちていた。
「や、やめっ。わかった。あ、あ。ひさ、と。久人っ」
観念して、緑川は町田の名を呼んだ。
「おまえ。諦め早いな。この根性ナシ。もちっと、俺を楽しませろよ」
クスッと笑って、町田は緑川のスィートスポットを、グッと突いた。
「!!」
緑川は目の前が真っ白になった。
「イヤ、だ。う、あ、あ、あ」
首を振って、緑川は泣きながら、「久人」と何度も町田の名前を呼んだ。
「呼んでるだろっ。いい加減に・・・しろ、よ」
スルッと町田の指が緑川のペニスから離れていく。その瞬間に、緑川は射精した。
「んっー・・・」
射精の瞬間に見せた緑川の顔に、うっかり町田は感じてしまい、自分も緑川の中に射精してしまった。
「ちいっ。なんちゅー顔すんだよ」
悔しそうに言って、町田はグッタリしてしまった緑川に口付けた。町田は、そんな緑川の体を抱えて、今度は膝に抱きこんだ。
「まちだ!?」
「久人」
「ふざけんなよ・・・、てめえ」
緑川の長い睫が、パサッと動いた。
「ふざけてなんか、ねえよ。こんな時ぐらい、俺の名前を呼んでくれてもいいだろ」
「ち、違う。なんだよ、体、離せよ。もういいだろ。俺は病人なんだぜ」
膝に抱えた緑川の、萎えたペニスを町田は指でゆっくりと触れていた。
「3日分取りたてるってさっき言ったろ」
「冗談じゃ・・・ねえよ」
緑川は、体を捻った。だが、町田にガッチリと押さえこまれてしまう。
「冗談じゃねえよ、こっちだって。おまえが欲しい。食い足りねえ」
ガチッと、固い町田のペニスが、緑川の脚に当たった。
「動物」
「誰がそうさせてんだよ、俺を」
「俺のせいかよっ」
「おまえのせいに決まってるだろ。おまえが去年、俺を落したんだ。ちゃんと責任取れよ」
「うるせえ。てめえがこんなにスケベだって知っていたら、あん時俺はもっと慎重に・・・。ん」
町田の指が、緑川の濡れた秘穴を弄った。
「ん・・・。ちょっと、待てよ。もう」
緑川は弱音を吐いた。
「おまえが、あん時俺に言ったんだぜ。俺の雌になってやるって。オンナになってやるって。ハッキリおまえが言ったんだぜ。
俺は覚えてる。おまえは俺の雌だ。だから、俺はおまえを抱くんだ。諦めろ」
緑川の肩に顎を乗せながら、町田は囁いた。
「脚を開け、晴海」
「・・・」
「ちゃんと開け」
緑川は渋々脚を開いた。
「もっと、だ。もっと開いて、俺を受け入れろ、晴海」
耳元に囁かれ続けて、緑川はギュッと目を瞑って、脚をバッと開いた。もうどうにでも、なれ!と思った。
町田の声は、緑川にとってたまらなかった。応援団所属なので、元々町田の声は、美声だった。この声で囁かれると、いつもどうしようもなくなる。
グッと、開いた脚の間に、町田のペニスが入り込んでくるのを感じて、緑川はピクッと前のめりになった。
そんな緑川の腰にグルリと手を回して、町田は前のめりになってしまった緑川の体を胸に抱き戻す。そして、耳元で、一言囁いた。
「!」
その言葉を聞いて、緑川は耳まで赤くした。もう1度同じ言葉を囁かれて、緑川は体がカアッと全身から熱くなっていくのを感じて、思わず喘いだ。
なにも言い返せなかった。言い返せない代わりに、緑川は町田の頭に手をやり、その顔を引き寄せた。そして、町田の唇に自分の唇を重ねた。
舌を絡ませて、唾液が零れるほどになって、緑川はやっと町田の唇を解放した。
チラリと緑川は、町田を見た。町田は、嬉しそうに笑いながら緑川を見つめていた。その顔を見て、緑川はホッとしたのだった。


「げっ!今何時?」
町田はガバッと起きあがった。枕元の目覚まし時計は既にお昼を差していた。
「うわああ。ヤベ。ま、麻衣子ちゃん、来たよな・・・」
ぎょえーと町田は頭を抱えこんだ。
1つの布団で、素っ裸で眠っている自分らを見て、彼女は一体どう思ったであろう。町田は自分のすぐ隣で、眠っている緑川を見た。
ついさっきまで、その緑川の体を抱えるように自分は眠っていたのだ。慌てて町田は、タンクトップと短パンを身につけ、部屋を出た。麻衣子はキッチンにいた。
「おはよーございます、町田さん」
麻衣子はニコニコしている。
「あ、あの。麻衣子ちゃん。その」
カアッと町田は顔を赤くした。麻衣子は、そんな町田を見て、思わず自分も顔を赤くしてしまった。
「やだな、もう。なんでそんな顔赤くしてんのよ〜。良かったですね、無事にラブラブ出来て」
完全にバレバレで、町田は言い訳を諦めた。
「へ?いや。まあ、お、お蔭様で」
「でも、晴海さん、またきっと沈没しちゃってますよね」
「うん。そーだな」
昨日は、あれから更に本気で激しいことになってしまった。当分させてもらえねえだろうな・・・と町田は頭を掻いた。
「麻衣子ちゃん。色々とあんがとな。メシ美味かったし、川遊び楽しかったし、ドライブ、花火、楽しかったよ」
「そう言っていただけて管理人としては嬉しいです。でもきっと。町田さんは、昨日の夜が一番楽しかったんでしょう。そういう顔してるもん」
「・・・ぐはっ。やっぱりそう見える?」
「見えるぅ」
麻衣子にからかわれて、町田はヘヘヘと笑った。この旅行は今日でオシマイだった。
結局。緑川は、昼食にも起きあがってこれなかった。
町田は、応援団の仕事があるので、どうしても午後には東京に帰らなければならなかった。
荷物を纏めて、町田は寝室を覗きこんだ。
「帰るぜ」
「帰れ、帰れ。とっとと帰りやがれ」
緑川は、恨みがましい目で町田を睨みつけた。
「わ、わりぃな。一応手加減したつもりだったんだが」
「あれのどこが、だ。妙なところでスタミナ発揮しやがって。死ねっ」
「わるかったって。んでもよ、俺だってこっから一人で帰るんだぜ。寂しいっつーの」
「俺だっていつ帰れるかわかんねえんだ。ざまあみろ」
と、相変わらず緑川はいつものように、すっかり可愛くなかった。
「来年は、一緒に川で遊ぼうぜ。花火も見よう。また、来ような」
町田は、緑川の顔を覗きこんで、ニヤッと笑った。
「来年の夏も、また二人で、必ずここに来ようぜ。なあ、返事しろ」
「・・・ああ」
緑川はぶすっくれながらもうなづいた。その緑川の唇に町田は軽く口づけると、リュックを持って立ちあがった。
「さて。東京で待ってるぜ。早く帰ってこいよな」
妙にスッキリとした顔で言って、町田は手を振って部屋を出ていった。
「くそっ・・・」
そんな町田の後姿をチラリと見送っては、緑川はバフッと枕に顔を埋めた。
耳まで赤くなってしまった自分が鬱陶しい緑川だったが、心はなんだかフワフワと軽やかだった。
町田の言葉が、すごく嬉しかったのだ。

こうして『東北路・和風別荘・なんだかんだいって結局はラブラブな二人』の旅行は、幕を閉じた。

                               ★オシマイ★


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去年の大阪のインテで出した同人誌のお話です。掲載するもんか!と思いましたが、もう時効だ・・・(笑)
お買い上げくださった40名様には申し訳ありません・・・(汗)これが、町田と緑川の私にとってのお初話でした。
こっちのが、初夜よりノリノリで書いた記憶があります。