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小さな家だ。護衛の騎士達がぐるりと周囲を囲み、当番ではないものは、広間に雑魚寝だ。
食事の係の者が食事を用意し、カデナの希望で皆で食べた。
いつもはダイアナが一緒なので意識したことはなかったが、二人きりで食事かと思うと憂鬱になっていたイリアスにはありがたい提案だった。
騎士といえど、高位の騎士でないと、王族にはおいそれとは近寄れない。
今回は、高位の者ばかりでなく、中級下級の騎士が入り乱れての任務だったので、カデナに初めて会う騎士も多く、
その美しさを目の当たりにして、食事中にボウッとしてしまう騎士達も少なくなかった。
同性婚が可能なアルフェータは、同性でも当たり前に恋愛の対象だ。
でも・・・。カデナは、どこも見ていない。
多くの人から受ける色恋の視線を知りながら、彼はそれを綺麗に素通り出来る。
王子として教育されてきた彼は、とりあえず人前でも、それなりに愛想よくは出来る。
よく知らない人間には、十分な対応。でも、彼をよく知る人間には不十分。
そこに、心がない微笑み。そこに、心がない言葉。
「イリアス。私はひきあげる。他の者らは、引き続き寛いでいて良い」
ガタンッとカデナは立ちあがる。イリアスはハッと我に返った。
「みなの者は、引き続きそのまま。当番の者だけは、各場所に待機せよ」
イリアスの命令に騎士達は、頷く。
先を歩くカデナに、イリアスは従う。しんとした廊下。二人と護衛の騎士の足音が規則正しく響く。
部屋の前までくると、イリアスは護衛の騎士三人に、「交代で見張りをしておくように」と言いつける。
「かしこまりました」
「小さな家であるからして、賊の侵入もたやすい。気を配るように」
「はい」
「では、また朝に」
カデナを先に部屋に促してから、イリアスは騎士らを振り返り、そう告げてドアを閉めた。
ドアを閉める瞬間、騎士らのどことなく羨ましそうな視線を受け、イリアスは困惑した。


バタンと部屋の窓を開けて外を眺めて、カデナは苦笑した。
「外に5人、廊下に4人。御苦労なことだ」
「少ないぐらいです。我々騎士は、もう同じあやまちを繰り返しません」
「なるほどね」
カデナは肩をすくめた。
「もう一度温泉に入ってくるけど、そなたは?」
「私はもう結構です。見張りは当番の騎士に任せますが、見られているのが気持ち悪いと言って、さきほどのように、一緒に湯に入ったりなどはされませんように。
間違いが起きては困ります」
「どんな間違いが起きるというのだ、ばからしい。さっきのことだって、相手がそなただから言っただけだ。どんだけバカだと思われているんだか」
フンッ、と鼻を鳴らして、カデナはまたさっさと服を脱ぎ温泉に行ってしまった。
怒らせてしまったが、本当にサラリとそんなことを言いだしそうであの王子は怖い、とイリアスは思う。
しかし、見張りの護衛の騎士は気の毒に、と思う。
こんな月と星の美しい夜に、まるで覗きのように、湯気のかいまから王子の見張りとは。
でもきっと・・・。とても美しい光景ではあるだろうな、とは思う。


「そなた。なあ、見張りの騎士の、そなた」
「は、わたくしのことでしょうか」
呼ばれて騎士は、そそくさと湯に沈む王子の方へと歩み寄る。
「名はなんと申す」
湯の中から、カデナは騎士の名を聞いた。
「はい。ゼストと申します」
「よく見ると、さっき、部屋のことで抗議した騎士であるな」
「は、はい。さきほどは申し訳ございませんでした。私などの下位騎士が出すぎた真似を」
たっぷり上官から怒られた彼であった。
「もう気にしていない。ところで、そんなところでボーッと突っ立って、男の風呂の見張りなど、面白くもなんともないであろう。退屈だろ?」
「ボーッとはしておりませぬ。退屈でもありませぬ。王子の御身を守る大切な仕事ですから」
生真面目な答えだ。カデナは溜息をついた。
「退屈だから一緒に入ろう、と言うつもりであったが、その様子だと怒られて終わりだろうな」
「はあ!?えええっ」
騎士が、素っ頓狂な声を上げた。
「しっ」
カデナは、静かに、と指で合図したが、もう遅い。バタンと部屋の窓が大きく開かれ、イリアスが飛んできた。
他の外の見張りの騎士達も走ってきた。
「どうされましたか」
「・・・」
プイッ、とカデナは無視して、イリアスに背を向けた。お湯が漣立つ。
「どうした、ゼスト。なにがあった?」
「い、いえ、なんでもありません。騒ぎ立てて申し訳ございません」
ゼストの顔は真っ赤になっていた。湯気に当たっているせいだけではないだろう。
「まったく」
イリアスは、衣服を着たまま、温泉にザブッと入った。
「警備の緊張を緩めたりしないでいただきたい」
言いながら、ザブザブとお湯をかきわけ、イリアスカデナを湯から強引にすくいあげた。
「なっ、なにをする」
「業務妨害です」
「私はなにもしていない。下ろせ」
ヒョイと、あまりに軽々と全裸のままイリアスに抱き抱えられてカデナはギョッとした。
「ゼスト、室内のバスタオルを持ってこい」
「は、はいっ」
イリアスはテラスに落ちる水滴を気にせずズカズカと歩いてきたが、さすがにずぶ濡れのままの自分とカデナで室内に入るのは躊躇った。
腕の中のカデナを下ろす。
「強引なヤツだ」
ゼストから渡されたバスタオルで、サッと身を包むと、カデナはさっさと部屋に入っていった。
「して。なにがあった、ゼスト」
もう一枚のタオルを受け取りながら、イリアスはゼアスを横目で見ながら聞いた。
「はい。あの。一緒に温泉に入ろう、と」
「・・・」
呆れて絶句するイリアスだった。


イリアスは、バスローブに着替えた。カデナはとっくに着替え、ベッドでゴロゴロしていた。
何気ない光景だ。夫婦ならば当たり前の光景だが、イリアスの屋敷ではこういう光景はない。
部屋は別だし、同じ部屋にいても大抵ダイアナがいる。
「ああ、退屈だ。温泉に入って、なにもすることがない」
王家の者の病気みたいなもので、退屈をなにより忌み嫌う。
「そうだ。今から付近を散歩してよいか」
「無理です」
「では、そなた、なにか楽しい話でも聞かせてくれ」
「楽しい話・・・」
イリアスは眉を寄せた。しばしの無言が部屋を包んだ。カデナはチッと舌打ちした。
「つまらん!これなら、そなたの屋敷の方にいる方がよほど楽しい。私が読んだ小説では、新婚旅行はもっと自由で楽しそうだった」
カデナは、無理やり連れてこられた新婚旅行に、なにか楽しいことを期待していたのだろうかとイリアスは思う。
こうなることは想像が出来た筈だった。
「おそらく私が、貴方ではない方と結婚したら、そんな旅行に出来たでしょう。でも、貴方はどんな方と結婚されてもそのような旅行は出来ませんでしょう。
それが王家の者の宿命です」
言われて、カデナはイリアスを振り返った。
「言われなくとも、死ぬほどわかっている。もっともらしく言うな」
「では、そのようなわかりきったことを今更言う必要がどこにあるのでしょうか」
「そなたと話すことがないから、言ってみただけだ。それにな。一つ訂正してくれ。私はどんな者と結婚しても確かに自由な旅行は出来ないだろう。
だが、おまえといるより楽しむことは出来たかもしれない。実際ミランとの新婚旅行は楽しかったからな」
カデナは、ストンッとベッドの端に腰かけた。
「ああ、退屈だ。つまらん。ダイアナでも連れてくれば良かった」
ふうっ、とカデナは溜息をついた。
「すまんが、そこの荷物から何冊か本を取ってもらえないか」
先ほどから、着替えてからはなにをすることもなく立ちつくしているイリアスに、カデナは頼んだ。
「かしこまりました」
イリアスは荷物から数冊の本を取りだすと、カデナに渡した。
「すまん。ありがと・・・」
本を手渡す時に触れ合った手を掴まれて、カデナはドサッとベッドに倒れた。
「なんのつもりだ」
きょとんとカデナは、自分に乗り上げてくるイリアスを見上げた。
「退屈だとおっしゃいましたでしょう」
「言ったが、これはどういうことだ」
「退屈だとおっしゃいましたし、私以外との旅行ならば楽しかったなどと言われては心外ですから」
「だからと言って」
「新婚旅行ですし、外野の期待もあることですし、ここは裏切らずに繋がっておくのが良いかと」
「いやだね」
「同室を望んだのは、貴方です。新婚旅行を同じ部屋で夜を過ごすということは、こういうことか、と」
「先に望んだのは、おまえだ」
「ええ。だから、私がこうして、お誘いしているのですが」
「いやだったら、いやだ。離せっ」
カデナは必死に抵抗するが、騎士であるイリアスの力には到底かなわない。体の作りが違いすぎる。
「それに貴方は、自分のセクシャル的な部分に自覚がなさすぎる。さきほどのゼストへの誘いのように。油断していると、こういう目にあうことを教えてさしあげますよ」
「ばかなっ。そんな簡単に、人はこんなふうにおまえみたくなんか、ならない」
「なります、よ。ましてや相手は貴方、だ。どうして貴方は、私となど結婚したか、考えて御覧なさい」
「!」
「貴方が欲しい方が、たくさんいるんですよ。こんな風にね・・・」
囁きながら、イリアスはカデナの首筋に舌を這わせた。
「同性相手の営みは、女性相手と違い、加減の仕方がいつもわからないんです」
癖である前髪を掻きあげながら、イリアスは呟いた。
「だから、最初に言っておきます。手荒なことをしたら、すみません」
「もう、十分手荒だろうが。この無礼者ッ」
くうっ、と呻いてカデナは、押さえつけられた腕をふりほどこうともがく。
しかし、それすらピクリとも動かない。自分の上の体をふり落とすことは、不可能に近いと悟った。
「あっ、つぅっ」
フワリと唇が重なり。
その感触におののきカデナの体が強張ったと同時に、ググッと力強くイリアスの舌が、カデナの口腔に侵入してきた。
自分が、かつて妻と交わしてきたキスとはあまりに違う。その違いに、カデナはひどく恐怖を覚えた。
「ぁあ。は、あ。はあっ・・・」
自由になった唇が、とにかく空気を求める。そして、自分を見下ろす水色の瞳と目が合った。
「!」
いつもと、違う。カデナははっきりとわかった。この男の水色の瞳は、いつもと、違う。
きっと、姉を見ていた時の瞳の色なのだ、とカデナは思った。
「・・・っつ」
イリアスは、バスローブの裾から手を差し入れ、カデナのソレを掌で包みこんでやった。
カデナは身を捩ってそれを止めさせようとしたが、のしかかってくるイリアスの体が邪魔で思うようにいかない。
「あっ、くっ」
もがいているカデナを軽くあしらい、イリアスは慣れた手つきで擦りあげた。
「あうっ。ひっ」
美しい形のカデナの眉がピクリと動く。緩やかだったイリアスの手の動きが、急に激しくなっていく。
「んんん」
巧みな手淫で、イリアスはカデナの精をその掌で受け止めた。
「はあ、はあ」
生理的なものか、うっすらとカデナの翠の瞳には涙が浮かんでいた。白い頬は赤く上気している。
それがたまらなく色っぽくてイリアスはゾクリとした。
精を放ってぐったりとしたカデナから、抵抗がパタリと止んだ。
それがかえって行為を進め難くしていた。相手は、抵抗を止めた。
だが、いつ、反撃を喰らうかわからない緊張にイリアスの体が竦む。
もうここまで、来た。今更、退くことは出来ない。退くことは、出来ない。
イリアスはベッドに落ちている紐を見つけた。
最初の時、カデナが暴れて、結んでいた髪がほどけた。彼の金の髪を結んでいた紐だ。
そして、カデナの着ているバスローブの紐に目をやる。これも暴れた時に、解けかかっている。
イリアスはバスローブの紐をグイッとカデナの体の下から抜き取り、髪の紐を拾い上げ、二本を手にした。
器用な手つきでその紐で、カデナの手首をそれぞれ縛りあげ、あまった長さを両方ベッドの縁に結んだ。
その間、カデナから微かな抵抗はあったが、もう彼は諦めていたようだった。
「申し訳ありませんが、これで貴方は抵抗出来ない。いや、しないでいただきたい。抵抗しなくても、貴方は仕方なかった。したくても、出来なかったから。
誰でもそう思いますから」
イリアスは、改めてカデナの体の下から、バスローブを抜き取った。すると、金色の髪が白いシーツに、煽情的に散った。
抵抗出来ない白い体を前にして、イリアスも服を脱いだ。
負担をかけないように、白い体の上に乗り上げる。ギシッとベッドが軋んだ。
「窓を・・・」
その時、カデナがボソリと呟いた。
「窓をしめてくれ・・・」
窓は開いたままだった。このままでは、外の護衛の騎士達には、全てが筒抜けになってしまう。
さっきの騎士、ゼストにも聞こえてしまうだろう。
「すみませんが、もう遅い」
「なっ」
イリアスはカデナの白い太股を軽々と持ち上げ、カデナの精で濡れた指を、最奥に進めた。
「んんっ」
カクン、とカデナの喉がのけ反る。
「あ、う。ううっ」
体を走る痛みに、カデナが苦しんでいるのが、抱きしめている体を通して伝わってきてイリアスは躊躇する。
だが、組み敷く体は、思った以上に甘くイリアスを誘ってくる。
クチュクチュと、指が、そこをならしていく。
金の髪、朱を散らす白い頬、苦悶に寄せられた眉。苦しい筈の表情なのに、切ないくらいに美しい。
このまま深く繋がれば・・・。
イリアスは、躊躇いもせずに、カデナの膝裏に手を差し入れ、カデナの脚を胸につくまでに折り曲げる。
パクリと開いた濡れたそこに、イリアスはグッと自らを差し入れた。
「い、痛いっ。いっ。ああっ」
カデナのそこは、大きく開かれ、イリアスの楔を深く飲みこんだ。
「ん、あ、あ、あうっ」
カデナのきつく閉じられていた瞳が、ビクンッ、と開いた。恐ろしいぐらいに煌めく翠の瞳。
「!」
深く繋がれば・・・開く。
体も、瞳も、心も。なにもかも。
二人の目が、合う。これだけは、と懇願するように、カデナはイリアスを見上げた。
「こ、声がっ・・・」
カデナはそう言った。
「声が聞こえてしまう。い、いやだっ」
カデナは手首を揺らしたが、紐が軋んだだけである。手首の拘束は、漏れる声をおさえることもかなわない。
「いやだ・・・」
「気にしないでください。貴方だけの声じゃ、ない」
声などと、どこにそんな余裕があるんだ!?とイリアスは思う。
与えられる快感を貪りつくさねば、気が済まない。
一瞬たりとも、この体を貫くことを、今は、止めたくない。
「あ、あ、あ。ん、ん」
強く体をぶつけられる度、カデナは声を上げた。両手が自由にならず、声を隠すことが出来ないのだ。
恥かしいくらいに開かれた体を、カデナはどうすることも出来ない。イリアスの思うまま、突かれるしかない。
「ううっ。う。あ、やめて、くれ。それは、やめっ」
イリアスは体を捻り、カデナの金の髪をかきわけ、背の傷に舌を這わせた。
「そこは、いや・・・だ。あああっ」
背の傷を舐めると、ぴくぴくとカデナの体が跳ねる。イリアスを受け入れた部分もヒクヒクと蠢く。
「貴方は後ろから抱く方が悦いのかもしれませんね。次回はそうしましょう」
わざと、嫌がるのをわかって、イリアスは言ってみる。
「じっ、次回があると・・・思うのか?」
喘ぎながら、カデナはそれでも、強い瞳で言いかえす。
「ええ。あると思います。なければ、作ります」
「また・・・し、縛ってか?」
手首の拘束が、淫らな動きに、ギシギシと揺れる。
「ええ。お望みならば」
「冗談じゃないッ」
「もちろん。優しく抱ければ、それが一番ですね」
クイッと顎を持ち上げられ、背を舐めていたイリアスの舌が、カデナの唇に触れた。
睫毛と睫毛が触れ合うぐらい顔を近づけ、イリアスはカデナの耳元に囁いた。
「後悔してます」
「なに・・・が」
「貴方を抱いてしまったこと」
「じゃあ、いますぐやめ・・・てくれ」
「やめられそうにないから、後悔してる、ンですよ」
グイッと無理やり唇が重なり、また最初の時のように、口腔を犯される。
カデナは、抵抗の証に、イリアスの背にきつく爪を立てた。
イリアスからの抵抗は、体を強く動かされ、最奥をきつく擦りあげられた。
「んうう・・・」
いつまで続くかわからない動きに、カデナは朦朧としてきた。体の芯から湧き出してくる快感に、身を震わす。
繋がった部分が、淫らな音をひっきりなしに響かせている。
騎士であるイリアスの、美しく引き締まった体に潜む底知れぬ力を思い、カデナはゾッとした。
ひ弱な自分の体が壊れてしまいそうだと思い、でも、それでも良いかと思った。
このまま生きていても・・・。
そう思うと、このままイリアスに体を引き裂かれてもよいのかも、と朦朧と思うカデナであった。
妻を亡くし、子に会えず、王の座は遠のき、生きていても争いの種にしかならぬ役に立たぬこの体。
「あっ、う」
体の中心の痛みによって、朦朧した感覚から現実に引き戻される。
「イリ、アス。あ、ああっ」
おさえられないカデナの声が、部屋に響いた。


部屋を吹きぬける風の気配に気づき、イリアスは目を覚ました。
隣には、カデナの姿はなかった。
「帰ってしまわれた・・・」
カデナの手首の拘束を解いた時、かなりの傷になっていた。手当をしようとして拒まれた。
そこまでは覚えているが、あとはもう不覚にも、記憶がない。二人とも、長い情交に疲れきっていたからだ。
「は、はい。夜明けに起きてこられて、ひどくご立腹で。アルオーズ様がイリアス様にご了解を取りにうかがおうとしても、必要ない・帰るの一点張りで」
「なるほど」
服を着ながら、イリアスは部下の報告を聞いていた。
だいたいその様子が想像出来て、イリアスは苦笑する。
「そなたらにはいらぬ迷惑をかけたな。しかし、王族の扱いは、なかなか難しい・・・」
イリアスの言葉に、騎士らはコックリとうなづいた。
「して、王子は無事に着いたのか」
「はい。ついさきほどアルオーズ様からの伝達を受け取りました」
「そうか、良かった。だが私はすぐには帰れそうにないな。馬車を王宮に向けるように」
「は、はい。かしこまりました。伝えてまいります」
パタパタと若い騎士が部屋を出ていく。
「・・・」
今は、カデナの怒りを受け止める余裕など、どこにもない。
昨夜の情事では、思った以上に気持ちを持っていかれた。軽く掌で転がせると思っていたのに。
カデナは、まごうことなく、外も内も美しい、本物の人間。見かけ倒しの美しさでは、なかった。
争ってでも手に入れようとした女達を軽蔑していたイリアスだったが、今ならその気持ちがわるか気がした。
「どこまであのテの顔に弱いのだ、俺は」
呟きながら、イリアスは強く自覚した。
顔は似ている。だが、二人は同じでは、ない。むしろ、対極だ。
ルナと似ているから、カデナを意識していた。最初から、強く意識していた。恐らくはカデナ以上に。
その意識から、結婚してからの半年以上経つのに、カデナとどう接していいかわからず曖昧な態度になった。
いつか魅かれるかもしれないとは思っていた。でもそれは、遠いいつかの未来の筈だった。
イリアスは、気の赴くままにカデナに触れてしまった己の迂闊を悔いた。もう少し様子を見るべきだった。
でも、もう遅い。この身を襲う激しい恋の予感にイリアスは眩暈がした。


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