仕方ないよ、好きなんだから9


横森いずみ。
知り合ってまだ少し。
横森医院の院長の息子。
離島の医師だったが、里帰りした際に父親の失踪事件に巻き込まれ、島に戻れず仕方なく父の代わりに病院勤務。
煙草を時々吸うが、やめたいらしく、棒付キャンディをしょっちゅうぺろぺろ舐めている。
幼馴染の山田小児科の院長山田さん(通称王子)に一方的に好意を寄せられ、そのアタックを防御する為に、たまたま知り合った俺を
恋人と偽りちゃっかりもいいところで俺の家に居候中。


「あ〜いい匂い。今日のごはんはなんですかぁ」
「あー。お帰りなさい、いずみせんせえ。今日は麻婆豆腐でーす」
風呂上りの、ほこほこの湯気をまとわりつかせ、幸裕はいずみに駆け寄って行った。
「ただいま、ユッキー。ただいま、いまとさん」
「お、おかえり・・・」
などという光景が、今やもう定番。
仕事を終えよれよれと戻ってきたいずみ、先に食事を済ませ風呂から出てきたばかりの俺と幸裕。
妻と子供が疲れ切った夫を迎えるめっちゃ平和な家庭の図ってな感じ。
今じゃすっかり、俺ってば、いまとさんとか呼ばれてるし。
「あー。いまとさんのメシって俺の口に合うんだよなぁ」
なに食べても美味しそうな顔して食ういずみ。
「おっ、男飯だけどな」
思わずどもるものの、そんな風に言われて嬉しいに決まってる。
一応俺も働いてきてから作ってる訳だから、苦労が報われるっていうか。
って、俺は、共働きの妻かよっ!
「明日は、俺、午後休診だから作るね。なに食べたい!?」
「ん〜。別になんでも」
「OK。じゃあ適当に。ユッキーも迎えにいっておくから」
はー。
ほんと、まるっきり共働きの夫婦の会話。
とても知り合って一か月弱とは思えない馴染みっぷり。
「あ、いずみせんせえ、これなあに?」
幸裕がいずみの荷物からごそごそと可愛い包みを見つけて、聞いた。
「あ。それ、山ちゃんから。なんか、美味しい店のプリンだって。昼休みに隣町までわざわざ買いに行ったらしい」
「わーい」
幸裕が単純に喜んでいるが、これって・・・。
「なあ、これ、まだ謝罪のつもりなのかな」
王子は、あの時の言葉通り、いまだに謝罪だと言っては、なにかと色々俺に貢いで?くれている。
「だそうですよ。もういい加減いいんじゃないの?って言ってるけど」
「どう考えても毎日おまえに会いたいが為の口実じゃねーかよ」
貢物を献上する為に、王子は毎日いずみの職場(横森医院)に、顔を出しているようだった。
「まあ俺は、ただ受け取るだけだから害はないけどサ」
「もういいって言っておいてくれよ。なんかいつまでもあの時のことが忘れられなくて逆にきつい」
「・・・そっか。そうだよね。俺から言っておくから。ごめんね」
なんとなくシーンとしてしまった俺達の空気を読まず幸裕が、
「ほんと、このプリンとっても美味しいッ。山田せんせえのお土産、いつもとっても美味しいねっ」
と幸せそうな顔で感想を言った。
「・・・寝る前にちゃんと歯磨けよ・・・」
複雑な気分の俺。



と言った具合に。
俺、いずみ、幸裕と三人での共同生活は、なんのトラブルもなく順調だった。
今日みたいな休日は、夕飯後に幸裕を真ん中に、川べりの土手を散歩が定番だった。
俺が女だったら、誰が見ても、もう完璧家族。
いずみは、ストン、と俺達家族に入り込んできた。
土手を歩いていると、結構な数の人々に声をかけられる。
その大抵は子連れで、みんないずみを「先生」と呼ぶ。
まるで最初から横森医院には、いずみ先生がいたかのような浸透っぷりだ。
ということは。
俺達家族だけではなく、いずみは、この小さな下町にもすぐに馴染んでしまったということだ。
ツラだけ見ると近づきがたい美形なのだが、接してみるとそののんびりとした口調と物腰に皆ホッとするようだ。
「なんかこの町、島と似てる」
いずみはそう言って笑った。
「島・・・」
そうだ。コイツ、いつ帰るんだ??
ふ、と俺がそんな風に思いながらいずみを見上げると、いずみはそれを察したらしく、肩を竦めた。
「お、オヤジ探して、話がついたら帰るから。ちゃんと帰るから安心して」
「・・・」
黙った俺に代わって、幸裕が言った。
「せんせえ帰っちゃうの?どこに?いやだよ。ずっと一緒にいてよ」
「ユッキー・・・。可愛いこと言ってくれるね」
「せっかくなかよくなったのに。うちはママがもう帰ってこないから、ずっといていいんだからね」
幸裕の言葉にいずみはハハハと苦笑し、俺をチラリと見た。
俺は勿論いずみを睨もうとしたが、うまくいかなかった。
ちょっと顔が強張っただけで終わってしまう。
さわさわと川を渡る風が、俺達の髪を揺らした。
「明日ね。ラブアポのコンサートあるでしょ。オヤジを探しに行こうと思ってさ」
いずみが風に揺れる前髪をかきあげた。
「そっか。明日、コンサートだっけ」
知っていたが、あえてチケットは取らずにいた。
少し距離をおかねば、じいちゃんみたくなっちまうと怖かったからだ。
「うん、そう」
「・・・じゃあ、俺も行って、探してやるよ」
「助かるよ、ありがとう」
「ユッキー、おじいちゃんとこで留守番な」
「いいよ。僕、ラブアポ興味ないし」
相変わらずの幸裕である。



ラブアポコンサート会場。
開場30分前。
もし、この場で横森のじいちゃんが見つかって、話がまとまったらいずみは、島へ帰るんだよな。
俺はそんなことを考えていたのだが、いずみはどうやら違ったようだった。
「な、なにこの異様な雰囲気・・・」
集うラブアポファンを見て、いずみは恐怖を覚えたようだった。
あちこちで横断幕を持ったファンや、応援の踊りの振り付けをリハしてるグループを見かけたからだろうか。
俺にとっては馴染み深い光景なのだが、こーゆー世界と縁のないヤツには、異様に映るのは仕方あるまいとは思う。
「やべ。俺には全然わかんねーこの世界。オヤジどこだ〜」
早いとこ見つけてこの場を去りたい的な雰囲気がありありと滲み出ている。
「なんだよ」
いずみの視線を感じて、俺は眉を寄せた。
「いや。いまとさん、こうしてみると、なんかこの世界に違和感なくハマッてるから驚いて」
雰囲気だけでも味わおうと、俺はラブアポTを着用しつつ、あーちゃん団扇も持っている。
どう見ても立派なアイドルオタクだ。
「わりーかよ。あーちゃんは可愛いッ」
「はいはい」
いずみの呆れたような視線。いや、てか。完全に呆れている。
別にいい。呆れられたって、そんなん。
「いまとさん、頼みますね。おやじ探し」
「わーってるよ。ラブアポファンなめんな」
だいたいあのじいちゃんは、いつも完全装備で来る。
ラブアポTはがっちり着込んでくるし、手製の派手な、特大みーちゃん(ラブアポ神3の一人)団扇を持っているからすぐわかる。
多分自分の父親がそんな恰好をしてアイドルを追いかけていると知ったら、いかなのんびりいずみとて愕然とするだろう。
ちょっと気の毒な気がしたが、見てみたい気もした。
目を真ん丸にして驚くいずみ・・・。
ぷくくと想像して笑ってしまった。
「おい、いずみ。じーさんは必ず特大の団扇を。って、あれ??」
ハッと気づくと、いずみが傍にいなかった。
立ち止まって妄想してしまった僅かな隙に、はぐれた。
「えええっ??」
まだ開場前のドームは、黒山の人だかりだった。
グッズを買い求める人々、待ち合わせの人々、ただの通行人とごったがえしている。
「い、いずみ!?」
いずみは長身だが、この人ごみの中、探し当てることは困難な気がした。
「いずみ、いずみ」
名を呼び、俺は人ごみを避けながら、その姿を探した。
「ぶはっ」
だがそのうち、あまりの人の多さに酸欠になりかけて、俺は一旦その場から離れた。
「はあ」
植え込みの近くにドサッと座り込んだ。
楽しそうに行き交う人々。
これからのラブアポのコンサートに胸を躍らせているのだろう。
男同士、女同士、カップル、親子。年齢層も様々だ。
だが、誰も彼も決まってとても楽しそうに笑っている。
ああ、なんかいいなぁ・・・と俺は思った。
こーゆーコンサート前って、なんだかとっても幸せな気分になれる。
どいつもこいつも幸せそうで。
ついさっきまで、悲しかったり辛かったりしてる人々もいるだろうに、この時間だけは、そんなことを忘れてしまえる。
ほとんどが知らないやつらばっかりなのに、同じものが好きってだけで、なんたがすごい一体感。
一人じゃないんだなぁ。繋がってるんだなぁと思える、僅かな瞬間。
立てた膝に頬杖をつき、俺は思わず微笑んでは、そんな行きかう人々を眺めていた。
はたから見れば、おっさんが一人でニヤニヤしてて気持ち悪い光景だっただろう。
「って。そういえば、いずみ!」
立ち上がり、人ごみに目をやると、すぐにいずみの姿が目に飛び込んできた。
彼は目立っていた。
なぜならば「オヤジ、待って」と叫びながら、走っていたからだ。
俺は慌ててその場を離れた。邪魔な柵は、ヒラリと飛び越えて、人並みに紛れ込む。
いずみを見習い、ダッシュ!
「いずみ。あっ」
そのいずみの視線の少し先にいつものコス。いずみのオヤジさんだった。
ドテドテと走っているのが見えた。特大団扇が、その手から滑り落ちる。
間違いない。じいさんだ。
あの様子じゃ、あと少しでいずみにがっつり捕まる。
俺はひとごみをかきわけ、全力で走り、いずみに追いついた。
「いずみッ」
そして、その手を。
「いまとさん、おやじ見つけた!」
叫ぶいずみの腕を掴み、そして。
その体を力任せに自分の方へと引き寄せた。
「あぶなっ、いまとさんッ」
そうだ。危ない筈だ。
当然、いずみの長身が、こちらに向かって反動で倒れてくる。
支えようとした。
俺は、支えようとしたけれど、人ごみの中、思うように動けなかった。
「いまとさんっ」
いずみの悲鳴。
ああ、俺、倒れる。
目を瞑った。
俺は、走るいずみの腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
その行為は、いずみの走りを制する為だった。
なぜ、そんなことをしたのか。
いずみをおやじさんと会わせたくなかった・・・からだ。
それだけは、目を瞑る瞬間に、わかっていた。


目を開けた時、最初に見えたのは天井だった。
「・・・!?・・・ここ、どこ」
ぼんやりと呟くと
「ホテル」
と、短い答えが返ってきた。
「ああ、ホテルか」
ふうん。ならば寝ててもいっかぁと思い目を閉じかけ、俺はハッとした。
「って、ホテル!?」
おそるおそる傍らに視線をやると。
至近距離で、バチッと、いずみと目が合った。

続く

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