仕方ないよ、好きなんだから・番外編
(いずみ先生の憂鬱)
なんでかな。
俺、ちょっとした男難の相が出ていたりすんのかな。
ぼへ〜と口の中に突っ込んだキャンディを舐めながら、俺はデスクの上の写真を眺めていた。
小学生の頃の俺とおやじが写っている古ぼけた写真だ。
「いずちゃ〜ん」
休憩中。
勝手に裏口から、ドカドカと入ってくる幼馴染の山ちゃんを一瞥し、俺は立ち上がった。
「どこ行くの、いずちゃん」
「トイレ」
「ぼっ、僕も一緒にっ」
「行ける筈ねえだろ」
ガプォッ。
舐めていたキャンディを山ちゃんの口に突っ込んで、俺はトイレへ行った。
用を足し、診察室へ戻る道すがら、俺は今朝のことを考えていた。
あ〜。
なんで、俺、いまとさんにキスとかしちゃったんだろ。
つい、じゃ済まないっつーの。
向こうがなにも言わなかったから、ついこっちも知らんぷりしたけど。
なんで?とか言われたら、理由なんて答えられないから、よかったよ。
完全に衝動的。
いや別に。俺、いまとさんのことキライじゃないんだよ、嫌いじゃ。
キライだったら、キスとか出来る筈もないし。
だからと言って、なんか、こう。
リアルにつきあうとかそういう感じでもないんだよな。
と、今朝の出勤前のやりとりを、俺は思い出した。
「そっか。おまえ、島へ帰るンだっけ」
「・・・一応はその予定だけど、やっぱり、俺がいなくなると、嫌だよね?」
「なんだぁ。そっか、そうだよなぁ。俺、完全に忘れてたよ。ああ、よかった」
さっきまで泣いていた筈のいまとさんが、全開で笑うので、俺は首を傾げた。
「なんか嬉しそうだけど??」
「いや、ごめん。なんかさー。おまえのあまりの図々しさに、俺ってばおまえが故郷持ちだってこと忘れてて。
そっか。帰るんだよな。そだよ、そだよ。うん、もう全然いいや。おまえが帰るまでのことだし、帰ってしまえば、
去る者は日々に疎しだし。なんとかなるや〜」
めちゃくちゃ明るく言われて、それはそれで、なんかムッとした。
「さっきまで、メソメソしていたくせに、なんなの、それ」
ちょっと意地悪く言ってやったら、案の定いまとさんは真っ赤になったけど、それでも怯まずに言い返してきた。
「だって、俺。おまえなんか、本格的に好きになりたくないんだもん。仕方ねえだろ。諦め材料があった方が、
傷浅くて済むじゃん」
まあ。そういう考え方、わかるんだよね。俺も散々ふられたクチだから。
確かに傷なんて、もう全然浅い方がいい。体の傷も心の傷も。浅いがいいに決まっている。
「いずちゃん。これ、秋城さんに渡しておいて」
勝手に診察室で寛いでいた山ちゃんは、紙袋から品を取り出した。
相変わらずの貢ぎ物。
受け取りながら、俺は、山ちゃんをジッと見つめた。
「な、なに。いずちゃんに見つめられると、ドキドキするんだけど。ようやく、俺とのこと真面目に考えてくれるようになった?」
山ちゃんが頬を染めたのを見て、俺は彼の本気度を知る。
ふうっ、と溜息がもれる。
どいつもこいつも。羨ましいよね。恋してて。って。対象、どっちも俺じゃん。
「山ちゃん。秋城さんとくっつく気ない?好みでしょ、本当は」
すると、山ちゃんは、ちょっと考え込む風だったが、
「・・・まあ。いずちゃんにフラれたら、考えてもいいけど」
と、予想通りの答えを言ってきた。
「なに言ってんの。とっくにフッてるでしょ」
「そうじゃないよっ。いずちゃんが、秋城さんをフッたら、だよ。救ってやってもいっかな程度ぐらいだけどさ」
「!」
俺は驚いた。そーか。俺達、つきあってることになってんだよね、コイツからみたら。
「あ、ああ、そういうことか」
すっかり失念していた。俺もいまとさんのこと、言えねーや。
けれど、山ちゃんといまとさんがくっつけば、俺は島へなんの未練もなく帰れる。
山ちゃんは変態だけど、根は真面目だから、きっといまとさんを大切にしてくれるだろう。
「いずちゃん。秋城さんをフる気があるんだ、もしかして。喧嘩とかしたの?」
にしし、と山ちゃんは楽しそうな顔をした。
「いや。喧嘩とかそーゆーんじゃなくって、なんかこう、もっと根が深いっていうか」
「根が深いって?」
ギラリと山ちゃんの瞳が光った。
「もしかして、価値観の違いとか、そーゆーの?」
俺は答えられなかった。
ただ、脳裏に、今朝のいまとさんの泣き顔が甦る。
いまとさん。
彼にはなんの罪もないが、今のところ、彼に対して高揚するほどの感情が、俺は持てない。
いい人だとは思ってる。顔だって、人並み以上にまともだ。
でも、彼と恋愛出来るかと言えば、即答は出来ない。
キスは出来るが、肉体関係を持ちたいとは正直思ってはいない。
どーしていいかわかんないんだよなぁ。
診療室の古い椅子に腰かけたまま、俺は、うーんと天井を見上げた。
「いいよ、いいよ。別れちゃいなよ。全然OKだよ。いずちゃんは優しいから、別れた後のあのやもめ男
のことを心配しているんだね。僕は、死ぬまで秋城さんを面倒を見るとは言えないけど、いずちゃんが
別れた後のフォローはちゃんとするよ。とりあえず別れな、ねっ」
「とりあえずってさ」
簡単に言うよね〜といずみは、頭を掻いた。
「簡単じゃないよ。僕達には、実績もあるし」
山ちゃんがいそいそと白衣から、携帯を取り出した。
「ほら。安心して。僕達、もうこんなこともしちゃってるんだし。大丈夫。いずちゃんのお古だからって、
粗末になんかしないよ、僕」
ドーン。
山ちゃんが見せてくれた画像に、俺は吹き出した。
「なっ、なっ」
「結構可愛いでしょ、この泣き顔。気に入ってるんだ」
「・・・はあっ!?」
俺は山ちゃんから携帯を奪い、その画像に見入った。
これってあの時の?
「なに、これ。まさか、撮らせたの?いまとさん」
視線はカメラ目線だから、うっかりそうも思えてしまう。
「いんや。無理やり撮った。後々、なにかの脅しにつかえればって」
サラリと危険極まりない発言をする山ちゃんに
「リベンジポルノだろ、それって。消すよ、バカ」
と、俺は速攻、画像を消去した。
今まで、ずっとこの画像が、山ちゃんの携帯にあったと思うと、言い知れぬ怒りが沸きあがってきた。
「あああ〜ッ」
山ちゃんが悲鳴を上げた。
「センセ達、どーかしました?」
陽奈子嬢の、ノンビリとした声が、ドアの向こうで聞こえた。
「なんでもないよ」
俺はそう答えて、携帯を山ちゃんに向かって、放り投げた。
「そーですか。もうすぐ午後、始まりますからね」
「はいはい」
パタパタと去っていく陽奈子嬢のスリッパの音を聞いて、俺は山ちゃんを睨みつけた。
「なにやってんの、おまえ」
俺は腰を浮かせ、思わず拳を握りしめた。
「いや。本気で実行しようとは思っていなかったよ。ただ、その時はそんな気持ちだった。い、いずちゃん、
ごめん。や、やっぱり怒るよね。まだ別れてないんだし」
ぷるぷると山ちゃんは震えていた。
その様は、昔、苛められっ子だった山ちゃんを彷彿させる。
小さな体を今のようにぷるぷる震わせて、苛めっこの暴力に怯えていた山ちゃん。
「あっ、危ねー。やっぱ、山ちゃんに、いまとさんは任せられないわ。とても大事にしそうにない」
そう言うと、山ちゃんは、「そ、そんなことは。あれはついつい・・・」とブンブンと首を振った。
「つい、で強姦すんなっ」
神聖なる診察室にそぐわない言葉を叫んでしまい、俺はハッと掌で口を押えた。
ドアの向こうの陽奈子嬢達は、聞こえなかったふりをしてくれたのか、幸いさっきのような声はかからなかった。
「ったく」
俺は握っていた拳を振りほどいた。
「もう休憩終わり。山ちゃん、出てってよ」
「は、はい。ごめんよ、いずちゃん。僕を許してッ」
ぴゅ〜と山ちゃんは、逃げ足早く、出て行った。
そういう所は、昔と変わっていない。
「・・・」
勘弁してよ。
俺はカルテが散った机に顔を伏せた。
「いずみちゃん。そろそろ、午後の診察始まるわよ」
池田さんの声に、無言で頷いた。
「あら。どーしたの?大丈夫?」
診察室に入ってきた池田さんは、そっと俺の肩を撫で、覗き込んできた。
「・・・はあ、平気です」
今は池田さんの綺麗な顔を見つめる気にもならない。
やっばい。
いつもだったらテンションあがるのに、池田さんに話しかけられても、なんか全然反応しない。
それほど、山ちゃんの画像は衝撃的だった。
いわゆるハメ撮り画像。
あれ、きっと、絶対にバックアップあるよな。山ちゃんってそういうヤツだ。
今度、貰おうかな・・・。って、ちっ、違う、違う。
貰うじゃなくて、取り返すだろっ!!
「大丈夫か、俺」
やばいな。少し前まで、俺、あの人と肉体関係なんて考えられないとか言ってなかった?
今俺の頭をクルクルしてんのって、なんか、それ的なイメージじゃない???
「いずみちゃん。あと、5分で最初の人呼ぶわよ」
「や。ちょっと待ってください。トイレ」
俺はガバッと顔を上げた。
あらぬ所が痛くなってきた。
こんな状態で、天使ちゃん達を診察出来よう筈もなく。
今だって待合室の方からは、可愛い天使達の声が、ダァダァと聞こえるのだ。
俺はトイレに駆け込んだ。
思ったより、ハマッてんのかな、あの人に。
あの人が言うように、俺も、いつのまにか。
困ったな。
俺は、人間が好きだ。人との関わりは好きだよ。老若男女関係なく、人が好きだ。
そのせいかコミュ力もあって、人に誤解されることが多々ある人生を送ってきた。
でも。
「違うの。誤解させてごめんね」
の一言で、いつも済ませていた。というか、済んだ。
今回もそれで済ませようと思っていたんだけど、なんとかく、それでは済まない気がする。
いまとさん、俺ね。
たくさんの人を誤解させるような行動とってしまう俺ですけどね。
恋愛の傾向は、ある時から、一直線なんだ。
それはね。
俺は、熟女が好きなんです。
まあ、だから、マジ恋愛すっと修羅場確実だから、なるべく恋愛避けてきたんだけども。
けどさ。
あの顔は、反則だろ。
山ちゃんが可愛いって言ったの、わかるさ。
結構じゃなく、超がつくほど、可愛かったよ・・・。
やばいな、どうしよう、俺。
貴方は、俺の、恋愛の許容範囲じゃ、全然ないのに。
本編に続く!
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