仕方ないよ、好きなんだから10
「あの・・・。なんか、近くない?」
寝返りを打ったら、抱き合ってしまいそうな距離感だったが、あえてそのままで、言ってやった。
「シングルしか取れなかったからね〜。ラブアポのコンサートのせいでさ」
いずみがすぐ横でぼやいたが、どく気配はない。
・・・ないので、俺は自分が起き上がった。
「なんでホテルなの?」
「それは、いまとさんが倒れてしまって、どうしようもなかったからです。目を覚ますまで傍にいようと思ってたんだ。そしたら
終電出ちゃう時間になって。朝一で帰ればいっかと思ってサ」
説明されて納得し、「そっか」と俺は頷いた。
「ですので、狭くても我慢してね」
グイッと腕を引っ張られて、再びベッドに引き戻された。
「うあっ」
その勢いに、ベッドのスプリングが軋んだ。
当たり前のことなのに、その音を妙に意識してしまって、俺は、ドキッとした。
「まだ寝ていた方がいいよ」
「そうしたい気もするんだけど、こう近くちゃ・・・」
男2人でシングルベッドに寝そべっているなど、絵面が悪いことこの上ない。
誰が見てる訳でもないが、そう思った。
「なんだ、そんなこと気にしてたの。大丈夫だよ。山ちゃんがいないんだから、別に恋人のフリすることもないんだから」
「まあそうなんだけど」
でも居心地が悪いんだよとは、素直に言うには気が退けたので、仕方なくこのままで話すことに・・・。
いずみは、
「寝顔見てて思ったんだけど、普段は似ていないけど、やっぱりユッキーといまとさんって親子なんだね〜って」
と、呑気な会話をふってくる。
「そうか?でもおまえは、おやじさんと似てないよね」
と言ってから、俺は、ハッとした。
おやじの捕獲は俺のせいで失敗したのだ。
「ご、ごめん。俺のせいで、おやじさんが・・・」
まったく。どんな血迷い行為だよ、あれは・・・と、自分でも混乱を極める。
「ああ、まあ、いいよ。仕方ないよ。またコンサート来ればいいし。俺が居候して、困るのはいまとさんだから自業自得だし」
俺は言葉に詰まった。
「実は、今日でツアー終わりで、コンサートは来年までもうないぞ」
「えっ」
まじ?といずみは、眉を潜めた。
「それは困るかも」
「俺だって」
本当になんだって、あんなこと、俺。
いずみが島に早く帰ってくれれば、俺はコイツと王子の関係に巻き込まれることもなく、また平和な生活に戻れるのに。
どんなことをしたって、おやじを探すことに協力しなきゃならなかったのに。邪魔するなんてありえない。
すぐ傍で、携帯が鳴った。
「おわあ」
びびって、俺は、ベッドから落ちそうになった。
「あ、ごめん、俺だ」
いずみが携帯をそこらにおきっぱにしていて、それが鳴ったのだ。
着信画面をろくに確かめずに、いずみは電話に出た。
「もしもし」
気だるげに答えていたが、向こうから聞こえた声に、いずみは弾かれたようにガバッと上半身を起こした。
起き上がって、片手で握っていた携帯にもう片方の手を添えてしっかりと固定して、向こうから聞こえる声を逃すまいと必死の
形相だった。
斜め下から見上げている俺は、いずみのその必死さにピンと来た。
「うん・・・。元気。ありがと、蘭子さん。わざわざ電話くれて・・・。嬉しい、心配してくれてたんだ」
相手からは見えもしないのに、いずみははにかんだ表情を浮かべていた。
「うん、うん。そうだね。早く帰って、蘭子さんの作った肉ジャガ食いたい」
「!」
島にいる、いずみの恋人からの電話に違いなかった。
なぜだか、俺の胸がズキンと痛んだ。
俺は、いずみに背を向け、耳を塞いだ。
あまり聞いちゃいけないと思ったからそうしたのだが、ベッドから降りて席を外せばいいことではないか、と思ったところに、
バフッとベッドが沈んで、耳を塞いでいる手を外された。
「ごめん。大丈夫だよ。もう終わった」
いずみは、また俺の隣に寝転がった。
「随分早いな」
「向こう、家電だから、金かかるっしょ。悪いじゃない」
「けど・・・。こっ、恋人からの電話だろ」
するといずみは苦笑した。
「うーん。恋人ではないけど、大切な人。俺は恋人になりたいけど、相手にしてもらえないんだよね。残念だけどさ」
「へえ。おまえが口説いてもダメなんて、すごい女だな」
イケメンで医者だろ。俺が女だったら飛びつくわ、と思ってしまいドキッとした。
「だって結婚してるんだもん」
あっけらかんといずみが言った。
「ふっ、不倫・・・。それはまあ、無理だろうな」
なんだ、そっか。よかった。
って、良かった?・・・って、なに。なんなのさ。
「まあね。俺、結構そーゆー人ばっか好きになっちゃってさ。報われないっていうか。でも諦めてないよ、全然。いまとさんだ
って、そうでしょ。奥さんとはうまくいかなかったけど、まだ若いし、やり直せるよね?」
なんだか自分に言い聞かせてるかのように、珍しくいずみの声は必死に聞こえた。
「いや俺はもう諦めてるよ。あーちゃんと結婚出来る訳でもないし」
どんな顔してるんだ?と興味が沸き、背中を向けていた俺は、うっかりいずみの方へと寝返ってしまい、至近距離で再び目が合
ってしまった。
「!」
ビクッと体が揺れたと思ったら、瞬く間に顔が赤くなってしまった。
「ど、どしたの」
さすがにいずみは驚いたようだった。
「なっ、なんでもない」
うまい言葉で誤魔化したかったのに、出来なかった。
顔の赤さに比例して、心臓までドキドキ言い出し、過呼吸気味になった。
「もう、なんだよ。この距離感が悪いっての。お、俺。さっき頭の打ちどころが悪かったんじゃないのかな。なんか動悸息切れ
とかすっし、おかしいかも」
コンサート会場での転倒を思い出し、俺は自分のこの状況にどうにか納得のいく理由が欲しくて、言ってみた。
「なんで、こんな赤く・・・」
今更だが、視線を逸らしたい。
俺が喋っている間、いずみは、ずっと俺を見つめているのだ。
そんないずみに、吸い寄せられるかのように、俺もいずみを見つめてしまう。
怖い、怖いと思いながら、それでも目が離せないホラー映画を見てるかのように。
俺はいずみから目が離せない。
しまいにゃ、垂れた目が、イルカの目みたく優しくて可愛いなどと思い始めてしまうんだから、イカれてる。
「な、なあ、俺。ちゃんと検査した方がいいかな」
今検査したら、レントゲンにハートマークとか映りそうで、それはそれでやな感じもするが、と怖い想像にブルッと身を震わせてしまう俺。
「いいよね。だって、明らかに挙動不審だろ、俺。ねえ」
アハハと笑って誤魔化そうと試みる。
「頭打ってないから必要ないと思うよ」
いずみはそう言って、俺の頭をポンと撫でた。
「へっ」
俺は聞き返した。
「いまとさんは、勝手に失神したの。どっこも頭打ってないよ。俺がちゃんと、貴方がコンクリートに転がる前に受け止めたから」
「あら、そ」
そうだったのか。てっきりあの後、コンクリートに転げたと自分では思いこんでいたのだが。
「一応医者だから、そこらへんは信用してほしいんだけど」
「へ、へえ〜」
ってことは、俺のこの、自分でもよくわからないようないずみへの態度は、打ちどころが悪かったからなんかおかしくなってる
のかも・・・的な納得が出来ないということか。
「へえって。なにその信じてないような声は」
いずみが不満気な声をもらす。
「いや、だってさ・・・」
と、グルグルしていた頭をなんとかおさえこみ、言い訳をしようとしていずみを見てしまい、またその距離感を意識してしまって、
更に顔が赤くなった。
「うわっ」
俺よりいずみが驚いて声を上げた。
そのいずみの引き攣った顔を見て、冷静にあるべしと張りつめていた俺の心の糸がぶち切れた。
「ああ、もう、いやだっ」
いたたまれず、俺は、自らベッドから転がり落ちた。
ドスン、と部屋に無残な音が響いた。
「いまとさん!?」
いずみになにか言われる前に、と俺は息を吸った。
「いっ、言っておくけど。俺、溜まってるだけだから。女房に逃げられて、王子とは、なっ、なんか中途半端にヤッちゃって、
そんでもって・・・。てか、それだけだから。誤解しないでくれよな。なんか人恋しいっていうか、肌恋しいっていうか。この
距離感で、そーゆー感じになっちゃっただけだから。べっ、別におまえになにがしの感情がある訳じゃないからっ」
一気に捲し立ててやった。
きょとんとするいずみに、
「ご、誤解すんなよ!」
と、トドメを刺したつもりだったが、あれ、これ自爆じゃね・・・?とすぐに不安が胸を掠めた。
「ふーん。そうなんだ」
いずみは、ベッドに横たわったまま、床に転がった俺を見下ろしているが、その目は明らかに疑惑の目だった。
驚くほどの静寂が部屋に流れていく。
なに、この沈黙・・・。
うわうわうわ。耐え切れない。
無言のまま、俺はズリズリと床を這い、狭いシングルの部屋に無理やり置かれた椅子に向かって移動した。
フラフラと椅子に座り込んだ俺に、
「ねえ」
といずみが声をかけてきて、沈黙を破った。
「な、なに」
おそるおそる返事をすると、
「俺、やっぱり帰るね」
いずみは体を起こし、身軽にポンッとベッドを踏み越えて、床に置いたままの靴を履き「ゆっくり寝てね」と言い残し、出て行った。
続く
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