須貝秋也(スガイアキナリ)
某県某町の田舎でおみやげ屋さんの自営業。22歳。
親の遺産を引き継ぎ、マンション(経営)持っているリッチな世捨て人。
一年前、酒に酔った勢いで、小野田を強姦してしまう。
短気で口が悪く意地っ張りな、美人さん(爆)

小野田潤(オノダジュン)19歳
フランス人の祖父を持つクォーター。当然美形(笑)
感情表現豊かな、めちゃ素直な青年。
秋也に惚れて、押しかけ居候。

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ひょんなことから知り合った年下の男と同居している。俺の持ち物である海の近くのマンションで…。
思いがけず始まった同居生活は、不思議なことに想像以上にスムーズだった。そして俺は最近考えている。
一体コイツは何者なんだろう。俺達は友達でも、先輩後輩の仲でもない。一年前までは確かに他人だったというのに。
今では、一緒にテレビを見て、一緒に飯を食って、たまにはどこかに出かけたりもする。それが当たり前になっている。ヤツはなにを考えているのだろう。
大学へ進むという進路をうっちゃけて、世捨て人な俺と暮らしている。それより、なにより、俺の生活が変わってしまった。アイツがいない生活はひどく荒んでしまった。
飯も食わない、テレビも見ない、どこへも行かない。ひたすら家と職場の往復だ。わからない。アイツは一体何者だろう。そして、こんなことを考えている俺はなんだろう。
答えが出たところで、なにか変わったりするのか?わからない。ぼんやりと海風に吹かれては考えていた。
やつはまだ戻らない。すぐに戻ると言ったくせに。
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海辺のこの小さな町に小野田潤が来てから、もう半年が経つ。
小野田が来るのを見計らったように川端のおばちゃんがリウマチで入院し、かくておばちゃんの小さなみやげ屋は、小野田が取りしきることになった。
「最近おばちゃんの所、繁盛してるわね」
隣の店の小夜子さんが、暇なのか、茶を飲みに来た。
「調子だけはいいからな、アイツは」
面倒くさいが、茶をいれてやり、俺は湯呑を彼女に手渡した。
「そんな言い方ないでしょ。恋人に対して」
「誰がだっっ」
俺は思わず自分の湯呑を落としそうになった。
「秋ちゃんと、潤ちゃん。ったく、言わせないでよねえ」
やれやれと小夜子さんは溜息をついている。
「誤解だ」
「誤解もなんもないでしょうが。寝た癖に」
「うっ…」
小夜子さんはチラリと俺を見た。
「一度ぐらい寝たからって、恋人かよっ」
「ちっ。なんだ、あれきり進展ないのぉ」
やられた。かまかけられた…。
「ふっふっ。秋ちゃんってばクールに徹しきれないのよね。可愛い」
この女…。俺がピクリと眉を寄せたのに気づいて小夜子さんは慌てて言った。
「この御茶おいしいわぁぁ」
「店、いいんですか」
ったく、おとなしく店番してやがれ。
「いいのよ。だって閑古鳥だもん。潤ちゃんのせいで。秋ちゃんだって、そうでしょ」
そう言われてみれば、そうだ。
最近は斜め向かいの川端のおばちゃんの店、今は小野田がしきっている店に、客を奪われている。
「ずるいよね。あの顔で、ニッコリ微笑まれて、見て行って〜なんて言われたら、修学旅行生の女の子達はコロッよね」
そーかな。別にそう思わないけど。
「ま、いっか。でも潤ちゃんが来てからこの町もなんか明るくなったよね。あの子はそういう雰囲気持ってるよね。なんかそこだけ空気が違うっていうのかな。私があと10歳若ければなー。あんな子が彼女でいいな」
「彼女じゃねえっつーの」
「あっ、そうか。彼氏だよね」
「出てけっっ」
エヘヘと小夜子さんは、舌を出して、湯呑を置いて立ちあがった。
「ごちそう様。お互い、店がんばろうねっ」
やっと出て行ってくれた。それにしても客来ねえなあ。さっきから店の前を修学旅行生やら、観光客が通り過ぎていくものの、おもしろいように、川端のおばちゃんの店に吸い込まれていく。店の前で、小野田が椅子に座っているのが見える。セーラー服の女の子達になにごとか声をかけている。彼女達は弾けたように笑っている。クソッ。営業妨害だ。仕方ない。奥の部屋で寝よう。どうせ客は来ないだろう。そう言えば一年と半年前、やっぱり俺が奥の部屋で寝ていた時、学生服の小野田が駆け込んできたよな。あれがきっかけだったな。店先で大喧嘩して、小野田は修学旅行のバスに乗り遅れて。思い出すと苦笑いだ。
ったく、おかげで、1年以上守ってきた禁酒を破る羽目になって、おまけに酔った勢いで、小野田と…。ここから先は、苦笑いでは済まない思い出だ。俺はギクリと体を硬直させてしまった。一気に気持ち悪くなってしまう。寝よ、寝よ。んとに、アレは、最悪な出来事だった…。

「秋也」
耳元でデカイ声で叫ばれて、俺はハッとした。
「いいかげんにしろよっっ。また、寝てる」
小野田潤が立っていた。
「店のモン、盗まれでもしたら、どうするよ」
ああ、やかましい。俺は小野田を睨んだ。
「いいかげんな経営してるよなぁ。つくづく」
小野田は両手に一杯ビールを抱えている。
「なんだ、それは」
俺は前髪を掻きあげながら、聞いた。
「秋也が好きな酒。小夜子さんから貰った」
あの女…。俺が禁酒してること知ってる筈だ。
「帰って飲もう。車出して」
「飲まねえ。車はてめえが運転しろ。俺眠い」
「いいの?オッケー。じゃあ、鍵貸して。駐車場で待ってて」
慌しく俺から車の鍵をもぎとると、小野田はさっさと走っていった。

川端のおばちゃんの見舞いをすまして、病院を出た時だった。小野田がいきなり、言った。
「今日は市内で食事しよう」
「おまえの奢りならな」
「あのね。3つも年下の浪人生の俺に奢らせる訳?」
結局俺が奢るんじゃねーかよ。たかりやがって!なんで、いちいち、市内まで出て飯食わなきゃいけないんだよ。バカらしい。
「秋也は助手席で寝てていいからさっ」
「なんで市内まで行くんだよ」
「今日、俺の誕生日なんだっ」
ニパッと小野田は笑った。
「へえ」
そりゃ知らなかった。誕生日ねえ…。
「だから、気分変えて、どっかいい店で、飯食おうよ」
まったく。女じゃあるまいし。
「面倒くさい?」
「当たり前だろ」
すると小野田はプッとむくれた。いい年こいた男が、なんでほっぺた膨らませてんだ。
「なんて冷たいヤツなんだろう」
「それも当たり前」
女でも、恋人でもないおまえに、なんで、俺がそこまでつきあわなきゃなんないのだ。
「俺を強姦した癖に」
「わかった。つきあう」
「認めるんだね」
「うるせー。思い出したくねえんだよ。そのことはっっ」
脅迫小僧め。いつまでもネチネチ言いやがって。酒の上での無礼講じゃねえか。妊娠させちまったって言うなら、話も別だが、しつこいっつーの。
「そうと決まったら、ゴー」
俺の気持ちも知らずに、小野田は嬉しそうに運転席に乗りこんだ。

「なんで、市内に来てまでラーメン食わなきゃなんねーんだよ」
グスグスと小野田は文句を言っている。
「その割には、二杯も食ったじゃねえか」
「だって、うまかったんだもんさ」
「じゃあ、いいじゃねえか」
「安く済ませやがって」
海風が小野田の癖のない栗色の髪の毛を揺らしている。俺達は飯を食い終えて、店から少し離れた駐車場に向かって歩いていた。
「仕方ねえだろ。金曜日だし、どの店も混んでいたんだからな」
「待てば入れたじゃないか」
「待てるかよ。腹減ってたんだ」
先を歩く小野田の、ジーンズに包まれた長い脚が、道端の石ころを蹴飛ばした。
「その顔で、どうして、そうムードがないんだよ、秋也はっっ」
急に小野田が振り返る。怒ってるようだ。
「顔は関係ないだろ。おまえ相手にムードもへったくれもない」
チッと小野田は舌打ちする。彼はヒョイッとガードレールに腰かけた。
「秋也。俺、秋也のことが好きだ」
小野田の背後で、波の音が弾けた。海沿いの国道のガードレールに腰かけながら、小野田はそう言うと俺を見上げた。クォーターのヤツの瞳は信じられないくらいに茶色だ。俺は思わずその瞳をマジマジと見つめてしまう。俺は小野田のこの瞳だけは好きだ。
「なんとか言ってよ。そんな色っぽい目で見られたら、俺、いいように解釈するけど」
「色っ…。気色悪い。今更、なんなんだ。さんざん聞いている、そんなこと」
「もういいかげん、きちんと返事してよ」
返事もなにも。いつも言っている。
「早く東京へ帰れ」
「それも聞き飽きたよ」
俺は苛々として思わず煙草に火を点けた。
「だったら、実行すれば」
「しても、いいの?」
「いつでも帰ってもらっていいんだぜ。元はと言えばおまえが脅迫まがいに、俺の家に転がりこんできたんだからな」
あの夜の過ちの責任を取れだの、なんだの。ったく家族も家族で、ここ幸いとばかりに大学受験を放り出した息子を、俺のところに押し付けてきやがった。
「でも秋也は俺を受け入れてくれたぜ」
「渋々な。おまえの兄貴に頼まれれば断れないだろう。太も東京で世話になることだし」
川端家の一人息子太は、俺の幼馴染で、弟のようなもんだ。その太がバスケの才能を買われて、小野田の兄である玲の大学に推薦入学したのだ。
「太の為か。アンタ、太に惚れてるの?」
バカか、こいつ。答えるのもアホらしい。
「俺は帰る」
下らない話につきあうのはたくさんだ。一人でいつまでもそこに座ってろ。
「残念でした。キーは俺が持ってます」
ヒラヒラとキーを小野田は見せびらかす。
「返せ」
「やだね」
「俺の車だぞ」
クルッと上半身を捻り、小野田は後ろの砂浜にポイッと鍵を捨ててしまった。キラリと、薄暗い空間に銀色の光が走った。
「貴様っ」
「朝になったら、探そう」
無視して、俺はガードレールを跨ごうとした。その腕を取られて、思わず体制を崩した。
「てめっ、なにす…」
抗議の声は小野田の唇に吸われてしまった。唇が触れるような生易しいキスじゃなかった。息苦しさに俺は思わず小野田の髪を引っ張った。そのおかげで、小野田は俺から離れた。
「ふむ。美味」
ペロッとヤツは舌で唇を舐めた。
「このっ」
俺は思いっきり小野田の頬を殴った。逃げずに受けたヤツは、にっこりと笑った。しかし次の瞬間には、ちょっと顔を歪めた。痛い筈だ。唇から血が流れていた。
「いてて、切ったよ。容赦なしってやつ」
ペッと小野田は唾を道端に吐いた。
「帰ろうか、秋也」
やっと小野田はガードレールから腰を上げた。
「鍵を探せ」
「これですかい」
ヤツは俺の目の前に鍵を突き付けた。
「砂浜に投げたのはライター」
俺はバッと小野田から鍵を奪った。怒る気も失せた。さっさと歩き出す。小野田はひょこひょこと俺の後をついてくる。
「ラーメンご馳走様。秋也、好きだよ」
「うるさい」
「本当に、本当に、好きだ」
「うるさい、うるさいっっ」
黙れ、この野郎。
「愛してる」
血管が切れる。も、ダメ。無言で振り返り、俺はヤツの頬にもう一度制裁を加えた。
「歯が折れちゃうよ〜」
「折れろ、折れろ。全部折れて、そのお喋りな口を、使えなくしろ。協力してやるぜ」
俺は指を鳴らしてみせた。
「この美声を聞きたくないっていうのかね」
「聞きたくないねっ。つまらんことばかり言いやがる」
小野田は頬を押さえつつ、笑っているようだ。
「つまらないことじゃないよ。大事なことだ」
油断していたら、脇から小野田が腕を伸ばして俺の手から鍵を奪った。
「置いていかれそうだから、俺が持ってる」
小野田は走り出した。駐車場はすぐそこだ。
「帰ったらビール飲もう。小夜子さんから貰ったヤツ」
誰が飲むか、バカヤロウ。
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そして、小野田は東京に帰った。
と言っても俺が望むような帰り方ではなく、海外に単身赴任している父親が、夏休みを利用して日本に帰ってきたので、父親に会いに行ったのだ。
「秋ちゃん。潤ちゃん、東京だってね」
自宅にまで、小夜子さんは押しかけてくる。仕方ない。店も隣なら、自宅も同じマンションなのだから。
「寂しい?」
「な訳ねーだろ」
でかい図体のアイツがいなくて、清々する。
「私は寂しいわ〜。早く帰ってこないかな」
片手にビールで小夜子さんは、ソファに勝手に腰掛ける。
「二度と帰ってきて欲しくないね」
「またまた〜。知ってるのよ。海沿いの国道でラブシーン演じてたの」
ブッ。俺は飲んでいた麦茶を吹き出した。
「若いっていいわね〜。人目も気にせず」
「ど、どこにいたんだよ」
「そおね。ちょうどそこを通りかかったの。買い物帰りに車で。もぉ、驚いたわ」
どうりでここ数日、なにか言いたげだったと思った。見られていたとは…。
「あれは事故です」
「どういう事故なのよ」
「…」
「潤ちゃんの若さに、秋ちゃんは抵抗出来なかったって訳か。なんか、卑猥だわ」
「勝手な想像しないでくれ」
「じゃあ、どういう事故なのよ」
妙に食い下がる。小野田も小夜子さんも苦手だ。黙った俺に、小夜子さんは続けた。
「いいかげんにしないと潤ちゃんに逃げられるわよ。釣った魚に餌はやらない、じゃ手落ちでしょうが」
「釣ってない」
「オホホ。そうか。餌やりたくても、食っちゃったんだもんね。あら、失礼〜」
この人には負ける。思わず脱力だ。
「秋ちゃんってさ、言葉にしない分、態度で露骨だから、保ってるようなもんなのよ」
小夜子さんはおいしそうにビールを飲みながら言った。
「どういう意味だよ」
「潤ちゃんのこと、好きでしょ」
なにぬかす。冗談じゃない。
「おっと、反論はナシよ。本当に潤ちゃん嫌いだったら、帰ってきてほしくないと思ってるなら、あんなふうに布団干さないよね」
小夜子さんが指差すベランダには、確かに俺と小野田の分の布団が並んで干してある。
「あんなふうにいっぱい、スーパーで買い物しないよね。食べきれないでしょ」
小夜子さんはキッチンを指差す。
キッチンにはついさっき買ってきたばかりの、食材を入れた袋がゴロゴロと置いてある。
「あ、あれは別に。俺一人で食うんだ」
言ってみたものの、小夜子さんには通用しないだろう。太が弟なら、この人は俺の姉のようなものなのだ。この寂しい田舎町で、姉弟のように近く育った。
「犬飼ってるようなもんだよ…」
「秋ちゃん、おかわり」
小夜子さんは、ビールをねだった。
「ある訳ねえだろ。俺は禁酒中だ」
「嘘ッ。2日前に潤ちゃんにあげたもん」
「全部アイツが飲んだぞ」
「なに〜。あれだけの量を、もう飲んだ?」
さすがの小夜子さんも驚いている。俺だって驚いた。市内まで出たあの日の夜に、自宅に戻るなり、小野田はガボガボ飲みまくっていた。一人で誕生日おめでとーなんて叫びながら。夜明けには半分以上が綺麗さっぱり飲まれていた。駄目押しで、昨日の晩も一人でガボガボ飲んでいたっけ。
「可哀想に。潤ちゃん、よほど辛かったのね。誕生日に、秋ちゃんに冷たくあしらわれて」
小夜子さんが涙を拭く真似をした。
「アイツの誕生日知ってたの?」
「当たり前じゃない。だからビールあげたのよ。何言ってるの」
当然とばかりに答えが返ってくる。
「ちなみに市内でご飯食べてくればってアドバイスしたのも私」
ウフフと小夜子さんは笑う。おのれかっ。余計な知恵をアイツに授けたのは…。その時、開け放った玄関のドアの向こうで、郵便配達の野田さんの大声が響いた。
「小夜ちゃん、ここにいるんだろ。小包だよ」
「あ、はーい。今行くね」
小夜子さんは立ちあがった。
「潤ちゃんが帰ってきたら教えてね」
そう言い残して、彼女は去って行く。やっと静かな午後が訪れる。今日は店も休みだ。ゆっくり出来る。洗濯を済ませ、掃除を済ませ、俺はさっきまで小夜子さんの座っていたソファに、ドサッと腰掛けた。海からの風が、全開の窓から部屋を吹きぬけていく。気持ち良かったので、俺はウトウトした。そして、夢を見た。

去年の全国大会決勝の夢だった。小野田がコートを走って行く。ドリブル、パス、シュート。
太と敵対する小野田の試合を見たのはそれが初めてだった。そしてそれが最後になった。稀有の才能を持ちながら、それに背を向ける男。コートの中の小野田は、選手なら誰もが憧れずにはいられない存在だった。太ですら、結局彼の天賦の才の前にはなす術がなかった。現役時代の3年で、全ての年の頂点に立ち、小野田はバスケ界からきっぱり身を退いてしまった。本人はさらさら未練もないようだ。同じバスケをやっていた者として、小野田のプレイには惹かれた。なんだかスローモーションのように、光の膜に包まれたように、ヤツのプレイは鮮やかだった。

俺を目を覚ました。電話が鳴っている。
「もしもし」
手を伸ばして受話器を取ると、受話器からはでかい声が聞こえた。
「あ、須貝くん。俺、小野田玲です。潤がいつもお世話になってま〜すっ」
小野田の2番目の兄の玲だった。かつて俺とヤツはバスケの大会で戦っている。
「いや、太も世話になってるし」
「太はいい子だよ。うちの潤よりよっぽどね。ああ、てめえ、うるさい」
受話器の向こうで微かに小野田潤の声が聞こえた。
「いやさ、ったく、潤ってば秋也に電話するってうるさいからさ〜。もうホームシックなんだぜ。まだ戻ってきて1日だぜ」
ギャハハハと電話口で笑っている。さすがは小野田の兄だけあって、やかましい。
「このままでは俺達兄としての立場が危ういので、弟孝行するからしばらく潤を預かるよ」
「え。しばらくってどれくらい」
2日で戻ってくると言っていたので、食事の材料を買ってしまっている。小夜子さんの指摘は悔しいけど、正しい。
「わかんない。親父も結構こっちに滞在できるみたいだし。なに?もしかして、寂しい?」
「ち、違う。食事の材料を買ってて」
「へえ。そーなんだ。食事の材料をね…」
なに、なに?と小野田潤の声が聞こえる。
「悪いけど、それ一人で食ってよ。泪兄も光も今、潤ちゃん孝行に燃えてるんだ」
「それなら、別に返してくれなくてもいいけど。ずっとそっちで面倒見てくれ」
「なんで、そういうこと言うんだよ、秋也」
いきなり声が小野田に変わった。スピーカーホンにして聞いてるらしい。背後で何人かの爆笑が聞こえる。悪趣味な家族だ。
「絶対帰るからな。兄貴達の孝行なんて、どうせ俺を奴隷のようにこき使うことなんだから」
再び爆笑が響く。
「わ、わかったよ。電話口で、怒鳴るな」
「俺がいない間に浮気するなよっ」
家族が聞いているのに…。って、コイツの家は確か5歳の妹抜きに皆ゲイだっけ。改めて考えて見るとすごい家族だ。
「誰とするんだ」
「えー、色々。小夜子さんとか、店の客とか」
つきあってられるか!
「じゃあな。兄貴達によろしく」
「待てったら、秋也」
「俺が浮気しようと…、って、なんで浮気なんだよ。俺とおまえは別に」
言いかけたところで、声がまた別の声に変わった。
「須貝くん。まあ、落ち着いて。泪です」
「あ、どうも」
小野田家の長男、泪に代わったようだ。
「ここには太もいるけど、太ってば目を剥いているよ。君達の関係を知らなかったんだな」
「泪さんまで何言うんです。別にどんな関係もこんな関係も、無関係ですよ」
「それはないだろ。こちらとしても、潤の相手が君のような綺麗でしっかりとした人であるのが安心なんだよ。ねえ、父上」
のけぞり。父親まで同席していたのか。重々しく、しかし確かに、同意の声が聞こえた。
「あ、あの。そろそろ、電話を」
早く切らないと、深みにはまりそうだ。
「須貝さん、つれないよ。潤が泣いてるよ」
声が変わる。どうやら三男、光の声だった。
「少し前までは光兄、光兄って俺の後を追い掛け回していたのに、潤ってば、もう身も心も須貝さんの物なんだね。妬けるな」
いいかげんにして欲しい。
「あ、秋ちゃん。嘘だろ。小野田と秋ちゃんってデキてたのかよっっ」
太の声。光から受話器をもぎとったようだ。
「太、誤解だ…。俺と小野田は…」
「代わりました。小野田の父です。今後とも、潤をよろしく。この子は隔世遺伝で、フランス人の祖父の血が濃いので、情熱的ですが、まあ、よろしく」
父親登場。家族ぐるみで、なんということだ。
「は、はあ…」
「おお!潤、喜べ。須貝さんも、了承してくれたぞ。あとは押して押して押しまくるだけだな」
とんでもない発言をかます、オヤジだ。
「本当かっ、父さん。それなら任せてくれ」
などと小野田の声が響きまくった。
「秋也〜。俺、明日帰るから。じゃ、愛してるぜ。またな!」
ガチャン。ツーツー…。
一方的に電話が切れた。
なんだったのだろう。出なきゃ良かった。悪夢だ。太にまで、知られてしまった。なんという不幸だ。俺は、小野田に会うまでは平凡に暮らしていたんだ。そもそもアイツが俺のみやげ屋に飛びこんで来たのが悪い。
俺に酒を飲ませたのが悪い。小野田家のあの訳のわからないパワーが憎い。流されてしまう・・・。

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海風で乱れた髪を押さえ、とりとめのないことを思いだし、岩場でボーッとしていると、同業の野崎家の5歳の美代ちゃんが走ってきた。
「秋兄ちゃん。潤兄ちゃんはどこ行ったの。美代ね、潤ちゃんとお約束したの」
「美代ちゃん。危ないよ」
たどたどしい足取りなので、俺は美代ちゃんを抱き上げた。膝の上に美代ちゃんを乗せて、岩の上に座る。
「どんな約束したの。あのバカと」
「潤兄ちゃん、バカじゃないよ。んとね、美代と潤ちゃんは、海に貝を拾いに行きます」
麦藁帽子のリボンがパタパタと風に揺れた。
「じゃあ、俺と行こう。あのバカ、いや、潤兄ちゃんはまだ帰ってこないんだ」
「駄目なの。潤ちゃんは、ピンクの貝を見つけて、それを美代にくれるの。秋也兄ちゃんじゃわからないから、駄目なの」
グサッ。ったく、女とくれば、婆でも子供でも見境なく、モテる野郎だ。
「でもな、バカは、いや、潤兄ちゃんは、いつ帰ってくるかわからないんだよ」
すぐ戻るとか明日戻るとかぬかしておきながら、もう二週間近くも戻ってこない。
「嫌だよ。潤ちゃん、もう帰ってこないの?」
グスグスと美代ちゃんは泣き出した。
「み、美代ちゃん」
それにしても風が強くなってきた。いつまでもこの岩場にいてはマズイかもしれない。
「さ、美代ちゃん。風が吹いてきたから、父さんと母さんのところへ戻ろう」
「やっ。美代、潤ちゃんを迎えに行くのっ」
「ええっ」
困ったなあ。迎えに行くったって、市内まで出なきゃならんし。
「美代、歩いていくの」
「無理だよ。美代ちゃん」
「やぁあ」
バタバタと腕の中で、美代ちゃんが暴れた。
しょうがないので、店先に水をまいていた小夜子さんを捕まえて、事情を説明した。
「野崎さんち夫婦、どこ行った」
「さあ。店は閉まってるから、自宅に戻ったんじゃない?娘置いて、呑気よね〜」
美代ちゃんは泣き喚き続けている。
「秋ちゃん、美代ちゃん連れて市内まで行ってあげなさいよ。電車見せて、適当なところで切り上げて、アイスでも買って帰ってきな」
「人事だな。俺だって、店どうすんだよ」
「何言ってんのよ。さぼって岩場でボーッとしてた癖に。気持ちはわかるけど。潤ちゃんがいないと寂しいのよね」
バカの戯言にはつきあってらんない。
「美代ちゃん。潤兄迎えに行こっか」
美代ちゃんは途端に泣き止んだ。
「店番は任しておいてね」
小夜子さんは、ニコニコと言った。
「うんっ。潤兄ちゃん、今日は戻ってくるね」
「そうだね」
とは言うものの、連絡がないので、今日は戻ってこないと思う。いちいちそんなことこの子に説明してもしょうがないけど。

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風が強くなってきたのは、暴風雨の前ぶれだった。市内に入って、車を停めて、小さな駅の改札口の前に来た時は、もう街は荒れていた。
「秋ちゃん、怖い」
腕に抱いている美代ちゃんが言った。
「雨がいっぱい降ってる。風も…」
その瞬間、雷がドオオオンと鳴った。
「キャアア」
美代ちゃんが叫んだ。改札のところにいた、初老の駅員が聞いてくる。
「見送り?出迎え?」
「出迎え。一応」
と答えると、駅員は
「この雨じゃ、電車は次ので最後だよ。不通になるね。次の電車はこの駅までは来る」
「じゃあ、それを待ったら帰る。いいね、美代ちゃん」
すると美代ちゃんはコクンとうなづいた。
「待ってるのは、奥さんかい」
駅員は暇らしく、話かけてくる。
「違うよ」
俺が答えると、美代ちゃんが乗り出してくる。
「美代のね、彼氏なのぉ」
「へえ。美代ちゃんの彼氏かい。格好いいのかい」
「うん。王子様みたいに格好いい」
プッ。俺は笑ってしまった。王子様だぁ?
「そりゃいいな。おっと、電車が来た。にしても、すごい雨だなあ」
ぶつぶつ言いながら、駅員はホームへ走っていった。
踏み切りがけたたましく、雨や風の音に負けまいと鳴っている。市内と言っても、小さな市だし、こんなちっぽけな駅だ。降りる人も少ないだろう。
「あ、潤ちゃん」
美代ちゃんが叫んだ。
「え?」
改札口に向かって歩いてくるのは、確かに小野田潤だった。
「あれー。秋也に美代ちゃん。なんでっ」
タッと、身のこなし軽やかにヤツが走ってくる。
「なんだよ、驚かせようと思ったのに、兄貴達、連絡しちまったのかよぉ」
偶然だった。まさか本当にヤツが帰ってくるとは思ってもいなかった。声が出ない。
「秋也、久しぶりの対面で、声も出ない程、嬉しいの」
ニヤニヤと小野田が笑う。
「ち、違う。偶然に驚いて…」
「偶然?」
小野田は首を傾げたが、俺の腕の中で暴れている美代ちゃんに気づいて、ヒョイと美代ちゃんを抱き上げた。
「潤兄ちゃん、美代と貝拾うの〜」
「美代ちゃん、ごめんね。約束破って」
チュッと小野田は美代ちゃんの頬にキスをした。無邪気に美代ちゃんはキャッキャッと喜んでいる。
「秋也もごめんね。明日帰るとか、嘘ついて」
言いながら、ごく自然にヤツは、俺の唇にキスしてきた。
「わっ。殴るなよ」
思わず小野田の頭を殴ってしまった。
「なんだ〜、やっぱり奥さんなんじゃないの」
戻ってきた駅員がヒャッと笑った。
「綺麗な奥さんだね。外人さんかい」
甚だしい誤解に、俺は声を荒げた。
「コイツは男だっ」
「はれっ。そうかい。失礼」
ったく、役に立たない眼鏡なんかかけてるんじゃねえ…。
「にしてもさ、すごい雨だよね。俺、マジで電車脱線するかと思った」
そんなことをしている間に、ますます雨音は物凄くなっていた。小野田が肩を竦めた。
「車、出せるのかよ。秋也」
「…」
この少し先の景色すら見えない激しい風雨で、車の運転は自殺行為だろう。
「車で来たのかい。無茶するねえ。今日は夕方から荒れるって、天気予報で言ってたじゃないか。地元の人だろ」
駅員の言葉を聞いて、小野田が白い目で俺を見た。
「地元の人でしょ。秋也」
「知るかよ。テレビなんて見てねえもん」
「なんで。俺がうるさいから消してくれって言ってもいつもテレビ見てたじゃないか」
「るせー。見てなかったもんは仕方ねえだろ」
「喧嘩は止めてよ、秋ちゃん、潤ちゃん」
美代ちゃんが訴える。
「あ、ゴメン」
小野田が美代ちゃんの頭を撫でた。子供を抱くのもあやすのもうまいのは、自分の妹の世話で慣れているからだろう。
「どうするよ」
「車の中で、雨が止むまで待つか」
「自殺行為だよ、そんなの。今日は諦めて宿に泊まりなさい」
駅員が言った。小野田が駅員を振り返る。
「どっかいい所、知りません?」
「そりゃ、腐っても一応観光地だし、泊まるところはたくさんあるよ。なんなら、私の従兄弟がやってる宿紹介するよ」
うきうきと駅員が言った。いつも、こんなことしてるんだろうか、このオヤジ
「でも、止むかもしれないし」
俺が言うと、駅員はきっぱりと
「止まないよ。往生際悪いね、お兄さん」
と言った。ちくしょう。なんてこった。

結局、駅員の言う通り、夜中に至って雨は激しさを増すばかりだった。紹介された宿は、ごく普通の宿で、一泊6000円だった。子供は半額。美代ちゃんの家に電話し、事情を説明したら、さすがの呑気な野崎夫婦も、電話口で平謝りだった。ついでに約束を破った小野田にも謝らせて、決着はついた。小野田は、家族でハワイに行っていたらしく、美代ちゃんの為にピンクの貝を、しっかり用意してきていた。
美代ちゃんは喜び、大事そうに小さなポシェットの中に貝をしまった。
「ったく、ハワイだぜ〜。飛行機に乗せられたらおしまいだよ。金持ってないから、抜け出すにも出来なくって…。で、遅くなった。ごめんね、嘘ついて」
「強引そうだからな。おまえの家族」
「まったくだよ。でもまあ、ハワイは良かったな。今度行こう、秋也」
小野田はいきなりニコニコし出した。良いことでもあったのだろう。
「一人で行け」
「ちぇっ。相変わらず」
小野田は一人で缶ビールを飲んでいる。
「俺風呂行ってくる」
すると小野田が、
「俺も、俺も」
と立ちあがる。
「美代ちゃん、起きたらどうする。留守番だ」
「ちぇーっ。チャンスなのに」
なんの、チャンスだ、なんのっっ。危険だ。危険すぎる。
「あのなあ。言っておくけど,子供がいるんだから、邪な考えは止めろよ」
「バカ言ってら。好きなヤツと一緒にいて、その気にならないヤツなんているかよ」
ケロッと小野田は言った。
「いつも一緒にいるじゃないかよ」
「だから秋也はムードがないって言ったろ」
「とにかくっっ。止めろよな。おとなしくしているんだぞ」
「一人では暴れないよ。いってらっしゃい」
何考えてるんだ。あの野郎。
なーにが、ムードだ。雨に降られて、汚い宿に泊まったぐらいでムードもへったくれもあるか。あげくには隣の部屋には美代ちゃんも寝てるんだぞ。おかしなことしたら、承知しねえぞ、ちくしょう。ムカムカしながら、俺は風呂へ向かった。外観が汚い宿の割には、清潔で綺麗な風呂だった。しかも温泉だ。チラリと窓に目をやると、相変わらず雨も風も強いようだった。泊まって正解だったなと思った。

「いい湯だったあ」
満足気に小野田が風呂から戻ってきた。
「風呂は綺麗だったな」
同じことを考えていたらしい。
「風呂上りにビールはサイコ」
クピクピとヤツはビールを飲む。そうだよな。確かに風呂上りはビールが最高だ。
「あ、秋也、羨ましそ」
「うるさい」
もう禁酒して一年以上経つ。ここまできたら、完全に止められる。あと一息だ。
「美代ちゃんは、どうしたかな」
ガラッと足で襖を開けて、小野田は隣の部屋を覗きこむ。
「可愛い顔して、寝てる。美代ちゃんってうちの繭に似てるんだよな。とくに潤兄ちゃんって呼ぶ声がな〜」
デレデレ。ゲイでロリコンたぁ、救えないヤツだ。
「秋也、テレビ消せよ。うるせー」
「音小さくしてる」
「そうじゃねえよ。すごいぜ、外の雨」
「ああ」
「都会じゃちょっとこんな音は聞けないよ。雨に風に海の音。怖いけど、なんか、自然に抱かれてる気がする」
ククッ。自然に抱かれてるだと?
「詩人だな」
「恋する男は詩人だぜ」
つんつるてんの浴衣の裾をひらめかせて、小野田は布団の上をズカズカと横切り、窓の近くに歩いた。
「うわ、すげー」
カラッと窓の開く音がした。俺は振り返る。
「バカ。窓開けるなっ」
ビュッ。鋭い音を立てて、雨と風が部屋に飛び込んできた。
「うっそだろー」
ビシャビシャと音を立てて、一気に小野田の頭からつま先までが、雨に濡れてびしょ濡れになった。風呂上りで、濡れていたとは言え、悲惨だった。
「バカ、ボーッとしてねえで窓を閉めろ」
濡れてしまった自分の体を呆然と眺めていた小野田は、窓を閉めることすら忘れている。おかげで布団まで半分濡れてしまった。窓を閉めようとして、俺までもグッショリ濡れてしまった。
「小野田、この、バカッ」
これじゃ、また風呂に入らなければならないじゃないか。しかし、風のせいで、窓は重く中々閉まらない。
「くそっ。なんで、こんなに重いんだ。手伝え、小野田」
俺の手を邪険に振り払い、小野田はピシャンといたもたやすく窓を閉めた。
「…」
二人してびしょ濡れになった。
「詩人を気取っていたのに、道化になっちまったぜ。気持ち悪い」
濡れて額に張りついた髪を掻きあげながら、小野田は浴衣を脱いだ。いきなり、目の前に小野田の日に焼けた体が晒されて、俺はギョッとした。
「秋也も脱げよ、気持ち悪いだろ」
「俺、もう一度風呂入ってくる」
「そんな濡れた体で、廊下を歩いたら、迷惑だぜ」
背後から抱き締められた。
「離せ。この知能犯」
わざとだ。コイツ、わざと窓を開けやがった。なんて、野郎だ。どういう性格。
「ヘヘヘ。バレたか」
小野田が笑うので、密着した体が、ビクリと反応した。ヤツの大きな手が、俺の浴衣を肩から剥いだ。ヤツの唇が、俺の首筋から肩にかけてゆっくりと這う。その間にも、ジッとしていないヤツの右脚は、俺の太股を割ってきた。覆い被さるように、ヤツは自由な右腕で俺自身をきつく握った。
「っ…」
左手は左の乳首を摘んだ。
「やめろ」
ち、力が入らない。どこで憶えたのか知らないが、巧みな指の動きは、俺を追い上げる。知らずに体中がカッと熱くなった。動悸が激しくなる。
「小野田…」
立っていられなくなって、俺は布団の上に前のめりに倒れた。小野田はそのまま俺に覆い被さったままだ。俺の体には帯だけが巻きついているような散々な状況だった。
「やらしい格好」
小野田がコソリと耳元で笑う。
「ああっ」
血が逆流するかのようだ。全ての意識が小野田が弄ぶ下半身に集中してしまう。両手で扱かれて、俺は耐えきれずに放った。
「ううっ…」
「秋也」
耳元に囁かれて、もう、抵抗出来ない。迎えた絶頂に、息が上がってそれに意識を奪われる。押し付けられた唇の熱さが、また体をゾクリと震わせた。スルリと帯びが腰から奪われて、俺は濡れた布団に全裸で横たわっていた。なんてひどい格好だ。逃げようとして体を動かしたら、小野田に腰を捕まれて、ひっくり返された。仰向きで、小野田と向かい合う。
ヤツの茶色の瞳が俺を見ている。金縛りにあったかのように、俺の体は動かない。俺もヤツの目を見返す。
「ねえ、俺がいない間、どうやって過ごしてきたの?たくさん買った食事の材料は、腐らせずに食べた?せっかく干してくれた布団に寝れないでごめんね」
熱い唇が俺の舌を誘う。コイツは、舌すら強引に奪うのだ。
「んくっ」
「好きなテレビも見ない生活で、一体なにを考えて生きてきたのよ?俺はどこにいても何してても秋也のことばかり考えていた」
「重い。退け。俺の上から、退け」
「やだね」
右手で再び俺自身を掴みながら、ヤツは俺の左脚を抱え上げた。ヌルリとした感覚が全身に駆け巡った。
「あの日の夜は秋也が俺を愛してくれたね。でも残念なことに、俺も秋也も、そんなこと覚えちゃいなかった。泥酔してたもんな。でも、今日は違うよ。よーく覚えておいてよ」
「ふ…ざけんな。こんなことすぐ、忘れて…」
ヤツの舌が体の最奥を自由自在に蠢いた。その度に体がピクピクと跳ねた。
「可愛いよ、秋也。言葉で強がれば強がるほど、アンタの体は無防備になっちゃう」
体が溶けそうな感覚に心の中で悲鳴を上げる。生々しいヤツの指がソコに侵入して来た時は、もう心の中で悲鳴、どこじゃなかった。
「い、痛いっっ」
「しっ。秋也。美代ちゃんが起きちゃうぜ」
「けど、痛い。てめえ、抜け」
体が熱い。痛くて、熱い。
「抜いてもいいけど、次のはしゃれにならないよ。いいの?」
「いいわけ…ねぇだろ」
喋るたびに、体が揺れてしまう。容赦ない小野田の指に反応し続ける体。どうなってしまうのだろう。口ほどに饒舌にはなれない自分の体に今更ながら、嫌気が差す。声が出せないのが辛い。
「も、やだ」
弱音を吐いた。
「秋也」
「わかった。好きにしていい。俺だって、おまえのこと、好きにしたから。だから、美代ちゃんから離れて・・・。別の部屋で」
「うん」
小野田は素直にうなづいた。
「いいぜ」
俺はもうどうなっても良かった。早くこうするべきだったのだろう。これであいこで、もう小野田から脅迫されることもない。
「なんか、投げやりだなあ。何考えてる?」
キスしてきながら、小野田は耳元で囁いた。
「色々。もっと早くこうするべきだったって」
「はあん。なるほど」
小野田は俺を壁に押し付けながら、ソコに再び指を挿れてきた。散々舐められたから、ソコはスルリと小野田の指を受け入れた。
「…っは…」
俺はグリグリとそこをまさぐる小野田の指に乱れた。構うもんか。これで最後だ。
「覚悟決めると、潔いねえ」
小野田は呑気に言っている。
「ほっとけ。俺は嬉しいんだ」
「こうされてること?」
いっそう小野田が指を蠢かした。
「バカ…。違う。あっ」
「無理だよ。対等な立場を主張したくても、秋也には無理だよ」
「?」
「これから俺が、秋也を、俺なくしていられないようにしてあげるから」
「自惚れるな」
「自惚れじゃないよ。秋也だって、俺にそうしたじゃないか。俺、秋也に抱かれて、そうなっちゃったもん」
カッと俺は頬が熱を持ったのを自覚した。
「だから、今度は俺の番だよ」
ズルッと小野田の指が体から退いていった。
「俺の番だよ」
繰り返して、小野田は俺の体をシーツに押し付けた。脚をぎりぎりまで広げさせられて、俺は覚悟を決めた。小野田の茶色の瞳が、ジッと俺を見ている。
「秋也。声出していいからね」
いいから、さっさとしやがれ。こんな格好はいいかげん恥ずかしいっつーの。
「うっ」
痛いなんてもんじゃない。体が裂ける。
「力抜け、秋也」
尻を叩かれても、そう簡単に出来ることじゃない。痛い。痛い。バッと脳裏に、あの日の朝のシーツの血が甦る。
「腰逃げてるってば、秋也」
チッとヤツの舌打ちが聞こえ、俺はグイッと引き起こされた。
「しようがない人だなあ。処女でもこんなに逃げないよ」
小野田は俺を抱き抱えた。
「ちょっと、待て」
「いてて。暴れるなってば」
暴れたくもなる。なんだ、この体位はっ。
「さてと、頑張ってね」
「あっ」
メリッと俺のアソコに小野田のソレが当たる。
「うっ」
小野田が腰を上げる。俺は肩を掴まれた。
「ひっ」
ズルズルと俺のアソコは小野田を飲み込んだ。
全身が焼けるようだ。
「ひぇ。きっつー」
さすがに小野田の額にも汗が流れた。俺は情けなくも喚いた。
「痛いっっ。ひっ…」
「声、いいよ。秋也」
ブンブンと首を振り、俺はたまらなくなって、小野田の首に縋り付いた。
「いい感じ」
小野田が耳を舐めた。ゾクッとする。
「動いていい?」
「や…やだ」
「じゃ、待つよ」
しかし、1分もしないうちに小野田は動いた。
「このっ。嘘つきっ。あああ」
「待てるかっつーの。気持ちいいのに」
「自分で…言ったくせに。あ、やめろ」
やめろ、やめろ。やめてくれ。揺らさないでくれ。おかしくなる。おかしくなる。
「はあっ、はあっ」
どんどん深くなる。どんどん熱くなる。
「秋也、出る?すごく締まるけど」
もう、限界。俺は先に吐いた。少し遅れて小野田が俺の中に吐いた。目が霞む。クラクラする。
「はっ。はぁ…」
呼吸を整えている俺にキスすると、小野田は耳元に囁いた。
「もう一回やろ」
「…嫌だ」
俺は小野田の腕を払った。
「一回やったら、二回も三回も同じだよ」
「嫌だったら、嫌だ」
しかし抵抗も空しく、小野田は俺の体を簡単に開いた。
「ほら、秋也のここ、まだぬるぬるだから、楽に入るよ」
そう言って、さきほど自分が放出したものを溢れさせている俺のソコに指を突っ込んだ。
「なんで、そう、おまえはっっ」
ちゅくっという粘った音を立てて、それでも俺のソコは小野田の指に反応する。
「あっ…」
駄目だ。ブルッと体が熱くなる。小野田は俺の足首を掴んで広げさせ、そのまま強引に侵入した。
「ふっ…。あっあっ」
先程の痛みはなかった。
ただ、熱かった。小野田に貫かれているところが熱く、自分のモノが、熱かった。自分の出す声に驚き、響く卑猥な音に耳を塞ぎたい気持ちだった。小野田の日に焼けた引き締まった体だけが、目に入る全てだった。・・・結局俺は、何回目かの行為の途中で意識を失った。
さすがに鳥の声で目が覚めるなんてことはなかったが、窓から入ってくる強烈な朝日で、俺は目が覚めた。隣を見ると、小野田が背を向けて眠っている。さらさらの栗色の髪が、朝日を弾いて光っている。
「くそっ。無茶苦茶やりやがって」
こっちは体がガタガタだ。覚えてる限りでも、3回はやりやがった。
「はあ」
溜め息をつくと、隣の部屋の襖からこちらを見ていた美代ちゃんと目が合った。
「お、おはよう。美代ちゃん」
「おはよう。秋兄ちゃん」
ピョンと美代ちゃんはこちらの部屋に来た。
「あー。パパとママみたい。裸でおねんねしてたんだ」
ギクリッ。小野田のバカが、毛布を蹴飛ばしたのだ。
「うーん。ああ、ねみぃ・・・。でも眩し・・・」
美代ちゃんの声に小野田が起きたらしい。
「おはよー、美代ちゃん」
パチッと開いた小野田の茶色の瞳は、眩しげに瞬く。
「いい天気よ。潤兄ちゃん」
美代ちゃんは、パフッと小野田の体の上に寝転がった。小野田がそれを受け止めた。
「良かったね。美代ちゃん、お家に帰れるよ。あ〜、体だり・・・」
チュッと小野田は美代ちゃんの頬にキスしながら、ぼやいた。
「さっさと帰るぞ」
俺は支度をする為にもぞもぞと動いた。しかし予想通りにあらぬところが痛い。
「わかるよ、その痛み。俺も経験済み」
小野田が意地悪くニヤニヤ笑う。
「まあ、ゆっくり行こうよ。秋也」
「どしたの。秋兄ちゃん、どっか痛いの」
美代ちゃんがぴっくりしている。
「んー。まあ、美代ちゃんもいづれ経験するよ。大丈夫だよ。まあ、愛は痛いってことさ」
小野田の言葉に美代ちゃんはキョトンとしている。
「貴様、性教育は15年早いぞ」
手近にあったティッシュの箱を小野田に投げつけた。
「美代わかんない。でも、秋ちゃんと潤ちゃんが仲いいのはわかるよ」
「美代ちゃんはいい子だなあ。それさえわかれば、愛の基本はクリアーさ。なのに、秋ちゃんは気づかないふりをするんだよ。ひねくれてるんだよなぁ」
「それはいけないわよ、秋兄ちゃん」
どこまでわかっているんだか。このまま美代ちゃんが小野田に懐いていると、彼女の将来が不安だ。
「なに怒ってんの。ほら、支度、支度」
俺の体調を知りながら、小野田はニヤニヤしながら俺をせきたてる。
「やかましっっ」
んとに、可愛くねー性格。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
二週間ぶりに、小野田は俺の家に戻ってきた。寛いでいる小野田を放っておいて、俺はベランダに出た。満点の星、波の音。夕日はとっくに沈んで、地平線は夜の色。
「秋也。ベランダでなに、ボーッとしてるんだよ」
「来るな」
「なんかおもしろいもんでも、あるのか」
ヒョコッと小野田がカーテンから顔を覗かせた。
「わおっ。すげー綺麗な星空じゃん」
「また飲んでるのかよ」
定番すぎる。片手にビールの小野田の姿。
「小夜子さんがくれたんだもん。二回目おめでとう記念」
クラッ。筒抜け。このバカ、そんなことまで、小夜子さんに話しているのか。
「てめえ、いいかげんにしろよ。お喋り」
「いいじゃん。小夜子さんって秋也の姉貴みたいなもんでしょ。心配なんだよ」
「おもしろがっているだけなのがわかんねえのかよ」
「俺嬉しいことはなんでも人に話したくなるタイプなんだよね」
「だからと言って、んなことまで話すなよ」
「ごめんね。そうだよな。気をつける」
急にシュンとなる。コイツはわからない。素直だったり、強情だったり。笑っていたかと思うと、泣いていたりする。大人だったり、子供だったり…。
その度に俺はいつも、戸惑う。あれだけのバスケの才能を惜しげもなく捨てて、コイツは一体なにを求めて、迷っているのだろう。俺は道を示唆するべきなのか、それともこのままでいたいのか。
「秋也、俺のこと嫌い?うざったい?」
いつもだったら、ここできっぱり肯定できるのに。なんだか、もどかしい。今までは意識の上でしか感じていなかった関係が、体を通じて急に実感を伴ったのか。
「どうして黙っているんだよ」
「やかましいっ。おまえのこと、嫌いなら、うざったいなら、今日の朝の時点で、駅から東京に帰したに決まってるだろう」
小夜子さんも、おまえも、俺はわかりやすいと言ったじゃねえか。いちいち、言葉を求めて騒ぐんじゃねえ。どうしても、言葉にしたくないもんもあるんだよ。
「あ、秋也〜」
グワバッと小野田は俺を抱き締めた。
「俺ね、大分前から決めてたんだ。バスケは上の兄貴達にバカにされない為に始めて、高校でケリつけようって。でもさ、3年間結構真面目にやっちまったら、バスケ以外、俺には何も残ってなかった。そんなこと考えてる時に秋也に出会って、そんで、惚れちまって。で、俺になにが出来るって、好きな人追っかけて行くぐらいしかなくって。迷惑かえり見ずにここに来ちまった。でも、不安だった。秋也の気持ち見えなくて。
けど、俺は俺なりに考えて行動したから、どんな結果になっても後悔しないようにって思ってた」
「まだなんにも始まってない」
「俺、秋也の側にいる。店手伝う。秋也金持ちだから、俺ぐらい養ってよ。そうだ、このマンションの管理人でもやるよ」
唖然。家族が聞いたら、泣くような進路。単純というか、なんというのか。
「バスケ、本当にいいのかよ」
「どーでもいいよ、んなもん」
信じられないヤツ。太が聞いたら怒るだろう。確かにコイツは情熱的だ。そして、刹那的。
「いつまで、抱きついているんだよ」
「だって、気持ちいいんだもん」
猫、犬。どーぶつ的。熱っぽい唇が近づいてくる。逃げられない。逃げたくない…。重なった唇から、結局未来は開けたって感じ。体が熱くなったのを気づかれたくなくて、小野田を押しのけた。
とにもかくにも、明日はコイツと一緒。それだけでいいのかもしれない。ゴチャゴチャ考えてきたけれど…。
「おまえの瞳、好きだ」
「へっ」
「おまえの瞳、好き」
「…ベッドへ行く?」
「行かねえよッ」
どうせ、時間は腐るほどあるじゃないか。そんなに、急いでどうするんだ。
「俺も秋也の瞳好きだよ。だって、情熱的に俺を見つめてくれるから」
「あ、そ」
再びキスをする。
明日もコイツと一緒…。今はそれだけで…。

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